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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第八章~小国の死神~
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第八十八話  教国の精鋭騎士


 町の東側にある住宅区。その中心の広場ではエルギス教国軍が進攻して来たセルメティア王国軍と交戦していた。セルメティア王国軍は大勢の兵士と数人の魔法使い、騎士で構成されている。一方でエルギス教国軍は一般の兵士や騎士、魔法使いだけでなく奴隷であるリザードマンもいた。そのため、セルメティア王国軍が僅かに押されているという状況だ。

 剣を交える両軍の兵士達の中でリザードマンたちが次々とセルメティア王国軍の兵士たちを倒していく。リザードマンは人間よりも優れた筋力と生ぬるい攻撃など簡単に防ぐことができる硬い鱗を持っており接近戦を得意としている。彼らが戦場に出れば必ず前線で戦うと言われるくらいだ。

 通常の剣よりも大きめの剣を振り回しながら敵兵を次々と倒していくリザードマンたちにセルメティア王国の兵士たちは距離を取りながら警戒する。逆に味方であるエルギス教国の兵士たちはリザードマンたちが敵を倒す姿に笑みを浮かべていた。勿論それはリザードマたちが活躍しているからではない。敵であるセルメティア王国軍がリザードマンたちに倒されているからだ。エルギス教国の兵士たちにとっては奴隷である亜人が戦場で敵を倒すのは当たり前のことなので彼等が活躍しても褒めることはなかった。


「やはり使えるな、リザードマンは」


 リザードマンたちから少し離れた後方でエルギス教国軍の隊長と思われる騎士が腕を組みながらリザードマンたちの戦いを眺めている。周りには護衛と思われる兵士が数人おり、彼らは敵のいない安全な所で高みの見物をしていた。


「奴らには並の物理攻撃は殆ど通用しません。敵部隊を崩す矛としても我々を守る盾としても十分使えます」

「ああ、だが敵の中には魔法使いもいる。魔法の攻撃を受けたらさすがの奴らもただでは済まないだろうな」

「ええ、ですから敵兵を倒しながら先に魔法使いたちを倒すよう指示を出しています。魔法使いを全て倒せば我々の勝利は確実なものとなるでしょう」

「フッ、そうか。ならさっさと此処にいる敵を蹴散らして北門にいるであろう敵の本隊を叩きに行くとしよう」


 リザードマンが味方にいる自分達は絶対に負けないと隊長と周りにいる護衛の兵士達は勝利を確信しながら笑う。彼等にとって奴隷達は自分達が楽をする為の道具でしかなかった。

 セルメティア王国軍はリザードマン達の圧倒的な力の前に何もできずに後退する。他の敵兵と戦っていたセルメティア王国の兵士達も一旦戦いをやめ、態勢を立て直す為に下がった。そんな彼等にリザードマン達はゆっくりと近づいて行き、エルギス教国の兵士達がその後ろに続き、魔法使い達も杖を構えて魔法を撃つ準備に入っている。


「クソォ、マズいぞ、このままでは全滅する」

「一度後退して別の部隊と合流するしかないか……」


 部隊の先頭にいる兵士達は態勢を整える為に一度後退するかと話し合う。他の兵士達もそうした方がいいと心の中で考えていた。戦いが始まって両軍は多くの負傷者、戦死者を出しているが被害はセルメティア王国軍の方が大きい。このまま戦いを続ければ確実に敗北するとセルメティア王国の兵士達は感じていた。

 戦況を見た兵士の一人がやむを得ず後退するよう後ろにいる仲間達に指示を出そうとする。すると、兵士達の間を通って杖を持った一人の少年が前に出た。頭に二本の竜の角を生やして灰色のローブを着た十二歳ぐらいの少年、人間の姿になったノワールだ。


「な、何だあの子は?」


 兵士達は突然前に出たノワールの姿に目を丸くする。彼等は目の前にいる少年がダークの使い魔である子竜である事を知らないのでその少年が何者なのか全く分からなかった。

 ノワールは驚く兵士達を無視して歩き続ける。リザードマンやエルギス教国の兵士達は近づいて来るノワールを見て立ち止まり、意外そうな反応を見せた。そんなエルギス教国軍を見てノワールも黙って立ち止まる。

 遠くで戦いを見物していたエルギス教国軍の隊長と護衛の兵士達もノワールの姿を確認すると目を細くしながらノワールを見つめた。


「何だ、あの小僧は?」

「分かりません。杖を持っていますし、セルメティア王国軍の魔法使いなのでは?」

「馬鹿を言うな! どう見てもまだ十代の子供ではないか。あんな小僧が魔法を使えるはずがなかろう! 大方この町の子供が正義の味方を気取って出て来たのだろう」


 ノワールを完全にただの子供だと考えている隊長は不快そうな顔をする。国同士の戦争で子供が戦士を気取って戦場に出て来た事が気に入らないのだろう。


「あの子供、いかがいたしますか?」

「どうせこの町の住民どもの子供だろう。どうなろうと我々には関係ない。セルメティアの兵士と一緒に殺してしまえ!」


 不機嫌そうな声で隊長は兵士に命じる。兵士は反対する事無く黙って頷き、近くにいた別の兵士に指示を出す。この時点で彼等は子供に対しても一切情けを掛けない冷酷な存在である事が理解できた。

 エルギス教国軍の兵士が前線にいる兵士達に指示を出し、それを聞いた兵士達は少し不服そうな顔を見せるが命令であれば逆らえないと武器を構えてノワールを睨む。リザードマン達も奴隷である自分達は逆らう事はできないとノワールを見つめ、心の中で謝罪しながら剣を握りノワールに近づく。

 ノワールは近づいて来るエルギス教国軍を見つめながら杖の先をエルギス教国軍に向ける。すると杖の先に青い魔法陣が描かれ、その中心から白い煙のような物が出てきた。ノワールが魔法陣を描いたのを見たリザードマンやエルギス教国の兵士達は驚いて目を見開き足を止める。だが、既にノワールは攻撃の準備を終えていた。


