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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第九章~邪心の異端審問官~
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第九十七話  ダンジョンへ誘われし者達


 貴族が住む住宅街、暗く静まり返った道を異端審問官のテルフィスとレオパルドが率いる冒険者チームが歩いていた。彼等が住宅街に来た理由はアリシアの屋敷へ向かい、そこにいるアリシアを異端者として裁く為だ。ただ、アリシアが排除対象である事は異端審問官の二人しか知らない。冒険者達は何も知らないまま、ただ異端者を捕らえる仕事であるという事だけ知っていた。

 冒険者達は普段は貴族や貴族に気に入られた冒険者しか入る事ができない住宅街を歩いているせいか少し緊張した様子で歩いている。一方で異端審問官の二人は慣れた様子で冒険者達の前を歩いていた。

 住宅街に着いた時、入口には門番の兵士が見張りをしていた。冒険者達は内密に動いているので門番の兵士に姿を見られる訳にはいかない。そこで異端審問官の一人であるテルフィスは魔法で門番の兵士を眠らせ、その隙に冒険者達は住宅街へと入ったのだ。許可を得ずに勝手に貴族の住宅街に入った事、それも冒険者達が緊張しながら歩いている理由の一つでもあった。

 暗く静かな道をしばらく歩いていると、先頭を歩いていたテルフィスとレオパルドが一軒の屋敷の前で足を止める。冒険者達も立ち止まった二人を見て足を止め、テルフィスとレオパルドが見ている屋敷を見た。そこにはアリシアの自宅である屋敷が建っている。

 冒険者達は目的地と思われる場所に着いた事でいよいよ異端者を捕らえる仕事が始まるのだと感じ、表情が鋭くなる。そんな冒険者達にテルフィスがそっと声を掛けた。


「皆さん、此処が異端者が潜んでいる屋敷です。私達はこれより、この屋敷へ潜入し、異端者の討伐を行います。屋敷の中には異端者の他にも異端者が操るモンスターが潜んでいるはずです。彼等に裁きを与え、この町に住む人々が安心して暮らせるようにしましょう」


 テルフィスは冒険者達に適当な事を言って彼等の士気を高め、冒険者達もテルフィスの言葉を信じ気合を入れる。レオパルドはそんなテルフィスと冒険者達を黙って見つめていた。


(この屋敷にモンスターなどいないが、彼等にやる気を出させる為には必要な嘘だ。テルフィスは神に仕えるシスターだから冒険者達もテルフィスの言っている事は真実だと思い込んでいる。シスターと言う立場も状況によって色々使えるな……)


 レオパルドはテルフィスの言葉を信じる冒険者達を見て心の中で呟く。嘘をついて自分達の手伝いをさせている事に少し心を痛めているようだが、これも異端者から首都を守る為だから仕方がないと自分に言い聞かせた。


「シスター、その異端者はどのくらい強いのですか?」

「私達だけで本当に倒せるのでしょうか?」


 戦士風の格好をした男の冒険者とレンジャー風の格好をした女の冒険者が自分達だけで異端者を捕らえ、モンスターを倒す事ができるのか不安そうな顔でテルフィスに尋ねる。無理もない、チームの人数は僅か十人、たったそれだけの人数で何者かも分からない異端者とそれに従うモンスターと戦うのだ。不安になるのが普通と言える。

 周りにいる冒険者達もそれを聞いて不安になったのか一斉にテルフィスの方を向く。するとそんな不安に思う冒険者達を見てテルフィスは笑顔を見せた。


「心配いりません。皆さんは神の加護を受けています。神に見守られている貴方がたが異端者やモンスターに敗れるなどあり得ない事です。それに皆さんは全員が五つ星と六つ星の冒険者です。どんな敵にも勝てる力を持っています。恐れる事無く、自信を持って戦ってください」


 甘い笑顔で冒険者達を勇気づけるテルフィス、そんな彼女の笑顔を見た冒険者達は更に自信が付いたのか隣にいる仲間の顔を見合いながら笑う。

 レオパルドは更に冒険者達の士気を高めたテルフィスの話術に感服したのか目を見開きながら驚いていた。


「さぁ、皆さん。武器を取り、異端者に神の裁きを下しに行きましょう」


 テルフィスは冒険者達の士気が高まったのを確認すると冒険者達に作戦開始の合図を出す。冒険者達は武器を手に取り、テルフィスを見つめながら黙って頷く。レオパルドもアリシアの屋敷を見つめながら腰に納めてある騎士剣を抜いた。

