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1  ドラゴー砦の嫌われ者

 サリオン王国の竜のドラゴーファングと呼ばれる切り立った山々の中腹に、崖にへばりつくようにドラゴー砦がある。敵を寄せつけない天然の要塞だが、耕作面積は狭く、生活は厳しい。


 こんなドラゴー族がどうにか暮らしていけているのは、竜を飼育しているからだ。かつて竜は聖王を乗せて大空を飛んだという伝説があるが、今では滑空するのがせいぜいだ。しかし、馬よりも力が強く、戦場では弓矢で傷つくことがない竜を騎士達は欲していた。


  その大型の竜とは別に王都フローレンスでは、愛玩動物として小型竜を飼うのが貴族達の間で流行していた。この小型竜は肉食の大型竜とは違い雑食性なのだが、臭いを嫌う貴婦人達の要求で草食として育てられている。



  まだ仄暗い朝、岩を削った砦の横手から木戸を開けてチビ竜の紐を持った少女が外へ出てきた。頭には兎の毛でできた帽子を被り、かなり大き目の羊の毛の上っ張りを着ている。


  砦の横手では大型竜が餌を食べている。小型竜は、本能的に肉食の大型竜を恐れているので、グイと紐を引っ張らないと出てこない。


「ほら、お前達も餌を食べたいんやろ!  あのデッカイのはお前達を食べたりせえへんよ」


「おい、ジジ!  チビ竜に肉を食べさせるんじゃないぞ」


  ドラゴー砦で大型竜を飼うのは、生活の為であると同時に誇りとなっていた。竜を国に納める代わりにドラゴー砦は貴族の支配を逃れ、独立していたからだ。


 それに比べて小型竜は愛玩動物だからと軽く扱われていた。子どもの仕事だと馬鹿にされていたし、一人で山の牧草地に行くのを砦の男の子達は嫌がり、ドラゴー砦の嫌われ者のジジに押し付けていたのだ。


 大型竜に餌を与えていた男衆おとこしに上っ張りの下に隠した小型弓を見つけられそうになってドキッとしたが、無言で頷くと紐を引っ張りながら山の上の牧草地へと小型竜を連れて行く。


 山の牧草地に着くと、成長した小型竜の首から紐をほどく。小型竜はジジに慣れていて、言うことをよく聞くから放し飼いでも口笛を吹けば直ぐに集まる。しかし、子竜は何をしでかすかわらかないので、木の杭に一頭ずつ繋いでおく。


「ほら、しっかり草を食べるんや」


  小型竜達が草をムシムシ食べだしたので、ジジは岩の上に座って深呼吸して、切り立った竜の牙の山々を眺める。


「あんな砦でいるより、ここの方がマシや! いつか、あの山の向こうへ行ってやる!」


  そう大声で叫ぶ。突然の大声に驚いてチョロチョロと岩陰を走る岩ネズミに素早く矢を射かける。


「ほら、チビ竜!  餌や!」


 小型竜は雑食だし、時々は肉を食べさせないと良い子竜を産まなくなる。ジジはお腹の大きな雌竜に矢を抜き取って岩ネズミを投げてやる。何匹かの雌竜達が岩ネズミに群がるのを見て、また叔父のガンツに殴られるかもしれないと、一瞬、ジジは怯えた顔をした。


「でもウチは間違った事はしとらん! チビ竜も偶には肉を食べないとあかんもん」


 ジジは砦の男衆達がチビ竜を馬鹿にしているくせに、現金収入になるので子竜のうちから売りに出すのも腹が立っていた。


「まだ親竜の側に置いてやりたいけど、お前たちも売り飛ばされるんやろなぁ。まぁ、そんな事より心配するより……早く砦を出て行かんと、チビ竜と一緒にガンツに売り飛ばされるかもしれんなぁ。お爺ちゃんは弱ってきてるし、マジでヤバいわ……」


