第八十三話 駐留地制圧
戦いが終わって静まり返った駐留地、そのあちこちに大量のエルギス教国軍の兵士の死体が転がっている。そんな死体だらけの駐留地の中で兵士達の死体を拾い上げて一ヵ所に集めるリザードマン達の姿があった。彼等の体には傷は無く、奴隷の証である隷属の首輪も付けられていない。リザードマン達はどこか生き生きとした様子で死体を片付けた。
数十分前、駐留地を制圧した後、ダーク達は檻に閉じ込められている亜人達を全員檻から出した。僅か数人で六百近くのエルギス教国軍の先遣隊を倒したダーク達に亜人達は驚きの表情を浮かべる。そんな亜人達を奴隷から解放する為にダークは彼等が首に付けている隷属の首輪を外すと言い出す。それを聞いた亜人達はそれは無理だと口を揃えて言い出した。それもそのはずだ、隷属の首輪の素材はダイヤモンドに匹敵する硬度を持つアダマンタイトで作られている。これは力の強いリザードマンやドワーフ、魔法に優れたエルフでも壊す事ができないようにする為だ。
首輪を外すには専用の鍵を使うしかない。しかし先遣隊の兵士達は首輪を外すつもりなど無かったので鍵は持ってきていなかった。だから亜人達は首輪を外す事はできないと考えていたのだ。しかしダークは一体のリザードマンの首に付いている首輪を素手で簡単に破壊しリザードマンを奴隷から解放した。それを目にした亜人達は全員が目を見開いて驚く。アダマンタイトでできた首輪を素手で破壊する人間がいるなど思ってもいなかったからだ。
そんな驚く亜人達を気にもせずにダークは次々と首輪を破壊して亜人達を解放していく。アリシアとノワール、マティーリアもダークを手伝い亜人達の首輪を壊していった。レベル90以上のダーク達や竜人であるマティーリアにとってアダマンタイトで出来た首輪を破壊する事など造作も無い事だと言える。四人の手によって奴隷とされていた百八十人の亜人達は全員奴隷から解放されて自由になった。亜人達は奴隷から解放された事に喜びの声を上げる。
その後、ダーク達は亜人達に先遣隊が持って来ていた食料を与えて簡単な食事を取らせた後、死体の片づけと捕虜となったエルギス教国の兵士達の見張りをさせた。捕虜となった生き残りの兵士達を亜人達が入っていた檻に閉じ込め、亜人達はその見張りをする。亜人達は奴隷から解放してくれたダークへの感謝の気持ちからかダークの頼みを素直に聞いた。もしくは酷な扱いをしたエルギス教国の兵士達へ少しでも復讐したいという気持ちから捕虜の見張りや死体の片づけを引き受けたのだろう。
亜人達は死体の片づけや捕虜の見張りをしている時、ダーク達は大きなテントの中に集まり、テントの中で見つけた重要書類の中身を確認している。そこにはエルギス教国軍がジェーブルの町を制圧した後の侵攻計画について書かれてあった。
「成る程、そう言う事か……」
羊皮紙に書かれてある侵攻計画の詳しい内容を確認したダークは低い声で呟く。テントの中ではアリシア、ノワール、レジーナ、ジェイクの四人もおり、羊皮紙に書かれてある内容が気になりダークの方を向いている。
「エルギス教国軍はジェーブルの町を制圧した後にセルメティア中の教国軍をジェーブルの町に集め、ジェーブルの町と繋がる各町や村を同時に攻撃するつもりだったようだ」
「同時に攻撃だと?」
「ああ、もしそうなったらエルギス教国軍よりも戦力の劣るセルメティア王国軍は救援や補給など十分な対応ができず、襲われた町や村は全て制圧されてただろうな。そうなったらあっという間に首都に攻め込まれてセルメティア王国はお終いだった」
「……先遣隊を攻撃しておいて正解だったな」
ダークとアリシアは会話をしながら先遣隊を攻撃していなかったらどうなっていたか想像する。もしダーク達が先遣隊を攻撃しなかったらジェーブルの町の戦力が敵に知られ、エルギス教国の大軍にジェーブルの町を制圧されていただろう。そうなったらセルメティア王国はエルギス教国に敗北する事になっていた。アリシアは先遣隊を攻撃してよかったと心の中で安心した。
