第八十二話 圧倒的力
ダークとアリシアがエルギス教国軍の駐留地に向かって跳んで行き、エルギス教国軍と戦闘を始めた頃、丘の上ではノワール達が駐留地の様子を伺っていた。丘の上からでは遠くてよく見えない為、ノワール達は望遠鏡などを使って駐留地の中の様子を確認している。
駐留地の真ん中ではダークとアリシアが大剣とエクスキャリバーを振り、次々とエルギス教国の兵士達は倒していく姿がある。そんな二人を多くのエルギス教国の兵士達が取り囲んでいるが、その表情は驚きに染まっており、殆どの兵士がまともに戦える状態ではなかった。
「うひゃ~、凄いわね二人とも」
望遠鏡を覗き込むレジーナは駐留地で敵を翻弄するダークとアリシアの姿に興奮する。ジェイクとマティーリアも望遠鏡でダークとアリシアの勇姿を目にし、少し熱くなっている様子だった。
ノワールもダークとアリシアが戦う姿を見て小さく笑っている。自分の主であるダークとダークの協力者であるアリシアが敵を圧倒している光景に嬉しさを感じているようだ。だがリダムスはダークとアリシアの戦う姿を見て驚きを隠せず僅かに震えていた。
「な、何なのだ、あれは……?」
望遠鏡を覗きながら震えた声を出すリダムス。その声を聞いたノワール達は望遠鏡を下ろしてリダムスの方を向く。
「わ、私は夢でも見ているのか? たった二人の騎士が六百人近くの敵を次々に倒していくなんて、あり得ない……」
「あちゃ~、信じられない光景を見て現実逃避しかけてるわね」
「まぁ、普通の人間があんな光景を見りゃ、そうなるわな」
望遠鏡の向こう側で起きている出来事が信じられないリダムスを見てジェイクは苦笑いを浮かべながら言う。レジーナも当然ね、と言いたそうな顔でリダムスを見ながら頷いた。
驚いているリダムスを見ていたノワールはリダムスに近づき、彼の腰をポンポンと軽く叩く。すると叩かれた事に驚いたリダムスはビクッと反応し、望遠鏡を目から離して隣にいるノワールの方を向いた。
「大丈夫ですか、リダムスさん?」
「え? あ、ああ……大丈夫だ、すまない」
我に返ったリダムスは深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとする。深呼吸をするリダムスを見たノワールは大丈夫だな、と感じて再び駐留地を望遠鏡で覗く。リダムスは冷静に駐留地の戦いを見ている幼い少年の姿を目にし、大人である自分が動揺していた事を心の中で恥ずかしく思った。
落ち着きを取り戻したリダムスは望遠鏡を使わずにもう一度駐留地の方を向く。遠くでエルギス教国軍と戦うダークとアリシアの姿にリダムスは僅かに汗を流す。やはり何度見ても二人の騎士が大勢の敵を圧倒している事が信じられないようだ。
「……ダーク殿は、一体何者なのだ? さっきといい、あの力といい、彼は本当に人間なのか……」
「……ええ、マスターは正真正銘の人間ですよ?」
駐留地を見つめながら呟くリダムスの疑問にノワールは望遠鏡を覗きながら答える。リダムスはノワールの言葉を聞き、目を見開いた状態で彼を見下ろす。
「あり得ない、あれほどの力を持つ人間などこの世に存在するはずがない。強化系の補助魔法を使ったり、マジックアイテムを使ってもあそこまでの力を得るのは不可能だ」
「でも、目の前で起きている出来事は現実ですよ?」
冷静に、そして丁寧な口調で目の前で起きている事を話すノワールを見てリダムスは呆然とした。そしてレジーナ達の方を向き、小さく笑うレジーナ達を見てリダムスはまばたきをする。なぜこんな状態で彼等は落ち着いていられるのか、なぜ笑っていられるのか、彼等は頭がおかしいのか、それともおかしいのは自分だけなのか、自分の常では考えられない事が起きている現実にリダムスは完全に混乱していた。
駐留地で暴れるダークとアリシアに駐留地にいる兵士の殆どが二人の対応に移る。その光景を確認したノワールは望遠鏡をしまい、真剣な顔でレジーナ達の方を向いた。
「皆さん、そろそろ行動に移ってください。敵兵の殆どがマスターとアリシアさんの対応に向かいました。今なら敵と遭遇する事無く亜人達の下へ向かえるはずです」
「ようやく妾達の出番か、待ちくたびれたぞ?」