凍結冷気コールドシャクルズ!」


 魔法名を叫んだ瞬間、魔法陣から白い冷気がもの凄い勢いで放出されてエルギス教国軍を包み込む。冷気は一気にエルギス教国軍を呑み込み、遠くにいた隊長の騎士と護衛の兵士達の所まであっという間に届いた。


「な、何だこれは!?」


 隊長は驚きの声を上げながら冷気に呑まれ、周りにいる兵士達も一緒に呑まれた。ノワール達の前にいたエルギス教国軍は全員が冷気に呑まれて姿が見えなくなる。セルメティア王国軍は目の前で起きた出来事に呆然としていた。

 やがて冷気が消えていき、中の様子が少しずつ見えるようになってきた。そして冷気が完全に消えた時、兵士達は目を見開いて驚く。なんとさっきまで戦っていたエルギス教国軍が全員凍り付いていたのだ。兵士も魔法使いも奴隷のリザードマン達も全身が氷となっており、まるで出来のいい氷像のようだった。当然安全な所にいた隊長の騎士や護衛の兵士達も綺麗に凍りついている。


「……うん、こんなものかな」


 凍りついたエルギス教国軍を見てノワールは頷きながら呟いた。

 <凍結冷気コールドシャクルズ>は敵に冷気を浴びせて凍結状態、つまり氷漬けにする事ができる水属性の上級魔法。ダメージを与える事はできず、消費するMPも多いが冷気を浴びたり冷気に包み込まれた者を確実に凍らせる事ができる。LMFでは凍結無効の技術スキルを装備していないとこの魔法からは逃れる事ができない。そして凍結状態で敵の攻撃を受けると全身が粉々になり一撃で死亡してしまう。だからLMFのプレイヤーはほぼ全員が凍結無効を装備すると言われている。

 ノワールは杖の先に付いている僅かな氷を杖を振って落とし、エルギス教国軍が全員凍り付いているのを確認すると振り返ってセルメティア王国軍の兵士達を見た。


「敵は一掃しました。先へ急ぎましょう」

「あ、ああ……ところで、君は?」


 兵士がノワールに何者なのか尋ねる。やはり突然現れて魔法を使い、自分達を助けた少年の正体が気になるようだ。


「貴方達の仲間ですよ」


 質問して来た兵士を見上げながらノワールは答えた。名前や職業クラスなど詳しい事を話さずに仲間とだけ口にしたノワールに兵士達は拍子抜けしたのかポカーンとしながら見ている。質問に答えたノワールは振り返り先へ進む。兵士達も一人で歩き出すノワールを見て慌てて後をついて行く。

 兵士達は凍り付いたエルギス教国軍を避けながら先へ進んだ。冷気によって気温が下がり、霜が張られている地面を歩くたびにパリパリと音が聞こえる。目の前の光景に兵士達は先頭を歩くノワールを見ながら改めて彼の魔法は凄かったと心の中で驚いた。


「……なあ、この凍り付いたエルギス教国軍は、死んだのか?」

「いいえ、死んではいません。凍っただけですから解凍すればまた元通りになります。ただ、非常に壊れやすくなっていますので気を付けてください? 攻撃したり倒したりなんかして砕けてしまえば死んじゃいますので」

「わ、分かった……」


 ノワールの話を聞いた兵士達は少し緊張した様な顔を浮かべる。目の前にいる少年は敵を簡単に死なせてしまう魔法を使ったのだと知り、ノワールに対して少し恐怖を感じたようだ。それからノワール達は広場を抜けると先を急ぐ為に全速力で走り出した。

 町の北西でもセルメティア王国軍がエルギス教国軍と交戦していた。北西には大量の倉庫が建てられている広場があり、そこには捕虜となったセルメティア王国軍の兵士や冒険者達が閉じ込められている。彼等を解放する為にセルメティア王国軍は倉庫広場に攻撃を仕掛けたのだ。そして、セルメティア王国軍の中にはレジーナとマティーリアの姿もあった。


火弾ファイヤーバレット!」

水撃の矢ウォーターアロー!」

雹の連弾ヘイルブラスト!」

風の刃ウインドカッター!」

霊魂の火炎ソウルフレイム!」


 捕虜が閉じ込められている倉庫の前には捕虜達を見張っていたエルギス教国軍がおり、その中の魔法使い達が倉庫広場に侵入して来たセルメティア王国軍に魔法で攻撃を仕掛けていた。下級、中級の様々な魔法が発動され、セルメティア王国軍に向かって連続で放たれる。戦況から誰もがエルギス教国軍がセルメティア王国軍を押している様に見えた。

 だが、なぜかエルギス教国の魔法使いや周りにいる他の兵士達の表情には余裕が見られない。それどころか緊迫した様な表情を浮かべている。まるで強い敵が現れて追いつめられている様だった。

 魔法はレジーナとマティーリア、セルメティア王国の兵士達に向かって放たれているがその全てがレジーナ達の前に張られている黄金色の障壁によって防がれていた。その障壁はレジーナ達の前に立つ三体のロープを着た魔法使いの様なスケルトンが張った防御魔法の魔法障壁マジックウォールだったのだ。勿論。このスケルトン達もサモンピースで召喚されたモンスターである。

 最初にレジーナ達が倉庫広場にやってきた時にエルギス教国軍の魔法使い達はレジーナ達に魔法を放ち先制攻撃を仕掛けた。だが、その魔法はレジーナ達が連れていたスケルトンの魔法障壁マジックウォールで止められてしまい、驚いた魔法使い達は何とは障壁を破ろうと魔法を連続で放つ。だがいくら攻撃しても障壁は破れず、エルギス教国の兵士や魔法使い達の顔からも徐々に余裕が消えていった。


「な、なぜだ! なぜ奴等の障壁が破れない!?」

「知るか! とにかく撃ちまくれ!」


 スケルトンの障壁がいつまで経っても破れない状況に魔法使い達は動揺の表情で声を上げる。彼等の周りにいる兵士達も驚きながらレジーナ達が従えているスケルトン達を見ていた。

