第九十話 決着の激戦
セルメティア王国軍とエルギス教国軍の決戦が遂に始まった。平原内で両軍がぶつかり剣をぶつけ合う。戦況は当然セルメティア王国軍が優勢な状態だった。ノワールの神格魔法によってエルギス教国軍の半数以上が倒れ、生き残った兵士達も毒状態となり混乱している。何とか毒に耐えて戦おうとする兵士もいたが、毒で弱っている兵士は十分な力を発揮できずに次々に倒されていく。エルギス教国軍の魔法使い達が兵士達が毒状態になっている事を知って解毒をしようとするが、兵士の数が多すぎて全員を解毒できず、態勢を立て直す事ができなかった。エルギス教国軍は徐々に追い詰められていく。
エルギス教国軍が追いつめられている一方でセルメティア王国軍は敵が態勢を立て直す前に決着を付けようと一気に進軍する。兵士達はエルギス教国軍が毒状態となっている事に気付き、弱っている敵に剣を向ける事に対して後ろめたさを感じていた。だが、今自分達は戦争をしている。負ければ国や国民がどんな目に遭うか分からない。兵士達は国の為に負ける訳にはいかないと自分達に言い聞かせながら感情を消して剣を振った。
進軍するセルメティア王国軍の中にはダークが召喚したモンスターもおり、兵士達と一緒にエルギス教国軍を攻撃している。モンスターの中にはグラシードの町を解放する時に使ったストーンタイタンやバーネストの町の戦いで使ったシャドウビースト、スケルトンメイジなどがおり、その圧倒的な力で敵兵士達を倒していく。エルギス教国の兵士達は毒で上手く動けない事と押し寄せて来る敵の威圧感に恐怖を感じていた。
敵と戦うセルメティア王国軍の中をダーク達は敵の本陣へ向かって走っていた。周りで戦うセルメティア王国の兵士と必死に抵抗するエルギス教国の兵士達、先頭を走るダークとその頭上を飛んでいるノワール。そしてダークの後ろをアリシア、レジーナ、ジェイクがついて行き、三人の頭上をマティーリアが竜翼を広げて飛んでいた。
「少しずつだけど、確実にエルギス教国の兵士は減ってきているわね」
「ああ、このまま行けば我が軍の勝利だ」
レジーナとアリシアが走りながら会話をし、セルメティア王国軍が勝利に近づいている事を話す。アリシアが真剣な顔で走っている隣でレジーナは小さな笑みを浮かべる。心の中でセルメティア王国軍がエルギス教国軍に勝つ事を喜んでいた。
「だがよぉ、敵の中にはノワールの魔法の影響を受けていない奴もいるんだろう? ソイツ等が出てきたらどうするんだ?」
「心配ない。ノワールの話では魔法の影響を受けていないのは敵陣の中にあるテントに入っていた者達だけじゃと言っておった。敵陣の大きさからして、助かった者はせいぜい五十人程度じゃ、そ奴等が最前線に出て来てもセルメティア王国の優勢に影響が出る事はないはずじゃ」
「ならいいんだが……」
何か予想外の事が起きて押し返されるのではないかと考えるジェイクを頭上を飛んでいるマティーリアが安心させる。だがそれでもはやり油断はできないと考えているジェイクは最後まで油断せずに戦う事にした。
先頭を走るダークは大剣を振り回してエルギス教国の兵士や騎士達を次々に薙ぎ払っていく。彼の後ろをついて行くアリシア達も得物を振って近くにいる敵を倒していた。
ダーク達が敵を倒しながら進んで行くと、200mほど先に敵の本陣があるのが見えた。ダーク達はこのまま一気に敵本陣へ突入しようと速度を上げて走る。すると本陣の中から騎士剣を持ったテンプルナイトが二十人ほど出て来た。毒で苦しんでいる様子もないところから、テントの中にいてニーズヘッグレインから逃れたテンプルナイト達だろう。
「チッ、やはり無事だった奴等がいたか」
出て来たテンプルナイト達を見てダークは小さく舌打ちをする。頭上を飛ぶノワールも自分の魔法から逃れたテンプルナイト達を見て少しムッとした顔になった。
本陣から出て来たテンプルナイト達は自分達に向かって走って来るダーク達に気付き、彼等を迎え撃つ為に一斉にダーク達に向かって行く。ダークは目を赤く光らせると走る速度を上げる。アリシア達は自分達を残して先へ行くダークを見て一瞬驚きの反応を見せた。
「雷の槍!」
「風の刃!」
「石の射撃!」
「光球!」
テンプルナイト達は勢いよく走って来るダークを見て数人のテンプルナイトは立ち止まり下級魔法を放ちダークを攻撃した。残る十数人のテンプルナイト達はそのままダークに向かって走って行く。ダークは飛んで来る下級魔法を走りながら全て大剣で叩き落し、更に走る速度を上げ、向かって来るテンプルナイト達を横切りで一掃した。
仲間達が一掃された光景を見た生き残りのテンプルナイト達は驚き、慌てて新たに魔法を発動しようとする。だが、テンプルナイト達が魔法を発動する前にダークは距離を詰めてテンプルナイト達を切り捨てた。
あっという間にテンプルナイトを倒したダークはすぐに敵本陣に向かって走り出す。アリシア達は置いていかれないように必死にダークの後を追う。敵を倒しながら走り続けるダーク達、そして遂にエルギス教国軍の本陣に突入した。
ダーク達が敵本陣に入ると、無数のテントの中から大勢のテンプルナイトが現れてダーク達を取り囲む。自分達を取り囲むテンプルナイト達を見てダークは黙って敵の人数を確認し、レジーナとジェイクは意外に多かった敵に少し驚いた様子だった。
テンプルナイト達がダーク達を警戒していると、テンプルナイトの間を通って二人の騎士がダーク達の前に出る。六星騎士のジェームズとメアだった。ダーク達は突然現れたテンプルナイトと雰囲気の違う騎士に視線を向ける。
「ようこそ、セルメティア王国の戦士達!」
「たった数人で敵の本陣に攻めて来るなんて、馬鹿な連中ね?」
笑いながら挨拶をするジェームズと挑発的な態度を取るメアをダーク達はジッと見つめる。すると更にもう一人別の騎士が現れてジェームズとメアの間に立つ。初老で腰に二本の騎士剣を治めた六星騎士の長、グレイだ。
「私はエルギス教国軍の指揮官にして六星騎士の一人、グレイ・ビスマートンと言う」
