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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第八章~小国の死神~
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第八十一話  駐留地奇襲作戦


 ジェーブルの町を出たダーク達は馬を走らせて目的地の平原へと向かう。町を出てから一本道を走っているがその間、誰ともすれ違う事はなかった。やはり戦争中である為、町や村に住む者は誰も外に出ようとしないのだろう。いや、この辺りにある村や町の殆どはエルギス教国軍に制圧されている。だから正確にはエルギス教国軍によって住民達は誰も外に出してもらえないのだ。

 ダーク達が町を出てから約一時間、休憩を取りながら少しずつダーク達は目的地の平原に向かっている。先頭をダークの馬が走り、その後ろをアリシア達の馬が続く。マティーリアも珍しく馬に乗って移動していた。本当は自分の翼で飛びたいと思っていたようだが、竜人である事を隠す為、そして体力を温存する為とダークに言われて仕方なく馬に乗る事にしたのだ。


「あとどれぐらいで例の平原に到着するのでしょうか?」


 アリシアが隣を走るリダムスに尋ねるとリダムスはチラッとアリシアを見た後に再び前を向く。


「町を出てから一時間程経っています。この調子ならもうすぐ平原が見えてくるはずです」

「平原の周りには森など身を隠す場所はあるのですか?」

「森などはありませんがいくつか丘などがあると斥候から報告を受けています。その丘に隠れて敵の様子を伺うのがいいでしょね」


 リダムスは斥候から聞いた情報をダーク達に詳しく話し、ダーク達は馬を走らせながらリダムスの話を聞いた。

 駐留している先遣隊に攻撃を仕掛けるにはまずは平原の周りに何があるのかなどを知る必要がある。平原の周りに身を隠し場所があればそこから敵の様子を伺い、どの方角から攻撃を仕掛けるのが一番効率がいいのかなどを考える事ができるし、何よりも敵の戦力を確認する為には平原の周りの地形などを調べる事は重要だ。ダーク達はリダムスの話を聞いて平原に着いたら最初に何をするのか考えた。

 それから三十分後、ダーク達は目的地である平原の近くまでやって来た。エルギス教国軍に気付かれないよう、平原から300mほど離れた場所で馬を降り、そこから静かにゆっくりと足で平原に向かう。周囲に敵兵がいないかを警戒しながら進むダーク達は平原を囲む様にある丘を慎重に登っていく。そして丘の一番上までやって来たダーク達は姿勢を低くして遠くにある平原を見た。そこには情報通り大勢のエルギス教国軍の兵士達が駐留しており、いくつもあるテントや篝火の近くには槍や剣を持った兵士や騎士の姿がある。駐留地から少し離れた所には見張りと思われる兵士が何人もおり、平原の周りを警備していた。

 エルギス教国軍の駐留地を確認したダーク達は敵に気付かれないように注意しながら駐留地の様子を確認する。ダークとノワールは黙って駐留地を眺めており、アリシア達は少し緊迫した様子で駐留地を見ていた。


「凄い数だな……情報どおり六百、大隊ほどの戦力はいそうだ。いや、それ以上も考えられる」

「ええ、しかも亜人や魔法使いもいますので我が軍の大隊とは戦力がまるで違います。もし同じ人数で戦えばこちらが負けるでしょうね……」


 アリシアの隣で敵の戦力を見ていたリダムスは真剣な顔で呟く。レジーナとジェイクも大規模な先遣隊を見て息を飲む。

 亜人は人間よりも力と魔力が強い。奴隷となった亜人の部隊が加わっているエルギス教国軍の部隊と人間しかいないセルメティア王国軍の部隊を比べればどちらが強いのかは誰でも分かる。リダムスやアリシア達は改めてエルギス教国とセルメティア王国の戦力の違いを理解した。

 隣でアリシア達が先遣隊の戦力に驚いている間、ダークとノワール、そしてマティーリアは黙って先遣隊にどんな兵士や亜人がいるのかを調べている。そんな中、マティーリアは駐留地の隅に沢山の檻があるのを見つけ、望遠鏡で檻の中を調べた。そして檻の中でボロボロになりながら座り込んでいる大勢のリザードマンやエルフ、そして手足に鳥の羽を付けた女の姿をした亜人がいるのを確認する。


「若殿、あそこを見てみろ」


 マティーリアに声を掛けられ、ダークはマティーリアが指差している所を見て檻に入っている亜人達を確認した。因みにダークはハイ・レンジャーの能力である鷲眼しゅうがんを使っているので望遠鏡などを使わずに遠くを見る事ができる。


