第八十六話 快進撃
夜が明けて太陽がグラシードの町を照らす。町の北門と西門は昨夜の戦いでストーンタイタンに破壊され、町の至る所には戦いで出来た傷や返り血などが残っている。それは昨夜の戦いがどれだけ激しかったのかを物語っていた。
そんな戦いの爪痕が残る中、町の住民達は活気に満ちた表情を浮かべている。町がボロボロになった事は大変でショックもあるだろうが、町を制圧していたエルギス教国軍が倒され、町が解放された喜びの方が大きく、住民達は笑顔を浮かべていた。
セルメティア王国軍は住民達と協力し合い、町の修繕作業や食料の配分などを行う。そしてダーク達はグラシードの町の今後の事や捕虜となったエルギス教国軍の兵士達や亜人達をどうするかなどを町長と相談した。話し合いの結果、ダーク達はしばらくグラシードの町に駐留する事にし、捕虜達には町の修繕作業などを手伝わせる事が決まる。そしてジェーブルの町にいるボッシュ達にグラシード解放成功の報告と新たな部隊の増援を要請する為に馬を走らせた。
壊れた北と西も門が修復されるまではストーンタイタンを二つの門の前に配備して警備をさせる事になった。召喚されたストーンタイタンは睡眠も食事も必要無い為、休み無しで警備させても大丈夫だと言うダークの言葉にリダムス達や町の住民達は目を丸くする。ただ、敵が攻め込んで来る事も考え、無事である南門の前にもストーンタイタンを配備した。これでグラシードの町の守りは万全の状態となり町の住民や兵士達は安心する。
町の守りや修繕作業の流れなどが決まるとダーク達は町長の家に集まり、グラシードの町の周辺にある町や村がどうなっているのか、今後どうするかなどを確認する為に会議を行う。昨夜の戦いでダーク達も疲れているが、最後に今後の事を簡単に確認だけしておこうと話し合いをする事にした。
「……町の復興についての話し合いはまとまりました。次に今後の進軍などについて確認をします」
リダムスが部屋の真ん中にある机の前に立ち、机を囲むダーク達を見ながら口を動かす。リダムスの背後には大きな穴が開いており、そこから風が吹き込んで来る。今ダーク達がいる部屋は昨夜の戦いでダークがエルギス教国軍の指揮官を捕らえる時に壁を破壊して侵入した部屋だ。
最初、部屋の状況を見た時、アリシア達は目を丸くして呆然とした。特に家の持ち主である町長は愕然とし、穴を見た直後にショックのあまり座り込んでしまう。落ち込む町長を見てダークは心の中で申し訳なく思った。そんな町長を兵士達に任せ、ダーク達は作戦会議を始める。
「我々はジェーブルの町から増援が来るまでこの町で待機し、増援が着いた後にアトラスタ司令の使いである者の指示を受けて行動します。恐らく次の戦いもエルギス教国軍に制圧された町や村の解放でしょう」
リダムスの言葉を聞き、部屋にいるダーク達は一斉にリダムスに視線を向ける。グラシードの町を解放する事を成功させたのだから、ボッシュは次もエルギス教国に制圧された町や村の解放を指示してくる可能性は高かった。だが、セルメティア王国の領土をエルギス教国軍から取り戻すには仕方のない事だ。ダーク達は一言も文句を言わずにリダムスの話を聞いている。
「兵士達は皆、今回のグラシードの解放作戦が成功した事で士気が高まっている。この機に乗じてエルギス教国軍を一気に押し返す事もできるかもしれないな」
「ああ、しかし、だからと言って油断はできない。奴等も警戒して守りを強化しているはずだ。慎重の攻めた方がいいだろう」
パージュの意見を聞いたリダムスは油断しないようパージュに忠告をする。パージュも分かっていると言いたそうな顔で頷く。
ダーク達は机の上の広げられている地図を確認する。エルギス教国軍に勝利するにはエルギス教国軍が侵攻拠点としているバーネストの町を解放するしかない。バーネストの町にはグラシードの町の南の道と西の道のどちらからでも向かう事ができる。だが、セルメティア王国にいるエルギス教国軍は全て倒さなくてはいけない為、町や村を制圧している全てのエルギス教国軍を叩く必要があった。つまり、ダーク達は南側と西側の両方の道を進まなければならなかったのだ。
地図を見てどっちの道の先にどんな町や村があるのかを調べるダーク達。町の位置は確認できるが小さな村などは地図に載っていないので資料や書類などで調べる必要があった。
「グラシードからバーネストを目指すとなると幾つかの町や村を通る必要があります。勿論、その全てがエルギス教国軍に制圧されています」
