第八十七話 バーネスト解放作戦
草原で陣形を組みながら武器、兵力、バーネストの町を解放する為の作戦などを確認をする兵士や騎士達。その表情には緊張が見られる。無理もない、今から自分達が解放するのはエルギス教国軍がセルメティア王国を制圧する為の本拠点にしていた町だ。当然町にいるエルギス教国軍も大規模で戦いが始まれば今までとは比べ物にならないくらいの激戦となるはず。緊張しない方がおかしかった。
しかし、兵士達の顔には緊張は見られるが不安は見られなかった。なぜなら自分達にはエルギス教国軍が死神と恐れているダークと魔女と恐れているアリシア、そして二人の仲間であるレジーナ達とダーク達が召喚したモンスターという戦力がいるからだ。彼等のおかげでセルメティア王国軍は今日まで大きな被害を出す事無く戦いに連勝し、此処まで来る事ができた。
兵士達は今回の戦いで今までよりも大きな被害が出るかもしれないと思っているが、殆どの兵士達が今回も勝てると思っている。ダーク達という存在がセルメティア王国軍の士気を最大まで高めていた。
「第一から第四部隊は右翼へ、第五から第八部隊は左翼、残りは中央にに配備させろ」
リダムスが騎士達に部隊を配備する場所を指示し、彼の周りにいる騎士達はそれを聞くと一斉に走り出して部隊の配備に向かう。指示が終わるとリダムスは他の騎士達に作戦の流れなどを説明し、騎士達はそれを黙って聞く。
少し離れた所ではパージュが自分の部隊である赤薔薇隊の女騎士達にどの部隊に誰を回すかなどを真剣な顔で話している姿があった。パージュも彼女の部下である女騎士達の顔にもこれから起こる激しい戦いから緊張が浮かんでいる。
この戦いに勝利し、バーネストの町を解放する事ができれば戦いの流れは大きく傾く。再び国境に防衛線を張り、エルギス教国軍の侵攻を防ぎながら今度はこちらがエルギス教国の領土に攻撃を仕掛ける事ができる。セルメティア王国軍にとって、今度の戦いは決して負ける事はできない。
兵士達が戦いの準備を進めている光景を少し高い所にある丘の上からダークは腕を組みながら見下ろしていた。ダークの肩にはグラシードの町を出た時に分かれたノワールが乗っており、隣にはアリシアが立っている。そして二人の後ろにはレジーナ、ジェイク、マティーリアも並んで立っており、全員が戦いで負傷する事も無くピンピンとしていた。
ダーク達は二日前にバーネストの町から4kmほど離れた所にある砦を攻略する時に合流し、お互いが無事な事を喜ぶ。再会を喜ぶとダーク達はすぐにエルギス教国軍が駐留している砦を解放し、セルメティア王国軍と共にそのまま今いる草原までやって来たのだ。
「流石に敵が侵攻の本拠点にしているだけはあって護りは相当堅そうだな」
アリシアが望遠鏡で遠くに見えるバーネストの町の北門を覗きながら呟く。北門の前にはエルギス教国軍の兵士や多種の亜人達が固まって北門を守っている姿があり、その守りはアリシア達が今まで解放して来た町の護りとは随分違った。
「確か情報ではあの町には二千近くのエルギス教国軍がいるんだったよな?」
「ウム、その中には神殿騎士団のテンプルナイトが百人程おるという情報もあったぞ」
「神殿騎士団、エルギス教国のエリート騎士団か……」
町の様子を伺っているアリシアの後ろでジェイクとマティーリアがバーネストの町にいるエルギス教国軍の戦力について話している。実はバーネストの町に来るまでにダーク達は途中で解放した町や村に駐留していたエルギス教国軍の人間達を捕らえて色々と情報を聞き出していたのだ。その時に本拠点であるバーネストの町に精鋭騎士団の神殿騎士団が駐留しているという情報を手に入れた。
敵の中にエルギス教国最強の騎士団がいる事にジェイクは少し面倒そうな表情を浮かべた。すると彼の隣に立っているレジーナがジェイクの腕を軽く叩く。
「なんて顔してんのよ? あたし達ならエルギスの精鋭騎士団にだって余裕で勝てるわ。それに、アイツ等もいるんだしね?」
そう言ってレジーナはふと振り返って後ろを見る。ジェイクとマティーリアもレジーナにつられる様に振り返った。