マティーリアはロンパイアの石突の部分で強く地面を叩きながら少し不機嫌そうな声を出す。ずっと丘の上でジッとしていた為、退屈で仕方がなかったのだろう。レジーナとジェイクはそんなマティーリアを見てやれやれ、と言いたそうな呆れ顔を見せた。
ノワールは自分達の武器を手にするレジーナ達を見て持っている杖の先をレジーナ達に向ける。そしてレジーナ達に魔法を掛け始めた。
「物理攻撃強化、物理防御強化、移動速度強化、魔法防御強化」
補助魔法によってレジーナ達は物理攻撃力、機動力、そして物理と魔法の両方の防御力を強化される。レジーナ達は自分達の能力が強化されたのを見て、準備が整うと駐留地の方を向いた。
「それじゃあ、あたし達も行って来るわ」
「ノワール、魔法での支援、頼むぜ?」
「ハイ、皆さんもお気を付けて」
ノワールの言葉にレジーナとジェイクは笑みを浮かべ、勢いよく丘を下って駐留地の方へ走って行く。マティーリアも隠していた竜翼、竜尾を出し、大きく竜翼を広げて低空飛行で丘を下りて行った。駐留地へ向かうレジーナ達を見送るとノワールもいつでも魔法で支援できるよう駐留地を見下ろして状況のチェックに入る。
無駄な動きをする事無く素早く行動するノワール達を見てリダムスは目を丸くしながら驚く。ただの冒険者がここまで手際よく動けるとは思っていなかったのだろう。そして、子竜から人間の少年となり、魔法が使えるノワールにも驚いていた。
ノワールが子竜から人間の少年に変身した事にも驚いたが、その後に魔法まで使った事にリダムスは衝撃を受けた。そんな存在を連れているダークは一体何者なのか、リダムスはダークが只の黒騎士ではないと感じている。
「リダムスさん、貴方は僕と一緒に此処にいてください。混乱しているこの状況で一人で動くのは危険ですので」
「あ、ああ、分かった」
見た目とは違い大人らしい言葉を口にするノワールにリダムスは驚きながら頷き望遠鏡を覗く。ノワールも杖を握りながら遠くに見える駐留地を見つめた。
一方、駐留地ではダークとアリシアがエルギス教国の兵士達と激しい戦いを繰り広げていた。ただ、戦いは圧倒的にダークとアリシアの有利にある。人間では考えられない力で敵を薙ぎ払い、とてつもない速さで移動して敵を翻弄するダークとアリシアにエルギス教国軍は手も足も出ない状態だった。
大勢の敵に囲まれる中、ダークは大剣を大きく横に振り、目の前にいる数人の兵士を一度に切り捨てる。切られた兵士達は声を上げる間もなくその場に倒れ、二度と立ち上がらなかった。
ダークは倒れている兵士達を見下ろしながら大剣を払って付いた血を払い落とす。するとダークの背後にいた別の兵士が走って来てダークの背中に向けて袈裟切りを放つ。だがダークは前を向いたまま大剣を背中へ回し、大剣で兵士の袈裟切りを防ぐ。そして素早く背後にいる兵士の頭部に後ろ回し蹴りを放ち蹴り飛ばした。飛ばされた兵士は十数m先にある木箱に叩き付けられてそのまま動かなくなる。蹴り飛ばされた仲間を見て兵士や騎士達は愕然とした。
「どうした? こんなものなのか、エルギス教国の兵士の力は?」
低い声を出して挑発する様に言うダークに彼を取り囲む兵士達は歯を噛みしめながらダークを睨む。最初は暗黒剣技を見せられて驚いたが、いくら大きな力を持っていても敵は僅か二人、数で優る自分達が負けるはずないと兵士達は考えていた。
ダークが兵士達が攻撃して来るのを待っていると右から剣を持った兵士が二人、ダークに向かって走って来る。ダークは兵士達の方を向いて大剣を構え迎え撃とうとする。だが、ダークが兵士達の方を向いた直後、背後から槍と斧を持った兵士がダークに向かって走って来た。どうやら連携して前後から挟み撃ちを仕掛けてきたようだ。
敵が挟み撃ちを仕掛けてきた事にダークは意外そうな反応を見せる。だが、驚く事も慌てる事も無く冷静に敵の動きを確認したダークは前から攻撃して来た兵士達の剣を大剣で防ぎ、素早く剣を払って大剣で反撃し兵士二人を倒した。その直後、すぐに振り返って背後から迫って来る兵士達に向けて横切りを放ち、後ろから来た兵士二人もあっという間に倒す。
挟み撃ちを仕掛けた兵士達もあっさりと倒された光景に周りの兵士や騎士達は固まる。もはや少人数で攻撃を仕掛けてもだめだと感じた兵士達は一斉にダークに襲い掛かった。
