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3  王都フローレンスへからの客人

 一気に山の牧草地から駆け下りたジジは、息を弾ませて砦に着いた。大型竜が飼育されている竜舎の前に、華やかな胴着を付けた竜が三頭座っていた。


「わぁ! デカイ竜やねぇ」


 ドラゴー砦には雌竜と子竜ばかりなので、雄の成竜を見慣れていないジジは思わず見惚れる。


「そうやろう。これは立派な竜や。今度の交尾飛行に貸してくれれば良いんやけど」


 ジジは、竜飼いの男衆達が立派に成長した竜の鞍を外し、ブラシを掛けたりするのを、ウットリと眺めていた。


「ジジ! 早く中に入り!」


 カルマに怒鳴られて「そうやった」と、慌てて砦に駆け込む。


「ほんまに鈍臭い子やなぁ。なんや、その格好は?」


 ジジは何時ものウサギの帽子とハンツのお下がりの羊の毛の上っ張りを乱暴な手つきで脱がすカルマに不審感を持った。


「ガンツ叔父さんは、何の用なん?」


  本来はハンツがするべき小型竜の番をジジに押し付けているカルマにしては、代わりの番をさせるなんて変すぎる。


「お前はいつ風呂に入ったん? チビ竜臭いで! ちょっとお湯を沸かして!」


「ガンツ叔父さんが呼んどるんじゃないん?」


 あれよあれよと言う間に、ジジは砦の女衆達にお湯を張った盥に入らされ、洗濯してある女物の服に着替えさせられた。ジジはいつもハンツのお古のズボンを履いていたので、足がスースーするスカートでは心許ない。


「もしかして……ウチを売り飛ばすつもりなんか!」


 意地悪なカルマが、わざわざお風呂を用意させたり、古いとはいえ洗濯してある服をくれるわけがないとジジは警戒する。


 しまった! もっと早く逃げ出すべきだったのだと、ジジは後悔した。


「ほんまにあんたは人の親切を素直に受け取れん捻くれ者や。あんたは髪を解いたりせんのか? すずめの巣みたいにぐじゃぐじゃや」


「痛い!」


「じっとしとり!」ぴしゃんと頭を櫛で殴られ、カルマがもつれている髪を解すのをじっと座って、痛さを我慢する。


 こんな風に他の人に髪の毛をといてもらうなんて、亡くなった祖母シリー以来だ。ジジは、カルマの行動を怪しむ。これは売り飛ばす前に、少しでも見栄えを良くするつもりだと、ジジは乱暴に髪の毛を解いているカルマの隙を狙って逃げ出した。


「こら! 何処に行くんや? 皆、ジジを捕まえて!」


  すばしっこいジジは、女衆の手をかいくぐり、砦の外に出た。


「何処へ逃げようか? 山に隠れようか? それとも麓の村へ?」


 一瞬、迷って立ち止まったジジの服の襟首をカルマがむんずと掴む。


「お前みないな根性悪がドラゴー砦にいなくなるのは、ほんまに嬉しいわ! まだ若いハンツにも色目を使っているのはわかっているんやで。ほんまに母親が淫乱やったから娘も油断も隙もないわ」


「ハンツに色目なんか使うとらんよ」


 じたばたしたが、華奢なジジをカルマは引きずって砦の中の広間につけて行く。


 祖母のシリーが家政を取り締まっていた頃は、みんな集まって広間で食事をしていたが、カルマが女主人になってからはマキの無駄だと、交代で台所で食べるようになった。


 何時もは火の気もない広間は、春でも寒いので誰もいないのだが、今日は暖炉に火が起こしてある。その暖炉の前に祖父のマソムが椅子に座っているのをジジは見つけ、駆け寄る。


「お爺ちゃん! ウチを売り飛ばさんといて!」


「ジジ! みっともない真似をするな、立つんじゃ!」


 ガンツはマソムの脚にしがみついているジジを乱暴に引き起こそうとしたが、王都からの客人に制される。


「この方がジェラルディーナ・ジニー様ですね」


「ジェラルディーナ? 誰のことや?」


 ジジは自分の前に跪いた豪華な服を着た見知らぬ男に不審そうな目をむける。


「おお、まさに聖王家の血の証、プラチナブロンドと紫色の瞳! ジェラルディーナ様、ご苦労をお掛けいたしました。ウィンチェスターがお迎えに参りました。王都フローレンスにお連れ致します」


 ウィンチェスターと名乗った男は、ジジが見たこともない程の白い綺麗な手を差しだした。しかし、ジジは疑いの目を向ける。男なのにプラチナブロンドの髪を長く伸ばし、後ろで黒いリボンで括っている。


 ジジは、ウィンチェスターと名乗った男をジロリと睨みつける。


 男のくせにこんなふにゃふにゃの白い手をしているって事は働いていない証拠だ。それに髪を女みたいに伸ばしてるのも気に入らなかった。


「あんたが女衒なんやな。フローレンスからウチを買いに来たんか?」


 麓の村でも不作の年は娘を女衒に売ると聞いていたジジは、嫌や! とマソムの脚にしがみつく。


 ぷっと吹き出した騎士達をウィンチェスターは睨みつけ、大きく息をし、気を取り直す。


「私はエリオス聖王にお仕えするウィンチェスター伯爵と申す者です。エリオス聖王の第一王女であるジェラルディーナ様をお迎えに参ったのです」


 ジジは、そう言えば読みかけた手紙に書いてあった名前の初めがエリオスだったとハッとする。


「お爺ちゃん? ウチのお父ちゃんはエリオス・ジェラルディン・プロメテウス……なんやったかな? とにかく、長ったらしい名前やったが……この人はウチを買いに来たんじゃないんか?」


 自分を見上げるジジに、マソムは渋い顔で頷く。娘のジニーを妊娠させて捨てた男が、今更何を言い出したのかと腹を立てていたのだ。


 マソムも相手の男が聖王だと初めて知って驚いていたが、身重のジニーをあんなに弱らせて捨てたのは許せなかった。


 無言のままのマソムの代わりに、取れる物は取ってやろうとガンツが要求を突きつける。


「ウィンチェスター伯爵、このジジを今まで育てた代金は頂けるんでしょうなぁ」


 ウィンチェスターは、欲の皮を突っ張らせたガンツに不快に皮袋をに渡す。ガンツは、中の金貨を見て満足そうに笑った。ジジは、やはり売り飛ばされるのだと真っ青になる。


「嫌じゃ! フローレンスになんか行きとうない! お父ちゃんが王様じゃとか言っても騙されんで! ガンツ叔父さんは、ウチを売り飛ばしたんじゃな」


「酷い訛りだ! 一から教育し直さなければならぬな」


 ジジは冷たく見下ろすウィンチェスター伯爵を信用する気にはならない。

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