ダーク達の後ろには色んな種類のモンスター達が並んでいた。獣の姿をしたモンスターもいれば昆虫の姿をしたモンスターもおり、重装備をしたゴブリンやオーク、そして薄汚れたローブを着たスケルトンなどもいる。これらのモンスターは全てサモンピースによって召喚されたLMFのモンスター達で簡単には倒せない強さを持つ。数は三十数体だが、その戦力は兵士百人に匹敵すると言ってもいいだろう。
モンスター達はダーク達を黙って見つめており、命令が下されるのをずっと待っていた。そんなモンスター達を見てレジーナはニッと笑みを浮かべる。
「コイツ等がいれば楽勝よ、楽勝」
「だからと言って油断するな? 相手はエルギス教国最強の騎士団なんだからな」
「ウム、何が起こるのか分からんのが戦争じゃ。気の抜かぬようにしろ?」
余裕の態度を見せるレジーナにジェイクとマティーリアは忠告をする。そんな二人を見たレジーナは心配性だな、と言いたそうな顔で肩をすくめた。
レジーナ達が話をしていると遠くからパージュがダーク達の下へ走って来た。パージュに気付いたダークとアリシアは視線をレジーナ達からパージュへ変える。
「ダーク殿、アリシア殿、陣形が整い次第戦闘を開始する。そちらもいつ戦いが始まってもいいように準備をしておいてくれ」
「分かりました」
ダークは低い声で頷くながら返事をする。アリシアとノワールももうすぐ敵の本隊がいる町へ攻撃を仕掛けるのだと聞き表情が鋭くなった。レジーナ達はダーク達が何の話をしていたのか聞いていなかったのか不思議そうな顔でダーク達を見ている。
パージュはチラッと控えているモンスター達に視線を向ける。約三十数体のモンスター達を見たパージュは聞こえないくらい小さな溜め息をついた。
「モンスター達も残りはこれだけか……」
「ええ、此処に来るまでの間に私達は何度もエルギス教国軍と戦い、その時にモンスター達も大勢倒されてしまいましたからね。二日前の砦での戦いでもゴブリンとオークが数体倒されました」
「こんな事なら例の岩の巨人、ストーンタイタンと言ったか? 彼等も連れてくればよかったのでは?」
「いいえ、彼等にはボロボロになってしまったグラシードの町の防衛という役目があります。北門と西門が破壊された状態にある町から彼等を連れて来るわけにはいきません」
「まぁ、確かに……私とリダムスも門を破壊しても構わないと判断してしまったからな……」
今になってグラシード解放作戦の時に北門と西門を破壊する許可を出した事を後悔するパージュ。もしストーンタイタン達がいればこれまでの町や村をもっと早く、楽に解放できたはずだ。とは言っても、今の戦力でも早く、被害も少なくエルギス教国軍に制圧された町や村を解放できた。そのおかげで今セルメティア王国軍の戦力は千七百も残っている。ダークが召喚したモンスターはどれも十分使える為、パージュはそれ以上の贅沢は言わない事にした。
「それでダーク殿、バーネストの町を攻略する際、このモンスター達をどのように動かすつもりなのだ?」
現在残っているモンスターをどのように使って町を攻略するのか気になるパージュはダークに詳しい事を尋ねる。するとダークは町の方を見て目を赤く光らせた。
「まずは北門の前にいる敵の防衛部隊を倒させます。亜人達もいますから兵士達が攻撃するより先にモンスター達に攻撃させて敵の戦力を削っておいた方が兵士達も戦いやすいでしょう」
「成る程……それでその後は?」
「門を開けて町に侵入した後はエルギス教国の兵士達を自由に攻撃させます。前もってモンスター達にはエルギス教国軍の者以外は攻撃するなと指示を出していますので自由に行動させても町の住民やセルメティア王国の兵士達を攻撃する事はないはずです」
管理しなくてもちゃんと敵を倒してくれるモンスター達の使いやすさにパージュは驚きと同時に頼もしさを感じる。普通のモンスターは調教してもちゃんと戦うよう見張りを付ける必要があった。
しかしダークが召喚したモンスター達は敵味方の区別をちゃんとして戦ってくれる為、他の兵士達と同じように普通の戦力として数える事ができる。こんな扱いやすいモンスターを自由に召喚できるダークをパージュは少しずつ尊敬するようになっていった。
パージュがダーク達と戦いの流れについて話していると遠くから赤薔薇隊の女騎士がパージュを呼ぶ声が聞こえ、呼ばれたパージュは作戦開始の正確な時間を伝えて女騎士の下へ走った。
