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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第九章~邪心の異端審問官~
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第九十六話  動き出した教会


 シャトロームの事をダーク達へ報告したメノルは王城へと戻って行く。マクルダム達の許可を得ず、秘密裏にダーク達に会いに来た為、メノルは用が済んだら急いで帰らなくてはならなかったのだ。メノルを見送るとダーク達は屋敷の中へと戻った。


「……さて、これからが大変だぞ」

「どういう事だ?」

「これで全てが終わった訳ではない、という事だ」


 エントランスの中央でダークはアリシアと今後の事について話し合いを始める。偽の証拠を作り、ダークとアリシアを異端者に仕立て上げようとしたシャトロームがこのまま引き下がるはずがないとダークは考え、アリシアともう一度真剣に話し合う必要があった。

 アリシアはダークの話を聞いて意外そうな表情を浮かべる。ノワールと鬼姫ききは真剣な表情となり、黙ってダークの話を聞いていた。


「それはシャトローム卿がまた何かして来るかもしれない、という事か?」

「ああ……」


 シャトロームがまた動き出すだろうと口にするダークを見てアリシアは驚きの表情を浮かべる。


「だが、陛下が異端審問官の送る事を却下したんだ。シャトローム卿ももう私達を異端者として捕らえようなどとは考えないのではないか?」

「マクルダム陛下はシャトロームを止めただけで私達に関わる事を禁止した訳ではない。シャトロームは必ずまた私達を狙ってくるはずだ。そもそも偽の証拠を作って私達を陥れようとした男がそんな簡単に諦めるとは思えない」

「た、確かに……」


 アリシアはダークの言葉に納得し複雑そうな表情を浮かべる。ノワールと鬼姫も心の中で絶対にシャトロームはまた何か仕掛けてくると考えていた。


「陛下から許可を得られないとなると、シャトロームは無断で部下を動かし、私達を殺そうとする可能性が高いだろうな」

「しかし、そんな事をすればシャトローム卿が真っ先に疑われてしまう。彼がそんな危険を冒すだろうか?」

「もし疑われたら、貴族の力を使って私達は盗賊か何かに殺されたという事にでもするだろうな」


 自分達を殺した後にシャトロームは事実の隠ぺいをするだろうとダークは考え、アリシアもシャトロームならやりかねないと僅かに表情を鋭くする。

 もしダークの予想通り、シャトロームがダークとアリシアを殺す為に刺客を送り込んでくれば、近くにいる家族などにも被害が出る。アリシアはミリナや屋敷にいる使用人達を危険な目に遭わせないようにするにはどうしたらいいか、難しい顔をしながら考えた。

 アリシアの目の前ではダークと彼の肩に乗っているノワールもシャトロームの刺客がやって来た時にどう対応するかを考えている。するとダークは何かを思いついたのか考え込んでいるアリシアに声を掛けた。


「アリシア、しばらくの間、君の屋敷にいる人を全員私の屋敷へ移そう」

「え? お母様達を?」


 ダークの言葉にアリシアは不思議に思いながら聞き返す。ノワールと黙って会話を聞いていた鬼姫もダークの方を向いてアリシアと同じような反応を見せる。


「シャトロームが異端審問官や暗殺者を送り込んだらアリシアの周りにいる人達にも危険が及ぶ。本当に大丈夫な状況になるまで私の屋敷にいた方が安全だ」


 アリシアはダークが自分と同じ事を考え、自分の家族を気に掛けてくれている事を知り、僅かに驚きの表情を浮かべる。同時に自分の家族や使用人達を守ろうとしてくれているダークに対し喜びを感じた。

 ダークはアリシアを異端者と考えているシャトロームがアリシアの家族や彼女に仕えている使用人もアリシアに味方をする異端者と判断して殺す可能性があると考えていた。だから彼等を守る為にアリシアに屋敷にいる者達を自分の屋敷へ避難させる事を提案したのだ。


「……すまない。なら、その厚意に甘えさせてもらう。正直、私一人ではお母様達を守る自信が無かったのだ」


 アリシアはダークの申し出を迷う事無く受ける。小さく笑うアリシアを見てダークは無言で頷き、ノワールもアリシアを見て笑みを浮かべていた。


「しかし、大丈夫なのか? 私の屋敷にはマティーリアやお母様を含めてかなりの使用人がいるぞ?」

「心配するな、部屋なら沢山ある。一応、そこらの貴族が暮らしている屋敷よりも大きめに設計してカーペンアント達に作らせたのだからな」


 さり気なく自分の屋敷を自慢するダークを見てアリシアは小さく笑う。自分を何度も救い、今度は自分の家族達を救おうとしてくれているダークに対し、アリシアは心の中で自分でも分からない想いを感じていた。その感情がどんなものなのか、アリシア自身は分かっていない。