 入口の門をゆっくりと開き、冒険者達は周りの屋敷の住民達に気付かれないよう注意しながら屋敷の敷地内へと入った。テルフィスとレオパルドを先頭に冒険者達も武器を構えながら庭の中を進んで行く。冒険者達は周りを見回し、モンスターが飛び出てくるのではと警戒しながら進む。しかし、庭の中を歩く間、モンスターが現れるなどといった事は起きなかった。

 何事も起こらず冒険者達は無事に庭を抜けて屋敷の前までやって来た。いよいよ屋敷の中に入るのかと冒険者達は緊張する。先頭を歩くテルフィスとレオパルドが玄関に近づく為に階段を上がろうとした。

 すると、レオパルドの足が階段に乗った瞬間、冒険者達の足元に水色の大きな魔法陣が展開された。突然浮かび上がった魔法陣に異端審問官の二人、冒険者達は驚き、一ヵ所に固まりながら魔法陣を見下ろす。


「な、何だこれは!?」

「まさか、罠?」


 魔法陣が罠だと口にするテルフィスにレオパルドや冒険者達は彼女の方を向いて目を見開く。全員が慌てて魔法陣の外に出ようとすると魔法陣の光が更に強くなり冒険者達を包み込み、遂に姿が見えなくなる。そして光が治まった時、アリシアの屋敷の前に冒険者達の姿は無かった。

 強烈な光に包まれ、眩しさのあまり冒険者達は目を閉じる。やがて光が治まり、冒険者達はゆっくりと目を開けた。目の前には大きな岩や石が転がっている殺風景な景色が広がり、それを目にした冒険者達は呆然とする。


「ど、どうなってるんだ? 俺達さっきまで首都の中にいたよな?」

「どうしてこんな所にいるのよ?」


 冒険者達は状況が理解できずに周りを見回す。周りには屋敷どころが民家すらも見当たらない。ただ岩や石が沢山あるだけの場所に十人は立っており、空に浮かぶ月だけが彼等を照らしていた。


「此処は、一体何処なんだ?」

「分かりません。少なくともアルメニスではないようですが……」


 何が起きたのか理解できずに動揺する冒険者達の中でテルフィスとレオパルドも鋭い表情を浮かべながら状況の確認をしようとしている。流石の二人も気付いたら住宅街から岩と石だらけの場所にいる事に驚きを隠せないらしい。


「とりあえず皆さんを落ち着かせてから此処が何処なのかを確認しましょう。そしてアルメニスに戻る方法を――」

「アンタ達!」


 何処から聞き覚えのある女の声がし、テルフィスは声の聞こえた方を向く。そこには教会前の広場で分かれたはずのアーシュラとディバンの姿があった。

 テルフィスとレオパルドは二人の姿を見て驚きの反応を見せる。だが同時に仲間と合流できたと事で安心感を得ていた。ディバンとアーシュラはテルフィスとレオパルド、そして二人が連れていた冒険者達が無事なのを確認すると周囲を見回しながら二人の下へ歩いて行く。


「アンタ達、どうしてこんな所にいるのよ?」

「それはアーシュラさん達も同じではありませんか」

「フッ、確かにそうね」


 アーシュラはテルフィスの言葉に目を閉じながら笑う。突然見知らぬ場所に移動したのにアーシュラは慌てる事も無く、落ち着いた態度を取っていた。テルフィスとレオパルドはそんなアーシュラを見て緊張感が無いな、と感じながら半分呆れた様な顔を見せる。


「私達は貴方達と別れた後、そのまま真っ直ぐ例のダークの屋敷へ向かいました。屋敷に到着し、任務を開始しようと屋敷に近づいた時、突然足元に大きな魔法陣が展開され、その魔法陣が放つ光に呑まれてしまったのです。そして光が治まった時、私達はこの岩と石だらけの場所に立っていた、という事なのです」


 先程から黙っていたディバンが呆れ顔のテルフィスとレオパルドに自分達がなぜ此処にいるのかを説明する。それを聞いたテルフィスとレオパルドはディバンの方を向いて目を見開いた。


「私達も同じです。アリシア・ファンリードの屋敷の前に来た瞬間に足元に魔法陣が展開して強烈な光に呑まれてしまったんです」

「そして気が付いたら此処にいた、という訳だ」


 自分達も同じ理由で此処に移動していたという事を話すテルフィスとレオパルド。二人の話を聞いたディバンは意外そうな表情を浮かべる。そして同時に彼の頭の中にある疑問が浮上した。