残されたダーク達はモンスターの種類と数を確認し、また町の方を向き、町に突入した後にどう動くかを考えた。
「町へ突入したらまずは南門を押さえておいた方がいいな。戦いに勝てないと判断した敵が南門から逃げる可能性がある。今までの戦いでは敵を逃がしても問題無かったが、今回は一人たりとも逃がす訳にはいかない。逃げられてエルギス教国に逃げこまれたら手が出せなくなる。何よりもバーネストの町を奪い返されたという事が敵軍の本隊に知られると後の戦いに影響が出る。有利に戦いを進める為にはギリギリまでバーネストの町を奪い返された事を知られないようにした方がいい」
「そうだな……それで、南門を押さえた後はどうする? 一気に敵司令官の捕縛に移るか?」
「ああ。両軍に無駄な被害を出さないようにする為にもさっさと敵の司令官を捕まえた方がいいからな」
「敵の司令官、確か情報ではエルギス教国の第二王子だったか……追いつめた時に潔く投降してくれるといいのだが……」
アリシアが敵の司令官が大人しく負けを認めてくれるか不安そうな顔で考える。ダークとアリシアの後ろにいるレジーナ達も少し同じような表情を浮かべていた。
「なに、心配はない。もし抵抗するのであれば少々痛い思いをさせるだけだ」
「ダーク、貴方は時々恐ろしい事をサラリと口にするな……」
発言を聞いたアリシアは呆れた様な顔で微量の汗を掻きながらダークを見る。レジーナとジェイクも苦笑いを浮かべながらダークを見ており、マティーリアは愉快そうに笑っていた。
アリシア達がダークを見ながら各々表情を浮かべていると、ノワールが何かを思い出した反応を見せてダークに声を掛けてきた。
「そう言えば、あの町にいるエルギス教国軍の中には六星騎士の一人がいるとエルギス教国軍の捕虜が言っていましたが、そっちの方はどうしますか?」
「六星騎士、確かエルギス教皇直属の精鋭騎士だったな? 英雄級の実力を持つ騎士だとかなんとか……」
「流石にその六星騎士は普通の兵士の方々では勝てないと思いますが……」
敵の中に厄介な戦力がいる事にダークは黙り込んで考え、アリシア達も難しい表情を浮かべた。もしその六星騎士とセルメティア王国軍の兵士達が戦えば確実に兵士達が負ける。こちらの被害を多くしない為にもその六星騎士は早いうちに何とかしておいた方がいいとダーク達は考えた。
「……その六星騎士は司令官である王子の近くにいる可能性が高い。南門を制圧したらすぐに司令官がいる所を見つけて六星騎士を倒した方がいいな」
「そうだな……」
ダークの考えにジェイクが賛同し、アリシア達も黙って頷く。一通り戦いの流れが決まると、ダーク達の下に騎士がやって来た戦いが間もなく戦いが始まる事を伝える。ダークはアリシア達とモンスターに指示を出して兵士達の下へ移動した。
バーネストの町の北門では大勢の亜人とエルギス教国の兵士達が遠くで陣形を組んでいるセルメティア王国軍を睨んでいた。門の上の見張り台の上にも大勢の兵士と魔法使いがセルメティア王国軍の動きを警戒している。セルメティア王国軍はまだ1km程先にいるが、兵士達は最近のエルギス教国軍の惨敗続きから一瞬たりとも警戒を解かずに構えていた。
「敵の中にはモンスターがいるという話ですが、奴等はどんなモンスターを使って来るのでしょうか?」
「知らん、そんなのは戦いが始まってから自分の目で確かめろ」
見張り台の上にいる兵士が隣にいる騎士に尋ねると騎士は低い声で答えた。敗北が続いた事でエルギス教国軍の騎士としての誇りに傷を付けられた騎士はセルメティア王国軍の事を訊かれて不機嫌になったようだ。
兵士は騎士の様子を伺い、これ以上機嫌を悪くさせないようにしようと感じ、セルメティア王国軍の事を尋ねるのをやめる。すると、望遠鏡でセルメティア王国軍の様子を伺っていた別の兵士がセルメティア王国軍が動き出したのを確認し、望遠鏡を目から離して声を上げた。
「敵が動き出したぞぉ!」
周りにいる別の兵士や門の前にいる亜人や兵士達は叫び声を聞いて全身に緊張を走らせる。北門を守る兵士達は武器を強く握って草原にいるセルメティア王国軍を見つめた。見張りの兵士が言った通り、セルメティア王国軍は陣形を崩さずにゆっくりと近づいて来る。その中にはダーク達や彼等に従うモンスターの姿もあった。しかし、まだかなり距離がある為、エルギス教国軍はモンスター達の姿をしっかりと確認できていない。ただ黙ってセルメティア王国軍が近づいて来るのを待った。
