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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第九章~邪心の異端審問官~
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第九十二話  歪んだ愛国者


 ダークがアリシアからエルギス教国との交流について聞いた日から四日後、アルメニスの王城ではマクルダム達が会議を開いていた。内容は戦争を勝利へと導いたダークとその仲間、そして調和騎士団のアリシアに対する恩賞と今後の事についてだ。

 会議室には国王であるマクルダム、調和騎士団の管理者であるマーディング、主席魔導士であるザムザス、数人の上位貴族が集まり円卓を囲んでいた。全員が真剣な表情で会議を行っている。そして会議室の隅には十数人の衛兵が控えていた。


「戦争が終わり、エルギス教国との会談も無事に済んだ。我が国は少しずつ嘗ての平和な生活を取り戻しそうとしている。だが、完全に元に戻るには長い時間が掛かるだろう。その間、皆には貴族として、国民を導き元の暮らしに戻すよう努力してもらいたい。儂は皆の働きに心から期待している」


 戦争の爪痕が残る中、少しずつ傷を癒して戦争が起こる前の暮らしに戻していきたい、マクルダムはそう考えながらマーディング達に頑張ってほしいと伝えた。

 マーディング達はマクルダムの言葉を真剣な表情で聞いて頷く。その表情にはセルメティア王国の貴族として当然、という思いが感じられる。それは彼等のセルメティア王国、そしてマクルダムへの忠誠心の表れでもあった。


「エルギス教国との戦争に勝利できたのは儂に力を貸してくれたお主達、そして最前線で命を賭けた戦ってくれた兵士達のおかげでもある。改めて儂は兵士達、そしてお主達に心から礼を言う……本当にありがとう」


 貴族達に感謝をするマクルダムを見てマーディング達は真剣な表情を変えて小さな笑みを浮かべる。セルメティア王国の住民として当然の事したと思ってはいるが、他人が自分達に直接礼を言って感謝をしてくれるのを見ると嬉しくなり思わず笑ってしまうようだ。マーディング達はこれからもセルメティア王国とマクルダムの為に力の限りを尽くそうと心に誓う。


「そして、今回の戦争で最も活躍を見せ、我々を勝利へ導いてくれた冒険者ダークと我が国の聖騎士であるアリシア・ファンリード、そしてその仲間達にも心から感謝をしなくてはならん」


 マクルダムがダークとアリシアの話を持ち出すとマーディングとザムザスはその通りだ、と言いたそうに笑って頷く。他の貴族達も何も言わずに黙って頷いている。しかし、その中にダーク達の活躍を面白くないと思っているのか不満そうな顔をする貴族もいた。

 

「先日の会議でも話したように冒険者ダークには今回の戦争で我が国を勝利へ導いた事への恩賞として礼金と爵位を与えようという事になった。覚えているか?」

「ハイ、それでダーク殿には子爵の称号を与え、何処かの町の管理を任せるというは事でした」

「その通りだ、マーディング。それでまず手紙を送り、爵位を与える事を伝えてダークの意志を確認する事にした。爵位は受ける事もできれば辞退する事もできる。もしダークが爵位を辞退すれば他の恩賞を与えるという事にしておる」


 貴族達を見ながらマクルダムは真剣な顔でダークに爵位を与えるという手紙を送った事を話す。すると一人の貴族が席を立ち、マクルダムに進言して来た。


「陛下、よろしいですか?」


 進言して来た貴族にマクルダム達は一斉に注目する。その貴族は四十代後半ぐらいで金色の短髪にカイゼル髭を生やし、小太りの姿をした貴族だった。


「何だ、シャトローム?」


 マクルダムは貴族をシャトロームと呼んで尋ねる。シャトロームは鋭い目でマクルダムを見ながら口を動かした。


「……やはり私はあの黒騎士に爵位を与えるのは反対です!」


 力の入った声を出し、シャトロームはダークに爵位を与える事を反対した。そんな彼を見てマクルダムやマーディングはめんどくさそうな反応を見せる。ザムザスや他の貴族達も呆れた様な表情でシャトロームを見ていた。

