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潜入はやめられない

「そろそろ仕事してみない?」


 部長の麻子がいった。


「いえ、とんでもない。わたしなんかいても邪魔になるだけですよ」


 真澄は謙虚に辞退したが、どうやらそんなに甘くないらしい。


「そお? みんなはもうそろそろいいんじゃないかっていっているわよ。この仕事がお金になってもならなくても報酬は出すし、お金になったら、必要経費と設備投資にいくらかまわした残りは山分けよ。決して悪いようにはしないわ。やるわね?」


 口調は問いかけだが、有無をいわせぬ迫力がある。

 真澄はしかたなくうなずいてしまった。


「仕事って、何をするんでしょうか?」


 彼女はおずおずと問いかける。

 ここのお金の使い方からすれば、一回の仕事で稼ぐ金額は膨大なもののはずだ。となれば、その仕事も危険きわまりない物になるだろうことは、鈍い真澄でもわかる。


「たいした仕事じゃないわ。ある国へ行って次期防衛計画の写しをもらってくるだけ。あたしたちがいつもやっている、普通の作戦だから、何の心配もないわ」

「ある国ってどこですか? わたしパスポート持っていないんですけど……」

「今はいえないわ。機密洩れの可能性があるから、飛行機に乗ってから教えてあげる。仮にS国としておくけど、パスポートはいらないわ。だって、不法入国するんですもの」


 ひえぇ~、やっぱり!


「次期防衛計画の写しって、誰かが渡してくれるんですか?」

「そんなことあるわけないじゃない。同好会にはあたしたちしかいないんだもの。もちろん、そこの防衛本部に潜入して写真を撮ったりデータをコピーしてくるのよ」


 ひ~ん、こあいよぅ。


「じゃあ、帰りはどうするんです。飛行機は降りられませんよね?」


 降ろす時はパラシュートでもよいが、飛行機が降りていなければ乗ることはできない。しかし、不法入国の飛行機を降ろしてくれるとは到底思えなかった。


「その通りよ。降ろしてくれないから、自力で上がってきてね」

「わたし飛べません」

「このあいだ、プライベートジェットの使い方習ったでしょ? あれで、飛んできた飛行機とドッキングするのよ」


 あれって、五分ぐらいしか飛ばない奴よ!


「もしドッキングに失敗したら?」

「落ちたら死んじゃうか、置き去りね。だいじょうぶ、心配しないで。青酸カリのカプセルを渡しておくから、死に損なったり捕まりそうになったらそれを飲むといいわ。数分で死ねるわよ。死ぬに死ねない拷問を受けるより、ずっとましだからね」


 ちっともましじゃない!


 真澄は絶対に失敗するもんかと誓った。誓ってどうなるというものではないが……


          ☆



 学期末試験も終り、後はいよいよ休みを待つばかりという、暑い午後だった。


「真澄は夏休みどうするの?」


 真澄と仁美、それに後二人。仲良しグループの四人は近くの喫茶店に入り、おしゃべりを楽しんでいた。


「家に帰って、親のすねでもかじっているわ」


 特訓と初ミッションがあるなどとは、口が裂けてもいえない。


「寮生じゃしかたないか。でも真澄はちょくちょく帰っているんじゃない?」


 真澄の向い側に座っている、由美子(ゆ み こ)がいった。

 週末毎にどこかへ消える理由がいつも合宿だというわけにはいかず、真澄は合宿、帰省、遊びに行くなどを適当な周期でいっていた。


「真澄はまだ親放れしていないもの。しかたないわよね」


 右側に座っている千佳子(ち か こ)がからかうようにいう。


「ちゃんと家から通っている千佳子に、そんな事いう権利ないわ。ね? 仁美」

「そうそう。そっちはいつでも甘えられるけど、こっちはそうはいかないんですからね」


 仁美が彼女を援護してくれる。

 どちらかといえば引っ込みじあんで、おとなしい性格の真澄には、仁美の明るさと面倒見のよい所は、非常にありがたい。


「へへ、薮へびか」


 千佳子が頭をかきながら舌をぺろりとだす。


「二人とも家に帰るだけなの? どこか旅行とかいかないわけ?」


 由美子が訊いた。


「わたしはどこにも行かないわよ。パパもママも忙しいし、大人には夏休みなんかないもの」


 両親にはどこか行かない? と、いわれたのだが、クラブの合宿とか、友達と遊びに行く計画があるからといって断った。高校生にもなれば友達の付き合いの方が大切だもの、しょうがないわ、と母にいわれ、父も納得した。


 もっと強引に誘ってよぉ!!


