第九十四話 アリシアに迫る闇
ダークの屋敷を出たコレット達は王城へ戻る馬車の中で難しい顔をしている。王国を救った英雄を異端者と考えて処分しようとしているシャトロームをどうするか、コレット達は揺れる馬車の中で考えていた。
コレットは腕を組みながらどうやってシャトロームを止めるかと難しい顔をする。自分は王女ではあるがまだ幼い子供だ、自分にできる事は限られていた。そんな状態でコレットは何かいい案がないかと馬車に乗ってからずっと考えていたのだ。考え込むコレットの様子を隣に座るメノルと迎えの席に座るシルヴァは黙って見つめていた。
「姫様、これからどうするつもりなのですか?」
「それを今考えておるのじゃ」
メノルの質問にコレットは表情を変えずに答える。コレットの答えを聞いたメノルはシルヴァと向かい合い、コレットが何か無茶をするのではと不安そうな表情を浮かべていた。
何もいい案が思い浮かばず、コレットは目を閉じながら低い声を出している。するとシルヴァがコレットにそっと声を掛けて来た。
「……姫様、もう一度ご確認しますが、本当によろしいのですね? この件にはかかわるなと陛下から忠告されています。このまま首を突っ込めば陛下から御叱りを受ける事になるのですよ?」
「そんな事は分かっておる! 妾も覚悟の上で行動しておるのじゃ。そんな事よりもお前達も何か方法を考えろ」
忠告するシルヴァを見てコレットは不機嫌そうな態度を取り、シルヴァやメノルに言い放つ。シルヴァとメノルは言われたとおりシュトロームを止める方法を考え始める。だが、そんな簡単に思いつくはずも無く、シルヴァとメノルは困り顔を浮かべた。
シルヴァとメノルが悩んでいる中、コレットは僅かに険しい顔をしながら馬車の窓から外の様子を伺い、マクルダムに言われた事を思い出した。
シャトロームとラルフの会話を聞いた直後、コレット達はマクルダムにシャトロームとラルフの会話を伝える為に急いでマクルダムの下へ向かった。貴族が恐ろしい計画を企てているのであれば、それを止める事ができるのは国王であるマクルダムにしかできないからだ。
コレットはマクルダムが仕事をしている書斎に飛び込む様に入る。書斎には机に座ってダークの爵位授与の事を羊皮紙に書いているマクルダムと偶然書斎に来ていた兄のロイク、姉のアルティナの姿があり、飛び込んで来たコレットを見て三人は目を丸くして驚いていた。コレットは書斎にいる家族達に自分が聞いたシャトロームの計画を説明する。
「……コレット、もう一度言ってくれんか?」
「ですから! シャトロームが男爵のラルフと手を組んでダークを異端者にしようとしているんです! ダークの屋敷に侵入して異端者である証拠を見つけ出すなんて事も言っていました!」
「つまり、シャロームがダークを異端者として捕らえる為にあの者の屋敷に盗人を送りこもうとしていると?」
マクルダムが確認しながら訊き返すとコレットは無言で力強く頷く。それを聞いたマクルダムやロイク、アルティナは呆然としている。ただ、それはシャトロームの計画を聞いたからではない。コレットの話があまりにもおかしなことだと思ったからだ。
真剣な表情をするコレットとその後ろで同じように真剣な顔で控えているシルヴァとメノル。マクルダムはしばらくコレットを見つめてから、呆れたような顔で溜め息を付く。
「……コレットよ、お前がシャトロームを嫌っているのは分かっている。しかし、だからと言ってありもしない事であの者を罪人扱いするのはよくないぞ?」
「そうよ、コレット? 彼は決して悪い人ではないわ」
「なっ!? 父上、姉上、まさか妾が嘘をついていると仰るのですか?」
マクルダムとアルティナが自分の話を信じてくれない事を知り、コレットは驚きの表情を浮かべる。シルヴァとメノルもマクルダムがどんな反応をするのか想像がついていたのか、黙ってマクルダムを見つめていた。