「……何人で挑んできても無駄だ」
ダークは小さな声でそう呟き目を赤く光らせる。
兵士達が剣や斧で次々に攻撃を仕掛けるが、ダークはそんな兵士達の攻撃を軽々とかわし大剣で切り捨てて行く。剣で切ろうが、槍で突こうが、矢を放とうが兵士達の攻撃は一発も当たらない。逆にダークの攻撃は必ず当たり、兵士達を一人ずつ確実に倒していった。
しばらく攻撃していた兵士達は一人ずつ倒されていく仲間達を見て、一度態勢を立て直す為に攻撃を中止し距離を取る。ダークの周りには大勢の兵士や騎士の死体が転がっており、それを見た兵士達は汗を掻きながら緊迫した表情を浮かべた。
「何なんだ、この黒騎士は? 本当に人間か?」
「あんなに大勢で一斉に攻撃したのに掠りもしてねぇなんて……」
ダークに攻撃が一度も当たらない事に兵士達の顔に驚きが浮かび上がる。数では圧倒的に有利なはずなのになぜか勝てない、そんな現実に兵士達の士気は少しずつ低下していった。
攻撃をやめた兵士達を見てダークは大剣を下ろしたまま兵士達が次にどう動くかを警戒する。
(もうかなりの数の敵を倒したんだが、まだ結構いるなぁ……やっぱり六百って言うのは口で言うよりもデカいもんだったんだな)
既に数十人倒したのにまだ大勢の敵が自分を取り囲んでいるのを見てダークは自分が相手にしている敵がとても大きかった事を心の中で再認識する。そんな時、ダークの左後の方から大きな爆音と兵士達の叫び声が聞こえ、ダークや彼を取り囲む兵士達が叫ぶ声の聞こえた方を向く。
(アリシアか……彼女もかなり派手に暴れてるみたいだな?)
爆音と叫び声の原因が別行動をしているアリシアだと気付きダークは心の中で呟いた。遠くで大勢の敵と戦うアリシアの事を想像し、自分も負けてられないなと感じたダークは大剣を構え直し、兵士達に向かって走り出す。兵士達は走って来るダークの姿を目にすると恐怖を感じたのか驚きの表情を浮かべながら声を上げる。そんな兵士達に向けてダークは大剣を振った。
ダークが戦っている場所から少し離れた所ではアリシアがダークと同じように大勢のエルギス教国軍の兵士に囲まれながら戦っていた。次々に襲い掛かって来る兵士や騎士の攻撃をアリシアは華麗にかわし、素早くエクスキャリバーで反撃する。戦いが始まってから十数分経っているがアリシアは一度も攻撃を受けておらず無傷の状態だった。
「クソォ、一体何なんだこの女は? 攻撃が掠りもしないぞ」
兵士の一人が無傷のアリシアを見て槍を構えながら微量の汗を流す。周りにいる別の兵士達も傷一つ付いていないアリシアを警戒しながら武器を構えていた。同時に無傷で多くの仲間を切り捨てたアリシアに恐怖を感じている。
アリシアは警戒する敵の兵士達を見ながらエクスキャリバーを両手で持って中段構えを取っている。大勢の敵に囲まれている中、いつ何処から攻撃されてもすぐに対応できる体勢を取っていた。すると、アリシアの後ろにいる一人の兵士が槍を構えてアリシアン向かって走り出す。そしてアリシアの背中に向かって突きを放った。アリシアは背後からの気配と殺気を感じ取り、素早くジャンプして背後からの突きをかわす。
後ろに跳んだアリシアは空中で一回転をして突きを放って来た兵士の背後に着地し、エクスキャリバーで兵士に反撃した。背後から切られた兵士は声を上げながら持っている槍を落とし、そのままうつ伏せに倒れて動かなくなる。背後からの敵の攻撃をかわし、あっという間に倒したアリシアの姿を見て兵士達は驚きの反応を見せた。
(凄い、背後から攻撃されたのに目で見る事なく避ける事ができた。それに敵を切る時も敵が装備している鉄の鎧が紙の様に楽々と切れる。とんでもない力だ)
レベル97になった事で身体能力が大きく変わり、自身が強くなった事にアリシアは心の中で驚く。レベル70だった時もそれなりの力と速さ、感覚を持っていたが、その時とは比べ物にならなかった。
ルーとの戦いの時は怒りとルーを倒したいという感情から自身がどれくらい強くなったのかよく分からなかったが、今なら自分が以前と比べてどれくらい強くなったのかがよく分かる。アリシアは自分が予想以上に強くなっていた事に息を飲んだ。
