第九十三話 王女との再会
首都アルメニスから北東に10kmほど離れた所にある山脈、そこは岩や小石ばかりで植物などは生えていない。いや、少しは生えているが葉などは付いていない枯れ木ばかりだ。生き物の姿も見当たらないとても静かで殺風景ば場所だった。
その静かな山脈の中腹にある岩と石だけの広場に全身甲冑姿で大剣を背負ったダークとアリシア、そしてマティーリアの姿がある。そこにはなぜかノワールの姿は無く、代わりに数匹のモンスターの姿があった。大型犬ほどの大きさをした蟻の様なモンスターで以前ダークが召喚したカーペンアントに似ている。しかし、カーペンアントと違い、体の色は黄色と茶色で二本の前脚にはスコップとツルハシが付いていた。このモンスター達もダークがサモンピースで召喚したモンスターだ。
周りに蟻のモンスターがいる中、ダーク達は目の前には遺跡の入口らしき建造物を見上げている。そして、蟻のモンスター達はその遺跡の入口をスコップやツルハシなどで削る作業をしていた。
「少しは雰囲気が出てきたな」
ダークは腕を組みながら遺跡の入口を見上げて呟く。入口は蟻のモンスター達によって柱などが少しずつ削られている。削られる前は柱などが凸凹しており、パッと見れば洞窟か何かだと間違えてしまうくらいボロボロだった。だが、ダークがモンスター達に指示を出してそれっぽく作り変えさせたのだ。
実はダーク達の目の前にあるのは一週間ほど前にダークが見つけたダンジョンなのだ。そしてダークは目の前にあるダンジョンを以前アリシアとマティーリアに話したダンジョンを作るという計画の舞台にし、モンスターを使って自分のダンジョンを作らせていた。
「……ダンジョンを作るというからてっきり一から作ると思っておったが、まさか最初からあったダンジョンを作り変えるだけとはなぁ。少々がっかりじゃ」
「一からダンジョンを作る事もできるぞ? だがそれだとかなり時間が掛かるからな。前からあった場所を使わせてもらった方が時間も掛からないし、貴重なアイテムを多く使う必要も無い」
「意外とケチなんじゃの、若殿は?」
「計画的と言ってくれ」
ダンジョンを見つめながらダークとマティーリアは呑気に会話をする。その間も蟻のモンスター達は作業を進めており、アリシアはその様子を真剣な表情で見守っていた。
最初にダーク達がこのダンジョンに入った時、中には当然多くのモンスターがいた。ダーク達はそのモンスターを次々に倒していき、ダンジョン内にモンスターが一体もいない事を確認するとダークの持っているマジックアイテムでダンジョンの中を作り変え、ダーク好みのダンジョンに改装したのだ。
中を作り終えたダークは入口をダンジョンっぽく変えて、最後にはダンジョン内にLMFで使われていたトレジャーボックス、つまり宝箱を設置し、その中に金銭やアイテムなどを入れて、サモンピースで召喚されたモンスター達を配置して完成させようと思っている。今は入口の作り変えをしているところなのだ。
「なぁ、ダーク。ただダンジョンを作るだけならわざわざモンスターを召喚したり宝箱を置く必要も無いのではないか? どうしてそんな事を……」
「私のこだわりだ、別に深い意味はない」
「こだわり……いや、宝の方はいいとして、モンスターはどうする? もし山脈にやって来た人間達と遭遇したら大変な事になるぞ」
「そっちの方は心配ない。モンスター達にはダンジョンの外に出るなと言ってあるし、ダンジョン内に入って来た奴だけを攻撃しろと言ってある」
「ど、どうして攻撃させる必要がある?」
「ダンジョン内に侵入して来た奴を攻撃しないモンスターなんかいないだろう? それに入口前にはちゃんと<危険、立ち入り禁止>と書いた立て札とかを立てるつもりだ。よほどの馬鹿でもない限り入ったりしないだろう」
「あまり意味が無いと思うぞ、それ?」