 それからミリナ達の移住についてダーク達は簡単に話し合いをした。この会話の中でダークはアリシアに盗人がシャトロームの仲間である可能性がある事をマーディングには伝えないよう話す。メノルがこっそりと会いに来たという事は、コレットはマクルダムには内緒で活動しているという事になる。もしマーディングにシャトロームと盗人の繋がりを話せばマーディングからマクルダムに伝わり、コレットがこの件に関わっている事がマクルダムにバレてしまう。

 そうなったらコレットがマクルダムに怒られると思い、ダークはコレットを気遣ってマーディングには秘密にしようと考えたのだ。

 アリシアはダークの考えに気付くと笑って頷いた。

 一通り話がまとまるとアリシアは自宅にいるマティーリアを呼びに行く為にダークの屋敷を出る。ダークもシャトロームの件でしばらく自分の屋敷へ移る事をミリナ達に伝える為、アリシアと共に屋敷を出た。

 その日の夜、貴族が住む住宅街の更に奥にある上位の貴族だけが住んでいる住宅区の中にある一つの屋敷の一室で椅子に座りながら話し合いをするシャトロームとラルフの姿があった。二人がいる屋敷はシャトロームの自宅で、ラルフはシャトロームに呼び出されて屋敷に来ている。そしてそこでマクルダムに自分が出した証拠が偽物だと気付かれた事を話す。

 シャトロームは今朝マクルダムに異端審問官をダーク達に送り込む事を却下された事で機嫌を悪くしており、そんなシャトロームをラルフは向かいの椅子に座りながら見つめていた。


「クソォ! あと少しで許可が下りたのに……」

「シャトローム卿、落ち着いてください」


 興奮するシャトロームはラルフは何とか落ち着かせようとする。シャトロームは鋭い目でラルフを睨んだ後、椅子にもたれながら舌打ちをした。


「なぜ陛下もザムザス殿もダークとアリシア・ファンリードを異端者と認めようとしない!? あの普通ではない力は間違いなく、邪悪な者と契約を交わした証に違いないのに!」

「彼等は確かに普通では考えられない力を持っています。ですが、その力を使ってエルギス教国からこの国を救った英雄でもあります。国民達からも慕われているので陛下達もそんな英雄を異端者にしたくないのでしょう。そうなれば国民が黙ってはいないでしょうからね」

「それがそもそもの間違いなのだ! 陛下も国民もあの男の力がどんなものなのかまるで分っていない。力の正体を見分けられないとは、奴を敬う者達の目は全て節穴か!」


 腹を立てながら暴言を口にするシャトロームをラルフは無表情で見つめている。先程のシャトロームの発言には国民だけでなく、国王であるマクルダムを侮辱する様な言葉が含まれており、ラルフはそれを注意しようとも考えていたが、今のシャトロームに下手な発言をすれば自分にまで八つ当たりの言葉が飛ぶと考え、何も言わずに黙っていた。

 シャトロームは腕を組み、コンコンとかかとで床を鳴らしながら不機嫌そうな表情を浮かべている。その様子からまだダークとアリシアを異端者に仕立て上げようとする事を諦めていないようだ。


「それでシャトローム卿、これからどうなさるおつもりですか? 今度は陛下達が信じる様な証拠を作ってもう一度陛下に許可を求めますか?」


 シャトロームを見て彼が諦めていない事に気づいたラルフはどうするか尋ねる。本来ならこれ以上はやめた方がいいと止めるべきだが、立場上、下手にシャトロームに逆らう事ができないラルフは止めようとしなかった。何より、今のシャトロームは何を言ってもやめたりしないとラルフは感じていたのだ。

 ラルフがもう一度マクルダムから許可を得るかと言う問いに対し、シャトロームはラルフの方を向きながら首を横に振った。


「いや、例え新たな証拠を持って行ったとしても陛下は必ず反対されるはずだ」

「では、どうされるのです?」

「……陛下から許可を得ずにあの者達を処刑する」


 小さく俯きながら低い声を出すシャトロームを見てラルフは少し驚いたのか目を見開いた。

 マクルダムから許可が得られない以上、合法的にダークとアリシアを異端者として捕らえる事はできない。そうなると許可を得ていない状態で動くしかなかった。

 シャトロームは最初、ダークとアリシアがセルメティア王国に害をもたらす存在だと感じ、国の為に彼等を捕らえようと動いていた。しかし、今のシャトロームはセルメティア王国の為ではなく、神を崇拝する自分が気に入らない存在を消す為に動いている。シャトロームの考え方は完全にねじ曲がっていた。だから許可を得ずに動こうなどと平気で口にできたのだろう。