「……異端者であるダークとアリシア・ファンリードの屋敷に私達が足を踏み入れた途端、魔法陣が展開され、全く同じ場所へ飛ばされた。偶然にしては出来過ぎていると思いませんか?」

「ああ、どう考えても誰かが仕組んだものだ。恐らく、異端者であるダークとアリシア・ファンリードが私達が来る事を予想して仕掛けておいたのだろう」


 ディバンの話を聞いたレオパルドはダークとアリシアが仕組んだものだと考える。ディバンもレオパルドと同じ考えなのか無言で頷き、アーシュラとテルフィスもジッと二人の方を向き会話を聞いていた。

 冒険者達の足元に描かれた魔法陣はダークが仕掛けたLMFの拠点防衛アイテムの一つだった。入口などにこのアイテムをあらかじめ設置しておき、侵入者が設置してある場所を踏むと魔法陣が展開され、魔法陣の中にいる者を設定しておいた場所へ強制的に転移させると言うアイテムである。ダークは異端審問官達が自分とアリシアの屋敷に侵入する事を予測し設置しておいたのだ。

 LMFでは別ギルドの拠点に攻撃を仕掛け、拠点にあるアイテムや金銭、そこにいるプレイヤーを倒して所持している装備などを奪ったりする事はよくある。各ギルドのプレイヤー達は自分達の拠点と自身を守る為に多くの防衛アイテムを拠点に設置しているのだ。ダークもLMFの世界にいた時に様々なアイテムを設置していた。

 異端審問官達はダークとアリシアが自分達を別の場所に転移させる事ができる力を持っている事を知り、よりダークとアリシアが恐ろしい異端者だと感じた。だが、この転移が自分達が狙っている異端者の仕業だとなると、また新たな疑問が出てくる。


「これが異端者ダークとアリシアが私達に仕掛けたものだとすると、どうして彼等は私達が屋敷に来る事を知っていたのでしょう?」

「確かに変よね、今回の任務は陛下にも知らせずに行っているってラルフさんは言ってたし……」

「どういう事だ?」


 なぜ自分達の動きがダークに知られているのか、異端審問官達は鋭い表情で考える。

 ダークにシャトロームの動きなどを教えたコレットは誰にも自分の活動を話さずに内密に行っている。国王であるマクルダムの耳にすら入っていないのだからシャトロームもその事は知らない。だからシャトロームはコレットが自分の情報をダークに流している事に気付いていなかった。

 シャトロームが気付いていないのであれば当然ラルフや異端審問官達も情報が他人によって流されていると気付かない。異端審問官達は動きが知られた答えが分からずにただただ悩んでいた。

 異端審問官達が難しい顔をしていると一人の冒険者が四人の下に駆け寄って来た。彼はディバンが此処に飛ばされた直後に現在地を確認する為、周辺を調べさせた冒険者の一人である。


「ディバン殿、ちょっといいか?」

「どうしました?」

「アンタに言われてこの辺りを調べていたんだが、少し行った所に妙な物があったんだ」

「妙な物?」

「ああ、見た目は遺跡か何かの入口みてぇなんだが……」

「どういう事ですか?」


 冒険者が何を言いたいのか分からず、ディバンは真剣な顔で尋ねる。他の異端審問官達も黙って冒険者を見ていた。


「口では説明が難しいんだ。とにかく来てくれよ」


 そう言って冒険者は異端審問官達を案内しようと歩き出す。ディバンとアーシュラは訳が分からないまま冒険者の後をついて行く。テルフィスとレオパルドは自分達と同行していた冒険者達に声を掛け、簡単に現状を説明してから彼等を連れてディバン達の後をついて行った。

 冒険者に案内されて異端審問官達がやって来た場所には大きな遺跡の入口らしき建造物があり、その前にはディバンとアーシュラに同行していた冒険者達が集まって建造物を見ている姿がある。その建造物は数日前にダークが作っていたダンジョンの入口だった。異端審問官達が今いる場所はダークがダンジョンを作っていた岩山だったのだ。

 実はあの転移のトラップはダークがダンジョンを作っていた岩山に飛ばされる様に設定されていた。ダークがアリシアに言っていた戦いに相応し場所、それがダーク自身が作ったダンジョンだったのだ。

 異端審問官達は目の前にある建造物を見て驚きの表情を浮かべる。見た目は遺跡の入口の様だが、しっかりとした石の柱があり、細かい彫刻が施されている事からつい最近誰かの手が加えられた物だというのが分かった。