「つまり、バーネストへ向かう為には何度もエルギス教国軍と戦わなくてはならないという事ですね?」
アリシアが真剣な顔で尋ねるとリダムスはアリシアの方を向き頷く。
「その通りです。そして我々は制圧された全ての町や村を解放しなければいけません。ですからジェーブルの町からの増援が到着したら戦力を二つに分けて南と西に向かって同時に町を出る事になるでしょう。これは全ての町や村を解放するのと同時にエルギス教国軍をグラシードの町に近づけさせない為でもあるのです」
二つの道から同時に進攻する事でエルギス教国軍に制圧された場所を全て解放し、解放した町を奪い返されないようにする。ダーク達は攻撃と防御を同時に行う進攻作戦に異議を上げる事無く黙って聞いていた。彼等もそれが一番いい作戦だと思っているようだ。
それからダーク達はそれぞれの道を進んだ先の町と村にどれだけの敵戦力があるかなどを確認する。先遣隊の駐留地で手に入れた羊皮紙に書かれてある内容によって何処にどれだけのエルギス教国軍が配備されているのかが分かる為、作戦を立てるのも簡単だった。
「あとはこちらの戦力を二つに分ける時にどう振り分けるかですね……ダーク殿、貴方がたはどうなさいますか?」
リダムスがダーク達は南と西のどちらの部隊に加わるかを尋ねる。アリシアもダークがどうするのか気になって彼の方を向き答えるのを待つ。ダークは地図を見てしばらく黙って考え込んだ。やがてリダムスとパージュの方を向き自分の意見を口にした。
「今回も私達は二手に分かれそれぞれの部隊と同行する事にします。南と西のどちらの部隊に入るかはまだ決めていませんが、私とアリシアがそれぞれ部隊に入り、仲間達も分けて同行させるつもりです」
ダークはグラシードの町を解放した時と同じように二手に分かれて部隊と同行すると言い、それを聞いたアリシアは反対する事無くリダムス達の方を向いて頷く。神に匹敵する力を持つ自分達がそれぞれ部隊に入れはどちらの部隊もエルギス教国軍に負ける事が無い、すぐにバーネストの町に辿り着けるとアリシアは思っていた。
「そうですか、分かりました。正直に言いますと私もそうであってほしいと思っていたのです」
先遣隊との戦い、そして昨夜の戦いを見てリダムスはダーク達が共に戦ってくれればどんな敵と遭遇しても大丈夫だと思っており、ダーク達が二つの部隊に同行するという話を聞いて安心の笑みを浮かべている。パージュはダークとアリシアを腕を組みながら黙って見ていた。
昨夜のアリシア達の戦いを見てパージュはリダムスの言っていた事が本当だったと知り、アリシア達が先遣隊を倒した事を信じた。だから顔にこそ出さないが、心の中ではダーク達が自分達に同行してくれる事を喜んでいる。パージュは周りに自分が喜んでいる事を気付かれないように注意しながらダーク達を見ていた。
「私とアリシアのどちらがどちらの部隊に同行するかはまだ決めていません。それはジェーブルの町から増援が到着した時に決めようと思っています」
「分かりました。こちらも増援が到着していない状態では細かい部隊編成はできません。編成はジェーブルの町の増援が来た時にしましょう」
増援が来ていない状態では部隊の編制はできない。そう判断したリダムスは一度編成の話を後回しにする事にし、バーネストの町へ到着するまでの予定時間、もし敵と戦って負けたらどうするかなどを細かく話し合った。
会議が終わるとダークとアリシアは町長の家を後にしノワール達が待っている宿屋へ向かう。街道を歩きながら二人は昨夜の戦いで壊れた家の修繕や瓦礫などの片づけをしている町の住民やそれを手伝う兵士や冒険者達を見る。住民達はダークとアリシアが近くを通ると軽く頭を下げて挨拶をし、二人も簡単な挨拶を返した。手伝っている兵士達もダークとアリシアの方を見て軽く手を振り挨拶をする。町を解放する前はダークが黒騎士だからという理由で信用していなかった兵士達、でも今ではダークの力を認めて殆どの兵士がダークを信頼している様子だった。
「この町が元通りになるにはどれぐらい掛かるだろうな?」
「さあな。だが、兵士や捕虜であるエルギス教国の者達も修繕作業を手伝う事になっている。そんなに長くは掛からないだろう」
ダークはすぐにグラシードの町が元の姿に戻ると歩きながら話し、隣を歩くアリシアはそれを聞きながら周りを見回し、住民達が早く元の生活に戻れるよう祈る。
アリシアが町の様子を見ているとダークが突然立ち止まる。立ち止まったダークに気づいたアリシアは不思議そうな顔でダークの方を向いた。