「ほう? お前が指揮官か……六星騎士、という事はお前もあのガムジェスと同じエルギス教国の切り札の一人の言う事か」
以前戦った六星騎士の一人の事を思い出しダークはグレイを見つめる。グレイはダークの言葉を聞くとフッと反応した。。
「貴公はガムジェスを知っているのか? ……もしや、ガムジェスを倒したのは貴公か?」
「その通りだ。私は暗黒騎士ダーク、セルメティア王国の冒険者だ」
「冒険者?」
「嘘でしょう? ガムジェスの奴、冒険者なんかに負けたの? 情けないわねぇ~」
ダークの正体を知り、少し驚いた反応をするグレイと敗北した仲間の事を小馬鹿にするメア。アリシア達は死んだ自分の仲間を侮辱するメアの態度を見て僅かに不快な気分になった。
ジェームズはやれやれと言いたそうな顔でメアを見ており、グレイはメアを無視してダークの方を見続けている。その表情には仲間を殺された事に対する怒りなどは無く、ただ目の前にいる黒騎士を敵として見ているだけの表情だった。
「……ダーク、と言ったな? まさか貴公が例のセルメティアの黒い死神と呼ばれている黒騎士か?」
「ほぉ、エルギスの本国までその名が届いているのか。私も意外と有名なのだな」
「成る程、セルメティアの黒い死神が相手ならガムジェスが負けるのも納得がいく。噂では貴公ともう一人の白い魔女と呼ばれている聖騎士は我ら六星騎士に匹敵する実力を持っているらしいではないか?」
「……フッ」
グレイの質問に答えずにダークは小さく笑う。この時、ダークは心の中で自分はアンタよりも遥かに強いぞ、と考えていた。彼の後ろにいるレジーナとマティーリアもクスクスとグレイにバレないように小さく笑っている。しばらくダークと睨み合っていたグレイは腰に納めてある二本の騎士剣を抜いた。
「ガムジェスを倒した者がどれ程の実力を持っているのか、正直私は興味があった……しかし、それでも僅か数人で我が本陣に攻め込んで来るのは少々無謀ではないか?」
「フッ、私達をそこらの騎士と一緒にしてもらっては困る。仮にもお前の仲間であるガムジェスを倒したのだからな」
「どうやら貴公はよほど自分の力に自信があるようだな?」
ダークの傲慢な態度を見てグレイは僅かに目を鋭くする。そして右手に持っている騎士剣の切っ先をダークに向けた。
「なら見せてもらおうか? 貴公の力がどれ程のものなのかを……」
「その言葉、そのままお前に返そう」
お互いに挑発し合いながら火花を散らせるダークとグレイ。セルメティア王国最強の冒険者とエルギス教国最強の騎士が今まさに剣を交えようとしていた。
「アリシア、君達は周りのいるテンプルナイト達の相手を頼む」
「分かった」
ダークの指示を聞いてアリシアはエクスキャリバーを構えてテンプルナイト達の方を向く。ノワール達もそれぞれ武器を構えて取り囲んでいる敵を睨んだ。テンプルナイト達も一斉に騎士剣を構えてアリシア達を警戒する。
「……メア、ジェームズ、お前達はテンプルナイト達と共にあの者達の相手をしろ」
「分かりました」
「ハイハイ」
グレイに指示されてメアとジェームズはアリシア達の相手に向かう。邪魔する者がいなくなり、ダークとグレイは愛剣をしっかりと握りながら構えた。
陣の外で激しい戦いが繰り広げられる中、アリシア達の戦いが始まる。アリシアはエクスキャリバーでテンプルナイト達を次々に切り捨てていき、マティーリアもロンパイアを振り回し踊る様にテンプルナイト達を倒していく。ノワールは宙に浮いた状態で補助魔法を掛けながらアリシア達を援護している。そして、レジーナとジェイクはそれぞれメアとジェームズと向かい合い戦いを始めようとしていた。
「ダークとか言う黒騎士がグレイさんに取られちゃったから他の奴を相手にするとは思ってたけど、まさかアンタみたいな盗賊娘が相手なんてね? あたしはあっちの聖騎士の女がよかったのに……あ~あ、やる気しないなぁ」
「やる気が無いなら剣を捨てて投降してくれない? あたしもアンタみたいなお子ちゃまの相手をするほど暇じゃないのよ」
「ああぁ? 誰がお子ちゃまだって?」
「アンタ以外いないでしょう?」
エメラルドダガーを構えながら自分を子ども扱いするレジーナを見てメアは歯を強く噛みしめながらレジーナを睨み、腰に納めてあるスモールソードを抜いた。
「あたしはこう見えても二十歳のお姉さんなんだよ! アンタこそまだ十代のお子ちゃまだろうが!」
「失礼ね、あたしはこれでも十八歳、アンタと二つしか違わないわよ」
「ハッ! 年下である事に変わりはねぇだろうが!」
メアは声を上げながら地を蹴りレジーナに向かって跳ぶ。レジーナも跳んで来るメアを見てエメラルドダガーを構えた。
レジーナの1m程手前まで近づくとメアはスモールソードを両手で握りレジーナに袈裟切りを放つ。レジーナはエメラルドダガーでレジーナの攻撃を防ぐ。二つの刃がぶつかり金属の擦れるような音が聞こえる。
「へぇ? あたしの一撃を止めるなんて少しはできるようね?」
「これでも七つ星の冒険者なのよ、あたしは……」
「あらそうなの。でも、六星騎士のあたしの敵じゃないわね!」
そう言ってメアはスモールソードを引いて再びレジーナに攻撃を仕掛けた。今度はスモールソードを何度も振って連続攻撃を仕掛ける。レジーナは後ろに後退しながらエメラルドダガーでメアの連続切りを全て防いでいく。だが、短剣でスモールソードの攻撃を防ぐのは辛いのかレジーナの表情は僅かに歪んでいた。それを見たメアは自分が押していると感じ、更に強力な攻撃を仕掛けようと考える。
連続切りをやめたメアはスモールソードを握る手に力を入れる。するとスモールソードの刀身が緋色に光り出し、メアはレジーナを見て不敵な笑みを浮かべた。そんなメアの笑みを見たレジーナはメアが戦技を使おうとしている事に気付き驚いた表情を浮かべる。
「気霊斬!」
