第八十九話 大平原の決戦
バーネストの町での戦いにセルメティア王国軍は勝利した事で王国内にいるエルギス教国軍は全て捕らえられ、セルメティア王国に少しずつ平穏が戻って行った。マクルダム達もバーネストの町が解放された事を聞いた時は驚きと喜びでかなり騒いでいたようだ。そして彼等は自分達を勝利へ導いてくれたダークとその仲間達に深く感謝をする。しかし、侵攻して来たエルギス教国軍に勝利しても戦争が終わった訳ではなく、セルメティア王国にはまだ僅かに緊迫した空気が漂っていた。
セルメティア王国軍はバーネストの町を拠点に国境に敵が近づいて来ていないかを二十四時間監視を続けた。そして同時に次にエルギス教国が攻め込んできた時に備えて軍の編成を行う。幸い、バーネストの町が解放された事、つまりエルギス教国の侵攻軍が敗北したという情報はまだエルギス教国には届いていない。セルメティア王国がエルギス教国を油断させる為にエルギス教国軍のフリをして偽りの戦況報告をしていたのだ。エルギス教国が真実に気付く前に準備を終えようとマクルダムや貴族達も急ぎ軍の編成を進めた。
バーネストの町を解放してから二週間後、軍の編成が終わり、バーネストの町に編成した軍が送り込まれる。軍が町に到着するのと同時にバーネストの町に駐留していたセルメティア王国軍はエルギス教国に自分達が侵攻軍を破った事や第二王子にエバルドを捕虜としている事をエルギス教国の国境の町、ゼゼルドの町にいるエルギス教国軍に伝えた。知らせを聞いたエルギス教国軍は驚き、急いでこの事を教皇に知らせる。侵攻軍が破れたという事実はエルギス教国に衝撃を与えた。
――――――
エルギス教国の中心にある町、王都エルステーム。周りを巨大な湖で囲まれており、町に入るには正門に続く橋を渡るしかない為、防衛力はエルギス教国の町でも最高と言われていた。湖の奥には小さな島があり、そこに建てられている神殿にはエルギス教国が信仰する光の神フィーラ・エルギスが祀られている。神を信じるエルギス教国の人間達にとってその神殿は聖域と言われるくらい神聖な場所だった。
エルステームにある王城の玉座の間に数人の人影があった。一人は灰色の髪に短い髭を生やした五十代後半ぐらいの男。王冠を頭に乗せて金色の杖が持ち、貴族が着ている物よりもずっと高貴な服を着て玉座に座っている。彼がエルギス教国の教皇、ジャングス・ガーリブ・イスファンドルだ。
玉座に座りながらジャングスは深く溜め息をつき暗い顔をしている。数日前にセルメティア王国軍が自国の侵攻軍を壊滅させ、バーネストの町を取り戻して再び国境に防衛線を張ったという報告を受けて頭を抱えていたのだ。小国のセルメティア王国が強大な軍事力を持つエルギス教国に勝利したなど全く予想していなかったのだろう。
「クソッ、なぜこんな事になった!?」
セルメティア王国に押し返された事に苛立っているのかジャングスは杖の先で強く床を叩く。その姿を周りにいる者達は黙って見つめている。玉座の近くには貴族らしき男が三人並んで控えており、ジャングスの隣には黒いおかっぱ頭で銀色の髪飾りを付けて神官の様な格好をしている背の低い十代半ばぐらいの少女と高貴な服を着た金色の短髪で背の高い二十後半ぐらいの青年が立っていた。
少女の名はソラ・レーニン・イスファンドル。エルギス教国の第一王女で離れ小島にある神殿で祈りを捧げる巫女を務めている。第二王子であるエバルドとは違い大人しく温厚な性格で貴族や国民からも慕われていた。そして青年の名はギルゼウス・サーダ・イスファンドル。エルギス教国の第一王子でエバルドとソラの兄。彼はエルギス教国の中でも亜人を殲滅させようという意志を誰よりも強く持つ男と言われている。
そして、ジャングスの前には一人の騎士が膝まづいていた。五十代半ばぐらいで銀色の鎧を着てガムジェスと同じ赤いマントを羽織った長身の初老の男、実は彼もガムジェスと同じ六星騎士の一人なのだ。
「陛下、現在我が軍はセルメティア王国軍に攻撃を仕掛ける為の軍を急ぎ編成しております。編成が整い次第、すぐに国境へ向かわせ、再びセルメティア王国へ攻め込ませます」
「急げ! これ以上セルメティアに後れを取るような事があってはならん!」
力の入った声でジャングスは貴族に言い放ち、貴族も無言で頭を下げる。他の貴族も不機嫌なジャングスに驚きながら黙って彼を見つめていた。すると、黙って話を聞いていた第一王女のソラがジャングスに声を掛けて来る。
「あの、お父様……エバルド兄様が捕虜となっているというのは本当なのですか?」