「あれは……」

「恐らく奴隷の亜人達じゃろう。首輪をつけているから間違いない」

「首輪?」

「ウム、あ奴等の首を見てみろ」


 ダークは檻の中にいる一体のリザードマンの首の辺りを見た。確かにリザードマンは紫色の宝玉を付けた黒い首輪をつけている。その首輪はリザードマンだけでなく、他の亜人達全員が付けていた。


「あの首輪は何だ?」

「あれは隷属の首輪、奴隷を示す証で奴隷となった者は必ず付けさせられる物じゃ。あの首輪を付けた奴隷が逃げ出したり、主人を裏切ったりする様な行動を取った場合、あの首輪から毒が体内に流し込まれてその奴隷を殺すようになっておる。仮に死ななかったとしても全身に麻痺が残り、自分の意思で動く事ができなくなってしまう。動けなくなった体で残りの人生を生きると言う死よりも残酷な運命を与えられるのじゃ」

「まさに、絶対服従の証という事か……」


 主人の命令に従う以外は奴隷には何も許されない、そして逆らった者には死が与えらえる。ダークは奴隷達を見て彼等にそんな惨い事を平気でするエルギス教国に対して不快な気分になった。ダークは心の中で不快な気分になりながらも感情的にならずに冷静に敵の情報を集める。ノワールやマティーリアも駐留地を見て敵の配置や人数などを調べた。

 敵の戦力や配置を調べ終えたダーク達は丘を下り、敵に見つからない場所で作戦を考える。あまりに敵の数が多かった為、リダムスは少し不安そうな顔をしていた。しかしダーク達は落ち着いた様子で作戦を立てている。


「で? どうするんだ兄貴? 暗くなるのを待って夜襲を仕掛けるか?」

「……いや、恐らく敵はジェーブルの町に夜襲を仕掛ける為に此処で準備を整えているのだろう。夕方頃にはジェーブルの町へ向けて移動するはずだ。暗くなるまで待っていたら奴等に攻撃するチャンスを失ってしまう。それに暗くなったら私達も戦い難くなるだろうからな」

「と言う事は……」

「ああ、明るいうちに攻撃を仕掛ける。それも敵が駐留地で休み、油断している間にな」

「……大丈夫なのか? いくら兄貴でも六百の敵を相手にするのはちょっと……」


 ジェイクはいくらレベル100であるダークでも六百以上いる敵を相手にするのは危険だと考えているのか不安そうな顔でダークを見ている。するとダークはジェイクの方を向いて低い声を出す。


「ジェイク、お前はまだ私の本当の力を知らないのだ」

「え?」

「今まで黙っていたが、私はこの国に来てから今日まで一度も全力を出して戦ってはいない。それどころか半分の力も出していない」

「えっ、そうなのか?」


 ダークはまだ全力の半分も出していないと聞いたジェイクは意外そうな顔を見せる。レジーナとマティーリアも同じように意外そうな顔でダークを見ていた。そんな顔をするジェイク達を見たダークはエルギス教国軍の駐留地がある方を向いて小さく笑う。


「フッ、いい機会だ。お前達に見せてやろう……少し本気を出した私をな」


 少し本気を出した姿を見せる、そう言ったダークを見てジェイク達は緊張した様な顔で小さく息を飲む。今まで見てきたダークの力よりも更に凄い力を見れるという事に少しワクワクしているようだ。

 ダークの肩に乗るノワールは久しぶりに主の本当の力を見れると聞いて嬉しく思っているのか小さく笑っていた。


「ところでダーク兄さん、亜人達はどうするの?」


 レジーナは奴隷となっている亜人達はどうするのかダークに尋ねた。いくら敵国の軍にいるとは言え、彼等は奴隷として無理矢理戦わされている者達だ。敵だからと言って慈悲も無く切り捨てるのはあんまりだと考えられる。レジーナもそんな気持ちがあり、ダークに亜人達をどうするのか訊いたのだ。アリシア達も奴隷の亜人達には慈悲を与えてあげるべきだと考えており、ダークを見て目で亜人達を助けてあげるべきだと伝えた。

 