 障壁を張るスケルトン達の後ろではセルメティア王国軍が敵の魔法を全て防ぐスケルトン達の障壁を見てまばたきをしながら驚いている。レジーナとマティーリアはスケルトンの凄さを知っているのか、驚く事無く小さな笑みを浮かべていた。


「凄いわねぇ、流石はダーク兄さんが召喚したスケルトンメイジね」

「確かこ奴等のレベルは30か35の間で魔力が高く、中級魔法までなら使う事ができると若殿は言っておったな」

「それなら敵の中級魔法を簡単に防げるのも納得ね」


 スケルトンメイジと言うスケルトン達のすぐ後ろで平然と会話をするレジーナとマティーリア。二人はスケルトンメイジがいれば敵の魔法に怯える事はないと確信しているようだ。二人の後ろにいるセルメティア王国の兵士達の中にはスケルトンメイジの力に感服している者の他に障壁が破られるのではと不安そうな顔をしながら障壁を見ている者がいた。

 しばらく魔法を防いでいるとエルギス教国軍の魔法攻撃が止んだ。どうやら魔法使い達が魔力の使い過ぎで動けなくなったらしい。その隙を突いてスケルトンメイジ達は障壁を消し、右手をエルギス教国軍に向ける。骨の手の中に青白い電気が作られ、スケルトンメイジが何か攻撃魔法を使うと感じたレジーナとマティーリアは興味のありそうな表情を浮かべた。その直後、三体のスケルトンメイジの手の中から青白い放射状の電撃がエルギス教国軍に向けて放たれる。

 強烈な光を放ちながら電撃はエルギス教国軍に向かって行き、一番前で並んでいた魔法使い達とその後ろにいた兵士達を呑み込む。エルギス教国軍は体中から伝わる痛みに断末魔を上げる。そして電撃が消えると体から煙を上げながら一斉に倒れた。一瞬にして大勢の味方が倒された光景に生き残ったエルギス教国の兵士達は驚いて固まる。


「よしっ、今がチャンス!」


 敵の魔法使い達が全員倒れたのを確認したレジーナはエメラルドダガーを握り、スケルトンメイジ達の後ろから飛び出してエルギス教国軍に向かって走り出す。驚いて隙ができている今が敵部隊を倒すチャンスだと感じたようだ。


「おい、待て! レジーナ!」


 一人で突っ込んで行くレジーナの姿にマティーリアは呼び止めよとするがレジーナは止まらなかった。そんなレジーナに対してマティーリアは呆れ顔で溜め息をつき、めんどくさそうな顔でロンパイアを構えながらレジーナの後を追う。残されたセルメティア王国の兵士達も遅れて二人の後を追いかけた。

 それからレジーナ達は隙だらけのエルギス教国軍を素早く倒して倉庫広場を制圧した。そして倉庫の中に閉じ込められていたセルメティア王国の兵士や冒険者達を解放する。その数は百人を超えていた。

 町の至る所でセルメティア王国軍がエルギス教国軍と戦っており、少しずつバーネストの町は解放されていく。そんな中でリダムスとパージュは自分達の部隊である蒼月そうげつ隊と赤薔薇あかばら隊を率いて街道を走りながら町の中央に向かっている。町の中央にある屋敷にエルギス教国軍の司令官である第二王子がいるという情報を得て二人は部隊を引き連れて第二王子を捕縛しようと中央を目指して走っていたのだ。


「此処まで真っ直ぐ走って来たが、今のところは敵と遭遇してはいないな」

「ああ、町中で我が軍の部隊が暴れているから敵も北門や町中で暴れている部隊に戦力を回しているのだろう」

「そうかもな……だが油断するな? 町中に戦力を送っているとしても司令官の近くには必ず護衛の戦力がいるはずだ。彼等を倒して司令官を捕縛するまで安心はできないのだからな」

「分かっている。お前も気を付けろ?」


 リダムスとパージュは部隊の先頭を走りながらお互いに忠告し合う。二人の後をついて行く蒼月そうげつ隊の騎士達や赤薔薇あかばら隊の女騎士達も司令官の護衛をする戦力は強力に違いないから油断するなと自分に言い聞かせながら町の中央を目指して走り続けた。

 街道を抜けて町の中央広場に出たリダムス達。広場の中央には他の民家とは比べ物にならないくらい大きく立派な屋敷が建てられていた。屋敷の周りには外部からの侵入を防ぐ為の塀があり、その周りには大勢のエルギス教国の兵士達が槍を持って屋敷を囲むように立っている。

 リダムス達が司令官がいると思われる屋敷を確認し、突撃する為に武器を構える。すると屋敷を警備していたエルギス教国の兵士達がリダムス達の存在に気付き、リダムス達と屋敷の間に入り守りの陣形を組む。防御態勢に入ったエルギス教国軍を見てリダムスとパージュは騎士剣を構えながら自分達の前で陣形を組むエルギス教国軍を睨み付けた。


「皆、敵の司令官はあの屋敷の中にいるはずだ! 司令官を捕らえればバーネストは解放され、我が国を侵略しようとしていたエルギス教国軍に勝利する事ができる。屋敷を守る敵を倒して中へ突入し、司令官を捕らえる事だけを考えろ!」

『おおーーっ!』


 騎士剣を掲げるリダムスの言葉に騎士や兵士達は一斉に叫ぶ。パージュも真剣な顔で騎士剣を握り、エルギス教国軍を見つめている。全員の士気が高まるとリダムスは掲げていた騎士剣を下ろして切っ先はエルギス教国軍に向けて突撃の合図を出そうとした。すると、屋敷の中から一人の騎士が出て来て高い笑い声を上げる。