メアは刀身が強化されたスモールソードでレジーナに切り掛かる。レジーナはメアの攻撃をエメラルドダガーで防いだ。しかし気力で強化された刀身による攻撃は通常の攻撃よりも重く、攻撃を防いだ後にレジーナは後ろによろけてしまう。何とか倒れずに済んだがエメラルドダガーを持つ手は僅かに震えていた。
戦技を止めたレジーナを見てメアは久しぶりに楽しい戦いになると感じて笑みを浮かべる。メアは一度後ろへ跳んで距離を取り、右手にスモールソードを持ち、左手をレジーナに向けた。
「風の刃!」
下級魔法を発動させたメアの左手から真空波が放たれてレジーナに向かって行く。レジーナは素早く横へ移動して真空波をかわし、エメラルドダガーに気力を送り刀身を緑色に光らせた。
「疾風斬り!」
お得意の戦技を発動させたレジーナは勢いよくメアに向かって跳び、エメラルドダガーで切りかかった。しかしメアは驚く事無くスモールソードでレジーナの攻撃を防いだ。刃がぶつかって火花が飛び散り、レジーナはメアの真横を通過する。
メアの2m後ろまで移動したレジーナは振り返りメアの方を向いてエメラルドダガーを構えた。メアもゆっくりと振り返り、スモールソードを右手に持ちながらレジーナを二ッと笑いながら見つめる。
「甘いわね。あたしにそんな単純な攻撃が通用すると思ったの? ナメんじゃないわよ、六星騎士を」
「クッ! 流石はエルギス教国最強の騎士、と言われるだけの事はあるわね」
改めて六星騎士の実力を知り、レジーナはエメラルドダガーを強く握りながら微量の汗を掻く。どうやって目の前の女騎士を倒すか、レジーナはメアを警戒しながら頭の中で考えていた。
レジーナとメアが戦っている場所から少し離れた所ではジェイクがジェームズと交戦していた。ジェイクはジェームズの騎士剣による攻撃をスレッジロックで防ぎ、隙があれば反撃している。だがジェームズは騎士剣に気力を送り、刀身を強化してジェイクの重い一撃を難なく防いでしまう。ジェイクは攻撃が防がれたり、かわされたりすればジェームズの反撃を警戒してすぐに距離を取った。
「やるじゃないか、おっさん? 攻撃も防御もなかなかのものだし、俺の仲間の巨漢騎士に負けないくらいの実力だ」
「お褒めに頂き恐縮だ。お前も若いのに結構やるじゃねぇか?」
「ハハハハ、ありがとよ。でも、褒めてくれたからって手を抜く気は無いぜ?」
「そんな事してみろ、本気で怒るぜ?」
笑いながら騎士剣を構えるジェームズを見てジェイクもスレッジロックを両手で構えた。この二人はレジーナとメアの二人とは違い、相手を挑発する事無く、実力を評価し合いながら戦っているようだ。
しばらく武器を構えて見つめ合っていると、ジェイクがジェームズに向かって走り出す。そしてスレッジロックに気力を送りこみ、スレッジロックの刃を強化し戦技を発動させる。それを見たジェームズは真剣な表情で下段構えを取った。
「岩砕斬!」
ジェイクは刃が黄色く光るスレッジロックを勢いよく横に振ってジェームズに攻撃する。ジェームズは姿勢を低くしてジェイクの攻撃をかわすと素早く懐に入り込み、持っている騎士剣の刀身を紫色に光らせた。ジェイクは懐に潜り込んだジェームズを見て目を見開かせる。
「霊槍突き!」
ジェームズは光る騎士剣でジェイクの腹部に突きを放つ。ジェイクは咄嗟に体を横へ反らし、ギリギリでジェームズの戦技を回避した。そしてすぐにジェームズに向かってスレッジロックを振り下ろし反撃する。
しかし、ジェームズも後ろへ跳んでジェイクの振り下ろしを回避し、右手に騎士剣を持ち再び気力を送り刀身を紫色に光らせた。それを見たジェイクも迎え撃つ為にスレッジロックに気力を送り戦技を発動させようとする。
「剣王破砕斬!」
「王魂断流撃!」
同時に戦技を発動させ、二人は騎士剣とスレッジロックの刃をぶつけ合う。刃がぶつかった瞬間に周囲に衝撃が走り、ジェイクとジェームズの体にも衝撃が伝わり二人の表情が僅かに歪んだ。
<剣王破砕撃>は気力で刀身の切れ味と強度を高めた気霊斬の強化版である中級戦技。気霊斬では切れなかった硬い物やモンスターも簡単に切る事ができる様になり、剣を扱う騎士や冒険者がよく使う戦技である。使う者の気力と技術次第では鉄よりも硬いミスリルで出来た物も切れるようになるのだ。
しばらく刃をぶつけ合ったジェイクとジェームズはお互いに後ろへ跳んで距離を取る。遠くにいる敵を真剣な目で見つめる二人、するとジェームズが騎士剣を構えたままニッと笑い出す。
「本当に凄いな、おっさん? こんなに強い敵と戦ったのは本当に久しぶりだ……これは俺もやる気を出さないと失礼だな」
ジェームズの言葉を聞いたジェイクは遂にジェームズが本気を出すなと感じ、更に警戒心を強くしてスレッジロックを構える。ジェームズも騎士剣を強く握ってジェイクを見つめながら戦いを楽しむ様な笑みを浮かべた。
レジーナとジェイクが六星騎士と戦っている時、ダークも六星騎士の長であるグレイと剣を交えていた。戦いが始まって数分が経っており、お互いに相手の様子を窺う様に攻撃し合っている。どちらの剣もまだ相手の体に触れてすらいなかった。
「なかなかの腕を持っている。これならガムジェスが負けても仕方がないな」
「……あの男は強い方だったのか?」
「無論だ。我ら六星騎士は全員がレベル50以上、並の兵士やモンスターには決して負けん」
「そうか……あの男が強かったというのは分かった。では、そのエルギス教国の英雄達を束ねる男の全力がどれ程のものか見せてもらおう」
挑発しながらダークは大剣を中段構えに持つ。それを見たグレイも騎士剣を構え直した。右手に持つ騎士剣を上段に構えて切っ先をダークに向け、左手に持つ騎士剣を普通に中段に構える。ダークはグレイの隙の無い構え方を見て目を赤く光らせた。
数秒間睨み合った後、先に動いたのはグレイだった。グレイはダークに向かって跳んで行き、右手の騎士剣でダークに攻撃を仕掛ける。ダークはその場から動かずに大剣でグレイの攻撃を防ぐ。攻撃を止められるとグレイは素早く左手の騎士剣で攻撃する。ダークは左から迫って来る別の騎士剣を見て今止めている騎士剣を大剣で素早く払い、左の騎士剣を難なく防いだ。