「警告をしたのに無視して入ったのなら、命を落としてもそれはソイツの自業自得だ」
「まぁ、確かにそうだが……」
ダークの話を聞いてアリシアは複雑そうな顔で頭を掻く。いくら自業自得と言っても、やはり国の人間が命を落とす可能性があるとなると騎士団の人間として複雑な気分になるのだろう。しかし、アリシアはダークのこの計画に賛成した為、強く否定はできなかった。
「……それにこんな危険なダンジョンを作ったのにはちゃんとした理由がある」
「ちゃんとした理由?」
「ああ、まだ君達には話していない事だ。そして、それこそが私の計画の本当の目的でもある」
「本当の目的?」
「何じゃそれは?」
アリシアとマティーリアはダークの言う理由が気になりダークに注目する。ダークはダンジョンの入口を見つめながら目を赤く光らせた。
「一つはイザと言う時の避難場だ。もし敵に追われたり何か都合の悪い事が起きた時はこのダンジョンに避難して身を守る。敵もまさかダンジョンに逃げ込むとは思っていないだろうしな。仮に敵に隠れている事がバレて侵入して来たとしてもダンジョンにいるモンスターが侵入者を攻撃し、隠れている私達を守ってくれる」
「成る程、そう言う事か……」
作っているダンジョンに隠されてた理由を知り、アリシアは驚きの表情を浮かべる。モンスターを召喚したのはそこら辺にある普通のダンジョンと同じ物だと冒険者などに思い込ませるカムフラージュであるのと同時に避難して来た自分達を守らせる為の警護をさせる為だった。ダークがそこまで考えてモンスターを召喚し、更に周辺の町や村などに被害を出させない為にダンジョンの外には出ないようにと命令していた事にアリシアは感服する。
「これがダンジョンを作った理由の一つだ」
「ん? 他にも理由があるのか?」
マティーリアが小首を傾げながら尋ねるとダークはマティーリアの方を向いて頷き。
「ああ、もう一つの理由はこの世界でLMFの建築用アイテムが向こうの世界と同じように使えるかを確かめる為のテストだ」
「テスト?」
「どういう事だ、ダーク?」
「それは……」
ダークが二人に説明しようとした時、ダークの頭の中に声が響いた。
「マスター」
「ノワールか?」
「ハイ」
聞こえて来たノワールの声にダークは反応し、アリシアとマティーリアの前に手を出して返事をする。どうやらメッセージクリスタルで語り掛けて来たようだ。アリシアとマティーリアはダークがメッセージクリスタルでノワールと会話をしているのを知り黙り込む。
「どうしたんだ?」
「屋敷にお客さんが来ましたので連絡を……」
「客? それぐらいならお前と鬼姫でなんとかできるだろう?」
ノワールの要件を聞いたダークは不思議に思いながら聞き返した。
実が今回ノワールがダークに同行していなかったのはアルメニスの屋敷で留守番をしていたからだ。ダンジョンを作るだけの簡単な用事なのでわざわざノワールを連れて行く必要も無いと思い、ダークはノワールを首都に残してきたのだ。あと、メイドである鬼姫一人に留守番をさせるにもまだ彼女はダークの知り合いや訪ねて来る客の情報を殆ど知らない。鬼姫が客に失礼な言動をしないようにする為にノワールを残して鬼姫に客の事を教えさせるという理由もあった。
「それが、訪ねて来たお客さんが少し特別な人で……」
「特別な人?」
「……コレット王女です」
「何っ? コレット様が?」
来客の名を聞いたダークは驚いたのか少し力の入った声を出す。アリシアとマティーリアもコレットが屋敷に来ていると聞き意外そうな反応を見せた。
「どうしてコレット様が屋敷に来てるんだ?」
「一緒に来たメノルさんとシルヴァさんの話では例の爵位の件でマスターに会いに来たそうです」
「ああぁ、あの爵位の事か……」
ダークは数日前に王城へ送った爵位を受け取るという返事の手紙を送った事を思い出す。
