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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第九章~邪心の異端審問官~
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第九十五話  道を誤る信仰者


 ダークの下着姿を見てアリシアが絶叫した後、三人はダークの部屋へと入った。アリシアは来客用の椅子に座り、頬を赤く染めながら目を閉じて不機嫌そうな顔をしている。

 椅子に座るアリシアの後ろではダークが着替えており、ノワールはベッドの上に乗って申し訳なさそうな顔でアリシアを見ていた。


「いやぁ、悪い悪い。まさかこんな朝早くから君が来るとは思わなかったからついつい裸で廊下に出ちまったよ」

「だ、だからと言って服も着ずに部屋の外へ出るやつがあるか、恥ずかしい! それにあの鬼姫ききがいるんだから彼女と鉢合わせる事を考えて服を着て出るのが普通だろう!」

「いや、アイツはそういう事にはあまり関心が無いから、別に男の裸を見ても恥ずかしがる事もないんだよ」


 普段着を着たダークはLMFのメニュー画面を開いて素早く操作し、いつも着ている闇騎士王の鎧を選択した。するとダークが着ている普段着が光り出し、いつもの漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーへと変わる。ただ、兜だけは装備しておらず素顔を見せていた。

 着替えが終わるとダークはアリシアの前へ移動し、置かれてあるもう一つの椅子に座りアリシアと向かい合った。アリシアも薄っすらと目を開けてダークがいつもの格好になったのを確認すると小さく息を吐く。アリシアの表情からして、緊張が解けてどっと疲れが出たようだ。

 ダークとアリシアが座って向かい合うと二人の下にノワールが飛んで来てダークの肩に乗る。そしてアリシアを見ながら頭を下げた。


「すみません、先にマスターが入浴している事を伝えるべきだったんですが、なかなか言い出せなくて……」

「いや、気にしなくていい。私も一方的にダークに会わせてほしいと言ってノワールの話を聞かなかったからな」


 謝るノワールを見ながらアリシアは苦笑いを浮かべる。そんなアリシアを見てノワールはもう一度頭を下げて謝った。

 二人が話す姿をダークは小さく笑いながら見ている。だがすぐに真剣な表情へと変わり、椅子に座りながらアリシアを見つめた。アリシアとノワールも真剣な表情となったダークを見て気持ちを切り替え、ダークの顔を見る。


「……アリシア、君がこんな朝早くに訪ねて来たのは、昨夜君の屋敷にも泥棒が侵入したからだな?」

「気付いていたのか?」

「昨夜、俺達のところにも泥棒が侵入して来た。俺とノワールは眠っていたが、見回りをしていた鬼姫と屋敷内に配備させておいた警備のモンスターが追い返してくれたから何も盗られてはいない」

「ああ、それはノワールから聞いている……その侵入して来た盗人、やはりシャトローム卿が差し向けた盗人なのか?」

「さあな? 逃がしちまったからその泥棒がどんな奴なのかは分からないし、シャトロームが送りこんだ奴だという証拠も無い。だが、俺はシャトロームと繋がっていると思っている」

「私もだ」


 ダークとアリシアは二人とも昨夜自分達の屋敷に忍び込んだ盗人がシャトロームの差し向けた者だと確信し、真剣な表情で向かい合う。だが、盗人を捕らえる事ができなかった為、シャトロームと繋がっているという証拠などは何も無く、シャトロームを追求したりする事はまだできない。二人は次に同じような事が起きれば必ず盗人を捕まえて証拠を手に入れようと考えていた。


「でも、どうしてアリシアさんの屋敷にまで泥棒が侵入したのでしょう? そのシャトロームとか言う貴族が異端者にしたいのはマスターだけのはずですよ?」


 ノワールはなぜアリシアの屋敷にも盗人は侵入したのか、ずっと疑問に思っている事を口にする。ダークとアリシアはノワールの疑問を聞き、チラッと彼の方を向いた。


「私がダークと共にエルギス教国との戦争で多くの敵兵を倒し、モンスターを操っていた事は陛下や上位の貴族達は全員知っている。勿論、シャトローム卿もだ」

「きっと奴は俺と同じ強大な力を持ち、モンスターを操れる事からアリシアの事も異端者ではないかと考えて泥棒を送り、異端者である証拠を探そうとしていたんだろう」


 ダークとアリシアは自分達が導き出した答えをノワールに話す。そう、昨夜アリシアの屋敷に忍び込んだ男が探していたのはアリシアが異端者であるという証拠だったのだ。

 ノワールは二人の話を聞き、僅かに不愉快そうな顔をする。ダークだけでなく、聖騎士であり王国の騎士団に所属しているアリシアまでも異端者として見ているシャトロームの考え方がノワールは気に入らなかった。