(戦いが始まった直後、大勢の敵に囲まれたが恐怖は感じられず、敵の連続攻撃も全てがゆっくりに見えて簡単にかわせた。あれもレベル97となったおかげだろうな)
身体能力だけでなく、精神や五感までもが強化されて敵の力や存在を小さく感じてしまうアリシア。強くなった事に驚きと感激を感じていたが、同時に強くなるにつれて自分が普通の人間ではなくなっていく事にアリシアは小さな恐怖を感じていた。
アリシアは大きな力を得たのに恐怖を感じる理由が分からず浮かない表情を浮かべている。そんな時、以前ダークに言われた言葉が頭の中を過った。
強い力を得た物は得た分だけ色んなものを背負わないといけない、レベルを上げた後にどんな運命や辛い日々が待っていようと誰のせいにもできない、という言葉。それはダークの持つアイテムでレベルを70にした時、そしてルーを倒す為に地下訓練場でレベルと上げた後にダークに言われた言葉だ。この人間ではなくなっていく事に対する恐怖もその時ダークに言われた運命や背負うものの一つなのではとアリシアは考えた。
(ダークは自身が変わっていく事に対する恐怖を私が感じると分かっていてあのような事を言ったのか……そこまで考えずに力を求めていたなんて、自分が恥ずかしく思えてきた……)
ただ強くなりたいという気持ちから強さを求め、背負うものや苦痛などを考えていなかった自分の甘さにアリシアは恥ずかしく思う。そんな事を考えていると右から剣を持った兵士が二人襲い掛かって来る。兵士に気付いたアリシアは考えるのをやめて兵士達の剣をかわし、素早くエクスキャリバーで切って倒す。兵士を倒すとアリシアは深く息を吐いて前を向いて真剣な表情を浮かべる。それを見た兵士達は驚き一歩後ろへ下がった。
(ダークはどんな運命にも逃げずに生きると言う私の言葉を信じて私を強くしてくれた。だったら、私も彼の期待を裏切らないように心身共に強くならなければならない。そして、この恐怖やこれから訪れる多くの苦難も必ず打ち勝って見せる!)
強大な力を得た者として待ち受ける運命に勝てる様な強い存在になって見せる、アリシアは心の中でそう決意した。そんな事を考えていると正面から敵の騎士が騎士剣を振り下ろしてアリシアに攻撃して来る。
振り下ろしを見たアリシアはエクスキャリバーを右手に持ち、左手で振り下ろされる騎士剣を刀身を掴んで止めた。
「なっ!? ば、馬鹿な、剣を素手で止めたぁ?」
攻撃して来た騎士はアリシアが片手で自分の振り下ろしを止めた事が信じられずに驚愕の表情を浮かべる。他の兵士達もその光景を見て言葉を失う。
アリシアは目の前にいる騎士をジッと睨みながら左手に力を籠めた。すると騎士剣はアリシアが掴んでいる箇所から高い音を立てて折れる。騎士剣を折られて動揺を隠せない騎士、そこへアリシアの袈裟切りが放たれ、騎士や鎧ごと体を切り裂かれて倒れた。
ダークが以前見せた刀身折りが自分にも簡単にできた事にアリシアは意外そうな顔をする。そこへ今度は槍を持った八人の兵士がアリシアを取り囲み、八方向から一斉に槍で突きを放ち攻撃して来た。
アリシアは上に向かって高くジャンプし、兵士達の槍を回避した。兵士達は自分達の八方向からの突きを簡単に回避したアリシアに驚きながらジャンプしたアリシアを見上げる。アリシアは自分見ている兵士達を見下ろしながらエクスキャリバーを右手に持って横に構えた。すると、エクスキャリバーの刀身が白く光り出し、それを確認したアリシアはジャンプしたまま兵士達を睨む。
「白光千針波!」
大きな声を出しながらアリシアは刀身の光るエクスキャリバーを勢いよく横へ振った。すると光る刀身から無数の白い光の針が扇状に飛ばされ、地上にいる兵士達の体に突き刺さる。全身に針を受けた兵士達は声を上げながら一斉に倒れて動かなくなり、近くにいた別の兵士達は針に当たらないようにする為に慌てて離れた。
<白光千針波>は中級の神聖剣技の一つで刀身から無数の光の針を飛ばし、大勢の敵を一度に攻撃する事ができる広範囲技の一つ。一本の針によるダメージはそれほど大きくないが、一人の敵に大量の針が刺されば威力が弱くても大ダメージを与える事ができる。もっとも、高レベルのアリシアが使えば敵に一本の針しか当たらなくても一撃で倒す事が可能だ。攻撃速度が速く、攻撃範囲も広いので並の敵では回避するのは難しい技である。