「それは流石にマズいのではないのでしょうか? 陛下の許可を得ずに英雄と呼ばれている男を処刑されては……」

「心配するな、ダークとファンリードを殺したのは奴等に恨みを持つ者達の仕業という事にすればいい。今朝の事で陛下は私に疑いの目を向けているかもしれないが、私が関わっているという証拠を残さなければ陛下も私を疑ったりなどしない」

「……成る程」

「この国を守る為にも神に背く邪悪な異端者は私達が裁かなくてはならない。国の為であれば例え許可を得ずに英雄と呼ばれている者を処刑しても神や陛下はきっとお許しくださるはず……そう、これは正義の所業なのだ」


 自信に満ちた口調で正義を語るシャトロームを見てラルフは安心したのか小さく笑う。

 ラルフもシャトロームと同じで神を信仰している側の人間あり、元神官長で神を強く信仰しているシャトロームの考えが正しいと感じている。だからラルフはシャトロームの考えに反対する事は無かった。


「シャトローム卿、私も微力ながらお手伝いさせていただきます」

「フッ、そうか。私に力を貸すのだ、貴殿にも必ず神の加護があるであろう」


 シャトロームはマクルダムの許可を得ずにダークとアリシアを処刑する事を決め、ラルフもそれに従う。この時のシャトロームは神への信仰心から動いているが、ラルフは信仰心と同時にシャトロームに気に入られようという気持ちで動いていた。


「それで、いつあの者達を処刑なさいますか? 今からと仰るのであればすぐにでも異端審問官達に指示を……」

「いや、今夜はダメだ。今朝の事もある、陛下は私がダークとファンリードの近づかないよう目を光らせているはずだ。しばらく時間を置いてから行動を開始する。ダークとファンリードも警戒しているはずだろうしな」

「分かりました。それまでに私が優秀な異端審問官や使えそうな冒険者達に声を掛けておきます」

「頼んだぞ」


 ラルフは軽く頭を下げて部屋を後にした。残されたシャトロームはダークとアリシアを処刑する日の計画を考え始める。


――――――


 シャトロームとラルフがダークとアリシアの暗殺計画を立てた日から三日が経った。マクルダム達はこの数日間大人しいシャトロームを見てもうダークを異端者に仕立てあげるような事はしないだろうと感じ、少しずつ警戒を解いていく。そんな中、シャトロームはマクルダム達に怪しまれないようにしながら慎重に暗殺計画の準備を進めていった。

 それから更に二日後の夜、時刻は午前一時を刻んでおり、首都の住民達は眠りに付いている。そんな静まり返った首都の一角にある教会の前には十数人の人影があった。その全員が剣や槍、杖などを持つ冒険者ばかりで全員が教会の方を向きながら小声でざわついている。静寂に包まれた町で彼等のざわつく声は大きく聞こえた。

 教会の入口前ではラルフが集まっている冒険者達を台の上に乗って見下ろしており、その両脇には集まっている冒険者達とは雰囲気の違う人影が四人控えていた。

 四人の人影の内、二人は男で残りの二人は女だ。男の内、一人は三十代半ばくらいで黒一色の長袖、長ズボンという服装をした長身の男だ。唐茶色で前髪を真ん中から半分に分けたセミロングの髪型をしており、細目で物腰の良さそうな雰囲気をしている。腰には曲刀の様な刀身をした短剣が納められていた。もう一人は少し背が低く、四十代前半ぐらいで顎髭を生やし、鉛色のオールバックの髪型をした男だ。白の長袖の上に金色の十字架が描かれた銀色の鎧を着ており、腰に騎士剣を納めている。どうやら騎士系の職業クラスを持っているようだ。

 残りの二人の女の内、一人は二十代前半で桃色の髪をした若い女だ。黒と白のシスター服を着ており、手には先端が十字架になっている銀色のロッドが握られていた。もう一人の女はクリーム色のマニッシュショートの様な髪型をした二十代半ばぐらいの背の高い女だ。胸元を大きく開いた赤い服の上に灰色の上着を着て、茶色のショートパンツを穿いている。そして矢筒を背負い、右手にはクロスボウガンが握られていた。

