第七幕 ソーカル
プロタゴラスの戦い方を受け、この大会で認める役などのルールについて一応の取り決めがなされた。結論としては、スタッフサイドの二人、つまり私かアリスが知っている役のみ認めるということになった。と言っても私は麻雀を知らないので、実質的にアリスがルールブックである。もっとも、やたらに知識が広いアリスはえらくマニアックなローカルルールまで知っているようだったので、「でっちあげでなけりゃ何でもアリ」なルールになったとも言える。
「さあ、プロタゴラス、ソクラテスの双方とも交代です。次の選手はどちらも現代クラス。紅組にはソーカルが、白組にはソシュールが入ります」
「どちらも言葉の魔術師と言われていますがその意味するところはだいぶ違いますね」
アリスの言葉に、私は頷いた。
ソシュール。
この子は、今回私が注目している少女の一人だ。
攻撃的なタイプではない。いかにも現代っ子といった感じで、学園の喧噪に包まれながらも流されていないどこか独特の立ち位置を保った子だ。女の子として見るとお洒落な格好とスリムな体がうらやましい。
「ソシュールといえば、彼女のネーミングセンスは学園の名物と化しています。彼女が考えるあだ名は不思議と定着しますから」
「飽きっぽい性格からか、だいたいは短期限定ですけどね……。そういえばツッコミ大百科さん、でしたっけ」
昔一時期流行ったあだ名を口にしたところ、アリスの目が険しくなった。いかん地雷かこれ。
「すいません何でもないです」
「対するソーカルは……まあ説明不要ですね。味方にしても敵にしても面倒くさい、ある意味安定している言葉の不法投棄娘です」
「アリス酷い……」
アリスの紹介は実に容赦ない。ソーカルがうつむいた。
*
「先生、私もなんですよ」
口火を切ったのはソーカルだった。
「なにを?」
「イカサマの話です。私もやるんですよ」
「な、何のこと? 私はインチキなんかしてないわよ」
そう聞いてソーカルはニヤニヤと笑う。
「卓回しが正当な技だとは恐れ入りますね。でも安心してください。麻雀においては見破られないイカサマはイカサマにあらず。かく言う私もこれからイカサマ技を使う気まんまんですよ」
「ちょ、ちょっとソーカルちゃん……そんな堂々と」
デカルトも大変である。
「大丈夫よ、デカルト。私、あんな卑怯な技、先生だとて許してはおけないわ。……見ててください先生、私のイカサマ技で驚いて目ぇ回しても知りませんから」
「挑戦的ですねソーカル。言っておきますが先生、麻雀は強くはないですが目を回すのは自信がありますよ?」
もはや何も噛み合っていないが、隣のアリスが聞こえないフリをして本を読んでいるので私もスルーすることにした。
パチパチと手を叩いたのはソシュールだ。
「わー楽しみ。ソーちん何見せてくれるの?」
卓上の会話を聞きながら私はつぶやく。
「なんか急に緊張感が無くなりましたね」
「そうですね……」
あ、アリスが欠伸をしている。
一方卓上では、ガラガラとかき回しながらソーカルは言った。
「こう見えても積み込みくらいならできますからね私」
「積み込みって何? ソーちん」
「牌の山の中に毒グモなどの凶器を仕込んでおくことです。知らずに牌を取ろうとするとグサリ」
「え。嘘でしょソーカルちゃん」
「うん嘘だよデカルト」
言ってサイコロを振るソーカル。
「本当は牌が配られた時に予め役が揃うように山を作っておくこと。それから、こうやって……」
サイコロの出目は五。自分側の山から取るということだ。
「……サイコロの出目を操作すれば、積み込んだ牌が計算通りに手元にやってきます」
「ちょ、ちょっとソーカルちゃん、ペラペラ喋りながらそれやってたら意味ないんじゃ……」
ソーカルの、イカサマの原理を解説しながら実行する勇気に、デカルトが慌てている。
「サイコロの出目を操作するのも簡単じゃありません。そこで、グラサイと言って重心をいじってある特殊なサイコロを使うんです。特定の出目が出やすくなるんですよ。それによって五の目を確実に出せる訳です」
ソーカルは、サイコロをつまんで皆に見せてみせた。それをおいて、牌を取り分ける。
「積み込みは洗牌の隙に牌を集めなくちゃいけませんから、とにかく三つ組になっていれば何でもいいんです。それを山の決められた位置に四個ずつ忍ばせておけば、あら不思議。見事自分のところに最初から……」
手元にやってきた牌を並べると、にやりと笑ってみんなを見た。