「ハハハハッ! まさかこんなに早く来るとは思わなかったぞ?」

「!」

「誰だ?」


 突然現れてた騎士にリダムスとパージュの目が鋭くなる。屋敷から出て来たのは茶色いスパイキーヘアをした赤いマントを付けて腰に二本の短剣を装備した男の騎士。そう、六星騎士のガムジェスだった。

 ガムジェスはゆっくりと歩き出し、彼の前で陣形を組んでいた兵士達は横へ移動してガムジェスが通る道をあけた。兵士達の中を通ってガムジェスはセルメティア王国軍の前に出て立ち止まる。それを見たリダムスとパージュも前に出てガムジェスの方へ向かって歩いて行き、ガムジェスの数m前で立ち止まりガムジェスを睨む。するとガムジェスは睨むリダムスとパージュを見ながら二ッと挑発する様な笑みを浮かべた。


「よく此処まで来たな? セルメティア軍」

「誰だ、お前は?」

「私はエルギス教国教皇直属騎士、六星騎士の一人、ガムジェス・ワーグスだ」

「六星騎士! お前が?」


 リダムスは目の前にいる男がエルギス教国の最強騎士と言われている六人の一人だと知り、意外そうな反応を見せる。パージュもいきなり六星騎士の一人と対峙するとは思っていなかったのか驚いた様子だった。そんな二人をガムジェスはニヤニヤと笑ったまま腕を組んで見つめる。


「私は名を名乗ったのだ。今度はお前達が名乗る番だぞ?」

「……セルメティア王国直轄騎士団所属、蒼月そうげつ隊隊長、リダムス・ベルモットだ」

「同じく直轄騎士団所属、赤薔薇あかばら隊隊長、パージュローズナイン……」


 相手が先に名乗った為、リダムスとパージュも騎士らしく自らの名と所属する部隊名を口にする。両国の優秀な騎士が対峙する状況のセルメティア王国とエルギス教国の兵士、騎士達は全身に緊張を走らせていた。


「お前達が最近我が軍の部隊を次々に蹴散らしているセルメティア王国軍の指揮官か……ヘッ、まさかこんな若造と小娘が指揮する部隊に負けていたとは、情けない連中だ」

「……命を賭けて戦った自分の仲間達に対してその言い様はどうかと思うが?」

「フッ、その命を賭けて戦った奴を切り捨ててきた奴の言葉とも思えないな」

「……」


 ガムジェスの言葉にリダムスは何も言い返さずに黙り込む。確かに敵であるエルギス教国の兵士達を大勢倒してきた自分がその倒してきた兵士の肩を持つような言い方をするのはどうかと思われる。リダムスはガムジェスの言葉を否定できなかった。そんなリダムスをパージュは黙って見つめている。

 黙り込むリダムスをしばらく見ていたガムジェスは小さく鼻で笑うと腰に納めてある二本の短剣を抜く。どちらも刀身は大きめで柄の部分が黄色く、小さな宝石が付いている少し高価そうな短剣だった。短剣を抜くガムジェスを見てリダムスとパージュは思わず騎士剣を構える。


「まあ、お前達が敵である我が軍の兵士達を倒すのは仕方がない事だ。私も死んだ連中の敵討ちをする気は無い……私はただ強い奴と戦い、ソイツ等を倒し、勝利した時の快感を味わいたいだけなのだからな」

「……趣味の悪い男だ」


 笑いながら戦いで得られる快感を求めている事を口にするガムジェスを見てパージュは気に入らなそうな口調で言う。リダムスも同じ気持ちなのか黙ってガムジェスを睨んでいた。

 二人がガムジェスを睨んでいるとリダムス達の背後、つまり彼等が通って来た街道の方から気配を感じ、リダムスとパージュの後ろにいる騎士達が振り返る。そこには銀色のグレートヘルムを被り、銀色の鎧を着て赤いマントを付けた三十人程の騎士の姿があった。彼等の手には騎士剣や突撃槍など普通の兵士や騎士が持っていないような武器がある。彼等こそがエルギス教国の精鋭騎士団、神殿騎士団の騎士であるテンプルナイト達なのだ。

 騎士達は背後から突然現れたテンプルナイト達に驚き騒ぎ出す。リダムスとパージも騒ぐ騎士達に気付いて後ろを向き、いつの間にかそこにいたテンプルナイト達に驚きの表情を浮かべる。


「か、彼等は!」

「あの装備、恐らく神殿騎士団の騎士達だ!」

「クソッ、挟まれた!」


 前にはガムジェスと大勢の兵士、背後には神殿騎士団のテンプルナイト達、リダムス達は挟み撃ちに遭ってしまった事に緊迫した表情を浮かべる。そんなリダムス達を見てガムジェスは愉快そうに笑う。


「ハハハハッ! いい顔だな? お前達が北の方から攻め込んで来る事は予測できた。北から此処に来る場合は必ずお前達が通って来た街道を通る必要がある。だからお前達が来る前に神殿騎士団を街道の脇道に潜ませ、お前達が広場に入って来た瞬間に街道をテンプルナイト達で塞いだのさ」


 ガムジェスの作戦に引っ掛かってしまった事にリダムスとパージュは悔しそうな顔をする。もう少し警戒しながら進んでいれば最悪の事態は避けられたかもしれない、二人は軽率に行動した事を後悔した。


「これまで連勝が続いていたから完全に油断し切っていたようだな?」

「クッ……」

「見たところ、お前達の戦力は五十人ほど、セルメティアでどれだけ優秀な騎士隊なのかは知らないが、それだけの戦力で私と神殿騎士団、そして守備隊の兵士達を相手にお前達が生き残れる可能性はゼロだ」


 リダムスとパージュはガムジェスが口にする戦力の違いに歯を噛みしめたり、騎士剣の柄を強く握ったりなどして悔しさを露わにした。リダムス達の戦力はガムジェスの予想通り全部で五十人、それに引き換えガムジェス達エルギス教国軍は神殿騎士団を含めて八十人ほど、リダムス達の倍近くの戦力がある。いくら直轄騎士団の優秀な騎士隊でも倍近くの戦力をぶつけられたら勝ち目は殆ど無い。リダムス達は完全に追い込まれていた。

