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特訓はやめられない

 それからの真澄は、学園生活を楽しむ間もないくらいしごかれた。

 死にたくなかったら、自分の身は自分で守れなければいけないと脅かされ、真澄も必死になって耐えた。

 小早川優子からは格闘技。

 和泉麗華からは銃や自動小銃、対戦車ミサイル! の扱いや、車の運転と戦闘機の操縦!

 海野みちるからは変装と錠前外し! などなど。

 松沢晴美は、ちんぷんかんぷんな呪文を唱えて、真澄を苦しめる。どうやらコンピュータのことらしいことだけはわかった。

 部長の水神麻子だけは真澄に関わらず、忙しく電卓を叩いていた。

 みちるにいわせれば、彼女は金の亡者、なのだそうだ。


「お金のためなら何だってするから、金銭トラブルはご法度よ」


 みんな口を揃えてこういう。

 でも、ケチじゃない。必要なお金なら惜しむことなく出してくれる。


「これ、あなたのカードだから。ヤバくなったら、このお金を使って逃亡しなさい」


 といって、真澄に銀行の通帳とカードを渡し、暗唱番号を教えた。

 表に書いてある名前は偽名だが、中を見ると、ゼロが七つも付いている。


「これっていっせんまんえん!」


 思わず声が裏返ってしまう真澄だった。


 愛川女学院は一応お嬢様学校であり、真澄の父も一流企業の重役をしている。しかし、おこづかいはあまりたくさんもらったことがなく、精々手にしたことがあるのは数万円どまりだ。


「もらっていいんですか?」

「もちろんよ。でもこれは逃亡するときとか緊急用の費用だから、どうしても必要な時以外、手を付けないでね」


 まあ、そんなものだろう。


「仕事に行く前には、もっと入ったカードと現金を渡すから。もちろん、それとは別に仕事に見合った報酬は出すわよ。こっちは経費とは違って自由に使ってもいいわ」


 真澄は目を丸くして麻子を見つめた。一回の仕事による報酬は、一千万円を下らないらしい。


 真澄にとって一番辛いのは、格闘技の訓練とコンピュータの勉強だった。

 あまり運動が得意ではなく、はっきりいって運痴の真澄は、筋肉痛に打ち身が絶えることなかった。


 コンピュータの勉強はさらに難しい。

 松沢晴美は、真澄にどの程度の知識があるかなどまったく気にせず、難しい単語をこれでもか、とばかりに並べるのだ。わかるわけがない。

 これはみな同じらしく、結局コンピュータの扱いは、すべて晴美に任せられていた。


「晴美にいわせりゃ、なんでこんな事もわからないの? ってとこだろうが、あたしにゃちょっとついていけないね」


 そう、優子はいう。


「あたしは多少はわかるけど、晴美はもう、神様のレベルよ。たちうちできるわけないじゃない」


 麗華は、相も変わらぬ迷彩服姿だ。


「麻子でさえかなわん」

「だめよう、麻子はお金の計算しかできないんだから。でなかったら、いまどきあんな大きな電卓なんか使ってないわ」


 麗華は小さなお尻を机に乗せ、足をばたばたさせて笑った。真澄はちょっと顔を赤らめる。ここに男の子でもいたら、目のやり場に困るに違いない。

 迷彩服といっても、下はショートパンツ。上は、大きく胸の開いた開襟のシャツだ。

 軽くウエーブした髪の、外人モデルみたいな麗華が、そんな格好をして街を歩けば、注目の的になるのは間違いない。もっとも彼女は、ここか仕事の時しか、この格好をしないらしい。


 対照的なのは優子だ。短く刈った髪と浅黒い顔。そして、たくましい身体つきは、男らしささえ感じる。

 これでいて、どちらも実戦部隊だというから、わからない。


 わりと楽しくできるのが、みちるの教えてくれる変装や錠前外しだ。簡単な化粧やかつらによる変装から、全身の体形まで変える変装まで、様々なことを習った。

 一口に変装といっても、けっこう奥が深い。

 真澄はそこで、ちょっとしたお化粧でもまったく別人になれることを知った。


 わたしが美人に見えるぅ!