 そうすれば、いくらかの特訓と、うまくすればミッションをさぼる口実になったのに。こんな時ほど聞き分けのいい親が恨めしい事はなかった。


「あたしはスイスに行くの。まあ、親にジジババつきだけどね」


 仁美の所は四人の中でもずば抜けたお金持ちだ。世界中のあちこちに別荘があるらしい。


「ああ、聞くんじゃなかった。あたしのとこなんか、軽井沢の別荘に行くくらいの平凡な家庭だもんね」


 そう由美子は嘆くが、あくまでこの学院での平凡であり、世間一般の平凡とはレベルが違う。


「こっちも似たようなものよ。……真澄に比べればましか」

「ひどーい」


 くすん。そのとおりよ! 外国には行けるけど、不法入国だし、きっとお土産も買ってくる暇ないわ。

 たった四ヶ月前のことなのに、平凡な中学時代がひどく懐かしく思える真澄だった。


           ☆



 真澄の初ミッションは、結局八月に入ってからだった。


「あのう、いったいどこへ行くんでしょうか?」


 輸送機の狭く薄暗い倉庫のような機内に押し込められた真澄は、麻子に向かって不安そうに訊く。操縦している麗華を抜かし、四人と装備を乗せると、そこはほぼいっぱいで、真澄は麻子とはほとんどくっ付き合う様な感じで座っていた。


「真澄にはまだいってなかったわね。目的地はスイスよ」

「スイスって、あの永世中立国の?」

「それ以外にスイスってあったかしら?」

「ないと思います」


 たしか昨日あたり、仁美はスイスに飛び立ったはずだ。あっちは保養、こっちは仕事。天国と地獄ほども差がある。


「でも、スイスの次期防衛計画ってそんなに価値があるんですか? スイスって、永遠に中立を守るっていう国ですよね」

「まあ、そうだけど。でも、政府の方針ってころころ変わるし、その政府すら永遠に変わらないわけじゃないからね。たとえばいきなり隣の埼玉が独立して、侵略はしねぇないが喧嘩は買うどぉ(埼玉の人ごめんなさい)、といって軍備を強化しだしたら、どう思う?」

「ちょっと恐いかもしれない」

「そう考えると、その周りに住む人達の不安もわかるでしょ?」

「はい」

「だから、隣の国が何を考えているか、非常に知りたいわけね。早く知れば知るほど早く対処できる。パワーバランスをきちんと保つためには、次期防衛計画を知るのが一番いいの」


 真澄はうなずいた。日本は他の国と海で隔てられているため、日本人はあまりこういうことは関心がないのだと、彼女は悟った。


「実は、もう中身は手に入っているのよ」


 麻子はいたずらっぽく微笑んだ。


「えっ! じゃあなぜ、こんな危険なミッションをするんですか?」

「手に入れたっていってもコンピュータ上のデータだから、信頼できるかどうかわからないのよ。だから、実際に侵入して正しいデータかどうか確かめなくちゃいけないの。何しろこの業界は疑り深い人が多いから……」

「だから、写しでいいんですね?」

「そうよ。できれば侵入がばれなければ、もっといいわ」

「わたしもそのほうがいいですけど」


 何事もない方がいいに決まっている。


「警報装置とかは晴美が殺してくれるから、気を付けなければいけないのは人間の警備員だけよ。でも、それだけにやっかいだわ。見付かったら迷わず殺しなさい。死にたくなかったらね」


 真澄は思わず震える。わたしに人が殺せるんだろうか?