セルメティア王国軍が動き出してから数分後、バーネストの町の500m程手前で突如セルメティア王国軍は停止した。突然止まったセルメティア王国軍にエルギス教国の兵士達は不思議そうな反応を見せる。すると、陣形の中央にいるダークは右腕を上げてからゆっくりとバーネストの町に向かって右腕を下ろした。
「シャドウビースト、出撃!」
ダークが力の入った声を出すとモンスター達の中から四つの影が飛び出す。全身が紫黒色の靄の様な体をした四足歩行の獣の姿をしたモンスターだ。大きさは2mほどで先端の尖った尻尾を持っており、四本の脚も太く鋭い靄の爪を付けている。頭部には口や耳、鼻などは無く、ただ赤い目が二つ付いているだけで不気味さが感じられた。このモンスターがダークが指示を出したシャドウビーストと言うモンスターだ。
シャドウビーストはサモンピースのビショップで召喚されたLMFのモンスター。機動力が高く、素早い動きで敵を翻弄させ、靄の体を変形させたりして敵に攻撃する事ができる。レベルは35から40の間ぐらいで一流の戦士でも苦戦する強さを持つ。
鳴き声などを上げる事無くシャドウビーストは兵士達の間を通り北門へ向かって走り出す。北門を守るエルギス教国軍の兵士達はセルメティア王国の部隊から飛び出して走って来る四匹の見たこのとないモンスターを見て警戒しながら武器を構えた。
「な、何だ、あの黒い獣の様なモンスターは?」
「恐らくセルメティア王国軍が操るモンスターだろう」
「クッ、小国の分際でモンスターを操るとは! 亜人ども、あのモンスター達を倒せ!」
兵士の一人が周りにいる奴隷の亜人達にシャドウビーストを倒すよう指示を出す。亜人達は逆らう事もその場から逃げる事もできない為、ただ黙って命令に従うしかなかった。
亜人部隊の中にいる数人のエルフ達は弓矢や魔法を使って遠くにいるシャドウビースト達に攻撃を仕掛ける。エルフは弓矢と魔法の扱いに優れているので奴隷のエルフ達の殆どが遠距離系の武器を持っていた。そして、リザードマンやドワーフなどの他の奴隷達は剣やハンマー、斧などの近距離系の武器を持って近づいて来るシャドウビースト達を睨んでいる。
エルフ達が放った矢や火球などの魔法は真っ直ぐシャドウビーストに向かって飛んで行く。シャドウビーストは走りながら敵の攻撃をかわし、一気に距離を詰める為に速度を上げた。エルフ達は自分達の攻撃を簡単にかわしたシャドウビーストに驚きの反応を見せる。だが、近づかれても接近戦を得意とするリザードマン達がいるのでかわされても取り乱したりする事はなかった。
リザードマンやドワーフ達は自分の得物を強く握り、シャドウビースト達を迎え撃つ為に一斉に走り出す。そして距離を詰めると一人のリザードマンが剣を振り下ろしてシャドウビーストに攻撃した。だがシャドウビーストはリザードマンの攻撃をヒラリとかわして側面に回り込み、靄の爪で反撃しリザードマンの体を切り裂く。リザードマンの体に簡単に傷を付けた未知のモンスターに周りの他の亜人達や離れた所にいるエルギス教国の兵士達は驚いた。
驚いて隙を見せている亜人達にシャドウビースト達は容赦なく攻撃を仕掛ける。ドワーフの背後に回り込んで鋭く尖った尻尾でドワーフを背中から貫いたり、固まっているエルフ達に近づき体中から無数の棘を出してエルフ達を串刺しにしたり、四匹の獣は次々と亜人達を倒していった。
亜人達が倒されていく光景を見たエルギス教国の兵士達の顔からは徐々に余裕が無くなっていき、兵士達は怯えた表情を浮かべながら門の前まで後退していく。その様子を遠くから見ていたダークは近くにいるリダムスの方を見る。リダムスはダークと目が合うと黙って頷き腰に納めてある騎士剣を抜いた。
「亜人達の数が減った! 我々も攻撃を開始するぞぉ!」
騎士剣を掲げながらリダムスは兵士達に攻撃命令を出す。兵士達も命令を聞き、声を揃えて叫びながら走り出した。ダーク達もそれに続き北門へ向かって走る。
