8 やっぱし!
侍従の後ろをジジはついて歩きながら、天井の絵や煌びやかな王宮をきょろきょろと眺める。
「ウチがここで住むんか? ほんまに王女様やったんや」
浮かれるな! 何か落とし穴があるに決まっている! と警戒しようとしても、若くて美しい父親を思い出すだけで、ふわふわした気持ちになるジジだった。
しかし、そんなふわふわした幸せな気持ちは、侍従に案内された王妃エリザベートの部屋でペシャンコになった。
「そなたがジェラルディーナ・ジニーか」
冷たい青い瞳に睨まれて、ジジはティルーガー砦のカルマと同じ意地悪な女だと悟った。プラチナブロンドの髪を高く結い上げて、キラキラと光る石の飾りを付けている王妃に、ジジは一目で反感を持った。
「そうやけど……あんたが王妃様か?」
酷い訛りと礼儀知らずにエリザベート王妃も、呆れ返る。
「これがサリン王国の第一王女とは嘆かわしい! ユング伯爵夫人、どうにか耐えられるまで礼儀作法を叩き込んでおくれ。それまでは私の目の届かない場所に……おお嫌だ!」
目が腐ると言わんばかりに、あらぬ方向を向いて、匂いがこちらに来ない様にと扇子でパタパタあおぐ。
「こちらへどうぞ」名指しされたユング伯爵夫人は、迷惑そうにジジを王妃の部屋から、用意されている第一王女の部屋へと案内する。
ジジは、王妃様はどう見ても他の女が産んだ娘を可愛がってくれるタイプでは無かったので、全く期待していなかった。
「せめて、藁のベッドでもあれば良いやけど。お爺ちゃんの部屋の床の上にマットを置いて寝ていたんやから、まぁ何処でも寝れるけど……」
ブツブツ呟きながら、ユング伯爵夫人の後ろを付いていく。
「さぁ、此処がジェラルディーナ・ジニー姫のお部屋です」
「やっぱし! ベッドが無い」
案内された部屋にはベッドが無かったので、ジジはがっかりした。昨夜の男爵の屋敷のふかふかなベッド程で無くても、これだけ豪華な王宮なのだから、小さな寝台ぐらいはと期待していたのだ。
「ジェラルディーナ・ジニー姫、やっぱしでは無く、やはりと仰って下さい。でも、ベッドなら次の次の部屋に有りますよ」
狭いといってもジジには十分に思えた部屋は、姫君の部屋に入る前の予備室で、扉の奥には夢の世界が広がっていた。居間とその奥には寝室と風呂場まであった。
「わぁ〜! あの王妃様は意地悪じゃ無かったんじゃなぁ〜? このお風呂はウチの専用なんか? それとも他の人も入りに来るんか?」
バスケットを床に置くと、ばたばたと扉を開けて、はしゃいでいる山出しの娘を何処から躾けたら良いのかと、ユング伯爵夫人は深い溜息をつく。
「ジェラルディーナ・ジニー姫、先ずはご自分のことをウチと呼ぶのはやめましょう。私と……これ、ベッドでポンポン飛んではいけません!」
ジジもベッドで飛ぶのは良くないだろうと、素直に降りる。前途多難だけど、どうやら聞く耳は持っている様だとユング伯爵夫人は満足そうに頷くと、部屋の隅にある豪華な紐を引っ張る。
「ジェラルディーナ・ジニー姫、ご用があればこの紐を引けば侍女が参ります」
何処か遠くでベルの鳴る音がしたと思うと、黒の服に白いエプロンをつけた二人の侍女が現れた。
「今日から此処でお暮らしになるジェラルディーナ・ジニー姫です。お前たちがしっかりと面倒を見るのですよ。お風呂に入れて差し上げなさい。それと、当分はこの部屋からお外には出さない様にとの王妃様のご命令です」
王女教育は明日からでも良いだろうと、ユング伯爵夫人は厄介な任務を早々に切り上げた。
「さぁ、ジェラルディーナ・ジニー姫、お風呂に……」
二人の侍女だけになったジジは、ホッと一息つく。プラチナブロンドの髪を高く結い上げ、腰からフワリと子どもでも隠れそうな程広がったドレスを着ていたユング伯爵夫人が居なくなったので、ジジはバスケットから小型竜を出してやる。
「なぁ、ウチのことはジジと呼んで。それと、あんたらの名前は何なん?」
パタパタと部屋を走り回る小型竜には慣れている二人だが、噂の第一王女には驚きが隠せない。
「あのう、ジェラルディーナ・ジニー姫とお呼びしろと言われています。私はアリー、そしてこの娘はマーニャと申します」
そう言い切られると、ジジは王妃様の冷たい青い瞳を思い出して、命令に逆らうと怖そうだと諦める。
「さぁ、お風呂に……」とお湯を用意したりと忙しそうな二人に「昨日入ったから、ええやろう。一週間に二度も入る必要は無いもんな」と言ったものだから、一皮剥けるのでは無いかと思うほど熱心に洗われた。
「何だかヒリヒリするんやけど……わぁ、なんや、ベトベトする」
アリーとマーニャは、この山出し姫がカルディナ帝国の皇太子妃になるのか? サリオン王国の恥になるのでは? と顔を見合わせる。
「兎も角、見た目だけでも聖王の第一王女に相応しい方にしなくては!」
二人の侍女に化粧水や乳液などを塗られ、髪もコテでクルクルとウェーブをつけられたジジは、山の牧場が恋しくなっていた。
ピラピラのレースが付いた部屋着に着替えたジジが見た目だけは聖王エリオスの第一王女に相応しくなったと、二人は満足そうに微笑む。
「こりゃあ、誰や? ウチか?」
鏡にうつった自分の姿に驚いていたジジだが、グゥ〜とお腹が鳴った。
「あのう、腹が減ったんやけど……」
二人の侍女は、大きな溜息をついて夕食の用意をするのだった。




