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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第八章~小国の死神~
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第八十四話  グラシード解放作戦


 ボッシュ達が亜人達を連れて駐留地を去った後、ダーク達はテントに集まりグラシードの町について調べた。町を解放するにしても、町がどんな構造でどれ程の住民がいるのかなどを知っておく必要がある。ダーク達は作戦を成功させる為にグラシードの町の事を細かく確認した。

 重要書類を見つけたテントの中でダークはアリシア達と共に机を囲みながら机の上に置かれてある一枚の地図を見ている。それはグラシードの町の全体図が描かれた物だった。これはボッシュが駐留地を去る際にダークにリダムス達が戻るまでに町の構造を把握しておくようにと言って渡した物だ。現在グラシードの町はエルギス教国軍に制圧されているが元はセルメティア王国の町、町の全体図は簡単に手に入った。

 ダーク達は町の全体図を見ながら何処に門があり、町の何処にどんな建物があるのかを調べる。ジェーブルの町と比べるとグラシードの町は小さいが、それでも広く色んな建物があった。


「……町への入口は全部で三つか」

「ああ、この三つの門以外に町へ入る入口は無い」


 全体図を見たダークが町の入口である門の位置を確認し、アリシアも真剣な表情を全体図を見ながら説明する。ノワールやレジーナ達も黙って全体図を見下ろしていた。

 グラシードの町に入る為の門は北、西、南に一つずつ存在する。東には広い森がある為、門は無い。つまり外から町に入るのはこの三つの門のどれかを通るしかないという事だ。グラシードの町を解放する時には北、西、南のどの方角から攻撃を仕掛けるかが重要になって来る。


「グラシードの町の周辺にある町や村で唯一制圧されていないのはジェーブルの町だ。敵はジェーブルの町がある北側から敵が攻めて来る事を予想し、北門の守りを最も堅くしているだろう」

「やはり貴方もそう思うか……」

「となると、西門か南門のどちらかを狙って攻撃した方がいいって事だな?」


 全体図を見たジェイクが北門よりも守りが薄いと思われる西側か南側にある門のどちらかを攻撃した方が攻略しやすいと考える。レジーナとマティーリアも同じ考えなのか全体図を見ながらうんうんと頷いた。


「いや、北門と西門のどちらかだ」

「え?」


 攻撃目標は北門と西門のどちらかしかないとアリシアが言い、それを聞いたジェイクはアリシアの方を向いて声を漏らす。レジーナとマティーリアも意外そうな顔でアリシアを見た。


「どうしてなんだ?」

「町の南西には大きな岩山がある。その岩山は非常に険しく、人間では越える事はできない。西側から南側に行くには一度町に入って南門を通らないといけないんだ。つまり町の外から南側にはいけないという事だ」

「そ、そうなのか……」


 アリシアの説明を聞き、町の西側から南側に回り込む事ができないと知ったジェイクは驚きの顔を見せた。


「北側と西側の間には何も無いから西側に回り込んで攻撃を仕掛けたり、北側と西側の二つから同時に攻撃を仕掛ける事が可能だ……だが敵も私達が北と西から攻撃して来ると考えて北門と西門の二つの守りを堅くしているかもしれない」

「まぁ、普通ならそう考えるじゃろうな」

「それじゃあ、どうやって町を攻略するの?」


 グラシードの町を解放するのが思った以上に困難な状況にアリシア達は難しい顔を浮かべた。

 一つの門に戦力を集中させて攻撃すればエルギス教国軍も同じように戦力を集中させて守りを強化するだろう。二つの門を同時に攻撃すれば敵の守りの戦力も分散させる事ができる。だがセルメティア王国軍の戦力も二つに分ける事になる為、門の突破が難しくなる。どちらを選んでもグラシードの町を解放するのは難しい状況だった。

 アリシア達が考え込んでいるとダークは町の全体図を手に取り黙って見つめる。しばらく眺めると全体図を机の上に軽く捨てる様に戻した。


「いずれにせよ、その事はリダムス殿達が来てから話し合おう。どんな作戦にするか、私達が勝手に決めていい事ではない」

「まぁ、確かにな……」


 どんな作戦でグラシードの町を制圧するかは部隊の指揮官が決める事だと言って難しく考えるのをやめるダーク。アリシアもダークの言っている事に一理あると感じたのか机に軽くもたれながら小さく息を吐く。ずっと作戦を考えていた為かアリシアの表情には少し疲れが見えた。