「弓兵は門の上にいる魔法使いや弓を持つ敵を狙って攻撃しろ。魔導士部隊は味方に補助魔法を掛けながら魔法で攻撃し、他の者達は敵の攻撃に注意しながら梯子を掛けて城壁を越えろ!」
馬を走らせながらリダムスは兵士達に指示を出す。兵士達は指示通りに行動し、弓兵は敵の魔法使いや敵の弓兵に向けて矢を放ち、魔法使い達は前にいる兵士達に補助魔法を掛けて能力を強化する。そして他の兵士達は門の前にいる残りの亜人や敵兵に攻撃を仕掛けた。
亜人達が倒されている状態で大勢の敵に攻め込まれてしまい、門を守っていた生き残っている亜人やエルギス教国の兵士達は絶望し、ろくに抵抗もできず次々に倒されていく。門の前にいた守備隊を全て倒したセルメティア王国軍は城壁を越える為の長梯子を幾つも掛けて登り始めた。
「クソォ、一人も町へ入れるなぁ!」
見張り台にいるエルギス教国の騎士は門の前に集まっている大勢のセルメティア王国の兵士達を睨みながら周りの兵士や魔法使い達に向かって叫ぶ。兵士達も門の前の守備隊が全滅したからと言って驚いてはいられず、必死に見張り台や城壁の下にいる敵や長梯子を登って来た者を攻撃していく。
門の前ではダーク達が必死でセルメティア王国軍の侵入を防ごうとするエルギス教国軍を見上げていた。ダーク達は城壁の上にいる敵の人数と長梯子を登る仲間の兵士達の様子から城壁を越えるのには時間が掛かりそうだと感じる。ダーク達の周りでは敵が放つ矢を盾で防いだり、魔法使いが放つ魔法を必死にかわす兵士達の姿があり、中には攻撃を受けて倒れる兵士もいた。それを見たダークは早く町へ突入しないとこちらにも大きな被害が出てしまうと考える。
「無駄な被害を出さない為にもさっさと門を開けて町へ入らないとな」
ダークは前を見ながら呟き、軽く両足を曲げる。ダークの近くにいるアリシア達はダークの姿を見て彼が何かをしようとしていると理解した。ダークの肩に乗っているノワールもダークが何をしようとしているのか気付いて静かに肩から移動し、レジーナの頭の上に乗る。レジーナは突然自分の頭の上に乗るノワールに対して少し鬱陶しそうな顔を浮かべていた。
「脚力強化」
サブ職業であるハイ・レンジャーの能力を発動させて脚力を強化したダークは門の上にある見張り台を見上げると勢いよく地を蹴る。ダークはもの凄い勢いでジャンプをし、その時の衝撃と音を聞いた周りの兵士達はダークが立っていた場所を見て目を丸くする。アリシア達は相変わらず凄いジャンプ力だな、と言いたそうな顔をしていた。
跳び上がったダークは見張り台よりも更に高く上昇して見張り台を見下ろす。真下では城壁を越えようとするセルメティア王国の兵士達を必死に食い止めるエルギス教国の兵士達の姿が小さく見えた。
(おおぉ~、やっぱ脚力強化は凄いなぁ! と言うか、脚力を強化して城壁を跳び越えられるならグラシードの町を解放する時もストーンタイタンを召喚せずにこの方法を使えばよかったか……いや、それだとアリシア達が西門を突破できなかったな……)
心の中でダークはグラシードの町を解放した時の事を思い出す。だが、すぐに今の戦いに気持ちを切り替えて門の上にいる敵の数と門の内側がどうなっているのかを確認する。門の内側には大勢のエルギス教国の兵士達が控えており、それを見たダークはめんどくさそうに舌打ちをした。門を開けるには見張り台の上にいる敵と内側で控えている大勢の敵をある程度倒さないといけない。ダークはそう思いながら背負っている大剣を抜く。
ゆっくりと降下しながらダークは見張り台と城壁の上にいるエルギス教国の兵士達の方を向き、大剣を横に構えて刀身に黒い靄を纏わせた。
「黒雲衝波!」
暗黒剣技を発動させたダークは城壁に向かって大剣を勢いよく横に振り、刀身に纏われている黒い靄を扇状に五つ放つ。放たれた靄は見張り台と城壁の上にいる敵達に命中し、炎の様に広がって近くにいる他の兵士や魔法使い達も呑み込んだ。靄に呑まれた敵は全身の焼かれる様な激痛に声を上げながら苦しみ、やがて声が途切れるのと同時にその場に倒れて動かなくなる。運よく靄に呑まれなかった兵士達は倒れる仲間達に驚愕の表情を浮かべていた。