二人の会話を聞いていたジェイクの隣ではレジーナが他の羊皮紙を見て他に何か重要な事が書かれていないか調べていた。持っている数枚の羊皮紙の内容を簡単に確認し、重要そうでない内容が書かれている羊皮紙は目の前の机の上に置き、次の羊皮紙を確認する。すると、一枚の羊皮紙に書かれてある文章を見たレジーナは目を見開き、フッとダークの方を向いた。
「ダーク兄さん、これ見て」
レジーナは持っている羊皮紙をダークに差し出す。ダークは自分が持っている羊皮紙を机の上に置いてレジーナが持っている羊皮紙を受け取る。アリシアとジェイクもレジーナが持っていた羊皮紙の内容が気になり、ダークの隣へ移動して羊皮紙を覗き込んだ。
そこにはエルギス教国軍が制圧したセルメティア王国の町や村にどれ程の戦力が配備されているのか、どの拠点にいつ補給部隊などが到着するのかなどが細かく書かれてあった。
「これは敵の戦力が書かれた物だな」
「どうしてこんな物が此処にあるのだ?」
「恐らくジェーブルの町を制圧した後にどの拠点の戦力をジェーブルの町に召集するかを考える為だろう。この書類があれば大きな戦力が何処にあり、どれ程集めれば侵攻しやすいか計算できるからな」
ダークは羊皮紙に書かれてあるエルギス教国軍の戦力を確認しながら説明し、アリシアはそれを聞いてほうほうと納得する。
羊皮紙に書かれてある戦力を一通り把握するとダークは羊皮紙を机の上に置く。そして羊皮紙を見つめながら目を赤く光らせた。
「だが、この書類が敵の手に渡ってしまったら自分達の戦力を敵に知られる事になる。それなのにこんな重要な物が此処にあるという事は、敵は自分達が負けてこの書類が敵の手に渡る事はないと油断していたのだろう。もしくはそこまで気が回らなかっただけなのか……フッ、どちらのせよ敵は致命的なミスを犯したって事になるな」
敵が大きな失敗をした事がおかしいのかダークは小さく笑う。レジーナとジェイクも敵が犯したミスに思わず笑ってしまう。
「マスター、この書類はどうするんですか?」
「勿論ジェーブルの町にいるセルメティア王国軍に渡す。これがあればエルギス教国軍との戦いで有利に立てるからな……だが、私達がセルメティア王国軍とは別に行動する時に敵の戦力や情報が分からないと色々面倒な事になるな……ノワール、この羊皮紙を魔法でコピーしてくれ」
「ハイ、分かりました」
ダークの肩に乗っていたノワールはゆっくりと地面に下り立ち人間の姿となり羊皮紙を手に取る。ノワールが自分の杖の先を羊皮紙に当てると杖の先が黄緑色に光り出す。杖が光るとノワールは近くにある何も書かれていない羊皮紙を取って杖の先を何も書かれていない羊皮紙に当てた。すると羊皮紙が光り出して最初に手にしていた羊皮紙に書かれてある内容と同じ内容が浮かび上がる。
アリシア達はノワールが魔法で全く同じ内容が書かれた羊皮紙を作ってしまった光景に驚きまばたきをする。やがて光が消え、羊皮紙に敵戦力の情報などが全て書き写された。ノワールはコピーした羊皮紙をダークに手渡し、ダークはオリジナルの羊皮紙とコピーの羊皮紙と内容を比べる。内容が同じである事を確認したダークはオリジナルの羊皮紙をアリシアに渡す。
「アリシア、こっちの羊皮紙はこれから来るジェーブルの町の部隊に渡しておいてくれ。こっちのコピーの方は私達が使う」
「分かった……そう言えば、ジェーブルの町の部隊はいつ此処に来るのだろうか?」
「さぁな? 一時間ほど前にリダムスがジェーブルの町へ先遣隊を潰した事を知らせに向かったのだ。少なくともあと一時間ほどは掛かると思うぞ」
「やはりそれぐらいは掛かるか……」
ジェーブルの町のセルメティア王国軍が来るまでまだ少し掛かる事にアリシアは小さく溜め息をついた。レジーナとジェイクも早く来ないかと言いたそうな顔をしている。