 ドナルド・シャトローム、シャトローム家の当主を務めるセルメティア王国の伯爵の一人でもあり、王国の教会を管理している男だ。彼は今回の会議に参加する貴族の中でダークへの爵位授与に最後まで反対している貴族である。先日の会議で賛成派の貴族達が反対派の貴族を説得する中、シャトロームだけは最後まで反対し続けた。だが結局、多数の貴族が賛成した事でダークへの爵位授与が決まる。しかし、シャトロームはどうしてもこの決定に納得ができず、今回の会議で再び反対を進言したのだ。

 真剣な表情を浮かべるシャトロームを見てマクルダムは額に手を当てながら、やれやれと言いたそうな顔をする。


「……シャトロームよ、その件は前の会議でお主も納得したのではなかったのか?」

「ハイ、あの時は……ですが、やはり私は反対です。あのような得体のしれない男に爵位を与え、国の一部を管理させるなど!」

「シャトローム卿、今の言葉、聞き捨てなりませんな?」


 シャトロームが強い口調でダークを罵っているとマーディングがシャトロームを睨みながら低い声を出す。

 マーディングはこれまで騎士団の仕事で何度もダークに依頼をし、彼に助けられてきた。だからマーディングはダークの実力と彼が温厚な性格の持ち主である事を知っている。そんなダークを得体のしれない存在と言われてカチンと来たのだ。


「ダーク殿はこれまで調和騎士団に何度も力を貸してくださいました。コレット殿下をお救いし、今回のエルギス教国との戦いでも我々を勝利へ導いてくれた。この時点で彼がどれだけ素晴らしい存在なのかが分かるはずです。なのになぜ貴方はそこまで反対するのです?」

「マーディング卿、確かに貴方の言うとおりです。あの男はこの国を救いました……ですが、私が気にしているのはあの男の力と見た事の無いマジックアイテムを所有しているという事です」

「……何が言いたいのですか?」


 シャトロームの言っている事が理解できないマーディングは低い声で訊き返す。するとシャトロームは席を立ち、会議室にいる貴族達を見回しながら語り始めた。


「あの者の力は普通の冒険者では得られない大きなものです。そして、あの男が使ったマジックアイテム、報告ではモンスターを召喚する事のできるマジックアイテムがあったと聞いています。そんなマジックアイテムを持つ者が普通の人間だと思えますか?」

「……つまりシャトローム卿はダーク殿が我々が知らない未知のマジックアイテムを所有しているから彼を危険な存在だと判断し、爵位を与える事に反対していると?」

「それだけではありません。私はあの男が邪悪の者と繋がっていると考えております」

「は?」


 突然訳の分からない事を言い出すシャトロームを見てマーディングは思わず声を出す。マクルダムやザムザス達、そして部屋の隅で黙って話を聞いていた衛兵達も一斉にシャトロームに注目した。


「あの男の持つマジックアイテムは人間では決して作れない様な物ばかりです。あのような物を作れるのは我ら人間よりも優れた知識や技術を持つ者だけです。そんな事ができるのは邪悪な力を持つ魔の者だけしかいません」

「つまり、貴方はダーク殿が邪悪な力を持つ者と繋がっている。もしくは悪魔か何かと契約をかわしていると仰るのですか?」

「それならばモンスターを召喚するマジックアイテムの事も説明がつきます」

「あのアイテムはダーク殿が嘗て仕えていた国の王族から譲り受けたりダンジョンの中で見つけた物だと言っていましたぞ?」

「マーディング卿、貴方は本気でその事を信じておられるのか?」

「当然です! そもそもダーク殿の様な温厚な方がそんな事をするはずがありません!」

「何とも甘い考え方ですな。貴方は何も分かっていない」

「それは貴方だ!」


 マーディングはシャトロームの考え方を真っ向から否定する。シャトロームもマーディングはダークの本当が姿が見えていないと言い放ち、会議室は緊迫した空気に包まれた。

 シャトロームは王国の教会を管理するのと同時に異端審問も管理している。その為か、神への信仰心などが人一倍強く、神に背く様な行動をしたり、考えたりする人間がいればその人間を悪魔に魂を売った異端者と判断し、異端審問官を送って捕らえていたのだ。

