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新たな出会いはやめられない

 二学期の始業式が終わると、少女達は口々に夏休みの報告をしだす。ある者は日焼けの跡を見せ、ある者は素敵な男の子と出会ったことなど、話題はつきることない。


「ひとみぃ、スイスどーだったぁ?」


 仲好し四人組もその例に洩れず、教室の隅っこにかたまり、久し振りのお喋りを楽しんでいた。


「それがね。もう、悲惨なの」


 由美子の問いに対して彼女は眉を寄せた。


「あっちへ着いた日の夜にテロかなんかあったらしくて、戦闘機やヘリがぶんぶん飛ぶわ、戦車が走り回るわ。ジジ、ババなんかすっかりびびっちゃって、次の日、日本にトンボ帰りよ」

「ひっ、ひさんね」


 真澄は冷や汗をかきながらいった。


 仁美、ごめんなさい!!


 まさか自分達のせいだとはいえず、心の中で手を合わせる真澄だった。


「けっきょくどこへも行かなかったの?」

「ジジ、ババが、やっぱり日本が平和でええ、ってんで熱海よ!! あたしもやけくそで温泉に入ってきたわ」


 え~ん、ごめんよぅ、ひとみぃ。


「誰かいいことあった人いないの?」


 こう尋ねるようでは、由美子もいいことはなかったのだろう。


「わたしは、なにもないわよ。どこにも行かなかったし、クラブの合宿とかもあったから」


 もちろん、スパイしてたなど口が裂けてもいえない。


「こっちも悲惨かもしれない」


 千佳子はぼそっといった。


「そういう千佳子はどうなの?」


 真澄はそういってから、しまった、と思った。彼女の顔がにへらぁ、と崩れたのだ。


「へへ、実は彼ができちゃったの」


 彼女は幸せそうにいった。


「どっ、どこで知りあったの!?」


 由美子と仁美が身を乗り出すようにして詰め寄る。

 ここは女子校だし、知り合うとなれば外でしかあり得ない。


「清里よ。彼もそこの別荘に来ていて、あたしが雨宿りしていた時に、傘を差しかけてくれて……。とっても面白い人で、家に着くまで笑いっぱなしだったわ」


 千佳子はその時のことを思い出し、遠い目をした。


「どこの人なの? 名前は?」


 仁美はねっねっ、といい、千佳子を問い詰める。


「東京の人よ。北条直也(ほうじょうなおや)っていって、あたしより一つ年上」

「いいなぁ。軽井沢じゃなにもなかったもんねぇ。あたしも素敵な彼が欲しい」


 由美子は”素敵な”に力を入れていった。


「熱海じゃねぇ、じーさんばーさんだけよ。アバンチュールのアの字もでないわ」

「いいわねぇ」


 三人は揃って溜息をついた。



           ☆



 暗闇の中を引き裂く爆音。黒塗りの二台の車は、激しいバトルを繰り返す。前を走るのは麗華の運転する四人乗りセダンだ。


「しつこい男は嫌われるわよ!」


 麗香は悪態をつきながらも、車をドリフトさせ、高速でカーブを駆け抜ける。

 それを追うのも同クラスのセダンだが、どちらも戦闘用に改造してあり、双方とも決定的なダメージを与えられないでいた。


「きゃ!」


 銃弾が防弾ガラスにめり込み、ひび割れを作ると、真澄は思わず悲鳴を上げてしまう。仕事を任せられるようになってから一月少々では、しかたのないところであろう。


 彼女等の今回の仕事は、日本政府の秘密細菌研究所より、最新の研究データを持ち出すことだった。


 日本は非核三原則という建て前があって、核兵器の製造および貯蔵は不可能ではないが、それが発覚した場合のデメリットが大きすぎるため、BC兵器の研究に、より多くの力を注いでいる。ハイテク産業の世界的優秀さは折り紙付きであり、そういった観点からも、生化学兵器は、日本のお家芸ともいえるものとなっていた。


 BC兵器に対する対応は、その性質を事前に知ることが必須である。ウイルスに対抗するワクチン、毒ガスに対する中和剤。そういった物を作るのには、それなりに時間が必要だからだ。


