14 大嫌い!!
「ジェラルディーナ・ジニー姫、明日は御家族との昼食会ですよ。今までお教えしたマナーを守って下さいね」
アルディーン皇太子がフローレンスに到着したので、ジジを聖王家の皆と顔合わせをする事になった。これはエリオス聖王が結婚前に帝国へと行かせる事を決めたからだ。
ユング伯爵夫人は、不機嫌そうなエリザベス王妃から顔合わせの食事会を知らせるように命令されて、それを実行しただけだったが、ジェラルディーナ姫がフローレンスから帝国へとすぐに移されることも噂で聞いていた。
そんな事情など知らないジジは、豪華とはいえ部屋から一歩も出してもらえなかったので、素直に喜ぶ。
「やっと妹や弟と会える」
ユング伯爵夫人は、エリザベス王妃の産んだアンジェリーナ姫やヘリオス王子の前で大恥をかかないで、無事に食事会を乗り越えられるよう祈りつつ部屋を辞した。
ジジは今まで妹や弟がいなかったので、アンジェリーナやヘリオスに会うのを楽しみにしていた。
「でも初めから仲良くはなれないかも……いきなり知らないお姉さんが来たからって仲良くはできないよなぁ」
ジジはあまり期待しないでおこうと自分に言い聞かせる。
これまでのジジの人生で、期待は常に裏切り続けられた。なので、妹や弟に会うのは楽しみではあるが、エリザベート王妃の冷たい青い目を思い出して、ゾクッと身を震わせる。
生まれ故郷を離れ、誰一人として見知っている人のいないフローレンスでジジを癒してくれるのは二匹のチビ竜だけだった。そのチビ竜を抱きしめて、ジジは不安を紛らわせる。
「なぁ、お前らも十五年も生きたらお父ちゃん、いや父上のチビ竜みたいに大きくなれるんかなぁ」
ドラゴー砦では、子竜を産まなくなったチビ竜は大型竜の餌になるのが常なので、せいぜいが五年か六年しか生きられなかった。今、膝に抱っこしているチビ竜も五歳になり、妊娠してなければガンツに餌にされていただろう。
「ウチは前からお前たちとデッカいのは同じ竜が別れたんじゃないかと思うとったんや。だって、ほんまはお前らも肉が好きやもんなぁ」
小型竜は都の貴族の好みに合わせて、より小さくなっているのもジジにとっては心配だった。
「この点では、お父ちゃん、いや父上は、お母ちゃんの言いつけをちゃんと守っているんやろうな。だって、チビ竜に肉を与えなければ、あんなに大きくならないやろ……父上は、あれから会ってくれへん。やはり、ウチが邪眼やからかな?」
ジジは、邪眼だと言われた事が心に引っかかっていた。妹や弟に会える喜びより、自分が災いをもたらす存在なのではないかとの不安が大きくなっていた。
「ウチが嫁ぐカルディア帝国が国を滅ぼすんやろか? やっぱり、見も知らぬ皇太子に嫁ぎたくはないなぁ」
豪華な部屋には未練など無いが、聖王たる父に害を及ぼすつもりはジジには微塵も無い。
「どうにかならんやろか?」
チビ竜に相談しても、きゅぴきゅぴ鳴くだけだ。
「ウチは政治とか全く知らん。知っているのはチビ竜の飼い方だけや……これでは、カルディア帝国がサリオン王国を滅ぼすつもりになっても、止められへん」
これまでドラゴー砦でチビ竜飼いの娘として過ごしてきたジジには、サリオン王国の王女としての教養も覚悟も無かった。
家庭教師に歴史を習ってはいるが、どんどん領地を失い傾いているサリオン王国の現状をどうにかできるわけがない。そんな策が有れば、歴代の聖王や宰相達がやっている。
そんなジジの悩みも、家族の会食会の用意の過酷さで吹き飛んだ。
「死ぬぅ〜!」
「ジェラルディーナ・ジニー姫様、どうかもう少し息を吐いて下さい」
お付きの侍女のアリーとマーニャは、日頃はコルセットに慣れていないジジに合わせて、少し緩めてくれていたのだが、今日は正式な顔合わせなのだ。二人がかりでコルセットの紐をぎゅうぎゅうと締め付ける。
「食事会なのに、こんなに締め付けられたら食べられへんわ」
二人はジェラルディーナ姫がいつものように大食いをしたりしたら大変だと、よりコルセットをキツく締め上げた。
「お食事会とはいえ、そんなにお召し上がりになってはいけませんよ。お腹がおすきになったら、部屋に下がられてから軽食をお持ちしますから」
息も絶え絶えの気分のジジは、それでもまだ妹や弟に会える食事会に期待していた。
『やっと会える!』
ユング伯爵夫人は、見た目だけなら合格だとチェックする。侍女達に磨き上げられたプラチナブランドに輝く紫の瞳。それに華奢なウエスト。
『この見た目ならカルディナ帝国も文句は言えないでしょう。でも、一言口を開いたら……まぁ、私はこの王宮におられる間だけの世話役ですから……』
ユング伯爵夫人が合格点を出したジジの見た目が、このお食事会で初顔合わせをするアンジェリーナ姫のコンプレックスをもろに刺激してしまう。
「大嫌い!」
引き合わさた瞬間から妹に拒否されて、ジジもさすがに落ち込んだ。
「アンジェリーナ、そんなことは言わずに食事をしよう」
「嫌です!」王妃や侍女達の制止を振り切って食事会の部屋から走り去ったアンジェリーナの後ろ姿を見て、エリオス聖王は、やはりジジのプラチナブランドと紫の瞳は受け入れ難かったのだろうと溜息をつく。
「そんな山出しがサリオン王国の王女だなんて、最低ですね」
全くジジを無視しているエリザベス王妃はまだマシだと、エリオス聖王は出来の悪いヘリオス王子のちくちく刺す皮肉に嫌気がさす。ヘリオスは、祖父のボーエンフェルト侯爵からジジの悪口を山ほど聞いているらしく、フォークの上げ下げにも軽蔑の眼差しを向け、そして鼻で笑う。
誰も手をつけようとしなかったデザートで最悪な食事会は終わった。ジジは『大嫌い!』とアンジェリーナに言われたショックと、食事の間中ずっと嫌な目つきで見ていたヘリオスへの嫌悪とで、さすがに豪華な食事も喉を通らなかった。
『お父ちゃんは嫌いじゃないけど……やはり、私はサリオン王国の為にアルディーン皇太子とかとは結婚できへん』
この一時間の食事会で、ジジはお偉い人々に本当に嫌気がさしたのだ。それに、そこまで嫌われているなら、その人達の為に結婚などしたくはない。
『逃げ出そう!』ジジはそう決めた。