 エルギス教国との戦争でダークが特殊なマジックアイテムを使ってモンスターを召喚したと聞き、シャトロームはダークが悪魔の様な存在と契約をかわしてマジックアイテムを手に入れたと決めつけ、ダークを異端者と判断し爵位を与える事に反対していた。しかし、マクルダムやマーディング達はそんなシャトロームの考えを否定し、ダークは少し特別な力を持つ人間であると考えている。


「……二人とも、そこまでにしろ」


 マクルダムが言い合いをするマーディングとシャトロームを見て流石にこれ以上は放っておけないと判断し二人を止める。マーディングとシャトロームはマクルダムに止められて言い合いをやめてマクルダムの方を向く。他の貴族達もマクルダムが二人を止めて緊迫した空気が消えた事により安心の表情を浮かべる。


「シャトロームよ、さっきも言ったようにダークに爵位を与えるという事は先日の会議で決定し、お主もその事は承諾した。今更変更する事はできん」

「で、ですが、陛下、もしあの黒騎士が本当に邪悪な者と契約を交わしていたとすれば、この国に大きな災厄をもたらす事になりますぞ!?」

「お主がこの国の事を考えて言っている事は儂も分かる。だが、未知のマジックアイテムを使い、モンスターを召喚したからと言ってその者を異端者と決めつけるのはよくない。そもそもダークが邪悪な者と契約を交わしているなどという証拠はどこにもない。何よりも、儂等はあの者がそんな事をする様な者とは思っておらん」

「し、しかし陛下……」

「これ以上、我が国を救った英雄を異端者扱いする事は許さん。いいな、シャトローム?」


 最後にマクルダムは低い声でシャトロームに警告をする。それを聞いたシャトロームはこれ以上マクルダムの機嫌を損ねるような事をしてはならないと感じ、黙り込みながら軽く頭を下げて席に付く。マーディングもジッとシャトロームを見つめながら座った。


「……さて、話を戻そう。先程も話したようにダークが爵位を受けるか辞退するか本人の意思を聞く為に手紙を送った。そして二日前にダークから爵位を受けるという返事の手紙が届いた」

「そうですか……」


 ダークが爵位を受けるという事を聞いたマーディングは嬉しそうに笑う。シャトロームは納得できずに周りに聞こえないくらい小さく舌打ちをした。

 それからマクルダムはダークに爵位を与えた後、彼にどんな仕事を与えるのかを話し合う。シャトロームはマクルダムに忠告されたせいかその後の会議では一切進言しなかった。そして会議は順調に進み、ダークの爵位授与、アリシアの異動についての会議は無事に終了する。

 会議が終わると貴族達は静かに会議室を出て行く。マーディングは納得の結果に終わった事に笑みを浮かべており、シャトロームは納得のいかない表情を浮かべている。他の貴族達はそんな気分が正反対の二人を見ながら黙って廊下を歩いた。

 貴族達がいなくなった会議室ではマクルダムが疲れた様な顔で椅子にもたれており、その隣には同じように疲れた顔をしたザムザスが立っていた。衛兵達も部屋の隅で黙って控えている。


「……全く、シャトロームにも困ったものだな」

「確かに、あそこまでダーク殿を異端者と決めつけ、爵位を与える事に反対すのは少々問題ですな……」

「まぁ、あの者は元は教会の神官長を務めておったからな。神への信仰が関わる事には非常に厳しく、真面目な性格をしておる。だから些細な事でも異端に関係すれば放ってはおけんのだろう……」

