第十八幕 クーン
「さて、いよいよクーンの持ち点がありませんねアリス」
「そうですね……。現在のところ、断トツトップがナッシュで四十万点弱。アダムが十五万点程持っていますが、以前白組が大きくリードした状況は変わりません」
山を積み、牌を配り終えたところで、やはりチョンボをするつもりらしくクーンが山に手を伸ばそうとした。だが、そこで厳しい声がかかる。
「いい加減にしてもらえませんこと?」
ナッシュだった。
「壁を壊す? いったい何をしているんですの? そんなことをしたって、囚人のジレンマは破れませんわ。無駄ですのに」
「やだなあ。まだ気づかないんですか?」
クーンは頬を抑えた。
「ニーチェちゃんがチョンボを続けていた間、何が起こっているか、気づかなかったんですか?」
「何が? ただ単に罰符として彼女の持ち点がみなに配られていただけですわ」
当然のことを答えたナッシュに、しかしクーンは我が意を得たりという表情になった。
「そう……皆に、なんですよ。アダムに、ではなく」
……。
はっとした顔をしたアダム。
クーンは、笑顔を絶やさないまま、自分の牌を一つずつ倒していった。
「変ですよね? だってナッシュちゃん言ったじゃないですか。囚人のジレンマによって紅組と白組の点数が固定されたって。なのに方向はともかく現に点は移動しました。つまり囚人のジレンマが綻んでいるってことなんです。それはニーチェちゃんが作り出した、小さな綻びです」
「……だ、だから何ですの? むしろ白組が有利になる話ですわ」
ナッシュの言うのは最もだ。確かに点数は動いたが、常に紅組から白組に点が移動していただけだ。
「一側面だけ見ればそうですよ。だからこれだけではダメです。でも、ニーチェちゃんのやったことは、囚人のジレンマが持つ二つの効果、同士討ちと点数の固定、この二つのうち後者を崩すことだったんです。もう囚人のジレンマからは紅白の点数を固定する力が失われています。押してダメなら引いてみな……。ニーチェちゃんはずっと、その綻びを攻撃していたんですよ、ナッシュちゃん」
ぱたり。ぱたり。
牌は一つまた一つと倒されていく。当然のように、そこには役が無い。
「だから何ですの!? 囚人のジレンマのもう片方の効力、同士討ちは未だ健在ですわ。紅組は紅組同士、白組は白組同士でしか上がれませんわ。この足かせがある限り紅組が逆転する方法はありませんのよ」
クーンは、にやりと笑った。
「やだなあ……。それは足かせじゃありませんよ」
ザザッ……。
「考え方を変えましょう。パラダイム・シフトです」
ザザザザザザザ……。
「スミスちゃん、私達はもう囚人じゃないんです」