  ジジは砦の女衆おなごしと離れて山の牧草地に一人いる方が気楽なので、人が嫌がろうが竜番をするのも苦にならない。何故らなら、ジジはドラゴー砦の嫌われ者だったからだ。


✳︎✳︎✳︎


  十五年前、ドラゴー砦長マソムの娘だったジニーは、王都のフローレンスに小型竜を届けに行き、一年近くも帰って来なかった。勿論、心配したマソムは王都に何度も出向いて探したが、ジニーの行方はわからなかった。


「きっとジニーは何ぞかの事件に巻き込まれて死んだのじゃろう。王都は恐ろしいところじゃから。でなきゃ、ドラゴー砦に帰る筈じゃ。あの娘は竜が好きじゃったから」


「ジニー……」


  そうマソムとシリーが諦めた頃、弱り切ったジニーが大きなお腹を抱えて帰ってきた。両親は、変わり果てた娘に「腹の子の親は誰じゃ!」と問い質したが、絶対に口を割らなかった。


  そして、ジジを産むと、弱っていたジニーは命を落としたのだ。


 祖母のシリーは、産まれたばかりの赤ちゃんを見て驚くと同時に、父親が王都の貴族だと悟った。


「ジニー、あんたは……」崩れ落ちるシリーを砦の女達が支えた。


「プラチナブロンドの髪と紫色の眼! ジニーは王都の貴族に弄ばれて捨てられたんか!  馬鹿な娘じゃ」


 マソムとシリーは不幸な娘の死を嘆き、残された赤ん坊をどうするか悩んだ。


「こんな子は都に売りとばせばええ!」


「ガンツ! そんなわけには……この子は私が育てるわ」


  姉のジニーと仲の良かったガンツは、都の貴族の血を引く赤ん坊に嫌悪感を持った。それは、ドラゴー砦の皆も同じで、育ててくれた祖母シリーですら、ジジには辛く当たる時もあった。娘を弄び捨てた王都の男の血を濃く引いているプラチナブロンドのジジを見ると、怒りが込み上げたからだ。


 それでもシリーが生きていた頃は、まだジジもドラゴー砦の一員と認められていた。女衆にまじって、砦の用事や近くの菜園で野菜を育ててながら暮らした。しかし、シリーが亡くなって、ガンツの妻カルマが女主人になると虐めが始まった。


「お前はチビ竜と山の牧草地へお行き!  日が暮れるまで帰ってくるんじゃないよ!」


「でも、チビ竜の番は男の子の仕事やろ? ハンツがすりゃあ……」


 バシン! とカルマに頭を殴られて黙った。自分の息子であるハンツを贔屓するカルマの不公平さに、ジジは腹が立った。


「ハンツは大型竜の世話を手伝うんや。お前みたいなハンパ者がチビ竜の面倒を見りゃあええんよ」


 八歳のジジは、小型竜の紐に引っ張られて転ける程小さかった。それに、昼ご飯も食べられず、日が暮れてやっと砦に帰ったら晩ご飯も終わって片付けられてしまっていた。


「もっと大きくなったら、絶対に出て行く!」


 空腹で眠れぬ夜、布団を噛み締めてジジは意地悪なカルマに恨みを心の中で浴びせるのだった。他の砦の女衆も、カルマに同調して嫌がらせをした。


「竜飼いなら、男衆と同じ部屋でもいいやろ?」


「ほうじゃ、ジジなら男衆と仲良くなるやろなぁ。王都の淫乱な血が流れとるから」


 この頃から健康を害していた祖父のマソムは、流石に孫娘を男と同じ部屋で寝させようとは思わなかった。


「ジジはわしの部屋で寝さす。夜中に咳き込んだ時に、薬を飲まんといけんからなぁ」


「ほなら、ジジはちゃんと世話をするんやで」


 嫁のカルマは、舅の世話などしたくなかったので、ジジに押し付けてホッとした。ドラゴー砦の女衆は、カルマの遣り口を非難したが、マソムの庇護下で無事に十四歳になった。

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