「彼からしてみれば、普通の人間とは違う何かを持っていれば王国の騎士であるアリシアさんまでも異端者と見る訳ですか。そのシャトロームと言う人、元神官長だとしても考え方が異常すぎます」

「確かに、これじゃあコレット様が毛嫌いするのも無理はない」

「マスター、これからどうしますか?」

「証拠が無ければ何もできない。もうしばらく相手の様子を見るしかない」


 今は何もせずに敵が動くのを待つ事しかできない状況にノワールは悔しそうな顔をする。ダークも自分を嗅ぎまわろうとするシャトロームに少しイライラした様子だった。

 アリシアは不機嫌そうなダークとノワールを黙って見ている。すると、何かを閃いたのか椅子から立ち上がった。


「そうだ、ダーク。以前遠くの光景を見る事ができるモンスターを召喚したではないか。あれを使って証拠を掴むというのはどうだ?」

「遠くの光景を見る? ……ああぁ、ウォッチホーネットとモニターレディバグの事か」


 ダークはコレットが暗殺されかけた件で首謀者と思われるガーヴィン・ラパルタンの屋敷を偵察する時に召喚した二匹の昆虫族モンスターの事を思い出す。

 モニターレディバグはウォッチホーネットが見た光景を背中から立体映像にして見せる事ができる。コレットの一件後、モンスター達はダークの屋敷の周りに見張りとして配備されていた。昨夜の盗人もウォッチホーネットが確認し、モニターレディバグが映像にしてそれを見た鬼姫が盗人の対応したのだ。

 アリシアはそれを上手く使えばシャトロームが自分達を異端者にしようとしているという証拠を掴めるのではと考えていた。するとダークはアリシアの顔を見ながら首を横に振る。


「残念だが、それは難しいと思うぜ? 確かにウォッチホーネットならシャトロームを監視する事ができる。だが、アイツ等は映像を見せる事はできても声を聞く事はできない。声が聞こえないんじゃ、シャトロームが何を言ってどんな会話をしているのかも分からない。俺達を異端者にしようとしているという証拠は得られないだろう」

「そうか、いい案だと思ったんだがな……」


 モンスターを使った方法では証拠は得られない事にアリシアはガッカリしながら椅子に座る。それからアリシアは他に証拠を得る方法はないかと考えるが結局何も思い付かなかった。

 いい案が浮かばずにアリシアは小さく溜め息を付いた。するとアリシアの腹部から小さな音が聞こえ、それを聞いたダークとノワールはアリシアの方を向く。朝食を取ってこなかった為、空腹でアリシアの腹の虫が鳴ったのだ。

 アリシアは自分の腹の音を聞かれた事で顔を赤くして恥ずかしがる。そんなアリシアを見たダークは小さく笑った。


「もしかして、朝飯食べて来なかったのか?」

「し、仕方ないだろう? 早く貴方に盗人の事を知らせるべきだと思って起きてすぐに屋敷を出たのだから……」

「ハハ、そうだったのか」


 恥ずかしがるアリシアを見てダークは笑いながら立ち上がる。そして座っているアリシアを見下ろしながら親指で廊下の方を指した。


「俺達もこれから朝飯だけど、君も食べて行くか?」

「……それじゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらう」


 朝食に誘うダークを見てアリシアは少し悩んだが、折角誘ってくれているのに断るのは申し訳ないという気持ちと、何か食べたいという空腹感から素直に申し出を受ける事にした。

 僅かに顔を赤くするアリシアを見てダークは笑みを浮かべ、机の上に置かれてあるハンドベルを鳴らして鬼姫を呼び、アリシアの分の朝食も作るように言う。鬼姫は嫌な顔一つせずにダークの命令を聞き、静かに厨房へ移動する。それからしばらくして朝食が出来上がり、ダーク達は朝食を取る為に食堂へ向かった。