「え……まさか……」
唾を飲むデカルト。
「すごぉい! まさかソーちん……」
「あがってるって言うの?」
ソーカルは笑った。
「まっさかぁ。積み込みなんてできる訳ないじゃん。このサイコロも普通だし。嘘よ嘘」
みんな、疲れた顔をした。
*
私とアリスがウトウトしているうちに、ゲームは緩やかに進んでいた。
なんだかソーカルがずっと喋っている。
「お、さっきはタコヤキだったから今度はアオノリですか? さすが先生」
タコヤキは八筒の、アオノリは發の俗称、らしい。タコヤキは丸が並んでるからまだわかるが、發が青のりってのは字が緑色で彫られてるからという、単に色だけの理由な気がする。
「そうなると次は紅ショウガが欲しいなぁ~」
ソーカルがねだり声を出した。
「紅ショウガって何なのソーちん」
無視すればいいのに、またソシュールが尋ねる。
「赤の五索あたりかな。デザイン的に」
赤の……というのは、通常は黒のところを赤で描かれた牌があるのだそうだ。アリスに教えてもらって知ったが、筒子索子萬子それぞれのマークの五の牌に一枚ずつ。ドラ扱いらしい。確かにソーカルの言うとおり索子の五は竹が五本描かれていて、それが赤いと紅ショウガっぽく見えなくもない。
「だって。先生、次は赤五索捨てて下さいよ」
ソシュールがそう先生に水を向ける。
「赤五索はちょうどあるわよ。ほい」
言われるままに牌を捨てた先生に、デカルトが吹いた。
「……まいどあり~」
ソーカルが牌を倒した。先生が目を点にする。
「あ……やられた!」
「先生~そんな簡単にドラ捨てないでくださいよ」
「あはは」
「あははじゃないでしょソシュール! あんたも白組なんだから一緒になって乗せないでよ」
「ほらほら先生、払って下さいよ」
そんな調子で、ソーカルの喋りに惑わされいちいち都合のいい牌を捨ててしまう先生。
「アナクサゴラス先生……ソーカルのお喋りに踊らされてますねアリス」
「そうですね。ああやって喋りで惑わす盤外戦術を麻雀用語で三味線と言います。ソーカルらしいっちゃソーカルらしいです。アナクサゴラス先生ノリやすい性格なんでソーカルと相性がよくないんですよね」
アリスの言うとおり、次第に点が無くなっていく先生。
「……うっ。このままじゃまずいわ……」
「先生、観念して下さい。プラトンちゃんが帰らぬ人になってしまったのは先生のせいなんです。私は敵を討ちますよ」
「そんな。濡れ衣です。先生はただ回転の素晴らしさを教えようとしただけです」
「ふっ先生……。あんなイカサマ技を使わなくても、麻雀で回転の凄さを見せつけるなら、あの技があるじゃないですか」
ソーカルがまた妙なことを言い出した。
「あ、あの技って?」
「大車輪ですよ」
私は聞いたことが無い。アリスを見る。
「えーとですね、大車輪という役があるんですよ。筒子の二から八までをそれぞれ二個ずつ揃えます。ほら、筒子ってマークが丸くって車輪みたいでしょう? だから大車輪。役満です。これもローカル役ですが、普通に考えても清一色七対子にタンヤオ、更にドラが乗ると数え……」
私には何言ってんだかわからないアリスの解説を受けてソーカルの弁舌に熱が入る。
「そういうことです! 総数七十の車輪が回転する様は壮観ですよ。これを上がらずして回転の力がどうのこうの言っても始まりませんぜ? 先生」
おぉ……。先生の目がキラキラ輝いてきている。
「やるわ! やってみせるわ! 大車輪、上がって見せるわ先生」
「その意気です! 私達に回転の力を見せて下さい! 他の役なんて上がろうとしないで!」
「もちろんよ!」
「がんばって先生~!」
……。横で楽しそうに応援しているが、ソシュール、あんたのチームメイトがとんでもなくアホな戦略を取ろうとしているのを止めなくていいのか。
「アリス、大車輪というのは簡単に作れる役なんですか?」
「いいえ。だって役満ですし。それに……この役を狙う、と宣言してしまったら、一層厳しくなりますよ。だって誰ももう筒子は捨てようとはしないでしょう」
「ソーカルに乗せられたフリをして実はフェイント、という可能性は?」
「見た感じ……なさそうですね」
アリスの言うとおり、アナクサゴラス先生はもう大車輪で完全に頭が一杯のようだった。
「先生……完全にソーカルにしてやられてますね」
その後先生は挑戦し続けたが、結局大車輪を上がることなく点数を全て失い、飛んでいった。