 ラルフの脇に控えているこの四人の男女こそがラルフが選び抜いた教会の異端審問官達なのだ。


「皆、こんな夜中によく集まってくれた」


 ざわつく冒険者達にラルフが少し大きめの声で語り掛ける。ラルフの声を聞いた冒険者達はざわつくのをやめてラルフに注目する。冒険者達が自分の話を聞く姿勢入ったのを見るとラルフは冒険者達を見ながら口を開く。


「依頼した時に聞いているとは思うが、念の為にもう一度確認しておくぞ? 今回お前達にはこの町に潜んでいる異端者の討伐に協力してもらう。その異端者は邪悪な者と契約をかわし、その力とモンスターを使ってこの町を滅ぼそうとしている。この町を守る為にも、教会の異端審問官達と共にその異端者とその異端者が操るモンスターの討伐してもらいたい」

「なあ、貴族様よぉ。その異端者って言うのはどんな奴なんだ?」


 一人の冒険者の男がラルフに異端者について尋ねた。他の冒険者達も気になり、ラルフの方を向いて彼が答えるのを待つ。するとラルフは目を閉じて首を横に振る。


「神に背き、この町を滅ぼそうとする異端者の名前など知る必要は無い。お前達はこの町を守る為に戦えばそれでいいのだ」


 質問に答えないラルフに冒険者達は少々納得できないような反応を見せる。だが、どうしても知りたいという訳でもなく、ラルフを追求する事はしなかった。

 ラルフはあえてその異端者がセルメティア王国の英雄であるダークと聖騎士のアリシアである事を冒険者達には話さなかった。英雄と言われているダークとアリシアの討伐を行うなどと話せば冒険者達が断る可能性があるからだ。

 そうなったら討伐の事が町中に広がり、マクルダムの許可を得ずに無断で異端審問官を動かした事もバレてしまう。それを防ぐ為にもラルフは異端者の詳しい情報を冒険者達に伝えなかった。


「それじゃあ、この依頼が成功すればたんまりと金が貰えるというのは本当か?」

「ああ、この町を異端者から守るという重要な依頼だ。報酬は事前に話した額を払おう」


 別の冒険者の質問にラルフは答え、それを聞いた冒険者達は驚きと興奮からまたざわつき出す。

 集まっている冒険者達は全員が五つ星と六つ星の冒険者達で二日前にラルフから今回の仕事を依頼された者達だ。この町に潜んでいる異端者を討伐するという内容から引き受けた正義感の強い者もいれば、その報酬目当てで引き受けたという欲深い者もいる。この仕事は冒険者ギルドを通さず、貴族から直接依頼された仕事なので報酬の額はかなりの物と言えるだろう。

 しかし、ラルフにとっては冒険者達が依頼を引き受けた理由などどうでもよい事だった。ただ、ダークとアリシアを処刑する為の人材が集まるのなら彼等の本心などはどうでもいい、ラルフは心の中でそう思っている。

 ラルフはざわつく冒険者達を落ち着かせて説明を続ける。ラルフの脇に控えている四人の異端審問官達は説明を聞く冒険者達を黙って見つめていた。


「異端者が潜んでいると思われる場所は二箇所ある。お前達には二手に分かれてその場所へ向かい、異端者を捜索してもらう」

「だけど私達は異端者の顔なんか知りませんよ?」

「分かっている。だから教会の異端審問官が二人ずつ同行する。異端者が隠れていると思われる場所を見つけたら手を出さずに異端審問官を呼び、彼等に異端者の討伐を任せろ。彼等は異端者が誰なのかを知っているからな。お前達はモンスターが現れたらソイツ等を倒すのだ」


 異端者の討伐は異端審問官に任せ、冒険者達には手を出すなと忠告するラルフ。その理由は異端者として狙っているダークとアリシアを見て冒険者達が真実に気付き、おおやけにする可能性があるからだ。全てを知っている異端審問官に二人を処刑をさせ、冒険者達に気付かれる事なく全てを終わらせて真実を闇に葬る事がラルフの狙いだった。

 それからラルフは冒険者達に細かい事を説明し、冒険者達はラルフの話を真面目に聞いた。説明が終わると冒険者達は二組に分かれ、自分達が担当する仕事を確認する。そして四人の異端審問官も自分達が同行するチームを決めた。


