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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第九章~邪心の異端審問官~
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第九十八話  美しき巣窟


 暗い階段を警戒しながらゆっくりと下りていく冒険者達。空気は冷たく、先程の階とは明らかに雰囲気が違う。異端審問官の四人は落ち着いた様子を見せているが、その後ろをついて行く冒険者達の表情には緊張が見られた。

 長い階段を下っていくと遠くから微かに光が見える。出口に近づいた事で冒険者達はようやく暗い階段から出られると表情を少し明るくした。

 一番下まで下りて冒険者達は新しい階へ出る。そこは大理石の様な白い美しい床、天井、柱に浅葱あさぎ色の壁をした広い通路があり、壁にはランプが幾つも取り付けられている。まるで昼間のように明るく、明らかに上の階とは違い人工的に作られた通路だった。

 冒険者達は美しい廊下を目にし呆然とする。異端審問官達も流石に驚き目を見開いていた。今彼等が見ているのは全てダークがLMFの建築用のアイテムで作った物だ。元々ダークが見つけたダンジョンは一階しかなく、一階だけしかない場所を避難所にするのはどうかと思い、ダークはアイテムを使って新たに地下一階と地下二階を追加し、二つの階に色んな手を加えた。どんな色の壁にどんな色の床が合うのかダークはよく分かっていない為、とりあえず色が合いそうな素材を選び、それを使って通路を作ったのだ。


「どうなっているんですか、これは……」


 明るい通路を見回しながらテルフィスは驚きの声を漏らす。冒険者達は階段から通路に出てざわつきながら見た事の無い素材で出来た床や壁、柱などを見つめ、そっと触って感触を確かめる。石と岩だけしかない場所にあったダンジョンにどうやってこんな人工的な通路を作ったのか、冒険者達は不思議に思っていた。

 冒険者達が驚きながら通路を見ていると先頭にいたディバンが通路の奥を見た。美しい通路は数十m先まで続いており、どれだけ広いのかとディバンは考える。そんなディバンの隣で騎士剣を握るレオパルドがやって来てディバンが見ている方角を見つめた。


「どうなっているんだ、此処は? さっきの階は岩と石だけしかなかったのにこの階は王城の廊下の様に美しい。こんな物を人間が作れるとは思えない」

「……ええ、人間には無理でしょうね」


 レオパルドの言葉に同意するディバンが前を見ながら意味深な言葉を口にする。レオパルドはそんなディバンの言葉に反応しチラッと彼の方を向く。


「ディバン、まさかこれも異端者ダークの仕業だと思っているのか?」

「可能性は高いでしょうね。決定的な証拠はありませんが、今までの状況からダークの仕業だと考えるのが自然です。少しずつですが、彼が異端者であるという事に近づきつつあります。これなら証拠をすぐに手に入り、正当に異端者として裁く事ができるでしょう」


 嬉しそうな口調で話すディバンをレオパルドは無表情で見つめる。表情は変わってはいないが心の中ではダークが異端者である証拠を見つける事ができるかもしれないという事に喜んでいた。

 それからディバンとレオパルドは驚いているテルフィス達に探索を始める事を伝えて奥へと進む。明るくなったせいか冒険者達には先程までの緊張した様子は見られず、余裕の表情を浮かべながら歩いていた。

 しばらく進んで行くと冒険者達は真っ直ぐ進む道と左右へ曲がる道の三つの分かれ道の前にやって来た。一行は立ち止まり、レンジャーの職業クラスを持つ冒険者達がどの道へ進めばいいのかを調べ始める。だが、誰がか通った形跡や傷なども無く、レンジャー達は何も情報を得られなかった。


「ダメです。床や壁も綺麗な状態なのでその道が正しい道なのかは分かりません」

「そうか……」


 調べ終えたレンジャーの冒険者が異端審問官達の下へ向かい、報告する。どの道を選べばいいのかレンジャーでも分からない以上、一つずつ調べるしかないと異端審問官達は難しい顔で考え込む。