「亜人達は殺さずに捕虜とする。私だって奴隷にされて無理矢理戦わされている者達を切る気は無い」

「ダーク兄さん……」


 ダークなら必ずそう答えると思っていたのかレジーナは感動した様に笑みを浮かべた。アリシア達の小さく笑ってダークを見ている。

 亜人達を捕虜にする事が決まり、ダーク達は亜人部隊を除く、エルギス教国軍の兵士達だけを敵として攻撃する事に決めた。次にどんな作戦で攻撃を仕掛けるかを考える為にダーク達は話し合いを始める。


「敵の駐留地には私が突っ込む。ノワールは丘の上で待機、何か不測の事態が起きたら動け。魔法の使用も許可する」

「分かりました」

「アリシア達は私が敵の注意を引いている間に亜人達を確保しろ。もし敵兵が亜人達を檻から出して戦わせようとした場合はその兵士を倒して止めろ」

「分かったぜ」


 ダークの指示を聞いてノワールとジェイクは真面目な顔で返事をし、レジーナもうんうんと無言で頷く。マティーリアは敵の注意を引く役目ではなく亜人の解放をする事に少し不服そうな顔をしていた。そんな中、アリシアがダークの前に出て真剣な顔でダークを見上げる。


「ダーク、頼みがあるのだが」

「何だ?」

「私も貴方と一緒に戦わせてほしい」

「何?」


 自分もダークと共にエルギス教国軍の兵士達と戦わせてほしいと言い出すアリシアにダークは聞き返す。レジーナ達はアリシアを黙って見つめていた。


「私は貴方と同じ力を手に入れた。だが、まだこの力を完全に使いこなせていない。これから先、私がセルメティア王国の人間として生きていく為に、騎士として国や仲間を守る為にも実戦でこの力を使いこなしておきたいのだ。だから頼む」


 アリシアの真剣な眼差しをダークは黙って見つめた。

 レベル97となり、アリシアもダークと同じように神に匹敵する力を得た。だが、その力は強大で使いこなせなければ敵だけでなく周りにいる人も傷つける事に繋がってしまう。そうなったらアリシアは今まで通りの生活を送る事はできなくなる。そうならないようにする為にもレベル97となって得た力を使いこなしておく必要があった。それには実戦で力を使い、どれ程のものなのかを見極めて少しずつ慣れていこうと考え、ダークに共に戦わせてほしいと申し出たのだ。

 ダークはアリシアの話を聞き、彼女が共に戦わせてほしいと申し出た理由を知る。彼女が笑って暮らしていく為にも力を使いこなすようにするしかない。ダークもアリシアに強大な力を与えたのは自分だから自分にもアリシアを手助けする義務があると考えていた。ダークはアリシアの頭にそっと手を置いて彼女の頭を撫でる。


「分かった、君も私と共にエルギス教国の兵士達と戦ってもらう」

「あ、ああ、ありがとう……と言うか、何でわざわざ頭を撫でる?」


 共に戦う許可を得るだけなのになぜ頭を撫でられるのか理由が分からないアリシアは少し頬を赤くする。そんなアリシアを見たダークはアリシアの頭から手をどかして小さく笑う。笑うダークを見てアリシアは頬を赤くしながら少し不機嫌そうな顔を見せた。因みにダークがアリシアの頭を撫でた理由はアリシアの表情と態度が少し固そうだったのでそれを解す為に撫でただけである。

 ノワール、レジーナ、ジェイクの三人はまばたきをしながらダークとアリシアのやり取りを見ていた。一方でマティーリアはアリシアの照れる顔を見て面白いのか周りに気付かれないようにクスクスと笑っている。

 すると、さっきから黙っていたリダムスがダークに近づき声を掛けてきた。


「あ、あの、ダーク殿」

「どうかしましたか?」


 リダムスに声を掛けられ、ダークはリダムスの方を向く。


「あ、貴方がたは本当に僅か五人で六百もの先遣隊に戦いを挑むのですか?」

「……何じゃ、お主は手伝ってくれぬのか?」


 喋り方からリダムスは共に戦わないと感じたマティーリアが目を細くしながらリダムスに尋ねる。リダムスは自分も戦うのか、と言いたそうな驚きの顔でマティーリアの方を向く。

 リダムスの反応を見たダークはマティーリアに余計な事を言うな、と言う様にマティーリアの頭を軽く拳で叩く。マティーリアは表情を少し歪めながら叩かれた箇所を擦り、アリシア達はそんなマティーリアを呆れた様な顔で見ている。