グレイは普通に攻撃してもダークには効果が無いと感じたのか後ろへ跳んで一旦距離を取る。ダークを警戒しながら両手の騎士剣に気力を送りこむ刀身を白く光らせた。刀身の切れ味と強度を高めた騎士剣でグレイは再びダークに連続攻撃を仕掛ける。左右の騎士剣で交互に攻撃し、ダークはグレイの攻撃を全て大剣で防いだ。先程の攻撃と比べると重い攻撃だが、ダークには大した違いは無かった。
ダークは攻撃を防ぎながら反撃するチャンスを窺い、隙ができれば大剣でグレイに袈裟切りを放つ。だがグレイも刀身を強化した騎士剣でダークの攻撃を簡単に止めた。因みにダークの攻撃が止められたのはグレイの力が強いからではない。ダークがわざと力を抜いて攻撃したからだ。
攻撃を防がれたダークは素早く次の攻撃に移り、グレイの頭上から大剣を振り下ろす。グレイは後ろへ跳んでダークの振り下ろしをかわすのと同時にダークから距離を取った。
「なかなかの身体能力だ。あれだけの連続攻撃を防いだのに疲れた様子を一切見せないとは……貴公は本当に冒険者なのか?」
「そう言ったはずだが?」
「騎士団の様に特別な訓練を受ける事ができない冒険者がそんな優れが身体能力を得られるはずがない。何処でそんな力を手に入れた? 黒騎士になる前に貴公が忠誠を誓っていた国で得たのか?」
「……知りたければ私に勝つ事だな。私に勝ったら教えてやってもいい」
素直に答えないダークを見てグレイは何も言わずに二本の騎士剣を構える。グレイは再び二本の騎士剣に気力を送って刀身を白く光らせた。ダークは騎士剣を気力で強化したグレイを見て脇構えを取る。その直後、グレイは地を蹴りダークに向かって跳んだ。
「双牙剣神撃!」
グレイはダークに向かって戦技を発動させ、刀身を強化した二本の剣で同時に袈裟切りを放ちダークに攻撃した。ダークは大剣を振り上げてグレイの二本の騎士剣に大剣をぶつける。刃がぶつかり合い、ダークとグレイに衝撃が伝わった。
<双牙剣神撃>は二本の剣で同時に剣王破砕斬を発動させて攻撃を仕掛けるグレイのオリジナル上級戦技。中級戦技を同時に発動させる為、当然攻撃力は通常の剣王破砕斬よりも高い。通常、一人の戦士が武器を二つ持ち、同時に同じ戦技、それも中級戦技を発動させるのは難しいと言われている。だが、グレイは長年の鍛錬と戦闘経験から同じ中級戦技を同時に発動させる事ができる様になり、それを使って自分だけの戦技を作る事に成功した。この戦技を使う事ができるのはエルギス教国ではグレイだけである。
ダークは戦技を大剣で止めながらグレイを見つめており、グレイも目を見開きながらダークを見ていた。グレイは自分が考えた上級戦技をアッサリと止めたダークに驚いたようだ。しばらく刃をぶつけ合っているとグレイはダークから距離を取る。ダークは遠くから自分を鋭い目で見ているグレイを黙って見つめていた。
「……まさか、双牙剣神撃を止められるとは」
「ほお? 今のは双牙剣神撃と言うのか。今の戦技はかなり重い攻撃だったぞ」
グレイの戦技をダークは少し楽しそうな口調で褒める。ダークが言ったかなり重い攻撃だったというのは嘘ではない。ただ、それはダークがこの世界に来て目にした戦技の中で一番重かったというだけで、防ぐのが難しかったという意味は入っていない。グレイは自分の最強の戦技を止めたダークを見て騎士剣を構えながら汗を流していた。
汗を掻き、僅かに緊迫した表情を浮かべるグレイを見ながらダークは大剣を強く握り目を赤く光らせた。
「さて、お前は強力な戦技を見せてくれたのだ。私も少しだけ技を見せてやるとしよう」
ダークは低い声で自分の技を見せるとグレイに言い、それを聞いたグレイは一歩後ろに下がり警戒心を強くする。今のグレイはオリジナルの戦技を簡単に防がれた事で僅かに焦り、ダークに対して恐怖を感じていた。
一方、レジーナはメアの連撃をエメラルドダガーで必死に防いでいた。メアの放つ袈裟切りや突きなどをエメラルドダガー一本で防ぎながら後退し反撃の隙を窺う。だがメアはレジーナにそんなチャンスを与えないように攻撃の手を緩める事無く攻め続けていた。
「ほらほら、どうしたの? さっきから防戦一方じゃない。最初の余裕は何処に行ったのかしら?」
「クウゥ! 調子に乗るんじゃ、ないわよ!」
レジーナはメアの袈裟切りをかわすと素早くメアの左側面に回り込みエメラルドダガーで反撃した。だがメアはレジーナの反撃をスモールソードで簡単に防ぎ、エメラルドダガーを弾くと素早くレジーナの腹部に突きを放つ。レジーナは咄嗟にメアの突きをかわそうとしたが、切っ先が脇腹を掠ってしまいレジーナは痛みで表情を歪ませる。
突きをかわしたレジーナは二回に分けて後ろに跳び距離を取った。エメラルドダガーを右手に持ち、左手で切っ先が掠った箇所を押さえながら遠くで笑うメアを睨み付ける。
「アハハハハッ! 無様な格好ね? これで少しはあたしの実力が分かったでしょう? 盗賊であるアンタじゃあたしに勝つのは不可能なのよ」
「クッ、アイツゥ……」
「先に言っておくけど、楽には殺さないわよ? あたしを子供扱いしたんだから、じっくりと痛めつけてから殺してやるわ」
不敵な笑みを浮かべながらスモールソードの切っ先を向けるメアを見てレジーナは汗を流す。この危機的状況をどうやって乗り越えるかレジーナは必死に考えた。すると、レジーナは右手の人差し指にはまっている銀色の指輪に気付く。
レジーナがはめている銀色の指輪はバーネストの町を解放し、首都に戻らず最前線に残ると決めた日にダークから貰った指輪だった。ダークから戦いの最中に追い込まれた時にその指輪の力を使って敵と戦えと言われた事を思い出し、レジーナは真剣な目で指輪を見つめる。
(この指輪、確かダーク兄さんは剣神の指輪って言ってたわね……確か、使う時は指輪をはめた方の手で武器を持ち、指輪の力を使いたいと願うんだったっけ?)
