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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第一章~黒と白の騎士~
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第八話  資金調達と盗賊少女

 冒険者になったダークは次に自分が泊まる宿屋を探すためにアリシアに案内されながら街道を歩いていく。

 アルメニスの町には金の少ない者でも泊まれる安い宿屋や金持ちだけが泊まれる高い宿屋など沢山ある。ダークはどんな宿屋でも構わないとアリシアに話しており、アリシアはとりあえず誰でも泊まることができる宿屋へ向かうことにした。だが、その前にやらなけらばならないことがあった。


「まずは金を手に入れないといけないな」


 ダークは歩きながら低い声で呟いた。そう、ダークはこの世界の通貨を持っていない。LMFの世界で使われていた通貨はこの世界では使えず、現在ダークは無一文の状態だった。金がなければ宿に泊まることもできない。だからまず、アイテムショップなどに行って自分の持ち物を売り、資金を作ることにした。

 冒険者ギルドの施設を出たからしばらく歩き、ダーク達は小さなアイテムショップの前にやってきた。二階建ての小さな店で店内には多くのアイテムが並べられている。

 ダークたちが窓から店内を覗くと中には客の姿は無くとても静かだった。


「お客さんがいませんね。この店は人気が無いんですか?」


 ノワールが肩に乗りながら店内を見て店の評判を尋ねるとアリシアはノワールの方を見ながら首を横に振る。


「いや、ただこの時間は客が少ないだけだ。私もよくこの店に通って色んなアイテムを買っている」

「そうか、なら入ってみるか」


 アリシアが常連客だと聞いたダークはとりあえず店に入ることにした。

 店内はとても綺麗で商品の乗った棚などもピカピカだった。ダークとアリシアが店の中を進んでいくと奥にあるカウンターから水色の三つ編みの髪をした十代前半ぐらいの少女が顔を出してニッコリとほほ笑む。


「いらっしゃいませ! アイテムショップ、メーデリアへようこそ!」

「失礼するぞ、メディ」

「あっ、ファンリードさん! いらっしゃいませ、今日はどんな商品をお買い求めですか?」

「いや、今日は客として来たのではない。客はこっちだ」


 アリシアはメディという少女に隣になっているダークを紹介する。

 メディはアリシアの隣に立っている全身甲冑フルプレートアーマーを着た長身の黒騎士を見て一瞬驚きの表情を浮かべる。全身を不気味な漆黒の鎧で包みながら立っているのだから驚くのは無理もないことだ。

 ダークをしばらく見つめていたメディはいつまでも客を見て驚いているのは失礼だと考え、一度咳き込んでからゆっくりと深呼吸をして落ち着きを取り戻す。そして苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げる。


「い、いらっしゃいませ、メーデリアへようこそ。私、ここの一人娘でメディと申します」

「ダークだ、よろしく」

「ハ、ハイ」


 ダークが手を差し出して握手を求めるとメディも少し慌ててダークと握手を交わす。


「今日からこの町で暮らすことになった。この店も利用させてもらうぞ」

「ハ、ハイ、ありがとうございます」


 迫力のある外見に似合う低い声で話すダークにまだ緊張した様子のメディ。とりあえず、店に来た以上はどんな人物であろうと客には違いない。メディは気持ちを切り替えて仕事に取り掛かる。


「そ、それで今日はどのような御用で……」

「アイテムを売りたい」

「あ、ハイ。アイテムですね、少々お待ちください」


 メディは少し慌てた様子を見せ、早足で店の奥へと入っていく。

 しばらくすると、店の奥からメディと三十代後半ぐらいの男が姿を現した。男はメディと同じようにダークを見て少し驚いた様子を見せている。


「い、いらっしゃいませ。私はメディの父でこの店の主人でございます。アイテムを売りたいと伺いましたが……」

「ああぁ、ちょっと待て」


 父親を待たせ、ダークはポーチの中に手を入れて何かを取り出す。ダークの手の中には小さな透明の宝石があり、ダークはそれをカウンターの上に置く。


「これを売りたい」


 ダークが出した宝石を見て、父親は手袋をはめてその宝石を手に取って調べ始める。アリシアやメディも美しい透明の宝石をまばたきしながら見つめている。

 しばらく宝石を観察した父親は宝石をカウンターに置くと右手を宝石の上まで持っていく。すると父親の右手が薄っすらと黄緑色に光り出す。その光景を見たダークは隣に立っているアリシアにそっと顔を近づける。