ダークは見張り台と城壁の上にいる敵の大半を倒す事ができたのを確認すると今度は真下で控えている大勢の敵兵士達に視線を向ける。片手で持っていた大剣を両手で握り、降下しながら大剣を振り上げるダーク。控えていたエルギス教国の兵士達は真上から下りて来るダークを驚きの表情で見上げている。そんな敵兵士達を見下ろしながらダークは今度は刀身に黒炎を纏わて目を赤く光らせた。
「黒炎爆死斬!」
再び暗黒剣技を発動させたダークは敵部隊の真ん中に向かって降下し、着地する直前に大剣を振り落とし一人の敵兵士を切る。その瞬間、切られた敵兵士を中心に大爆発が起こり、周りにいる大勢の兵士達は爆発に巻き込まれた。暗黒剣技を受けた兵士は跡形も無く消滅し、近くにいた他の兵士達も爆発に呑まれて声を上げる間も無く消し飛んだ。爆発の近くにいた兵士の殆どが即死した。
爆発した場所から少し距離を取っていた兵士達は爆発の衝撃を受けて断末魔を上げながら吹き飛び、建物の壁や山積みされている木箱などに叩きつけられる。即死はしなかったがそれでも受けたダメージは大きく、吹き飛ばされた兵士のほぼ全員が重傷を負い動けなくなっていた。
爆発の中心では煙が上がっており、その中には大剣を肩に担ぎながら堂々と立っているダークの姿がある。至近距離で爆発を起こしたにもかかわらずダークは殆ど無傷の状態で鎧やマントに少し煤が付いているだけだった。ダークは鎧に付いている煤を払い落とすと周りの敵が全て倒れているのを確認し、門の方へ歩いて行く。倒れているエルギス教国の兵士達は何事も無かったかのように歩いて行くダークを見つめながら、心の中でダークを化け物だと恐れた。
門の前まで移動したダークは目の前の巨大な門を一度見上げた後に左右を見回す。そして門の左側の城壁に大きなレバーが付いているのを見つけるとダークはそのレバーに近づいて上がっているレバーを下す。すると、城壁の中から低い金属音の様な音が聞こえ、閉じていた門がゆっくりと動き出した。どうやらダークが触ったレバーが門を開閉させる為のスイッチだった様だ。
外にいたセルメティア王国軍、見張り台と城壁の上にいるエルギス教国軍は突然門が開いた事に驚きゆっくりと開く門に注目する。門が完全に開くと門の内側で外を見ながら仁王立ちをするダークを確認し、その姿を見たセルメティア王国軍はダークが門を開けたのだと理解した。
ダークは外で驚くセルメティア王国軍を見ながら顎を動かし入って来いと指示を出す。兵士達の中でダークの姿を見たアリシア達は自分達の得物を強く握りながら目を鋭くする。
「皆、行くぞ!」
「おう!」
「突撃ぃ~!」
アリシアは声を上げると兵士達の間を走ってバーネストの町へ入って行き、レジーナとジェイクもそれに続く。ノワールとマティーリアも空を飛んでレジーナとジェイクの後を追う様に町へ入った。
驚いていた兵士達はアリシア達が町へ入る姿を見てハッとなり、突入するチャンスだと声を上げながら町へなだれ込む様に突入する。どうやってダークが町の中に入ったのか多くの兵士が疑問に思っていたが、今はそんな事はどうでもいい。一刻も早く町を解放する事だけを兵士達は考えていた。リダムスとパージュも自分の部隊の騎士達を引き連れて町へと入る。
「し、しまった、敵が町へ侵入した!」
見張り台の上にいた騎士が町へ突入するセルメティア王国軍を見ながら声を上げる。突入したセルメティア王国軍はすぐにバラバラになって町中へ広がり、ダーク達も散開してそれぞれ行動に移った。最悪の状況に騎士は汗を流しながら僅かに震えている。周りを見て生き残っている兵士を見つけると険しい顔で駆け寄った。
「おい、すぐにこの事を殿下に報告しろ! そしてこの町にいる我が軍の戦力を全てこの北門を向かわせるのだ!」
「し、しかし、それでは殿下をお守りする戦力が……」
「殿下には神殿騎士団と六星騎士が付いている。彼等に任せれば殿下の身は安全……」
騎士が力の入った声で話していると、突如騎士の言葉が途切れる。兵士は騎士が喋らなくなった事を不思議に思い小首を傾げた。その直後、騎士の首がグラッと前に倒れて兵士の足元に頭部が落ちる。頭部が無くなった首からは血が噴水の様に噴き出し、騎士の体はゆっくりと倒れた。
兵士は目の前で起きた恐ろしい光景に青ざめガタガタと震える。すると兵士は倒れた騎士の後ろで大鎌を持ち、ボロボロのローブを着て浮いている牛の様な形をした頭部を持つスケルトンを目にした。このスケルトンもサモンピースで召喚されたモンスターだ。