「……それにしても遅いわねぇ。一体いつになったら来るのかしら?」


 レジーナがいつまで経っても来ないセルメティア王国軍の部隊に少し不機嫌そうな声を出す。既にボッシュ達が駐留地を去ってから二時間以上経っている。二時間以上も駐留地で待たされている事にレジーナはイライラいしていた。

 そんなイライラしているレジーナを見たマティーリアは呆れた様な顔で溜め息をつきながら机の上に座る。


「町から平原までは片道で一時間近く掛かる。此処を出発して町へ戻り、部隊の準備をして再び町を出て此処に向かうとなれば二時間近くは必ず掛かる。少しは我慢せんか」

「我慢にも限界があるわよ! リダムスが町へ行って戻って来る時にも二時間近く待たされたし、一体何時間あたし達をこの駐留地にいさせるつもりなのよ、全くもう!」

「やれやれ……」


 機嫌の悪いレジーナの態度を見てマティーリアは首を左右に振る。アリシアとジェイクも仕方がないな、と言いたそうな呆れ顔でレジーナを見ていた。しかし、数時間も同じ場所に留まっていれば苛立つのも仕方がない。ダークとノワールはレジーナの気持ちが分かるのか注意する事無く黙って彼女を見ている。

 イライラしているレジーナを見ていると、テントの外から馬の鳴き声が聞こえ、それを聞いたダーク達はテントの外の方を向いた。


「ダーク殿! 皆さん! 遅くなりましたぁ!」


 テントの外からリダムスの声が聞こえる。どうやら町へ戻ったリダムスが部隊を連れて戻ってきたようだ。


「リダムス殿だ……」

「やっと来たわねぇ! まったく遅すぎるのよ」


 ようやく戻って来たリダムス達にレジーナは力の入った声を出す。アリシアはそんなレジーナに小さく溜め息をついた。


「……よし、それじゃあ行くか」


 ダークはリダムス達に会いにテントから出て行く。アリシア達もその後に続きテントの外へ出た。そんな中でレジーナはようやく駐留地の外に出られてると嬉しそうな表情を浮かべながら歩く。ジェイクとマティーリアはコロコロ変わるレジーナの表情に肩をすくめた。

 外に出ると、ダーク達の目の前にはセルメティア王国軍の兵士達の姿があった。剣や槍、弓矢を持つ兵士や馬に乗る騎士が大勢おり、その中には杖を持つ魔法使い達の姿もある。八百人の戦力がダーク達の前に並んで立っており、その姿にダーク達は驚く。ただ、六百人のエルギス教国の兵士達がいた駐留地に八百人の兵士達が入るとキツイのか、大勢の兵士達が少し窮屈そうな顔をしていた。

 部隊の先頭には馬に乗るリダムスともう一人、馬に乗った若い女騎士の姿があった。赤い長髪に銀色の鎧を着て白いマントを羽織った二十代半ばほどの女騎士だ。

 その女騎士の姿にダーク達は見覚えがあった。リダムスと同じでアルティナの誕生日パーティーで一度会った事がある。セルメティア王国直轄騎士団の一つ、赤薔薇あかばら隊の隊長、パージュ・ローズナインだ。

 リダムスとパージュは馬を降りてダーク達の下へ移動し、軽く頭を下げて挨拶をする。そんな二人にダークも挨拶を返した。


「お待たせしました。部隊の編成に少々手間取ってしまいまして……」

「いいえ、気にしないでください。グラシードの町を解放する重要な作戦なのです。時間を掛けて編成するのは当然ですから」


 ダークの言葉にリダムスは苦笑いを浮かべる。何時間も待たせたのに嫌そうな態度を一切見せないダークにリダムスは敬服した。するとそこへパージュが近づいて来てダークに挨拶をする。