 これだけが楽しくできる理由ではあるまい。

 意外なのは錠前外しだ。真澄にはこの才能があったらしく、非常に上達が早かった。


「真澄ちゃんの前世は、きっとどろぼうよ」


 みちるはそういってからかう。


「そんなこと、ありません!」


 真澄は否定するが、頑丈な錠前をいとも簡単に外していては、まったく説得力がない。

 休みの時などは、麗華に連れられて、山奥のプライベート飛行場! で訓練を受ける。

 偽装された三千メートルもある滑走路を使い、車の運転とヘリや戦闘機の操縦を習った。


「こんなの飛ばしてだいじょうぶなんですか?」


 真澄は不安そうに問いかける。


「心配しないで。アメリカからちょろまかしてきた、最新のステルス機だから、絶対に見つからないわ」


 ステルスとは見えないという意味らしいが、実際にここにあるのに見えないのはどうしてか、真澄にはよく理解できなかった。

 一応二人乗りのステルス戦闘機に乗せられ、麗華は太平洋上でアクロバットを披露してくれた。

 途中で吐きそうになった真澄は、もう二度と乗らないと心に誓ったのだが、許してくれるほど甘くはなかった。

 車の運転や、ヘリの操縦はこれに比べたら天国に近い。片輪走行やスピンターンなど可愛いものだ。ヘリの背面飛行だって楽しむくらいの余裕があった。



          ☆



「最近、たくましくなったんじゃない?」


 完全に親友の地位をせしめた牧村仁美がいった。

 すでに七月。連日に及ぶ特訓で、色白だった肌はこんがりと焼け、細っこい身体もかなり筋肉が付いていた。


「えっ、そう? 気のせいじゃない?」


 真澄は冷や汗をかきながらいった。


「気のせいじゃないと思う。ほら、あたしと同じくらい日焼けしているし、腕だって骨と皮しかないんじゃないかってくらい細かったのに、今じゃあたしより太いかも」


 真澄は落ち込む。

 自分でも手や足が太くなって気にしていたのだ。


「スパイ同好会って実は体育系クラブだったの? よく、合宿なんかしているじゃない」


 同じクラスで、同じ寮にいるのだ。真澄の行動なぞ筒抜けだ。


「えっと、そういうわけではないんだけど、スパイ映画を見たりするだけじゃなくて、実際にスパイみたいなこともしようってことで、パラグライダーなんかやったり、サーキットに行って、カーアクションの練習なんかもしているの」


 真澄は苦しい、いい訳をした。


「すごい! そんなことまでしているんだ。いいな、あたしもパラグライダーやってみたい」

「楽しむ暇なんかないわよ。無線であっちへ行けだの、こっちへ行けだのいわれるし、気を緩めると落ちちゃうかもしれないから、ずっと緊張しっぱなしだもん」


 これは本当のことだ。楽しめる訓練などほとんどない。たいていは命懸けの特訓なのだ。


「けっこう大変ね。テレビとかで見ていると簡単そうに飛んでいるのに、そうでもないんだ」

「ああなるまでにはけっこうかかるみたいよ。わたしなんかたまにしかやらないから、中々上達しなくて……」


 これは嘘。彼女はみっちり特訓を受け、アマチュアとしてはかなりのレベルにあるはずだ。

 なにしろ命懸けだから、上達も早い。


「そっかぁ。真澄もけっこう苦労しているわね。こっちも一年坊でしょう? 体力造りとかで走り込みと素振りくらいしかやらせてもらえないの。でも、下積みは大切よ。お互い挫けず頑張りましょう」


 真澄は何と答えていいかわからなかったが、とりあえずうなずいた。

 えーん、やめられるもんならやめたいよう。

 そうは思っても、命がかかっているとなれば、やめるわけにはいかない。

 いつでもやめられる仁美が羨ましい。


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