第三幕 プラトン
「さあ、選手入場です! まずは紅組!」
私の呼び声に答えてカーテンをめくって現れたのは、気弱そうな二人の少女だった。片方は長いスカートに長い髪。ひらひらした古代クラスらしい服のデザインが映えていた。もう片方は髪をポニーテールにまとめていて、逆にスカートは短め。二人揃うと思わず見惚れてしまう。
「さあ、初っ端から出ましたアイドルコンビ! 古代クラスのプラトンそして近代クラスのデカルトです」
「学園内でも人気者の美少女コンビですね」
「も、もうアリスやめてよ」
プラトンが照れていた。デカルトは緊張しているみたいだった。
「が、がんばりますっ」
私はうなずいて二人に卓につくよう促してから白組のカーテンのほうを見る。
「対する白組の入場です! ……おっとこれはなんとさっそく担任アナクサゴラス先生です! そして論客プロタゴラス!」
「こちら二人とも古代クラスですね」
プロタゴラス……大会は寮で開かれているというのに、わざわざドレスを着てくるあたりさすがだ。キラキラと装飾品が光る艶やかなドレスはきっと高いのだろう。紅組二人とは対照的に強気な表情のプロタゴラス。彼女は……言い争いになるとどんな主張でも通してしまうという。
彼女はこたつを挟んで怯え気味の二人に指をつきつけた。
「ふふふ……。負ける覚悟はよろしくて?」
「そ、そんな口調だったっけプロタちゃん……。なんか髪も巻いてるし」
クラスメートのプラトンがそう尋ねた。そういえば今日のプロタゴラスの髪は縦ロールになっていた。
「うふふ。どう? 似合っていて?」
ご満悦の様子である。どうもパーマがかかっているらしく、形よく整い崩れないその髪を触りながら、優雅に微笑むプロタゴラス。
「見事な巻き髪ですね……。一体彼女の髪に何があったんでしょう」
アリスがそう言ったところを見ると、普段の彼女の髪は違うらしい。
「それはもちろん、回転の力の成せる技よ!」
そう言って胸を張るのはアナクサゴラス先生だった。なんだかさっぱりわからないが、私も含めて皆、先生の発言に驚きはしなかった。先生はいつも、二言目どころかもう一言目から回転、回転であり、とにかくすべてを回転の二文字で説明しようとする人だ。説明できているかはともかく。
「いつだって回転の力に不可能は無いのよ。プラトン、デカルト。今日は先生が回転の力の凄さを見せてあげるわ!」
プラトンとデカルトが助けを求めるような目をこちらに向けてきたが、私とアリスは無視した。
「さすがアナクサゴラス先生です。あらゆることを回転の二文字で説明しきろうとするその姿勢はもはや、こだわりを通り越して愛、あるいは信仰とさえ言えるでしょう。その力を持ってすればとりあえずプロタゴラスの髪の毛くらいロールさせるのはお手の物という訳ですね? アリス」
私は投げやりに実況する。
「ですね。これは楽しみです。一体、先生は回転の力を使ってどんなふざけた……じゃない予想を超えた麻雀を見せるんでしょうか? 不安……いや楽しみですねバークリー」
アリスは言葉を選ぶのに失敗しかけている。
「では四人とも席について下さい。席順は赤赤白白の順で……。さあ、ゲームを開始してください」
私は促す。見ていると、四人が麻雀の牌を卓上に散らかし、四人でガラガラと音を立てながらその大量の牌をかきまわし始めた。やかましい音が響く。
「あれは何をしてるんですか? アリス」
「え、本当に麻雀知らないんですね……。あれは洗牌と言いまして、つまりシャッフルです。ある程度かきまぜたところで、ほら、ああやって牌を決められた通りに二段に積んで並べるんです。あれを「山」と言います」
見ていると、確かに二段重ねで一列に並べられた牌が卓上にそびえ立って山のようでもあった。四つの山脈が卓の中央を囲んで正方形になる。
「なるほど」
「山を作ったらサイコロを振って、どこから牌を配る……配牌をするか決めます」
「なるほどなるほど」
それにしても、高校生なのによくみんな麻雀知ってたなぁと私は思った。さすが知識欲旺盛な本学生徒だ。
*
私が麻雀をアリスに教えて貰っているうちにゲームは進行し、意外な展開を迎えていた。実はプラトンが強いのである。色々と役を上がり順調に点数を稼いでいた。
「さあ、現在トップはプラトン、以下デカルト、プロタゴラスと続き、先生はかなり苦戦していますね」