赤薔薇あかばら隊の隊長、パージュ・ローズナインだ。今回のグラシード解放作戦で共に戦う事になった。よろしく頼む」

「暗黒騎士ダークです。隣にいるのが調和騎士団のアリシア・ファンリード、後ろにいるのが私達の仲間であるノワール、ジェイク、レジーナ、マティーリアです」


 挨拶をするパージュに挨拶を返してアリシア達の事を紹介するダーク。アリシア達もパージュに軽く頭を下げて挨拶をした。

 パージュはダーク達を真剣な顔で見つめていた。部隊編成の時、パージュはボッシュとリダムスからダーク達が六百人の先遣隊を数人で壊滅状態に追い込んだと事、そして彼等と共にグラシードの町を解放すると聞かされて驚く。しかし同時に王女であるコレットを救った冒険者がどんな人物なのかこの目で見るいい機会だと思い、文句を言う事無く作戦に参加したのだ。

 だが、ダーク達がエルギス教国軍の先遣隊に数人で勝った事がどうしても信じられなかった。リダムスは本当だと話すがそれでも自分の目で見ない限りは信じられない。その為、パージュは今回の作戦でダーク達と共闘する時にその実力も確かめようと考えていた。


「……ダーク殿、本当に貴方がたは数人でエルギス教国軍の先遣隊に勝利したのか?」

「……ええ」

「失礼な事を言うようだが、私はそれを信じていない。リダムスは本当だと言ってはいるが、直接貴方がたの戦う姿を見ない事には信じられないのだ」

「おい、パージュ」


 リダムスはパージュの方を向き彼女を注意しようとする。するとダークはリダムスに手を向けて彼の注意を止めた。


「確かに、普通では考えられない事ですから信じられないのも当然と言えるでしょう。ですが、私達は嘘はついていません……まぁ、敵を倒す為にマジックアイテムなどで体を強化はしましたけどね」

「それでも貴方とファンリード殿の二人だけで大勢の敵を倒したというのは信じられないのだ」

「……では、今回の作戦で私達の力を確かめてください。ついでに私が所有する特殊なマジックアイテムも幾つかお見せしますよ」


 強気な態度で話すダークにリダムスとパージュは驚く。同時に彼が言った特殊なマジックアイテムという物にも興味を湧かせる。それから簡単にグラシードの町までの道のりと駐留地に残っている物資を確認して駐留地を出発した。

 先頭を馬に乗って進むリダムスとパージュの後ろを二人の部隊である蒼月そうげつ隊と赤薔薇あかばら隊の騎士達が続き、その後ろをダーク達が馬に乗ってついて行く。そしてダーク達の後ろを残りの兵士達が並んでついてついて行き、ダーク達は目的地であるグラシードの町へ向かった。


――――――


 駐留地を出発してから一時間が経過した。空はオレンジ色になっており、太陽は沈みかかっている。そんな空の下に城壁で囲まれた大きな町があった。その町こそがダーク達が解放を目指しているグラシードの町である。

 グラシードの町から北に4km程行った所に森があり、その森の中に大きな野営地らしき物があった。ダーク達がグラシードの町を解放する為に作った拠点だ。拠点の周りには大勢の兵士や騎士が周辺を警戒しており、拠点の中にはテントが張られ、外では兵士達がグラシード町を解放する準備をしている姿があった。

 拠点にあるテントの一つの中ではダーク達がグラシード解放の為の作戦会議を行っていた。指揮官であるリダムスとパージュに数人の騎士、そしてダークとアリシアが大きな机を囲み、その上に広がっているグラシードの町の全体図、エルギス教国軍の戦力が書かれた羊皮紙などを見下ろしている。


「やはりここは戦力を二つに分けて北門と西門を同時に攻撃するのがいいのではないか?」

「だが、それでは戦力が分散して攻略し難くなる。どちらか一つの門に戦力を集中させた方がいいだろう」


 リダムスとパージュは戦力を分けて二つの門を同時に攻めるか一つの門を集中にして攻めるかで意見が分かれて議論する。ダークとアリシア、そして他の騎士達は黙って二人の話を聞いていた。やはり二人もダーク達と同じように二つの門を攻撃するか、一つの門を攻撃するかという作戦を思いついたらしい。

 ダークとアリシアは自分達が考えていた作戦と同じ作戦をリダムスとパージュが思いつき、どちらかを選んでくれるのであればそれでいいと思っている。しかし心の中ではその二つの以外の作戦を考えて挙げて欲しかったと考えていた。