スケルトンは恐怖で震えてい兵士を見ながら持っている大鎌を振り上げた。それの姿を見て兵士は恐怖のあまり持っている剣を落とす。
「……うわあああああぁっ!!」
兵士の断末魔が北門に広がる。兵士が声を上げるのと同時にスケルトンは振り上げていた大鎌を勢いよく振った。
――――――
「何だとっ! 町に突入された!?」
セルメティア王国軍が町に突入してからしばらく経った頃、町の中央にある屋敷ではエバルドがセルメティア王国軍に町に侵入され、至る所で戦闘が起きているという報告を兵士から聞いて驚きの声を上げていた。
町の外にいる敵軍の姿を確認してから殆ど時間が経っていないのに僅かな時間で町へ突入され、更に町のあちこちで戦いが始まっていると聞けば驚くのは普通だ。エバルドと一緒にいた騎士達も報告を聞いて全員が固まっていた。ただし、ガムジェスだけは壁にもたれながら楽しそうに話を聞いている。
「北門から侵入したセルメティア王国軍は既に町の北側を制圧し少しずつ進攻して来ております」
「奴隷の亜人どもはどうした!?」
「ハッ、北門を突破されたという報告を受けた各部隊が亜人部隊を率いて迎撃に向かいました……しかし、町へ突入された事により一部の亜人や我が軍の兵士達の士気は低下、更に敵が従えているモンスター達が強力で殆どの部隊が返り討ちに遭い敗北しております」
「クソォ! 役立たずどもめぇ!」
全く歯が立たない自分の弱さにエバルドは腹を立て怒鳴り声を上げる。そんなエバルドに報告に来た兵士や一緒にいた騎士達を驚き一瞬ビクつく。エバルドは自分が使っている机に近づくと勢いよく机を蹴り八つ当たりをした。
「グウウゥ! まさか、セルメティア相手にこの俺が追い込まれるとは……」
「殿下、いかがなさいますか?」
「決まってるだろう、奴等を叩きのめすんだ! 動ける戦力を全て奴等にぶつけろ。戦力ならまだこちらの方が上なんだ。数で押し返せ!」
「し、しかし……」
「さっさと兵達に指示を出してこい!」
「ハ、ハイ!」
不機嫌なエバルドの怒鳴り声に騎士は驚きながら返事をし、慌てて部屋を後にする。残りの騎士達や報告に来た兵士達も一斉に退室した。
何度も声を上げた事でエバルドは呼吸を乱しながら出入口の扉を睨む。しばらく扉を睨んでいるとエバルドは険しい表情のままフッと壁にもたれているガムジェスの方を向く。ガムジェスは睨まれているにもかかわらず驚く事無く笑みを浮かべていた。
「……ガムジェス、敵が町へ侵入した。今度こそお前に働いてもらうぞ?」
「ヘッ、分かっていますよ。私と神殿騎士団の実力をしっかりご覧になってください?」
ガムジェスはそう言ってヘラヘラと笑いながら部屋を出て戦いの準備をしに行く。一人部屋に残ったエバルドは歯を噛みしめながら机の上に積まれている本を手で払い落とし再び八つ当たりをする。
「……どいつもこいつも、俺に不快な思いをさせやがってぇ!」
自分の思い通りにならない事に対する不満しか考えていないエバルドは苛立つあまり低い声を出す。その姿は一軍を束ねる司令官ではなく、ただ我儘を言ってるだけの気の短い愚かな男にしか見えなかった。
バーネストの町の西側にある商業区の街道ではエルギス教国軍の二個小隊がセルメティア王国軍を食い止める為に町の北側へ向かって走っている。少し前までは普通に町の警備をしていた彼等だったが、突然の敵襲と敵に侵入されたという知らせを聞いて混乱しならがも北側へ急いでいた。
「貴様等、急げぇ! 敵は既に北門前の広場を制圧して町の中央区へ向かって侵攻している。我々も早く仲間達の救援に向かうのだ!」
先頭を走る隊長らしき騎士は後ろをにいる兵士達に力の入った声で言い放つ。兵士達は武器を強く握りながら大きな声を上げる。騎士達は誰もいない静かな街道を全速力で走った。すると、先頭を走っていた騎士が急停止し、兵士達を突然止まった騎士に驚きながら慌てて止まる。
「どうしました、隊長?」
騎士の後ろにいた兵士が尋ねると騎士は前を向いたまま持っている騎士剣を前に向ける。兵士達が前を見ると数十m先にセルメティア王国の兵士達の姿があった。その先頭にはエクスキャリバーを握るアリシアとジェイクの姿があり、二人の後ろでは二十数人ほどのセルメティア王国の兵士が立っている。