リダムスはダーク達が先遣隊を倒し、亜人達を解放した直後にジェーブルの町にいるボッシュ達に先遣隊を倒した事を知らせる為、一人で来た道を戻りジェーブルの町へ向かった。町から今いる平原までは片道で一時間ほど掛かったので往復では約二時間は掛かる。その為、リダムスが町の部隊を連れて戻って来るまでもうしばらく掛かりそうなのだ。リダムス達が来るまでの間、ダーク達はゆっくりと駐留地で寛ぐ事にした。
一通り重要書類の確認を終え、ダーク達は羊皮紙や使えそうな物を整理しようとする。するとテントの中にマティーリアが静かに入って来た。
「若殿、ちょっとよいか?」
「どうした?」
「亜人達がお主に話があるそうなのじゃ。ちょっと来てくれるか?」
「亜人達が?」
亜人達が自分に何の用があるのか、不思議に思いながらダークはテントを出てマティーリアに案内されながら亜人達の下へ向かう。残ったアリシア達もどんな話なのか気になってダークの後を追う様にテントから出る。
テントを出たダーク達は駐留地の広場へやって来た。広場には数人のリザードマンやエルフ、ハーピーが立っており、ダーク達が広場にやって来るのを見ると全員がダーク達の方を向く。その亜人達の中にはマティーリアを見て驚いていた濃緑色の鱗を持つ二人の雄のリザードマンの姿もあった。その内の一人が前に出てやって来たダークと向かい合う。
「忙しいところ申し訳ない」
「構わないさ。それで、話があると聞いたのだがどんな内容だ?」
ダークがリザードマンに話の内容を尋ねるとリザードマンはダークに深く頭を下げた。
「話をする前に、まずは全ての亜人を代表して礼を言わせてほしい……我々を人間達から解放してくれて感謝する」
リザードマンが頭を下げながら礼を言い、他の亜人達も無言で軽く頭を下げる。亜人達が感謝する姿をダークは黙って見つめていた。すると頭を下げているリザードマンに向けて低い声を出す。
「……礼を言うのは構わないが、勘違いしないように先に言っておく。我々はエルギス教国の敵だ。奴隷兵とは言え、エルギス教国の軍に所属していたお前達とも敵対する関係にある。だから、お前達は今の段階ではセルメティア王国軍の捕虜という扱いになっている。つまり、お前達をエルギス教国へ帰す事はできないという事だ」
ダークはリザードマンや後ろにいる他の亜人達を見ながら彼等が今後どうなるかを口にした。戦争中に敵国の兵士に捕まればその者は厳しい運命が待っている。それはこの世界でも同じ事だった。アリシア達も戦争である以上は仕方がない事だと思いながら頭を下げる亜人達を黙って見つめている。
頭を上げたリザードマンはダークと彼の後ろにいるアリシア達を見ながら真面目な顔で頷く。
「分かっている。その事はついさっきマティーリア殿から聞かされたからな。我々が気になっているのはこの国で捕虜となった我々はどうなるのかという事だ。実はダーク殿に話したい事というのがその事なのだ」
「ああぁ、成る程……」
自分達がセルメティア王国の捕虜となった時にどのような扱いをされるのか、亜人達はその事をダークに訊きたくて彼を呼んだのだ。エルギス教国軍では使い捨ての奴隷兵として扱われていたのだから気になるのは当然と言えた。
「……お前達がこの国で捕虜となっている間、どんな風に周りから見られるかは分からない。だが、今回の先遣隊への奇襲作戦で捕らえた先遣隊の捕虜をどうするかは私が決めていい事になっている」
ダークに捕虜のどうするか権利が与えられていると聞いた亜人達は僅かに驚きの反応を見せた。目の前にいる黒騎士の気分次第で自分達の命運が決まると知った亜人達は小声でざわつきだす。ダークと向かい合って話していたリザードマンもダークと対等の態度で話した事でダークの気分を損ねてしまったのではと心の中で後悔する。
「安心しろ、お前達を処刑も監獄送りにもしない。勿論、エルギス教国の様にお前達を戦争の道具として扱う事もさせない」
「そ、それは本当か……なのですか?」
「まぁ、捕虜という立場から強制労働はしてもらう事になるだろうが、お前達の身の安全は保障する。例え騎士団がお前達を処刑しようと言って来ても私が止める」