指輪を見つめながらレジーナはダークから教えてもらった使い方を思い出す。そんな中、メアはスモールソードを構えながらゆっくりと近づいて来る。それに気づいたレジーナは脇腹の痛みに耐えながらエメラルドダガーを逆手に持ち変えて近づいて来るメアを見つめた。
(……この状況を乗り越えるにはこの指輪の力に賭けるしかなさそうね)
メアに勝つ方法はダークから貰った指輪の力を使うしかないとレジーナは心の中で呟きながらエメラルドダガーを構え直す。そんなレジーナを見てメアは鼻で笑った。
「ハッ、この状況でまだあたしとやり合う気? いい加減に認めなさいよ、自分が弱いって事にね!」
ニッと笑いながらメアはレジーナに向かって走り出す。メアは走りながらスモールソードの刀身を緋色に光らせて戦技を発動させる準備をする。レジーナは戦技を使おうとするメアを見て表情を鋭くし、指輪の力を使いたいと心の中で願う。するとエメラルドダガーの刀身が白い靄の様な物に包まれ、それを見たレジーナは走って来るメアに視線を戻し、逆手に持っているエメラルドダガーを勢いよく横に振った。エメラルドダガーを振った瞬間、刀身を包み込んでいた白い靄の様な物が斬撃となり、走って来るメアに向かって飛んで行く。
メアは突然目の前に現れ、自分に向かって飛んで来る斬撃を見て目を見開く。レジーナが予想もしていなかった攻撃を行った事に驚き、メアは反応が遅れて回避行動を取れなくなっていた。その結果、レジーナが放った斬撃は驚くメアの体を腹部から真っ二つにする。
「なっ!? 何よ、これ……は……?」
気付いた時には自分の体が二つに分かれており、メアは驚愕の表情を浮かべる。上半身は地面に叩きつけられる様に落ち、下半身はゆっくりと後ろに倒れる。切り口からは大量に出血しており、それは誰が見ても致死量と言える量だった。
レジーナがはめていた<剣神の指輪>はLMFの特殊な装備アイテムの一つで装備した状態で斬撃系の武器を振ると刃から斬撃を放ち遠くにいる敵を攻撃する事ができるようになる。刃が飛ぶ距離は4m程だが、接近戦しかできない者にとっては例え4mでも離れた所にいる敵を攻撃する事ができるようになるアイテムなので戦士系の職業を持つプレイヤーには重宝されているのだ。ダークも暗黒騎士になる前はこの指輪にかなり助けられていたらしい。
倒れているメアは下半身の感覚を感じない状態で震えながらレジーナの方を向く。薄れゆく意識の中でメアは自分の体を真っ二つにしたレジーナを睨みつけている。やがて、レジーナに哀れむ様な目で見下ろされている中、メアの意識は完全に闇へと消えた。
「……フゥ、危なかった。また兄さんのアイテムに助けられたわぁ」
息を引き取ったメアを見つめながらレジーナは小さく息を吐く。以前戦った鮮血蝙蝠団の半ヴァンパイアよりも強い英雄級の実力者に何とか勝てた事をレジーナは心の中で喜んだ。しかし、メアを倒しても戦いはまだ終わっていない。レジーナは気を抜かず次の敵を倒す為にその場を移動した。
時は遡り、レジーナがメアに勝つ少し前、ジェイクはジェームズと向かい合いスレッジロックを構える。ジェームズも騎士剣をしっかりと握りジェイクの出方を伺っていた。お互いに全く動かずになかなか戦いを始めない。そんな中、先に動いたのはジェイクだった。
ジェイクはスレッジロックを両手で勢いよく振りジェームズを攻撃する。ジェームズはジェイクの攻撃をかわして騎士剣で反撃した。だがジェイクも反撃をかわして再びスレッジロックで攻撃する。お互いに自分が信頼する武器を振り激しい攻防を繰り広げた。
「そのデカい斧をそこまで器用に扱うとは、やっぱアンタ凄いぜ」
「戦闘中にお喋りをするとは、随分余裕なようだな?」
「ああ、本気を出したから少しだけ余裕が出て来たんだ」
真剣な顔で攻撃を戦うジェイクに対し、笑みを浮かべながら戦うジェームズ。どうやらさっき言ったように本当にやる気を出したようだ。
ジェイクは一度態勢を立て直そうとジェームズの攻撃を防いだ後に後ろへ跳んで距離を取ろうとする。だがジェームズはジェイクを逃がさない為か距離を取ろうとするジェイクの後を走って追いかけた。そして騎士剣の刀身を紫色に光らせて戦技を発動させる。
「連牙嵐刺撃!」
ジェームズは騎士剣でジェイクに連続突きを放ち攻撃する。迫って来る切っ先を見てジェイクはスレッジロックの刃や柄の部分を上手く使い連続突きを防いでいく。だが全ての突きを防ぐ事はできず、腕や足、脇腹を掠り幾つか傷を負ってしまう。
体中の痛みに歯を噛みしめるジェイクは連続突きが止んで直後にスレッジロックで目の前にいるジェームズに反撃した。ジェームズは後ろへ跳んで攻撃をかわしジェイクから距離を取る。ジェームズが離れるとジェイクは体中にできた傷を見て小さく舌打ちをした。
「やっぱり、ああいう連続で攻撃をする戦技は防ぎ切れねぇか……もう少し連続攻撃に対する特訓もしておくべきだったな」
連続攻撃に弱いという自身の弱点に対し悔しそうな顔をするジェイク。体の傷から視線をジェームズに変えると遠くでは騎士剣を肩に担ぎながら自分を見て笑っているジェームズの姿があった。
ジェイクはジェームズを見て性格は軽いが彼の実力は本物だと実感し、どうやってジェームズを倒するか考える。すると、自分の右手首に付けている緑色の宝石を幾つも付けた金色のブレスレットを見た。
「これは、確か兄貴から貰ったアクセサリー……」
ブレスレットを見ながらジェイクは呟く。実はジェイクもレジーナと同じように最前線へ残ると決めた時にダークから装備アイテムを受け取っていたのだ。その時に今付けているブレスレットの名前とどんな効果があるのかを聞いていた。
「……このブレスレットの力を使えば、アイツに勝てるかもしれないな」
ジェイクはダークから貰ったブレスレットに賭けてみようと考え、スレッジロックを構え直してジェームズの方を向く。ジェームズは構え直したジェイクを見ると小さく笑いながら騎士剣を強く握る。
「お? 態勢を立て直したか。それじゃあ、続きといこうか」
ジェームズは騎士剣に気力を送り、いつでも戦技を発動させられるよう準備をする。それを見てジェイクは鋭い目でジェームズを睨む。その直後、ジェイクはジェームズの視界から消えた。