「何でしょうか、これ。遺跡か何かですか?」

「分かりません。誰かが作ったか、前からあった古い物を作り直したか……どちらのせよ、少し前に誰かが此処にやって来て何かをしたのは間違いないでしょうね」

「その誰かって誰よ?」

「そこまでは私にも……」


 アーシュラの質問にディバンは困り顔を見せる。アーシュラは答えられないディバンを見て呆れ顔になりながら建造物を見ていた。すると、暗いダンジョンの奥から何かが出て来て、それに気づいた異端審問官や冒険者達は一斉に武器を取り警戒した。奥から出て来たのは赤い目に小さな黒い体をした一匹の子竜、ダークの屋敷にいるはずのノワールだった。

 ノワールはディバン達が転移した後、自身の魔法でこの岩山に転移し、ディバン達をダンジョンへ誘導するようダークから指示を受けていた。だが、自分が誘導する前に冒険者達がダンジョンの入口を見つけてくれたので誘導する手間が省け、ずっとダンジョンの中でディバン達を待っていたのだ。


「何ですか、この黒いドラゴンは?」

「随分と小さいけど、子供かしら?」


 普段はあまり見かける事の無い小さな竜をテルフィスとアーシュラは興味のありそうな顔で見ている。ノワールは異端審問官や彼等が連れて来た冒険者達を黙って見つめていた。するとノワールの姿を見ていたディバンは何かに気付いた様な反応を見せる。


「待ってください。黒い小さな竜……そう言えばあのダークも同じ黒い子竜を連れていると聞いた事があります」

「何? では、この子竜はその異端者ダークのドラゴンなのか?」

「ハッキリとは分かりませんが、ダークの屋敷に仕掛けられた罠で此処に飛ばされ、そこでダークが連れている子竜と特徴の似た子竜がいるのです。可能性は高いと思いますよ?」


 小声で話すディバンにレオパルドは目を見開きながら反応し、アーシュラとテルフィスも同じような反応を見せた。

 ノワールは異端審問官達や冒険者を見ていると振り返ってダンジョンの奥へとは逃げるように消えていった。


「あ、奥に入って行きましたよ!」

「追いかけましょう。あの子竜が此処にいるという事はダークもこの中にいるはずです」


 ディバンは腰に納めてある短剣を抜き、アーシュラとレオパルドにダークが中にいるはずだと伝えるとダンジョンの奥へ移動したノワールを追いかけていった。アーシュラとレオパルドもその後に続くようにノワールの後を追う。異端審問官達はノワールが予想していた通りに行動した。

 テルフィスはディバン達がダンジョンの奥へ入って行くのを見た後、入口前に集まっている冒険者達の方を向いた。


「皆さん、私達が倒すべき異端者はこの遺跡の中にいる可能性があります。私達、異端審問官は中へ入り異端者に神の裁きを下します。四、五名は此処に待機し、残りの方は私達に続いてください!」


 真剣な顔でテルフィスの言葉を聞く冒険者達。異端審問官であるテルフィスの話を聞いて真剣な顔で頷く者もいれば、現状に納得できず不安そうな顔をする者もいた。


「あ、あの、シスター。私達は見た事の無い場所にいますが、無事に首都へ帰れるのでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。異端者を見つけ出し、裁きを下せば必ず皆さんは首都に帰れます」


 冒険者の質問にテルフィスは笑顔で答える。その答えを聞いた冒険者達は安心したのか表情に余裕が出て来た。

 テルフィスは無事に首都へ帰れると言ったが、勿論そんな保証など無い。だが、今此処で分からないなどと言えば冒険者達は混乱し、任務どころではなくなる。異端者の討伐を終えるまで冒険者達には平常心を保たせる必要があったので、テルフィスは冒険者達をちゃんと動ける状態にする為に嘘をついたのだ。

 それから入口に残す冒険者を決めると、テルフィスは残りの冒険者全員を連れてダンジョンの中へ突入した。

 ノワールの後を追ってダンジョン内に入ったディバン達。石レンガの床とデコボコした岩の壁で出来た広めの通路が三人の視界に入り、通路の壁には一定の間隔を開けて松明が付けられている。その松明の僅かな明かりだけが薄暗い通路を照らしていた。


