第十七幕 メリッソス
「白組の代わりは誰ですか?」
「えっと……あと残ってるのは、老子さんですわ」
一人残ったナッシュが答える。
「老子ちゃんかー。あの子はなかなか得体の知れないとこあるからなー」
東洋クラスの面々は、それ以外のクラスに比べると、何を考えているのかわからない、というタイプが多い。担任教師の達磨先生からしてが授業において一言も発したことがなくただ座っているのみというのだから。
老子は飄々としたタイプではあるが「何かを秘めていそう」と囁かれている子である。ただ具体的に何か秘めていたという話は聞かないが。
がやがや話していると、白組側のカーテンが開いた。みなの目が集まる。
「あれ、どうしたんですかメリッソス」
そこに顔を出したのは、老子ではなかった。困った顔をした女の子だ。私は知らない子だがアリスの台詞からするとメリッソスと言うらしい。古代クラスだろうか。
「あの……老子ちゃんから伝言で……帰るって言っといてって」
「え」
「えと……私、さっき寮の外で偶然会って、伝言を頼まれたんだけど。なんか、もう出番は無いとか言ってたんだけど……」
なんということだ。たぶん、ニーチェが飛んだ辺りでもう出番が無いと踏んだのだろう。確かにバタイユがチョンボを繰り返したりしなければ出番は無かった。
一同、沈黙。顔を見合わせる。
白組の交代選手である老子が帰ってしまった……。
「えーと、こういう場合どうしたらいいんでしょう。白組最後の一人だったんですよね」
「選手がいなくなってしまったということは……棄権ということで白組の負けですか?」
そうクーンが言ったので、ナッシュが青い顔をした。
「なっ」
そしてしばし当たりを見渡した後、舌打ちしてから所在無げにしているメリッソスを見た。
「ちょっと、メリッソスさん……でしたっけ?」
「え? は、はい。そうだけど」
「あなた……責任を取って白組に入りなさい」
メリッソスは伝言を伝えただけだが、何か責任が生じたらしい。
「え、え。し、しろぐみって何の?」
「麻雀のルールは知ってますの?」
「まーじゃん? う、うん一応は……」
「結構。ほら、早く卓について。老子さんは棄権ではなくメリッソスさんに交代ですわ。ここまで来てメンバー不足で負けなんてごめんですもの」
「え、あの、何なのこれ」
メリッソスが助けを求めるようにアリスを見た。
アリスは首を縦に振った。
「紅白二チームに別れ、入れ替えながら代表二名を闘わせる麻雀大会の終盤です。その最後の選手が老子だったのでその代打の要請ですね。状況は現在白組が圧倒的優位です」
アリスが端的に状況を説明した。その目は「諦めて巻き込まれて下さいメリッソス」と語っていた。
「え。よくわかんないけど、最後の選手って責任重大なんじゃ……」
戸惑うメリッソスにナッシュが首を横に振った。
「いいえ。既に勝負は決していて揺るぎませんわ。あなたに責任がのしかかる場面ではありませんわ。いいから席におつきなさい」
「え、あ、じゃあ。う、うん……」
とりあえず言われるままに席につくメリッソス。
「じゃあよろしくね、メリッソスちゃん」
にこやかに手を差し出すクーン。その手を握り返すメリッソス。
「あ、は、はい……。よろしくお願いします」
さっそく牌をがらがらとかき回す四人。
「メリッソスちゃんは麻雀できるんだ? 意外だねぇ」
クーンはメリッソスを知っていたらしい。
「ゼノンが時々やりたがるので……。でもほんとにルール知っている程度です」
「そうなんだー。楽しみだね」
そう言って、クーンがにこりと笑う。つられて微笑むメリッソス。
そして山ができた。牌がみなに配られる。
「お手柔らかにね、メリッソスちゃん」
クーンが微笑みながら、目の前の山を崩した。
がしゃあん。
「ひぇ?」
固まるメリッソス。
「あ、あの……?」
「あ、大丈夫大丈夫。気にしないでいいよメリッソスちゃん。はい、チョンボー。マンガン払いだね」
自分の点棒を楽しそうに配るクーン。何がおきているのかわからず慌てふためくメリッソス。
「あの、な、何を……してるんでしょう」
それはそうだろう。これまでの経緯を知っていてさえ訳がわからないのだから。
「何をしてるか、ですか?」
クーンが指を立てた。
「やだなあ。決まってるじゃないですか。麻雀ですよ」