「何?」
突然消えたジェイクにジェームズは驚きの反応を見せる。騎士剣を構えながら周囲を見回してジェイクを探すが何処にもいない。すると、背後から気配を感じたジェームズは咄嗟に後ろを向く。そこにはスレッジロックを振り上げているジェイクの姿があったのだ。
いつの間にか背後に回り込んだジェイクを見てジェームズが驚きの表情を浮かべるとジェイクはジェームズに向かってスレッジロックを振り下ろした。ジェームズは咄嗟に後ろへ跳んでジェイクの攻撃をギリギリでかわす。そして次のジェイクの攻撃に備えて騎士剣を構え直そうとした時、さっきまでジェイクが立っていた所に彼の姿は無かった。
また消えたジェイクにジェームズは更に驚いた表情を浮かべながら消えたジェイクを探す。騎士剣を構えながら周りを見回していると、再び背後から気配を感じる。ジェームズは気配の正体が何なのかすぐに分かり、振り返りながら騎士剣を横に振って後ろに攻撃した。だがそこには誰もおらず、ジェームズは目を見開く。そんなジェームズの左側面にジェイクが姿を現し、スレッジロックで攻撃する。ジェームズは現れたジェイクを見て慌てて回避しようとしたが間に合わず、左腕を切られてしまう。
痛みに耐えながらジェームズは後ろへ跳んでジェイクから距離を取った。傷口からの出血を見てジェームズは表情を歪ませる。戦いが始まってから初めてジェームズの顔から余裕が消えた。
余裕を無くしたジェームズを見てなぜかジェイクも驚くの顔をしている。そして自分の手首に付いているダークから貰ったブレスレットに視線を向けた。
「……スゲェな。まさかこれ程とは思わなかったぜ」
ブレスレットの力が自分の予想以上だった事にジェイクは驚いて目を丸くする。そう、先程のジェイクがジェームズの背後に回り込んだり、消えたりしたのはブレスレットの力によるものだったのだ。
ジェイクが付けているブレスレットは<ヘルメスの光輪>と呼ばれる装備アイテム。このブレスレットを装備した者は好きなタイミングで自分の移動速度を上昇させる事ができる。その速度は常人では目で追う事ができない程の速さで周りからは装備した者が消えたように見えるのだ。一定時間が経過すると移動速度は元に戻り、速度が戻ってからしばらくしないと再びブレスレットの力を使用する事はできない。その為、使うタイミングを誤れば不利な状態になってしまう。
ダークはジェイクの移動速度が仲間の中で遅い方だという事からジェイクに移動速度を高める装備アイテムを渡したのだ。ダーク曰く、LMFでは高レベルになれば目で追う事ができるようになる為、そんなに珍しいアイテムではないらしい。
「目で追う事ができない速さで移動できるアイテムが珍しくないなんて、兄貴の世界の感覚はどうなってるんだ?」
ジェイクはブレスレットを見ながらダークの言葉を思い出して目を細くする。だがすぐに真剣な表情に戻り、ジェームズの方を向いてスレッジロックを構えた。一方でジェームズは目で追う事のできない速さで移動するジェイクを見て動揺した表情を浮かべている。
「お、おいおい、おっさん。アンタ今、何をしたんだよ? さっきまでと速さがまるで違うじゃないか!?」
「普通に戦ってもお前には勝てないみたいだからな。特別なアイテムを使わせてもらった」
「特別なアイテム?」
ジェームズはジェイクの言葉の意味が上手く理解できずにまばたきをする。そんなジェームズを見てジェイクは決着を付けると考えたのかスレッジロックを強く握り、再びヘルメスの光輪の力を使って移動速度を上昇させてジェームズの視界から消えた。
消えたジェイクを見てジェームズは騎士剣を握りながら最大の警戒をする。左腕はジェイクの攻撃で傷を負った為、ジェームズは右手だけで騎士剣を握った。また背後から攻めて来るのか、それとも側面から仕掛けて来るのか、意識を集中させてジェームズはジェイクの気配を探る。
ジェームズが右と左を見てジェイクを探していると、ジェームズの真正面にジェイクが現れる。まさか正面から来るとは思わなかったのかジェームズはジェイクを見て驚いていた。ジェイクはスレッジロックに気力を送り、刃を黄色く光らせながら戦技を発動させようとする。ジェームズは回避が間に合わないと感じ、騎士剣に気力を送り刀身を強化してジェイクの戦技を防ごうと考えた。
「王魂断流撃!」
中級戦技を発動させたジェイクはスレッジロックでジェームズに攻撃した。ジェームズも刀身を強化した騎士剣でジェイクの戦技を止めようとする。だが、パワーの強いジェイクの中級戦技を強化しただけの騎士剣、しかも片手で止める事はできず、そのまま押し戻されてジェイクの攻撃を受けた。
スレッジロックの刃はジェームズの体に刺さり、同時に大きな衝撃がジェームズの体を襲う。戦技の直撃を受けたジェームズは苦痛の表情を浮かべながら地面に叩きつられるように倒れる。決定的なダメージを与える事に成功したのを確認したジェイクは刺さっているスレッジロックの刃をゆっくりと引き抜く。刃が引き抜かれた時にジェームズは咳き込んで血を吐いた。
「ハ、ハハハハ……やられたぜ。まさか、六星騎士が冒険者なんかに負けちまうとはな……情けない事だ……」
「恥じる事はねぇと思うぜ? お前は確かに強かった。そして何よりもエルギス教国を守る為に騎士として戦ったんだ。誰もお前を情けねぇとは思わねぇよ」
「……フフフ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。ありがとな……だが、覚えておけよ、おっさん? アンタが倒した敵の全てが俺みたいな反応をするとは限らない……敵に情けをかけられる事を侮辱されたと感じる者だって大勢いるんだ。敗者に下手な情けをかけない方がいい……」
「ああ、よく覚えておくぜ」
ジェームズの忠告にジェイクは真剣な顔で頷く。それを見たジェームズは笑いながら目を閉じてゆっくりと意識を失う。ジェイクは息を引き取ったジェームズをしばらく見つめてからゆっくりと背を向けてテンプルナイトと戦っているアリシア達の救援に向かった。