「……見失ってしまいましたね」

「チッ、小さいくせに逃げ足が速いわね。あのチビドラゴン」

「あの子竜が異端者ダークの手掛かりなのだ。なんとしても捕まえるぞ」


 三人はよく見えない通路の奥を見つめながら低い声で話す。すると背後から足音が聞こえ、三人は振り返る。そこにはテルフィスと十二人の冒険者の姿があった。


「遅いわよ?」

「すみません、中に入る冒険者の方々を決めていたら時間が経ってしまいました……」


 走って来たのか息を切らせながら謝るテルフィス。アーシュラは両手を膝に当てるテルフィスを見ながら心の中で情けない、と思った。

 テルフィスや冒険者と合流するとディバン達は武器を構えながら暗い通路の奥を見つめ、警戒しながら進んで行く。奥の方からは微かに何かが動く気配がしており、それを感じ取ったディバンやレンジャー系の職業クラスを持つ冒険者達の顔に鋭さが増す。


「……どうやら奥にモンスターがいるようですね」

「モンスター? そんな所にあのチビドラゴンは入って行ったの?」

「まぁ一応ドラゴン、モンスターですからね……それに我々が狙っている異端者ダークはモンスターを操る力を持っています。もし奥にいるモンスターがダークが操っている存在だとすれば、彼が異端者であると言う決定的な証拠になります。その証拠を手に入れれば国王陛下もシャトローム卿が無断で我々を動かした事を許してくださるはずです」

「あぁ~、成る程ね」


 自分達にとってある意味で好都合な状況となった事にアーシュラは笑みを浮かべる。何処か分からない場所に飛ばされて最初は少し混乱していた異端審問官達だったが、ダークを異端者である証拠を手に入れられるかもしれないという事で混乱も治まった。

 何も知らない冒険者達の事も彼等が真実に気付く前にダークが異端者である証拠を得れば問題無いと感じ、慌てる様子も見せていない。異端審問官達は今いる場所に転移された事を運がよかったと感じている。

 異端審問官達はダンジョンの奥を捜索する事を冒険者達に伝えると武器を構えながら奥へと進んで行く。冒険者達も奥からするモンスターの気配に意識を集中させながら前を進む異端審問官達に続いた。

 奥へと進んで行く冒険者達の姿を一匹のウォッチホーネットが天井に張り付きながら監視している。そして、その目を通して首都にいるダークの屋敷にいるダーク達が冒険者達の姿を見ていた。冒険者達が屋敷から離れたのでダーク達がいる部屋は明かりがついてよく見えるようになっている。


「……ノワールは上手くアイツ等を誘導してくれたようだな」


 腕を組みながらモニターレディバグの映像を見て呟くダーク。アリシアとマティーリアもダークの隣で映像を見ている。


「戦いに相応しい場所、とは貴方が作ったダンジョンの事だったのか」

「ああ、あそこで戦ってもらえばダンジョンの出来がいいのかが分かるし、配置しているモンスターの種類や配置場所も今のままでいいのかなど色々分かるからな。異端審問官達を遠ざけるのと同時にダンジョンのテストもできる、一石二鳥と言うやつだ」

「……異端審問官はともかく、奴等に利用されている冒険者達をダンジョンのテストに利用するのはどうかと思うぞ? それでもし彼等がモンスターに殺されてしまったらどうするんだ?」

「心配するな。さっきも言ったように私は真実を知らない冒険者達と戦う気は無いし、彼等の命を奪う気は無い。だから今彼等がいる場所に配置してあるモンスターは殆どがポーンのサモンピース、一番レベルの低い物で召喚したモンスターだけだ。油断しない限りは一つ星冒険者でも倒せるような奴等だ。彼等ならなら心配ないだろう。仮に油断して押されてたとしても、ノワールにはモンスターたちに冒険者達の命は奪うなと指示を出しておけと言ってある。冒険者達は絶対に死なない」

「そ、そこまで考えていたのか……」


 異端審問官に利用されているだけの冒険者の事を考えてちゃんと手を打っておいたダークを見てアリシアは小さく微笑む。戦いの時には冷徹な一面を見せるダークもちゃんと優しさを持っている、そんな彼をアリシアは改めて尊敬するのだった。


「おい、冒険者達がモンスターと戦闘を始めおったぞ?」


 映像を見ていたマティーリアがダークとアリシアに冒険者達の変化があった事を伝え、それを聞いたダークとアリシアは映像に目を向ける。映像には冒険者達がダークが召喚したモンスターと戦っている姿が映し出されていた。

 

「早速始まったか……さて、彼等がどう動くか、それ次第で今後の予定が変わって来るな」


 ダークは映像を見つめながら意味深な言葉を口にした。

 ダンジョンの通路、入口から数十m奥へ進んだ場所で冒険者達はT字路にぶつかり、そこで十数体の錆び付いた剣を持つスケルトンやゴブリンと遭遇し戦闘を行っていた。スケルトンとゴブリンは全てダークが召喚したモンスターだ。

