10 邪眼?
政略結婚の為に引き取られたと知ったジジが怒りだしたのを、エリオス聖王は宥めにかかる。
「売り飛ばすだなんて人聞きの悪い言葉を言ってはいけないよ。カルディナ帝国のアルディーン皇太子と結婚するのだからね。凄い玉の輿だよ! サリオン王国みたいな斜陽国ではないし、飛ぶ鳥を落とす勢いだからね!」
「なら、お父ちゃんが嫁に行けば?」
熱心に売り込むエリオス聖王に、ジジは呆れ返る。
「そうはいかないさ……相手はサリオン王国の聖王の血を引く第一王女と指定してきたのだから。それに、この縁談を断るなんて、恐ろしくてさぁ……きっと攻めてくるんじゃないかな? ギデオン皇帝は戦好きだから、負けちゃうよ」
どう見ても、エリオス聖王は戦好きには見えない。しかし、だからと言ってジジは見知らぬ皇太子に嫁に行く気にはならない。
「あのう、お父ちゃんと王妃様の間には王女はおらへんの? ウチのことは居なかったことにして、その姫さんを嫁に出せばええんやない? ウチはどうしても聖王の第一王女には見えんよ。きっと、カルディナ帝国は気を悪うするやないかなぁ」
「そんな事は無いよ! ほら、ジジは私にそっくりではないか。それにアンジェリーナは、王妃に似て金髪の青い目だから、聖王の血を引くという条件に合わないのだ。あっ、勿論、アンジェリーナは私の娘だし、名前どおり天使みたいで超可愛いのだけどね。サリオン王国の姫を嫁に貰いたいと言うのは、プラチナブロンドと紫の瞳が目当てだからさぁ」
「へぇ、ウチに妹がいたんか? 会いたいなぁ」
素直に会いたいと口にしたジジが、何も理解していないのだとエリオス聖王は溜息をつく。
「アンジェリーナとは会わない方が良い。あの子のコンプレックスを刺激するだけだし、ジジは嫌な思いをするだけだ。アンジェリーナは悪い子ではないが、聖王の呪縛に囚われているからね。それに、カルディナ帝国に嫁ぐジジが変に情を持つのも良くないだろう」
そう言い切ったエリオス聖王は、ゾクッとする程の美しさだった。
ジジは何百年も続く聖王の重みを感じ『お父ちゃん、怖い!』と唾を飲み込む。
「喉がかわいたわ! そこの水をもろうてもええ?……何や、この変な水は? 紫色の筋が混ざっとる!」
緊迫した雰囲気に喉の渇きを覚えたジジは、テーブルに置いてある水挿しに手を伸ばしかけ、驚いて立ち上がる。
「ジジ! お前は本当に聖王の血を引いているのだな。紫の邪眼まで受け継いでいるとは……そうか、私は自らを滅ぼす者を自分で作り上げたのか?」
ハハハ……と虚しい笑い声をあげるエリオス聖王に、ジジは腹の底からの恐怖を感じた。だが、フッと微笑むと空気が緩み、エリオス聖王はジジを抱き寄せて説明する。
「そうか、紫の筋ねぇ……この水挿しには媚薬が混ぜてあるのだ。プラチナブロンドの王女を絶対に産みたいと王妃が執念を燃やしているからね。でも、ジジ、この事は秘密だよ」
小指を差し出すエリオス聖王は、前の穏やかな雰囲気だ。ジジは媚薬の件は秘密にすると、小指を絡める。
「なぁ、邪眼って何?」
「カリエス聖王は、邪眼で真偽を見極めたと伝説が残っている。それが何かは私には分からない。何故なら、私は邪眼を受け継いでいないからね。良かったよ〜。紫色の水なんて見たら気持ち悪いからね」
そう言いながら、エリオス聖王は水挿しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。
「お父ちゃん!」と止めるジジに、優しく微笑む。
「さぁ、もう部屋にお帰り。あっ、廊下から帰りなさいね。落ちたら、アルディーン皇太子の妃になれなくなるから」
「ウチはまだ嫁に行くとは言ってへんよ」
エリオス聖王は、ジジの小型竜を抱き上げると、ソッと手渡す。
「これは決定事項なのだよ。ジジは、アルディーン皇太子妃になる。そして、サリオン王国を……さぁ、私も自分のすべき事をしよう」
ジジは、きっと機嫌の悪い王妃様のご機嫌を取りに行くのだと想像して、ポッと頬を染める。
「おやおや、まだ子どもだと思っていたが……まぁ、嫁に行くのだからねぇ」
エリオス聖王は、何処からこの姫は現れたのだと驚きを隠せない扉の外の衛兵に、部屋まで見送るように言いつける。生まれてからずっと放置していた娘の後姿を見送りながら、エリオス聖王は運命の皮肉について考える。
「若き日、戦争に負け続けているサリオン王国が、私の代で滅ぶのではないかと恐怖に慄いていた。その恐怖から逃れるように、政治や隠謀に無関係なジニーと恋に落ちたのだ。あの恋の形見である邪眼を受け継いだジジを害せば、サリオン王国の命脈は延びるのだろうか? 私は延ばしたいと思っているのか?」
暫し、暗い考えを巡らした後で、エリオス聖王は機嫌の悪い王妃の部屋へと向かった。
「憐れな女だ。自分の産んだ娘を愛せないとは……」
あの礼儀作法もなっていないジジを早くカルディナ帝国に向かわせた方が良いだろうと、エリオス聖王は考える。その方が、エリザベート王妃にも、アンジェリーナ王女にも、サリオン王国を継ぐことも無さそうなヘリオス王子にとっても、そして自分にとっても、ジジと一緒に過ごす時間が短い方が良い。
「それにしても、あの傲慢なギデオン皇帝や、アルディーン皇太子が何と思うであろうか! まぁ、サリオン王国を滅すのだから、少しぐらいは苦労して貰っても良いだろう」
けたけたと笑いながら、エリザベート王妃の部屋の前で取次を侍女に頼むエリオス聖王だった。