「アリシア、ジェーブルの町から増援が来て部隊が編成されたら私達は一度分かれる事になる。それぞれ南の道と西の道を進み、その先にいるエルギス教国軍を倒しながらバーネストの町を目指すのだ。無理はするなよ?」
「フッ、それはお互い様だろう? 貴方こそ神に匹敵する力を持っているからと言って無理はしないでくれ?」
「……フッ、肝に銘じておこう」
アリシアはダークの忠告を聞くと小さく笑いながらダークに忠告を返す。そんな余裕の態度を取るアリシアを見てダークも思わず小さく笑った。
「アリシア、君には幾つか私が持っているマジックアイテムを渡しておく。何かあったらそれを使って対処してくれ」
「ありがとう、助かる」
「あと、ノワールも君に同行させるからアイテムの事で分からない事があればアイツに訊くといい」
「分かった」
ダークは別行動を取ったアリシア達に何か起きた時の事を想定しLMFのマジックアイテムを渡す事とノワールを同行させる事をアリシアに話し、アリシアは貴重なマジックアイテムを分けてくれるダークに微笑みながら感謝した。それからダークとアリシアはレジーナ達をどちらに同行させるかなどを話しながらノワール達の待つ宿屋へ戻って行く。
グラシードの町を解放してから二日後、ようやくジェーブルの町からセルメティア王国軍が到着した。幸いこの二日間、エルギス教国軍が攻めて来る事も無く、町には被害は出なかった。
ジェーブルの町から来た部隊の兵力は千二百程でダーク達は部隊を連れてきた隊長の騎士と会い、ボッシュからの指令を聞く。その内容はやはり予想した通り、グラシードの町を出て次の町へ向かい、町を制圧しているエルギス教国軍を倒し町を解放しながらバーネストの町を目指せというものだった。
ダーク達は予想通りの指令が来た事にやっぱりな、という様な反応を見せるが、予想がついていた為、そんなに驚く事はなかった。リダムスは到着した部隊の人数などを確認するとダーク達と部隊編成の話し合いを始める。今グラシードの町には町を解放する時に連れてきた八百の兵士がいた。しかし、解放作戦の時に大勢の兵士が怪我をしたり死亡したりしている為、少し人数が少ない。その兵士達と今回到着した部隊、合計二千程の兵士とダーク達を二つに分けて南と西へ向かわせる部隊を編成する。
編成の結果、リダムスは南へ向かう部隊の指揮官となり、彼の部隊にダーク、ジェイク、マティーリアが同行する事とが決まる。そしてパージュが西へ向かう部隊の指揮官となり、アリシア、ノワール、レジーナが彼女の部隊に同行する事となった。両方の部隊はそれぞれ千人の戦力で編成されており、小さな敵部隊なら簡単に蹴散らせる位のものだ。
部隊の編成が済むとリダムス達は兵士達を集めてバーネストの町を目指す事や道中の町を解放する事など細かい事を説明する。リダムスの説明を聞いた兵士達はエルギス教国軍に制圧された町を取り戻す為、エルギス教国軍をこの国から追い出す為に闘志を燃やしながら一斉に声を上げるのだった。兵士達の士気が高まったのを確認したリダムスは明日の朝に全軍で出撃する事を兵士達に伝える。
翌日の早朝、太陽が昇って間もない頃、二つの部隊はそれぞれ南門と西門の前にある広場に集まって出撃の時を待っていた。別の町を解放する大勢の兵士達の姿を町の住民、町の防衛に就く兵士、そして冒険者達が驚いた様子で見ている。
二つの門がある位置からちょうど真ん中にある街道にダーク達の姿があった。南の部隊に同行するダークの後ろにはジェイクとマティーリアが立っており、西の部隊に同行するアリシアの肩にはノワールが乗っており、隣にはレジーナが立っている。しばらく会えない仲間達を見ながらダーク達は最後の挨拶をした。
「今日からしばらくの間、別行動だな」
「お互いに無理をしないよう気を付けよう」
「ああ……ノワール、しっかりアリシアのサポートをしろ?」
「ハイ。マスターもお気を付けて」
心配するノワールを見てダークは頷く。アリシアは二人の会話を何も言わずに見ていた。
「レジーナ、あまり姉貴とノワールに迷惑を掛けんなよ?」
「失礼ね、そんな事しないわよ! アンタ達こそ、ダーク兄さんの足を引っ張らないようにしなさいよね?」
「お主と一緒にするな」
ダーク達が挨拶をしている時、レジーナ達もお互いに最後の挨拶をしている。だがこちらの挨拶はダーク達とは違いお互いを小馬鹿にしている様な挨拶だ。馬鹿にし合う様な会話ではあるか、心の中ではお互いに仲間の無事を願っていた。