攻撃して来た八人の敵、そして周りにいた数人の敵を神聖剣技で倒したアリシアは地上に下り立つとすぐにエクスキャリバーを構え直して次の攻撃に備える。その直後、背後から斧を持った兵士が襲い掛かって来てアリシアは振り返りながら攻撃をかわし、エクスキャリバーで反撃しその兵士を倒した。すると今度は頭上から無数の矢が飛んで来るのが見え、アリシアは雨の様に降って来る槍をエクスキャリバーで素早く叩き落す。
「な、何て女だ、矢を全て防いでやがる……」
「アイツといい、あの黒騎士といい、本当に人間かよ……」
矢を叩き落すアリシアの姿を見た兵士達は怯えた表情で下がる。そんな兵士達の後方で三人の魔法使いが杖を構えながら魔法を発動させようとしている姿があり、それに気づいた兵士達は魔法に当たらないよう、魔法使い達の正面から移動した。
魔法使い達が狙っているのは当然アリシアだ。三人の魔法使いは杖の先をアリシアに向けて狙いを定め、魔力が杖の先に集まると魔法を発動させた。
「火弾!」
「水の矢!」
「闇の光弾!」
魔法使い達はそれぞれ火球、水の矢、闇の光弾をアリシアに向かって放つ。三つの魔法は勢いよくアリシアに向かって飛んで行く。
アリシアは魔法使い達が自分に魔法を放った事に気付き、飛んで来る魔法をエクスキャリバーで叩き落す。水の矢と闇の光弾は防ぐ事ができたが、火球だけは間に合わず右肩への直撃を許してしまった。
「うわっ!」
肩から伝わる衝撃にアリシアは思わず声を上げて仰向けに倒れる。火球が命中したのを見た兵士や騎士、魔法使い達は喜びの表情を浮かべた。いくら強大な力を持つ者でも魔法の直撃を受ければただでは済まないと兵士達は考えていたのだ。しかし、兵士達のそんな喜びはすぐに消える事となった。
火球が命中した箇所からは煙が上がり、アリシアは倒れたまま目を閉じている。するとアリシアは目を開けてから起き上がり、火球が当たった右肩を見た。確かに煙は上がってるが肩からは痛みも熱さもあまり感じられない。鎧や服は破れたり焦げ跡が付いているが肌は火傷などしておらず少し赤くなっているだけで綺麗なままだった。
「これは……」
肌に傷が付いていないのを見てアリシアは驚きながら立ち上がる。兵士達は火球の直撃を受けたのに普通に立ち上がるアリシアを見て目を丸くしながら固まっていた。
アリシアは服や鎧についた煤を左手で払い落としながらなぜ無傷なのかを考える。すると、アリシアは自分のレベルが97である事から一つの答えに辿り着く。
「……もしかして、レベルが上がった事で私自身の肉体の防御力も上がり、打たれ強くなったのか?」
自分の防御力までもが強化されている事に驚きながらアリシアは体の隅々を見回した。
テレビゲームなどでキャラクターがレベルを上げればステータスは強化され、攻撃力や防御力も上がっていく。防御力が上がれば敵から受けるダメージも減っていき、ある程度防御力が上がれば弱い敵から受けるダメージはゼロになる。LMFでもそれは同じである為、レベル100のダークはレベルの低い敵の攻撃を受けてもダメージを受けない。どうやらそれはアリシアも同じだったようだ。
魔法を受けても普通に立っているアリシアを見て彼女の周りにいる兵士達は後ろに下がる。魔法を放った魔法使い達も愕然としながらアリシアを見ていた。
「魔法を受けても倒れねぇなんて……あの女、人間じゃねぇ」
「ま、魔女だ、あの女は魔女だぁ!」
アリシアに恐怖した何人かの兵士達は武器を捨ててその場から逃げ出す。そんな兵士達につられるように別の兵士達も逃げていく。だが兵士達の中には恐怖を感じてはいるがまだ戦意を失っていない者もおり、そんな者達はアリシアを睨みながら武器を構えていた。
「待て、逃げるな! 敵前逃亡は重罪だぞ!?」
騎士の一人が逃げる兵士達を呼び止めようと声を上げる。だが、逃げ出す兵士達は誰も立ち止まらなかった。
逃げる者達を見て舌打ちをする騎士は剣を構えてアリシアを睨む。彼も僅かに汗を垂らしてアリシアに対し恐怖を感じているようだ。しかしエルギス教国の騎士である者が敵を前に逃げ出す訳にはいかない。とは言え、自分達だけではアリシアやもう一人の黒騎士に勝てる自信が無かった。騎士は悔しそうな顔をしながら近くにいる兵士に声を掛ける。