「アリシア、彼は何をしているんだ?」

「メディの父親は昔は鑑定士をやっていたらしくてな、こうして客が売りに来たアイテムを調べて値段を決めているんだ」

「ほぉ、この世界の鑑定士はああやってアイテムを調べるのか……」


 小声でアリシアと話しながらダークは父親の作業を見る。LMFの世界とは全く違うやり方を見て、この世界が改めでLMFの世界とは違うと認識した。


「ところで、あの宝石はいったいなんなんだ?」

「あれか? ダイヤモンドだ」

「ダイヤ、モンド……?」

「金剛石って言えば分かるか?」

「金剛石? あれがか?」

「ああ、LMFではダンジョンの宝箱やモンスターのドロップアイテムから入手する物だ。主に売ったり装備を作るための材料として使っている」


 ダークがアリシアにLMFでダイヤモンドをどんな風に扱っているかを説明し、アリシアはそれをうんうん、と頷きながら聞く。

 二人がそんな話をしていると鑑定を終えた父親がダイヤモンドの上から手をどける。メディが鑑定を終えた父親の顔を覗き込むと、そこには驚きの表情を浮かべている父親の顔があった。


「お、お父さん、どうしたの?」

「あ、いや……な、なんでもない……」


 メディに声を掛けられて我に返った父親か娘の方を向き苦笑いを浮かべながら首を横に振った。すると鑑定を終えた父親にダークが近づきカウンターの上のダイヤモンドを指差す。


「で、これをいくらで買い取ってくれるのだ?」

「え、え~っと……こ、こちらの金剛石ですが……非常に珍しく高価な物でして、私どもでは買い取ることはできません……」

「……高すぎてこの店では買い取るだけの金が出せないということか?」

「ハ、ハイ、申し訳ありません」


 ダイヤモンドが高すぎてメディ達の店では買い取れないと聞いたダークは黙り込み、メディと父親を見た後に店の中を見回す。そして、父親の方を見てこんなことを言い出した。


「では、そのダイ……金剛石をお前たちの言い値で買い取ってくれ」

「い、言い値、ですか?」

「そうだ。ただし、10ファリンや100ファリンなどという安すぎる額はやめろ?」

「は、はぁ……」


 小さいとは言え、透明度の高い金剛石を言い値で売ると言い出すダークにメディと父親は呆然とする。メディたちだけでなく、アリシアも驚いてダークを見ていた。手元にある金剛石は明らかに数十万ファリスは下らないほどの高価な物。それを言い値で売るなど普通では考えられないことだからである。だが、ダークはそのことを分かっていて言い値で売ると言い出したのだ。それには当然理由がある。

 一つは資金を得るため、今のダークにはとにかく金が必要だった。宿に泊まれ、簡単な買い物をする分の資金を手に入れることができればそれでよかった。それなら、もっと高い額で売ればいいと誰もが考えるが、あまり多くの金を持っていると逆に注目を集めてしまうので、ダークはほんの少しの金を手に入れられれば十分なのだ。そしてもう一つは……。