「ん? ああ。あ奴の軍を壊滅させた事を知らせに来たセルメティアの兵が親書を持って来てな。そこにあの馬鹿息子を捕らえたという事が書いてあった」
「でしたら、早く兄様を解放してもらうよう交渉を……」
「馬鹿を言うでない、これ以上あんな小国の好き勝手にされる訳にはいかん! 交渉などは応じず、再びセルメティアに攻め込む」
「そんな! そんな事をしては兄さまが処刑されてしまうかもしれません!」
「セルメティアの様な小心者どものそんな事をする度胸など無い。それに仮に処刑されたとしてもあ奴はエルギス王家の面汚しだ、死んでも何の問題も無い」
「お父様、それはあんまりです!」
血を分けた息子を助けようともせずに徹底的に戦う道を選ぶジャングスにソラは声を上げる。幼いソラが声を上げた事に貴族達は驚き目を見開く。ジャングスと兄のギルゼウス、そして六星騎士は表情を変えずにソラを見ていた。
「そもそも今回の戦争はお父様が鮮血蝙蝠団の一件への関与を否定したのが原因ではありませんか。あの時に鮮血蝙蝠団に依頼をした貴族の事をセルメティア王国に話し、素直に謝罪していればこんな事にはならなかったはずです!」
「ソラ、お前は誇り高き教国の王である儂が小国に頭を下げればよかったと言うのか! 王は国を、国民を導く者、決して低く見られるような言動をしてはならないのだ」
「その結果、我が国とセルメティア王国の両方に大きな被害が出てしまいました! お父様が過ちを認めていれば今回の戦争も起こらず、大勢の兵士の人達が死ぬ事も無かったはずです」
ソラはジャングスの前に立ち、怒りと悲しみの籠った声を出す。貴族達は幼いのに国や国民の事を優先的に考えているソラを黙って見つめており、心の中でソラが本当に国や民の事を大切に思っているのだと感じた。
「低く見られてはならないと言って、エバルド兄様の事も助けようとせず、お父様は御自身や国の事しか考えていらっしゃらないではありませんか!」
「ソラ、口を慎め!」
今まで黙ってソラの話を聞いていたギルゼウスが力の入った声でソラを止める。いくら王女でも父親であり、教皇であるジャングスが自分の事した考えていないと発言したのを聞いて流石に止めに入ったようだ。
「ですが、兄様!」
「子供が国同士の争いに口を挟むんじゃない。それにエバルドが負けたのは父上の仰る通り、アイツが敵を見下していたのが原因だ。しばらく捕虜となって頭を冷やすのもいい薬だろう」
長男であるギルゼウスまでエバルドの事を助けようと考えていない事にソラは表情を鋭くする。玉座の間でソラとギルゼウスが睨み合い、周囲に緊迫した空気が流れだし、貴族達の顔に緊張が走った。
ソラとギルゼウスが睨み合っているとジャングスは杖で床を叩き、目の前に立つソラをジッと睨みながら口を開く。
「ソラ、お前のやるべき事は此処で儂らと戦いについて話し合う事ではない。巫女としてフィーラ・エルギス神に祈りを捧げる事なのだ。余計な口出しをせずにお前は祈りの事だけを考えておれ!」
「お父様!」
「これ以上お前と話す事は何も無い! 部屋から出て行きなさい!」
「……分かりました。失礼します」
ジャングスの言葉にソラは何も言い返せず、納得のできない顔で玉座の間を後にした。ソラが退室するとジャングスは溜め息をつき、呆れた様な顔をする。
「まったく、アイツの考え方は王族らしくなくて困る」
「私もそう思います。エルギス教国の王族としての自覚が無いだけではなく、亜人にも慈悲を与えるべきだと言っていますし……」
ソラの考えはエルギス教国を治める王族の考えに反するとジャングスとギルゼウスは話し、先程ソラの優しさを感じていた貴族達も複雑そうな顔で二人を見ている。
実はソラは人間上位主義のエルギス教国の王女でありながら亜人達を人間と平等に扱うべきだと考えており、家族であるジャングス達や貴族達の間では微妙な立ち位置にいた。ジャングス達からは亜人達は人間が支配するべき存在だと言われていたが、彼女だけは亜人の奴隷制度を不服に思い、いつかは奴隷制度を廃止すると考えている。
「陛下、戦いの話を再開してもよろしいでしょうか?」
「ん? おお、そうであったな」
ソラに困らされて顔に疲れを見せるジャングスは再び深く溜め息をついていると、ジャングスの前で膝まづいていた六星騎士が話を戻していいのか尋ねてくる。六星騎士の言葉を聞いてジャングスは会議中である事を思い出し、セルメティア王国との戦いの話に戻った。
「報告によるとセルメティア王国は国境に国中の戦力の殆どを集結させているとの事です。ゼゼルドの町の者達の報告によるとその戦力は約四万との事です」
「四万か……それほどの戦力が集まっているのになぜ奴等は我が国に攻め込んで来んのだ?」
