第四幕 アナクサゴラス
びっくりして振り向くと、先生は窓の外を指さしていた。つられて私もアリスも、また卓を囲む皆も、窓のほうに視線を向ける。
「…………?」
だが外は闇。
太陽はとっくに沈んでいて、窓の外は完全に真っ暗で、かろうじて雪が降っているのがわかる程度だ。しばし何か見えるか視線を送り続けたが特に何も無いように思えた。他の誰も、異変を見つけた様子はない。何を見たんだろうと思いながら向き直ると、先生は卓に両手をついたまま曖昧な笑みを浮かべていた。
……?
なんか……変だ。
「ご、ごめんごめん……。先生の勘違いだったわ」
そう先生は言った。額の汗をぬぐっている。いったい何だ急に、という戸惑いが皆の顔に浮かんでいる。
「さ、ゲームを続けましょ」
先生の促すのにあわせて皆、卓上に目を戻す。
……。
そして数秒。
……。
「なにこれ」
気づいた。何が起こったのか。
確かに一見すると……なんでもない麻雀卓でありその上に並べられた牌であり……ゲーム中の普通の風景にしか見えない。
しかし。
その瞬間を見ていなかったにも関わらず、誰もが一瞬で理解できた。
「……回転してる」
初めにそうぽつりと呟いたのは、プラトンだった。次にデカルトが激しく頷き、プロタゴラスが額に手をやって、溜息をついた。
そりゃ、気づくだろう。自分の目の前にある十三枚の牌が……さっきまで見ていた牌とは全く違う、見知らぬ牌になってしまっているのだから。
「えーと、解説のアリスさん」
「何でしょうか実況のバークリーさん」
「まさかとは思うんですが……」
「ええ、間違いないと思います」
アリスはため息まじりに頷いた。
「必殺、卓回しですねこれは。こたつの上板ごと百八十度回転させることで、自分の牌と敵の牌を入れ替えるという禁断の大技です。まさか実戦で使うような無謀な人が教師の職にいるとは思いませんでした」
アリスの顔を見ると、その顔には「もうこの先生やだ」と書いてあった。私は自分のクラスの担任であるパスカル先生がまともな人で良かったと内心胸をなで下ろす。
さすがに、温厚なプラトンもこれには黙っていられなかったらしい。
「ちょっと先生! 回転の力を見せるってこういう意味だったんですか!? いくら何でも無茶ですよぅ!」
デカルトも同調する。
「気づかないとでも思ったんですか?」
「まあまあ皆、落ち着いて。先生は何もしていないわ」
「……じゃ、じゃあどうして私の牌がごっそり入れ替わってるんですか?」
「そうですよ! 山の位置だって変ってます!」
「プラトン。先生、いつも言っているでしょう」
アナクサゴラス先生は、教え子を厳しい目で見つめた。
「すべては知性が回転するエネルギーによって生じるんです」
……。
「いやいやよりによって一番知性の感じられない回転のさせ方をしないで下さい!」
「……な、知性が無いなんて失礼ね。……じゃなかった、先生は何もしてないわ。 や、やーね、何のこと?」
うわ……。こんなにごまかすのが下手な人初めて見た。
「……待っていただけるかしら? 二人とも」
だが、そこに巻き髪の少女が口を挟んだ。