 なかなか作戦が決まらずにリダムスとパージュは頭を抱える。他の騎士達の意見も聞いたが誰一人いい作戦を挙げなかった。騎士達はリダムスのパージュの考えた二つの内の作戦よりもいい作戦は無いと考えているようだ。


「……ダーク殿、貴方の意見も聞かせてほしい。他にいい作戦はないか?」


 騎士達が誰もいい作戦を挙げず、リダムスはダークに他にいい作戦はないか尋ねる。黙って話を聞いていたダークは小さく俯いて考え込む。と言っても、ダークもリダムスとパージュの挙げた作戦のどちらかがいいと思っており、その二つ以外にいい作戦は無いと考えていた。とりあえずダークは自分がいいと思う作戦を挙げる事にし、顔を上げてリダムス達の方を向く。


「……私は戦力を二つに分けて同時に攻める作戦がいいと思います。戦力を分散すれば確かに門の突破は難しいですが、敵も守りの戦力を二つに分けるので一つの門を集中して攻撃するよりは良いかと」

「そうですか……ファンリード殿はどう思います?」


 今度は隣にいるアリシアの意見を尋ねるリダムス。アリシアも俯いてどちらの作戦がいいかしばらく考え、答えが出ると顔を上げて自分の意見を口にした。


「私も二つの門を同時に攻める作戦がいいと思います」

「分かりました。では、二つの門を同時攻撃するという作戦でグラシードの町に攻撃を仕掛ける事にします」


 作戦が決まり、リダムスと騎士達は真剣な表情を浮かべる。パージュは少し納得できない顔をしているが、多数決で決まった以上はそれに従うしかないと考えたのか反対しなかった。


「作戦決行は今から三時間後、日が沈んだ直後に攻撃を仕掛ける。皆にもそう伝えておいてくれ」

『ハッ!』


 リダムスの指示を聞き、パージュ以外の騎士達が声を揃えて返事をした。作戦が決まると次に北門と西門を攻撃する部隊編成を始める。八百人の部隊をどう分けるか、そしてダーク達をどちらの部隊にいれるかなど、リダムスは難しい顔で話し合う。


「各部隊の人数は四百ずつに分けるとして、増援であるダーク殿達はどちらの部隊に入れるべきか……」

「敵は北からの攻撃を警戒して北門の守りを固めているはずだ。同時攻撃を仕掛けるのなら北側の部隊にダーク達を入れた方がいいのでは?」

「しかし、僅か五人の戦力を入れても大して変わらないのでは?」

「何を言っている。彼等は六百のエルギス教国軍に勝利したのだぞ? 彼等が加わればかなりの戦力になるはずだ」

「……貴殿はあの話を本当に信じておられるのか?」


 騎士達は色んな意見を述べながら部隊編成を進めた。ダークの力を信用する者もいれば疑う者もいる。そんな騎士達の会話を聞いたリダムスはダークとアリシアの方をチラッと見て二人が気分を悪くしていないか気に掛けた。ダークとアリシアは騎士達の会話を気にする様子も無く黙ってリダムス達の話し合いを聞いている。


「皆、少し待て。我々だけで決めないでダーク殿とファンリード殿の意見も聞かないといけないだろう……ダーク殿、ファンリード殿、お二人はどちらの部隊に入る事を望まれる? どちらでも構わないのであれば我々で決めさせてもらうが……」


 リダムスは自分達だけで勝手に決めるのはよくないと考えたのかダークとアリシアはどちらの部隊に入りたいか尋ねた。するとダークは机の上の全体図を黙って見つめる。しばらくして顔を上げたダークはリダムスの方を見て言った。


「……では、私は北門の部隊に、アリシアは西門の部隊に入らせてもらいます。仲間達の方は私とアリシアで決めますので」

「え? 貴方がたも二組に分かれるのですか?」

「ええ、その方が町を攻略しやすいと思っていますので」

「……そうですか。貴方がたがそれでよろしいのでしたら私達はそれで構いません」


 二手に分かれるというダークの言葉を聞いたリダムスは軽く頷いて納得した。リダムスは一度、ダーク達の戦いを目撃している。その時に自分の常識では考えられない力を持つ者がいると知って少しだけ考え方を変えていた。だからダーク達が二手に分かれて戦えばその方が成功率が高くなるのではと感じていたのだ。