 危険な兵器の性質を事前に洩らすことにより、その兵器を無力化してしまう。それが彼女達の狙いであった。


 この研究所への侵入は、それほど大変ではなかった。日本は世界から見れば、天国のように平和な国だ。セキュリティシステムには十分に金をかけ、最新の技術を駆使したものであったが、それを運用する人間には危機感がなく、油断が生じやすい。どんな優れたシステムであろうと、その運用に問題があったのでは、なんの役にもたたない。


 しかしどういう偶然か、そのずぼらな運用が、侵入者発見に役だった。予定外の時間に予定外の場所を警備員が見回っていたのだ。真澄達は、事前に入手したデータと大きく食い違って見回りをしていた警備員に、脱出する途中で見付かってしまうこととなった。

 その後はなんとか、隠してあった車までは辿り着いたものの、追っ手を振り切れずに、曲がりくねった山道を追いかけられているというわけだ。


 ガガガガガッ!


 金属が擦れる嫌な音がして、車は三回転もスピンし、ガードレールに接触する。防弾仕様のタイヤであったが、何発も撃ち抜かれた上、激しいバトルの結果、ちぎれて飛び散り、ホイールが剥き出しとなったのだ。


 カーブの途中、しかもかなりの速度で曲がっていた時だっただけに――麗香の腕のおかげもあるが――この程度で済んだのは幸運といえる。崖に転落していてもおかしくないほど、際どい状況だったのだ。

 四人は素早く降り、崖下にロープを二本垂らした。まず、優子と麗華が降り、続いて真澄とみちるだ。


 上で急ブレーキの音がして、男達が、駆け寄る靴音がした。


「にがすな!!」


 男達はマシンガンを下に向け発射する。

 その時真澄は、左腕に熱い痛みを感じ、手を放してしまう。


「ますみ!!」


 誰かの叫びが聞こえ、後は何もわからなくなった。




 重苦しい空気が、スパイ同好会の部室にたち込める。


 逃げ切った後、川の下流の方まで必死に探したが、真澄を見つけることはできなかった。

 侵入と逃走、そして捜索活動と、一晩中休む間のなかった彼女達は、さすがに疲労困憊していた。麻子はこれ以上の捜索は不可能と判断し、ついさっきここへもどって来たところだった。


「真澄ちゃん、死んじゃったかな」


 みちるがそう、ぽつりともらす。


「縁起でもないこというな」


 それをたしなめたのは優子だ。


「そうよ!」


 麗香にもきつくにらまれる。

 みな疲れと、心痛で気が立っていた。


「ごめん……」


 みちるはうなだれ、謝る。


「ここはあたしが残っているから、みんな少し休んで頂戴」


 麻子がそういうが、みな動こうとはしない。


「こんなとこで、休んでる暇なんかないだろ!? 捜索隊を頼むとかできないのか?」


 優子は麻子に詰め寄る。

 引き上げるのを最後まで反対したのも、この優子であった。


「あの細菌研究所は、国家レベルの機関よ。それがあたしたちを取り逃がした場所の近辺で捜索活動なんか始めたら、どうなると思って? それに今頃、向こうでも本格的な捜査が開始されているのは、間違いないわ」


 真っ暗闇での山狩りは、非常に危険であるし、捜索隊の編成にも多少時間がかかる。だから夜明けまで追っ手はかからないだろうと判断し、ぎりぎりまで真澄を探していたのだ。

 しかし結局、真澄を発見できず、これ以上ここに留まれば、真澄どころか自分達も危なかったから、麻子は断腸の思いで撤収を命じた。

 もし追っ手がかからないとわかっていたら、疲れて倒れるまで、捜索を続けていただろう。


「でもそれじゃ、生きていたとしても、やつらに捕まってしまうじゃないか!?」


 優子は辛そうに、顔を背ける。


「生きていれば取りもどす方法はいくらでもあるわ。向こうが探してくれるなら、かえって好都合よ。晴美に研究所の動きの方をチェックしてもらうから。だからあななたちは下で少し眠りなさい。これは命令よ」