 レオパルドやディバン、そして剣や槍を持つ冒険者達が前衛となってモンスターと戦い、アーシュラやテルフィス、魔法使いや弓を持つ冒険者達が後方から支援している。人数は僅かに冒険者達が劣っているが、五つ星と六つ星の冒険者にとってモンスター達は弱く、苦戦する様な戦況にはならなかった。


「私達は貴方がたの様な雑魚に構っている余裕は無いのですよ」


 ディバンは笑いながらスケルトンの剣をかわし、素早く側面に回り込み短剣で反撃する。切られたスケルトンはまるで彫刻が砕けた様な音を立てながら粉々になった。

 スケルトンを倒したディバンは今度は近くにいるゴブリンの方を向いてジャンプし、ゴブリンの真上を通過し背後に回り込み、素早くゴブリンの喉を短剣で切り裂いた。喉を切られたゴブリンは切り口から出血しながらその場に倒れて動かなくなる。アサシンとしての実力を見せるディバンは倒れたゴブリンを見て不敵な笑みを浮かべた。

 冒険者達も他のゴブリンやスケルトンと戦い少しずつ数を減らしていく。そんな中、一体のゴブリンが左肩に矢を受けて膝を付いた。ゴブリンが矢が飛んで来た方向を見ると、クロスボウガンを構えているアーシュラの姿があり、膝を付くゴブリンを見てアーシュラは不敵な笑みを浮かべる。


「アハハハ、めいちゅ~」


 楽しそうに笑いながらアーシュラは新しい矢をクロスボウガンに装填する。そしてゴブリンに向かって歩きながら再びクロスボウガンを放ち、ゴブリンの左大腿部を射抜く。

 大腿部から伝わる痛みにゴブリンは声を上げて倒れた。倒れながら悶え苦しむゴブリンを見てアーシュラはニヤリと笑いながらまたクロスボウガンを放つ。矢はゴブリンの脇腹に刺さり、ゴブリンは更に大きな声を上げた。三ヵ所も矢で射抜かれ、刺された箇所からは出血しておりゴブリンはガクガクと震える。倒れて震えているゴブリンを見下ろしながらアーシュラはクロスボウガンでゴブリンの頭部を狙って引き金を引く。放たれた矢はゴブリンの眉間を貫き、ゴブリンは動かなかくなった。


「……ああぁ~、さいっこぉ~! 苦しんで苦しんで最後にはガクッと逝っちゃう姿、見ていて興奮するわぁ~」


 事切れたゴブリンを見てアーシュラは頬を赤く染めながら興奮し、全身をブルッと震わせた。敵を甚振り、苦しむ姿を堪能した後に止めを刺す、アーシュラはその事に快感を感じている。彼女にとっては相手が人間だろうがモンスターだろうが、痛みを感じて苦しむ事ができる生き物なら何でもよかった。

 周りにいる冒険者達はそんなアーシュラを見て僅かに恐怖を感じている。もし自分が異端者となり、目の前にいる異端審問官に狙われたらどうなるか、それを考えると冒険者達の体に悪寒が走った。アーシュラの戦いを見た冒険者達は絶対に異端者や異端者の協力者にはならないようにしようと考える。

 興奮するアーシュラは見ていたレオパルドは呆れが顔で溜め息を付く。だがすぐに戦いに気持ちを切り替え、残りのモンスターの数と味方の状況を確認する。


「敵はあと僅かだ。このまま一気に押し切るぞ!」


 レオパルドの声に冒険者達の士気は高まり、残りのモンスターに一気に攻撃を仕掛ける。スケルトンとゴブリンはその僅か数分後に全て倒された。

 戦いが終わると冒険者達はすぐに傷付いた者の治療などを行った。と言っても弱いモンスターばかりだったので重傷を負った者は一人もおらず、掠り傷程度なので簡単な手当だけで済んだ。その場でしばらく休息を取った後、冒険者達はダンジョンの探索を行う為に移動を再開する。

 それから冒険者達は奥へと進んで行き、何度かスケルトンやゴブリンなどの下級モンスターと遭遇するが難なく撃破した。探索していると途中で金貨などが入った宝箱なども見つけ、冒険者達は大はしゃぎする。宝箱はダークがダンジョンらしさを出す為に前もって設置しておいた物だ。冒険者達に持って行かれても損しない程度の金銭などを入れてある為、ダークは宝を取られる事など気にしていない。