「あと、言い値で売る代わりに情報を提供してほしい」

「情報?」

「そうだ。此処はアリシアのような騎士団の人間だけでなく、冒険者も利用する店なのだろう?」

「ハ、ハイ」

「ならば、アイテムを買いに来た冒険者から色んな情報をさり気なく訊き、私が来た時にそれを教えてほしいのだ」

「な、なぜそのようなことを?」


 父親がダークに情報を知りたがる理由を尋ねると、ダークは父親に顔を近づけて赤い目を光らせた。


「余計な詮索はしない方がいい。お前たちのためにもな?」

「ハ、ハイ!」


 脅しをかけるようなダークの発言に驚きながら返事をする父親。メディも少し緊張した顔でダークを見ている。

 だが、情報を提供してくれる者に何も説明しないで協力させるのは心苦しいと考えたダークはゆっくりと顔を離し、簡単に理由を説明することにした。


「まぁ、強いて言うなら、この町で上手く暮らしていくために情報を集める、とでも言っておこう」

「そ、そうですか……」


 一応理由を説明してくれたダークの態度を見て父親は少しだけホッとした様子を見せる。父親やメディはさっきまで鋭い眼光を向けていたダークからその鋭さが無くなって若干複雑な気持ちになった。


「それで、その条件で構わないのか?」

「え? ……あ、ハイ。こちらの言い値でこの金剛石を買い、更に冒険者から得た情報を貴方にお伝えするという内容ですね」

「そうだ」

「……分かりました」

「商談成立だ。それで、いくらで買ってくれる?」


 交渉がまとまり、早速ダークはダイヤモンドの値段の話に入る。

 メディの店はそれなりに人気はあるが、そんなに繁盛しているわけではない。故に出せる金も多くなく、メディと父親は長い時間、話し合って値段を決めた。

 二人の話し合いの結果、ダークの持っていたダイヤモンドを3000ファリンで買うことになり、ダークも高くも安くもない値段に納得する。もし、本来の価値で値段を付ければ三十万くらいはいく。だが、あえてダークは3000ファリンで手を打ち、残りの分で冒険者達の情報を買うという形になった。

 メディの父親はこの世界の通貨が入った革製の袋をカウンターの上に置いてダークに中身を見せる。革袋の中には金貨、銀貨、銅貨と大量の硬貨が入っており、父親は硬貨の種類を分けてダークに確認させた。


「こちらが3000ファリン分の現金となっています。100ファリン金貨が十五枚、50ファリン銀貨が二十枚、そして10ファリン銅貨が五十枚、合計八十五枚の硬貨です」

「確かに……」


 ダークが硬貨を確認すると父親は硬貨を革袋に入れた。ダークの隣ではアリシアが大量の硬貨を目にして少し驚いたような顔をしている。

 全ての硬貨を入れ終えた父親が革袋をダークに手渡そうとした、その時、ダークはフッと後ろを向く。そして、走って店の入口を勢いよく開けて店の周りを見回した。突然走って店の外を見回すダークにアリシアたちは驚き目を丸くする。


「ど、どうしたんだ、ダーク?」


 アリシアが驚きの表情のままダークに尋ねると、ダークはゆっくりと扉を閉めてアリシアたちのところに戻る。そしてアリシアの方を向いて一瞬目を赤く光らせた。


「……誰かが盗み聞きしていた」

「何? 確かか?」

「間違いない……私はこう見えて気配を察知するのには自信がある方だ。さっきまでの感じからすると、盗み聞ぎしていた奴は私が3000ファリンの現金を受け取ったことを知っている。そして、この店にそんな大金を出させるほどの物を私が持っているということも」

「ほ、本当ですか?」


 ダークの話を聞いたメディが驚く。アリシアやメディの父親も誰かが自分たちの話を聞いていたことに驚きを隠せないでいる。

 3000ファリンの入った革袋をしまうダークは振り返って窓からもう一度外を見る。ダークは気配に気づいた時に盗み聞ぎをしていた犯人の情報をある程度掴んだ。


「……犯人は女だな。俺が店を飛び出して外を確認した時にはもう姿は無かった。それだけ素早く移動できる運動神経のいい女、もしくは速く動くことのできる職業クラスの女だということか……」