挨拶が済むと出発の時間が近づき、ダーク達は自分達の部隊がいる門の方へ戻って行く。お互いに背を向けながら歩き、ダーク達は仲間達の下へ向かう。そしてダーク達が部隊と合流すると、二つの部隊はバーネストの町を目指す為にグラシードの町を出発した。
――――――
セルメティア王国の首都、アルメニス。最前線の南部と違い、とても平和で穏やかな雰囲気に包まれている。首都にいる住民達は南部で起きている戦いの激しさが分からないくらい平和な日常を過ごしていた。
王城の会議室では国王マクルダムや調和騎士団管理者であるマーディング、主席魔導士ザムザス、王子のロイク、そして数人の貴族が集まりエルギス教国軍との戦いについての会議を行っていた。会議室の隅では衛兵達が槍を持って待機している。
「グラシードが解放された事で我が軍の士気は上昇し、エルギス教国軍を徐々に押し戻しています。各地で奮闘している我が軍の部隊も次々と戦いに勝利し、バーネストへ向かって進軍しているとの事です」
「そうか、これもダーク達のおかげという訳だな」
貴族からの報告を聞いてマクルダムは目を閉じながら呟く。その表情にはどこか安心した様子が見られた。マーディングやザムザスもダーク達の活躍に小さな笑みを浮かべ、ロイクや他の貴族達も少し驚いた様子で貴族の話を聞いている。
グラシードの町が解放されてからすでに一週間が経っており、セルメティア王国軍はグラシードの町の周りにいるエルギス教国軍を次々に倒していった。セルメティア南部での戦いに連勝している事で他の場所で戦っているセルメティア王国軍の兵士達も士気が高まっているという報告が入って来ている。その事にマクルダム達も歓喜の表情を浮かべた。
最初、グラシードの町をダーク達が解放したという報告を受けた時、マクルダムやダークの力を信用していなかった貴族達はとても驚いていた。マーディングとザムザスはダーク達ならやってくれると思っていたのか、報告を聞いても殆ど驚かずにグラシードの町の解放を喜んだ。それからダークのレベルが60である事や特殊なマジックアイテムを使って六百人のエルギス教国軍に勝利した事を聞き、マクルダム達は驚きのあまり言葉を失う。この報告にはマーディングとザムザスも流石に驚いたらしく目を丸くしていた。
「僅か数人で六百近くのエルギス教国軍に勝利したのを聞いた時は正直、驚きました」
「あの者から未知のマジックアイテムを持っていると聞いてはいたが、まさか六百の敵を倒すほどのマジックアイテムまであるとは思わなかった」
「ええ……」
マクルダムの言葉にマーディングは静かな声で返事をする。二人はダークがマジックアイテムを使ってエルギス教国軍に勝利したのだと完全に思い込んでいる。そのおかげでダークが神に匹敵する力を使いエルギス教国軍に勝利したという事も気付かれずに済んだ。ダークにとってはマジックアイテムの存在が明るみになるよりも自分のレベルがバレる事の方が問題だった。
「しかし不思議ですね……」
「何がじゃ?」
突然不思議そうな顔をするマーディングを見てザムザスが尋ねる。
「今まで頑なにレベルを教える事を拒んで来たダーク殿がどうして素直にレベルを教えたのでしょうか?」
「……報告では司令官であるアトラスタに信用してもらう為にレベルを教えた、と聞いておるが?」
「ええ、私もそれは聞いております。ですが、ダーク殿のレベルは人間の限界であるレベル60だったのです。人間であれば到達してもおかしくないレベルなのにどうしてそれを隠していたのかが分からないのです」
見られても困らないレベルなのにスフィアを見せず、細かい情報を教えなかった。マーディングはダークがなぜそんな事をしたのか分からずに難しい顔をする。マクルダムとザムザスも不思議に思い考え込む。
「冒険者が持つスフィアにはその冒険者のレベル以外にも個人情報が記録されている。黒騎士であるダーク殿はきっと人に知られたくない過去を持っておられるのだろう。だからレベルなどの個人的な事を教えたくなかったのではないか?」
マクルダム達が考え込んでいると話を聞いていたロイクが口を開いた。マクルダム達はロイクの言葉を聞いて一斉に彼の方を向く。マクルダム達はダークが何処かの国の王族に仕え、忠誠心を失って黒騎士に堕ちた騎士だと思っている。だから過去に仕えていた王族の事を知られたくなくて何者なのか、そしてどれ程のレベルなのかを隠していたというロイクの意見を聞いて一理あると考えた。
誰にだって人に知られたくない過去の一つや二つはある。それを考えるとダークにレベルや個人情報などを聞いていた自分達が恥ずかしく感じられた。マクルダムはこれ以上ダークが何者でどうしてレベルを隠していたのかと考えるのはやめようと考え話を終わらせる事にする。