「こうなったら一つずつ先に何があるのか調べるしかないな」

「だけど全員で固まって調べていたら時間が掛かるじゃない。ここは三組に分かれて調べた方が効率がいいと思うわよ?」

「確かにそうですね……」


 アーシュラの提案にテルフィスは一理あると感じて納得した表情を浮かべる。レオパルドとディバンも確かにその方が早く逃げ込んだ子竜を見つけ出せると考えていた。


「では、アーシュラの提案に従い、三組に分かれて行動しましょう。私達異端審問官は真ん中の道を進み、冒険者の皆さんは右と左の道を進んでください」


 ディバンは冒険者達に分かれて子竜を捜索する事を話し、冒険者達は異議を上げる事なく指示に従う。冒険者達はどちらの道に誰が行き、それぞれ何人で捜索するかを話し合った。

 話し合いの結果、冒険者達は右の道を四人、左の道を五人で捜索する事が決まる。人数が九人だったので九人目をどちらのチームにつけるかで少々揉めたが無事に話がまとまった。冒険者達のチームが決まるとディバン達異端審問官は真ん中の道を進み、冒険者達もそれぞれ右と左の道を進んだ。


「彼等は大丈夫でしょうか?」


 冒険者達と別れた後、テルフィスは冒険者達の事を心配しディバン達に尋ねる。するとアーシュラがテルフィスの方を向いて小馬鹿にする様な表情を向けた。


「あれぇ~? アイツ等の事、心配してるの? 教会や平和の為なら冒険者達が犠牲になるのも仕方がない、とか言ってたくせに」

「死ぬ必要が無いのであればそれに越した事はありません。ですが、異端者に神の制裁を下す為に彼等が犠牲にならなくてはならないの言うのであれば、それは仕方がない事です」

「また出たわよ、矛盾する正義感」

「少なくとも、私は貴女の様に他人の死を見て喜ぶような事はしませんから……」

「ハイハイ、流石は心優しいシスター様ねぇ~」


 真剣な顔で話すテルフィスに対してアーシュラはめんどくさそうな口調で返事をする。テルフィスはそんなアーシュラの態度を見て僅かにムッとした表情を浮かべた。

 二人の前を歩くディバンとレオパルドはそれぞれ苦笑いと呆れ顔を浮かべながら歩いており、テルフィスとアーシュラの会話を黙って聞いていた。二人の会話に参加して面倒な事になるのを避けているようだ。

 静かな通路の響くテルフィスとアーシュラの会話にディバンとレオパルドが呆れたような顔で歩いていると突然二人が立ち止まり、テルフィスとアーシュラも止まった二人につられて立ち止まる。


「どうしたのよ?」

「お前達、お喋りはそれぐらいにしておけ」


 レオパルドの言葉を聞き、アーシュラとテルフィスは前を見る。十数m先に十字の道があり、左右の道から五体のスケルトンが現れた。そのスケルトン達は上の階で遭遇したスケルトンと違い、銀色に輝く鎧と兜を装備し、右手には美しく輝く騎士剣、左手には銀色のラウンドシールドが装備されており、明らかに先程の雑魚とは違う雰囲気を出している。

 異端審問官達は離れた所で自分達を見ている五体の騎士の格好をしたスケルトンを見て表情を鋭くする。彼等も目の前のいるスケルトンがさっきまでのスケルトンとは違うとすぐに気付いて警戒していた。


「何よ、あのスケルトンは? 明らかにさっき戦った雑魚とレベルが違うわよね?」

「ああ、あの充実した装備を見れば分かる……テルフィス、あのスケルトンの種類は分かるか?」


 レオパルドはプリーストであるテルフィスにスケルトンの正体を尋ねる。プリーストを職業クラスにしている為、テルフィスは多少アンデッドの知識を持っていたのだ。テルフィスはロッドを強く握ったまま目を鋭くしてスケルトンを確認した。


「装備からして、スケルトンナイトだと思います」

「スケルトンナイト、中級アンデッドじゃないか……これは少々手強い相手だな」


 スケルトンの種類を聞いてレオパルドは騎士剣を両手で握りながらスケルトンナイトを睨む。ディバンとアーシュラもそれぞれ自分の武器を構えてスケルトンナイトを見つめていた。