突然遭遇した敵兵にセルメティア王国の兵士達もエルギス教国の兵士達も驚く。隊長である騎士は険しい顔で舌打ちをしながらアリシア達を睨んでおり、アリシアとジェイクは鋭い目でエルギス教国軍を見ていた。
「エルギス教国軍か……人数からして二個小隊くらいみてぇだが、姉貴、どうする?」
「勿論、戦う。彼等がこのまま私達を先へ進ませてくれるとは思えないからな」
「だよな……ハァ、兄貴に頼まれた仕事を終えるまでは出来るだけ体力を温存しておきたかったんだが……」
アリシアの言葉にジェイクは溜め息をつきながら持っているスレッジロックを構えた。兵士達もそれぞれ持っている武器を構えて戦闘態勢に入る。
町に突入した後、ダーク達はバーネストの町を解放する為にそれぞれやるべき事を決めて一度分かれた。その中でアリシアとジェイクはセルメティア王国の兵士達と共に南門を制圧する為に西側から回り込む様にして南側へ向かっており、その途中でエルギス教国軍と遭遇したのだ。
戦闘態勢に入ったアリシア達を見たエルギス教国軍も慌てて武器を構える。数ではエルギス教国軍の方が僅かに上回っており、エルギス教国の兵士達は自分達に勝機があると思っているようだ。すると、一人の兵士がアリシアの姿を見て何かに気付き、そっと隊長の騎士に声を掛ける。
「隊長、あの先頭にいる女の聖騎士なのですが……」
「何だ?」
「金色の髪に白い鎧とマント、そしてどこかの王族が持っていそうな騎士剣……例の魔女と外見がほぼ一致していると思うですが……」
「何? あの女がセルメティアの白い魔女だと?」
「わ、分かりません。ただ特徴は私が聞いた白い魔女と同じですので……」
僅かに驚きの表情を浮かべながら答える兵士に騎士は僅かに汗を流しながらアリシアを睨む。周りにいる他の兵士達も目の前にいる聖騎士が恐れられているセルメティアの白い魔女ではないかと聞いて驚きながらざわつきだす。そんな兵士達の声を聞いた騎士はその情けなさに歯を噛みしめる。
「騒ぐな! 魔女と言われていようが所詮は人間だ。我々の倒せない相手ではない。恐れずに戦え!」
騒ぐ兵士達に騎士は喝を入れ、それを聞いた兵士達は一斉にざわつくのをやめて武器を握り、遠くにいるアリシア達を見つめる。その表情は鋭く、騎士の言葉で自分達はアリシア達に勝てると感じて士気が戻ったようだ。
士気を高めているエルギス教国軍を見てジェイクは小さく溜め息を吐く。その表情はエルギス教国軍を気の毒に思う様なものだった。アリシアはレベル97で神同然の力を持っている。そんなアリシアに普通の人間である自分達が勝てると思い込んでいる敵が可哀想に思ったのだろう。
ジェイクが溜め息をつく隣ではアリシアがエクスキャリバーを構えてエルギス教国の兵士達をジッと見つめている。
「ジェイク、彼等は私一人で相手をする。お前達はこのまま待て」
「ああ、分かった」
アリシアの指示にジェイクは文句を行く事無く頷く。これから南門に辿り着くまでに何度もエルギス教国軍と戦う可能性は高い。南門に着くまでに戦力を失わないようにする為にアリシアは一人でエルギス教国軍と戦うつもりのようだ。
騎士剣を構えながらアリシアは歩き出し、ジェイクはスレッジロックを肩に担ぎながらアリシアを見守る。兵士達はアリシアの指示を聞き、大丈夫かと心配そうな顔でアリシアの背中を見つめていた。
「何だ? あの女、まさか一人で我々と戦うつもりか?」
一人で近づいて来るアリシアを見てエルギス教国の騎士はアリシアが一人で戦うつもりだという事に気付く。自分達の力が小さく見られていると感じて不快な気分になった騎士は持っている騎士剣を強く握りアリシアを睨みながら切っ先を彼女に向けた。
「魔女め、調子に乗るなよ! 貴様等、掛かれぇ!」
騎士は兵士達に命令するのと同時にアリシアに向かって走り出し、兵士達も声を上げながら後に続く。
走って来るエルギス教国軍を睨みながらアリシアはエクスキャリバーを構える。エルギス教国軍が一定の距離まで近づくとアリシアも彼等に向かって走り出す。その数分後、アリシアは一人でエルギス教国軍の二個小隊に勝利した。