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第八幕 ソシュール

 白組はアナクサゴラス先生が退場し、代わりに入ったのは一休宗純だった。

「これで双方のチームとも二人ずつが脱落。残り七対七ですね。今度の選手は一休宗純。東洋クラスですが、実力は未知数です。まあ、たいがい未知数なんですが……」

「そうですね。さっきまではアナクサゴラス先生がきりきり舞だったためにソシュールの方もまだ実力を見せていません。こちらも気になるところです」

 一休は黒い僧服を女の子らしくアレンジした衣装だった。席につき、ソシュールと手を合わせた。

「こんちは。ソシュール。一休よ。よろしくね」

「うん。こっちこそ。私麻雀の役とかあんまり知らないから迷惑かけるかもだけど」

「気にしない気にしない、知らないなら作っちゃえばいいのよ」

「そうだよねーうふふ」

 楽しそうに会話をする白組二人。頷いているソーカル。ぽかんと聞いているデカルト。

 思わず隣の解説者を見る私。

「って作っちゃダメですってば!」

 ああ、良かった。ちゃんとつっこむ人がいた。この人がいる限り学園は安心だ。そう思いながら、ビシッと空中に向かって左手の裏拳をのばしているアリストテレスを頼もしげに見る私。


 *


 ゲームは和やかに始まった。先生が抜けたことで一層のこと緊張感が無くなってしまった感がある。

「一休ちゃんって髪きれいだよね」

「そう言うソシュールだってサラッサラじゃん」

「いいなあ二人とも、私のって癖が強くって」

「デカルト、あんたが朝遅いのってそのせい? セットで時間かかってるとか」

「え……えとそれは単に布団から出られなくて」

「あははデカルトちゃんそれじゃ社会に出られないぞ」

「う~」

 和やかすぎる。私が頬杖をつきながら眺めていると、アリスがボソッとコメントした。

「なんだか、女子会みたいな雰囲気になりましたね」

「女子会……私やったことないですが」

「私もありませんが……」

 私たちは椅子に座ったまま足をプラプラさせていた。卓上では一応ゲームが進行しているのだが、実況の仕事はサボッてしまっている。

 時刻はもう深夜十二時を回っていた。

「あ、ソーちん、それローン」

 ソシュールが叫び……。

 瞬間、私は、違和感を感じた。一瞬足元が空洞になったかのような。しかし足はきちんとついている。前身が泡立つ。重力方向がわからなくなる。だがそれも一瞬。

 私は飛びかけていた意識を取り戻す。

 慌てて、意識して神の放送への受信感度を上げる。


 ザザッ……。


 来た……!

 私の頭の中だけに聞こえるノイズ音。

 周りを見渡す。しかし気づくような変化はない。だが、騙されてはいけない。さっきまで私がいた世界ではないのだ。このノイズ音は神の放送が歪められたことを示している、つまり世界が書き換えられた時の音だからだ。

「ソシュールに上がられるとなんか怒りがわいてこないなー。役は?」

 卓ではソーカルがソシュールに振り込んだらしい。

「うん、えっとね」

 パタパタと牌を倒すソシュール。

「はい、混一色ホンイーソー、風見鶏、四千五百点」

「四千五百点か~。まあ安くて良かった」

 ……慌てて私はアリスを見る。

「混一色風見鶏とはどんな役です、アリス!?」

混一色ホンイーソーとは、字牌以外は筒子なら筒子、索子なら索子だけというように一種類の牌だけで揃える役です。風見鶏は鳥の絵柄の描かれた一索イーソウと東西南北の五枚をセットにする役です。どうかしました?」

 どうか……したのだろうか。今のアリスの説明におかしなところは無いように思える。どっちの役もさっきまでの戦いで出てきて、その時一度アリスの解説を聞いている。それと同じ説明だった。

 ……いや違う。違う! 何かが違う筈だ。ノイズがしたのだ。世界のどこかが、さっきまでとは違っている筈だ。

 ……。やはり、潜って確かめるしかない。

 私は、目を閉じた。意識を集中し、自分の頭の中にある「受信機」を停止する。


 ガシャン。


 一瞬にして音が失われ、視界は暗転する。世界は闇に包まれ、重力さえもなくなり、私は私がどこにいるのかもわからなくなる。記憶さえもなくなる。当然だ。記憶だって神様から放送されたコンテンツに過ぎない。それら全てを遮断した時、残るのは?