「恐らくですが、まだ攻め込むだけの戦力が集まっていないのかもしれません。もしくは、国境周辺で大規模な戦いを起こす為に攻め込まず我々が動くのを待っているのか……」
「いずれにせよ、敵が我が国に攻め込んで来ないのはチャンスと思われます」
貴族達の話を聞いてジャングスは目を閉じて考え込む。理由が何であれ、今セルメティア王国は攻めて来る事なく国境で防衛線を張っている。何もしてこない内にこちらも軍をゼゼルドの町に送っていつセルメティア王国が攻め込んできても対応できるようにしておかなければならないとジャングスは考えた。
しばらく考えたジャングスは目を開き、目の前で膝まづいている六星騎士を見つめる。
「グレイ、軍の編成が整い次第、すぐにゼゼルドの町へ向かえ! 軍の指揮を取り、国境で奴等を全力で叩きのめすのだ」
「承知しました」
グレイと呼ばれる六星騎士は膝まづきながら返事をした。
ジャングスの目の前にいる騎士の名はグレイ・ビスマートン。六星騎士を束ねる優秀な騎士であり、神殿騎士団の団長でもある男だ。剣の腕は非常に優れており、ジャングスからも強く信頼されている。
六星騎士でも最強と言われているグレイを戦地へ向かわせるジャングスを見てギルゼウスや貴族達はジャングスがセルメティア王国の力をかなり警戒しているのだと感じていた。
「あと、城にいる六星騎士の内、二人を連れて行け。誰を連れて行くかはお前の任せる」
「ハッ!」
更に二人の六星騎士を連れて行く事を許可され、グレイは立ち上がり静かに玉座の間を退室する。部屋に残るジャングス達は静かに閉まる扉を黙って見つめていた。
玉座の間を後にしたグレイは廊下の真ん中を黙って静かに歩いて行く。静かな廊下を歩きながらグレイは次の戦いでセルメティア王国軍を攻めるのかを考えていた。すると、歩いていたグレイは前を見て突然足を止める。彼の前には銀色の鎧を着て赤いマントを羽織った四人の騎士が立っていた。その四人もグレイと同じ六星騎士のメンバー達だ。
四人の内、二人は男の騎士で一人は三十代後半ぐらいの長身の男。ガッシリとした肉体に黒い短髪をしており、ジェイクに近い体格をしている。もう一人の男は二十代半ばくらいで金色のソフトモヒカンの様な髪型をしており、身長は170cmぐらいの騎士だ。
あとの二人は女騎士で一人は二十代前半ぐらいのピンク色のくせ毛風のロングヘアーをしており、ソフトモヒカンの男と同じくらいの身長をしている。そしてもう一人は十代前半ぐらいの少女の姿をしており、身長はマティーリアと同じぐらい。髪が紺色のサイドテールになっている女騎士だ。
グレイは四人の騎士の姿を見ると再びゆっくりと歩き出して四人の前まで移動する。すると黒い髪の男が目の前にやって来たグレイの話しかけてきた。
「教皇陛下は何と仰られたんです?」
「軍の編成が整い次第、国境の町ゼゼルドへ向かえとの事だ」
「と言う事は、再びセルメティア王国へ侵攻するという事なんですね?」
「いや、情報ではセルメティア王国は国境に約四万の軍を集めており防衛線を張っているようだ。陛下はその防衛線を張っているセルメティア王国軍を叩きのめせと仰られた」
「四万の軍勢ですか……」
「へぇ~? セルメティアも本気になったって事ね」
黒髪の男が俯いてセルメティア王国の戦力について考えようとしていると、紺色の髪をした少女が楽しそうな顔で会話に参加して来た。そんな少女にグレイや黒髪の男、他の二人の騎士が視線を向ける。
「でも、たった四万の戦力じゃあたし達を止める事は無理ね。貴族達から聞いたんだけど、今編成しているあたし達の部隊は約十万の大軍にするって話よ? 半日と経たずにセルメティアの軍は壊滅するわね。フフフッ!」
「……メア、そうやって敵の力を軽く見るのはやめろ。そんな事ではお前はエバルド殿下の二の前になるぞ?」
「ご忠告ありがとう、ベイガード。でも大丈夫よ、あたしは敵を見誤ったりしないから」
メアと呼ばれた少女は黒髪の男をベイガードと呼んで余裕の笑みを浮かべた。そんなメアの言葉にベイガードは呆れた様な顔で肩をすくめる。
黒い髪の男の名はベイガード・ドーバ。六星騎士の中で最も力の強いと言われている巨漢の男で愛用のハンマーを振り回して敵を倒す六星騎士の切り込み隊長的存在。長年六星騎士を務め、エルギス教国の為に戦って来た忠誠心の強い男である。
メアがベイガードを見上げながら笑っていると二人の間にいるソフトモヒカンの髪をした男が笑いながらメアの頭をポンポンと軽く叩いた。
「相変わらずの自信だな、メア? だが、お前はまだガキなんだから無茶するなよ?」