 朝食を済ませるとアリシアは仕事へ向かう為に玄関へ移動し、ダーク達もアリシアを見送る為に一緒に玄関へ移動した。例え自宅に盗人が侵入した翌日でも騎士団の仕事は普通にあるのでアリシアは職場へ行かなくてはならない。何よりも盗人の事を騎士団の詰め所にいる仲間やマーディングに知らせなくてはならなかった。しかし詰め所へ行く前に自宅にいるマティーリアを連れて来る必要がある為、一度自宅へ戻る必要があったのだ。

 玄関前に来るとアリシアは見送りに来ていたダークとノワール、鬼姫を見て笑みを浮かべる。


「ご馳走になったな? このお返しはいつか必ずする」

「大袈裟だな、たかが朝食ぐらいで」


 アリシアを見ながらダークはニッと笑い、肩に乗るノワールも小さく笑っている。ダークとノワールを見ていたアリシアはチラッと目を閉じて控えている鬼姫に視線を向け、そっと声を掛けた。

 

「鬼姫、とても美味しい朝食だった」

「ありがとうございます」

「もし良ければ、今度私に料理を教えてくれないか?」

「ハイ、私でよろしければ、喜んで」


 微笑んで返事をする鬼姫を見てアリシアも笑みを返す。ダークとノワールは笑って見つめ合うアリシアと鬼姫を黙って見守っていた。

 挨拶が済むとアリシアは玄関の方へ歩いて行き、扉を開けようとドアノブに手を伸ばす。すると突然、玄関をノックする音が聞こえ、アリシアは驚いて手を止め、ダーク達もフッと反応した。

 ダークは素顔を見られないように急いでフルフェイスの兜を被って顔を隠し、アリシアもゆっくりと下がってダークの隣まで移動する。アリシアが玄関の扉から離れると控えていた鬼姫がゆっくりと扉の前まで移動した。


「どちら様ですか?」


 鬼姫が少し低い声で扉の向こうにいる人物に尋ねる。返事はすぐには来ず、しばらくの沈黙の後で若い女の声が扉の向こうから聞こえて来た。


「……私だ、メノルだ」


 コレット専属のメイドであるメノルが訪ねて来た事を知り、ダーク達は僅かに驚く。鬼姫は振り返り、ダークに扉を開けてよいかと目で尋ねる。こんな朝早くにメノルが訪ねて来るのには何かあると感じたダークは鬼姫を見ながら頷き、扉を開ける事を許可した。許可を得た鬼姫は鍵を開けて扉を開ける。そこにはメイド服の上から薄い茶色のフード付きマントを着ているメノルが立っていた。


「お入りください」


 鬼姫はメノルを屋敷に招き入れ、メノルはチラッと後ろを見た後に素早く屋敷の中へと入った。

 メノルが屋敷の中に入ると鬼姫は静かに扉を閉めて鍵をかけた。背後から扉の閉まる音が聞こえるとメノルは顔を隠していたフードを下ろして息を吐く。ダーク達は少し疲れた様子を見せるメノルを黙って見つめた。


「こんな朝早くに訪ねて来て申し訳ない」

「構いません。それよりも、どうしたのですか?」


 ダークは暗黒騎士としての声と口調でメノルに訪ねて来た理由を訊く。メノルはすぐにダークの問いには答えず、ダークの隣に立っているアリシアを見てからダークの質問に答えた。