最初に手紙で爵位を与える事を知らせてきたのだから、また手紙で正式に爵位を与えるという返事が来るとダークは考えていた。だから王女であるコレットがやって来て直接爵位の事を伝えに来るとは思っておらず驚いたのだ。
王女が屋敷に来ている以上は直接会って話を聞かないとマズいとダークは感じ、チラッとダンジョンの入口を見てある程度まで出来上がっているのを確認し、自分が此処から離れても大丈夫だと判断する。
「……分かった、すぐに戻る。私がそっちに行くまでしばらく待ってもらうようコレット様達に伝えておいてくれ」
「分かりました。と言うよりも、マスターなら絶対に戻って来られると思って先に待ってもらうよう伝えておきました」
「フッ、流石だな。じゃあ、私が行くまで頼むぞ」
「ハイ」
ノワールが返事をするとダークの頭の中からノワールの声が完全に消える。メッセージクリスタルの効果が消えたようだ。
会話が終わるとダークは黙って聞いていたアリシアとマティーリアの方を向く。
「という訳で私は首都へ戻るが、君達はどうする?」
「私も戻ろう。折角だからコレット殿下に会って挨拶をしておきたい」
「そうか、マティーリアはどうする?」
ダークがマティーリアに首都へ戻るかを尋ねる。するとマティーリアは腕を組んで作業をしている蟻のモンスター達を見ながらムスッとした様な表情を見せた。
「……正直、気が進まんが、あの小娘が折角若殿の屋敷を訪ねて来たのじゃ。挨拶ぐらいはしてやらんとな」
「マティーリア、お前はまたそうやって殿下に対して失礼なことを……」
王族のコレットに対するマティーリアの態度と発言にアリシアは呆れ顔になり、ダークもやれやれと言いたそうに肩をすくめた。
初めてマティーリアとコレットが出会った時、二人はお互いの偉そうな態度が気に入らないという事からいきなり口喧嘩を始めた。その時はダークのおかげで大事にはならなかったが、二人の仲はあれから何も変化していない。だから再会した時にまた口喧嘩を始めるのではとアリシアは心配していた。
「マティーリア、分かっているとは思うが殿下を挑発するようなことは言うなよ?」
「分かっておる、妾を子供扱いするでない」
(殿下と出会った時は子供の様な見っともない態度を取っていたではないか……)
マティーリアを見ながらアリシアはマティーリアとコレットが初めて出会った時の事を思い出し、心の中で呟いた。
アリシアとマティーリアもダークと共に首都の屋敷に戻ろう事が決まるとダークは作業をしている蟻のモンスター達の下へ向かい、入口の作業が終わった後に何をすればいいのか指示を出す。指示を終えるとダークは二人の下へ戻り、転移の札を使って首都に転移する。三人が消えた後も蟻のモンスター達は気にする事無く作業を続けた。
転移の札を使って首都にあるダークの屋敷の前に転移したダーク達。屋敷の玄関前には一台の高級そうな馬車が停まっていた。ダーク達はそれがコレット達が乗って来た馬車であるとすぐに気付き、早足で玄関へ向かう。
玄関の扉を開けて中に入ると玄関の前で鬼姫が綺麗な姿勢で立っている姿があり、ダーク達が帰宅すると鬼姫は微笑みながら軽く頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
「コレット様達は何処だ?」
「左側の客室でお待ちです。今はノワール様とお話をされております」
「分かった」
鬼姫からコレット達の居場所を聞いたダークはすぐに客室へ向かい、アリシアとマティーリアもそれに続く。ダークは廊下を進み、以前アリシアとマティーリアの二人と話をした客室の前にやって来ると扉を軽くノックした。
「どうぞ」
部屋の中からノワールの声が聞こえ、ダークは扉をゆっくりと開けて中に入り、アリシアとマティーリアも続いて入室する。中には来客用のソファーに座るコレットとソファーの後ろで並んで控えているシルヴァとメノル、そして向かいのソファーに座ってダーク達の方を向く子竜の姿のノワールがいた。