 この状況をどうするか、リダムスとパージュが必死に考えているとガムジェスが更に追い打ちをかける様な事を言って来た。


「因みに、町中で暴れているお前達の仲間の下にも神殿騎士団を向かわせてある。お前達の仲間が倒れるのも時間の問題だ?」

「な、何だと!」


 町中で戦っているセルメティア王国軍の下にも神殿騎士団が向かっていると聞き、リダムスは声を上げる。パージュは更にマズい状況になっている事に汗を流した。

 同時刻、アリシアとジェイクは南門を制圧する為にセルメティア王国軍と共に南門前の広場に来ていた。そこには南門を警備していたエルギス教国の兵士達、そして増援と思われる二十人のテンプルナイトの姿があり、ジェイクとセルメティア王国の兵士達の顔に緊張が浮かぶ。アリシアは周りの兵士達と雰囲気が違うテンプルナイト達に面倒そうな顔をしていた。東側の住宅区にいるノワール達や北西の倉庫広場にいるレジーナ達の前にも十数人のテンプルナイト達が現れて武器を構える。ノワール達も突然現れた新たな敵に真剣な表情を浮かべた。

 リダムスとパージュは各地で仲間が神殿騎士団と遭遇し戦っている事を想像し、僅かに焦りを顔に出す。二人の部下である騎士達も同じような反応を見せていた。


「……マズいな、戦力が固まっているならまだしも、今は短時間で町を解放する為に戦力を分散している。そんな状態で神殿騎士団と戦うのはキツイぞ?」

「ああ、何か手を打たなければとんでもない事になってしまう」


 離れた所で戦っている仲間達の事を心配するリダムスとパージュ。するとガムジェスが持っている二本の短剣を指で回しながら話しかけて来た。


「仲間の事よりも今は自分達の事を心配したらどうだ? お前達の戦力と私達の戦力には大きな差がある。このまま戦えば負けるぞ?」

「……確かに私達の方が戦力は少ない。だが、それでも負けると決まった訳ではない!」

「少しでも可能性があるのなら、我々は最後まで諦めずに戦う!」

「ハッ! 立派な考え方だな? それなら見せてもらおうではないか、お前達が何処まで持ち堪えられるのかをな?」


 そう言ってガムジェスは周りにいる兵士達、そして反対側にいるテンプルナイト達に指示を出す。エルギス教国軍は武器を構えてリダムス達を取り囲み彼等を睨み付ける。リダムス達も仲間に背を向けて背後を守る様にエルギス教国軍と向かい合った。


「……さて、どうするか」


 諦めずに戦うとは言ったものの、どうすればこの状況を乗り越えられるか、リダムスは騎士剣を構えながら考える。そんな事を考えている中、エルギス教国軍との戦いが始まった。

 リダムス達がいる広場から数百m離れた所にある街道では町の中央へ向かう為に単独で行動をしていたダークの姿があった。その前には二十数人のテンプルナイトの姿があり、騎士剣を構えながらダークは立ち塞がっている。ダークは目の前にいるテンプルナイト達が敵の切り札である神殿騎士団だと直感して目を赤く光らせた。

 

(コイツ等が例の神殿騎士団の騎士達か……確かに今まで戦って来た雑魚どもとは雰囲気が違うな)


 テンプルナイト達が普通の兵士や騎士とは違うと感じるダークは心の中で呟く。この時のダークは少しワクワクした様な感じでテンプルナイト達を見ていた。今までとは違い、手応えのありそうな敵と出会った事で楽しさを感じているのだろう。

 ダークは背負っている大剣を抜き両手で構えた。テンプルナイト達も構えるダークを見て騎士剣を構え警戒する。中には騎士剣を片手に持ち、もう片方の手をダークに向けているテンプルナイトもいた。どうやら魔法を使って攻撃しようとしている者もいるようだ。


「……少しは楽しませてくれそうだな」


 テンプルナイトを見つめながらダークは低い声で呟き大剣を強く握りながら勢いよくテンプルナイト達に向かって走り出す。テンプルナイト達も一斉に騎士剣を構えてダークを迎え撃つのだった。

 町の中央の広場では激しい戦いが繰り広げられていた。広場には大勢の兵士や騎士が倒れている姿ある。倒れている者の殆どがエルギス教国の兵士だが、中には蒼月そうげつ隊の騎士と赤薔薇あかばら隊の女騎士の姿もあった。生き残っている蒼月そうげつ隊と赤薔薇あかばら隊の騎士達は全員が傷だらけで呼吸も乱れている。それでも彼等はお互いに背中を向けて仲間に背後を任せながら取り囲んでいるエルギス教国軍と必死に戦った。

 騎士達から少し離れた所ではリダムスとパージュがガムジェスと戦っている姿がある。二人も体中に傷を負いながらガムジェスと向かい合い騎士剣を構えていた。一方でガムジェスは無傷の状態で余裕の表情で二人を見ていた。


「どうした? セルメティアの騎士の力はこんなものじゃないんだろう? 本気で戦って見せろ」

「クッ! 言いたい事を言いやがって!」


 挑発して来るガムジェスにリダムスは歯を噛みしめながら騎士剣を連続で振りガムジェスを攻撃する。ガムジェスはリダムスの攻撃を短剣で防いだり、体を反らして回避したりなどし全てかわす。その表情には焦りなどは一切見られなかった。

 余裕で回避をするガムジェスを見てリダムスは悔しそうな表情を浮かべて一度攻撃の手を止める。大きく後ろへ跳んで距離を取り、騎士剣を両手で強く握った。すると騎士剣の刀身が青く光り出す。リダムスは普通に攻撃しては意味が無いと感じ、戦技を発動させたのだ。