「コレット、先程も言ったようにシャトロームは変わった者だが決して悪い者ではない。信仰心が強過ぎて考え方が普通の者と違うだけだ」
「しかし!」
「証拠も無しにシャトロームを罪人呼ばわりするのはやめろ、これ以上言うのなら明日のダークへ手紙を渡しに向かわせるという話は無しだぞ?」
コレットの話を信じずマクルダムは仕事に戻る。コレットは俯きながら話を信じてくれない事に対しい悔しさを感じており、そんなコレットをロイクとアルティナは黙って見つめていた。すると、さっきまで黙っていたシルヴァが一歩前に出て口を動かす。
「陛下、コレット様の仰っている事は本当です」
「シルヴァ?」
メイドであるシルヴァの言葉にマクルダムは手を止めてシルヴァの方を向く。コレットは顔を上げてシルヴァを見上げ、ロイクとアルティナもフッとシルヴァに視線を向ける。
「私もコレット様と共にその場におりました。そしてシャトローム様とラルフ様がダーク殿の屋敷へ侵入して証拠を見つけ出し、異端者にしてしまおうという話を聞いたのです」
「私も聞きました」
シルヴァに続いてメノルも進言し、コレットの言った事が嘘でないとマクルダム達に話した。
メイド二人も聞いたと知り、マクルダムはようやくコレットの言っている事がデタラメではないと感じ、鋭い表情を浮かべる。ロイクとアルティナも驚きの表情を浮かべてマクルダムの方を向いた。
「お父様……」
アルティナが低めの声でマクルダムに呼びかける。マクルダムはしばらく黙り込み、ゆっくりとコレットの方を向く。
「……コレット、もう少し詳しく話してくれぬか?」
マクルダムが自分の話を信じ、耳を傾けてくれた事にコレットは笑みを浮かべる。そして自分が聞いた話の内容を事細かくマクルダム達に伝え、シルヴァとメノルもコレットと共に説明をした。
コレット達が一通りの話を聞いたマクルダムは真剣な表情を浮かべる。シャトロームがダークを異端者として捕らえようとしている事が未だに信じられず、マクルダムは席を立ち窓から外を眺めた。ロイクとアルティナも黙って小さく俯いている。
「シャトローム様はダーク殿の屋敷に盗人を侵入させて邪悪な者との繋がりを表す物、つまり異端者だという証拠を見つけ出して陛下にお見せすると言っていました……ここからは私の推測ですが、もし証拠が見つからなかった場合は、自分達で異端者の証拠を作り、それを陛下にお見せしてダーク殿を異端者にし、捕らえようとするのではないでしょうか」
「……神への信仰心が強すぎ、ダークを毛嫌いするあの者なら、やっても不思議ではない、か……」
「父上、どうなさいますか?」
ロイクが真剣な顔でマクルダムに尋ねる。貴族であるシャトロームがダークを異端者に仕立て上げようとしている事が事実なら放ってはおけない。すぐにシャトロームを拘束するべきだとロイクは考えていた。勿論、アルティナやコレットも同じだ。
コレット達が外を眺めるマクルダムの答えを待っているとマクルダムは小さく息を吐き、ゆっくりとコレット達の方を向いた。
「……残念だが、今は何もできん」
「えっ?」
「なぜです、父上!?」
マクルダムの口から出た意外な言葉にロイクは思わず声を漏らし、コレットは力の入った声で尋ねる。やはりコレットは何もしないという答えに納得できないらしい。
「証拠が無いのだ。あの者がダークを異端者に仕立て上げようとしているという証拠が無ければ何もできん」
「それなら、妾が話を聞いていたという事を……」
「お前の発言だけではシャトロームは知らぬ存ぜぬと言って白を切るだろう。あの者が言い逃れできない様な決定的な証拠が必要だ」
「で、ですが、そんな証拠は今……」