「でも……」


 こんな情況で、眠れそうもない。


「麗香、みんなに睡眠薬を配って。なにかわかったら、すぐに起こしてあげるから、今は眠りなさい。そんな死人みたいな目をして、真澄の居所がわかった時、ちゃんと動けるつもりでいるの?」


 これには優子もぐうの音も出ず、ゆっくりうなずく。

 いざという時のために、今は麻子のいう通り、休息しておく必要があった。


「わかった。……真澄のこと、よろしく頼む」


 優子、麗香、みちるの三人は、地下へ降り、休憩室で横になる。

 気が高ぶっていたが、間もなく麗香からもらった睡眠薬が効き始め、三人は安らかな寝息をたて、夢も見ず寝入った。



          ☆



 小鳥の鳴き声と、あまりのまぶしさに、真澄は目を細く開けた。


「ここは?」


 白い天井と白い壁。カーテンから日差しが洩れ、ちらちらと向こう側の太陽が見える。

 なんだか熱っぽい頭で、何があったのか必死に思い出す。


「あっ!」


 真澄はベッドから起き上がった。


「いたたた」


 動いた拍子に、腕とあちこちに鋭い痛みが走る。――そうだ、やつらに撃たれ、谷底へ落ちたのだ。

 よく見ると、包帯とばんそうこうで、きちんと治療されている。

 掛けられた毛布をどけると、すっかり剥き出しになった足にも、いくつか治療した跡があった。


 ブラとパンティしかない!!


 そう、彼女はブラジャーとパンティしか身に付けていなかった。慌てて毛布にくるまる。

 何か着る物がないかと見回したが、それらしい物はない。あるのは二羽のセキセイインコのいる鳥篭と、小型ステレオにくずかごくらいだ。

 しかし、ベッドはどう見ても男物らしいパイプベッドだった。


 まっ、まさか……


 ドアの向こうでかすかな音がする。

 真澄は意を決し、毛布をしっかり巻き付け、ドアを開けた。


「おっ、気が付いたか?」


 お、おとこだ。


 真澄の目が点になる。


 彼はダイニングのソファに座り、コーヒーを飲んでいた。

 十六才の真澄から見れば、ずいぶん大人という感じがするが、実際にはそれほどでもないのだろう。


「あのう、あなた一人だけですか?」


 はかない希望に賭ける真澄だった。


「その前にいうことがあるだろう」


 男は冷たくいい放つ。

 真澄は、あっ、といい口を押さえた。そして、助けてもらったお礼をいう。


「うむ、よろしい。俺も質問に答えよう。間違いなく一人暮らしだ」


 彼はにやにやしながらいった。真澄の質問の意図に気付いていたのだ。

 が~ん! し、下着姿を見られてしまった。


「み、見ました?」


 嘘でもいいから見てないといって!!


「しっかり見させてもらった」


 真澄の希望虚しく、しっかりとまでいわれてしまった。


「そのかわり、治療代と、口止め料はチャラにしておくよ」


 彼はそういって、真澄のバックパックをテーブルに置いた。仕事の装備を入れていた奴だ。とうぜん非合法な物がどっさり入っている。

 真澄は頭から血が引いていくのを感じた。


「こんな物、日本でお目にかかれるとは思わなかったな」


 彼はバックパックを開き、拳銃や催涙弾等をテーブルに並べる。

 その手が、ふと、止まる。


「なんだこれは?」


 彼が手にした物は一冊の手帳。彼は、やばい物がつまっているのを見て、中をろくに調べもせず口を閉じたため、今までこれには気がつかなかったのだ。


「愛川女学院一年B組、雨宮真澄」


 彼は開いて読み上げた。いつもの癖で生徒手帳を入れてしまった自分のうかつさを呪う。生徒手帳携帯の義務が骨まで染みている真澄だった。


「かえして!!」


 真澄は彼に飛びかかる。だが、急な動きに腕が痛み、バランスを崩す。彼はその胸に真澄を受け止めた。


「まだ十六才とはね。俺の車の前にびしょ濡れで出てきた時は、もっと大人っぽい格好をしていたから、てっきりもっと歳がいってると思ってた」


 彼は抱き止めた真澄の耳元で、ささやくようにいった。

 真澄は仕事の時には、必ず大人っぽく見えるように変装していく。だから、暗い中ではそう見えたし、その印象があったから、今までそう思っていた。しかし化粧を落とし、明るいところで見ると確かに幼い顔つきだ。