「……あ?」
ソフトモヒカンの男の言葉を聞き、メアはギロッと男を見上げながら睨み付ける。
「……誰がガキだって? あたしは二十歳の大人だって言ってんだろう、ジェームズ!?」
「お~っと、そうだったな、ワリィワリィ」
荒っぽい口調をしながら睨むメアを見て笑いながら謝罪するジェームズと呼ばれたソフトモヒカンの男。二人のやり取りを見たベイガードは深い溜め息をついた。
激昂する少女、メア・フレッチャーは十歳前半の少女の姿をしているが実年齢は二十歳の女騎士なのだ。外見のせいで周りから子供扱いされ、その度に酷く不機嫌になる為、彼女を知る者は全員言葉に注意をしている。外見は子供だが実力は英雄級で多くの戦場で活躍して来た。
メアを子供扱いした男はジェームズ・ハドング。エルギス教国の由緒正しい貴族の生まれなのだが性格が軽い為、家族や周りの者からは貴族の恥と思われている。だがそれでも騎士としての実力は本物で六星騎士になったエリートなのだ。
険しい顔でメアがジェームズを睨んでいると黙っていたピンク色の髪をした女騎士が一度溜め息をついてメアの肩に手を置いた。
「……それぐらいにしろメア。グレイ殿が今後の戦いの事を話している最中だぞ?」
「……分かったわよ」
「ジェームズもわざとメアを怒らせるような事を言うな」
「へいへい、相変わらず真面目だな、ソフィアナ?」
若干不服そうな顔をするメアと笑いながら女騎士をソフィアナと呼ぶジェームズ。二人をソフィアナは目を細くしながら見ていた。
女騎士の名はソフィアナ・グロンディー。真面目で頭の回転が速く、槍による戦いを得意としており、仲間達から頼りにされている。戦場に出ない時は主に王女であるソラの警護についている為、ソラからも慕われているらしい。
全員が話を聞く状態になったのを確認したグレイは軽く咳をしてから詳しい説明を始めた。
「先程も話したように私は軍が編成され次第、彼等と共にゼゼルドの町へ向かう。恐らく国境でセルメティア王国軍と激しい戦いが繰り広げる事になるはずだ。お前達四人の内、二人は私と共に国境へ向かってもらう」
「二人だけ? なぜ全員で向かわないのですか?」
ベイガードが中途半端な人数で行く事に疑問を抱く。勿論、他の三人も疑問を感じていた。
「不測の事態に備えて二人は王都に残しておこうという陛下のお考えだろう」
「不測の事態?」
「お前達も聞いているだろう、ガムジェスの事を?」
グレイの口から出たガムジェスの名を聞き、四人の騎士の表情が変わる。自分達と同じ六星騎士であるガムジェスがバーネストの町で倒されたという報告を思い出したのだ。
最初、報告を聞いた時は冗談かと思っていたが、ガムジェスが護っていたバーネストの町がセルメティア王国軍に奪い返され、司令官のエバルドが捕虜となったという事を聞いた時に冗談ではなく、本当にガムジェスが倒されたのだと知り、六星騎士達は衝撃を受けた。勿論、教皇のジャングスや貴族達も六星騎士が倒された事を聞いた時はかなり驚き、その日からセルメティア王国を強く警戒する様になったのだ。
「ガムジェスは百人のテンプルナイトを率いて侵攻作戦に参加した。そのガムジェスが倒され、テンプルナイトの殆どがやられてしまったのだ。陛下もセルメティアが何か想像もつかないような事をして来るのではと考えられて二人を近くに置いておこうと考えられているのだろう」
「成る程、そう言う事ですか……」
グレイの話を聞き、ベイガードはジャングスがセルメティア王国の動きを警戒していると知り、納得の反応を見せた。出来の悪い息子を見捨てるような事をする冷酷な教皇も戦争中の相手国を見下すような事はしないようだ。
「ソフィアナ、ベイガード、お前達は此処に残り陛下と殿下達のお傍にいろ」
『ハイ!』
「ジェームズ、メア、お前達は私と共に来い。セルメティア王国とは戦う事になる、準備をしっかりとしておけ?」
「分かりました」
「ハイハイ」
ジェームズは小さく笑いながら返事をし、メアは呑気そうな表情で軽い返事をする。緊張感を見せない二人をグレイはやれやれ、と言いたそうな顔で見つめた。
話が終わると五人はすぐに移動した。ソフィアナとベイガードはグレイがやって来た方へ歩いて行き、グレイはジェームズとメアを連れて出撃の準備に向かう。エルギス教国最強の戦士である六星騎士の三人はセルメティア王国を倒す為に大部隊を率いて国境へ向かう準備を進めるのだった。
翌日、編成を終えたエルギス教国軍を率いて三人の六星騎士は国境へ向けて王都を出発した。
――――――
