16 アルディーン皇太子
ジジがどうやって逃げ出そうか考えているなんてアルディーンは知らず、乳兄弟であるテムズに盛大に愚痴っていた。
「どうやら私の婚約者になるジェラルディーナ姫は、とんでもない山育ちだそうだ」
綺麗に整った眉を不愉快そうに歪めるアルディーン皇太子に、テムズはバレたと冷や汗をかく。テムズはジェラルディーナ姫がついこの間王都フローレンスに招かれたばかりだとの情報を先に得ていた。
「まぁ、それでも聖王の血を引く姫に間違いはありません。それに庶子ではなく正式な結婚をした第一王女ですから」
アルディーンは、フン! と鼻をならす。テムズの取りなしにも機嫌はなおらない。もともと、聖王の娘など嫁にしたくなかったのだ。
「それにアルディーン様は傲慢な姫など御免だと仰っていらしたではないですか。ジェラルディーナ姫は田舎育ちと聞きますから、そんなに贅沢に慣れておられないでしょう」
アルディーンは母親の高慢で贅沢三昧の生活が大嫌いだったので、それは考慮の価値があるかもしれないと少しだけ気分をなおす。
「まぁ、それは……だが、騙されたようで気分は悪いな」
「ギデオン皇帝の命令は聖王の血を引く姫との婚姻ですから、余りに酷ければ第二王女でも良いかもしれませんね」
少し選択の余地が有れば機嫌が良くなるかもとテムズは軽く言い放つ。
「第二王女は……」
アルディーンは大使館の資料をペラペラとめくる。王都フローレンスに着いてすぐにチェックするべきだったのだが、自分の趣味の古書を集めたり、竜を求めたりしていたのだ。この点は、日頃のアルディーンらしくなく、嫌な婚約者の件を避けていた子どもっぽさが出てしまっていた。
「金髪かぁ……私はそれでも良いと思うが父上は違うだろうし、母上はヒステリーをおこすだろうな」
ビクトリア皇妃は、アルディーンを産んで自分の仕事は終わったとばかり、全く興味を示していなかったが、皇太子妃に聖王の姫がなると聞いて久し振りに息子に会いに来たぐらいだ。
「まぁ、ビクトリア皇妃様は聖王の血を尊んでいらっしゃいますからね」
アルディーンは、フンと鼻を鳴らす。
「この国のどこを尊ぶべきなのか、母上に教えて貰いたいものだ。小さな国に成り下がっているのはともかくとして、治安も維持できていない。さっさと滅んだ方が民の為に良いだろう」
テムズも聖国に来て、情報では知っていたものの現状の酷さにうんざりしていたが、そこは側仕えとして嗜める。
「聖王は統治者というより、司祭に近いとおもいますね。だから、この国の乱れは宰相達の無能でしょう」
メルケル宰相は食わせ者のキツネだと噂されていたが、実際にサリオン王国に来てみたが、うまく統治されているとは思えない。
「宰相は評価が高かったみたいだが、そうでもないな」
アルディーンの言葉にテムズも頷く。
「どうも王妃の実家であるボーエンフェルト公爵家がフローレンスをおさえているようですね。まぁ、メルケル宰相も王妃の御威光に逆らえないのでしょう」
「第二王女は金髪だが、第一王子がプラチナブランドで紫色の瞳だったな。フン、皇太子をボーエンフェルトが後押ししているのか。そんなことより真っ当な治世の仕方を教育したらどうだ」
資料をパラッとめくって、アルディーンは王妃の実家に甘やかされている皇太子に苛つく。自分が母親と不仲なので、甘やかされているヘルメス王子に嫉妬したとは思いたく無いが、心が波だったのも事実だ。
「アルディーン殿下、どちらに!」
自分の苛立ちを古本屋にでも行って紛らわそうとしたアルディーンだったが、明日は許嫁との初顔合わせなんですよとテムズに泣きつかれて実行出来なかった。
後で、テムズは気晴らしをさせてご機嫌を直しておけば良かったと後悔することになる。アルディーン皇太子とジジは最悪の顔合わせになった。