 ダーク達が二手に分かれるという話にパージュや他の騎士達は大丈夫か、という様な顔を見せている。彼女達はダーク達がどれ程の力を持っているのか知らない為、数人の戦力が加わっても大して変わりないと感じているようだ。


「ああぁ、それとこの作戦で私が所有している特殊なマジックアイテムを使います」

「特殊なマジックアイテム、駐留地を出発する時に話していたやつですね?」

「ええ、それを使えば更に作戦の成功率が上がるでしょう」


 自分のマジックアイテムを使えば成功率が上がると言うダークにパージュや数人の騎士達は本当か、という疑う様な視線を向けた。だが、リダムスはそのダークの言葉を聞いて彼を信じてみようと感じ、真剣な顔でダークを見つめる。


「……分かりました。では、その時はよろしくお願いします」

「ハイ」


 リダムスはアイテムを使用するタイミングなどをダークに任せ、ダーク達が入る部隊が決まると再び部隊編成の話を始める。パージュ達もダーク達の話が終わると真面目な顔で二つの部隊をどう編成するか話し合う。それから三十分後、二つの部隊の編成が終わり、ダーク達はテントを出て仲間達に作戦の内容と部隊編成の内容を伝えに向かった。

 作戦会議が終わった後、ダークは森を出て遠くに見えるグラシードの町を眺めている。彼の周りにはアリシア達の姿があり、ダークと同じように敵に制圧されたグラシードの町を見ていた。


「七百近くの敵があの町にいるのかぁ」


 座り込んでいるジェイクが力の無い声で呟く。その後ろではレジーナとマティーリアが立っており、黙って町を見つめている。


「……なぁ、兄貴。今回の作戦、成功すると思うか?」


 ジェイクが座ったままダークの方を向いて作戦が成功するか尋ねる。アリシア達も成功するか気になり一斉にダークの方を見た。


「……普通の戦力、つまり私達がいない八百人だけの戦力では成功しないだろうな」


 自分達がいなかったらこの作戦は失敗する、その言葉を聞きアリシア達は意外そうな顔をする。ダークの肩に乗っているノワールは表情を変えずにダークの横顔を見ていた。


「私が前にいた世界には攻撃三倍の法則と言うものがある。有効な攻撃をする場合は敵の三倍の兵力で挑めと言う考え方だ。他にも敵を包囲する時は十倍の兵力が必要とも言われている……敵の兵力は約七百、こちらは八百、私達がいなければ町を解放するのは無理だ」

「本当? かぁ~っ、何を考えて八百人の戦力で町を解放しろなんて言って来たのかしら、ボッシュの奴は!」


 レジーナは町を解放できない戦力を用意したボッシュの考えが理解できずに腹を立てる。ジェイクも少し不快そうな顔をしていた。

 

「ボッシュが私達の力を信用して八百でも大丈夫だと思って編成したのか、それとも私達を失敗させる事を考えてわざと少ない戦力を用意したのか……」

「アトラスタ殿が八百の戦力でグラシードの町を解放しろと言った事をベルモット殿とローズナイン殿はおかしいと思わなかったのだろうか?」


 アリシアがリダムスとパージュがボッシュの用意した部隊の戦力を不服に思わなかったのかと難しい顔をして考える。司令官であるボッシュがその戦力で町を解放しろと司令官の力を使って二人を黙らせたのか、はたまたリダムスとパージュが八百の戦力でも解放できると考えて何も言わなかったのか、いずれにせよ用意された八百という戦力は町を解放するには少なすぎる。普通なら絶対に成功しない状況と言えた。


「ま、今は私達がいる。こちらの戦力が八百しかなくても楽に解放できるだろうがな」

「相変わらずの自信じゃな、若殿?」


 自分達がいれば問題ないと言うダークを見てマティーリアは小さく笑う。レジーナとジェイクもニッと笑いながらダークを見ていた。

 普通なら無理でも、今の部隊にはダーク達がいる。ダーク達がいれば例え少ない戦力でもグラシードの町を解放する事は可能だ。レジーナ達もレベル100のダーク、そしてレベル90代のアリシアとノワールがいれば負ける事は無いと確信している。だからレジーナ達の顔には一切の不安が見られなかった。