私はそう言ってから立ち上がり、マイクを片手に卓に近づいた。
「ちょっと話を聞いてみましょう」
丁度また洗牌が終わるところだった。山を積む三人と……かきまわし続ける一人。
「あの、アナクサゴラス先生、いつまでも牌をかき回してないで早く山を作って下さい」
アリスが咎めた。先生はうっとりした表情で一人洗牌を続けていたが、はっと我に返ったようだった。
「あ、ごめんなさい。私ね、麻雀の何が好きかってこの洗牌が楽しくて仕方がないのよ」
「え、洗牌が、ですか?」
「ええ、だって……かき回せば回すほど、無限のエネルギーが宿る気がしてこない?」
「してこないです」
アリスは冷ややかに担任を否定した。
「あれ? してこないか……」
「してこないです。早く山作って下さい先生」
立場が逆転気味の古代クラスの担任と生徒を横目に、私は丁寧に牌を並び替えているプラトンに声をかけた。
「もしもしプラトン、意外と言っては失礼ですが、驚きました。凄く強いじゃないですか」
「え、つ、強くなんかないよぅ……。私はただ、この子たちの声を聞いて素直に従ってるだけだもん」
恥ずかしそうにほほえむプラトン。
「この子たち?」
「うん。この子たち」
そう言ってプラトンが指さしたのは、目の前の十三枚の牌だった。
「牌の声が聞こえるんですか?」
「聞こえない?」
「私には何も聞こえませんが……」
そう言うとプラトンはウフフと笑った後、上目づかいに私を見た。うーむ、こういう仕草を無意識にやれてしまうのだから天性のアイドルは怖い。
「ほら、よく見て、この子たちの本当の姿。この子たちのイデアよ。イデアを見ればほら、どんな役になろうとしてるのか、見えてくるでしょ? それに逆らわずにこの子たちを交代させていけば……ホラ」
見ていると、プラトンが今ツモった牌で、役ができたようだった。
「つーも。ね?」
そう言って、自分の手牌十四枚をパタパタと倒す。この牌を倒すというのは上がった、という意味で、皆に牌を見せるということらしい。
「げっ。また?」
「プラトンちゃん、凄い!」
アナクサゴラス先生がうめき声をあげ、デカルトが称賛の声をあげた。
イデア。
プラトンという少女を知っている者ならばこの言葉も知っている。彼女がいつも言う概念だ。彼女曰く、あらゆるものにイデアがある。それは物の本来の、本当の姿であり、完全な姿。まあ正直、私はそんなものがあるとは思っていないが、彼女はそれが「見える」のだそうである。
「いや……これは驚きました。凄いですねプラトン。イデアが見えれば打ち方がわかる訳ですか。もしかしたら麻雀の天才なんじゃないですか?」
アリスがそう言った。
「うふふ」
照れながらも楽しそうに笑うプラトン。
「一方デカルトは……なかなか役作りに悩んでいるようですね」
「私、どうも考え過ぎちゃうんですよぅ……」
そうだろうなと私はうなずく。デカルトは物事を何でもかんでもつきつめて考えすぎるというか、やや疑いすぎるきらいがある。
「そういえば、なぜ紅組はプラトンとデカルトがトップバッターなんですか?」
私がそう尋ねると、デカルトがちょっと赤くなりながら答えた。
「プレッシャーのかからない序盤がいいなって言うのが私たちの希望で……。あ、あと私はその、朝が弱いので……」
あ、なるほど。そうデカルトは寒い朝が苦手らしく冬は平気で昼頃まで起きてこないこともある。
「では引き続きがんばってください」
私とアリスが元の席に戻ろうとすると、プロタゴラスが声をあげた。
「ちょっと! 私はスルーなの? 話聞いていきなさいよ」
「……え、はあ……。あなたは普通に勝負事にはそこそこ強そうですからね」
アリスがしぶしぶ、といった感じで言う。
「つれないじゃないの。クラスメートなのに。私がトップバッターな理由とかは、聞かないわけ?」
「じゃあ何ですか」
半ば棒読みに近い口調でアリスが聞いた。
「決まってるじゃない! 私が強いからよ! 紅組に点を稼がせる余裕を与えないわ」
「それは素晴らしいですね」
アリスが踵を返した。
「こらーっ。興味を持ちなさいよ!」
「いえいえ、私達には仕事がありますので……」
その時。
実況席に戻ろうと向きを変えた私達の後ろで、いきなりアナクサゴラス先生が大声をあげた。
「わーーっ! 何あれ!」