「使命感が強すぎる、という事ですかな?」

「そうとも言える。だから儂もシャトロームの考え全てを否定する事ができんのだ……」


 まるで職場で真面目過ぎる職員を心配する様な上司の様な口調をするマクルダム。ザムザスも大変なマクルダムを同情するような表情で見つめていた。

 二人がシャトロームの事を話していると会議室の扉をノックする音が聞こえ、二人は扉の方を向く。すると扉が開き、一人の少女と二人の若いメイドが入って来た。

 少女は小麦色の長髪に頭に小さなティアラを乗せて白いドレスを着た十二歳ぐらいの姿をしており、二人のメイドは一人が水色の長髪で眼鏡をかけた二十代半ばくらいのメイドでもう一人で紺色のショートボブの髪型をした二十代前半ぐらいのメイド。会議室に入って来たのはセルメティア王国の第二王女、コレット・ビ・ヴィズ・セルメティアと彼女の世話をするバトルメイド、シルヴァとメノルだった。


「父上、会議は終わったのですか?」

「おおぉ、コレットか。ウム、先程終わったところだ」


 会議室に入って来たコレットを見てマクルダムの表情が疲れた顔から笑顔へ変わる。娘を見た事で少しだけ元気が戻ってきたようだ。

 コレットは小走りでマクルダムの下へ向かい、彼の隣まで来ると満面の笑みを浮かべる。シルヴァとメノルも歩いてマクルダムとザムザスの下へやって来た。


「会議の方はどうなったのですか?」

「ああ、ダークが爵位を受けた事を皆に伝え、あの者にどのような仕事を与えるのかを話し合ったのだ」

「おおぉ! ダークは爵位を受け取ったのですか?」


 ダークが爵位を受け取った事を聞かされたコレットはまるで自分の事の様に嬉しそうな顔をする。嘗て自分を救い、自分と友達の様に接してくれたダークが貴族の仲間入りをする事が嬉しいのだろう。コレットの後ろにいるメノルも自分が仕えている王女を救ってくれた者達が出世した事が嬉しいのか小さく笑っている。

 笑うコレットを見ながらマクルダムもしばらく微笑みを浮かべていた。だが、シャトロームの事を思い出して再び疲れた様な表情を浮かべる。


「ただ、シャトロームは未だにあの者が爵位を得る事に反対しておるようじゃ」

「……むぅ? あの信仰馬鹿がですか?」


 コレットはシャトロームの話を聞くと笑顔が消えてムッとした表情を浮かべる。どうやらコレットもシャトロームの神に対する異常な信仰心が気に入らないようだ。


「姫様、そんな言い方ははしたないですよ?」


 後ろにいたシルヴァがシャトロームを馬鹿呼ばわりしたのを聞いて注意する。するとコレットはムッとしたままコレットの方を向いた。


「よいではないか? あの者の考え方は度が過ぎとる。他の貴族達も皆あの者はおかしいと言っておるのじゃぞ?」

「それでも王女がそんな下品な言葉づかいをしてはなりません」


 どんな理由があろうと王女らしくしないといけないというシルヴァを見てコレットは頬を膨らます。メノルはコレットを見て困り顔をし、ザムザスは苦笑いを浮かべた。

 マクルダムは髭を整えながらコレットの話を聞き、会議室の窓から外を眺めながら小さく息を吐く。


「……まぁ、コレットの言いたい事もよく分かる。確かにシャトロームの信仰心は少しばかり強すぎるところがあるからな」

「やはり父上もそう思われていましたか?」

「ああ、じゃがあの者が神を信仰し、この国を守りたいと思っているのも事実。だからあの者の考え全てを否定する事はできんのだ」

「むう……それはそうですが……」


 コレットは納得がいかないのか小さく頬を膨らませる。マクルダムの言う通り、シャトロームはセルメティア王国の事を考えているのかもしれない。だがやはり、自分とこの国を救い、英雄となったダークを異端者扱いするのは許せないようだ。