奴隷であった自分達を普通の捕虜として扱うというダークに亜人達は喜びと安心の笑みを浮かべる。そんな亜人達をダークは腕を組みながら黙って見ていた。アリシア達もダークの後ろで喜ぶ亜人達を笑いながら見つめている。
それからダーク達は亜人達からこの国に侵攻して来ているエルギス教国軍の中に亜人部隊がどれ程いるのかなどを聞いた。今後の戦いにおいて奴隷兵となった亜人達がいるかいないかで戦いの流れが変わって来る。亜人達がいない部隊であればセルメティア王国軍が有利に戦えるが、亜人達がいる部隊であれば戦いは不利な状態となるだろう。戦いやすくする為にもどの部隊に亜人部隊が配備されているのかを同じ亜人部隊である彼等から聞く必要があった。
亜人達から他の亜人部隊の情報を聞いた後、ダーク達はジェーブルの町からの部隊が来るのを待った。死体の片づけを終えた亜人達は周辺にある丘の上に移動して駐留地の周りにエルギス教国軍の姿がないかを見張る。捕虜とは言え、彼等にはエルギス教国軍への忠誠心などはまったく無い。その為、自分達を解放してくれたダークの味方に付き、周辺の警備をしているのだ。
駐留地の北側にある丘の上で数人のリザードマンが北側を見張っていると、数km先からこちらに向かって来る一団を見つける。方角からエルギス教国軍の部隊ではないと知るリザードマン達は丘を下って駐留地にいるダーク達に知らせに向かう。
「ダーク殿! 北の方角から騎士団らしき一団が近づいてきます!」
丘を下り、駐留地に入ったリザードマンは中央の広場にいるダーク達の下へ駆け寄り、一団が近づいて来る事を知らせる。ダーク達はその一団がリダムスが呼んで来たセルメティア王国軍だと考え、セルメティア王国軍が来るのをその場で待った。
しばらくするとセルメティア王国の国旗を掲げた数十人程の一団が駐留地に入って来る。先頭には馬に乗ったボッシュとリダムスの姿があり、二人はダーク達の前で馬を止めると馬を降りてダークの前にやって来た。ボッシュが連れてきた兵士達はエルギス教国軍の亜人達が解放されて自分達を取り囲んでいる光景に驚いているが、攻撃してこない事から敵意が無いと気付きとりあえず安心する。
「お待ちしておりました。まさかアトラスタ殿が来られるとは思っていませんでした」
「ウ、ウム……待たせたな」
馬を降りたボッシュに挨拶をするダークを見てボッシュはどこか動揺した様な様子で返事をする。ボッシュはダークと彼の斜め後ろにいるアリシアを見た後に自分がいる駐留地を見回す。そして駐留地の隅に並べられている大量のエルギス教国の兵士の死体を見て目を見開きながら驚いた。勿論、彼が連れてきたセルメティア王国の兵士達も敵兵の死体を見て全員驚いている。
報告の為に町に戻って来たリダムスからダーク達がエルギス教国軍の先遣隊を倒したと聞いた時、ボッシュや他の隊長である騎士達は耳を疑った。数人で六百近くの敵の部隊に勝つなど普通では考えられない事だからだ。最初は誰もリダムスの報告内容を信じなかったが、リダムスの態度からその場にいた何人かが本当なのではと感じ始める。それから話し合いをしたところ、司令官であるボッシュ自らが数十人の兵士を連れて様子を見に行く事となり、リダムスに案内されて駐留地にやって来たのだ。
ボッシュはリダムスの報告通りになっている現状に言葉を失い呆然とする。兵士達も馬に乗った状態でまばたきをしながら遠くに見える敵兵の死体と制圧された駐留地を見回す。
「ま、まさか……本当にたった数人で制圧したとは……」
「私も最初は目を疑いましたが、これは現実です。ダーク殿とファンリード殿は圧倒的な力で大勢のエルギス兵を倒し、この駐留地を制圧したのです」
「ありえん! 英雄級の実力者であろうとたった二人で数百の敵を相手に勝つなど、補助魔法を使って強化しても不可能だ!」
リダムスの言葉を聞いたボッシュは彼の方を向いて声を上げる。兵士達もボッシュと同じ気持ちなのか何も言わずにリダムスの方を見ていた。