ダークの話が終わるとマクルダム達は現在の戦況についての話に戻る。貴族達はそれぞれ自分達が持つ情報を会議に参加している者達に説明していった。すると、会議室の入口である二枚扉が開き、一人の騎士が少し慌てた様子で入室して来た。
「失礼します」
「どうした、会議中だぞ?」
「申し訳ありません。最前線からまた新たに勝利の報告が入りましたのでご報告をと思いまして……」
「何?」
最前線の戦いで進展があったと聞いたマクルダムは驚きの反応を見せる。マーディング達も報告の内容が気になり全員が黙って騎士の方を向く。
騎士はマクルダム達が自分に視線を向けているのを見ると少し驚いた様子を見せるがすぐに真面目な顔になり持っている羊皮紙を広げて内容をマクルダム達に話し始めた。
「バーネストへ向かって進攻をしている前線部隊は四日前にバーネストの北東にあるテラームを解放したとの事です」
「テラーム、あの町にはかなりの兵力のエルギス教国軍が駐留していると聞きましたが、あの町まで解放してしまうとは……」
マーディングは以前聞いたテラームの町にいるエルギス教国軍の戦力を思い出す。敵の戦力から攻略するのはかなり苦労すると思っていたが、前線部隊がその敵部隊を倒してテラームの町を解放した事に驚く。マクルダム達もセルメティア王国軍の勝利を聞き喜びの表情を浮かべていた。
喜ぶマクルダム達を見ていた騎士は羊皮紙に視線を戻して報告を続ける。
「あと、そのテラームの解放作戦が行われている時とほぼ同時刻にバーネストの西北西にあるズーの町の解放作戦も行われていたようです。こちらも我が軍が勝利しております」
「ほほぉ、ズーの町をも解放するとは、数週間前まで敵に押されていたのが嘘のようじゃな」
もう一つ別の町も解放された事を聞いたザムザスは長い髭を整えながら小さく笑った。
マクルダムとマーディングは勝利を喜ぶザムザス達を見ながらダークの事を考えていた。彼に依頼をした日からセルメティア王国軍の勝利が続いている。二人はダークと彼の仲間達が最前線で活躍し、セルメティア王国軍を勝利に導いているのだと思っていた。
「しかし、妙ですね……」
マクルダム達が喜んでいると、ロイクがある事に気付き小さく俯いて考え込む。ロイクの声を聞いたマクルダム達は喜ぶのをやめてロイクの方を向いた。
「どうした、ロイク。何か気になる事があるのか?」
「ハイ、父上……現在の我が軍の前線部隊の戦力は千五百から二千の間だと聞いております。先程の報告で前線部隊はテラームの町とズーの町を同時に解放したと聞きました。それは前線部隊の戦力を二つに分けて進軍しているという事になります。という事は片方の兵力は千以下という事です」
「ウム、そうなるな」
「エルギス教国軍は各町や村にかなりの戦力を駐留させているはずです。連続で戦闘が行われば負傷する者や戦死する者も出て来るでしょう。つまり、前線部隊の戦力も低下して来るという事です。そんな状態で彼等はどうやってエルギス教国軍と戦い、勝利したのかと思いまして……」
ロイクの話を聞いたマクルダム達は一斉の反応し、言われてみればと言いたそうな表情を浮かべた。
最前線で戦う部隊に未知のマジックアイテムを持ち、英雄級の実量を持つダークがいるとしても、戦いを続ければ部隊の戦力が低下して徐々に戦いづらくなるだろう。にもかかわらず、これまでの報告で前線部隊は数日の間に多くの戦いに勝利したという報告が入って来た。しかも前線部隊は殆ど補給をしていないと聞いている。そんな状態で戦いを続けて勝利する事がロイクは不思議だったのだ。
「……おい、前線部隊がどのように戦い、どれ程の戦力で戦ったのかというのは報告に無いのか?」
マクルダムが報告に来た騎士に戦闘の詳しい内容がないか尋ねる。騎士は少し慌てながら自分が持っている羊皮紙の内容を確認していく。持っている羊皮紙は二枚あり、最初に読み上げた一枚に書かれていないのを確認すると騎士は二枚目の羊皮紙の内容を確認する。すると、羊皮紙を黙読していた騎士がある一文を見た直後に目を見開き驚きの反応を見せた。
「こ、これは……」
「ん? どうした?」
騎士の反応を見たマクルダムが声を掛ける。羊皮紙を見つめていた騎士はゆっくりと顔を上げて驚きの表情のままマクルダムの方を向く。
「……テラームでの戦いはエルギス教国軍の戦力が約千、我が軍が九百程と兵力が劣る状態で行われたそうなのですが、我が軍が敵兵の半分以上を倒し勝利したと書かれてあります。町の解放に掛かった時間は約三時間程だと……」