「そうだ、今は無い。だからもう少し様子を窺うしかない」
何もできない以上はシャトロームの出方を見て証拠を掴むしかないというマクルダムの言葉にコレットは俯く。確かに証拠が無い状態でシャトロームを問い詰めても知らないと惚けるのは間違いない。シャトロームを拘束するには彼がダークを陥れようとしていたという証拠が必要だった。
今は我慢するしかないという状況にコレットは悔しそうな表情を浮かべる。シルヴァとメノルはそんなコレットをただ黙って見つめるしかできなかった。
マクルダムは俯くコレットを見るとそっと近づき、姿勢を低くして目線をコレットに合わせ、そっと頭の上に手を置く。
「コレット、とりあえずお前はこの事を明日、ダークに知らせてくれ」
「父上……」
「シャトロームの事は儂も色々と調べてみる。だからお前はこれ以上この件にはかかわるな」
真剣な顔でコレットにこれ以上シャトロームの件に関わるなと忠告するマクルダム。その理由は勿論、自分の娘であるコレットを危険な目に遭わせないようにする為だ。
娘の身を案じてかかわらないよう告げるマクルダムの思いはコレットも当然知っている。だが、彼女はこのまま引き下がる気など無かった。
「父上、妾にも何か手伝わせてください」
「馬鹿を言うんじゃない。貴族が非合法に冒険者を異端者にしようとしているのだぞ? そんな危険の伴う一件に娘をかかわらせる訳にはいかん」
コレットの頼みをマクルダムは迷う事無く却下する。当然だ、自分の娘が危険な目に遭うかもしれないのにそれを見過ごす父親はいない。
その後もコレットはマクルダムに手伝わせてほしいと頼んだが、マクルダムは認めずそのまま話は終わってしまう。マクルダムから許可を得られずに話が終わってしまい、納得のいかないコレットはある行動に出る事にした。それは、マクルダムの許可を得ずに無断でダークの助力をするという事だ。
父であり、国王であるマクルダムの忠告を聞かずに事件に首を突っ込めば罰を受ける事になるだろう。だが、コレットは罰を受ける事などなんとも思っていなかった。恩人であるダークの力になりたいという気持ちだけがコレットを動かしており、コレットはマクルダムや兄弟には話さず、内密にダークの手助けをする事にしたのだ。
コレットから内密にダークを手助けするという話を聞いたシルヴァとメノルは当然反対した。だが、コレットが真剣な表情でダークを助けたいと訴える姿を見た二人は折れ、仕方なくコレットの手伝いをする事にしたのだ。その時のコレットは自分の我が儘を聞いて力を貸してくれる二人のメイドに心から感謝していた。
馬車の中から外を眺めながらコレットはマクルダム達に知らせず勝手にダークの手助けをすると決めた時の事を思い出す。幼いコレットは今日までマクルダムや周りの大人達の言う事を聞いて生きて来た。国王であるマクルダムの命令に背いた事の無いコレットにとって今回の行動は初めて自分の意思で決め、自分の意思で行動した事だ。その為かコレットは僅かに緊張している。
しかし、ダークを助けたいという気持ちの方が強いせいか、コレットは後悔はしていない。コレットは外を見つめながら心の中で改めてダークを助けると強く決意を固める。そんな気持ちを胸にコレットは馬車に揺られながら王城へと戻って行った。
――――――
その日の夕方、貴族が住む高級住宅街の中をアリシアはマティーリアと共に自宅への帰路を歩いていた。コレットが去った後、アリシアは屋敷でダーク達とシャトロームの事についてどう対処するか、これからどんな行動をするかなどを話す。話が終わると再び例のダンジョンへ行き、ダンジョンの完成を確認してから首都へ戻り、現在に至っている。今日一日で色々な事があったせいかアリシアは少し疲れた様子をしていた。