「離して!!」


 彼女は男の腕の中でそういい、身をくねらす。しかし男の腕は思った以上に力強く、抜け出せない。


「命の恩人で、口止め料も治療費もいらない。おまけに転びかけた君を支えてやった男をそう邪険にするなよ。これほど気前のいい善人は、そういないぜ」


 男はそう、うそぶく。


「もちろん感謝しています。だから離してください」


 アップで迫る彼の顔は、恐いほどに整っていた。彼は興味深げに微笑んでいたが、なにかASCの仲間達と同じ、危険な香りがする。

 異性とこれほど接近したことのない真澄は、男性に対する免疫がまったくないせいか、顔を真っ赤に染めた。


「そう。人間たるもの、感謝の気持ちを忘れちゃいけない」


 男はようやく手を離した。

 顔とつかまれた手首が熱い。


「君の名前だけ知っているのは不公平だから俺も名乗ろう。山崎慎吾(やまざき しんご)だ。二十歳になる。仕事は貿易関係。まあ、青年実業家ってとこかな」


 一人暮らしで、これほど広いマンションに住んでいるのだ。よほどいい稼ぎがあるに違いない。


「熱があるようだな。弾は抜いたとはいえ、大怪我には変わりない。あっちで少し休め」


 心臓がどきどきし、顔が赤いのは熱のせいだろうか?

 なんだか頭もぼーとしている。

 真澄は彼に促されてベッドにもどった。


「今日、何日でしょうか?」


 九月の連休を利用してのミッションだとはいえ、学校を無断欠席すれば大騒ぎになる。


「心配するな。十五日、まだ日曜だ。明日も休みだろ。振り替え休日だし」


 まだ、あれから一日とたっていなかったのだ。もっとずっと長い時を過ごした気がするのに……


 真澄は安心したのか、そのまま眠りにはいる。

 彼が優しく微笑んだように見えたのは夢の中だったのか、真澄にはどちらともつかない。


 数時間後に目を覚ました真澄は、まずASCの緊急ホットラインに電話をいれる。


『もしもし、真澄?』


 コール半分で麻子が出た。ずっと真澄からの電話を待っていたのだろう。胸に熱い物が込み上げる。


「うん、そう。わたしはだいじょうぶです。弾を抜こうと思って、ナイフでほじくったら痛くて気絶しちゃって。他にもいくらか怪我してるけど、そんなたいしたことないです」


『そこどこ? 迎えに行くわ』

「い、いいです。自力で帰れますから。今、学校ですか?」


 まさか、男の部屋にいる上に、身元がバレているとはいえない。

 うえ~ん、友達にもASCのみんなにも嘘をついている。いけない()になっちゃった。


『そうよ。みんな集まっているわ。すぐこっちへこれる?』

「服が泥だらけだから近くの避難所で着替えをして……えーと、一時間くらいでそっちに行けると思います」

『待ってるわ。急がなくていいから無理しないでね』


 電話が切れる。


 真澄は彼からGパンとシャツを借り、着替えた。どちらも裾をかなりたくし上げないと長すぎる。そのくせ、Gパンのお尻のとこがちょっときつかった。密かに、ダイエットしようと誓う真澄だった。


「どこまで? 送っていくよ」


 慎吾は引き出しから車のキーを取り出す。


「いえ、そんな。そこまで迷惑はかけられません」


 今でも十分関わりすぎている。これ以上関わって厄介事を増やすわけにはいかない。


「気にするな。報酬はいただいている。ま、お釣りの代わりだと思ってくれ」


 一瞬何のことかわからなかったが、すぐに悟り顔を赤らめてうつむいた。


「それに、そんな男物の服を着てうろついてると『今、男のところから出てきたばかりです』と宣伝するようなものだぞ」


 真澄はますます赤くなる。お嬢様育ちの彼女はそんなことは考えもしなかった。それだけに一度意識すると、一人で外へ出られそうになかった。

 結局、慎吾の車に乗せてもらい、近くの避難所に送ってもらう。


 避難所といっても、普通のマンションの一室であり、そこには着替えや食料、いくらかの武器弾薬等を置いてあるだけだ。緊急事態が発生し、本部にもどれない時など一時的に使用するため、都内や近県、その他よく仕事をする重要ポイントに設置されている。