気霊斬きれいざん!」


 リダムスは刀身を強化した騎士剣でガムジェスに袈裟切りを放つ。ガムジェスは迫って来る刀身に意識を集中させ、ギリギリまで近づけてから攻撃をかわす。そして攻撃をかわした直後に短剣で切りかかり反撃する。リダムスもガムジェスのカウンター攻撃を上手くかわしてもう一度距離を取ろうとした。するとガムジェスはカウンターをかわされたすぐ後に態勢を直して右手に持っている短剣に気力を送り刀身をオレンジ色に光らせる。


「甘いぞ! 疾風斬しっぷうぎり!」


 短剣の下級戦技を発動させたガムジェスは地を蹴ってもの凄い勢いでリダムスへ跳んで行き、リダムスの真横を通過するのと同時に短剣でリダムスに切りかかる。リダムスは回避に失敗してしまいガムジェスの攻撃を受けてしまった。だが運よく脇腹を切られた程度で済み致命傷にはならなかった。しかしそれでも攻撃を受けた事に変わりはなく、脇腹から伝わる痛みにリダムスは表情を歪める。

 戦技をかわしたリダムスは騎士剣を持っていない方の手で切られた箇所を押さえ、痛みに耐えながら出血を止めようとする。そんなリダムスを見てガムジェスは楽しそうに笑う。


「ハハハハ、運がいいな? もう少し位置が悪かったらその程度じゃ済まなかったぞ?」


 愉快に笑うガムジェスをリダムスは痛みに耐えながら睨み付ける。敵の痛がる姿を見て楽しそうにするなんて普通の人間のやる事ではない。リダムスはガムジェスが頭のおかしい騎士であるという事に対し不快な気分になった。

 ガムジェスがリダムスを見て笑ってると、ガムジェスの背後から騎士剣を振り上げるパージュが現れた。パージュが持つ騎士剣の刀身は真っ赤な炎で包まれており、勢いよく燃え上がりながら周囲に熱気を広げる。

 背後の気配を感じ取ったガムジェスは笑うのをやめてフッと振り返り、目の前で自分を睨むパージュと目を合わせる。パージュはガムジェスと目が合うと騎士剣を握る手に力を入れた。


火竜剣かりゅうけん!」


 パージュは炎を纏った騎士剣でガムジェスに切りかかる。だがガムジェスは後ろへ跳んでパージュの攻撃をギリギリで回避した。


「おっとっと! 危ない危ない、もう少しで切られるところだった」


 上手くかわして余裕の笑みを浮かべるガムジェス。パージュは舌打ちをしながら騎士剣を構えてガムジェスを睨む。そして、刀身に纏われていた炎も消えていた。

 <火竜剣>はパージュの職業クラスである火炎騎士が使う事のできる<炎精剣えんせいけん>と呼ばれる剣技の一つで剣の刀身に炎を纏わて敵を攻撃する技である。火炎騎士が最初に習得する技で攻撃力はそんなに高くない。だが、斬撃と火属性の攻撃を同時に行える為、それなりに便利な技とも言われている。

 ガムジェスに火竜剣をかわされたパージュはすぐに騎士剣に力を送りこみ、次の炎精剣が使えるように準備に入る。リダムスも脇腹の傷の痛みが引くと両手で騎士剣を握りガムジェスを睨む。二人はガムジェスを挟むように立っており、ガムジェスがどんな行動を取ってもすぐに対処できる有利な状態にあった。しかしガムジェスは自分が不利な状態にあるにもかかわらず、笑ったまま短剣を指で回している。リダムスとパージュは余裕の態度を取るガムジェスを見て更に不快な気分になったのか騎士剣を強く握り、同時にガムジェスに向かって走り出した。

 前と後ろから敵が突っ込んできている状況なのにガムジェスは笑みを崩さずにいる。そこへリダムスがガムジェスを背後から攻撃した。


鋼刃連回斬こうじんれんかいざん!」


 リダムスは刀身を青く光らせて今度は中級戦技を発動させる。騎士剣を横に構えてから自身の体を勢いよく回転させてガムジェスに回転斬りを放つ。ガムジェスは左手に持っている短剣に気力を送り込み刀身をオレンジ色に光らせて強度を高める。そしてその状態の短剣でリダムスの回転斬りを防いだ。


「何だと!」


 自分の戦技を短剣で防ぐガムジェスにリダムスは驚く。いくら気力で強度を上げた刀身でも同じように強度を上げた騎士剣の攻撃、しかも中級戦技を止めるなど普通では考えられないからだ。

 騎士剣と短剣がぶつかり周囲に高い金属音が響き火花が飛び散る。普通なら短剣を片手で持った状態で回転斬りを防げば腕にかなりの負担がかかるはず。だがガムジェスは負担を感じる様子も無く、笑ったままリダムスの回転斬りを止めていた。すると今度はパージュがガムジェスに攻撃を仕掛けて来る。その手に持つ騎士剣にはまた炎が纏われていた。


烈火槍撃れっかそうげき!」


 パージュは新たな炎精剣を発動させ、炎を纏った騎士剣でガムジェスに勢いよく突きを放ち攻撃した。

 <烈火槍撃>とは炎を纏った剣で敵に突きを放つ炎精剣。炎を纏う事で刀身を高温状態にし、その状態で突きを撃ち込めば革製の防具は勿論、安物の金属製の防具も軽く貫通する事ができる。訓練次第では分厚い金属製の盾も難なく貫く事ができる技だ。

 先程は火竜剣を回避されてしまったが、今度はリダムスが攻撃してガムジェスの動きを封じているので今度は命中するとパージュは確信する。リダムスも戦技を発動させながらこれで倒せると思っていた。ところが、ガムジェスは焦る事無く短剣を持ったまま右手をパージュに向ける。するとガムジェスの右手の前に水球が現れた。その水球を見たパージュは驚き目を見開く。