「な、何だと!?」
テラームの町の戦いの結果を聞いてマクルダムは驚きのあまり立ち上がる。マーディングやロイク、ザムザスに他の貴族達、部屋にいる衛兵達も驚きを隠せず、目を見開きながら騎士を見ていた。
戦力が勝ってしかも守りの状態に入っている敵を僅か三時間、しかも少ない戦力で倒し勝利したと聞けば驚かない方がおかしい。この世界の常識ではあり得ない出来事にマクルダム達は言葉が出て来なかった。
貴族達の中には報告に間違いがあるのでは、と考えている者もいたが、国の存亡を賭けた重要な戦いで嘘やでまかせを報告して来るとは思えないと考え、貴族達は報告書の内容が本当なのだと感じる。騎士は驚くマクルダム達を見て目を丸くしていた。だがすぐに気持ちを切り替えて報告を続ける。
「ち、因みにテラームの戦闘で出た被害はエルギス教国軍に約七百の死傷者、我が軍に二百程が出たそうです」
「勝利しただけでなく、被害も敵より遥かに少ないとは……一体どんな戦い方をすればそんな結果になる?」
「報告書には部隊に同行していた黒騎士の冒険者が見た事の無いマジックアイテムを使ってモンスターを召喚して敵を攻撃させたり、強力なポーションを使って重傷を負った兵士達の傷を癒したりなどして我が軍の士気を高めて敵を圧倒した、と書いてあります」
報告を聞いたマクルダムはあまりにも驚きの内容が続くあまり、呆然としながら椅子に座り込む。マーディング、ロイク、ザムザスの三人もポカーンとしており、貴族達は信じられない報告内容に混乱しているのかざわつきだす。
ダークが未知のマジックアイテムを持ち、それを使ってエルギス教国軍を圧倒したという事は予想していた。だがそのマジックアイテムの中にモンスターを召喚して操ったり、重傷を治せるほどの効力を持つポーションがあるとは思わなかったのだろう。マクルダム達は別の意味で緊張していた。
「最上級魔法を封印するマジックアイテムを所有している事からダーク殿がただの黒騎士でない事は分かっていましたが、まさかモンスターを召喚する様なアイテムまで所有しているとは……」
「……少しばかり、彼の見方を変えた方がいいかもしれませんな?」
「ですな、同時に彼を敵に回さないように注意する必要もある」
マーディングがダークの持っているアイテムの事で驚いている横では貴族達はダークを警戒する様な事を言っている。
今日まで国の為に尽くし、今でも最前線で戦っているダークを危険人物のような目で見る貴族達にマーディングは少し不快な気分になった。だが、自分もセルメティア王国の貴族、国にとって危険な存在から国を守る義務がある。調和騎士団の管理者という立場からマーディングは貴族達の考えの全てを否定する事はできない。だがそれでも、ダークが自分達に危害を加えるような事はしないという信じる心の方が強かった。
「そこまでにせよ……」
貴族達がダークを注意するべきだと話しているとマクルダムが真剣な表情を浮かべながら貴族達に声を掛ける。さっきまで驚くあまり呆然としていたが少し気持ちが落ち着いたようだ。
「例え未知のアイテムを持っていようと、今ダークが我が国の為に戦っている事は紛れもない事実だ。あの男が何者なのかよりも、戦争の事を考えよ」
マクルダムの言葉に貴族達は黙り軽く頭を下げる。マーディングもマクルダムを見ながら同じように頭を下げた。
話が戻り、マクルダムは騎士の方を向いて報告を続けよと目で合図を送る。騎士はハッとしながら再び羊皮紙に視線を向けた。
「テラームの戦闘に関しての報告は以上です。もう片方のズーの町の戦闘についてですか……こ、こちらもテラームでの戦闘と殆ど同じ結果のようです……」
「……つまり、少ない戦力で敵が制圧している町を短時間で解放したという事か?」
「ハ、ハイ、ここにはそう書いてあります……」
ズーの町での戦闘もテラームの町と同じ結果になっている事にマクルダム達は表情を鋭くする。先程の報告でかなり驚いたせいか、今度はあまり驚きを顔に出さなかった。
「こちらの部隊には調和騎士団に所属しているアリシア・ファンリードと冒険者ダークの仲間と思われる女の盗賊が同行しており、ファンリードも未知のアイテムを使ってモンスターを召喚し、エルギス教国軍と戦わせていたと書かれてあります」
「アリシアさんが未知のアイテムを?」
「恐らく、ダーク殿が持っていたアイテムを譲り受けたのじゃろう」
「成る程……」