「ええ、それがアトラスタ殿から与えられた任務ですから」

「い、いくらアトラスタ司令の命令でも無茶です。貴方がたが英雄級の実力を持っていると言ってもあの数をたった五人で相手にするのは自殺行為です」

「ご心配ありがとうございます。ですが、問題ありません。あの程度なら私達だけで大丈夫です」

「あ、あの程度?」


 ダークがサラリととんでもない事を言った事にリダムスは呆然とする。ジェイク達はそんなリダムスを見て必死に笑いを堪えていた。ダークの強さとレベルを知っているジェイク達はリダムスの驚く姿が面白くて仕方がなかったのだろう。


「それにこの任務は私が自分で引き受けた任務です。今更できないなど言えませんからね」

「し、しかし、死んでしまうよりは恥をかいた方がマシかと……」

「……リダムス殿」

「ハ、ハイ?」


 少し力の入った声で名を呼ぶダークに驚き、リダムスは少し高い声で返事をした。ダークはリダムスの方を向き、目を赤く光らせる。


「私達は、死にません」


 そう言ってダークは丘を上がっていく。アリシア達もそれに続いて丘を上がって行く。リダムスはそんなダーク達の背中をしばらく呆然と見ていた。そして自分が置いていかれている事に気付き、慌てて丘を駆け上がる。

 丘の上まで来たダーク達は平原の真ん中にあるエルギス教国軍の駐留基地を見つめる。彼等の近くでリダムスも同じように駐留地を見ており、改めて敵兵の数を確認するとチラッとダーク達を見た。


(……ロクな作戦も立てていないのに、本当に彼等は大丈夫なのか?)


 ダーク達を見ながら心の中で心配するリダムス。なぜダーク達にあそこまでの自信があるのか、六百人近くの敵をどう倒すのか気になって仕方がない。リダムスは絶対にダーク達は勝てない、殺されると考えている。しかし、そんなリダムスの不安と予感は数分後に消える事となった。

 リダムスが心配しながら見ている中、ダーク達はリダムスに見られている事に気付かず駐留地を見て敵の配置を再確認している。するとダークは駐留地の中央に敵が殆どいない事に気付いた。ダークは小さく笑い、駐留地を確認しながらアリシア達に声を掛ける。


「私とアリシアが敵駐留地へ入り敵の注意を引く。お前達は敵の注意が私とアリシアに向けられている間に亜人達を確保しろ」

「えっ!?」


 敵の中に突っ込むと言い出すダークの言葉にリダムスは思わず声を出して驚く。アリシア達は驚く事無くダークの話を聞いており、ノワールも驚かずにダークの肩から下りて人間の姿へとなった。

 亜人達を確保するレジーナ達が武器を手に取り、戦いの準備をしているとダークはアリシアを抱きかかえて駐留地の方を向く。自分を抱き寄せるダークにアリシアは照れくさそうな顔をする。


「それじゃあ、私とアリシアは先に行く。亜人達の方は任せたぞ?」

「分かったわ」

「兄貴達も無茶するなよ?」


 ジェイクが無茶をするなと心配するとダークは自分に心配は無用だと言いたそうに小さく笑った。最後の確認を終えるとダークは両足に力を入れる。

 

「脚力強化」


 ハイ・レンジャーの能力の一つである脚力強化を発動させたダークは自身の脚力を強化し、その状態で強く地面を蹴る。するとダークはアリシアを抱きかかえながらもの凄い勢いで駐留地の方へ跳んで行き、あっという間に姿が見えなくなった。

 一瞬にして姿を消したダークとアリシアにリダムスは驚き目を見開く。ノワール達はダークの脚力強化の事を知っている為、驚く事は無かった。


「な、何だ今のは? ダーク殿とファンリード殿は何処へ……」

「二人なら敵の駐留地へ向かったわよ?」


 驚くリダムスにレジーナが駐留地を指差しながら説明する。リダムスはレジーナの言葉を聞いて更に驚き、目を見開きながら駐留地の方を向く。ノワール達も真面目な顔で駐留地の様子を確認する。


「マスターとアリシアさんが暴れて敵の注意を引き、敵兵士の殆どが二人に注意を向けた頃に皆さんも亜人を解放してください。僕も此処から魔法で皆さんを援護しますので」

「分かった」

「頼んだぞ、ノワール」


 ジェイクとマティーリアはスレッジロックとロンパイアを肩に担ぎながら自分達が動く時を待つ。レジーナもエメラルドダガーを握りながらジッと待ち続ける。リダムスは何が何なのか分からないままエルギス教国軍の駐留地を見ていた。