「お待たせしました、コレット様」
「おおぉ! ダーク、久しぶりじゃな?」
コレットはダークの姿を見ると立ち上がり、笑みを浮かべて手を振る。そんなコレットにダークは軽く頭を下げて挨拶をした。
ダークの右隣に立つアリシアがコレットを見て微笑んで頭を下げる。コレットはそんなアリシアを見てニッと笑い、無言で久しぶりだな、言う様に手を振った。そしてダークの左隣に立つマティーリアを見てコレットは目を細くして何か嫌な物を見つめる様な表情に変わる。コレットも初対面の時の事が原因でマティーリアの事はあまり良く思っていないようだ。マティーリアもコレットを目を細くして見つめ、二人はバチバチと小さく火花を散らす。
マティーリアとコレットが睨み合うのに気づいたダークは小さく溜め息を付いて呆れ果てる。アリシアも同じような反応をしていた。マティーリアを無視してダークはコレット達の下へ移動し、アリシアとマティーリアもそれに続く。ダークはノワールの隣に座り、アリシアとマティーリアはソファーの後ろに立つ。ダークは向かいのソファーに座るコレットを見てもう一度頭を下げて挨拶をした。
「改めまして、お久しぶりです」
「ウム、また会えて嬉しいぞ」
「私もです」
「そうか、フフフフ。アリシア、お前も元気そうじゃな?」
「ハイ、おかげさまで」
ダークとアリシアを見ながら笑顔を浮かべるコレット。彼女にとって二人は自分とこの国を救った恩人であり、友人ともいえる存在だ。だから数ヵ月ぶりに再会できた事を心から喜んでいる。
コレットが二人への挨拶を済ませると彼女の視界にダークの後ろで退屈そうにしているマティーリアが入る。その姿を見たコレットは目を細くしながらマティーリアを見つめ、マティーリアもコレットと目が合うと同じような表情になった。
「……そっちの竜人様は相変わらず生意気そうじゃな?」
「生意気なのはお互い様じゃろう。お主も初めて会った時から全然変わっておらず偉そうなままじゃ」
「妾は偉いのじゃ、偉そうにして何が悪い?」
コレットとマティーリアは再び火花を散らせながら睨み合う。コレットの後ろに控えているメノルはマティーリアを見て相変わらず無礼な竜人だと心の中で思っていた。
「マティーリア、いい加減にしろ。大人げない事をするんじゃない」
「チッ!」
ダークに止められてマティーリアは舌打ちをしてそっぽ向く。コレットはそっぽ向くマティーリアを見ながらべーと舌を出す。シルヴァはそんなコレットを見てやれやれと言いたそうに首を横に振る。
「……姫様、ダーク殿もいらっしゃいましたし、早速本題に入られてはどうですか?」
「ん? ああ、そうじゃったな」
コレットはシルヴァの言葉で目的を思い出し、一度咳き込んで気持ちを切り替える。そんなコレットをダークとアリシア、ノワールは黙って見つめた。
「妾達は今回、お前に爵位を正式に与えるという事を知らせる為にやって来た。本来は手紙を出して爵位を与えるという事を伝えるのじゃが、父上に頼んで妾がお前達に直接知らせに来たんじゃ」
「なぜコレット様が自ら知らせに?」
ダークはなぜわざわざ王女であるコレット自らが報告に来たのか理由を尋ねる。するとコレットは少し照れくさそうな顔で自分の頬を指で掻き出す。
「ウ、ウム……エルギス教国との戦争中、妾は城を殆ど出る事ができくてな。気分転換とお前達の顔を久しぶりに見たいという理由からじゃ」
「成る程、そう言う事でしたか」
コレットの説明を聞いてダークは納得する。アリシアとノワールもコレットを見ながら小さく笑っていた。
話が逸れてしまい、コレットはもう一度咳をして恥ずかしさを誤魔化す。そして目の前のテーブルに置かれてある羊皮紙を取る。そこにはダークへの爵位を与えるという事やダークの今後について書かれてあった。