「アリシア殿がダーク殿とご一緒なら丁度いい。実はダーク殿だけでなく、アリシア殿にも用があったのだ」

「私にも? どういう事です?」


 アリシアが真剣な顔でメノルに尋ねる。メノルはダークとアリシアを見ながら静かに口を動かした。


「それをお話しする前にお二人にお聞きしたい事がある……昨日、私とコレット様がダーク殿の屋敷を去った後、何か変わった事は起きなかったか?」


 メノルの質問にダークとアリシアは反応する。そしてすぐに真夜中に盗人が二人の屋敷に侵入した出来事が頭を過った。

 ダークとアリシアはメノルに昨夜の出来事を話した。それを聞いたメノルは最初は驚きの表情を浮かべていたが、すぐに舌打ちをしながら不愉快そうな顔を見せる。


「やはりそうだったか……やってくれる」

「どういう事ですか?」

「……実は今朝、シャトローム様が陛下に会いに登城されてこられた」

「シャトローム卿が?」


 アリシアが尋ねるとメノルは頷いた。メノルは真剣な表情のままシャトロームが登城して来た理由を二人に話す。


「……ダーク殿とアリシア殿が異端者である証拠を手に入れたと陛下に話しに来たのだ」

「何ですって!?」


 メノルの口から出てとんでもない事実にアリシアは声を上げる。ノワールと鬼姫は驚いた表情を浮かべており、ダークは何も言わずに黙ってメノルの話を聞いていた。


「一体どういう事ですか?」

「落ちつけ、今から説明する……今朝早くコレット様と城を散歩していた時の事だ」


 アリシアを見ながらメノルは王城での出来事をダーク達に詳しく説明し始めた。


――――――


 二時間ほど前、王城の廊下をコレットとメノルは静かに歩いていた。朝食を終えて勉強の時間までの間、気分転換をする為にコレットは王城の中庭に向かっており、メノルもそれに付き添っているのだ。


「メノル、今日は最初に何を勉強するのじゃ?」

「ハイ、本日は音楽のお勉強からです」

「ハァ、音楽か……またピアノの練習をしなければならんのか……」


 めんどくさそうな顔をしながら歩くコレットを見てメノルは呆れ顔で溜め息を付いた。昨日ダーク達と再会して気分転換ができたのだからコレットも次の日の授業を真面目に受けてくれるだろうと思っていたが、いつものように勉強をめんどくさがっている。そんなコレットに対しメノルは疲れを露わにしていた。

 二人がそんな会話をしながら廊下を歩いていると、数m先にある部屋の中から男の声が聞こえて来た。その声を聞いたコレットは足を止めてフッと声の聞こえる部屋を見る。


「何じゃ?」


 コレットは不思議そうな顔で声の聞こえる部屋の方へ向かい、メノルもそれのついて行く。部屋の前に来たコレットは扉に耳を当てて何の話をしているのか聞き始める。


「姫様、盗み聞きなんてよくありませんよ?」

「シーッ」


 注意するメノルにコレットは口に指を当てながら静かにするよう伝える。メノルを黙らせると再びコレットは扉に耳を当てた。中からは少し興奮した様なシャトロームの声が聞こえ、他にもマクルダムとザムザスの声も聞こえる。シャトロームがいる時点でコレットはダークが関係している話だと感じ、表情を鋭くした。

 小さな部屋の中では椅子に座るマクルダムとザムザスが机を挟んで向かいの椅子に座っているシャトロームを見ている。二人とも真剣な表情でシャトロームを見ており、シャトロームは二人を見ながら小さく笑っていた。そして机の上には細かく何かが書かれた羊皮紙が二枚置かれてある。


「……これが、ダークが異端者であるという証拠だと?」

「ハイ、その通りです」


 机の上に置かれてある羊皮紙についてマクルダムがシャトロームに尋ねるとシャトロームは笑いながら頷く。外にいるコレットはそれを聞いて驚きの表情を浮かべた。


「ば、馬鹿な……ダークが異端者である証拠じゃと?」

「姫様、どうされたのですか?」

「……シャトロームの奴がダークが異端者である証拠を見つけてそれを父上に見せているようじゃ」

「何ですって?」


 コレットの説明を聞き、メノルも扉に耳を当てて会話の内容を聞こうとする。コレットはメノルをジト目で見上げ、お前も盗み聞きしているじゃないか、と心の中で呟いた。すると部屋の中からザムザスの声が聞こえ、コレットは耳を扉に当てて会話を聞く。

 

「……シャトローム、お主これを何処で手に入れたのじゃ?」

「ハイ。昨夜、町を巡回していた警備の兵士がフード付きマントを着た不審な男を見つけ、その者を捕らえて調べたところ、持ち物にこの羊皮紙があったと捕らえた兵士から聞きました。そして、その羊皮紙にあの黒騎士ダークが邪悪な者と契約を交わした事が書いてあると聞き、私が預かって来たのです」

