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恋愛試験

作者: あやあき

「今日は何の日でしょーか!」

 そんな問いを幼馴染の橋本瑠衣から投げかけられたのは、黒崎怜哉が家を出てすぐだった。

怜哉は少し考え、すぐに「分からない」と回答した。

 分からないものはすぐに分からないと言った方が、事が円滑に進む。怜哉はその持論から、そう答えた。

 すると、瑠衣は頬を膨らまし、「なーんで、そうすぐに突っぱねるのー?」

 怜哉の持論は瑠衣には合わなかったらしい。

「別に突っぱねたわけじゃ」

「じゃあ何だって言うのよ? 怜哉ったら、いつも私になぞなぞやクイズを出して私が分からなくて困ってるのをニヤニヤ笑って見てるくせに! どうして私が問題を出したら、そういう反応をするの?」

 そっちか。

 ただの普段の行いのせいだったらしい。

「それはごめん」

 怜哉は素直に謝るが、「悪いと思ってないくせに」と、瑠衣はまだむくれている。

「思ってるって。そうだ、考えるから、ヒントをくれよ」

「ヒントはなしよ」

「なし? それじゃあ難しくて答えられないだろ」

「ないものはないの! 自力で考えなさい!」

 ふん、と瑠衣はそっぽを向く。

 朝からご機嫌斜めだ。これは僕のせいじゃなくって、元々虫の居所が悪いだけなんじゃないだろうか。

 そう考えるが、口には出さない。怜哉はそこまで莫迦ではない。

 代わりに、「ノーヒントで答えに辿り着けるのか?」と尋ねる。

「分からないの?」

「どうしても分からない。一つくらいヒントをくれたら解けるかも」

「…………」

「なあ、瑠衣、この通り!」

 怜哉は手を合わせて、頭を下げる。

 すると、「そんなに言うのなら」と嬉しそうな声が降ってきた。

 顔を上げると、瑠衣はさっきまでの機嫌の悪さは何処へやったのか、にんまり笑っていた。

「でもね、怜哉ならノーヒントで分かるわよ。本当よ」

「僕でなら?」

 僕の賢さを信じて……というわけではないだろう。

 怜哉の成績は中の上。瑠衣よりも上とはいえ、そこそこである。

「それは、どういう」

 詳しく尋ねようとしたが、「あっ」と声を上げた恋人は友人を見つけたらしい。

「じゃあね、怜哉。また後で」

そう言って、友人の許へ駆けていってしまった。

 一人残された怜哉は呆然と立ち尽くす。

 ノーヒントで答えを見つけるというのは、本当に出来るのだろうか。瑠衣は僕なら分かると言っていたけれど……。

 通学路で一人、怜哉は頭を抱えた。



 学校に着いた怜哉は、教室に荷物を置くと、すぐに図書室へ向かった。

 勿論、瑠衣から出題されたクイズの答えを探すためだ。

 日付だから、文化になるだろうか。

 そう目星をつけて、書棚を見て回るが、めぼしい本は見当たらない。

 まあ、僕の趣味の範疇じゃないしな……。

 自力で見つけようとするのを断念した怜哉は、専門家を頼る事とした。

 図書室の入り口付近に戻り、司書室に入る。

「失礼しまーす」

「あらー、黒崎君」

 司書教諭の青砥がデスクのパソコンから、怜哉に目を移した。

「おはようござます」

「おはよう。注文した新作の推理小説は、まだ来てないわよ」

「あ、否、それじゃなくてですね」

「じゃあ古典推理小説? 残念ながら、黒崎君くらいにしか需要がなくってねー」

「すみません、それでもないです」

「あら、そうなの? じゃあ何? 図書貸出カードを使い切ったの?」

「それでもないですね……。しかも、図書貸出カードの替え方なら知ってますよ」

「黒崎君は図書委員だものね」

 ころころと青砥は笑う。それに怜哉も釣られて笑ってしまう。

 ……って、いけない、いけない。ここには世間話をしに来たんじゃないんだ。

 こほんと咳払いをして、「それで、本題なんですけど」

「どうしたのかしら?」

「今日が何の日か書いてある本ってありますか?」

「今日が何の日か、ねぇ。それが載っている本もあったと思うけれど……」

 青砥が手招きするので、怜哉は寄っていく。

「これ、使いなさい」

 手で示されたのは、パソコンだった。

「これで調べなさいな」

「……本を、ですよね?」

「違うわよぉ、ネットを使いなさいって言ってるのよ」

「僕はそれでもいいですけど、司書の先生としてはそんなんでいいんですか?」

「いいのよ。わざわざ一限前に来たって事は急ぎの用なんでしょ? もうすぐ予冷もなる時間よ」

「分かりました。ありがとうございます」

 頭を下げてから、パソコンを借りて今日が何の日なのかを調べる。

「すみません、メモ用紙と筆記用具ってありますか?」

「じゃあ、これを使って」

 青砥がプリントの裏紙とボールペンを差し出したので、ありがたく使わせてもらう。

 怜哉はスクリーンに映し出された検索結果を、一つずつメモしていく。

 その様子を興味深そうに眺めていた青砥が口を開く。

「けど、どうして今日が何の日かって調べてるの?」

「クイズを出されたんですよ、……友達に。今日は何の日か、って」

 怜哉は画面から目を離さずに答えた

「ふぅん」

 青砥はニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「分かった。さては黒崎君、そのクイズは恋人からの出題ね?」