「お前には本日から子爵の階級を得て貴族の仲間入りをした。近いうちに何処かの町へ移り住んでその町の管理をしてもらう事になる。住居は以前その町を管理していた者が使っていた所を使っても構わないとの事じゃ。詳しい事は後日報告が行くと思うのでその時に聞いてくれ」
「分かりました」
「あと、お前の返事の手紙に書かれてあった爵位を得た後も冒険者を続けたいという件についてじゃが、父上はお前の実力を高く評価しておる。冒険者をやめさせるのは勿体ないという事で父上が許可してくださった」
「と言う事は爵位を得た後も冒険者を続けても構わないと?」
「ウム、その代わり、貴族の仕事をしっかりとしてもらうとの事じゃ」
「ありがとうございます」
冒険者を続けても構わないという許可を得たダークは頭を下げてコレットに礼を言う。アリシアとノワールもダークが冒険者を続けられるという事を知って笑顔になっていた。マティーリアはチラッとダークを見て、よかったじゃんと言いたそうな表情をしながら小さく数回頷く。
コレットはダークへの爵位授与と今後の事を話し終えるとチラッと後ろにいるシルヴァとメノルの方を向く。二人はコレットを見つめながら真剣な表情を浮かべ、それを見たコレットも真面目な表情になり頷く。そしてゆっくりとダークの方を向いた。
「ダークよ、実はお前にもう一つ伝えておかなければならない事がある」
「何です?」
ダークは真剣な表情を浮かべているコレットを見て尋ねる。アリシアとノワールもさっきまで笑っていたコレットが突然真剣な表情になったのを見て不思議に思っていた。
「……実は近いうちにお前の屋敷に何者かが盗みに入る可能性があるのじゃ」
「盗み?」
コレットの口から出た言葉にダークは聞き返す。それを聞いたアリシアとノワールもコレットの口から出て言葉に思わずまばたきをする。マティーリアはコレットを見て、何を言い出すかと思えばと言いたそうな呆れ顔を浮かべていた。
「コレット様、それはどういう事ですか?」
「それは私から説明したします」
話の内容が理解できずにダークはコレットに尋ねる。するとコレットの代わりに彼女の後ろに控えていたシルヴァが口を開く。そして詳しい事をダーク達に説明し始めた。
「実は先日のダーク殿に爵位を授与する事を話し合う会議で一人の貴族がダーク殿に爵位を与える事を反対していたそうなのです。そして、会議が終わった後にその貴族がダーク殿を異端者に仕立て上げて捕らえようというのを他の貴族と話しているのを姫様と私達が聞いてしまいまして……」
「ダークを異端者に?」
「どういう事ですか?」
シルファの話を聞いたアリシアは目を見開きながら驚き、ノワールもシルヴァを見て詳しく聞こうと尋ねる。シルヴァは目を閉じて自分の知っている事を一つずつ話していく。
「ダーク殿はご自身のお力とモンスターを召喚するマジックアイテムを使い、この国をエルギス教国からお救いになりました。陛下やマーディング様、他の貴族の方々はダーク殿を英雄として称えております。ですが、その貴族だけはダーク殿が悪魔の様な邪悪な者と取引をしてその力とモンスターを召喚するマジックアイテムを手に入れた異端者だと考えておられるのです」
「そんな、力が強くて特別なマジックアイテムを持っているだけでマスターを異端者扱いするなんて……一体誰なんですか、その貴族と言うのは?」
ノワールは自分の主を侮辱された事で少し不快な気分になりながら貴族の事を尋ねた。シルヴァは目を開けて真剣な表情で貴族の名を口にする。
「ドナルド・シャトロームというお方です」
「ドナルド・シャトローム?」
貴族の名を聞いたアリシアは少し驚いた表情で名を聞き返す。ダーク達は一斉に驚くアリシアに視線を向けた。
「アリシアさん、知っているんですか?」
「ああ、この国の教会や異端審問などを管理する伯爵だ。貴族になる前は教会で神官長を務めていたらしく神への信仰心が普通の神官やシスターよりも強い人だとリーザ隊長から聞いた事がある」