ダーク達はボッシュの反応を見ながら何も言わずに口を閉じている。やはり直接自分達の戦いを見たリダムスと違って戦いを見ていないボッシュや彼が連れてきた兵士は誰も信じない。ダーク達は仕方のない事だと考えながらボッシュとリダムスの会話を聞いている。するとボッシュがチラッとダークの方を向き、疑う様な視線を向けた。
「……ダーク殿、貴公とファンリードは本当に二人だけでエルギス教国軍に勝利したのか?」
「……ええ、勿論です」
ボッシュの言葉にダークは低い声で答える。すると、ダークの後ろにいたレジーナ、ジェイク、マティーリアはダークの活躍を疑うボッシュをジーッと気に入らなそうな目で見つめた。駐留地を制圧したのにダークを疑うのだからカチンときたのだろう。だが、この世界の常識では考えられない事が起きたのだから疑うのは仕方がない。アリシアとノワールはそう思いながら黙ってボッシュを見ている。
「……では、貴公のスフィアを見せてもらえるか? ファンリードのナイトスフィアも一緒に」
「スフィアを?」
ダークはボッシュの口から出て意外な言葉に反応する。アリシアやレジーナ達も一瞬驚きの反応を見せた。
ボッシュは六百近くの敵を二人だけで倒したダークとアリシアが常人では考えられないレベルをしているのではないかと考えた。だからダークとアリシアがどれ程のレベルをしているのか自分の目で確かめてみようと考えたのだ。
スフィアを見せるよう言って来たボッシュにアリシアは焦る。今の自分のレベルは97でダークのレベルは100、人間ではあり得ないレベルになっている事がバレれば大騒ぎになってしまう。アリシアはスフィアを見せる訳にはいかないと考えながら強く拳を握った。
「申し訳ありませんが、それはできません」
アリシアはダークの隣に来てボッシュの要求を断った。周りにいる者達は断ったアリシアに一斉に視線を向ける。
「見せられない? なぜだ?」
「スフィアにはレベル以外にも個人情報などが記録されています。よほどの理由がない限りは見せる事を拒否できますから」
「これから貴公等は我々と共にエルギス教国と戦う存在だ。いくら陛下が送られた増援であったとしても、何者なのか、レベルがどれくらいなのか分からない貴公等を信用する事はできんな」
「クッ、それは……」
ボッシュの言う言葉にアリシアは口を塞ぐ。確かにボッシュの言っている事にも一理ある。何者か正体の分からない存在が近くにいて安心して戦えるはずがない。信用するにはその者が信じられる存在なのか確かめる必要があった。
言い返せずに黙り込むアリシア。すると隣にいるダークがアリシアの肩にポンと手を乗せた。
「いいでしょう、お見せします」
「ダーク!?」
アリシアはダークの予想外の返事に驚きダークの方を向く。レジーナ達も驚いて目を見開きながらダークの背中を見つめていた。レベルを知られると一番困るダークがスフィアの情報をボッシュ達に見せると言えば驚くのは当然だ。アリシア達はダークが何を考えているのか分からずに呆然としている。
ダークはアリシア達の視線を気にせずチラッと後ろにいるノワールの方を向く。するとノワールはダークを見上げながら小さく頷き、持っている杖を小さく振る。それを確認したダークはポーチから自分のスフィアを取り出してボッシュとリダムスに見せた。
「アリシア、君も自分のスフィアを出してくれ」
「し、しかし……」
「いいから見せろ」
冷静な態度のダークを見てアリシアは黙り込むが、しばらくして観念したのか自分のナイトスフィアを取り出しダークと同じようにボッシュとリダムスの前に出す。そして二人は同時にスフィアを起動させて自分達の個人情報を公開した。
ボッシュとリダムスは浮かび上がったダークとアリシアの情報を確認する。アリシアはもうダメだと感じながら俯いており、レジーナ達も目を逸らしながら複雑そうな表情を浮かべた。
「こ、これは……」
二人の情報を確認したボッシュは驚きの声を漏らす。ボッシュの声を聞いたアリシアは目を閉じてスフィアを持っていない方の手を強く握った。
「ふ、二人ともレベル60だと?」
(え?)