 異端審問官達の前に現れたスケルトンナイトもダークがサモンピースで召喚したアンデッドモンスターだ。通常のスケルトンよりも攻撃力と防御力が高く、三つ星以下の冒険者では苦戦するくらいの力を持っている。それが五体いる為、異端審問官達も流石に本気で戦わないとマズいと感じていた。


「上の階では雑魚だったのにいきなり手強い敵が出てくるなんて、どうなってんのよこの遺跡は?」

「これも異端者であるダークの仕業でしょうね。こんなモンスターを操るあの男は危険すぎます。必ず見つけて処刑しますよ?」

「分かってるわよ。でもその前に、あの骸骨どもを何とかするわよ」


 アーシュラはスケルトンナイトを睨みながらクロスボウガンを構え、ディバンも小さく笑いながら短剣を握る。次の瞬間、ディバンはスケルトンナイトに向かって走り出し、レオパルドもそれに続く。アーシュラはクロスボウガンで援護射撃を行い、テルフィスはディバンとレオパルドに補助魔法を掛ける。スケルトンナイト達も向かって来るディバンとレオパルドを見て騎士剣を振り上げながら一斉に走り出した。

 右の道を進む四人の冒険者は武器を強く握って警戒しながら先へ進む。チームは男三人と女一人で、男の方は三十代前半の戦士、二十代前半のレンジャーと盗賊、女は十代後半ぐらいの魔法使いだ。バランスのいい職業クラスで構成されており、レベルもそこそこ高い雰囲気を出している。

 彼等は冒険者としての腕はそれなりに高く、これまで何度もダンジョンに入った事がある。だが、今いる場所の様なダンジョンには入った事が無い為、慎重に奥へ進んでいた。


「それにしても、遺跡の地下にこんな場所があるとはなぁ……誰がこんな物を作ったんだ?」

「さあな。もしかすると、異端審問官様が言っていた異端者じゃないのか?」


 ボロボロで岩と石でできた遺跡では考えられないような美しい通路を見て戦士とレンジャーの男は自分達が追っている異端者の仕業ではないかと考える。後ろにいる盗賊の男と魔法使いの女も今まで見た事の無い美しさを見せる通路を見回しながら歩いていた。


「それにしても、シスター達が追っている異端者ってどんな人なのかしら? もしこれほどの通路を作る事ができる力を持っているとしたら、かなりの力を持っているって事になるけど……」

「もしかした、異端者じゃなくて悪魔だったりしてな」

「怖い事言わないでよ」


 ふざけ半分で話す盗賊を見て魔法使いは不安そうな顔を見せる。盗賊はそんな魔法使いの反応を見て楽しいのかニッと笑った。

 小さく騒ぎながら通路を歩いていると、前を歩く戦士とレンジャーが立ち止まり、盗賊と魔法使いもつられて立ち止まる。なぜいきなり立ち止まったのか、不思議に思いながら盗賊と魔法使いは戦士とレンジャーの後ろから前を覗き込むように見た。

 視線の先には通路の脇に茶色い木製の扉があり、今いる通路の雰囲気と明らかに違う扉に四人は怪しい雰囲気を感じていた。新人冒険者なら警戒する事無く近づくだろうが、ベテランである彼等は雰囲気の違う扉を強く警戒する。


「……あの扉、怪しくないか?」

「ああ、罠である可能性が高いな」


 戦士の隣に立つレンジャーが目を鋭くしながら扉を睨む。レンジャー系の職業クラスを持つ冒険者はモンスターの気配や近くに罠や隠し通路があるかなどを調べる能力を持っている。彼も目の前の扉に罠が仕掛けてあると考えていた。

 レンジャーはゆっくりと扉に近づき、扉の前で片膝を付いて床やドアノブ、扉の周りに罠や仕掛けられてないかを調べ始める。戦士や盗賊、魔法使いは離れた所でレンジャーを見守った。