「チームが決まったらすぐに出発しろ。タイムリミットは夜明けまでだ。夜明けまでに異端者とモンスターを全て倒して再びこの広場に戻って来い」


 ラルフは依頼の制限時間を冒険者達に伝え、冒険者達は真剣な顔でラルフを見つめた。


「最後にこれだけは忘れないようにしろ? この依頼が終わった後も、今夜の事は絶対に誰にも口外するな。この国で最も安全と言われている首都に異端者とモンスターが潜んでいた、なんてことが町の住民達に知られるとそれこそ大混乱になるからな」


 町の住民達を混乱させない為にも今夜の依頼の事は誰にも言ってはいけないというラルフの注意を聞き、冒険者達は返事はしなかったが目で分かったと伝える。話が終わると冒険者達は自分達の装備と作戦について確認を始めた。

 冒険者達への説明が終わるとラルフは控えている四人の異端審問官を呼ぶ。シャトロームとラルフの計画を知っている彼等にもちゃん説明と確認をしておく必要があった。


「お前達、最初に話した通り、今回の計画は冒険者達に真実を悟られてはならない。排除対象であるダークとアリシア・ファンリードが冒険者達と接触する前に何としても始末しろ」

「分かっています。お任せください」


 小声で話すラルフを見て細目の男は笑いながら返事をする。その表情からは絶対に成功させるという余裕が感じられた。

 細目の男の名はディバン。元は六つ星の冒険者でアサシンを職業クラスにしている男。シャトロームにその腕を気に入られ、異端審問官としてスカウトされた。シャトロームにスカウトされたおかげか、教会に所属する身でありながら暗殺を得意とする職業クラスでも周りから邪険にされる事もなく普通に活動しているようだ。普段は温厚そうな態度を取っているが、任務が始まるとアサシンとしての本性を見せて容赦なく敵を暗殺する。

 ディバンが笑いながらラルフと話をしているとマニッシュショートの女が笑いながら二人の会話に参加して来た。


「でも、もし冒険者達にその事が知られちゃったらどうするの?」

「……その時は気の毒だが、その冒険者には消えてもらうしかない。これもシャトローム卿とこの町を守る為だ」

「あらそぉ? じゃあ、その役目はあたしが引き受けてあげるわ」


 ニッと不気味な笑みを浮かべながらマニッシュショートの女が背負っている矢筒から矢を一本抜いて尖った先端を舌で舐める。その姿を見たラルフは引く様な表情を浮かべ、ディバンも苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

 女の名はアーシュラ。ディバンと同じ異端審問官の一人を務める美女である。職業クラスは弓使い系の中級職であるハイ・アーチャーでクロスボウガンを使い、高い狙撃能力を持っており、戦技も使う事ができるので異端審問官としては優秀な存在だ。しかし、その性格は冷酷で、動けなくなった敵に近づき、至近距離で矢を放って甚振ったりなどするサディストな一面を持っており、一部を除いて教会の人間達から恐れられていた。そして、苦しむ敵を見て快楽を感じるという悪癖も持っている。

 アーシュラが楽しそうに矢をなめていると隣に立っているシスターが困り顔でアーシュラに声を掛けてくる。


「アーシュラさん、そのようなお顔をされるのはやめてください。異端者ではなく、普通の冒険者を手に掛けるのですから、せめて恐怖が少しでも和らぐように無表情で行わなければ……」

「あら、あたしがどんな顔でソイツを殺そうと関係ないじゃない。それにねテルフィス、アンタもシスターなのに罪も無い冒険者を殺す事には反対してないじゃない? それなのにあたしを悪者みたいに言うのはやめてよね」

「私は貴女のように人を傷つける事で快楽を感じたりなどはしません。それに冒険者達が死ぬ事になってもそれは教会の信頼を守る為、そして人々の平和の為の仕方のない犠牲なのです。ですから、冒険者の方々を犠牲にする事に反対はしません」

「うわぁ、無茶苦茶な事を言ってるわねぇ」


 笑いながらアーシュラはテルフィスと呼ぶシスターを見つめる。テルフィスは目を閉じ、ロッドを持ったまま神に祈りを捧げる様な姿勢を取った。

 テルフィスは教会に所属するシスターであると同時に異端審問官でもあるプリースト。職業クラスがプリーストである事から回復魔法や光属性の魔法を得意としており、仲間の後方支援を担当としている。シスターである事から優しくて正義感の強い性格で仲間のシスターからも慕われており、神への信仰心も強い。ただ、シャトローム程ではないが、テルフィスの信仰心や正義には少し問題があり、平和と正義の為には多少の犠牲は仕方がないという普通のシスターとは異なる考え方を持っていた。