「巡回していた兵士が……それで、どうしてその男はこの羊皮紙を持っていたのじゃ?」

「ハッ、取り調べた兵士によると金目の物が欲しくて、英雄と言われた冒険者の屋敷に侵入したが、値打ちのありそうな物が見つからずこの羊皮紙だけを盗んだとの事です」

「ほほぉ……」


 シャトロームの説明をザムザスは真剣な顔で静かに聞いている。隣に座るマクルダムもジッと机の上に置かれている異端者である証拠だという羊皮紙を見つめていた。外ではコレットとメノルが愕然とした顔で会話を聞いている。


「一枚はダークが異端者である証拠だとして、もう一枚は何だ?」

「ハイ、こちらも異端者である事を証明する物です」

「これもダークの物なのか?」

「いいえ……これは調和騎士団に所属しているアリシア・ファンリードの屋敷から見つかった物だそうです」

「何?」


 マクルダムはもう一枚の羊皮紙が何なのかを知って驚きの反応を見せる。ザムザスや外にいるコレットとメノルも驚きの表情を浮かべていた。


「どういう事だ? なぜその盗人の男はダークだけでなく、ファンリードの持ち物まで持っている? そもそもどうしてファンリードの屋敷に異端者である証拠があるのだ?」


 シャトロームを見つめながらマクルダムは当然の疑問を口にする。シャトロームはマクルダムとザムザスを見ながらアリシアの屋敷から見つかったとされる羊皮紙の上に手を乗せた。


「この羊皮紙は兵士が捕らえた男が仲間から預かった物だそうです。男の仲間はファンリードの屋敷に金目的で侵入し、金目の物を探している時に羊皮紙を見つけたそうです。その時に屋敷の者に見つかり、それだけを盗んで逃げたらしいと捕らえた男は白状したそうです」

「それが男がもう一枚の羊皮紙を持っていた理由か?」

「ハイ、そしてファンリードの屋敷でその羊皮紙が見つかった事についてですが……私はアリシア・ファンリードもダークと同じ邪悪な者と契約を交わしたと思っております」


 アリシアも異端者であると口にするシャトロームにマクルダムの目元が僅かに動く。外にいるコレットとメノルはそれを聞いてピクッと反応した。

 ダークだけでなく、アリシアまでも異端者と言うシャトロームを見てザムザスは僅かに険しい表情を浮かべる。マクルダムは表情を変える事なくジッとシャトロームを見ていた。


「あの聖騎士はエルギス教国との戦争中、ずっとダークと共に行動し、モンスターを操っていたと聞いています。あの者もダークと同じで邪悪な者と契約をかわし、強い力を得たに違いありません。それなら戦争中に多くのエルギス教国の兵士達を簡単に倒せたのも納得がいきます。何よりもあの者達は普段から共に行動をしております。異端者同士、密かにあって何かよからぬ事を企んでいるに違いありません!」


 完全にアリシアを異端者と決めつけ、ダークと何かを企んでいると考えるシャトロームは僅かに声に力を入れてマクルダム達に語る。マクルダムとザムザスは何も言わずに黙ってシャトロームの話を聞いていた。

 シャトロームが持ってきたダークとアリシアが異端者である証拠だという二枚の羊皮紙、勿論これは本物ではない。シャトロームが用意した真っ赤な偽物だ。そして、ダークとアリシアの屋敷に忍び込んだ盗人もダーク達が想像していた通り、シャトロームが送りこんだ者達だった。

 ダークを異端者として捕らえたいシャトロームはダークの屋敷に盗人を送って異端者である証拠を見つけようとした。そしてダークと行動を共にするアリシアもダークと同じ異端者だと考えており、彼女の屋敷にも盗人を送って彼女が異端者である証拠を探させたのだ。しかしダークの屋敷に侵入した者は鬼姫によって追い返され、アリシアの屋敷に忍び込んだ者もアリシアに見つかり、結局二人が異端者である証拠を手に入らなかった。