 真澄達を乗せたステルス仕様の輸送機は、スイス上空にさしかかる。

 真澄、優子、みちる、麗華の四人は、狭い機内で装備を付けた。パラシュート、最新鋭のスターライトスコープと小型酸素ボンベ、それに武器弾薬等だ。

 輸送機は今、自動操縦になっていて、麻子が装備を付けるのを手伝いながら最後の注意をする。


「成功を望んでいるけれど、無理することはないわ。いくらお金があっても死んだらお終いだからね。計画遂行が困難な時は、すぐに引き返すこと。何か質問は?」


 すでに、十分レクチャーを受けている。質問などあろうはずはない。


「では、ミッションを開始する」


 麻子はミッション開始を告げ、操縦席に行く。しばらくして、床に大きな降下口が開いた。

 この輸送機は元々、爆撃機を改造した物らしいが、今回落っことすのは爆弾ではなく人間だ。

 訓練では何度も行った高々度降下だが、さすがに本番となると緊張の度合いが違う。真澄は足がすくんで動けなくなってしまった。


「だいじょうぶ。訓練と変わりゃしないわよ。何も恐いことないわ!」


 麗華は、初めは優しい口調でいっていたが、いきなり、”わ”で、真澄を突き飛ばす。


「きゃー!」


 真澄は酸素マスクでくぐもった悲鳴を上げながら落ちていった。


「しょうがないわねぇ」


 そういいながら、麗華が穴に飛び込む。それに、優子、みちるが続いた。


 きゃーきゃー悲鳴を上げていた真澄も、しばらくすると落ち着き、スカイダイビングを楽しむ余裕さえ出てきた。月のない夜だが、街の明かりがぽつぽつ輝き、真澄は異国の夜景にしばし見とれた。


 ずっと高度が下がったところで、真澄達はパラグライダーを開く。

 降下地点は国軍参謀本部があるビルの屋上という狭い空間だ。自由度の高いパラグライダーでなければとても降りられない。


 真澄達四人は、それから間もなく、ビルの屋上へと降り立った。


 真澄とみちるは屋上のドアに取り付き、鍵をこじ開ける。優子と麗華は後から麻子が落とした装備を遠隔操作し屋上に降ろす。

 ドアが開いたのと装備が到達したのは、ほぼ同時だった。

 厳重にパッキングされたそれを分解し、プライベートジェットと予備の武器、そしていらなくなった酸素ボンベとマスク等を屋上の隅っこに隠した。


「いくよ」


 優子の合図で、一行はビルに侵入する。晴美が日本からネットワークを通じて、ここのビルの主な警報は切ってあるはずだ。でなければ今頃、ハチの巣をつついたような騒ぎになっていたに違いない。


「しっ!」


 麗華がみなを止めた。警備員がこちらに向かってくる。


 ここは一本道の曲がり角だ。逃げ場はない。

 優子と麗華は目で合図して、曲がり角ぎりぎりに立つ。

 勝負は一瞬だった。二人はいきなり飛び出し警備員に当身を食らわせる。


 うっ、が、外人だ。


 典型的な外人コンプレックスの真澄は、思わずびびる。


「そこ開けて」


 無人らしい部屋を指して優子がいった。

 真澄は道具を手にし、簡単に鍵を外す。屋上のに比べれば随分ちゃちな鍵だ。

 そこへ気絶した警備員を放り込み、手足を縛った上麻酔を射つ。これで二時間は目覚めないはずだ。


「目を覚まさなくても点呼を取られたらおしまいだ。急ぐぞ」


 そういう優子の後にみなが続く。


 このビルの作りはすべて頭の中に叩き込んである。間違うはずがない。

 間もなく、書類がしまってあるはずの金庫室前に着いた。

 そこにも警備員が二人いる。だが、ビルの構造上、気付かれずに近付くのは不可能だ。とはいっても、計画の段階でこの事はわかっていたので、そのための装備を持ってきている。なんら問題はない。


 優子は、肩からライフルタイプのガス銃をおろし、構え、撃つ。プシュっという炭酸飲料の栓を抜いたような音がした。彼女は素早く弾を込めなおし、もう一発撃った。

 一人は首筋に、もう一人は腿に即効性麻酔弾を食らい、警備員は崩れ落ちる。


「ますみ!」


 すでに錠前外しではみちるの上を行く真澄が、ドアの鍵を手ばやく外す。

 四人は警備員ごと中に入った。

 その部屋はまるごと金庫室になっていて、まず、鉄格子があり、その奥に密閉された金庫がある。

 鉄格子には二つの鍵が付いていて、これを外さなくては金庫にさわれもしない。

 しかし、この鍵は部屋の鍵とは比べものにならないくらい頑丈で複雑だった。真澄とみちる、二人がかりで十分余りもかかる。


 鉄格子を開け、真澄とみちるが中に入った。優子と麗華は外を油断なく見回し、直ちに攻撃できる体勢を取っている。

 真澄とみちるは金庫の前に錠前外しのフル装備を並べた。

 この金庫についてはある程度仕様がわかっているから、それなりの準備はしてある。


 鍵は全部で七個。コンピュータからの解除コードと、タイムロック、電子キー二、磁気キー二、そしてダイヤルロックだ。そのうち、解除コードとタイムロックは晴美が外している。残る五つのキーを一時間以内に外さなくてはいけない。脱出の時間を考えるとそれが精一杯だ。そうでなければ上で待っている輸送機が、日本に帰れなくなってしまう。