セルメティア王国とエルギス教国の間には大きく険しい山脈がある。その山脈こそが二つの国を分ける国境となっているのだ。国境である山脈のすぐ近くにはセルメティア王国の領土となっているラムスト大平原があり、エルギス教国は戦争が始まった時にこの平原からセルメティア王国に侵攻して来た。
開戦時のセルメティア王国もこの平原に防衛線を張ってエルギス教国軍を迎え撃ったのだが、亜人の力を借りたエルギス教国軍に突破されてしまう。平原を抜けて北へ進んだ先にバーネストの町があり、エルギス教国軍は町を制圧、侵攻の本拠点としたのだ。だが、エルギス教国の侵攻軍を倒したセルメティア王国はバーネストの町を防衛拠点とし、再び平原の北側に防衛線を張りエルギス教国軍を迎え撃とうとしていた。
雲の多い空の下に広がるラムスト大平原、その北側にある丘の上ではセルメティア王国軍が陣形を組んでいる。戦力は五万で、兵士や騎士、魔法使い達が戦いの時を待っていた。兵士達の後方にはダークとアリシアがサモンピースで召喚したモンスター達が控えており、そのモンスター後ろにある拠点の中には無数のテントが張られてある。数日前までは四万だったのだが、新たに一万の戦力がバーネストの町に到着し、更に防衛線を強化されたのだ。そして、拠点にあるテントの中にはダーク達の姿もあり、遠くに見える平原の南側を眺めていた。
平原の南側、セルメティア王国軍から数百m離れた所にある丘ではエルギス教国の大軍勢が陣形を組んでいた。数は十一万とセルメティア王国の倍以上の戦力だった。
エルギス教国軍が平原に現れたのは昨日の夜中、暗闇に包まれた平原の南側に無数の松明の明かりが見えるのを防衛線で見張っていたセルメティア王国の兵士達が確認した。兵士達はすぐにバーネストの町へ戻り、駐留しているダーク達にエルギス教国軍が現れたのを伝える。ダーク達はエルギス教国軍が夜襲を仕掛けて来る事を警戒し、交代しながらエルギス教国を監視していた。ダーク達も敵の奇襲に備えて前線に出て防衛部隊と共にエルギス教国軍の様子を伺っていたのだ。
「なかなかの数だな……」
テントの前でダークがエルギス教国軍の戦力を見て呟く。彼の隣にはアリシアが立っており、二人の周りには人間の姿をしたノワール、レジーナ、ジェイク、マティーリアの姿がある。ダーク達の近くではリダムスが防衛線で敵の様子を窺っていた。
エルギス教国の侵攻軍を倒したダーク達はそのままバーネストの町に留まり、町の防衛に当たっていた。そして、セルメティア王国軍が国境近くのラムスト大平原に防衛線を張る事を聞き、ダーク達も防衛に参加する事にしたのだ。セルメティア王国にいるエルギス教国軍を全て倒して戦いが一段落した為、ダークはレジーナとジェイクにアルメニスにいる家族達の下へ戻る事を勧めた。だが二人はここまで来たのなら戦争が終わるまでダーク達と一緒にいると前線に残ると言い、二人の決意にダークは何を言っても無駄と考えて首都へ戻す事を止める。そして、今もレジーナとジェイクはダーク達と共に最前線に立っていた。
「本当に凄い数ねぇ……どれぐらいなのかしら、敵の戦力?」
「王国の兵士が調べたところ、十万以上はいるらしいぜ?」
「じゅ、十万……あたし達の戦力の倍以上もあるじゃない」
「ああ、軍のお偉いさんもまさか敵が十万以上の大軍勢で来るとは思ってなかったみたいだな」
レジーナとジェイクは遠くで陣形を取っているエルギス教国軍を見て僅かに緊迫した表情を浮かべていた。マティーリアとリダムスも同じように緊迫した顔をしている。そして、セルメティア王国軍の兵士達もとんでもない数のエルギス教国軍を目にして不安そうな顔を見せていた。いくらダークが操るモンスター達がいても、十万以上の敵には勝てないと感じているようだ。しかし、ダークとノワールはエルギス教国軍を黙って見つめており、アリシアもダークの隣で驚く事無くエルギス教国軍を眺めている。自分が神に匹敵する力を持っているせいなのか、アリシアは焦りなどを感じていなかった。
十一万の戦力があるエルギス教国軍は右翼に三万、左翼に三万、そして中央に五万の兵を配置する形で陣形を組んでいる。その三つの部隊の中には百人ずつ神殿騎士団のテンプルナイトが配置されていた。そして、エルギス教国軍の陣の奥にある拠点には五十人ほどのテンプルナイトと魔法使い、六星騎士のグレイ、ジェームズ、メアの姿があり、遠くに見えるセルメティア王国軍を眺めている。
「あれがセルメティア王国軍が……数は圧倒的に我々が勝っているが、敵の中にはモンスターの姿もあるな……」
「どうやら、セルメティア王国軍がモンスターを従えているという情報は本当だったようですね」