 頬を膨らませるコレットを見たマクルダムはそっと彼女の頭を撫でる。頭を撫でられた事でコレットは頬を膨らませるのをやめて目を閉じた。


「そんな顔をするな。シャトロームは決して悪い男ではない。ただ少し考え方が他の者と違うだけなのだ。だからそう毛嫌いするでない」

「……ハイ、父上がそう仰るのなら」


 コレットはマクルダムの言葉で一応納得する。マクルダムはそんなコレットを見て笑いながらうんうんと頷く。


「陛下、爵位授与の手紙はいつダーク殿に送られるおつもりですあ?」


 マクルダムがコレットとの話を終えるとザムザスがマクルダムに声を掛ける。マクルダムはコレットの頭から手をどかしてザムザスの方を向く。


「そうだな……この後書いたとして、爵位を管理する者に知らせる必要もあるから、明日届ける事になるだろうな」


 ザムザスはマクルダムから手紙を届けるまでの流れを黙って聞いている。すると、その話を聞いていたコレットはふと反応し、笑みを浮かべながらマクルダムに話しかけた。


「父上、その手紙なのですが、妾が届けて来てもよろしいですか?」

「何? お前がか?」


 コレットの口から出た言葉にマクルダムやザムザスは意外そうな顔を見せる。一方で専属メイドであるシルヴァとメノルの姉妹は目を丸くして驚いていた。


「姫様、何を仰っているのですか? 予定も立てていないのにいきなり外出したいなど……」

「それに明日もお勉強をしなくてはならないのです。外出する余裕などありませんよ?」


 シルヴァとメノルが明日の予定などを話して外出する事を反対する。コレットは二人の方を向き、両手を腰に当てながら二人を見上げた。


「よいではないか。エルギス教国との戦争が始まった時から今日まで妾は数えるくらいしか城の外に出ておらんかったのじゃからな。勉強の方は明日外出できるよう今日の勉強の時間を長くすれば問題ないであろう?」

「いや、そう言う問題では……」


 メノルは困り顔を浮かべコレットを見下ろし、隣に立つシルヴァもどうすればコレットが納得するのかと同じように困った顔をしている。

 コレットはシルヴァとメノルを黙らせると座っているマクルダムに寄り添い、上目遣いで甘える様な表情を浮かべる。


「父上、お願いします。明日の分の勉強は今日の勉強の時間にやりますし、妾は久しぶりにダーク達に会いたいのです」

「う~む……」


 マクルダムは頭を掻きながらコレットを見てどうするか考える。確かに戦争が始まってからはエルギス教国の暗殺者などが首都に潜入している事などを警戒し、王族は王城の外に出ないようにしていた。第一王子のロイクと第一王女のアルティナは戦争中なので仕方がないと納得したが、幼いコレットにとっては外出できず城に籠る事は辛い事だった。

 たまに外出する事を許したが、その時は気分転換をする為という事で馬車から降りられず、コレットは街中を見て回る事はできなかった。それも数ヶ月の間に数回だけ、これではちゃんと外出したという事にならずコレットには不満とストレスが溜まる一方である。だが戦争が終わり、暗殺者などの危険が消えてようやく安心して外出できるようになったので、コレットはダーク達に会って手紙を渡すのと同時にちゃんとした気分転換をしようと手紙を持っていく事を進言したのだ。

 目を閉じてコレットを外出させるかを考えるマクルダム。コレットは上目遣いのまま心の中で外出させてほしいと願い、シルヴァとメノルはコレットを止めてほしいと心の中で願う。

 やがてマクルダムは目を開き、溜め息をつくとコレットの方を向いた。


「……仕方がないのう」

「父上!」


 マクルダムの言葉を聞き、コレットは外出を許可してもらった事に笑みを浮かべる。シルヴァのメノルはマクルダムの予想外の言葉に目を見開いて驚く。


「へ、陛下、よろしいのですか?」

「戦争が終わってもう二週間以上も経つのだ。町にエルギス教国の暗殺者が潜入している危険も無いだろう。それにコレットの気持ちも分かる。折角だから今回はコレットに手紙を届けてもらう事にしよう」