 二人は四つの穴にセンサーを差し込み、磁気及び電子特性を測定する。非常に根気のいる仕事だ。しかし、今回は真澄がいる御陰で、だいぶ作業がはかどった。


「#$%&@、**;+×=!!(侵入者有り、発見に全力を上げよ!!)」


 だが、後はダイヤルロックのみというところで、どこの言葉かよくわからない放送と警報が鳴る。言葉こそ理解できなかったが、何をいわんとしているのかは、真澄にもわかった。縛り上げておいた警備員が見付かったのか、交代あるいは点呼で見付かったのかわからないが……


「みちる! まだか?」


 入口のところから、優子が声をかけてくる。

 しかし二人には答えるだけの余裕がない。彼女等は金庫に聴診器をあて、慎重にダイヤルを回している。声を出そうものなら、微妙な機械音が聞き取れない。


「&%%$##%&!!(いたぞ!!)」

「ちぃ!」


 優子と麗華は消音装置(サイレンサー)のついた自動拳銃を撃ちまくる。戦力としてはあまり役に立たないが、うるさくできないため仕方がない。


「開いた!」


 真澄が叫んだ。

 優子達は武器を自動小銃に換え、警備兵達に対抗する。

 みちると真澄は金庫内に飛び込み、次期防衛計画書を捜した。

 程なくそれは見つかり、かたっぱしから写真を撮っていく。


「ゆうこ、れいか! おわったわよ」


 その声で、麗華は右の通路には麻酔弾、左の通路には催涙弾を投げつける。


「ガスマスクを付けろ」


 四人は手ばやくマスクを付け、左へ進む。麻酔弾は効果が高いが効き目が遅い。催涙弾は効果が低いが効き目はすぐだ。今は一分一秒を争う。左へ行くのは当然だ。安全よりも時間を取る。これ以上警備兵が集まってきたらとても逃げ切れない。


 優子と麗華を先頭に、真澄とみちるが続く。真澄は、恐いと思う暇もないほど無我夢中で走った。

 優子と麗華は時折、催涙弾と麻酔弾を投げ、パニックに陥っている兵を薙ぎ倒しながら屋上へと向かう。

 彼女等は銃を使わない。この状態で銃声が聞こえたら、兵達が乱射しかねないからだ。


 ようやく屋上へと抜け、プライベートジェットを引っ張り出した。麗華だけはミサイルランチャーを担ぎ、下にある銃座や対空高射砲塔を吹き飛ばす。

 プライベートジェットはそんなに高く上がれない。よって、輸送機は低空を可能な限りの低速で飛ばなくてはいけない。今のうちに邪魔物は消しておくに限る。


 やがて、ジェット音が聞こえ、麻子からの信号が入る。


『作戦終了。撤収する』


 無線機から麻子の声がして、作戦終了を告げた。


「いくぞ!」


 四人はジェットに点火して虚空へ舞上がる。


 下から、銃やマシンガンを撃ちまくるが、彼女達にはとどかない。麗華によって高射砲を潰されたため、まともな攻撃ができないのだ。

 間もなく、彼女達は輸送機に収容され、スイスを後にした。

 すぐさま空軍基地からスクランブルがかけられたが、高度なステルス機のため、ついに発見することはできなかった。



 夏休み中、さらに二度のミッションがあり、どれも無事成功している。

 真澄に与えられた報酬も一億を超え、どうしたものかと思案する毎日だった。


「裏で稼いだお金は表でつかっちゃ駄目よ。すぐ足がついちゃうからね」


 そう麻子はいう。

 それはそうだろう。会社重役の娘とはいえ、一億もの金を使いまくったら不審に思わない方がおかしい。


「まあ、月に一、二万くらいなら平気だけどね……」


 しかしこれでは一生かかっても使い切れない。それどころか、利子でかえって増えてしまう。


「何か欲しいものがあったらあたしにいってね。外に持ち出さないでコレクションするとか、ここで使うだけならだいじょうぶだから。裏のルートから仕入れてあげるわよ。ちょっぴり手数料取るけど……」