 しばらく町を眺めていたダークはポーチに手を入れて何かを取り出す。そして取り出した物をアリシアに手渡した。


「アリシア、これを君に渡しておく。作戦が始まったらこれを使え」

「……これは?」


 アリシアはダークから渡された物を見て不思議そうな顔をする。アリシアの手の中には仙斎茶色をしたチェスのルークの駒の形をした物が二つあり、アリシアやレジーナ達はそれをまばたきしながら見つめた。

 しばらくルークの駒を見つめていると、覗き込んでいたレジーナが何かに気付き、アリシアの手の中にある駒を指差す。


「ねぇ、これって以前ダーク兄さんがモンスターを召喚した時に使ったアイテムに似てない?」

「あっ、そう言えばコレット殿下の一件の時に貴族の動きを監視するモンスターを召喚したよな。あと、兄貴の屋敷を建てる時も……」


 レジーナの言葉にジェイクはコレットの一件で召喚したウォッチホーネット、モニターレディバグ、そしてダークが屋敷を建設する時に召喚したカーペンアントの事を思い出す。アリシアとマティーリアもその時の事を思い出し、目の前にある駒もそのモンスターを召喚するマジックアイテムなのかと考える。

 アリシア達がダークの方を向いてそうなのか、と尋ねる様に見つける。するとダークはアリシア達を見ながら頷く。


「そう、これもモンスターを召喚する為のマジックアイテムだ。名前はサモンピース、駒の種類によって召喚できるモンスターやレベルが変わってくる」


 ダークからアイテムの名前と他にも種類があると聞き、アリシア達は驚きながら駒を見つめた。

 <サモンピース>はNPCモンスターを召喚する為のアイテムでLMFでも人気のあるアイテムの一つだ。サモンピースの種類はチェスの駒と同じ数だけあり、下からポーン、ビショップ、ルーク、ナイト、クイーン、キングとあり、キングに近いほど召喚されるモンスターのレベルは高くなる。イベントクエストの報酬やモンスタードロップ、有料ガチャなどで手に入り、このアイテムが報酬となっているクエストなどには多くのプレイヤーが参加していた。召喚されたモンスターはクエスト攻略や拠点の防衛など色んな事に使う事が可能で、召喚したモンスター軍団で他のギルドの拠点を攻撃したり、他のプレイヤー達に自慢する者も多い。ダークが所属していたギルドも拠点防衛に強いモンスターを召喚して警備に使っていた。

 アリシアにサモンピースを渡すとダークもポーチから同じ色と形のサモンピースを二つ出す。ダークはサモンピースを見つめながら手の中でゆっくりと回した。


「コイツで召喚されたモンスター達は召喚した者の命令に従う。召喚の仕方はコイツを地面に向かって投げるだけだ。そうすればサモンピースが砕けてモンスターが召喚される。後は普通に命令すればいい」

「分かった。ところで、このサモンピースからは何が召喚されるんだ?」

「それは召喚した時のお楽しみだ」


 そう言ってダークはサモンピースを懐にしまう。アリシア達はダークを見つめながらお楽しみにする必要があるか、と心の中で疑問に思う。ノワールはダークの言葉に小さく苦笑いを浮かべた。それからダーク達は森へ入りセルメティア王国軍の拠点へ戻る。そして、作戦開始の時を待った。

 それから三時間後、太陽が沈んで星も月も見えない真っ暗な夜空となる。そんな夜空の下にはグラシードの町があり、町の入口である三つの門の上にある見張り台ではエルギス教国軍の兵士達が篝火の明りに頼りながら町の周辺を見張っている姿があった。そして門の外には十数人の亜人が武器を持って立っている。彼等の首には隷属の首輪が付けられており、皆、安物の服を着ていた。彼等もダーク達が戦った先遣隊にいた亜人達と同じ奴隷のようだ。

 北門の見張り台の上には剣と弓を持つ兵士が数人立っており、ジェーブルの町がある方角を見張っていた。北門の前には真っ直ぐな道と広い野原以外何もない。だからもし敵が正門に近づいて来てもすぐに確認できるくらい見晴らしがよかった。


