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第十幕 オッカム

「さあ、デカルトに代わり、紅組は近代クラス担任、パスカル先生です」

「先生、全然眠くなさそうですね。もう朝ですけど」

 仮眠を取ったりした様子もない先生に、アリスが尋ねる。

 私のいる近代クラスを受け持つパスカル先生は、この学園の教師陣の中では極めてまともな部類に入る人で、生徒からの人望は厚い。愛されてはいるものの見習われてはいないアナクサゴラス先生とはちょっと違う。

「教職は多忙なの。徹夜は慣れてるのよ、悲しいことに」

「そうなんですか……」

 お疲れ様です、とアリス。

 対して、白組側の真っ白なカーテンが開いて、こちらも対戦者が入場する。

「対する白組、ソシュールの代わりはこの人、オッカムです……ちょ、ちょっとオッカム!」

 現れた少女を思わず咎めてしまった。なぜならば。

「何?」

「その刃物、危ないから置いてきてください」

 そう、彼女はトレードマークの……巨大な剃刀をかついでやってきた。刀、と表現すべきだったかもしれない。身の丈ほどもあろうかという巨大な刃物は、しかし形状からして剃刀である。というか、彼女がそれを剃刀と呼んでいるので剃刀なのだが、いやそんな呼称はどうでもいい。問題は切れ味だ。