「父上、ありがとうございます!」


 コレットはマクルダムから離れると頭を下げて礼を言う。ザムザスもそんなコレットを見て小さく笑っていた。シルヴァとメノルはマクルダムが決めた事だからこれ以上異議を上げても意味が無いと考え、それ以上は何も言わなかった。


「その代わり、お前がさっき言ったように明日の勉強時間の分は今日の勉強時間にちゃんとやってもらうぞ? あと、明日の外出はダークに手紙を届ける事が目的だ。ダークの屋敷以外で馬車から降りる事は許さん、手紙を渡したら寄り道せずに帰って来い。いいな?」

「ハイ!」


 久しぶりに外へ出れる事とダーク達に会える為、コレットは勉強時間が長くなる事に嫌な顔一つせず笑って頷く。そんなコレット笑顔をマクルダムは苦笑いをしながら見ていた。

 マクルダムとの話を終えたコレットはシルヴァとメノルを連れて会議室を後にし、自分の部屋へ戻る為に廊下を歩いていく。その間、コレットは明日が楽しみなのか鼻歌を歌っていた。シルヴァとメノルはそんなコレットの後ろをついて行き、彼女の背中を見つめている。


「フフフ、明日が楽しみじゃのう」

「姫様、確認の為にもう一度言いますが、明日のお勉強の時間を無くす為にこの後のお勉強の時間は長くなりますからね?」

「分かっておる、父上とも約束したからのう」


 折角気分が良かったのに勉強の事をメノルに確認されてコレットは少し不機嫌そうな反応をする。メノルの隣にいるシルヴァは二人の会話を見て小さく笑っていた。

 コレット達は階段を下りて三階まで移動する。マクルダム達がいた会議室は四階あり、コレットの自室へ向かうには三階に下りる必要があった。

 三階に下りたコレット達は廊下を歩いてコレットの自室へ向かう。すると、廊下の窓から約20m先に王城の中庭を見下ろせるバルコニーがあるのが見え、コレット達はそのバルコニーで二人の男が会話をしている姿を見て立ち止まった。


「ん? あそこにおるのは誰じゃ? 格好からして貴族の様じゃが……」


 男達に気付いたコレットは遠くのバルコニーを見ながら後ろにいるシルヴァとメノルに尋ねる。二人はコレットの後ろでバルコニーにいる男達が何者か確認した。


「あれは、シャトローム様ですね。一緒にいるのはシャトローム様の補佐を務めておられる男爵のラルフ様です」

「何、あの信仰馬鹿が?」

「え、ええ……それにしても、お二人は何を話されているのでしょうか」


 メノルはバルコニーにいるシャトロームを見ながら不思議に思う。コレットはもう一人のラルフと言う貴族と会話をするシャトロームを鋭い目でジッと見つめている。そしてシャトロームを見ながら足音を立たずにゆっくりと近づく。


「姫様?」


 シルヴァは突然慎重に歩き出すコレットを見て声を掛ける。コレットはシルヴァとメノルの方を向き口に指を当てて黙らせた。そして静かにバルコニーへ近づいて行き、シルヴァとメノルもその後に続く。

 バルコニーの入口に近づいたコレットは壁に寄り掛かりながらバルコニーにいるシャトロームとラルフの会話に耳を傾けた。バルコニーの中央ではシャトロームが薄い青色の短髪をした三十代後半ぐらいの貴族と会話をしている姿がある。その貴族がシャトロームの補佐をしているラルフ男爵だ。


「やはり陛下はそのダークと言う者に爵位を与えるとお決めになられたのですか?」

「そうだ……まったく、陛下は何も分かっていらっしゃらない!」


 複雑そうな顔で尋ねるラルフの言葉にシャトロームは強い口調で言う。やはりダークに爵位を与える事が納得できず、マクルダムの考えに腹を立てているようだ。コレット達はシャトロームの言葉を聞いて表情を鋭くする。