「……今日は何だか薄気味悪い夜だな?」

「ああぁ、月や星も見えないからな。その分暗くてそんな風に感じられるんだろう」


 見張り台の上にいる二人のエルギス教国の兵士が遠くを見ながら雰囲気について話す。他の兵士達も二人の話を聞いて空を見上げてり、周りを見回したりなどしている。いつもなら篝火以外にも月明りで町の遠くも少しは見えるのだが今夜は月が出ていない為、遠くはまったく見えない。兵士達はそんな雰囲気を不気味に感じているようだ。


「そう言えば、ジェーブルの町へ向かった先遣隊からまだ連絡が来てないみたいだが、どうしちまったんだ?」

「さあな? ジェーブルの町にいるセルメティア王国軍の戦力を調べるのに手間取っているのかもな」

「まさか、敵にやられたなんて事は、ねぇよな?」

「ある訳ないだろう。先遣隊の人数は六百人なんだぞ? しかもその中には百八十人の亜人がいるんだ。負けるはずがない」


 兵士の言葉を聞いてもう一人の兵士もそうだな、と言いたそうに頷く。彼等はまだ先遣隊がダーク達によって壊滅させられた事を知らない。エルギス教国軍は今日までセルメティア王国軍に連勝して来たのだ。そのせいか自分達の軍隊が負けるなどこれっぽっちも考えていなかったのだろう。兵士達は敵が攻めて来る事は無いだろうと完全に油断し切っていた。

 余裕の表情を浮かべていた兵士達は門の下を覗き込み、門の前で警備をしている亜人達を見下ろした。リザードマンやエルフが十数人おり、全員が会話もせずに黙って与えられた仕事をしている。


「亜人どもはサボらずにちゃんと仕事をしているようだな」

「それじゃあ、もう少ししたら見張りは奴等に任せて俺等は休憩でも取るか?」

「そうだな」


 奴隷である亜人達に仕事をさせて自分達は好きな時に休憩を取る事ができる。兵士達は奴隷を只の道具としか見ていないようだ。そしてエルギス教国軍の人間はその事に対して何の違和感も罪悪感も抱いていない。彼等にとっては奴隷である亜人をこき使う事が普通だったのだ。


「……ん? おい、あれは何だ?」


 亜人達の見下ろしながら笑う兵士達の近くで一人の兵士が遠くを見ていると何かを見つけて仲間に声を掛ける。仲間の兵士達は笑うのをやめて一斉に同じ方角を見た。数百m先に無数の明りが見え、兵士達は目を凝らして明りの正体を確認しようとする。


「あれは……松明の明かりみたいだな」

「もしかして、先遣隊が戻って来たのか?」

「いや、それなら馬に乗った奴一人をよこせばいい。わざわざ部隊を連れて戻って来るなんて変だろう」

「た、確かにそうだな……」


 ジェーブルの町へ向かった先遣隊ではないと知った兵士達は明りを見ながら難しい顔をした。先遣隊ではなく、北の方から無数の松明の明かりが遠くに見える。それらの事から兵士達は明りの正体について考え込む。

 やがて一人の兵士が明かりの正体に気付いたのかフッと顔を上げる。その表情には驚きが見られ、他の兵士達も松明の正体を知り一斉に青ざめた。そして一人の兵士が驚きながら声を上げる。


「敵襲ーーっ!!」


 兵士の叫び声に門の外側で見張りをしていた亜人達、内側で待機していた別のエルギス教国の兵士達は一斉に見張り台を見上げる。そう、遠くに見えた松明の明かりはダーク達のセルメティア王国軍の兵士達が持つ松明の明かりだったのだ。敵襲の合図を聞いた兵士達は慌てて戦闘準備と仲間達への報告に移った。

 北門から数百m離れた野原にはリダムスが指揮するセルメティア王国軍の兵士四百人が陣形を組んで並んでいた。先頭には馬に乗るリダムスと彼が隊長を務める蒼月そうげつ隊の騎士達、そしてリダムスの隣にはダーク、ジェイク、マティーリアの姿がある。アリシア、ノワール、レジーナは西門を攻撃する部隊にいるので姿は無かった。