「……どうだ?」


 戦士が尋ねるとレンジャーは立ち上がり、戦士達の方を向く。


「大丈夫だ。罠なんかは仕掛けられていない」

「そうか……で、その扉は開くのか?」


 問われたレンジャーは確認する為にドアノブを握り、ゆっくりと回した。罠などは無いが鍵が掛かっており、ドアノブはまったく動かない。鍵が掛かっている事を確認したレンジャーは少し残念そうな顔で戦士達の方を見て首を横に振った。


「ダメだ、鍵が掛かっている」

「そうか……」

「だったら俺が開けてやるよ」


 盗賊が笑いながら前に出て扉の前までやって来るとポーチから細長い鍵開けの道具を取り出し、ドアノブの下にある鍵穴に道具を入れてピッキングを始める。

 隣に立つレンジャーは盗賊が慣れた手つきで鍵を開けようとする姿を複雑そうな顔で見ている。ここまで鍵開けに慣れているなんて、彼は日頃どんな依頼を受けているのだろう、と心の中で考えていた。

 ピッキングを始めてから僅か十数秒後、ガチャと鍵が開く音がし、盗賊は鍵開けの道具をしまってからゆっくりとドアノブを回す。するとさっきは回らなかったドアノブが回り、鍵がちゃんと開いたのを確認した盗賊は木製のドアを引いて開けた。

 鍵が開いたのを見て戦士達は少し驚き、盗賊は嬉しそうな顔をする。全員が中を確認すると畳十二畳ほどの広さの部屋があり、その奥に宝箱が二つ置かれてあった。


「おい、宝があるぞ!」

「宝箱が二つだけか……何だか怪しいな」

「そうね。まるで取ってくださいって誘っているみたい」

「罠かもしれないな……」

「気にし過ぎだって。罠だとしたらわざわざ鍵をかける必要なんかねぇじゃんか」


 罠ではと心配する三人を見て盗賊は笑いながら部屋へと入って行く。戦士達は警戒心の無い盗賊を呆れ顔で見ながら後に続き部屋へと入った。

 警戒せずに宝箱の方へ走って行く盗賊と違い、戦士達へ気を付けて部屋へと入った。すると、四人全員が部屋の中へ入った瞬間に入口の扉が独りでに閉まり鍵が掛かる。いきなり扉が閉まって鍵が掛かった事に戦士達は驚いて扉の方を振り返った。盗賊も扉が閉まる音を聞いて立ち止まり扉の方を向いた。

 四人が閉まった扉に視線を向けていると宝箱の前の床に三つの白い魔法陣が展開される。展開された魔法陣を気付いた四人は後ろに下がり武器を構えた。冒険者達が距離を取ると魔法陣の中からは水色の輝く水晶の小さなゴーレムが三体現れる。見た目は細長い腕と足、胴体をしており、身長は2m程で人間に近い姿をしていた。顔には三つの小さな赤い宝石が横に並んで付いており目の様になっている。

 魔法陣の中から浮かび上がる様に出て来た三体のゴーレムを見て冒険者達は驚きの表情を浮かべていた。


「な、何だ、あのモンスターは?」

「分からない。見た目からしてゴーレムみたいだが、あんな水晶みたいな体をしたゴーレムなんて見た事ない」


 見た事の無いモンスターを目にして戦士とレンジャーの表情は険しくなる。盗賊と魔法使いも僅かに動揺した表情を浮かべていた。

 現れた三体のゴーレムはクリスタルアーミーと言う名のLMFの物質族のモンスター。その名のとおり体がクリスタルで出来たモンスターで物理攻撃力と物理防御力が並のモンスターと比べると高く、レベルが同じくらいだと倒すのに苦労するモンスターだ。更にこのモンスターはある技術スキルを持っている事から一部のLMFプレイヤーから嫌われている。

 クリスタルアーミーは三つの目を赤く光らせながら冒険者達を見つめ、ゆっくりと冒険者達に向かって歩き出す。どうやら彼等を敵と認識したようだ。

 近づいて来る三体のクリスタルアーミーを見て冒険者達は戦闘態勢に入る。独りでに扉が閉まって鍵が掛かり、その直後にクリスタルアーミーが現れた。状況からクリスタルアーミーを倒せば此処から出られるという事になる。