「どれも見た事の無いモンスターばかり……フフ、少しは倒し甲斐がありそうね」
グレイたちはセルメティア王国軍の中にいるモンスター達を見て落ち着いた様子で会話をしている。例えモンスターがいるとしても、英雄級の実力を持つ自分達と十一万の兵がいればモンスターにも負けないと感じているらしい。
「グレイ殿、どうします? すぐにでも攻撃を開始しますか?」
「いや、もう少し様子を見よう。こちらもまだちゃんとした作戦が決まっていないのだしな」
「分かりました」
「あ~あ、早くセルメティアの雑魚どもを蹴散らしたいわぁ~」
作戦を立てる為にグレイはテントの中へ戻り、ジェームズもその後について行く。メアは両手を後頭部に当てながらつまらなそうな顔で二人と後を追う様にテントに入った。
一方、セルメティア王国軍の陣地ではリダムスが汗を掻きながら遠くにいるエルギス教国軍を見つめ、少ない戦力でどう攻めるかを考えていた。自分達にはダーク達と彼等が召喚したモンスターの部隊がいる。だがそれでも五万以上も差がある敵軍の前ではダーク達がいても勝ち目は無いと感じており、リダムスは心の中で焦っていた。このまま戦えば高い確率で負ける。そうなったらまたバーネストの町に攻め込まれて領土を制圧されてしまう。現実が最悪に結末に向かって進んでいる事を考えるとより多くの汗が流れた。
(……これほどまで戦力に差があるとは思わなかった。いや、エルギスの方がセルメティアよりも国の領土も人口も多いのだ。軍の戦力も敵の方が多い事は分かり切っていた事のはず……完全にこちらの計算ミスだ! どうする、バーネストの町まで後退して籠城戦に持ち込むか? それとも一か八か敵軍の間を突貫し一気に敵の拠点を攻撃して指揮官を倒し、戦いを素早く終わらせるか?)
リダムスが心の中で必死にどうするか考える。彼の隣には蒼月隊の騎士が立っており、リダムスの指令を待っていた。しかし、いくら考えてもいい案が思い浮かばない。考えている間にも時間は刻々と流れていく。すると、考え込んでいるリダムスの隣にダークがやって来てリダムスの肩にポンと手を置く。リダムスはフッと顔を上げてダークの方を向いた。
「リダムス殿、どう思います? 今の戦力で我々は勝てると思いますか?」
ダークはエルギス教国軍の方を見ながらリダムスに勝機はあるか尋ねる。リダムスはダークに声を掛けられた事で少しだけ心が落ち着いたのか、さっきまでの焦りが消えて少しだけ楽になった。
リダムスは一度深呼吸をしてから遠くにいるエルギス教国軍を見つめ、自分の感じている事を正直に口にする。
「……正直、今の我々では勝つのは難しいと思います。いくらダーク殿が召喚してくださったモンスター達がいても、あの数の敵の前では意味が無いかと……」
「成る程……」
ダークはリダムスの意見を聞くとエルギス教国軍を見ながら黙り込む。リダムスも黙り込むダークを見て、流石のダークでもあの数の敵が相手ではどうする事もできないだろうと考えた。
「……では、少し数を減らした方がいいですね」
「……え?」
さっきまで黙り込んでいたダークが腕を組んで不思議な事を言い出す。ダークの言葉を聞いてリダムスは思わず間抜けそうな声を出してしまう。ダークはリダムスに背を向けてアリシア達の下へ戻って行き、リダムスと蒼月隊の騎士はまばたきをしながらダークの背中を見ていた。
アリシア達の下へ戻ったダークはエルギス教国軍の方を向き、陣形を組み敵を見ながらアリシア達に話しかけた。
「皆、よく聞け。これからあの大量の敵を半分近くに減らす」
「え? 減らす? あの敵を?」
「若殿、何を言っておるのじゃ?」
ダークの言葉を聞き、レジーナとマティーリアは理解できずに訊き返す。ジェイクもダークの方を向いて不思議そうな顔をしていた。ノワールはダークが何を考えているのか理解したのかダークを見上げながらああぁ、と言う様な顔で軽く頷く。
「……ダーク、何かいい策があるのか?」
「ああ、ノワールの魔法を使う。それも強力な魔法をな」
「強力な魔法?」
アリシアはダークの強力な魔法と言う言葉に小首を傾げた。ダークが強力と言うのだから自分が知っているような魔法ではないという事は分かる。一体どんな魔法なのか、アリシアは難しい顔をして考えた。すると、アリシアの頭の中にふとある光景が浮かび上がる。それは港町バミューズでネクロマンサーのミュゲルと戦った時の事だ。あの時もノワールは上級アンデッドを倒す時に強力な魔法を使ったとダークから聞いており、その時の魔法がダークの言う強力な魔法ではとアリシアは考えた。
