13 妹と弟?
ジジは窮屈なコルセットには辟易したが、家庭教師との勉強は意外なことに楽しかった。但し、家庭教師は変な質問ばかりされて、とても楽しむどころではなかったが……
「なぁ、この始祖って人の竜は空を自由に飛んだってちゅうのはほんまかなぁ?」
「カリエス聖王は竜と会話もできたと伝わっております。邪眼を持ち、真偽を見極め、大陸を統一された偉大なる聖王ですから竜ぐらい空を飛ばすこともできたのでしょう」
偉大なカリエス聖王の話なら幾らでもできると家庭教師は張り切るが、ジジは『邪眼』に引っかかる。父王から邪眼持ちだと言われた時の不安感が蘇ったのだ。
「邪眼ってなんなん?」
「なんなん? ではなく、何でしょう? とお尋ね下さい」
「ああ、面倒くさいなぁ。邪眼とは何でしょう?」
酷い訛りまでは矯正する時間が無いとは指示を受けていたが、家庭教師としての習性でついつい注意してしまう。
「カリエス聖王は魔力を持っておられたのです。その邪眼は物事の真偽を見極められるので、裏切りを未然に防げますし、悪事も暴けたと伝わっています」
「ふぅ〜ん、便利なもんやねぇ。なのにお父ちゃんは邪眼でのうて良かったと言ってたけど……何でやろう?」
エリオス聖王を『お父ちゃん』と呼んだジジを家庭教師は真っ赤になって叱りつける。
「エリオス聖王陛下をお父ちゃんなど庶民の呼び方で……駄目ですよ。ジェラルディーナ・ジニー姫がお呼びになるなら、父王様か父上と……ああ、アルディーン皇太子殿下がフローレンスにお着きだというのに、こんな調子では……」
汗をハンカチで拭いている家庭教師に「わかった。今度からは父上と呼ぶ」とジジも素直に謝る。あの若くて綺麗なエリオス聖王をお父ちゃんと呼ぶのは、田舎育ちのジジでも似合わないと感じていたのだ。
「それで父上は、邪眼じゃのうて良かったと言われたのは何でやろ? あの周りにいる偉そうな人達が嘘をついたり、悪い事をしているのがわかればええんやないかなぁ? ほなら、もっと皆んなも助かると思うんやけど……」
一般の民衆は苦しい生活をしているのに、このフローレンスでは贅沢三昧だ。ジジはほんわかしているお父ちゃんが、皆んなの生活に気づいていないのだと考えた。
「とんでもございません! カリエス聖王の邪眼を受け継ぐ者がサリオン王国を滅ぼすという伝説があるのですよ」
「えっ! サリオン王国を滅ぼす? そんな事はしとう無いわ」
色々と問題を抱えたサリオン王国だが、ジジは滅ぼす気などない。まして天然系のお父ちゃんを殺す気なん更々ない。家庭教師は、ジジが邪眼を受け継いでいるとは考えもしないで、笑って受け流す。
「ですから、エリオス聖王は邪眼を受け継いでいなくて幸いだと仰られたのでしょう。さぁ、歴史はこの辺にして、マナーの勉強もいたしましょう」
「ゲッ、マナー! 苦手や」
「アルディーン皇太子との顔合わせもあるのに! 苦手だからこそマナーを勉強しなくては!」
婚礼は二年後と決まっているので、歴史や文学などの教養は、帝国に着いてからでも勉強できるのだ。それよりも、この酷いマナーは緊急事態だ。
マナーは伯爵夫人や侍女のアリーやマーニャにも参加してもらい、歩き方からお辞儀の仕方、お茶の飲み方、食事の仕方を徹底的に叩き込まれた。
「ユング伯爵夫人、こんなにナイフやフォークを使わんでもええんやないかなぁ?」
平民の家庭教師を聖王の姫と同じテーブルにつかせるわけにはいかないと、伯爵夫人が同席しての指導になった。侍女の二人は給仕役、そして家庭教師は側に立って一つずつフォークやナイフの違いを教える。
「ジェラルディーナ・ジニー姫、もうカルディナ帝国の皇太子殿下がフローレンスにお着きになったそうです。お二人の初顔あわせの前に、こちらの聖王家の方々とのお食事会も予定されているのですよ。エリザベート王妃様からテーブルマナーだけでも覚えておくようにとキツく命じられています」
「えっ! じゃあ、アンジェリーナとヘリオスに会えるん? ウチは妹や弟と会いたいと思ってたんや」
喜ぶジジを複雑な思いで伯爵夫人は見る。エリザベート王妃が産んだアンジェリーナ姫とヘリオス王子が、この山出しの姫と会いたいとは一寸たりとも思っていないのは明らかだからだ。
「なら、食事会で妹君や弟君のお手本になるようなマナーを覚えて下さい」
「そうやなぁ、ウチはお姉ちゃんなんやから、悪い手本になったらあかんもん」
熱心に家庭教師の指示に従って食事をし始めたジジを気の毒に感じたが、嫌われている相手から軽蔑までされなくても済むだろうとユング伯爵夫人は溜息を押し殺した。