 小声でブツブツ言いながら犯人がどんな人物なのかを想像するダーク。すると、肩に乗っていたノワールが耳元に顔を近づけて小声で話しかけてきた。


「マスター、僕の予想からして、その犯人は恐らく盗賊かその上級の怪盗、もしくはレンジャーかもしれません」

「お前もそう思うか。俺も盗賊のような身軽でスピードの高い職業じゃないかとは思っている。だけど、まだハッキリとは分からない」

「どうしますか?」


 ノワールは尋ねるとダークは外を見つめながら黙り込み、しばらくすると小声でノワールに返事をした。


「盗み聞きして逃げたということか、俺の金か売ったダイヤモンドを狙ってくる可能性がある。きっとまた姿を見せるはずだ」

「そうですね……で、どうします? 捕まえますか? その犯人」

「フッ、当然だろう? 俺達の話を盗み聞きするような奴は取っ捕まえてお仕置きしてやらなきゃな」


 ダークの答えを聞いたノワールは小さく笑う。どうやら彼もダークと同じで犯人を捕まえるつもりでいたようだ。

 小声で話をしているダークとノワールをアリシアやメディたちはただ黙って見つめている。すると、ダークはアリシアたちの方を向き、カウンターの上に置かれているダイヤモンドを指差す。


「主人、その金剛石だが、しばらく誰の目にも触れない所に隠しておけ」

「え? これをですか?」

「そうだ。もしかすると、盗み聞きをしていた者がそれを盗みに来る可能性がある。盗られなくなかったら大事に保管しておくことだ」

「ハ、ハイ!」


 父親もせっかく手に入れたダイヤモンドを奪われたくないのか力強く返事をする。

 ダークからは3000ファリンで買い取ったが、別の店、もしくは商人に売ればそれこそ30万ファリン以上の値で売ることができる。売れば大金が手に入れるのにそれを奪われるようなことにはしたくない。そう考えれば誰だって必死に隠そうとする。


「……さて、此処での用は済んだ。アリシア、行くぞ」

「あ、ああ」


 全ての用が済んだダークは入口の方を向いて歩き出し、アリシアもそれに続く。資金も手に入り、冒険者の情報を得る手段も手に入れた。小さなダイヤモンド一つでダークは自分が求めるものを二つも手に入れることができたのだ。

 ダークが扉の前まで行き、ドアノブを掴んで回そうとした時に背後から声がかかる。


「あ、あのぉ」


 聞こえてくる父親の声を聞き、ダークはチラッと父親とメディの方を向いた。父親はカウンターの向こう側で頭を下げ、メディも同じように頭を下げている。


「あ、ありがとうございました。またのお越しを!」

「またのお越しを!」

「……ああ」


 ダークに頭を下げながら僅かに力の入った声で礼を言うメディと父親。それが店の者として客であるダークに礼を言っているのか、それともダイヤモンドを安い値で売ってくれたことに対して礼を言っているのかは分からない。だが、感謝されていることには違いないとダークは軽く返事をして店から出ていく。アリシアも二人に簡単な挨拶をして店を後にする。残されたメディと父親はダークに言われたとおり、すぐにダイヤモンドを持って店の奥へ駆け込んでいった。

 メーデリアを出たダークとアリシアは街道の真ん中を黙って歩いている。宿屋には行かず、ただ街の中を歩いているだけだ。アリシアはただ歩き続けるダークを見つめていた。


「……おい、ダーク。いったい何処へ行くんだ?」

「別に行き先などない」

「はあ? ではなんで歩き回っている?」

「……待ってるんだよ。盗み聞きした犯人さんをな」

「は?」


 アリシアはダークの言っている意味がさっぱり分からずに小首を傾げる。すると、突然後ろから誰かが走ってきてダークとアリシアの間を少々強引に通過した。

 突然誰かが背後からぶつかってきたことにアリシアは驚き、ダークは黙ってぶつかってきた者の姿を見る。それは冒険者ギルドの施設でダークと男たちのやり取りを見ていた緑色のポニーテールをした盗賊風の少女だった。


「ゴメンよ、騎士さんたち!」


 少女は走りながら振り返ってダークとアリシアに謝るとそのまま街道の脇にある細道へ入っていった。ダークとアリシアは立ち止まって走り去っていった少女を見る。


「まったく、人にぶつかっておいてなんだあの謝り方は……」


 ぶつかった腕を擦りながら不満そうな顔でブツブツ言うアリシア。ダークは黙って少女の入った細道を見ており、ノワールもダークの肩に乗ったまま同じように細道を見つめている。