ザムザスの言葉にマーディングは納得する。グラシードの町からバーネストの町へ行ける二つの道をモンスターを連れたセルメティア王国軍は進軍していく。今の状態ならすぐにでも敵の侵攻拠点であるバーネストの町へ辿り着けるだろと会議に参加している者全員が考えていた。
騎士からの報告を聞き終えるとマクルダム達はすぐに今後の戦いについて話し合いを始める。その内容はダークとその仲間達を中心とした内容だった。
その後もセルメティア王国軍は大国であるエルギス教国の軍勢に連勝し制圧された町や村を解放しながら敵軍を押し返していく。その筆頭となっているのは未知のアイテムを持ち、無類の強さを持つ黒騎士と聖騎士、ダークとアリシアだった。戦いに敗れ、生き残ったエルギス教国の兵士達はそんな二人の姿を見て恐怖する。そして、戦いの中でダークとアリシアはいつしかエルギス教国軍からこう呼ばれるようになった。
セルメティアの黒い死神、白い魔女と。
――――――
空が殆ど見えない曇り空、その下に左右を広い森で挟まれたジェーブルの町よりも広い大都市がある。この町こそがセルメティア王国とエルギス教国の国境の最も近くにあり、現在エルギス教国軍がセルメティア王国侵攻の本拠点としている町、バーネストだった。
バーネストの町にはグラシードの町などがある北へ行く為の北門と国境へ行く為の南門がある。その二つの門の内、北門は南門と比べ物にならないくらい強固な護りだ。敵が攻めて来る可能性がある為、南門よりも防御力があるのは当然と言えるが、その北門に配備されている守備隊の人数は多すぎると言ってもいい位のものだった。この事からバーネストの町にいるエルギス教国軍の指揮官、つまり侵攻部隊の司令官はかなりの臆病な性格と言える。
町の中心にある大きな屋敷の一室では一人の若い貴族風の男が落ち着かない様子で歩き回っている。外見は二十代半ばくらいで肩まである長さの金髪をしており、白、赤、金の三つの色を持つ高貴な服を着ていた。彼の前には三人の騎士が並んで立っており、落ち着かない男を見つめている。部屋の状況からしてその若い貴族風の男がエルギス教国軍の司令官のようだ。
「どうなっているのだ! なぜこうも連続で我が軍が敗北している!?」
「で、殿下、落ち着いてください」
「うるさい、黙れ!」
男は宥めようとする騎士に向かって怒号を上げる。そんな男に騎士達は複雑そうな顔で黙り込んだ。
騎士に殿下と呼ばれる司令官の男、彼の名はエバルド・ザーム・イスファンドル、エルギス教国の第二王子にしてセルメティア王国侵攻部隊の司令官を務める男だ。
エバルドは最近になってエルギス教国軍がセルメティア王国軍に連敗し、少しずつ自分がいるバーネストの町へ近づいて来ている事に危機感を抱いていた。その為、何かいい案がないか歩き回って考えていたのだ。
「クソォ~、何で俺が小国の軍相手にこんなに悩まなくてはならんのだ!」
「殿下、先程からずっと歩き回っておられます。一度お休みになられては……」
「うるさい! だったらお前達も考えろ。王族である俺ばかりに考えさせて、こういうのは普通お前達がやるんだろうが!」
「す、すみません!」
再び怒鳴り声を上げるエバルドに騎士は謝罪し、セルメティア王国軍を押し返す作戦を考える。他の騎士達も一緒になって考え始め、そんな騎士達の姿を見たエバルドは小さく舌打ちをした。
エバルドは王族としてそれなりの実力を持っており、軍を動かす才能もあるのだが、権威を振りかざし、常に己の名誉の事を優先に考えている。民の前では猫を被っており、兵士や貴族など彼の本性を知る者達からの評判は悪く、今彼の前にいる騎士達もエバルドの横暴な態度と発言にいつも振り回されており困り果てていた。
「セルメティアの犬どもめぇ! 最初はろくな抵抗もできずに押されていたのに、なぜいきなり我が軍を押し返して来た? 奴等の中に特別な力を持つ者がいるのか?」
「殿下、その事なのですが、例のとんでもない力を持つ黒騎士と聖騎士が原因ではないでしょうか?」
「例のセルメティアの死神と魔女と呼ばれている二人か? フン、馬鹿馬鹿しい! 噂ではモンスターを操って我が軍を圧倒しているらしいが、そんな事が人間にできるはずがない。そもそも、我が国にすらできない事が小国の犬どもにできるはずがないだろう」
「しかし、戦いに敗れて逃げ延びた者達はその目でモンスターを従えるセルメティア王国の者達を見たと言っております」
「無様に敗北したからくだらない言い訳をしているのだろう。そんな嘘にいちいち耳を貸すな」