「おい、奴隷の亜人達を解放しろ! 奴等にコイツ等の相手をさせるのだ!」
「ハ、ハイ!」
騎士の指示を聞いた兵士は慌てて亜人達を閉じ込めてある檻の方へ走って行く。騎士は亜人達が来るまでにアリシアを足止めしようと騎士剣を構える。他の兵士達もアリシアに対する恐怖を抑え込みながら戦闘態勢に入った。
駐留地の隅にある幾つもの檻。その中では奴隷である亜人達が座り込んでいる姿があった。彼等は少し前から駐留地の中から聞こえてくる騒ぎを聞いて不思議に思っていた。最初は兵士達が食事をしながら騒いでいるのだと思っていたが、声を聞いてそれが楽しい雰囲気によるものではないとすぐに気づく。
「……何だか騒がしいな?」
「人間どもに何か遭ったのか?」
檻の中にいる奴隷のリザードマン二匹が聞こえてくる声を聞いて小声で話す。二匹は濃緑色の鱗をした雄のリザードマンで首には隷属の首輪を付け、茶色い布の腰巻をしている。彼等の他にも大勢のリザードマンがおり、全員がボロボロの姿をしていた。奴隷であるせいか碌に傷の手当てもしてもらえていないのだろう。
他の檻には同じように隷属の首輪を付けられた若いエルフ達やハーピーの女達の姿がある。エルフは若い男や女が大勢おり、全員が安っぽい布で作られた服を着ていた。そしてハーピーも似たような服を着てうずくまっている。檻はかなりの数があり、閉じ込められている亜人の数は少なくても百五十人はおり、檻の中にぎゅうぎゅうになるくらい入っていた。
「聞こえてくる人間どもの声の中には悲鳴のような声も混じっている。モンスターでも駐留地に入って来たのか?」
「それはねぇだろう。此処には六百人以上の兵士がいるんだぞ? どんなモンスターが入って来ても負けやしねぇさ」
「じゃあ、あの声は何なんだよ?」
兵士達の騒ぎがモンスターではないかと話し合う濃緑色のリザードマン達。他の奴隷達も兵士達が何をしているのか気になり、檻の中から声の聞こえてくる方を黙って見ている。しかし檻がある所から中央の広場は遠く、前にあるテントが邪魔でハッキリと見えなかった。
奴隷達が広場の方を見ていると、誰かがリザードマン達の檻をコンコンと叩いた。リザードマン達が音の聞こえた方を向くとそこには笑いながら手を振るレジーナの姿があった。
「なっ、人間? どうして人間が――」
「シーッ!」
驚いて声を上げる濃緑色のリザードマンを見てレジーナは慌てて静かにさせる。レジーナの姿を見てリザードマンはとりあえず黙った。他のリザードマンや別の檻にいる亜人達も突然現れたレジーナを見て呆然としている。すると、エルフとハーピーの檻の前にジェイクがやって来て檻の中の様子を伺った。
エルフやハーピー達はいきなり現れたジェイクに驚くがジェイクが無言で俺達は敵じゃないとジェスチャーなどをして伝える。それを見た亜人達はレジーナとジェイクが敵ではないと感じ少しだけ安心した様子を見せた。だが、それでもまだ少し怯えた様子を見せている。
レジーナ達はダークとアリシアが敵の注意を引いている間に丘を下り、敵に見つからないよう注意しながら亜人達の檻がある此処まで辿り着いた。近くに敵がいないか警戒しながら檻の周辺をチェックし、敵の姿が無いのを確認して檻の前までやって来たのだ。
「安心しなさい、あたし達は敵じゃないわ……あ、セルメティアの人間だから、敵じゃないって言うのはちょっと変ね……こういう時は、危害を加える気は無いって言った方がいいのかしら?」
自分達が何者なのか、レジーナはどう説明したらいいのか分からずに考え込む。そんなレジーナをリザードマン達は黙って見ている。するとそこにマティーリアが竜翼を広げながら空から下りて来てレジーナの隣に着地した。
「他に亜人達が閉じ込められておる檻は無かった。どうやら亜人は此処におる奴等で全部のようじゃ」
「そう……それじゃあ、とりあえずあたし達は此処にいる亜人達がエルギス教国軍の兵士達に連れて行かれないように見張っていればいいのね?」
「そういう事じゃ」