「あのモンスターが何であれ、此処から出るにはアイツ等を倒さないといけないようだからな。お前達、気合を入れて戦えよ!」

「言われなくても分かってるって!」


 戦士の言葉に盗賊は短剣を握りながら笑って返事をする。魔法使いも杖を握り、目を閉じて魔法を発動させる準備に入った。


「それじゃあ、まずは様子見って事で!」


 レンジャーは弓を構え、近づいて来るクリスタルアーミー一体に狙いを付けて矢を放ち攻撃した。矢は真っ直ぐクリスタルアーミーに飛んで行き頭部に命中する。だが硬い体によって矢は弾かれて床に落ち、クリスタルアーミーはその落ちた矢を踏みつけ、そのまま冒険者達に向かって行く。

 矢が効かないのを見たレンジャーは驚く事無く弓を背負い、腰に納めてある剣を抜いた。


「矢が効かないか……なら剣で攻撃するだけだ」

「油断するな?」


 戦士は剣を両手で握りながらクリスタルアーミーを睨み、レンジャーも剣を右手に持って構える。盗賊もレンジャーの隣へ移動して短剣を握りながら余裕の笑みを浮かべていた。


物理攻撃強化拡散パワーストライクプラス! 物理防御強化拡散アタックプロテクションプラス!」


 魔法使いは前に立つ三人に杖の先を向け、杖の先に魔法陣を描き補助魔法を発動させた。魔法によって三人は物理攻撃力と物理防御力が強化されて戦いやすくなる。自身が強化されたのを確認した三人は近づいて来るクリスタルアーミーに一斉に向かって行った。

 最初に戦士が真ん中にいるクリスタルアーミーに剣で攻撃を仕掛ける。補助魔法で物理攻撃力が強化された状態ならどんなに硬い体を持つモンスターでも切れると思って剣を振った。だが、剣の刃はクリスタルアーミーの当たった瞬間に高い金属音の様な音を上げて弾かれてしまう。


「何っ!?」


 剣が弾かれた事には流石に戦士も驚きの表情を浮かべた。クリスタルアーミーは攻撃して来た戦士の反撃しようと長い右腕を横に振って攻撃して来る。戦士は咄嗟に後ろへ跳んで攻撃をかわし、態勢を立て直す。そこへレンジャーと盗賊が戦士と入れ替わる様に真ん中のクリスタルアーミーに攻撃を仕掛けた。

 敵が三体でこちらも三人なのだから三対三で戦えばいいと思える状況だが、敵がどんなモンスターか分からない状態で一対一で戦うのは危険だと判断し、三人で一体のモンスターを集中攻撃し、一体ずつ確実に倒すと言う作戦にしたようだ。

 レンジャーと盗賊がそれぞれクリスタルアーミーの左右から挟む様に剣と短剣で攻撃する。だがやはりクリスタルアーミーの体を切る事はできず、二人の攻撃は弾かれてしまう。レンジャーと盗賊は後退し戦士と合流した。


「おい、コイツ等思った以上に体が硬いぞ。どうするんだ?」

「……物理攻撃が通用しないとなると、魔法で攻めるしかない」


 戦士は近づいて来る三体のクリスタルアーミーを警戒しながら後ろで待機している魔法使いの方を向き、魔法で攻撃しろと目で合図を送る。

 魔法使いは戦いの状況と自分の方を向く戦士を見て自分が魔法で攻撃するのだと気付き再び杖を構えて魔法を使う態勢に入る。戦士たちは魔法使いが魔法を発動するまでの時間を稼ぐ為にクリスタルアーミーに攻撃した。

 杖の魔力を送り込み、魔法の発動準備を終えた魔法使いはクリスタルアーミーに杖の先を向けて先端に大きめの火球を作り出す。それを確認した戦士達は急いでクリスタルアーミーから離れた。