しばらく歩くとアリシアとマティーリアは自宅である屋敷に到着し中へ入る。メイドや使用人、ミリナに挨拶をした二人は途中で分かれて自分達の部屋へ向かう。
アリシアは自分の部屋に入ると歩きながらマントを外し、床に投げ捨てると化粧台の前に移動する。そして鏡に映る自分の顔を見つめて深く溜め息を付いた。
「……ハァ、まさかこんな事になるとはな。貴族の中にダークを異端者と見ている者がいるとは」
王族に使える上位の貴族の中にダークを良く思っていない事をコレットから聞かされ、アリシアはどこか呆れた様な顔をする。
マクルダムやマーディング、多くの貴族がエルギス教国との戦争で国を勝利へ導いた者としてダークを称えた。国を救ってくれた存在であれば、例え常人とは違った強さや特殊なマジックアイテムを持っていても、殆どの人間がそんな小さな事を気にもせずに国民の為に戦ってくれた英雄として見るはずだ。しかし、今回ダークを異端者として見ているシャトロームはダークの功績よりもダークが持つ力とマジックアイテムだけを見てダークを邪悪な者と取引した異端者と決めつけている。アリシアはそれがどうしても納得できなかった。
アリシアは化粧台の前に立ったまま腰に納めてあるエクスキャリバーを化粧台に立て掛け、装備している鎧や額当てを外す。鎧の下からは汚れ一つ無い綺麗な白い長袖が現れ、鎧を外したアリシアはその長袖を脱いで着替えを始める。
「ダークは今日までずっとセルメティア王国の為に尽くしてきた。冒険者として多くの人々を助け、マーディング卿からの依頼も引き受け、エルギス教国との戦争でもこの国の為に戦った……その活躍を見ればダークが邪悪な者と取引などする様な人間でない事やこの国に害をもたらす様な事はしないという事ぐらい分かるはずだ。それなのにシャトローム卿は何を考えておられるのだ」
着替えながらアリシアはブツブツとシャトロームに対する愚痴を言う。アリシアもコレットと同じで自分を何度も助けてくれたダークを異端者として見られている事が許せず、シャトロームに対して僅かに怒りを覚えていた。
不満を口にしながらアリシアは着替えを続ける。そんな中、アリシアは鏡に映る下着姿の自分をジッと見つめた。白い肌をし、男なら誰でも見惚れてしまう様な細くて魅力的な体、こんな細い体をした自分もダークと同じ強大な力を持っているのだとアリシアは改めて実感する。
「……この体にダークと同じ力が宿っている。状況によっては私も異端者として見られていたのだろうな」
アリシアはダークと同じ様な力を持ち、モンスターを操ってエルギス教国と戦っていた自分も異端者として見られてもおかしくないと感じながらジッと鏡の自分を見ていた。そんな時、アリシアの心の中である気持ちが芽生える。
「そう言えば、私は今までダークに騎士以外の姿を見せた事が無かったな……アルティナ殿下の誕生パーティーでも騎士の姿をしていたし……女らしい格好でダークの前に出たら彼はどんな反応をするのだろう……」
自分が女らしかったらダークはどう感じるのか、俯くアリシアは僅かに頬を赤く染めながら呟く。剣を握り、戦場で多くの敵を倒してきた自分も鎧を外せば一人の女になる。鏡を見たアリシアは騎士ではない自分をダークはどう受け止めるのか気になっていた。同時にアリシアの心臓の鼓動が普段よりも強くなっていく。今のアリシアの気持ちは近いもので言えば恋愛感情の様なものだった。
すると、アリシアは化粧台に立て掛けてあるエクスキャリバーを見てハッとし、顔を上げて首を強く左右に振った。
「な、何を考えているのだ私は!? 私は騎士、この国に忠誠を誓いこの国の為に戦う者、普通の女の様に異性に心を動かすなど、あってはならない!」
アリシアは自分の立場を思い出し、鏡に背を向けて着替えを再開した。