水撃の矢ウォーターアロー!」


 ガムジェスが叫んだ瞬間、水球は大きな水の矢となりパージュに向かって放たれる。なんとガムジェスは中級魔法を発動させたのだ。

 予想外の出来事にパージュは反応が遅れてしまい水の矢の直撃を受けてしまう。パージュは大きく後ろに飛ばされて仰向けの状態で倒れる。中級魔法を受けたパージュのダメージは大きく、立ち上がる事はできなかった。

 パージュが魔法を受けて倒れた光景を見たリダムスは驚きのあまり思わず回転斬りを止めてしまう。その隙を突いてガムジェスは左手に持っている短剣でリダムスを攻撃する。鎧で守られていない箇所を切られ、大量に出血しながらリダムスは激痛に表情を歪めてその場で膝を付く。二人を倒したガムジェスは目の前で膝を付くリダムスを見下ろしながら鼻で笑う。そして、離れた所で戦っていた蒼月そうげつ隊と赤薔薇あかばら隊もテンプルナイト達が放つ下級魔法の火球や水の矢を受けて次々と倒れて行く。既にセルメティア王国軍にはまともに戦える者は一人もいなかった。

 屋敷のバルコニーでは司令官であるエバルドが広場の戦いを眺めていた。ガムジェス達がセルメティア王国軍を圧倒している姿を見てとても愉快そうな表情を浮かべている。


「ハハハハハッ! なんて良い眺めだ。俺に屈辱を与えたセルメティアの犬どもが無様に倒れている、やはり六星騎士と神殿騎士団は使えるな」


 エバルドはガムジェスとテンプルナイト達の強さを見て高笑いをする。彼の後ろにはエバルドに戦況報告をしに来ていた騎士の姿がり、彼等も敵が倒された事に少しだけ余裕の表情を浮かべていた。


「ガムジェス、ソイツ等がセルメティアの指揮官なのだろう? だったらさっさと殺せ。指揮官が死ねばセルメティアの連中も混乱して総崩れを起こす。その間に一気に奴等を仕留めるんだ!」

「フッ、分かっていますよ」


 バルコニーにいるエバルドを見上げながらガムジェスは返事をし、再び目の前で膝を付くリダムスを見下ろし不敵な笑みを浮かべる。


「残念だがお前達は此処までだ。なかなか強かったぞ?」

「ク、クソォ……」

「此処は戦場だ。戦場では力こそが全て、お前達の様に可能性なんかに期待している奴は生き残れない場所だ。恨むなら私達ではなく力の無い自分達を恨めよ?」


 リダムスにそう言ってガムジェスは近くにいる四人のテンプルナイトの下へ移動し、リダムスとパージュを始末するよう指示を出す。指示を受けたテンプルナイト達は二人ずつリダムスとパージュの前へ移動し、持っている騎士剣を振り上げて二人に止めを刺そうとする。体のダメージが大きいリダムスとパージュはその場から逃げる事ができなかった。


(クソッ、こんな所で死ぬなんて……)

(……ダーク殿、後はお任せしますよ)


 心の中で遺言の様に呟くパージュとリダムス。そんな二人をテンプルナイト達は騎士剣を振り上げたまま見下ろしている。ガムジェスはもう二人に興味が無いのか処刑をテンプルナイト達に任せて屋敷へ入ろうと歩いて行き、バルコニーではエバルドが広場を眺めながら二人が処刑される瞬間を待っていた。そして、テンプルナイト達はリダムスとパージュに向けて騎士剣を振り下ろそうとする。

 その時、突然広場に強い風が吹き、ガムジェスはふと立ち止まって振り返りリダムス達の方を向く。すると次の瞬間、リダムスとパージュを処刑しようとしていたテンプルナイト達の体に大きな切傷が生まれ、そこから血を噴き出しながら一斉に倒れる。その光景にガムジェスやエバルド、そして広場にいた他のテンプルナイトやエルギス教国の兵士達も一斉に驚く。何が起きたの分からずにエルギス教国軍は全員が混乱し、リダムスとパージュも突然倒れたテンプルナイト達に呆然としている。

 エルギス教国軍が驚いている中、仰向けに倒れているパージュの前に突如一人の騎士が現れる。漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーを身に付けて大剣を片手に持つダークだった。そう、先程テンプルナイト達が切られたのもダークの仕業だったのだ。


「あ、貴方は……」

「大丈夫ですか?」


 ダークは大剣を背負うと倒れているパージュを抱き上げてリダムスの下へ歩く。突然現れて瀕死のパージュを抱き上げるダークの姿をエルギス教国軍は呆然と見つめている。ダークはそんな視線を気にする事無くリダムスの前まで行き、倒れているテンプルナイトの死体を足で退かしてリダムスの隣にパージュを下ろす。リダムスは目の前にやって来たダークを見上げながらまばたきをした。


「ダ、ダーク殿……」

「遅れてすみません。此処に向かう途中で神殿騎士団の騎士と思われる連中と遭遇しましてね。ソイツ等と遊んでいる内に時間が経ってしまいました」


 申し訳なさそうな口調でダークは此処に来るまでに何があったのかを説明し、リダムスはそれを黙って聞いていた。

 ダークがテンプルナイト達と遭遇した街道には倒れたり壁にもたれ掛かったりなどして死んでいるテンプルナイト達の姿があった。その全員が体や背中を深く切られている。それは誰が見ても致命傷と言える程の傷だった。

 テンプルナイト達と戦っていた時の事をダークがリダムスとパージュに話していると屋敷へ戻ろうとしていたガムジェスがダークに近づいて来た。そしてダークから数m離れた位置で立ち止まり笑みを浮かべながらダークに話しかける。


「これはこれは、また面白そうな奴が来たな……あっ、もしかしてお前は例のセルメティアの黒い死神か? 黒い死神なんて言われているから黒い鎧を着ているとは思っていたが、まさか黒騎士だとは思わなかったぞ?」

「……お前が六星騎士か?」

「その通り。ガムジェス・ワーグスだ、よろしくな」


 楽しそうに話すガムジェスをダークは低い声を出しながら見つめる。六星騎士と黒い死神と言われた黒騎士が向かい合う光景を見てエルギス教国軍やバルコニーにいるエバルドは緊迫した空気を感じ取った。