ボッシュの口から出て言葉にアリシアは顔を上げる。レジーナ達も少し驚いた顔でボッシュとリダムスの方を向く。
ダークとアリシアのスフィアから浮かび上がる二人の情報を見てボッシュとリダムスはまばたきをする。そこにはダークのレベルが60で職業が黒騎士、アリシアのレベルが60で職業が聖騎士と浮かび上がっていたのだ。常人離れした力を持つダークとアリシアのレベルが人間の限界であるレベル60である事を知り、二人の戦いを見たリダムスは目を丸くしている。
「お、お二人のレベルが60? 人間の英雄級のレベルではないですか……あれほどの力をお持ちでありながらレベル60なんて……」
「お、おい、ベルモット、本当にこの二人が六百近くのエルギスの兵士達を倒したのか?」
「間違いありません! この目で見たのですから!」
リダムスの情報を疑うボッシュにリダムスは声を上げる。レベル60の人間二人で六百近くの敵と戦い勝利するのは不可能な事、ボッシュとリダムスはダークとアリシアがもっとレベルが高いのではと考えていた。しかしスフィアを見てみたら人間が得られる限界のレベルでしかなかった。レベルと力に矛盾がある事を知り二人は混乱しだす。勿論、アリシアやレジーナ達もダークとアリシアのレベルが変わっている事に驚き僅かに混乱している。
ボッシュとリダムスを見ているダークはそっとスフィアをポーチにしまい、それを見たアリシアもナイトスフィアをしまった。ダークは混乱する二人を見ながら両手を腰に当てて低い声で二人に声を掛ける。
「……これで納得していただけましたかな?」
ダークに声を掛けられ、ボッシュとリダムスはフッとダークの方を向く。その表情にはまだ驚きと動揺が見られた。
「ダ、ダーク殿、貴公は一体どうやってエルギス教国軍に勝利したのだ!? レベル60の騎士二人で六百以上の敵に勝つなど不可能であろう!」
「……特殊なマジックアイテムを使ったんですよ。それにより、私とアリシアは一時の間、人間では考えられないくらいの力を得たのです」
ボッシュの問いにダークは適当な事を言って説明した。既に首都でマクルダムとマーディングの自分が特殊なマジックアイテムを持っている事は話してある。だからボッシュとリダムスに話しても問題無いとダークは考えていた。
「と、特殊なマジックアイテム? それは一体何なのですか?」
「それは言えません」
リダムスがアイテムについて尋ねるとダークは低い声で説明を拒否する。ボッシュとリダムスは少し納得のいかない表情を浮かべた。
「ご希望通り、私達のレベルと職業などの個人情報は教えました。これ以上の詮索は遠慮していただきます」
信用してもらう為に知られたくない個人情報を見せたのだから、知る必要のない情報は詮索するなというダークの言葉にボッシュとリダムスは黙り込む。確かにレベルと職業などは戦いにおいて知っておく必要があるが、所有するアイテムなどは知る必要は無い。これ以上の個人情報の詮索はダーク達に対して失礼なものと言えた。
「……ま、まあ、貴公等が普通の人間であるという事が分かっただけでも良しとしよう」
(おいおい、つまりアンタは俺達を人間じゃないと思っていたのか?)