「大丈夫。扱いには慣れてる」

「あなたが慣れていても周りが慣れていないです」

「麻雀には使わないわ」

 使われてたまるか。

「当たり前です。本当に牌を切る気ですか。使わなくとも威圧になりますからやめてください」

 しばし言い争った末に何とか彼女に刃を片させることに成功する。

「時間がもったいないわ。ゲームを始めましょう」


 *


 洗牌を始める、アダム・スミスにパスカル先生、そして一休にオッカム。

「オッカムちゃんはどんな麻雀を打つの?」

 チームメイトに話しかける一休。

「それを話して何になるの?」

 無表情にオッカムは返す。表情を強張らせる一休。

「い、いや、何にもならないけど……単に知りたかっただけ」

「……」

 不思議そうな顔をするオッカム。

「ご、ごめん訳わかんないこと聞いて」

 泣きそうな顔の一休。

「いえ。訳はわかるわ。単なる好奇心ということね。私は無駄の無い麻雀を打つつもり」

 オッカムはそう言った。一休はぽかんとした後、笑みを浮かべた。

「わーお! 頼りになるぅ! 無駄の無い麻雀、いいじゃない! 強そう」

 はしゃぐ一休に、オッカムは冷ややかな目線を返した。

「それ、敵に聞いた方が良いわ。味方より敵の打ち方を知る方が役に立つでしょ」

「そ……そうだね!」

 なぜか嬉しそうな一休。そして言われるままにパスカル先生に向かって尋ねてしまうあたり、この子もしかして何も考えてないのと違うか。

「先生はどんな麻雀を打つんですか?」

「……普通の麻雀よ」

 やや呆れた表情のパスカル先生。

「そーなんですかぁ? 意外です。先生麻雀強そうなのに」

 一休は目をキラキラさせている。楽しそうだ。

「でも私も先生は強いと思ってましたけど。先生、ギャンブルなら何でも好きだし」

 アダム・スミスが同意する。

「やぁね。私は仮にも教師よ?」

 仮なんですか、とアリスが隣で小声で突っ込んだのを私は聞き逃さなかったが、聞き流した。

「それにこれはお金を賭けていないからギャンブルじゃないでしょ」

 パスカル先生はそう言った。一休がふーん、と答える。

「先生はギャンブルじゃないからやる気出ないんですかぁ。そのほうがこっちとしてもありがたいですけど」

「やぁね一休。真剣に打つわよ。でも大して強くないから安心して。生徒との交流を楽しみたいのよ」

 パスカル先生は言いながらトンと牌を捨てた。続いてオッカムが牌を山から取る。そして動きを止めた。

 オッカムは黙って自分の牌を見た後、頷いた。

「これでいいわ」

「は?」

「無駄が無くなった」

「どういう意味?」

「ツモ」

 オッカムは牌を倒していく。パタパタパタパタ。

「おいおいおいおい」

 アダム・スミスが慌てている。私は久々に実況モードに戻って叫ぶ。

「おっとオッカム早い!」

「六巡目で上がりましたね。さすが言うだけのことはあります。これが無駄のない麻雀ですか」

 アリスも解説モードだ。

「な、何点よ……?」

 アダムがおそるおそる。

「三百、五百」

 と、短くオッカムが答えるが私にはわからない。アリスに解説を頼む。

「つまり親であるパスカル先生は五百点の支払い、子であるアダム・スミスと一休は三百点の支払いという意味です。足して千百点」

「……よ、良かったぁ……安くて。ダマテンなんていやらしいなぁ」

 ほっと胸を撫で下ろすアダム・スミス。

「アリス、ダマテンとは?」

「黙ってテンパイ、の略です。テンパイとはあと1つで上がれる状態のことです。そういう時はリーチをかける人が多いですよね。リーチで一役つきますから。でも周りにテンパイしてることを知らせず油断させるためにリーチをかけない、という戦略もあるんです」

「なるほど……」

 なかなかオッカム、やり手なのかもしれない。

「さあ、どんどん行くわよ。無駄の無い麻雀の真髄、見せてあげるわ」

 相変わらず無表情なままだが、その目には場の三人に対する宣戦布告の意志が強く宿っていた。


 *


「ロン、リーチのみ。千点」

「ツモ。五百オール」

「ロン、ホンチャンのみ。千五百点」

 異様だった。

 一つ一つの上がりは小さい。だがとにかく上がりが早いのだ。他の三人が上がる間もなく、オッカムが次々にゲームを制していった。

「オッカム……おそるべし」

 アダム・スミスが冷や汗を浮かべている。さっきまでの熱戦でそこそこ稼いでいた彼女の持ち点は次第に削り取られていた。

「オッカムちゃん、なんでいつも安い役一つしか作らないの? ドラもつけないし。一巡目で切っちゃうくらいなら残しとけば良かったのに」

 不思議そうに言う一休を、オッカムは冷ややかに見つめた。

「ドラ? そんな無駄なものは要らないわ」

 オッカムは言って牌をかき回し始めた。

「……えーっ。ドラが無駄? 点二倍だよ? 今だってリーチかけとけばさらに四倍なのに」

「必要もないのに役を増やしてはいけないわ」

「必要だよ!」

 お、一休がツッコミを入れている。しかし無理もない。麻雀というのは役を重ねて高得点を目指すゲームである……らしいことは今日さんざんゲームを見ていて私も理解した。

「いいえ必要無い。役は一つだけ、上がるための最低限で良い」

「でももっと役つけて上がってれば、今頃アダムは飛んでたのに」

 一休は不満そうだ。

「そうやって必要もないものをどんどん増やそうとするから上がりが遅くなるの。ロン。東のみ。二千点」

 あ、また、とアダムが悔しがる。

 本当に。彼女は頑なに役を稼ごうとせず、平和ピンフのみ、タンヤオのみ、ツモのみ、リーチのみ、最低限の役一つで上がっていく。絶対に役を増やさないようにしているようにさえ見える。ドラすら一巡目で切る潔さ。何か狂気じみたものを感じる。

「……あ、これまずいな」

 アダムがぼそりと呟いた。私がチラリとアリスを見ると、彼女は頷いてから小声で答えた。

「アダムはたぶん、オッカムが今、七連続で上がっていることに気づいたのでしょう」

「七連続……? それがどうかしたんですか?」

「ええ。大事です。これが八連続で上がるとですね……」

「ロン、千五百点」

 話してる間に、オッカムが一休の捨て牌で上がった。

「ていうかオッカムちゃん、私同じ白組なんだから手加減してよ……」

「ふっ。我慢なさい。ここまでは序の口よ」

 見ると、アダムが青ざめている。

「どうしたんですかね? アダムの顔色が悪いですが」

「そりゃそうでしょう」

 アリスが静かに言った。

八連荘パーレンチャンが成立してしまいましたからね」

「何ですかそれ」

「一人が八連続で上がることを八連荘と言いまして、以降オッカムが上がり続ける限り彼女の上がりは全て役満扱いになります」

 役満という言葉に私は色めき立つ。

「……なっ。上がりが全部役満ですか? それ、無敵じゃないですか」

「無敵は言い過ぎですが……。アダム・スミスが青ざめているのも当然でしょう」

「役満……しかもオッカムは親。親の役満というと……」

「ロン」

 思わず、卓上を見る。上がったのは……オッカム。アダム・スミスが頭を抱えていた。

「……四万八千点」

 オッカムが静かに言った。

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