「マスター、さっきの女の子……」

「ああ、恐らくアイツが盗み聞きした犯人だろう」

「ハイ、僕もそう思います」

「よし、ノワール、行け」

「ハイ!」


 ダークが指示を出すとノワールは小さな竜翼を広げて飛び上がり、10m近くまで上昇すると少女が走り去っていた方角へ飛んでいく。

 ノワールが飛んでいくのを見送るダークといきなり飛び立って行ったノワールを見て若干驚いたような表情を見せるアリシア。彼女はなぜノワールが飛んでいったのか気になり、すぐにダークに尋ねた。


「ダーク、ノワールは何処へ行ったのだ?」

「何処へ? う~ん……それを言う前にちょっと聞きたいことがあるんだが……」

「ん? 何だ?」

「君、今財布持ってるか?」

「は? 財布?」


 質問に答えること無く、逆に財布があるかと尋ねてくるダークにアリシアは思わず声を漏らした。


「何を言っているんだ。財布ぐらい持っているに決まっているだろう。今もここに……ん?」


 アリシアが財布を取り出そうと手を懐に入れた時、アリシアの表情が変わった。さっきまであったはずの財布が無く、アリシアは慌てた様子で財布を探す。だが、やはり財布などこにも無い。

 財布がなくなっていることに気付いたアリシアの表情は急変した。


「な、無い! 財布が無い!」

「やっぱりな……」

「や、やっぱりって、どういうことだ?」

「さっきぶつかった女がいたろう? アイツに盗られたんだよ、きっと」

「な、何ぃ!?」

「落ち着け、今ノワールがその女を空から追跡している。すぐに見つかるさ」

「そ、そうか……」

「間違いなく、アイツがさっき俺たちの話を盗み聞きしていた犯人だ。それで俺の持っている金を奪おうとした時についでに君の財布を盗んだんだろ」

「え? そ、それじゃあ、貴方も金を?」

「いや、俺は大丈夫だ。盗まれていない」


 アリシアの財布は盗まれたのにダークの金は盗まれていない。それを聞いたアリシアは目を丸くして驚く。自分は盗られ難いところに財布をしまったはずなのにそれが盗られてしまった。それだけスリの技術が優れている者から金品を奪われなかったダークに驚きを隠せなかったのだ。


「よし、俺たちも行くか」


 ダークはアリシアに驚かれていることを気にもせず、少女を追うために彼女が入った細道へ入っていく。アリシアも自分の財布を取り返すために急いで後を追った。


――――――


 町の片隅にある小さな空き地。ボロボロの木箱や壊れた荷車などが大量に置かれおり、ダークとアリシアがいた街道から数十m離れた所にあった。その空き地の中心でさっきの少女が木箱に座りながら嬉しそうに足を揺らしている。


「フフフ、上手くいったわ。王国の聖騎士と金剛石を売って莫大な金を手に入れた黒騎士。その二人から一度に金を奪えたなんて、今日は大収穫ね」


 少女は先程、ダークとアリシアから上手く財布を抜き取ることができたことが嬉しくて仕方がないのかニコニコと笑っている。

 木箱の上で胡坐あぐらをかきながら早速盗んだ物をチェックしようと少女は自分の腰に付いているポーチに手を入れた。まずはアリシアの物と思われる財布を取り、次にダークから奪った金を取り出そうとする。


「……あれ? おかしいな。あの黒騎士から奪った物がない。確かに手で掴んだ感触はあったのに……」


 盗んだはずの物が無いことに驚く少女はもう一度ポーチの中を探してみる。だがやはりダークから奪った物は無い。いや、最初から少女はダークからは何も盗めていなかった。ダークの持ち物をその手で掴んだ感触も全部彼女の錯覚だったのだ。