レジーナとジェイクが勝利した頃、ダークと向かい合っていたグレイは倒されたメアとジェームズを見て目を見開かせながら驚く。英雄級の実力者である六星騎士の二人が冒険者に敗れた事が信じられないようだ。驚くグレイに対し、ダークは六星騎士を倒したレジーナとジェイクを見て兜の下で笑みを浮かべている。
「まさか……あの二人が負けるとは……一体何者なのだ、あの二人は……」
「私の仲間だ。そして同じ冒険者でもある」
「ば、馬鹿な、英雄級の実力を持つ騎士に勝てる冒険者がいるなんて……」
「信じられないか? だが現実に私の仲間はお前の仲間に勝利した。そして、お前も私に倒される」
ダークの言葉にグレイの表情は鋭さを増す。戦いを始めた頃であればダークの言葉はただの愚かな発言と考えるだろう。だがグレイはダークが自分の戦技を止めた時からダークを只者ではないと考えて最大の警戒をしていた。ダークの発言も現実になるかもしれないと感じていたのだ。
大剣を構えながらグレイを見つめるダーク。グレイもダークがどう動くかを警戒しながら騎士剣を構えた。その直後にダークはグレイに向かって大きく跳び、一気に距離を詰めて大剣を振り攻撃する。グレイは両手に持つ騎士剣を交差させてダークの攻撃を止めた。攻撃を止められたダークはすぐに次の攻撃に移る。連続でグレイに切りかかり、グレイは後退しながら二本の騎士剣を使いダークの攻撃を一撃ずつ防いでいく。
ダークの攻撃を防ぐたびにグレイの腕には衝撃が伝わって来る。さっきまでと比べて攻撃の重さが違い、グレイの表情には驚きと焦りが出始めていた。
最初、ダークはグレイの実力を測る為にわざと力を抜いて戦っていた。しかし、グレイが双牙剣神撃を放ち、それを止めた時にグレイの実力を理解してこれ以上力を抜いて戦う必要は無いと判断し、少しだけ本気を出して攻撃し始めたのだ。
グレイは何とか態勢を立て直そうとダークの攻撃を防ぎながらどうするか考える。だがダークはグレイに反撃する隙を与えるつもりは無いのか攻撃をやめなかった。
「レジーナとジェイクが勝負をつけたからな。私もそろそろ決着をつけさせてもらうぞ?」
「そうはいかん! 私はエルギス教国の為に、教皇陛下の為にも必ず貴公を倒す!」
「……成る程、流石は六星騎士の長、その教国への忠誠心は見上げたものだ」
祖国であるエルギス教国の為に最後まで諦めずに戦うというグレイの意志を目にし、ダークは心の中でグレイに敬服する。ダークはそんなグレイの意志に敬意を表し、暗黒剣技で決着をつけようと決めた。
ダークはグレイへの攻撃を一度止め、攻撃が止まるとグレイは素早く反撃する。だが、ダークは落ち着いてグレイの攻撃をかわして大きく後ろへ跳ぶ。そして跳んだまま大剣を上段構えに持ち、刀身に黒い靄を纏わせた。グレイはダークの大剣に纏われている黒い靄を見てダークが何かをして来ると感じ、二本の騎士剣に気力を送りこむ。そしてダークは両足が地面に付くとグレイの方を見ながら目を赤く光らせた。
「黒瘴炎熱波!」
グレイに向かってダークは勢いよく大剣を振り下ろした。刀身に纏われていた黒い靄は一直線にグレイへ向かって飛んで行く。グレイは迫って来る黒い靄を見て固まり、靄の勢いと大きさから避ける事も騎士剣で防ぐ事もできないと悟る。同時に必ずダークに勝つという考えも頭の中から消えてしまう。目の前にいる黒騎士は自分よりも遥かに強かった、そして一度も全力で自分とは戦っていなかったと気付き、グレイは心の中で力の差に絶望する。そして、グレイは逃げる事もせずに靄に呑み込まれた。
全身から伝わる痛みと熱さにグレイは靄の中で断末魔を上げる。その断末魔にアリシア達やテンプルナイト達は戦いをやめて靄に呑まれているグレイを見た。やがて靄が消え、体中から煙を上げながら立っているグレイが姿を見せる。グレイは既に息絶えており、両手に騎士剣を持ったままゆっくりと仰向けに倒れた。グレイが倒れたことを確認したダークは大剣を背負ってゆっくりとアリシア達の方を向き、六星騎士が全滅した光景に愕然としているテンプルナイト達を見る。
「エルギス教国軍よ、お前達の切り札である六星騎士は全て倒れた。もうお前達に勝機は無い、武器を捨てて投降しろ!」
ダークが驚いているテンプルナイト達に投降を要求し、それを聞いたアリシア達はこの戦いは自分達の勝ちだと笑みを浮かべた。
テンプルナイトやエルギス教国軍の魔法使い達は六星騎士が敗北したという現実に絶望し、次々に膝を付く。その光景を見てレジーナやマティーリアは二ッと嬉しそうに笑った。
その後、六星騎士が倒された事が平原で戦っている両軍に伝えられた。エルギス教国軍は戦力の半分を失い、残った兵士達も毒で全力を出せない状態にある。そんな状況で最強と言われている六星騎士の三人が敗れたと聞かされれば兵士達は完全に戦意を失う。勝ち目がないと悟ったエルギス教国軍の生き残りは潔く武器を捨てて投降した。最初は勝ち目がないと思われていた決戦に勝利した事にセルメティア王国軍は歓喜の声を上げる。そして、戦いを勝利へ導いたダーク達に心から感謝をした。
後にこのラムスト大平原で決戦は小国のセルメティア王国が大国のエルギス教国に奇跡の勝利をした出来事として歴史に深く刻まれる事となる。
――――――
ラムスト大平原での決戦はセルメティア王国軍の勝利に終わった。その事はセルメティア王国とエルギス教国の首都にすぐに伝わり、両国に衝撃を与える。マクルダム達は決戦に勝利した事に大きく喜び、その先駆けとなったダーク達を高く評価した。ダーク達の事を警戒しようと考えていた貴族達も手の平を返す様にダークに感謝したらしい。だが、中にはよりダーク達を警戒する貴族もいた。
一方、エルギス教国では決戦に敗北し、切り札である六星騎士の三人が戦死した事を聞かされてジャングス達が驚愕していた。今回の戦争で六星騎士を四人、そして十万以上の兵士を失ってしまい、セルメティア王国が攻め込んで来るのではとエルギス教国内、特に王都エルステームは酷く混乱している。貴族達は必死に混乱する国民達を落ち着かせようとするが軍の主力を失い、六星騎士まで倒されたのだ、国民の混乱はまったく治まらなかった。