 裏側に住む住人達と接触するのは、すべて麻子の役割だ。情報を売り、そのお金で物を買う。それはすべて麻子を通して行うのだ。


「何がちょっぴりだ。二十パーセントも取るくせに」

「あら、危険手当だもの。そのくらいは当然よ」


 優子の非難などあっさりかわす。

 確かに、唯一外部と接触する麻子は、常に危険にさらされている。


「今はいいです。べつに欲しいものないし。先輩たちって何に使っているんですか?」


 たった三度のミッションで一億を超えるとすれば、先輩達は相当稼いでいるはずだ。


「あたしゃ、なんてったってギャンブルだね。こないだもラスベガスに行ってきた」


 優子は十億もスッちまったぜ、といって豪快に笑った。


「麗華は軍服だの拳銃だのそんなのばっか集めてる。ミリタリーマニアだからな。まったく、仕事以外でそんなもん見たくもないぜ」

「ギャンブルでつかっちゃうよりましよ。世界の名銃に、機能的で美しい軍服。これを集めずして何を集めるっていうの?」


 麗華は目を潤ませ自分の世界に浸っている。優子はやれやれとばかりに肩をすくめた。


「晴美はまあ、わかるだろ?」

「やっぱりコンピュータですか?」


 晴美はいつも下に詰めっきりで、ほとんど上には上がってこない。


「下にある機械は経費と晴美が自腹切って入れたもんなんだ。経費だけじゃ足りないって。なにもあんな化けもんみたいなマシン入れなくてもいいだろうに……」


 いったい、あれっていくらしたんだろう。


 まあ、百億は下るまい。個人で使うにはぜいたく過ぎるマシンだ。しかし、ASCの情報収集活動には、なくてはならないものになっている。


「みちる先輩は?」

「あたしは旅行かな。もちろん偽名でだけど……」

「こいつも半分は仕事だってんだから恐れ入るよ。みんな働きすぎだ」

「作戦の下見を兼ねての旅行だけどね。旅行のついでに、情報収集できれば一石二鳥じゃない。半分経費で出してもらえるし」


 意外とちゃっかり者だ。


「じゃあ麻子先輩はどうしているんです?」

「あ、あたしはお金を数えていればそれでいいのよ」


 麻子はどもりながらいった。彼女にしては珍しくうろたえている。


「聞いて驚くなよ」

「だ、だめよいっちゃ!!」


 麻子が慌てて優子の口を塞ごうとする。しかし、逆に体格のまるで違う優子におさえつけられてしまった。


「なんと、戦災孤児救済基金に全額寄付しているんだぜ!!」


 意外だった。

 何事にも冷徹に振る舞う彼女が、赤くなりうつむいている。


「麻子はアフリカで起こったクーデターに巻き込まれて、両親を失ったんだ。まだ、十才の時だ。両親は、麻子を庇う様にして死んでいたそうだ。全身に銃弾を浴びてね」

「そんな……」

「そのせいか、こんなにひねくれちゃって」

「そうよ、ひねくれているわよ!! いけない?」


 彼女は優子の腕を振りほどいていった。


「いけないさ。もっと素直になれよ。悲しい時は泣けばいい。嬉しい時は笑えばいいんだ」


 麻子は、なにかを堪えるかのように顔をこわばらせ、やがて一粒の涙を流す。そうなると後は止めようもなく、優子の胸に泣き崩れた。


「こいつとは小さな頃から遊び友達で、両親たちも付き合いがあってね。お互いよく泊まりっこをしていた。麻子がアフリカから帰ってきた時、よく笑いよく泣いてたこいつが、感情を忘れた人形のようになっていた。怒りだけを残して。それからは鬼のように世界情勢を勉強し人脈を広げ、今の組織を作った。世界のパワーバランスを取るために……」

「本当はとっても優しいのよ。みんなに死んで欲しくないからこそ、きつい事もいうし、常に冷静な判断を下すために、無理に感情を抑えたりして。まったくばかなんだから」


 みちるが麻子の髪を優しく撫でる。


「ま、こんな麻子だから、あたしたちもついていってるんだけどね」


 麗華も、麻子の涙をぬぐってやる。

 しっかりとした信頼で結ばれている先輩達がすごく羨ましい。

 今はみそっかすだけど、いつかきっと先輩達のパートナーとして認めてもらいたい、そう真澄は思った。



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