「どうなってるの? さっきは確かこの手で掴んでこの中に入れたのに……」

「何か探し物か?」

「!」


 突如話しかけられて驚く少女は木箱から飛び下り、右手で腰の短剣を掴み声の聞こえた方を向く。そこには腕を組んで自分を見つめるダークと腰の騎士剣を抜こうとするアリシアの姿があった。

 少女は撒いたはずの黒騎士と聖騎士が目の前にいることに驚きを隠せずに目を見開いて驚いていた。そんな少女を見てダークは目を赤く光らせる。


「女、アリシアから奪った財布を返せ。今返せば見逃してやってもいい」

「……なんのことだい?」

「とぼけても無駄だ。お前がアリシアの財布を奪ったことは知っている。だからそのためにノワールにお前を尾行させたのだ」


 ダークがそう言うと、空からノワールが下りてきてダークの肩の上に乗る。ノワールは今までずっと少女を空から追いかけており、何処へ逃げたのかダークに知らせながら此処まで来たのだ。

 空き地が緊迫した空気で包まれる中、ダークは少女を睨み、少女はダークを見ながら僅かに汗を流していた。自分が追い込まれていることに若干の焦りを感じているのだろう。

 ダークと少女が睨み合う中、アリシアはどうしても気になることがあり、ダークに小さな声で話しかけた。


「ダーク、ちょっといいか?」

「ん?」

「どうしても訊いておきたかったのだが……どうして貴方は盗まれなかったのだ? 私から財布を奪ったとなると彼女はかなり盗みの能力が高いはずだ。いくら貴方のレベルが高くても……」

「ああぁ、そのことか。私は技術スキルで<盗み無効>を付けている。この技術スキルを付けている間、俺はどんな奴からもアイテムや金を盗まれることは無い」

「そ、そんな力まであるのか?」

「ああ、向こうではそういったことが毎日のように起きているからな」


 物を盗まれないようにする力まであるLMFの世界にアリシアは改めて驚く。この世界では物を盗まれないようにする力など存在せず、人ごみの中では常に物が盗まれないように注意しなければならない。だが、そのことに注意する必要がない力を持っているダークにアリシアは呆然とする。

 自分を残してこそこそと話をしているダークとアリシアを見てまばたきをする少女。だが、すぐに状況を思い出し、短剣を強く握りながらダークとアリシアを睨む。


「ちょっと、アンタ達! 何を話しているのか分からないけど、とりあえず聞かせてくれる? どうしてあたしの居場所が分かったの?」

「ん? ……言っただろう、このノワールにお前を追跡させたのだと」

「そのドラゴンがあたしを追いかけて居場所をアンタに教えたってこと?」

「そうだ」

「ふざけないでくれる? どうやってドラゴンがアンタにあたしの居場所を教えるのよ。まさか人間の言葉が喋れるとでも言うんじゃないでしょうね?」

「そのとおりですよ」

「!」


 突然聞こえてくる声に少女は反応し周囲を見回す。だが、自分たち以外に誰もいない。すると、ダークの肩に乗っていたノワールが飛び上がり少女の方へ飛んでいく。

 近づいてくるノワールを見て少女は警戒を強くする。そしてノワールが目の前まで来ると少女は短剣を抜く。ノワールはクリクリとした目で少女を見つめながら口を開いた。


「僕がマスターに貴方の居場所を教えたんです」

「うわあぁ!」


 いきなり目の前で喋り出したノワールを見て少女は驚きのあまり体勢を崩して後ろにある木箱に寄り掛かる。ノワールは驚く少女を見て飛びながら小首を傾げた。アリシアの時もそうだったが、この世界ではモンスターが喋るなんてことが珍しいのか、ノワールを見た者は皆驚いている。ダークはこの世界ではノワールは特別なモンスターとして見られているのではないかと考えた。