「……一つ訊きたい。二人をボロボロにしたのはお前か?」

「ああ、指揮官だというからどれ程強いのか興味があってな、さっきまで戦っていたのだ」

「そうか……」

「お前はそこの二人よりも強いのか?」

「……どうだろうな?」

「フッ、教えてくれないか? なら、お前と戦い私自身が確かめるしかないな」


 ガムジェスは笑いながら腰に納めていた短剣を抜く。ガムジェスはダークを目にしてすぐに彼と戦かってみたいと思ったようだ。戦闘態勢に入ったガムジェスを見たダークはチラッと足元に落ちている騎士剣に目をやる。リダムスを処刑しようとしていたテンプルナイトが持っていた騎士剣だ。

 ダークは落ちている騎士剣を二本拾い、それを両手に一本ずつ持つ。そんなダークの姿を見てガムジェスは意外そうな顔を見せた。


「何だ? 背負っている大剣じゃなく、その剣を使って戦うのか? 自分の使い慣れた剣を使った方が戦いやすいと思うがな?」

「お前如きに私の大剣を使う必要は無い」

「フッ、大した自信だな。後悔しても知らないぞ?」


 鼻で笑いながらガムジェスはダークに言い放ち持っている短剣を構えた。すると、ガムジェスが構えた直後にダークは両手に持っている騎士剣を勢いよくガムジェスに投げつける。騎士剣はガムジェスの右胸と左脇腹に刺さり、そのままガムジェスを後方に押し飛ばす。そしてガムジェスの体を貫通した騎士剣は後ろにある屋敷を囲む塀に刺さり、ガムジェスをはりつけのような状態にした。


「がああぁ!?」


 痛みと衝撃にガムジェスは思わず声を漏らした。もの凄い速さで投げつけられた騎士剣を避けることもできず、気付いたら体を貫かれている。今まで笑みしか浮かべていなかったガムジェスは初めて表情を歪めた。そんなガムジェスにダークがゆっくりと近づき目の前で立ち止まる。


「お、お前……今、何を……?」

「ただ持っていた剣を投げつけただけだ」

「ば、馬鹿な……何処の世界に、剣を片手で……しかも私ですら避けられない速さで、投げられる者がいる……のだ……」

「目の前にいるだろう?」


 驚くガムジェスにダークは普通に答える。ガムジェスは咳き込みながら吐血をし、目の前に立っている黒騎士を見つめた。


「言っただろう? お前如きに大剣を使う必要は無い、とな?」

「……ハ、ハハハハ、なんということだ……この世界に六星騎士をこんな簡単に倒す者がいるとは……お前、本当に……人間か?」

「当たり前だ」

「……フッ、お前は、人間じゃない……化け物だ……よ……」


 薄れゆく意識の中でガムジェスはダークを化け物呼ばわりし、持っていた短剣を落とすのと同時に息を引き取る。ダークは動かなくなったガムジェスを見ながら心の中でつまらなかったと思った。

 ガムジェスが倒された光景にエルギス教国軍やバルコニーにいたエバルドは目を疑う。エルギス教国最強と言われる六星騎士の一人が負けたなど彼らにとっては信じられないことだったのだ。


「ば、馬鹿な……六星騎士が、負けるなんて……」

「で、殿下……」


 六星騎士の敗北に震えるエバルドを近くにいた騎士が心配そうに見つめる。するとエバルドは振り返り、取り乱した様子で騎士の方を向いた。


「す、すぐに脱出の準備をしろ! 本国に戻ってこのことを陛下にご報告するんだ! 兵士たちには俺が脱出するまで敵の足止めを……」


 もはや勝ち目は無いと悟ったエバルドはバーネストの町から脱出しようと騎士に指示を出す。騎士も六星騎士が負けた以上は逃げるしかないと考え、エバルドに言われたとおり脱出の準備をしようとする。すると部屋に一人の兵士が飛び込むように入り、エバルドと騎士は飛び込んで来た兵士に驚く。


「で、殿下! 先程、南門がセルメティア王国軍に制圧されたという報告が入りました!」

「な、何だと!? 南門には神殿騎士団を警備に向かわせたはずだ!」

「そ、その神殿騎士団も敵に倒され、全滅したそうです……」

「なっ!?」


 兵士の報告を聞き、エバルドは言葉を失った。

 南門前の広場ではアリシアとジェイク、そしてセルメティア王国の兵士たちが南門を制圧し終えて周囲を警戒している姿があった。アリシアたちの周りにはエルギス教国の兵士やテンプルナイトの死体が転がっており、広場の隅には生き残った兵士とテンプルナイトが拘束されている。戦いが始まった直後、アリシアは神聖剣技などでテンプルナイトたちを次々に倒し、テンプルナイトが粗方倒されるとジェイクと兵士たちが残っている敵に攻撃を仕掛けた。結果、アリシアたちは二十分ほどで南門を制圧したのだ。別の場所で神殿騎士団と遭遇したノワールやレジーナたちも難なく勝利し、町の解放を進めていた。

 エバルドは南門を制圧され、町から脱出することができなくなったことに絶望しその場に座り込む。一緒にいた騎士や報告に来た兵士ももうどうすることもできないと感じ、言葉を失ってしまう。その後、ダークは屋敷へ入り、エバルドの下へ向かい降伏を要求する。エバルドはこのまま戦えば確実に負けるという状況からダークの要求を素直に受け入れた。勿論、それはこれ以上の被害を出さないようにするためではなく、自分の身を守るためだ。

 司令官であるエバルドが降伏したことにより、バーネストの町での戦いはセルメティア王国軍の勝利に終わった。これによりセルメティア王国に侵攻して来たエルギス教国軍は完全に敗北し、セルメティア王国内での戦いは終わった。だが、エルギス教国との戦争はまだ終わってはいない。エルギス教国が降伏するまで戦いは続く。


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