嘗て神官をやっていたリーザから聞いた話を思い出してダークとノワールに説明するアリシア。彼女も直接会った事は無いがリーザからシャトロームが異常なまでの信仰心を持っている人物だとは知っていた。
アリシアがダークとノワールにシャトロームの事を詳しく説明しているとコレットが額に手を当てながら深く溜め息を付く。その溜め息を聞いたダーク達はチラッとコレットの方を見る。
「その信仰馬鹿のシャトロームがダークは異端者だから貴族にするのは反対だと言ってのう、何とかダークから爵位を剥奪し、異端者として捕らえようとしておるのじゃ。しかし、異端者である証拠が無い。それでダークの屋敷に忍び込んで異端者である証拠を手に入れようとしておるという訳じゃ」
「成る程、だから近いうちに私の屋敷に何者かが盗みに入りに来るかもしれないと仰ったのですね?」
「そうじゃ……」
話を聞いたダークは腕を組んでどうするか考え込む。アリシアとノワールも貴族の中にダークを陥れようとしている者がいる事を知り、僅かに険しい表情になる。コレットはそんなダーク達を複雑そうな顔で見ていた。国を支える貴族の一人が英雄と言われているダークを異端者に仕立て上げようとしているのだ、貴族を管理する王族として申し訳なく思っているのだろう。
ダーク達が黙り込んでいると、ずっと会話に参加しなかったマティーリアは自分の髪を捻じりながらコレットに声を掛けた。
「その事を国王は知っておるのか?」
「……勿論じゃ。シャトロームの会話を聞いた後、妾は真っ直ぐ父上に報告に向かった。しかし証拠が無ければ何もできんと言っておられてのう。だから今回の来訪でこの事をダークにちゃんと知らせておこうと思ったのじゃ」
「フッ、成る程、幼く生意気な王女様もその辺はよく考えておるようじゃな」
「フン!」
マティーリアの挑発的な言葉をコレットはそっぽ向いて無視する。そんなコレットを見てマティーリアはクスクスと笑った。だがすぐに真剣な表情になりダーク達の方を向く。
「若殿、どうする?」
「どうするもこうするも、私は異端者などではない。堂々としているつもりだ」
「しかし、そのシャトロームとか言う貴族はお主を異端者にする為に証拠を手に入れようとこの屋敷に盗人を送りこんで来るのだぞ? そして恐らく、証拠が見つからなければ自分達で異端者であるという証拠を作り、それを使ってお主を捕らえようとするはずじゃ」
「……ああ、間違いないだろうな」
自分を狙うシャトロームがどんな性格なのか想像がつくダークは腕を組みながら低い声で呟いた。
ダークとマティーリアの会話を聞いたアリシア達は表情を鋭くする。シャトロームがどんな手を使ってもダークを異端者にして爵位を剥奪し、異端者として捕らえ、処刑しようとするだろうという話に衝撃を隠せずにいた。
「……とにかく、今は様子を窺おう。相手が動かない限りこちらも何もできない。用心しながらいつも通りにしているのがいいだろう」
ダークは貴族を相手にする状態でこちらから動くのは都合が悪いと判断し、しばらく様子を見る事にする。アリシア達もそれがいいと考え、ダークの出した答えに異議を上げずに頷く。
「ダークよ、妾達もできるだけ協力する。妾の命とこの国を救ってくれた英雄を異端者などには絶対にさせん」
「ありがとうございます、コレット様。ですが、御無理はなさらないようにしてください?」
「ウム、分かっておる」
コレットはダークに協力する事を伝え、ダークは目の前にいる幼い王女の勇気を感じて心の中で敬服する。アリシアとノワールもコレットを見つめながら微笑みを浮かべており、マティーリアも少しだけコレットを見直したのか小さく笑っていた。
それから簡単にシャトロームの事を話し合い、話を終えたコレットはダークの屋敷を後にした。