 馬に乗りながら望遠鏡を覗き北門の様子を窺うリダムス。エルギス教国の兵士達が戦闘準備に入る姿、そして亜人部隊に指示を出している姿をジッと見つめている。


「奴等はこちらに気付いたか。その後に西門の部隊がタイミングよく攻撃を仕掛ければ……」


 敵の動きを観察しながらリダムスは小声で喋る。ダーク達はそんなリダムスの独り言を黙って聞いている。

 北門と西門を同時に攻撃するのなら、どちらかの部隊が先に攻撃を仕掛けて敵の注意を引きつけ、その後にもう片方が攻撃を仕掛けると言う陽動作戦の方が良かったのだが、僅か四百の部隊では囮になった時にすぐに全滅してしまう可能性がある。その為、陽動作戦ではなく、同時攻撃をする作戦を選んだのだ。

 エルギス教国軍が動くのを確認したリダムスは望遠鏡をしまい、後ろに並んでいる兵士達の方を向く。兵士達は全員真剣な顔でリダムスに注目していた。


「これよりグラシード解放作戦を開始する! 敵の中には奴隷となっている亜人達が大勢いる。決して油断するな!?」

『おおぉーーっ!』


 リダムスの言葉に兵士達は声を揃えて武器を掲げる。リダムスの腰に納めてある騎士剣を抜き、北門の方を向いて戦闘開始の合図を出そうとした。すると隣にいたダークが前に出てリダムスが乗る馬の前で腕を出した。


「待ってください、リダムス殿」

「ダーク殿? どうしました?」

「私の部下達が町への侵入口を作ります。兵士達にはもう少し待機させてください」

「は?」


 ダークの言っている言葉の意味が分からないリダムスは小首を傾げる。近くにいるリダムスの部下である蒼月そうげつ隊の騎士達も同じような顔でダークを見ていた。

 リダムスが達に見られている中、ダークは懐にしまっていたサモンピースを二つ取り出し、それを5mほど先に向かって投げた。

 投げられたサモンピースは地面に落ちて砕け、光の粒子となる。すると粒子は光の塊となり、形を変えながら少しずつ大きくなっていく。やがて粒子は二体のモンスターへと姿を変えた。身長は4mはある二足歩行の巨人で全身は仙斎茶色の岩でできた体をしている。脚は短いが腕は太くて長く、頭部には赤い目が二つあるだけの姿をしていた。

 突然現れた二体の岩の巨人にジェイクとマティーリアはおー、と驚きながら巨人を見上げている。一方でリダムスや他の兵士達は突然現れた二体の巨人に驚愕の表情を浮かべていた。中には突然現れた巨人に取り乱す兵士もいる。


「落ち着いてください、この巨人達は私がマジックアイテムで召喚したモンスターです。我々には危害を加えませんし、私の命令にはちゃんと従います」

「モ、モンスターを召喚するマジックアイテム? そ、そんな物が存在するのですか?」


 リダムスはダークがアイテムでモンスターを召喚したという話に僅かに震えながら訊き返す。兵士達も自分達に危害を加えないと聞いて少し落ち着いたようだがまだ少し動揺を見せていた。そんなリダムス達の姿を見てジェイクとマティーリアはニヤニヤと笑ってる。

 ダークは驚くリダムス達を見て彼等を安心させる為にもう少し巨人達の事を説明しようとしたが、町の方から聞こえてくるエルギス教国の兵士達の声を聞き、説明している時間はないと考えたダークは町の方を向く。ジェイクとマティーリアも町の方を見て自分達の得物を構えた。


「お前達、あの門を破壊して町へ侵入する為の突破口を作れ。そして町を制圧しているエルギス教国軍の兵士達を倒せ」


 ダークが二体の巨人に指示を出すと巨人達は目を赤く光らせて低い雄叫びの様な声を上げて町へ向かって歩き出す。二体の巨人が歩く度に足音が響き地面が僅かに揺れる。リダムス達は歩く巨人達の背後を呆然と見つめていた。


「……さぁ、始めようか。一方的な戦いを」


 巨人の足音が響く中、ダークは目を赤く光らせながら背負っている大剣を抜いて巨人達の後をついて行く。ジェイクとマティーリアもその後に続き、リダムスや兵士達も遅れてダーク達の後を追った。


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