 目の前にくるくると巻いてあるフィルムがあった。黒く細い映写機用のフィルム。しかし覗き込めばそこには世界が、見るもの聞くもの感じるもの考えるものが全て記録されている。

 これは、神の放送の受信記録だ。直前までの神の放送内容を少しだけ、ためておいたものだ。

 もう体験済の、過去の受信記録。私は(神から放送されたものである)自分の記憶とは別に、過去に受信したものを自分の中に記録できる。だから……神の放送が書き換えられた時、その「差分」を取ることができる。

 ノイズが聞こえたということはこのフィルムに何かある筈だ。

 私は必死にフィルムをたぐる。

「ここか」

 フィルムが途切れ、繋ぎ合わされた箇所があった。私はそのその部分を強く握りしめて、再び受信機を起動した。


 ガシャン。


 世界が戻る。

「バークリー? バークリー、どうしたのです、しっかりしてください」

 見ると、アリスが私の肩をゆさぶっていた。

「いきなり気を失ったりして……眠いのですか? バークリー」

「すいませんちょっと考えごとをしただけです。大丈夫ですアリス」

 私は微笑んで、そしてたった今認識してきた世界の「書き換え箇所」を現実に照らしあわせる。

 これか。

 ……今、ソシュールが上がった役、「風見鶏」だ。

 麻雀の歴史の中で、導入されたのは比較的最近だが一般に広く知られた役だ。ローカル役扱いもされていない。点数が四千五百点という他の役ではあり得ない半端な点数になるのもこの役のせいだ。通常、三枚組が四つと二枚組一つで構成される麻雀の上がり形は、この役を絡める時だけは三枚組が三つと五枚役の風見鶏という組み合わせになる。

 ……「ということになっている」。

 そんな役は、元々の麻雀には存在していない。これはたった今、世界に存在し始めた役なのだ。ソシュールが上がった瞬間に。

 だがもう、皆の記憶にもそれは存在している。

 そういう役として、何十年も前から存在している……「ことになった」。たった今、そう歴史が書き換えられたのである。

 私は理解する。

 ソシュールは役に名前をつけることで、神の放送にそれを書き入れてしまえるのだ。


 *


 ゲームは相変わらず和やかな雰囲気のまま進行していく。

「ソシュール、強いですね」

 アリスがつぶやく。

「ええ、たぶん彼女に勝てる生徒はいませんよ」

 私はそう断言した。アリスが聞きとがめる。

「……え、そこまでですか?」

 私は頷いた。だが説明はできなかった。世界が書き換えられているなど、どう説明できよう。受信記録など持っていない私以外の人間は誰も、このことに気づくことさえできない。人間の限界だ。

 ソシュールは役にあわせて牌を集める必要がない。気に入った形に牌を並べて、役として名前をつけてしまえばいいからだ。

 麻雀は牌の組み合わせに何らかの「特別さ」を見いだすゲームであり、そしてソシュールは名前をつけることによって特別さを新しく創り出してしまう。いつかソシュールが言っていた。

「言葉は、区別するためのものなんだよ」

 ソシュールに名前を与えられた瞬間、その牌の組み合わせは他とは一線を画す特別さを与えられ、役となるのだ。

 ザザッ……。

 まただ。

「ツモ! リーチ、三九夢! まんがーん!」

「三九夢、英語でトリプルナイン・ドリーム。珍しい役を上がりますねソシュールは」

 また、新しい役が作られたようだ。しかしそう思ったにも関わらず、「今の」私は三九夢という役を知っている。今日、確かプラトンあたりが一度上がっていた筈だ。……というように私の記憶も差し替えられてしまっているのだろう。

 ああして、新しい役を作りながら、ソシュールは次々と上がっていく。

 私だけは受信記録と照らしあわせれば、それが元の世界には無かった役だとわかる。リーチは元からある役で、三九夢のほうはソシュールが作った役だ。だが、それがわかったところで止めることなどできない。

 私は所詮、ただの受信装置なのだ。私を、もう幾度も感じてきた軽い絶望感が襲う。

 ソシュールの表情は、単に麻雀を楽しんでいる表情だ。おそらく、彼女自身も気づいていないのだろう。彼女が名前をつけた瞬間に、彼女自身の記憶まで書き変わってしまうのだ。本人も周りも「単にツイている」くらいにしか思っていない。

「あはっ。負けちゃった。ハコだ」

「ソーちん、残念だったね~」

「うん、でもまあ、ソシュールに飛ばされると不思議に腹が立たないや」

 ふと見ると、ソシュールの上がりでソーカルがハコになっていた。

「ソーカルが飛びましたね。飛び賞二万点がソシュールに送られます」

「アリス、現在の得点状況を教えて貰えます?」

「ざっくりソシュール十五万、デカルト五万、一休が二万くらいですね」

「そうですか……」

 やはり、ソシュールの稼ぎ方が半端ではない。ソーカルが持っていた紅白五人分の点と飛び賞三回分(プラトン、プロタゴラス、アナクサゴラス先生の分)は、多少デカルトに移ってもいるものの、大半はソシュールに持っていかれた形だ。

「……終りね、紅組は」

 私は呟いた。

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