 何も証拠が得られなかった為、結局シャトロームは自分でダークとアリシアが異端者であるという偽の証拠を作る事にした。そして、自分が偽の証拠を作った事がバレないように細かく計画を練り、巡回中の兵士が盗人の男を捕らえ、二人の屋敷から盗み出したと羊皮紙を押収したとマクルダムに嘘の報告をしたという訳だ。


「陛下、これでお分かりになられましたか? あの黒騎士はやはり邪悪な者と契約を交わした異端者だったのです。そしてアリシア・ファンリードも聖騎士でありながら異端者となった愚かな者、あの者達をこれ以上野放しにしておく訳にはいきません。異端審問官をあの者達に送りこむ許可をお出しください!」


 ダークとアリシアが異端者である証拠を付きつけ、シャトロームはもう勝利を確信した様な気持ちになる。ザムザスは不快そうな顔でシャトロームを見た後に隣に座るマクルダムに視線を向けた。マクルダムは目を閉じ、腕を組みながら黙り込んでいる。

 外で話を盗み聞きしていたコレットとメノルは扉から耳を離して扉の前に立っている。メノルは複雑そうな顔で扉を見ているが、コレットは険しい顔で扉を睨んでいた。コレットはシャトロームが提出した証拠の羊皮紙は絶対に偽物だと確信していたのだ。


「シャトロームめぇ! 遂になりふり構わぬ行動に出おったなぁ。偽の証拠を出して異端審問官を送りつける許可を得ようなど、それこそ神に背く行動ではないか……今すぐにアイツを引っ叩いてやるわ!」

「姫様、落ち着いてください。シャトローム様が提出した証拠が偽物であるとしても、それを証明する証拠はどこにもありません」

「ではどうするのじゃ? このままでは父上はシャトロームに異端審問官を送りこむ許可を出してしまうぞ!」


 コレットの言葉にメノルは何も言わずに黙ってコレットを見つめていた。コレットはメノルを見上げながら手を強く握り震わせている。

 部屋の外でコレットとメノルが言い合いをしている中、シャトロームは余裕の表情を浮かべながらマクルダムが許可を出すのを待っている。やがて目を閉じていたマクルダムが目を開けて口を開いた。


「……許可は出せん」

「え?」


 シャトロームはマクルダムの口から予想もしていなかった答えが出た事に驚き思わず聞き返す。外にいたコレットとメノルも部屋から聞こえて来たマクルダムの答えに意外そうな反応をした。


「な、なぜです、陛下? あの者達が異端者である証拠が此処にあるのに、なぜ許可をお出しにならないのですか?」


 マクルダムの答えに納得が行かず、シャトロームは立ち上がって机の上の羊皮紙を指差しながら尋ねる。するとザムザスが机の上の羊皮紙を手に取り、シャトロームに見せながらマクルダムの代わりに質問に答えた。


「理由は簡単じゃ。この羊皮紙が全く証拠として見られないからじゃ」

「え?」

「まず、なぜ盗人がこれを持っておったかが問題じゃ。金目の物を盗みに屋敷に侵入したのであれば、他にもいろんなものがあったはず。なぜこんな明らかに値打ちの無い様な羊皮紙を盗んだのじゃ?」

「わ、私に訊かれましても……盗人の考えている事はよく分かりません……」

「それだけではない。ダーク殿の屋敷はともかく、なぜ貴族であるファンリードが住む住宅街に盗人が侵入できた? あそこは兵士達が住宅街の入口を警備しており、怪しい者は入れないようになっておる。つまり、その盗人は何者かの手引きで住宅街に入ったという事になる」


 低い声で話すザムザスを見てシャトロームは僅かに汗を流す。証拠の羊皮紙が自分が作った物だとバレるのではと心の中で不安になって来ているようだ。


「そもそも、巡回中の兵士がその男を捕らえて羊皮紙を押収したのであれば、どうして調和騎士団を管理しているマーディングから陛下に報告が来ない? ダーク殿が関わっている事であればあの者は必ずこの羊皮紙を持って報告するはずじゃ……なぜ調和騎士団が押収した物をお主が持っておる? マーディングがこんな物を素直にお主に渡すとは思えんのじゃが?」