 冒険者達はダンジョンには弱いモンスターしかおらず、宝も手に入った事で余裕の表情を浮かべる。先頭を歩く異端審問官達はダンジョンを進みながら排除対象であるダークと逃げ込んだ子竜を鋭い表情で探していた。

 ダンジョンに入ってから二十分ほどが経過し、更に奥へ進んで行くと冒険者達は体育館ほどの広さはある薄暗い部屋に出た。異端審問官、冒険者達は広い部屋を見回してモンスターがいないかを警戒する。すると、先頭にいたレオパルドが部屋の一番奥に下りの階段があるのを見つけた。そして階段の前には入口で見た黒い子竜、ノワールが飛びながら自分達を見つめている姿があり、ノワールの姿を見たレオパルドは目を見開いて驚く。


「いたぞ、あの子竜だ!」

「いましたか、今度は逃がしませんよ」


 ノワールを見たディバンは短剣を光らせて小さく笑う。するとノワールは振り返り、後ろにある階段に向かって飛んで行く。それを見たアーシュラは逃がすまいとノワールに向かってクロスボウガンの矢を放つ。矢は勢いよく飛んでいるノワールの背中に向かって飛んで行く。するとノワールは前を向いたまま左へ移動し、背後から飛んで来た矢を簡単に回避した。

 矢をかわされた事にアーシュラは鋭い表情で舌打ちをする。矢をかわしたノワールは飛んだまま階段を下りて下の階へと移動していった。ディバン達はノワールを追いかける為に部屋の奥へ向かって走る。階段の前までやって来ると下へと続く真っ暗な階段の奥に見つめた。


「下の階へ逃げましたか」

「このまま全員で追いかけるの?」

「そうですね……数人は此処の見張りをする為に残し、残りの冒険者を連れてあの子竜を追った方がいいでしょう」


 ディバンの考えを聞き、アーシュラは異議は無いのか真剣な顔でディバンを見つめる。二人は下の階へ連れて行く冒険者を決めようと後ろに集まっている冒険者達の方を向く。すると、階段の方を向いていたテルフィスがディバン達に声を掛けて来た。


「皆さん、あれを見てください」


 テルフィスが声を聞き、ディバン達がテルフィスが見ている方を向くと階段の後ろにある壁に看板の様な木の板が取り付けられていた。そこのは細かい字で何かが書いてあり、ディバン達は板に書かれてある内容を確認する。

 板にはこの世界の文字で<これより先は死を覚悟した者のみが足を踏み入れる事を許されし場所。死を恐れる者、欲を持つ者は進むべからず>と書かれてあった。誰がどう見ても警告だと思うその文章を見て異端審問官、冒険者達の表情が僅かに鋭くなる。


「何よ、これ?」

「この先へ進むと命を落とすから臆病者や欲深い者は帰れ、という警告でしょうね」

「警告ねぇ……あたしには警告とは違う別のものだと思うんだけど?」

「私もですよ」


 ディバンとアーシュラは板に書かれてある内容を見ながら低い声で話す。二人には書かれてあるのは警告ではなく、自分達を先へ行かせないようにする為の脅しだと思っていた。

 自分達が異端者と思っているダークの連れている子竜が逃げ込んだ階段の近くについている警告が書かれた板、異端審問官達は今までの情報と現状から推理し、階段の先に間違いなくダークがいると考える。

 ダークがこの先にいると分かった以上は絶対に引き下がれない。異端審問官達は表情を鋭くして先へ進む事を決める。そして冒険者達にこの先に異端者がいる事を伝え、同行する冒険者を選び始めた。

 下の階へ移動すると異端審問官から聞いた冒険者達の殆どが異端審問官達について行くと進言した。だが冒険者達の殆どが依頼の報酬やこの先にあると思われる宝が欲しくてついて行こうと考える者ばかりだ。異端者を捕らえようと言う正義感を持つ者は殆どいない。しかし、異端審問官達は冒険者達が何を考えてついて来るかなど興味は無く、自分達に協力する者であれば誰であろうと歓迎した。

 冒険者達の中には板に書かれてある内容を見て怖気づいた冒険者もいる。そんな冒険者達を見た異端審問官達は彼等に今いる場所の見張りをさせる事にして階段を下りる事にした。階段の入口を見張る冒険者は三人、残りは異端審問官と共に下の階へ移動する。人数は異端審問官を含めて十三人だった。