火炎弾フレイムバレット!」


 魔法使いはクリスタルアーミーに向けて火球を放つ。燃え上がる火球は勢いよく飛んでクリスタルアーミーに命中した。ところが命中した火球はクリスタルアーミーの体に吸い込まれる様に消えていき、その光景を見た冒険者達は目を見開いて驚く。

 火球が完全に吸収されるとクリスタルアーミーの体からたった今吸収された火球は勢いよくと飛び出し、戦士達の足元に命中して爆発した。戦士達は爆発を受けて大きく飛ばされ、床に叩き付けられる様に倒れる。


「な、何だ今のは……?」

「火球が消えたと思ったら、俺達に向かって飛んできやがった……」


 全身の痛みに表情を歪めながらクリスタルアーミーを睨む戦士と盗賊。レンジャーも痛みに耐えながら体を起こして体勢を立て直そうとしていた。魔法使いは倒れている三人の下へ慌てて駆け寄る。自分の放った火球が返され、そのせいで仲間が怪我をしたので動揺の表情を浮かべていた。

 火球が冒険者達に向かって飛んで行ったのは<魔法反射>というLMFの常時発動技術パッシブスキルによるもので、これこそがクリスタルアーミーの持つ厄介な技術スキルなのだ。名前のとおり敵が放った魔法をそのまま相手に返す効果があり、魔法使いの職業クラスを持つLMFプレイヤーにとってはかなり面倒な技術スキルである。LMFプレイヤーも体得する事ができる技術スキルだが、味方の回復魔法や補助魔法も返してしまうので装備するプレイヤーは殆どいない。

 クリスタルアーミーが魔法を返す能力を持っている事を知り、冒険者達の顔から余裕が消える。物理攻撃だけでなく、魔法攻撃も通用しない敵を前に冒険者達は微量の汗を流していた。


「普通の攻撃だけでなく、魔法も通用しないとは……それなら、戦技で攻撃するしかないな!」


 倒れていた戦士は立ち上がり、戦技でクリスタルアーミーを倒そうと武器を握る。レンジャーと盗賊も剣と短剣を握りクリスタルアーミーを睨む。魔法使いは自分の唯一の攻撃方法である魔法が通用しない事に僅かに青ざめていた。

 戦士は剣を両手で強く握り、剣に気力を送りこむ。気力によって刀身がオレンジ色に光り出し、それを確認した戦士はクリスタルアーミーに向かって突っ込む。


気霊斬きれいぜん!」


 気力で強度と切れ味が強化された剣でクリスタルアーミーに切り掛かった。刃はクリスタルアーミーの右上腕部に高い音を立てながら命中する。しかし、戦技による攻撃でも命中した箇所が僅かに欠けただけで決定的なダメージを与える事はできなかった。

 戦士は戦技でも大きなダメージを当てる事ができない事に愕然とする。すると攻撃を受けたクリスタルアーミーは左腕を大きく横に振って戦士に反撃した。腕は戦士の脇腹に命中し、戦士を大きく殴り飛ばす。戦士は勢いよく壁に叩き付けられてゆっくりとうつ伏せに倒れて動かなくなる。鎧の上から攻撃されたにもかかわらず戦士はクリスタルアーミーの攻撃で致命傷を受けて命を落とした。

 レンジャーと盗賊はたった一撃で戦士を殺したクリスタルアーミーの攻撃に言葉を失う。魔法使いは仲間が死んだ光景を見て更に顔を青くしていた。いくらベテラン冒険者でも一撃で仲間が殺されるのを見れば恐怖を感じてもおかしくはない。

 戦士を倒したクリスタルアーミーは他の三人の方を向くとゆっくりと彼等に向かって歩き出し、残りの二体も同じように冒険者達に近づいて行く。


「ク、クソォーッ!」


 レンジャーは戦士の仇を討とうと剣を持ってクリスタルアーミー達に向かって走り出す。クリスタルアーミーの目の前まで近づくと剣を振り上げて攻撃しようとした。だがレンジャーが攻撃するよりも速くクリスタルアーミーがレンジャーの頭部を腕で殴打する。レンジャーは何もできないままその場に倒れ、殴られた箇所から血を流しながら息絶えた。