 性格の違う三人の様子を見ながらラルフは呆れた様な顔を見せる。すると騎士風の異端審問官である男がラルフに近づいて来た。


「ラルフ卿、異端者と思われるダークとアリシア・ファンリードを処刑するのは分かりましたが、その者達の親族などはいかがなさいますか?」

「勿論、処刑しろ。異端者を庇うような事をする者は死んで当り前だ。例え異端者と知らなかったとしても、異端者の道を歩むような者の家族は裁かれて当然だ」

「成る程……」

「それとレオパルド、異端者と思われる、ではない。あの者達は間違いなく異端者だ」

「失礼しました」


 ラルフからレオパルドと呼ばれる騎士風の男は頭を下げて一歩後ろに下がる。自分の知りたかった情報を得たレオパルドはディバン達に声を掛けて任務の内容を確認した。

 レオパルドは真面目で四人の中では最年長である男だ。職業クラス重剣騎士じゅうけんきしという剣による戦いに特化したもので任務の時は最前線で異端者と戦っていた。剣の実力はかなりの物で戦技も扱う事ができる。彼もテルフィスと同じで正義感が強く、国や町の住民に危害を加える者には容赦しない。指揮官としての才もある為、大勢で任務を行う時も冷静に状況に応じて指示を出す優秀な異端審問官だ。

 ラルフは話し合いをしている四人の異端審問官を黙って見つめている。自分が選んだこの四人なら英雄と言われたダークとアリシアも必ず倒せるとラルフは思っていた。

 異端審問官達が任務内容の確認を終えると、それぞれ自分達が同行する冒険者達の下へ向かう。異端審問官達と合流した冒険者達は自分達は異端者が潜んでいる場所へ向かって移動を開始した。

 二つのチームはそれぞれ別々の道を進んで行き、その様子をラルフは教会の前で見ている。冒険者達の姿が見えなくなるとラルフは小さく笑い出した。


「フッ、明日には異端者であるダークとアリシア・ファンリードはこの世からいなくなっている。これで首都に平和が戻るという事だ」


 ダークとアリシアを異端者と完全に思い込むラルフは笑いながら教会の前から移動し、シャトロームに冒険者達が動いた事を知らせに向かった。

 広場から立ち去るラルフの様子を空から見下ろしている一つの影がある。ススメバチの様な姿をした中型の昆虫型モンスター、それはダークが以前召喚した他人を監視する事ができるウォッチホーネットだった。ウォッチホーネットはラルフが冒険者達を集めてダークとアリシアの討伐についての説明をしている時からずっと上空で彼等を監視していたのだ。ウォッチホーネットはしばらく教会前の広場を見下ろしてから二手に分かれたチームの片方を追って飛んで行く。

 同時刻、ダークの屋敷の一室ではダークとノワールが真っ暗な中でモニターレディバグが映し出している映像を腕を組みながら見ていた。映像にはウォッチホーネットが監視している冒険者達が人気の無い街道を固まって歩いている姿が映っている。その映像を見てダークとノワールは目を鋭くした。


「やっぱり、動き出しましたね」

「ああ、この数日、シャトロームが何もしてこない事が変でシャトロームの屋敷の周辺と奴の関係者の動きを見張らせていたが、やっぱり直接私達を狙って来たか。」

「マスターの読み通りになりましたね」


 映像を見ながらダークとノワールは低い声で話す。

 盗人が屋敷に侵入してから今日までダーク達はシャトロームがまた何かして来るのではと警戒していた。しかし、あの日から今日まで屋敷に怪しい者が近づく事も、町中で誰かに襲われる事も無くダーク達は普通に過ごしていたのだ。

 ダークは何も無い事が逆に不自然に思い、三日前からウォッチホーネットを使って色々調べていた。そして今日、シャトロームの部下であるラルフが大勢の冒険者を教会前に集めて何かを企んでいる事を知ったのだ。