僅かに納得のいかない口調をするボッシュを見てダークは心の中で呟いた。ボッシュはダーク達に背を向け、リダムスと共に兵士達に駐留地にあるエルギス教国軍の情報を集めるよう指示を出しに向かう。国王であるマクルダムが増援として送って来たダーク達の機嫌を損ねると自分の立場が悪くなると感じたのかボッシュとリダムスはそれ以上ダーク達の情報を詮索しようとしなかった。
ボッシュとリダムスが兵士達に指示を出す姿をダークとノワールは黙って見ている。するとアリシアがダークの腕を指で突き、ダークはアリシアの方を向く。
「どうした? アリシア」
「どうした、ではない。どういう事だ?」
「ん?」
小声で、そして驚く様な口調で尋ねて来るアリシアにダークは小首を傾げる。
「さっきのスフィアの事だ! 私と貴方のレベルが60になっていたではないか。貴方の仕業なのだろう? 説明してくれ」
「そうよ、あれどういう事なの?」
「説明してくれよ、兄貴」
スフィアに記録されていたダークとアリシアのレベルが60になっていた理由をアリシアが尋ね、レジーナとジェイクも気になってダークに何をしたのか訊いて来る。マティーリアも気になっているのか無言でダークを見つめながら答えるのを待っていた。
詰め寄って来るアリシア達を見てダークは少し驚きの反応を見せる。そしてボッシュ達がこちらを見ていない事をチェックしてアリシア達を宥めた。
「分かった分かった、ちゃんと説明するから落ちつけ」
ダークの言葉でアリシア達は落ち着き、ダークから少し離れる。アリシア達が落ち着くのを確認したダークは小さく溜め息をつき、ノワールの方を向いて彼の頭をポンポンと軽く叩く。
「あれは私ではなく、ノワールがやったんだ。ノワールの魔法で私とアリシアのスフィアの情報を書き換えたんだ」
「スフィアの情報を書き換えた?」
驚くアリシアはもう一度自分のナイトスフィアを取り出して情報を再確認する。すると、アリシアのレベルが60から97に変わっていた。レベルが変わっている事を知り、アリシアや彼女のナイトスフィアを覗き込んでいたレジーナ達は驚く。そこへノワールが近づいて来て杖でアリシアのナイトスフィアを指した。
「マスターがアトラスタ司令にスフィアを見せると言った後に僕に合図を送られたんでお二人がスフィアを出した瞬間、気付かれないように偽装を掛けたんですよ」
「偽装?」
アリシアは聞いた事の無い魔法名に不思議そうな顔を見せる。
<偽装>とは闇属性の上級魔法の一つで書物などに記されている記録などを一定時間別の内容に書き換える事ができる魔法である。主に他人に知られたくない手紙や密書の内容を隠す事などに利用され、この魔法を使って諜報活動などをする魔法使いも多い。ただ上級魔法である上に情報を書き換える事などにしか使えない為、知っている者は少ない魔法だ。因みにこの魔法はLMFには存在しない魔法でダークとノワールも最近まで存在を知らなかった。
ノワールは今回のエルギス教国との戦争が始まる直前に偽装の魔法を習得し、何度も本や羊皮紙に書かれてある内容を書き換えて練習をしていた。そしてこの魔法はスフィアの内容も一時的に書き換える事ができると知り、ダークとアリシアのスフィアの内容を書き換えるのに使ったのだ。
「この魔法は使う魔法使いの魔力の容量によって情報を書き換えられる物が変わってきます。スフィアの内容を書き換える場合は相当な魔力を必要とするみたいですけど……」
「お主の魔力ならそれも簡単じゃったな?」
レベル94であるノワールなら問題無くスフィアの情報を書き換えられる事にマティーリアは笑いながら言う。ノワールは少し照れくさそうな顔をして頬を指で掻く。とりあえず、ダークとアリシアの本当のレベルがバレずに済みアリシア達は安心する。同時にノワールがリーライトを覚えた事で今後スフィアを見せる事を要求されても安心してスフィアを見せる事ができるようになり、ダーク達の不安も一つ消えた。
それからボッシュはダークからエルギス教国軍の情報が書かれた羊皮紙などを受け取り、彼が連れてきた兵士達は駐留地にある重要書類や使えそうな武器などを集めてジェーブルの町へ持ち帰る準備をした。武器などを運ぶのには駐留地にあったエルギス教国軍の荷車を使うので少人数でも多くの物資を持ち帰る事ができる。大量の武器や食料などを入手できた事で兵士達の顔にも少しだけ余裕が出ていた。