「ヒイィ!」


 戦士に続いてレンジャーまでも殺された光景に盗賊は怯える。今の彼から部屋に入る前の余裕な態度はまったく見られなかった。クリスタルアーミー達は今度はそんな盗賊に狙いを付けたのかゆっくりと盗賊に迫っていく。


「く、来るな、来るなぁ!」


 迫って来るクリスタルアーミー達を見て盗賊が混乱しながら短剣を振り回す。目の前まで近づいて来たクリスタルアーミーの体に短剣の刃が当たるが、硬い体に弾かれて盗賊の手から離れてしまう。武器を無くして丸腰になってしまった盗賊は震えながら目の前に立っているクリスタルアーミーを見上げる。クリスタルアーミーはそんな怯える盗賊に容赦なく攻撃してその命を奪った。

 仲間を目の前で全員殺され、一人残った魔法使いは杖を握りながら震えている。前衛で戦う者が皆やられてしまった以上、彼女はもうまともには戦えない。いや、魔法が通用しないという時点で彼女にできる事は何もなかった。

 一人残った魔法使いにクリスタルアーミー達はゆっくりと近づく。魔法使いは泣きそうな顔をしながら出入口の扉へ走り、外へ出ようと必死でドアノブを回そうとするがドアノブはまったく動かない。


「開いて、開いてよぉ!」


 涙目でガチャガチャとドアノブを回す魔法使い。そんな事をしている間にクリスタルアーミー達は一歩ずつ魔法使いに迫っていく。

 近づいて来るモンスターの気配を感じて魔法使いは震えながら振り返る。目の前には三体のクリスタルアーミーが目を赤く光らせながら自分を見下ろしている姿があった。


「い、いや……やめて、助けて……」


 持っている杖を落とし、扉に張り付きながら魔法使いは命乞いをした。だがクリスタルアーミー達に命乞いなど届かず、三体のクリスタルアーミーは両手で振り上げて攻撃する態勢に入る。


「……どうして、どうしてこんなことに……」


 なぜ自分がこんな目に遭うのか、魔法使いは涙目で震えながら呟く。そんな魔法使いにクリスタルアーミー達は一斉に腕を振り下ろす。狭い部屋の中に何かが砕ける様な鈍い音が響いた。

 部屋の外の廊下ではマティーリアが目を閉じて腕を組みながら壁にもたれている姿があった。彼女は十数分前にダーク、アリシアと共にアルメニスからこのダンジョンへ転移し、冒険者達の様子を窺う為に二人と別れてこの地下一階へやって来たのだ。アリシアから目立った行動はするなと止められたが、マティーリアは制止を聞かずに勝手に行動し、少し前に部屋に入る冒険者達を見つけて外から部屋の中の騒ぎを聞いていた。

 中から戦いの音が聞こえなくなるとマティーリアは冒険者達が全滅したのだと感じて壁にもたれたまま呆れ顔で小さく溜め息を付く。


「……まったく、階段前で大人しく帰っておればよかったのに、愚かな人間どもめ」


 マティーリアは警告を無視して地下へ下りた冒険者達を愚かに思いながら呟いた。


「異端審問官達に連れて来られたとはいえ、お主等は自らの意思でこのダンジョンへ入ったのじゃ……間違っても若殿を恨んだりするなよ? 恨むなら異端審問官か欲に溺れた自分自身を恨む事じゃ」


 壁にもたれるのをやめて扉を見つめながらマティーリアは冷たい言葉を言い放つ。彼女は冒険者達が命を落としても哀れみなどは感じていない。ただ欲が強く、ダークとアリシアを狙う異端審問官に協力する愚か者としか考えていないのだ。


「……さて、いつまでも此処にいたら冒険者に見つかってしまうかもしれん。そうなったらアリシアに怒られてしまうからな。そうなる前にあ奴等の下へ戻るとしよう」


 マティーリアはダークとアリシアの下へ戻る為にその場を移動する。静かな通路にマティーリアの足音が響いた。


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