ダークから言われた自分達の仕事を確認したレジーナはエメラルドダガーを持って周囲を警戒する。ジェイクもエルフとハーピーの檻の近くでスレッジロックを肩に担ぎながら敵の姿がないか警戒し始めた。
二人が周りを警戒している中、マティーリアは小さくな欠伸をしながらリザードマン達の檻の前に立ち檻の中にいるリザードマン達を覗き込んだ。する濃緑色のリザードマンはマティーリアの姿を見て驚いた様な表情を浮かべる。
「なあ、アンタ……その角と竜の翼、そしてその尻尾……もしかして、竜人なのか?」
「ん? ああ、そうじゃが?」
リザードマンの問いにマティーリアは気の抜けた様な口調で答え、それを聞いたリザードマン達は更に驚きざわつきだした。ざわつくリザードマン達にレジーナとジェイク、他の檻の亜人達は一斉にリザードマンの檻の方を向く。
「なになに? どうしたの?」
レジーナが驚きながらマティーリアの隣にやって来て尋ねた。ジェイクも気になり二人の近くへやって来る。檻の中のリザードマン達はマティーリアを見ながら少し頭を低くして畏まった様な態度を取った。そんなリザードマン達を見てレジーナとジェイクはまばたきをする。
「ど、どうしたんだ、コイツ等?」
リザードマン達が畏まる理由が分からずにジェイクは小首を傾げた。するとマティーリアは溜め息をつきながら頭を掻く。
「……こ奴等リザードマンにとってドラゴンやドラゴンの力を持つ竜人は大いなる存在となっておるのじゃ。じゃから妾が竜人である事を知って崇めておるのじゃろう」
「へぇ~、そうなんだ。確かにリザードマンとドラゴンは外見が似ているから何となく分かる気がするけど……」
「まったく、妾はこういうの風に崇められるのはあまり好きではないのじゃがなぁ……」
リザードマン達の態度を見てマティーリアは頭を抱えながら溜め息をつく。そんなマティーリアの様子を見たレジーナは小さく笑っている。普段自分に偉そうな事を言っているマティーリアが珍しく困り顔を見せているのが楽しいのだろう。
三人がリザードマンの檻の前で話していると、駐留地の中央の方から一人の兵士が慌てて走って来る。騎士から亜人を解放するよう指示された兵士だ。兵士は檻の近くまで来ると檻を持っている槍で強く叩き出す。
「おい、亜人ども! 侵入者が現れたぞ、お前達で侵入者を始末しろ!」
兵士が声を上げながら檻の中の亜人達にダークとアリシアの相手をするよう命令し、亜人達を出す為に檻の鍵を開けようとする。その時、リザードマンの檻の前に立っているレジーナ達の姿が視界に入った。
「お、お前達、そこで何をしている!?」
レジーナ達を睨みながら兵士は槍を構えようとする。それを見たレジーナはエメラルドダガーを逆手に持ち変えて兵士に向かって走り出し、素早くエメラルドダガーで兵士を切り捨てた。切られた兵士は声を上げる間もなくその場に倒れて動かなくなる。
兵士をあっという間に倒したレジーナに亜人達は目を見開いて驚く。そんな亜人達を見たマティーリアが真剣な顔で亜人達の語り掛ける。
「妾達はお前達を傷つけるつもりは無い。妾達の敵はあくまでもエルギス教国の兵士達じゃ。お前達が奴等の味方をしたり、妾達に危害を加えないのであれば、お前達の身の安全は保障する。しばらく檻の中で大人しくしておれ、奴等を倒した後にお前達を檻から出してやる」
戦いが終わった後に自由にするというマティーリアの言葉を聞き、亜人達は驚きながらざわつく。そしてしばらくざわついた後に亜人達は小さく笑いながら黙った。やはり彼等はエルギス教国軍によって強制的に戦わされていたようだ。
亜人達が自分達の言うとおりにする事を確認したレジーナ達はエルギス教国の兵士達が亜人達に近づかないように見張りを始めた。三人は騒がしい中央の方を見ながら武器を強く握る。これでダーク達の目的の一つは達成された。
レジーナ達が亜人達の確保に成功した頃、中央の広場ではダークとアリシアがエルギス教国の兵士達と戦い続けていた。二人が駐留地に侵入してから既に一時間が経過しており、駐留地にいた兵士の殆どがダークとアリシアによって倒されている。少し前まで何も無かった広場が今では兵士や騎士の死体で一杯になっていた。そんな大量の死体の中でダークとアリシアは立っている。二人の姿を見て生き残りの兵士達の顔には恐怖しか見られなかった。