強力な魔法が何なのかアリシアが考えていると、ダークはノワールに魔法を使うよう指示を出す。どんな魔法を使えばいいのか分かっているのか、ノワールは何も言わずにエルギス教国軍の方を向いて杖を構える。アリシア達も魔法を発動しようとするノワールに一斉に注目した。
ノワールは目を閉じて魔力を杖に集め、魔法を発動させる準備をする。アリシア達は普段よりも魔法の発動に時間を掛けているノワールを珍しそうな表情で見ていた。やがて、ノワールは目を開いて真剣な顔で杖を空に掲げる。するとダーク達の頭上に紫色の巨大な魔法陣が展開され、アリシア達はその魔法陣を見て驚き目を見開く。離れた所にいるリダムスや陣形を組んでいたセルメティア王国軍も突然現れた魔法陣を見て驚いていた。
「な、なんちゅう大きさの魔法陣だ……」
「す、凄い……」
頭上の魔法陣を見上げながら驚きの声を出すジェイクとレジーナ。アリシアとマティーリアも言葉は出さないが魔法陣を見上げながら呆然としている。
魔法陣が展開されてセルメティア王国軍が驚いている事、エルギス教国軍もセルメティア王国軍の陣の上空に巨大な魔法陣が展開された事に気付き、全員が驚きながら魔法陣に注目している。勿論、六星騎士の三人もテントの中で魔法陣を見て驚いていた。
「な、何なんだ、あの魔法陣は?」
「知らないわよ。あんな大きな魔法陣、今まで見たこと無いわ!」
「まさか……最上級魔法を使う者がセルメティア王国軍にいるのか?」
ジェームズとメアが驚く隣でグレイは魔法陣が最上級魔法によって展開された物だと思い込む。セルメティア王国軍が何かしてくると感じたグレイはすぐに全軍に警戒の指示を出そうとした。その時、魔法陣から巨大な黒い靄状の竜の首が現れ、その竜の姿を見てエルギス教国軍は騒ぎ出す。勿論、セルメティア王国軍も驚きながら魔法陣から出てきた竜を見上げていた。
平原にいる両軍の兵士達が驚く中、黒い竜は目を赤く光らせながら空を見上げて大きく口を開いた。すると竜の口から紫色の液体がもの凄い勢いで吐き出され、空に向かって飛んで行く。竜が吐き出した液体に両軍の兵士たちは更に驚いた。竜はしばらく空に向かって液体を吐き出し続け、やがて液体を吐くのをやめた竜は沈むように魔法陣の中へ消えていく。そして巨大な魔法陣も消滅した。
エルギス教国軍は魔法陣から出て来た竜が何をしたのか分からずに呆然としている。すると、空から突然雨が降り出し、エルギス教国軍は雨に打たれた。いきなり降ってきた雨にエルギス教国軍は一斉に空を見上げる。不思議なことにその雨はエルギス教国軍の陣にだけ降っており、セルメティア王国軍の陣には降っていなかった。
「何なんだこの雨は? さっきまで降る気配なんてなかったのに今日の天気はどうなってるんだ……」
エルギス教国の兵士の一人が降り続ける雨を見上げながら不思議に思っていると突然隣に立っていた別の兵士が倒れる。兵士は倒れた仲間に驚き、慌てて兵士に駆け寄った。
「おい、どうした!? どうかしたのか?」
兵士が仲間を抱き起して声を掛ける。だが兵士は反応しないかった。目と口を開いたまま、まるで魂が抜けてるような状態の仲間を見て兵士は驚き、同時にあることに気付く。
「……死んでる?」
目を見開きながら仲間を見て兵士は小さな声で呟く。そう、仲間の兵士は息をしておらず、既に死んでいたのだ。兵士が仲間の死体を見て驚いていると、周りでも別の兵士たちが倒れて行く。その兵士たちも全員が死んでいた。
雨音の中でエルギス教国の兵士たちは次々と倒れていく。中には倒れずに膝を付いて胸を押さえながら苦しそうな顔をする兵士もおり、その異変はエルギス教国の兵士全員に起きていた。
「な、何だ……これは?」
グレイは陣形を組んでいる兵士たちが倒れていく光景を目にして驚愕の表情を浮かべていた。既に十一万の兵士の半分近くが倒れており、倒れていない兵士たちも胸や喉を押さえながら苦しんでいる。兵士たちに何が起きたのか分からずグレイたちは混乱していた。
「どうなってんのよ? どうして兵士達が次々に倒れて行くの?」
「分からない。ただ、あの雨が降り出した直後に兵士たちがおかしくなった……」
「まさか、この雨に原因があるってこと?」
「知るかよ、そんなこと!」
メアとジェームズも必死に状況を確認しようとするが、混乱しているせいか上手く理解する事ができなかった。グレイも混乱しながら必死に何が起きたのか平原にいる兵士達を見つめながら分析しようとしている。すると、さっきまで激しく振っていた雨が突然止み、雨が降る前の状態に戻った。しかも、あれだけ雨が降っていたにもかかわらずエルギス教国軍の陣の地面はまったく濡れていない。まるで最初から雨など降っていなかったかの様だった。