騎士としてこの国と母であるミリナを守ると父の墓の前で誓った。騎士として生きる事を誓っておきながら今更普通の女としての人生を歩む事などできないとアリシアはそう思っている。しかし、最近になってそんな自分の考え方が本当に正しいのかと疑問を抱くようになってきていた。
複雑な気持ちの中、アリシアは普段着へと着替えて鎧と額当て、マントをあるべき場所に戻す。そして化粧台に立て掛けてあるエクスキャリバーを握って表情を鋭くした。
「今はダークの件を何とかするのが大切だ。自分の事は後でいくらでも考えられる。しっかりしなくては……」
ダークが異端者にされようとしている事を何とかする事が重要だと自分に言い聞かせ、アリシアはエクスキャリバーをベッドの上に置き部屋を後にする。その後、アリシアはマティーリア、ミリナと夕食を済ませ、シャトロームがどんな行動をするのかなどを考えたり、明日の予定などを簡単に確認してから眠りに付いた。
満月が姿を見せる真夜中、アリシアはベッドの中で眠りに付いていた。傍らにはエクスキャリバーが置かれており、左手をエクスキャリバーに乗せながらアリシアは眠っている。何が起きてもすぐに剣を抜けるようにしているのだろう。
月明かりが窓から部屋の中を照らす。風なども無く、まさに静寂と言えた。すると、アリシアの部屋の窓から突然カチャカチャと金属音がし、窓の鍵が独りでに開く。そして窓がゆっくりと音を立てずに開き、何者かがアリシアの部屋に侵入した。アリシアの部屋は一階にある為、窓の鍵を開ければ簡単に侵入できるのだ。
その人影はフード付きマントを着て顔を隠している。顔は見えないが、僅かに見える顎の形からして男の様だ。男はアリシアがベッドで寝ているのを確認するとアリシアを起こさないように忍び足で移動し、部屋の端にあるアリシアの机に近づいた。
男はゆっくりと引き出しを開けて何かを探し出す。音を立てないように静かに引き出しの中を調べ、探している物がなければ次の引き出しを開ける。静かな部屋の中で正体不明の男は引き出しの中や机の上にある本棚の本を確認した。しかし、探している物が見つらず男は作業をやめて小さく舌打ちをする。
「……どうなってるんだ、何処にもそれらしい物がないじゃないか」
僅かに不機嫌そうな声を出して男は部屋を見回す。自分が調べた机以外には騎士の装備一式と化粧台、服をしまうチェストなどが置かれてある。
「この部屋の何処かに隠してあるのは間違いないはずだ。しかし、あまり長居をしていると騎士様を起こしてしまうからな、ちゃっちゃと見つけねぇと……」
「何を見つけるんだ?」
「!?」
突然聞こえて来た声に男の体に緊張が走る。声の聞こえた方を向くとそこにはベッドの上に座り、エクスキャリバーを握っている寝間着姿のアリシアがいた。レベル97となったアリシアは身体能力だけでなく、感覚も常人以上になっている。だから男が部屋に侵入した直後に目を覚まして隙を窺っていたのだ。
男は自分を睨み付けるアリシアを見て思わず身構える。アリシアは立ち上がり鞘に納めてあるエクスキャリバーを抜いた。
「こんな夜中に女性の部屋に忍び込むとは、随分と失礼な男だな?」
「チイィ!」
アリシアに見つかり、男は悔しそうな顔をしながら窓に向かって走り出す。逃げ出そうとする男を見てアリシアは咄嗟にエクスキャリバーを男に向かって投げつけた。だがエクスキャリバーは走る男の真後ろを通過し、高い音を立てながら壁に刺さる。狙いを外した事にアリシアは小さく舌打ちをした。
刀身の半分が見えなくなるくらい深く壁に刺さっているエクスキャリバーを見て男は驚く。だが足は止めず、窓に向かって勢いよく跳び、半開きの窓を破って外へ出た男は一目散に逃げた。
「待てっ!」