「映像に映っている景色から、彼等はこの屋敷がある方へ向かっているみたいですね」


 ノワールはモニターレディバグの映像を見て冒険者達が何処へ向かっているのかを推理する。ダークも冒険者達の居場所からノワールと同じ事を考えていた。


「もう片方の冒険者チームは貴族達が住む住宅街がある方角へ向かっていた。きっと、ソイツ等はアリシアの屋敷へ向かっているのだろう」

「目的はマスターとアリシアさんの暗殺、ですかね?」

「それ以外には考えられん」


 ダークは映像を見つめながら僅かに不機嫌そうな声を出す。ノワールも映像に映る冒険者達をジッと睨んだ。ダークは今回のような事が起こると想定し、数日前からアリシアとアリシアの屋敷に住む者を全員自分の屋敷へ移住させた。よって現在、アリシアの屋敷には誰もいない。アリシア達が冒険者達に襲われる心配は無かった。だが、別の冒険者チームがダークの屋敷へ向かっている為、安心はできない。

 映像を見ながらダークは冒険者達が屋敷に到着する時間を計算する。すると部屋の扉をノックする音が聞こえ、ダークとノワールは扉の方を向いた。扉が静かに開いて鎧姿のアリシアとマティーリアが部屋に入って来る。


「どうだ、ダーク。何か変化はあったか?」

「ああ、冒険者の一団が此処と君の屋敷へ向かっている」

「何?」


 ダークからの報告を聞いてアリシアはダークの隣に来てモニターレディバグが映し出す映像を見る。マティーリアもアリシアと一緒に映像の中に冒険者を見た。


「チッ、まさか本当に来るとはのう……それで、人数はどのくらいなのじゃ?」

「今映像に映っているチームは十人で構成されており、もう一つのチームにも同じ人数だった。そして二つのチームに二人ずつ、他の冒険者達と雰囲気の違う者がいる。恐らく、ソイツ等がシャトロームの部下、異端審問官だろう」

「つまり、異端審問官を含めて、合計二十人という事か……若殿とアリシアを倒す事が目的なのに随分と人数が少ないのう?」

「シャトロームは私とアリシアの本当のレベルを知らない。陛下や城の連中にはレベル60と伝えてあるから奴も私達をレベル60の冒険者と騎士と思っているはずだ。だから十人くらいで倒せると思って、あの人数しか用意しなかったのだろう」

「フン、完全に甘く見ておるな、あのガキどもめ」


 マティーリアは険しい顔で低い声を出す。自分の上に立つダークを小物扱いされている事に不快な気分になったようだ。

 不機嫌な様子のマティーリアをそのままにダークは映像に視線を戻し、冒険者達の動きを観察する。映像を何度も切り替え、自分の屋敷に向かっている者達とアリシアの屋敷に向かっている者達がどんな状況で何処にいるのかなどを細かくチェックした。


「ダーク、彼等が屋敷にやって来たらどうするつもりなのだ? やっぱり戦うのか?」


 アリシアは冒険者達に対してダークはどう対応するのか気になり、チラッとダークの方を見ながら尋ねる。ダークは一度アリシアの方を向いて彼女の顔を見てから再び映像に視線を戻した。


「異端審問官はともかく、冒険者の中にはターゲットが私と君だという事を知らない者もいるだろう。そんな者達と私は戦う気は無い。だが、金や名声に目が眩んで私達を殺そうとする者であれば、私は戦う」

「そうか……」


 ダークの答えを聞いたアリシアは呟きながら映像を見つめる。ダークが冒険者とも戦う覚悟を決めているのなら自分も同じ気持ちで戦わないといけない、アリシアはそう考えながら腰に納めてあるエクスキャリバーを握って戦う事を決意した。


「しかしダーク、彼等と戦うにしても屋敷の前で戦う気か? 首都の中で騒ぎを起こすのは色々とマズいと私は思うのだが……それに今、私の屋敷には誰もいない。そっちへ向かった冒険者達はどうするのだ?」

「心配するな、そっちの方もちゃんと手は打ってある」


 落ち着いた様子でダークはアリシアの質問に答える。アリシアはダークがどんな方法を取ったのか分からず、ただ難しい顔で小首を傾げた。

 静かな街道を冒険者達はダークの屋敷を目指して進んでいた。先頭には異端審問官のディバンとアーシュラが歩き、その後ろを八人の冒険者が続いている。冒険者達は緊張した様な表情を浮かべながら歩いているが、ディバンとアーシュラは笑みを浮かべていた。


「ねぇねぇ、その排除対象の英雄ってどのくらい強いの?」


 アーシュラは隣を歩くディバンにダークの強さについて尋ねる。異端者がダークである事は冒険者達には秘密なので彼等に聞こえないよう小声で訊く。するとディバンも小声で質問に答えた。


