12 アルディーン皇太子
カルディナ帝国の首都メディナでは、アルディーン皇太子が父親のギデオン皇帝から許嫁の姫を迎えに行くようにと命じられて腐っていた。
「まだ婚礼には時間があるというのに何故……それも出迎えに来いとは! サリオン王国は今でも大陸の覇者だとでも勘違いしているのではないか? その上に莫大な結納金まで要求してきたのだぞ!」
乳兄弟のテムズは、まぁまぁとアルディーン皇太子を宥める。
「アルディーン様はサリオン王国の竜を購入したいと、前から仰っていたではありませんか? それに、フローレンには古文書や、他国では手に入らない書物もあります。確かに婚礼はまだ先ですが、カルディナ帝国の慣習などを覚えて頂くには良かったと思いますよ」
「ふん、高慢ちきなサリオン王国の姫がカルディナ帝国の慣習などに従うとは思えないがな……サリオン王国から嫁いだ姫が産んだ母上のように贅沢三昧をしたがるだけさ。まぁ、でも竜は何頭か手に入れたいな。腐っても聖王の治めるサリオン王国の竜は優れているから」
ギデオン皇帝は併合したナサニエル王国の王女と結婚したのだが、母がサリオン王国出であり、聖王の血を引く事を誇りにしているビクトリア王妃とは冷えた関係だ。ビクトリア王妃は、戦好きのギデオン皇帝を無視して、アルディーン皇太子を産んだので自分の義務は果たしたと言わんばかりに、芸術家のパトロンを気取って金を使いまくっている。
冷え切った親子であるビクトリア王妃の件が出てヒヤリとしたテムズだが、竜や本を購入する期待で機嫌が良くなったアルディーン皇太子に、ホッとして旅程の確認をする。
護衛の騎士と共に竜でサリオン王国の王都フローレンスに着いたアルディーンは、皮肉な目で賑わう街を眺める。
「気楽なものだな。自国の民の苦労など素知らぬ顔か!」
フローレンスまでの道程で、他国ながら治安の悪さにアルディーン皇太子は腹を立てていたのだ。
「サリオン王国は腐りきっているな……父上もそんな国の王女を嫁にしろとは、何を考えておられるのか? 政略結婚なら、もっと良い条件の国もあるだろうに」
皇太子として産まれたアルディーンは、政略結婚は仕方ないと諦めている。しかし、同盟を結ぶ価値のある国が他にもあるのに、古臭い栄光だけを掲げているサリオン王国の姫を娶るメリットが見つからないので苛ついているのだ。
「アルディーン様は、聖王の血の証であるプラチナブロンドの髪と紫色の瞳をお持ちだから、それがどれ程の価値があるか低く評価されているのです。ギデオン皇帝は、自分が他の王国から低く見られて苦労されたので、後継者には聖王の血の証をと考えられてビクトリア王妃と結婚されたのですよ」
サリオン王国の姫君は各国の王家に嫁ぎ、聖王の血を引く後継者を産んでいた。外交の場面や、戦後処理の場合ですら、聖王の血を引く王族は一段上の立場としての態度を崩さない。南の小国から成り上がったギデオン皇帝は、何度も煮え湯を飲まされたのだ。あの傲慢な父上の苦労など知った事では無いと、若いアルディーン皇太子は、通り過ぎた見事な竜に興味を移した。
「テムズ、ほら見ろ! こんなに素晴らしい竜がいるのはサリオン王国だけだ。いや、シリウス、お前は別だよ! ここで、お前の素敵なお嫁さんを探してやるからな」
竜馬鹿のアルディーン皇太子が、自分の竜に対する何分か一でも婚約者の姫君に気を使って下されば良いがと、テムズは溜息を押し殺した。
「さぁ、先ずは大使館に向かいましょう。それから聖王に謁見を願わなくてはいけませんよ」
本来の目的を思い出させたテムズに、アルディーンは「わかっている」と不機嫌そうな返事をし、シリウスの腹を軽く蹴って急がせる。