エルステームの王城にある玉座の間では教皇ジャングスが玉座に座りながら真っ青な顔で頭を抱えていた。その様子を第一王子のギルゼウスと三人の貴族、そして衛兵が黙って見ている。
「……なぜだ、なぜこんな事になった?」
震えた声を出しながらジャングスはブツブツと独り言を口にする。隣ではギルゼウスが複雑そうな顔で父であるジャングスを見ていた。
「へ、陛下、セルメティア王国から降伏を要求する親書が届いております。これ以上の戦いは両国に無駄な犠牲を出すだけ、戦いを終わらせるべきだという内容です……いかがなさいますか?」
貴族の一人がそっとジャングスに近づき、セルメティア王国から届いた親書の内容を伝える。それを聞いた他の貴族達は心の中で降伏するべきだと考えていた。六星騎士が四人も倒され、軍の主力部隊が壊滅してしまった以上、戦っても自分達には勝ち目は無い。潔く降伏した方がいいと考えていたのだ。
頭を抱えるジャングスに視線を向けて貴族達は降伏を受け入れてほしいと願う。するとジャングスはゆっくりと顔を上げて親書の事を伝えた貴族の方を向く。
「……それはできん」
「陛下!?」
「我らは誇り高き教国の民、決して自分達よりも小さき者達に頭を下げる事はしてはならぬのだ」
「何を仰っておられるのです! 陛下もご理解していらっしゃるはずです? 既に我が国にセルメティア王国と戦う力は残っておりません。セルメティア王国の親書には降伏しなければ我が軍はこのままエルギス領内に侵攻すると書いてありました。侵攻されれば抵抗する力を失った我らに未来はありません! 何卒、お考え直しを……」
貴族は必死にジャングスを説得しようとする。だがジャングスは貴族の話に耳を貸そうとしなかった。
「ならん! 教国の民は決して低く見られるような言動を取ってはならぬのだ。勝てぬ戦であれば、最後まで徹底的に抗戦し、誇り高き教国の民として戦死する!」
「陛下の仰る通りだ。我々は何処の国にも支配されてはならない。ましてや小国に支配されるなどあってはならない!」
ジャングスの考えに王子のギルゼウスも賛同する。教皇としてこの国を治め、大きくして来たジャングスの言葉に間違いはないとギルゼウスは考えているようだ。
貴族や部屋にいた衛兵達はジャングスとギルゼウスの言葉を聞き唖然とする。誇りよりも国民の事を第一に考えるのが王族のあるべき姿だと貴族達は考えていた。それなのにジャングスとギルゼウスの自分勝手で無茶苦茶な事ばかり口にする。それを聞いた貴族達の中から王族に対する忠誠心が徐々に小さくなっていく。このままではエルギス教国はお終いだ、何とかジャングス達を説得せねばと貴族達は考えた。
すると、玉座の間の入口である扉が開き、何者かが玉座の間に入って来た。ジャングス達は扉が開く音を聞いて、一斉に入口の方を向く。そこには黄土色のフード付きマントで全身を隠した人影が立っており、ゆっくりとジャングス達に向かって近づいて来る。
玉座の間にいた衛兵達は無断で部屋に入って来た人影を見て一斉に取り囲み持っている槍を構える。衛兵に囲まれると人影は黙って立ち止まった。
「何者だ? ノックもせずに入って来るとは、無礼者め!」
「誰か知らんがさっさと出て行け! 陛下はお忙しいのだ」
人影を見ながら険しい顔をするジャングスとギルゼウス。セルメティア王国に押されているせいで二人はかなり不機嫌な様子だった。ジャングスとギルゼウスを説得しようとしていた貴族達もいきなり部屋に入って来た不審者を無言で睨んでいる。
玉座に座るジャングスを見て人影はマントの下から何かを出した。それは刀身、鍔、柄の全てが銀色の騎士剣で、マントの下から出た騎士剣を見たジャングス達、そして人影を取り囲む衛兵達の顔に緊張が走る。その直後、人影の目が黄色く光り、もの凄い速さで自分を取り囲む衛兵達を切り捨てた。
切られた衛兵は傷口から大量の出血をしながらその場に倒れる。その光景を見た貴族達は驚きの声を上げながらその場に座り込み、ジャングスも思わず玉座を立つ。ギルゼウスは慌てて腰に納めてある騎士剣を抜き、ジャングスを守る様に彼の前に立つ。
「き、貴様、何のつもりだ! こんな事をして……一体何者だ!?」
ギルゼウスが険しい顔で尋ねる。だが人影は質問に答えず騎士剣に付いている衛兵の血を払い落とすとジャングスとギルゼウスの方を向く。自分達の方を向いたのを見て、二人は今度は自分達を殺そうとしていると気付いた。ギルゼウスが剣を構えて人影を警戒し、ジャングスが貴族達に衛兵を呼ぶよう指示を出そうとする。だが次の瞬間、人影はもの凄い速さで二人に近づき、ギルゼウスとジャングスの首を刎ね飛ばした。首を切り落とされて血を噴き出しながら倒れる二人の体、その光景を貴族達は震えながら見ている。
ジャングスとギルゼウスを殺した人影は騎士剣に付いている血を払い、そっとマントの下に騎士剣を隠す。そして倒れているジャングスとギルゼウスの死体を見下ろした。
「……愚か者達に正義の裁きを」
低い男の声で呟いた人影はチラッと貴族達の方を向く。貴族達はビクッと反応し、人影を見て震えている。そんな貴族達を見た後、人影は貴族達には何もせずに玉座の間の入口の方へ歩いて行く。そしてその人影は転移魔法を使ったかの様に一瞬で消えてしまった。
突然消えた人影に生き残った兵士達はしばらく呆然としていたが、すぐに我に返り慌てて城内にジャングス達が殺された事を伝えに向かう。そして知らせを聞いた王女のソラと城に残っていた六星騎士、ベイガードとソフィアナは玉座の間の光景を目にした瞬間、青ざめて言葉を失った。
教皇ジャングスと第一王子ギルゼウスが殺害された事で王都にいる唯一の王族であるソラは父と兄の死の哀しみを押し殺しながら今後の方針を六星騎士や貴族達と話し合う。結果、これ以上の犠牲を出さないようにする為にソラは教皇代理としてセルメティア王国に降伏する事を決意する。
決戦から数日後、エルギス教国はセルメティア王国に降伏、数ヶ月に及んだ戦争はセルメティア王国の勝利で幕を下ろした。
今回で第八章が終了しました。第九章はしばらく間を開けてから投稿する予定です。どうか、気長にお待ちになってください。