「エルギス教国との戦争に参加した兵士さんから聞いた話では、当時王国軍の最終防衛拠点であったジェーブルの町に攻め込もうとした約六百人のエルギス教国軍の部隊を僅か一時間程で殲滅させたと聞きました」

「うっそぉ? あり得ないでしょう、そんな事。英雄級の実力者でも絶対に無理な事よ」

「そうですね、普通の人間なら不可能でしょう。ですが、彼は特別なアイテムを使って自身を強化し、その状態で敵部隊を倒したと言っていたそうです。直轄騎士団の騎士の一人も彼が戦う光景を目にしたそうですよ?」

「特別なアイテムねぇ……あたしはアイテムじゃなくって、邪悪な者と契約をかわして得た力で敵を殲滅させた、と思っているわ」

「私もです。六百近くの敵を倒せるくらいに強くなれるアイテムなど存在するはずがありませんから」


 ディバンとアーシュラはダークがエルギス教国で敵を倒したのはマジックアイテムではなく、邪悪な契約によって得た力を使ったからだと考えながら小声で話す。二人もダークが異端者であると完全に信じ込んでいた。冒険者達は前を歩く異端審問官の二人が何を話しているのか分からずにただ黙って二人の後に続く。

 しばらく歩き、冒険者達はダークの屋敷の近くまでやって来た。木などの陰に隠れながら数十m先に見える広場の真ん中に建っている屋敷を見つめている。冒険者達は異端者が潜んでいる屋敷が目の前にある事に緊張しているのか表情が鋭くなっていた。

 ディバンとアーシュラは屋敷の周りに見張りなどがいない事、屋敷の明かりだついていない事を確認すると隠れている冒険者達に声を掛けた。


「皆さん、あそこがこの町を災いをもたらす異端者が潜んでいる屋敷です。これから私達はあの屋敷に侵入し、異端者を見つけて神の裁きを与えます。四人は屋敷の外を見張り、異端者が隠しているモンスターがいないかを探してください。そして、異端者らしき人物が屋敷の外に出てきたら絶対に逃がさず、取り押さえてください」


 周りにいる冒険者全員に聞こえるくらいの大きさの声で語り掛けるディバン。冒険者達は語り掛けて来るディバンに視線を向けて真剣な顔で聞いていた。

 アーシュラは持っているクロスボウに矢を装填し、いつでも撃てる準備をしている。不気味な笑みを浮かべ、早く戦いたいとウズウズしているようだ。

 ディバンが話を終えると冒険者達は姿勢を低くし、物音を立てないよう静かに屋敷へ向かって歩き出す。ディバンとアーシュラも冒険者と共に屋敷へ向かって歩き出した。冒険者達は固まりながら慎重に屋敷の敷地内へ入る。すると、冒険者達が敷地へ入った瞬間に彼等の足元に水色の魔法陣が突然展開され、それに気づいた冒険者達は驚き足を止めた。


「な、何だこれは!?」

「ま、魔法陣?」

「これは……」


 魔法陣に驚く冒険者達と光る足元を見ながら僅かに驚くディバン。アーシュラや他の冒険者達も驚きながら魔法陣を見ていた。

 屋敷の中ではダーク達が冒険者達に気付かれないように窓から外の様子を眺めている姿があった。


「あれは……」

「上手く発動したようだな」


 外の光景を見て驚くアリシアと仕掛けが上手く発動したのを見て呟くダーク。冒険者達の足元に展開された魔法陣こそがダークがアリシアに言っていた事だったのだ。

 ダーク達が見ている中、魔法陣の光は強くなり、冒険者達の姿が見えなくなるくらいになった。光り出してからしばらくすると魔法陣の光が治まる。そこには冒険者達の姿は無かった。

 冒険者達の姿が消えた事にアリシアとマティーリアは驚きながら外を見つめた。


「き、消えた! ダーク、彼等はどうなったんだ?」

「……転移型の罠に掛かったんだ。あれで奴等には戦いに相応しい場所へ移動してもらった」


 外を見ながらダークはアリシアの質問に答える。アリシアとマティーリアは戦いに相応しい場所、という意味がよく分からずにまばたきだけをしていた。


「……さて、奴等は罠に掛かった。ノワール、お前も手筈通りに頼んだぞ」

「ハイ、マスター」


 ダークが肩に乗るノワールに声を掛けるとノワールは肩から飛び上がり、小さな前脚で扉を開けて部屋から出て行った。ダークはノワールが部屋から出ると再び窓から外を見て目を赤く光らせる。


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