「このままあの得体のしれない黒騎士が爵位を手に入れ、この国で権力を付ければどうなる? 間違いなくあの者は権力を振りかざしやりたい放題するはずだ。そんな事になればこの国は奴に乗っ取られてしまう!」

「いかがなさいますか?」


 腹を立てるシャトロームにラルフは尋ねる。ラルフの態度とシャトロームの言った事を否定しないところからラルフもシャトロームと同じでダークに爵位を与える事を反対している貴族のようだ。

 コレット達はシャトローム以外にもダークに爵位を与える事を反対し、ダークがセルメティア王国に災いをもたらす存在だと考えている貴族がいた事に驚く。コレットは今すぐ飛び出してシャトロームとラルフを怒鳴りつけようとしたが、二人はまだ何か話をする様なので我慢して話を聞く事にした。


「……私はあの者が邪悪な者に魂を売り渡した異端者だと考えている。だからできるものなら今すぐにでも奴を捕らえ、異端者として処刑してやりたいと思っておる。そうすればこの国から闇は消えて無くなるだろうからな」

「しかし、あの者が異端者であるという証拠がありません。ダークが持つモンスターを召喚するアイテムなどもあの者がダンジョンなのど手に入れたと話し、陛下やマーディング卿達はそれを信じております。奴が異端者であるという確実と言える証拠がなくてはあの者を捕らえる事はできません」

「分かっておる。だからこうしてお前と奴が異端者である事を証明する方法を考えておるのではないか」


 どうすればダークを異端者としてとらえる事ができるか、シャトロームとラルフは真剣な顔で考える。二人がとんでもない事を話しているのを聞いてコレットの表情が徐々に変わっていく。


「アイツ等、どうしてもダークを異端者にしたいようじゃな……」

「姫様、落ち着いてください」


 シャトロームとラルフへの怒りを呟くコレットを見てシルヴァは小声で落ち着かせる。

 コレット達が盗み聞いている事も知らずにシャトロームとラルフはダークを異端者として捕らえる方法を考える。するとラルフが何かを閃いたのかフッと顔を上げてシャトロームの方を向いた。


「シャトローム卿、ダークが異端者である証拠を見つけて陛下にお見せすればどうでしょう? それなら陛下もダークを異端者と認めて爵位を剥奪し、異端者として捕らえる事を許可されるはずです」

「だから、その証拠が無いから奴を捕らえる事ができんのだ!」

「分かっております……ですから奴の屋敷に忍び込んで証拠を見つけ出せばよいのです」

「何?」


 ラルフの口から出て言葉にシャトロームは反応する。盗み聞いていたコレット達はラルフの言葉に耳を疑い驚きの反応を見せた。コレット達にはラルフが何を考えているのか分かったようだ。


「奴は必ず屋敷の何処かに邪悪な者と繋がりを証明する物を隠しているはず。それを見つけて陛下に提出すれば陛下もダークが異端者だと認めるでしょう、そうすれば異端審問官に奴を捕らえさせることできるます」

「成る程……しかし、奴の屋敷に侵入し、持ち物を盗み出してしまえば陛下にダークの屋敷へ侵入した事がバレるぞ?」

「そちらの方はご安心ください。私に良い考えがありますので……」


 そう言ってラルフはシャトロームの耳に顔を近づけて小声で何かを伝える。それを聞いたシャトロームは笑みを浮かべて納得した様な反応を見せた。

 廊下で会話を聞いたコレット達はシャトロームとラルフがとんでもない事を計画している事を知り、緊迫した表情を浮かべていた。


「あ、あ奴等、何を考えておるのじゃ……」

「姫様、いかがなさいますか?」

「決まっておる、急いでこの事を父上に知らせるのじゃ」


 そう言ってコレットはシャトロームとラルフに気付かれないように静かにバルコニーから離れてマクルダムの下へ向かう。シルヴァとメノルも音を立てずにコレットの後をついて行った。


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