「い、いや、それは……」

「何よりも、この羊皮紙を持っていたのが盗人であるという時点で信用性に欠けておる。盗人が持っているような物など偽物である可能性が高いと考えるのが普通じゃ……シャトローム、お主はどうしてこれを本物だと思ったのじゃ?」


 ザムザスの問いに一つも答えられず、シャトロームは黙り込む。完全にその場の空気はザムザスのペースになっていた。外で会話を聞いていたコレットはシャトロームが押されている事で気分がいいのか笑っている。


「……ザムザスの話した通りだ、シャトローム。この本物とは思えない証拠ではダークとファンリードを異端者と判断できん。よって、異端審問官を送りこむ許可は出せん」

「し、しかし、陛下!」

「これ以上、この件で話す事は無い……下がれ」


 低い声で退室するようシャトロームに告げるマクルダム。シャトロームはマクルダムの口調からこれ以上話を続けようとすればマクルダムの機嫌を損ねる事になると感じ、それ以上は何も言わなかった。

 実はマクルダムはシャトロームが提出した証拠が偽物ではないかと最初から疑っていた。ダークが邪悪な者と契約をする様な人間ではないという考えもあったが、ザムザスが話した証拠の不審な点に気付き、羊皮紙はシャトロームが用意した偽物ではないかと感じていた。本来ならシャトロームを追求するべきなのだが、シャトロームが偽物を用意したという決定的な証拠が無い事と、シャトロームの様子を窺おうという事から追求しなかったのだ。

 シャトロームは用意した証拠を手にし、部屋の出入口へと歩いて行く。コレットとメノルは近づいて来る足音を聞いて慌てて扉の前から移動し、通路の端の置いてある大きな壺の陰に隠れる。その直後、扉が開いてシャトロームが出て来た。シャトロームは部屋の方を向き、中にいるマクルダムとザムザスに一礼をしてから扉を閉め、コレットとメノルが隠れている壺がある方へ歩き出す。


「……クソォ、もう少しだったのに!」


 マクルダムから許可が下りなかった事に腹を立てるシャトローム。ブツブツ言いながら壺の前を通過し、陰に隠れているコレットとメノルに気付く事無く歩いて行く。コレットとメノルは離れていくシャトロームをジッと見つめていた。


――――――


 メノルはダーク達に自分とコレットが聞いたマクルダム達の会話の内容を話した。シャトロームが自分で作ったと思われる証拠を提出して異端審問官を送りこもうとした事、マクルダムとザムザスが証拠の不審な点に気付き、シャトロームを止めた事など、王城で聞いた事を全てダーク達に説明する。

 ダークはメノルの話を聞いて昨夜の盗人はシャトロームが送り込んだ者だと確信し、同時にシャトロームに対して僅かに不快な気分になった。アリシアはシャトロームが自分を異端者に仕立て上げようとしていた事を知り、僅かに表情が鋭くなる。前から自分が異端者と見られるかもしれないと感じていた為、アリシアはショックを受けた様子は見せなかった。


「……これが私とコレット様が聞いた陛下とシャトローム様の会話だ」

「やはり奴の仕業だったか……しかし、証拠が手に入らなかったからと言って、自分で証拠を作り、私とアリシアを異端者に仕立て上げようとは、神を信仰する者のやる事とは思えんな」

「まったくですね」

 

 神を信仰するシャトロームが他人を欺いて異端者でない者を異端者にしようというやり方に矛盾を感じるダークとノワールは低い声で呟く。アリシアとメノルもダークと同感なのか何も言わずに黙っている。もはやシャトロームは信仰者ではなく、自分の気に入らない物を陥れようとするただの小悪党でしかないとダーク達は考えていた。

 メノルから話を聞いたダーク達は黙り込みエントランスは沈黙に包まれる。すると、その沈黙を掻き消すかの様にアリシアが口を開いた。


「しかし、これでシャトローム卿も私とダークを異端者として捕らえようなどと言う考えや行動は起こさないだろう」

「だといいのだがな……」


 安心した様子を見せるアリシアとは逆にダークはまだ警戒をしている様子を見せていた。

 ダークはこれぐらいでシャトロームが諦めるとは思っておらず、また何か仕掛けて来るかもしれないと感じている。シャトロームが次の行動を起こす前にこちらも何か手を打っておこうとダークは考えた。


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