 広場の隅にはウォッチホーネットが壁に張り付きながら階段とその前にいる三人の冒険者を見ていた。屋敷にいるダーク達も広場の映像をジッと見ている。


「三人残ったか。ダンジョンの入口前には四人が残り、階段前には三人、つまり下の階へ移動したのは十三人って事になるか……」

「折角若殿が警告したのにそれを無視しして奥へ進む愚か者が十三人もおったか……愚かな人間達じゃな」


 マティーリアは映像を見ながら下の階へ移動した冒険者達を愚かに思う。ダークも警告を見て引き返してほしいと思っていたが、予想以上の冒険者が警告を無視して先へ進む姿を見て心の中でガッカリした。アリシアも映像に映る冒険者達を哀れむ様な顔で見ている。


「……彼等が下の階へ移動したのなら、こちらも次の行動に移るとしよう」


 そう言いながらダークはポーチに手を入れてメッセージクリスタルを取り出す。モニターレディバグが映し出す映像を見ながらダークはメッセージクリスタルを使用した。


「ノワール、聞こえるか?」

「ハイ、マスター」


 ダークはメッセージクリスタルを使ってダンジョンにいるノワールに連絡を入れた。アリシアとマティーリアはノワールと会話をするダークに視線を向ける。


「冒険者と異端審問官は警告を無視し、お前の後を追って下の階へ移動した。お前はそのまま奴等を誘導しながら行動に移れ」

「追って来たんですか……何て愚かな判断をしたんでしょうね?」

「自分の命よりもそのダンジョンにある宝や依頼の報酬を選んだんだろう。正義感から奥へ進もうと考えた奴も少しはいるようだがな……最初のフロアは冒険者達が生きて帰れるように弱いモンスターだけを配置し、殺さないよう指示しておいたが、欲をかいて下のフロアへ移動したのなら話は別だ。どんな冒険者でも容赦はしない。モンスター達には全力で彼等の相手をさせろ」

「分かりました」

「私も今からそっちに行く。彼等の相手を頼むぞ」

「ハイ」


 ノワールに冒険者達の事を任せてダークはノワールとの通信を終える。同時にダークが持っていたメッセージクリスタルは消滅した。


「ダーク、貴方もダンジョンへ行くのか?」


 アリシアがダークにこの後の事を尋ねる。ダークはアリシアの方を向いて頷いた。


「ああ、ノワールだけに奴等の事を任せる訳にはいかないからな。それに異端審問官達は私に用があるんだ。ちゃんと彼等の前に出て相手をしてやらないとな」


 異端審問官達の相手をする為にダンジョンへ向かうと話し、ダークは再びポーチに手を入れて今度は転移の札を取り出した。転移の札を使って一気にダンジョンへ移動する様だ。

 ダークが異端審問官と戦う事を聞いたアリシアは小さく俯きながら黙り込み何かを考える。やがてアリシアは顔を上げてダークに声を掛けた。


「私も一緒に行こう」

「ん? 君もか?」

「ああ、異端審問官はダークに用があるのだろう? だったら同じように異端者と見られている私も彼等の前に出て相手をするべきだ」

「いいのか? 理由はどうあれ、君と同じようにこの国に仕えている者達と戦うんだぞ?」

「今更それを訊くのか? それに他人を騙し、私や貴方を異端者に仕立てあげようとする貴族に仕える者達を私は同志とは思わない」


 真剣な顔をするアリシアを見てダークはしばらく黙り込むがすぐに小さく頷き、無言で分かった、とアリシアに伝える。ダークの反応を見たアリシアは転移する為にダークの隣へ移動した。


「待て。折角じゃから妾も一緒に行こう」

「マティーリア?」

「こんな所でただ映像を見ているのも退屈じゃからな。向こうに行って少しは楽しむ事にする」

「……ハァ、好きにしろ」


 アリシアは退屈だからついて来ると言うマティーリアを見て呆れ顔で溜め息を付く。アリシアの許可を得たマティーリアはニヤニヤと笑いながらダークとアリシアに近づく。

 ダークはアリシアとマティーリアを一度見てから持っている転移の札を床に投げた。札は床に落ちると消滅して魔法陣を展開させ、三人は魔法陣の中へと入る。そしてダークが行き先を頭の中で想像すると魔法陣の中にいる三人の姿が消えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み始めて気づいたら朝に [気になる点] 冒険者に対して少し気になってしまった 討伐相手が分からない異端審問の依頼 突然の転移 色々重なってはいるけど、そこそこ人数いるし冒険者だし警告あっ…
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