 真澄は傷口が開かないように着替えを済まし、バックパックを大きな金庫にしまう。もう必要ない上、見つかったら大変なことになるからだ。ただでさえまずい事態なのに、これ以上厄介事を増やしたくない。

 髪を整え、鏡の前で念入りに点検し、外へ出る。ちょっと暑いが、傷を隠すために長袖のシャツと、長めのキュロットスカートだ。


「なるほど、確かに女子高生だ」


 外へ出ると、まだ慎吾が待っていた。一瞬顔がほころんだが、すぐに引き締めた。


「まだいたの?」

「どんな格好をしてくるか、興味があったからね」

「ひまじんね」


 気恥ずかしさからか、真澄はつっけんどんにいう。


「予定はあったんだが、キャンセルしちまったからね。まる一日、あいてしまったってわけ。君が帰ったら後は、ぼーとしてるしかない、かわいそうなおじさんさ。少しぐらい愛想よくしてくれてもばちは当たらんぞ」


 彼のするおじさんぶりっこに、真澄は思わず笑いそうになった。しかしここで彼のペースに捲き込まれてはいけない。そう思って、できるだけ冷たい口調を心がけいう。


「今日はどうも有難う御座います。でも、もうわたしに関わらない方がいいわ。あれ見たでしょ? これ以上深入りしたら、あなたも危険な目に合うわよ」


 そう、もうこの人とは会わない。でないと迷惑をかけることになる。真澄は心の中にちょっぴり悲しい気持ちを見付け驚く。


「いや、また今度会おう。その時じっくり事情を話してもらおうか」

「だめよ、それはできないわ」


 非合法なスパイ活動をしていることを話すわけにはいかない。自分だけならともかく仲間達をも危険にさらす。


「このことを親は知っているのか? 友達は? もしバレたらどう思うかな?」


 半分ふざけたような慎吾の表情が一変し、厳しい顔つきになる。仕事中の先輩達の表情にどこか似ていた。


「そんな、ひきょうよ!」

「何とでもいってくれ。利用できるものは利用する。俺の主義だ。今日は疲れているだろうから、なにも訊かん。気を付けて帰れよ」


 慎吾はそういって、車を走らせる。

 また会える? いえ、ただわたしを利用したいだけ。四つも年上の男の人だもの、関係ないわ。でも、いたずらっ子の様な目をしている。

 真澄はその後を複雑な思いで見送った。



          ☆



 タクシーを使って女学院に乗り付け、真澄はスパイ同好会の部室へと急ぐ。

 彼女がドアを開ける前に、足音を聞き付けたらしく、先輩達が飛び出して来た。

「ますみぃ! どこ怪我したの?」

「心配したんだぞ」


 みなが優しく抱き締めてくれる。ちょっと怪我したところが痛かったけれど、それ以上に嬉しくて、涙が自然にこぼれ落ちた。

 彼女達は真澄をつれて地下に降りる。そして、慎吾がまいてくれた包帯を剥がし、もう一度ちゃんと治療してくれた。


「ナイフでほじくったっていうから、どうかと思ってたんだけど、けっこうきれいにできてるじゃない」


 傷を見て麗華がいった。


「初めてにしては上出来よ。縫い目もきれいだし。これならやりなおす必要もないわね。少し消毒して、新しい包帯にすればいいわ」


 真澄は曖昧に返事をした。人にやってもらったとはいえない。それにしても麗華が褒めるほどきれいに治療できる腕とは……


 慎吾って何者?


 疑問は、つきない。


「他の傷も問題ないわ。でも、銃で撃たれた後って熱を出すから、抗生物質を打っておくわね。あとで、化膿止めと痛み止めの薬もあげるから」


 そういって、麗華は注射を打ってくれた。


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