壊された窓から顔を出して叫ぶアリシア。だが男は既に遠くまで移動しており、屋敷を囲む柵を飛び越えて敷地の外へ逃げてしまった。追いかけようにも今からではどの方角へ逃げたのか分からないとアリシアは感じ、悔しそうな顔をする。
「アリシア、どうした!?」
「お嬢様、何事です!?」
アリシアが外を眺めているとアリシアの部屋に寝間着姿のマティーリアと警備と思われる数人の男が長い木の棒を持って飛び込んで来た。アリシアの叫ぶ声や窓が壊された音を聞いて駆けつけて来たのだ。
マティーリア達を見たアリシアは落ち着いた様子で壁に刺さっているエクスキャリバーの前へ移動し、片手で刺さっているエクスキャリバーを引き抜いた。
「心配ない、私は無事だ」
「何が遭ったんじゃ?」
「何者かが侵入して来た。顔は隠れていた見えなかったが、何かを探しているようだった」
「何かを?」
小首を傾げるマティーリアや男達はアリシアの部屋を見回す。唯一荒らされている机に気付くとマティーリアは机に近づいて状態を確認する。
「……アリシア、この部屋に何か値打ちのある物が隠してあるのか?」
「いや、宝石の様な物はこの部屋には無い。別の部屋に保管してある」
「そうか……まぁ、何にせよ、何も盗まれずに済んでよかったのう?」
「私の心配はしないのか?」
「お主なら盗人に襲われても楽に蹴散らせるじゃろう?」
ニッと笑うマティーリアを見て一緒に来た警護の男達は呆れ顔を浮かべる。アリシアの部屋に何者かが侵入したのだからその部屋にいるアリシアを心配するのが常識なのに心配する様子を見せないのだから当然だ。
アリシアは笑うマティーリアを見てやれやれと言いたそうに首を横に振る。すると、アリシアはマティーリアの言葉を聞きある事に気が付いた。
(……盗人? そう言えば、コレット殿下達もシャトローム卿の手の者がダークの屋敷に異端者である証拠を探しに盗みに入ると言っていたな。まさか、さっきの男……)
昼頃にコレットが話していた内容を思い出したアリシアはさっきの男もシャトロームが送りこんだ者ではないかと考える。壊された窓の方を向いてアリシアは真剣な表情を浮かべた。
(私もダークと共にエルギス教国と戦い、ダークから渡されたサモンピースでモンスターを召喚した。そしてその事はマーディング卿や陛下もご存じのはず、となればシャトローム卿も……)
よくよく考えれば自分もダークと同じ立場にいる、だから自分も異端者と見られても不思議ではない。アリシアは屋敷に戻った時に考えていた事が現実になり、表情に鋭さが増す。大変な事になったかもしれない、アリシアは外を見ながらそう感じていた。
――――――
翌朝、アリシアは一人で街道を走っていた。昨夜の出来事がシャトロームに関係しているのであれば、ダークの屋敷にもシャトロームの手の者が侵入しているかもしれない。そう考えたアリシアは自分の屋敷に男が侵入した事をダークに知らせるのと同時にダークは大丈夫なのか確かめる為に朝食も取らず、マティーリアを残して自宅を飛び出したのだ。
静かな街道に鎧とエクスキャリバーが揺れる音が響く。アリシアは走る速度を落とさず、ダークの屋敷へ向かう。そしてダークの屋敷に到着したアリシアは玄関の前へやって来て扉を強くノックする。
「ダーク、起きているか! 私だ、アリシアだ。開けてくれ!」
アリシアは大きな声でダークに呼びかけながら扉をノックし続ける。すると、鍵が開く音がし、アリシアは一歩後ろへ下がった。扉がゆっくるりと開き、中からメイドの鬼姫が顔を出す。
「おはようございます、アリシア様。こんな朝早くにどうなさったのですか?」
「突然すまない、ダークは起きているか?」
「ハイ、ダーク様もノワール様も起きておられますが……」
「至急ダークに伝えたい事がある。ダークを呼んでくれ」
僅かに興奮した様子のアリシアに鬼姫は少し驚いた様な反応を見せる。すると屋敷の奥から子竜の姿のノワールが飛んで来て鬼姫の後ろから外にいるアリシアを覗き込む。