「そ、そんな……こんな事が、あるのか……」
「六百近くいた我が軍の兵士が、たった二人の侵入者に……」
兵士達は漆黒の全身甲冑を身に纏うダークと白い鎧を着たアリシアを見ながら震えた声を出す。二人が繰り出す暗黒剣技と神聖剣技、そして常人では考えられない身体能力を目にした兵士達はもはや自分達に勝ち目は無いと感じたのか、生き残っている兵士達は次々と持っている武器を捨てていく。
だが、力の差が分かっていても祖国の為に戦おうとする兵士も大勢おり、そんな兵士達は武器を捨てる事無く二人に戦いを挑んでいる。ダークとアリシアはそんな兵士達の覚悟に答えるように剣を振った。
広場で兵士達がダークとアリシアの二人と戦ってる頃、駐留地の隅では二人との戦いを恐れて逃走しようとする十数人の兵士達の姿があった。その中には先遣隊の隊長である騎士の姿もある。兵士達はテントの陰から広場の様子を伺いながら脱出の準備をしており、隊長も自分が乗る馬に荷物をくくり付けていた。
「おい、もたもたするな! さっさと終わらせて脱出するぞ!」
「ハ、ハイ!」
隊長に急かされながら兵士達は荷物を自分達が乗る馬にくくり付け、脱出の準備を進めていく。すると、一人の兵士が不安そうな顔で隊長に声を掛けてきた。
「た、隊長、よろしいのですか? 我々だけ脱出してしまっても?」
「あんな化け物相手に命を賭ける必要は無い! 戦いたい奴だけに戦わせておけばいい」
「ですが、我々は国に忠誠を誓い騎士団に入った身、敵を目の前にして逃げ出すなど……」
「ならお前は此処に残って奴等と共に戦うか? 待っているのは確実な死だけだぞ?」
「い、いえ!」
兵士は青ざめながら首を大きく横に振る。もはや彼等には騎士や兵士としての誇りも国に対する忠義も無い。ただ自分が死にたくないと言う気持ちだけで動いていた。
準備を終えると隊長と兵士達は馬に乗り、他の兵士達に気付かれないようこそこそと駐留地から移動し始める。背後からダークとアリシアの二人と戦う兵士達の叫び声などが聞こえてくるが今の彼等には仲間が必死に戦おうが戦死しようがどうでもよかった。必死で戦う仲間達を残して隊長達は駐留地から逃げ出そうとする。その時、駐留地の北側にある丘の上で何かが一瞬光り、光った場所から無数の紫色の光線が蛇のような動きをしながら隊長達に向かって飛んで行く。そしてその光線は逃げ出そうとする隊長達に命中し体を貫いた。
「……があぁ!?」
何が起きたのか分からない隊長は声を漏らし、ゆっくりと落馬し地面に倒れた。他の兵士達も隊長と同じように体を光に貫かれ、自分の身に何が起きたのか理解する間もなく馬から落ちて地面に叩きつけられる。それから隊長達はピクリとも動く事は無かった。
光線が飛んで来た丘の上では隊長達がいた方角に杖を向けるノワールの姿があった。杖の先には紫色の魔法陣が描かれており、魔法陣の中ではバチバチと僅かにスパークが起きている。どうやらさっきの光線はノワールの魔法による攻撃だったようだ。
ノワールは数百m先で倒れて動かなくなった隊長と兵士達を軽蔑する様な目で見つめており、魔法陣が消えると杖をゆっくりと下ろした。
「……必死でマスター達と戦っている仲間を残して逃げ出すとは、戦士の風上にも置けない人達だ。そんな薄情な人達は僕が決して見逃しません」
仲間を見捨てて逃げ出そうとした隊長達に低い声で言い放ったノワールは駐留地の方に視線を戻してレジーナ達を見守った。ノワールの隣ではリダムスがノワールの魔法、そして駐留地で大勢の敵を薙ぎ倒すダークとアリシアの姿を見て言葉を失い呆然としながら立っている。常識では考えられない強大な強さを持つダーク達を見てリダムスは心の中で自分の存在や今まで考えていた常識がどれだけちっぽけな物なのかという事を思い知らされて固まっていた。
それからしばらくして、生き残っているエルギス教国の兵士達はダークとアリシアに降伏を申し出た。ダークは降伏する兵士達を見て、敵の情報を得る為にも捕虜として生かしておいた方がいい考えてその申し出を受け入れ、アリシアも反対する事無く捕虜とする事に納得する。戦いが始まってから一時間と数十分、六百近くいたエルギス教国軍の先遣隊は僅か二人の騎士に敗北した。