そして、ダークが解放した亜人達や捕虜となったエルギス教国の兵士達もボッシュ達に引き継がれる。ダークがボッシュに亜人達を手荒に扱わない事を話すとボッシュは異議を上げる事無く了承した。セルメティア王国には奴隷制度が無いからという理由もあるが、敵国であるエルギス教国と同じように亜人を扱うのは彼等の誇りが許さないのだろう。
やるべき事が済んでボッシュ達はジェーブルの町へ戻る事になり、ダーク達も一緒に町へ戻ろうとする。ところが、ボッシュはダーク達に駐留地に残ってほしいと言い出した。
「……どういう事ですか? アトラスタ殿」
ダークが自分達だけを駐留地へ残す理由をボッシュに尋ねる。するとボッシュは持っている周辺の地図を見た後にダークの方を向き口を開く。
「我々が町へ着いた後、ベルモットに八百の戦力を与えて此処に戻らせる。貴公等にはベルモット達と共に作戦に参加してもらう」
「リダムス殿と……それで、どんな作戦なのです?」
どんな作戦に参加するのかダークはボッシュに尋ねた。ダークの後ろでは休む間もなく次の作戦に参加させられる事に不服そうな顔をするレジーナ、ジェイク、マティーリアの姿がある。アリシアとノワールはこうなる事を予想していたのか嫌そうな反応は見せていなかった。
「エルギス教国軍に制圧されたグラシードの町の解放作戦だ」
ボッシュが話す作戦を聞き、アリシアは意外そうな反応をし、レジーナ達は少し驚いた様な顔をしている。ダークは何の反応も見せずにボッシュと向かい合っていた。
「グラシードの町……確かエルギス教国軍がジェーブルの町を制圧する為の攻撃拠点としていた町でしたね?」
「そうだ、貴公等が倒した先遣隊もその町から送られたものだ」
「その町をリダムス殿達と共に攻撃し、町を解放するのですか?」
「ウム、貴公が見つけたエルギス教国軍の戦力が記された羊皮紙にはグラシードの町にいるエルギス教国軍の戦力も書かれてあった。それによるとグラシードの町には千三百の戦力が駐留しており、その内の六百が先遣隊として送り込まれたらしい。そして先遣隊からの報告を聞き、他の町から戦力を集めてジェーブルの町を攻撃するつもりだったのだ」
「成る程……」
「貴公等が先遣隊を倒した事で今のグラシードの町にいるエルギス教国軍は七百となっている。そこを貴公等は八百の我が軍と共に攻撃してもらう」
グラシードの町に残っているエルギス教国軍の戦力を考えて少し多めの八百の戦力をぶつける事を考えたボッシュ。そこに六百の先遣隊を倒したダーク達を加えれば問題無いと思い、ダーク達に作戦の参加を命じたのだ。
ボッシュの話を聞いたアリシア達は僅か百しか勝っていない戦力だけで町を解放できるのか、もしかすると敵の戦力が増えているかもと色々考える。だが、自分達にはダークがいるので何か起きても大丈夫だろうという気持ちもあり不安には思っていなかった。ダーク自身もアリシア達と同じで不安そうな様子は見せていない。
「……分かりました。ただ、できるだけ早く戦力を送ってください。グラシードの町にいるエルギス教国軍が先遣隊の報告が来ない事に異変を感じ、偵察隊を送ってくるかもしれません。もし先遣隊が全滅した事がバレればグラシードの町の守りを固め、増援を要請する可能性があります。そうなったら町の解放は困難になるでしょう」
「それぐらい分かっている。貴公等は部隊が来るまでこの駐留地で待機していろ……くれぐれも自分達だけでグラシードの町の様子を見に行くような事はしないように」
ダークの言葉を聞いたボッシュは少し不機嫌そうな声で答える。どうやらダークが偉そうな態度を取っていると思い込んで気分を悪くしたようだ。勿論、ダークには偉そうに言っている気など無い。ボッシュの勝手な思い込みだ。そんなボッシュの言い方にレジーナとジェイクはムッとしてボッシュを睨んでいた。
話が済むとボッシュ達は亜人達と捕虜の兵士を連れてジェーブルの町へ戻って行く。リダムスも部隊の編成や戦力を確認する為にボッシュ達と共にジェーブルの町へ向かう。ダーク達は町へ戻って行くボッシュ達を駐留地の中で見ている。するとボッシュ達とジェーブルの町へ向かう亜人達が歩きながらダーク達の方を向いて手を振った。改めて解放してくれた事を感謝する亜人達を見てダーク達もそんな亜人達に手を振り返す。