「……何の話ですか?」

「隠さなくてもいいのよぉ。にしても、最近の子はませてるわねぇ。……否、高校生だからそうでもないかしら?」

「そもそもそういう事じゃないですから」

「でも私、知ってるのよ? 黒崎君の借りた本を片っ端から借りてる女の子」

「えっ、瑠衣が!?」

 信じられない。その活字嫌いの瑠衣がミステリを読むなんて。

 怜哉が愕然としていると、青砥が噴き出すように笑った。

「……何なんですか、先生」

「うふふ、ごめんなさいね。今言ったの、嘘よ」

 そして青砥はにっこりと笑う。

「鎌を掛けただけなの」

「……びっくりさせないでくださいよ」

「ごめんなさいね」

 謝りながらも、青砥は飄々といていて、そう悪く思っていないように見える。

「お詫びと言っては何だけれど、多感な青春時代を過ごす黒崎君にアドバイスを送りわね」

「それはどうも」

「あんまり有難がってないわね? まあいいわ。――『今日は何の日?』という問いの答えだけど、本にもネットにも書いていない事だと思うわ」

「じゃあ、探しようが」

 言い掛けて、ハタと気づく。

 そうか、だから僕なら分かるって事か。

「その顔は閃いた顔ね」

「はい。ありがとうございました!」

「いえいえ。――ただ、黒崎君。君、遅刻よ」

「――あ」

 時計を見れば、既に始業時刻を過ぎてしまっていた。



「怜哉ったら、何所行ってたの?」

 一限終了後、瑠衣が話し掛けてきた。

「何所って、いつの事?」

「始業前よ」

「ああ、図書室に行ってたんだ。調べたい事があって」

「ふぅん。朝行ったって、誰もいなかったでしょ?」

「否、青砥先生は来てたよ」

「そりゃ、青砥先生は来てるわよ! 図書の先生だもん」

「厳密に言うと司書教諭な」

「青砥先生、古文教えてくれてるもんね。古文の先生が青砥先生になってから、一気に古文好きになったから、青砥先生って凄いよ」

 瑠衣は目をキラキラさせて青砥を褒める。

 確かに、古文の担当が青砥になってから、赤点ばかりを取っていた瑠衣が平均以上を取るようになった。

いつか追いつかれるのではと不安になっている事は、瑠衣には秘密だ。

「ところで」

 瑠衣が話題を変えたので、怜哉は身構える。

「今日が何の日か、分かった?」

「……否、まだ」

 答えると、瑠衣はにいと笑みを浮かべる。

 まったく――小憎たらしい。

 可愛いと思ったのは気のせいだ。

「怜哉でも分からないのねー」

 わざとらしく言う姿は少々腹立たしい。これは怜哉の本音である。

「今日中に分かるといいわね」

 ふふんと笑い、瑠衣は背を向けて去っていった。

 が、席に戻る途中で椅子に蹴躓いてしまったために、格好は付いていなかった。



 その後の各休み時間に瑠衣は答えを聞きにやってきたが、怜哉は何も回答出来なかった。

 考えてはいる。

 しかし、今日は怜哉の誕生日でもないし、瑠衣の誕生日でもない。付き合い始めた日でもない。他の記念日も思い出してみたが、どれも当てはまらない。

 加えて、怜哉と瑠衣とは幼馴染のために、「初めて」の日がいつなのかが分からないのだ。

 例えば、初めて手を繋いだ日がある。世のカップルでは知っていて当然のものかもしれないが、怜哉は把握していない。一番古い記憶を辿っても、幼稚園に通っていた時に遡る。もしかしたら、それ以前の可能性もある。

 付き合いが長い故に、解答へ辿り着けない。

 結局、帰宅するまでに答えは見つからなかった。

 リビングで寛いでいると、母親が「怜哉」と名を呼んだ。

「何?」

「今日、何の日かって知ってる?」

「……母さんも?」

「も? ――ああ、瑠衣ちゃんにも訊かれたんでしょ?」

「どうして母さんが知ってるんだ?」

 尋ねると、母親は悪戯っ子のように笑った。

「教えて欲しい?」

「あ、分かった、おばさんに聞いたんだろ?」

 怜哉の言う「おばさん」は、瑠衣の母親の事だ。

「なんだ、知ってるんじゃないの」

「なんとなく思っただけ。で、今日は何の日なわけ?」

「あら、こっちは知らなかったのね。まあ、怜哉が知ってなくても当然ね」

「……早く教えろよ」

 母親が答えを告げ、怜哉はようやく解答にありつけた。



 それから丁度十年後の同じ日。

 怜哉と瑠衣は、夜景の見えるレストランで食事をしていた。

「随分と奮発したのね。高かったでしょう?」

「それを訊くのは野暮ってもんだろ」

「それもそうね。でも、見栄が張れなくなったら言ってよね。ちょっとは蓄えあるから」

「瑠衣から借りるくらいなら、破産した方がマシだ」

「何よ、夫婦なんだから頼っていいのよ?」

「バーカ、僕のプライドの問題だよ」

 瑠衣は納得したように頷いた。

 今日は二人が名字を重ねた日だった。そのお祝いで、二人はここで食事をしているのだ。

そして、

「にしても、怜哉もロマンチストよねー」

「……何の話をしているんだ?」

「だって、今日って、結婚記念日だけじゃなくて、私達が初めて出会った日じゃない。昔なんて、私にクイズを出されても分からなかったのにね」

 二十一年前の同月同日、互いの母に連れられて、怜哉と瑠衣は出会った。十年前の同月同日、瑠衣が怜哉に『今日は何の日か?』と問い掛けた。そして二年前の同月同日、二人は結婚した。

 怜哉は頬を赤らめてそっぽを向く。

 確かにそうなるようにはしたが、ロマンチストと評されては恥ずかしい。

 窓の下では、東京のネオンがキラキラと輝いていた。




〈終〉

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