セルメティア王国軍と戦い、逃げ延びた兵士達の報告を全く信じないエバルドは低い声を出しながら騎士に言い放つ。騎士はそんなエバルドを見ながら困った様な表情を浮かべる。
騎士達は報告してきた兵士達が嘘をついているようには思えなかったのだ。もし兵士達の言っている事が本当なら今まで押されていたセルメティア王国軍がエルギス教国軍を押し返しているのも納得できる。騎士達はセルメティア王国軍がモンスターを従えている事を考えながら今後の対策について考えた。
「フフフフ、随分追い込まれているみたいですねぇ、殿下?」
何処からか聞こえて来る陽気な男の声を聞き、エバルドと騎士達は声の聞こえた方を向く。彼等の視線の先には出入口の扉を開けてニヤニヤと笑う一人の騎士が立っていた。年齢は二十代後半ぐらいの男で茶色いスパイキーヘアの様な髪型をしており、白い服の上に銀色の鎧を身に付け、エルギス教国の紋章の入った赤いマントを羽織っている。そして腰には二本の短剣が納められていた。
不敵な笑みを浮かべるその騎士は笑いながら部屋に入りエバルド達の方へ歩いて行く。エバルドは歩いて来る騎士をジッと睨みつけた。
「他人事のような言い方だな、ガムジェス?」
騎士をガムジェスと呼びながらエバルドは苛立ちの籠った声を出す。そんなエバルドを見ながらガムジェスは笑いながら頷く。
「ええ、そうですよ? 作戦を考え、軍を動かすのは司令官である貴方です。我々は司令官である貴方の指示に従って動くだけですから」
「部下なら俺が困っている時に知恵を貸すのが普通なんじゃないのか?」
「勘違いしないでいただきたい。私と神殿騎士団は教皇陛下からこの侵攻拠点の防衛を命じられているんです。セルメティアへの侵攻に関しては手を貸さなくてもよいと陛下から言われています」
「な、何だと?」
教皇から手を貸す必要は無いと言われている、というガムジェスの言葉にエバルドは耳を疑う。そんな驚くエバルドをガムジェスは笑ったまま見ていた。
ガムジェスが言っていた神殿騎士団とはエルギス教国軍の中で最強と言われている精鋭騎士団の事である。団員のほぼ全員がテンプルナイト、つまり神殿騎士と言う職業で、エルギス教国軍の中でも特に優れた騎士によって構成されており、武器も剣や槍など様々な物が扱え、更に一部の団員は下級魔法を使う事もできるのだ。まさにエルギス教国の切り札とも言える戦力である。
「ワーグス殿、このままではセルメティア王国軍をこのバーネストまで近づけるのを許してしまう事になります。貴方が町の防衛を陛下から命じられているのであれば、セルメティア王国軍がバーネストに近づく前に押し返す方法を一緒に考えてもらいたい」
「……ハッ、さっきも言っただろう? 私の任務は町の防衛、敵がバーネストに攻撃を仕掛けてきた時が私の仕事だ。近づいて来ていないのであれば手を貸す必要もない」
説得する騎士にガムジェスは鼻で笑いながら言い返す。そんなガムジェスをエバルドは握り拳を震わせながら睨みつけていた。
(ガムジェスめぇ、六星騎士だからと言って調子に乗りおってぇ!)
協力的でないガムジェスの態度にエバルドは心の中で怒りを声を上げた。
六星騎士とはエルギス教国教皇直属の戦士である六人のエリート騎士の名称である。厄介な事件が起きれば神殿騎士団を従えて現地へ向かい事件を解決したりするのが主な仕事だ。六人全員が英雄級の実力者でエバルドの前にいる男、ガムジェス・ワーグスもその一人である。
苛立ちを感じさせる笑みを受けべるガムジェスを見てエバルドが険しい顔を浮かべていると、部屋に一人の騎士が入って来た。
「報告します! 町の北側、約1km先にセルメティア王国軍と思われる一団を確認しました」
「何!?」
騎士の報告を聞いたエバルドは驚きながら聞き返す。騎士達も一斉に報告に来た兵士達の方を向き、緊迫した表情を浮かべた。ただ一人、ガムジェスだけは少し意外そうな顔をしており、やがてニッと不敵な笑みを浮かべる。まるでセルメティア王国軍がバーネストの町まで辿り着いた事を楽しみにしていたかのような顔だった。
エバルド達が報告を聞いて驚ている時、バーネストの町の北側、1km離れた所にある草原ではセルメティア王国軍が戦いに備えて陣形を整えていた。人数は約千五百で馬に乗った騎士達が兵士達に指示を出している。その中にはリダムスとパージュの姿もあった。そして、兵士達の後方には多くのモンスター達が大人しく兵士達の様子を見ている。そのモンスター達の前ではダーク達が遠くに見えるバーネストの町の様子を伺う姿があった。