「アリシアさん? どうしたんですか?」
「ノワール、朝早くにすまない。実はダークに大事な話があって来たんだ。ダークに会わせてくれないか?」
アリシアの様子を見たノワールは僅かに表情を鋭くする。
「……もしかして、昨夜アリシアさんの屋敷に泥棒が入ったんですか?」
「!? どうしてそれを……まさかっ!」
「ええ、昨夜、屋敷に泥棒が入りました。と言っても、僕とマスターは眠っていまして、泥棒は鬼姫さんが追い返しましたから、直接は見ていないんですけどね」
ダークの屋敷にも盗人が入っていた、それを知ったアリシアは歯を噛みながら悔しそうな顔をする。
アリシアの屋敷だけでなく、ダークの屋敷にも盗人が侵入したとなれば、シャトロームと繋がっている可能性が高い。同時にアリシアもシャトロームから異端者と見られている可能性も出て来た。
「……とりあえず中に入ってください。詳しい話はそれから」
「すまない」
ノワールに招かれてアリシアは屋敷に入る。アリシアが入ると鬼姫は外を警戒してからゆっくりと扉を閉めた。
アリシアはノワールに案内されて二階に上がり、廊下の真ん中を歩いて行く。ノワールは最初、アリシアを客室で待たせるつもりだったのだが、アリシアがどうしてもすぐにダークと話がしたいと強い口調で言うので、押されたノワールは仕方なくダークの部屋へ案内する事にした。
屋敷の中はダークとノワール、そして鬼姫しかいない為、外と同じくらい静かだった。
「ところで、ダークは何処にいるんだ? 部屋か?」
「いえ、マスターはちょっと別の部屋にいます」
「別の部屋?」
「え~っと……」
前を飛ぶノワールはダークが何処にいるのかハッキリと言わない。アリシアはそんなノワールの後ろ姿を不思議そうに見ている。そんな状態で廊下を歩いているとダークの部屋が見えて来た。アリシアは部屋の入口前で立ち止まり、ノワールは中へ入ってくださいと目でアリシアに伝える。なぜか早く入ってほしそうな様子だ。そんなノワールを不思議に思いながらアリシアはドアノブを握ってゆっくりと回そうとした。その時、ダークの部屋から少し離れた所にある扉がゆっくりと開く。
「ん? 何だ?」
「あっ! ちょっ!」
扉が開く音を聞いたアリシアが扉の方を向く。隣にいるノワールはなぜが驚きの表情を浮かべていた。開いた扉の中からは白い煙が出ており、僅かに熱気が感じられる。アリシアは何の部屋だろうと思いながらジッと見つめていた。すると部屋の中からダークが出てくる。ただ、その姿はタオルを首にかけ、髪を僅かに濡らした下着一枚だけを着た姿だった。
「フゥ~、サッパリしたぜ」
爽やかそうな顔をしながら首にかけてあるタオルで顔を拭くダーク。実はダークが出て来た部屋はLMFのアイテムを使って作った浴室だったのだ。
顔を拭いたダークが前を見ると自分の部屋の前に立つアリシアと隣を飛んでいるノワールの姿が目に入り、ダークは意外そうな顔をする。
「おお、アリシア。どうしたんだ、こんな朝早くに?」
「……」
ダークが問いかけるもアリシアは返事をしない。顔を赤くしながらダークの方を向いて呆然としている。今のダークは下着以外は何も着ておらず、殆ど裸の状態だ。アリシアは同年齢の男の裸体を見るのは初めてなのかショックで固まっていた。
赤くなりながら固まるアリシアを不思議そうに見ていたダークは自分の格好を見て状況を理解し、しまったという顔をする。ノワールもあちゃ~と言いたそうに前足を顔に当てた。そして、固まっていたアリシアの表情もみるみる変わっていく。
「……ああぁーーーっ!!」
静かなダークの屋敷にアリシアの絶叫が響く。その声は国に忠誠を誓う聖騎士ではなく、一人の年頃の女の声だった。