雨が止むと六星騎士やテントの中にいた十数人のテンプルナイトがゆっくりとテントを出て空を見上げる。雨が降っていない事を確認するとすぐに平原にいる仲間の兵士達の方を向く。陣形を組む兵士達の半分以上が倒れており、倒れていない兵士達も全員が苦しんでいた。グレイはすぐにテントの中にいた魔法使い達に指示を出し、回復魔法が使える者に兵士達の治療をするよう指示を出す。魔法使い達は慌てて兵士達の下へ走った。
セルメティア王国軍の陣ではアリシア達が遠くで大勢のエルギス教国の兵士達が倒れている光景に驚いている。セルメティア王国の兵士達も敵陣で何が起きたのか分からずに呆然としていた。
「な、なになに? 敵陣で何が起きたの?」
「どうやら、敵の兵士達に何か遭ったようじゃな……」
レジーナとマティーリアが敵の様子を見て何が起きたのかを確認する。ダークとノワールは何も言わずにジッとエルギス教国軍を眺めていた。そこへアリシアがダークに近づいて来てそっと声を掛けて来る。
「ダーク、一体エルギス教国軍に何が起きたんだ? ノワールが魔法を発動させた直後に敵に異変が起きたんだ。貴方とノワールの仕業なのだろう?」
小声で尋ねて来るアリシアをダークとノワールはチラッと見る。そしてダークは姿勢を低くし、アリシアの質問に小声で答えた。
「その通りだ。さっきノワールが使ったのは神格魔法の一つ、冥竜の毒雨だ」
「神格魔法? 前に教えてくれたLMFに存在する最上級魔法よりも上の魔法の?」
「そうだ。神格魔法は強力で消費する魔力量も多い。だから、ここぞと言う時以外はノワールに使わせないようにしている」
ダークの説明を聞いたアリシアは始めて見た神格魔法に驚きまばたきをしながらエルギス教国軍の陣を眺める。一度に数万の敵兵を倒してしまうその威力にアリシアは言葉が出て来なかった。
<冥竜の毒雨>はLMFの中でも恐ろしい魔法の一つと言われている闇属性の広範囲神格魔法。展開した魔法陣から黒い竜を呼び出し、その竜が吐き出した紫色の液体を雨の様に降らせて敵に浴びせる。その液体を浴びた者は即死か毒状態のどちらかになってしまう。この魔法の即死と毒の効果に対して、即死は技術で無効化できるが、毒は技術でも無効化できない。だから液体を浴びれば即死からは逃れる事ができても必ず毒状態にはなってしまうのだ。この魔法から逃れる方法は液体に触れない事。盾類や防御魔法で液体を防ぐか、屋根のある場所へ避難するしかない。その為、テントの中にいて液体を浴びていないグレイ達は難を逃れる事ができたのだ。
ノワールが使った魔法の効果にアリシアやレジーナ達は驚き続けている。大勢の敵を一撃で倒してしまう程の力を持つノワールとそのノワールが忠誠を誓うダーク、アリシア達は改めてLMFから来たダークとノワールが強大な力を持っている事を再認識したのだった。
ダークはエルギス教国軍の半数以上がニーズヘッグレインで即死したのを確認すると驚いているリダムスに近づき、肩にポンと手を置く。肩に手を置かれてリダムスは驚きビクッと反応しながらダークの方を見る。
「リダムス殿、敵の半数以上が倒れました。これなら今の我々でも勝てるはずです」
「え? あ、えっと……」
「指示をお願いします」
まだ少し混乱しているのかリダムスはオドオドしながら周りを見ている。そして、エルギス教国軍が混乱し、敵の数が半分以上減った事を理解すると、一度ゆっくりと深呼吸して落ち着きを取り戻す。そして、隣に立っている蒼月隊の騎士の方を向く。
「全軍に攻撃命令を出せ! 敵が混乱している内に一気に敵本陣へ攻め込む」
「ハ、ハイ!」
指示を受けた騎士は慌てて各部隊に指示を出しに走り出す。リダムスは腰に納めてある騎士剣を鞘の上から強く握り、いよいよ決戦が始まるのだと気持ちを強く持つ。
リダムスが指示を出すとダークはアリシア達の下へ戻って行く。アリシアが驚いているレジーナ達にもうすぐ戦いが始まると伝え、それを聞いたレジーナ達も我に返り気持ちを切り替える。それを見たダークはこっちも大丈夫だと感じ、エルギス教国軍の方を向いて背負っている大剣を抜いた。ノワールも自分にレビテーションの魔法を掛けて浮かび上がり、遠くに見える敵陣を睨む。
「さて、此処でエルギス教国との戦いに決着が付くわけだ。気合を入れて行くぞ?」
「ハイ、マスター!」
「……力で全てを支配しようとする欲の軍勢よ、断罪の始まりだ」
目を赤く光らせながらエルギス教国軍に断罪の宣告をするダーク。その数分後、セルメティア王国の全軍が混乱しているエルギス教国軍に攻撃を開始した。