 ノワールを見て驚いた少女はゆっくりと立ち上がり、改めて目の前を飛んでいるノワールを見つめた。


「ア、アンタ……いったいなんなの?」

「何なのと言われても……ただのドラゴンですよ」

「ただのドラゴンが人間の言葉を喋れるはずないでしょう?」

「そんなこと言われても……」


 若干力の入った声で話す少女にノワールは困ったような顔をする。少女はノワールのことが気になってしょうがないのか、ノワールをジロジロと見回す。


「……取り込み中のところ悪いのだが、話を戻しても構わないか?」


 少女に観察されて困っているノワールを見たダークは話を戻そうと少女に話しかける。少女もダークの方を見て現状を思い出し、ノワールを観察するのをやめた。ノワールは急いでダークの下に戻り、再び肩に乗って少女を見つめる。


「もう一度言う、アリシアから盗った財布を返せ。今返せば何も無かったことにしよう」

「お断りだね。奪った物を返すようじゃ盗賊の名折れさ」


 財布を返そうとしない少女は短剣の刃を光らせてダークを見つめる。そんな少女にダークはこれ以上の説得は無駄だと考えたのか小さく溜め息をつく。そしてその直後に両足で地を蹴った。

 一瞬にして少女の目の前まで移動したダークは素早く短剣を持つ腕を掴み、空いている方の手の人差し指と中指を少女の目の前に突き出した。

 少女は信じられない速さで目の前まで移動し、自分の動きを封じたダークを見て愕然とする。アリシアも少し驚いた顔でダークの背中を見ていた。


「なら、盗賊が奪った物を力ずくで奪っても文句はないな?」

「……ッ!」

「先に言っておくが私は暗黒騎士だ。女を一人殺すことぐらいなんとも思ってない」


 赤い目を光らせながら冷たい言葉を言い放つダークに少女は寒気を走らせる。

 ダークは少女の頭からつま先までを確認し、少女の腕に冒険者の証である腕輪が付いていることに気付く。そしてその腕輪には宝玉が二つはめられており、彼女が二つ星の冒険者であることも知った。


「見たところ、お前も冒険者だろう? 冒険者が他人の財布を盗んだなんてことが知られたらお前もマズいんじゃないのか」

「うっ!」

「……これが最後の警告だ。財布を返せ」

 

 ダークの低い声を聞き、少女の体に悪寒が走った。この男に逆らったらとんでもないことになる、そう感じた少女は溜め息をつき、左手でアリシアの財布を取り出す。


「……分かったわよ、返すわ」

「賢明な判断だ」


 財布を受け取ったダークは掴んでいる少女の右腕を離すと少女を見つめたまま後ろにいるアリシアに向かって財布を投げる。

 飛んで来た財布を慌ててキャッチするアリシアは中身をチェックし、金が無事なのを確認してホッとした。

 アリシアの財布が戻るとダークは少女の前から移動して道を空ける。少女は前から移動したダークを見て不思議そうな表情を浮かべた。


「約束どおり、見逃してやる。だが、次に同じようなことがあれば、その時は覚悟してもらうぞ?」

「うう……わ、分かったわよ!」


 少し不満そうな顔をする少女は走って空き地から出ようとする。


「……ちょっと待て」


 突然ダークに呼び止められ、少女はビクッと驚き足を止める。そして恐る恐るダークの方を向いた。


「な、何よ?」

「……お前、名前は?」

「え?」

「名前だ、名前」


 呼び止められていきなり名前を尋ねてくるダークに呆然とする少女。アリシアもなぜ名前を訊くのかと思いながらダークを見ている。

 少女はしばらく黙り込んでいたが、別に名前を尋ねるだけで何かをしようとするわけでもないダークを見てゆっくりと口を動かす。


「……レジーナ。レジーナ・バリアンよ」

「レジーナか。覚えておく……」


 名前を聞いて納得したダークを見るとレジーナと名乗った少女は不思議そうな顔を見せて走っていく。ダークは走り去るレジーナの背中を見ながら腕を組んで小さな声で笑う。


「レジーナ……あの女、盗賊としての才能はなかなかのものだな」


 レジーナの盗賊の能力を褒めるダーク。アリシアとノワールはダークが何を考えているのか理解できず、ただ黙って彼を見つめていた。


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