 平原の真ん中にあるエルギス教国軍の駐留地では多くのエルギス教国の兵士や騎士がジェーブルの町を襲撃する為の準備をしていた。武器や防具の数を確認し、町を囲む城壁を登る為の梯子を組み立てている者もいれば、次の襲撃に備えて食事や仮眠を取ったりしている者もいる。兵士達は次の襲撃までの間、自分のやりたい事をやっていた。

 駐留地の中央にある広場の周りには幾つものテントがあり、その中で一番大きなテントの中では数人のエルギス教国の騎士達が机を囲み作戦会議をしていた。その全員が中年の騎士で何度も修羅場を潜り抜けて来たような雰囲気を出している。どうやらそれなりの実力と戦闘の経験を持つ騎士のようだ。


「セルメティア王国軍の最終防衛拠点であるジェーブルの町はこの平原から北へ数km行った所にあります。我々は今夜、町の南側から襲撃して敵に戦力を測り、ある程度敵の戦力を把握したら再びこの平原まで後退、グラシードの町から来た増援と合流して再度ジェーブルの町を攻撃して完全に制圧するという流れです」


 騎士の一人が机の上に広げられている地図を指差しながら他の騎士達に作戦の流れを説明する。ダーク達の読み通り、彼等はジェーブルの町にいるセルメティア王国軍の戦力を測る為に夜襲を仕掛け、のちにグラシードの町から来る本隊と合流してジェーブルの町を制圧するつもりのようだ。

 他の騎士達は地図を見ながら難しい顔を見せている。ジェーブルの町を攻撃するにもどんな作戦がいいのか、どのタイミングで後退すればいいのかなどを考えていた。すると一人の中年の騎士が険しい顔で机を強く叩く。


「なぜこんな回りくどい事をする必要があるのだ! セルメティアよりも我が国の戦力の方が上なのだ。大部隊で町に攻め込み一気に制圧すればいいだろう!?」

「わ、我々もそう思っております。ですが、戦力が分からない状態で大部隊を送り込むのはできないとグラシードにいらっしゃる司令官殿が仰られましたので……」

「……フン! 我らは今日までセルメティアに連戦連勝して来たのだ。今更敵の怖気づく事も無かろう。今やセルメティアは自分達の身を守る事だけが精一杯の負け犬どもだ。さっさと叩きのめして首都まで乗り込めばいい!」

「お、落ち着いてください、隊長……」


 興奮する騎士を隊長と呼び落ち着かせる別の騎士。他の騎士達も熱くなっている隊長を困った様な顔で見ていた。

 テントの外では入口を見張っている兵士達がテントの中から聞こえてくる騎士達の会話を興味の無さそうな顔をしながら聞いていた。


「……また興奮してるな、隊長?」

「ああ、別にあそこまで熱くなることはねぇんじゃねぇか? どうせ敵と戦うのは奴隷の亜人どもなんだしよう?」

「そうだな。それを考えるとわざわざ作戦を考える必要も無いと思えるな。ただ亜人達に戦わせて自分達は安全な所で戦いを見ているだけなんだから」


 小声でそんな話をしながら兵士達は亜人達が閉じ込められている檻がある方角を向く。数百m離れた所でボロボロになり、俯いている亜人達。中には疲れのせいで檻の中で眠っている者もいた。

 エルギス教国軍は戦いが始まるとまずは奴隷である亜人達を敵にぶつけて戦わせる。亜人達は奴隷である為、別に傷つこうが戦死しようがエルギス教国の兵士達は困らないし何も感じない。だからギリギリまで後退させずに戦わせ続けていた。そして亜人達と戦った敵の数が減ったり疲れが見え始めた頃にようやく亜人達を後退させて人間である自分達が疲れ切った敵を一気に叩くと言う戦術を取っている。

 犠牲になるのはいつも亜人達である為、エルギス教国軍の兵士達には殆ど被害が出ない。だから兵士達のほぼ全員が念入りに作戦を立てたりする必要は無いと考えていたのだ。


「人間である俺達が被害が出ないんだからわざわざ作戦会議をする必要も無いって事だ。亜人達に勝手に戦わせておけばいいのになぜ隊長はわざわざ作戦を立ててるんだろうな?」

「騎士様から聞いたんだけどよ、他の戦場で戦っている隊長とかに作戦を立てずに戦っているって馬鹿にされるのが嫌だから適当に作戦を立てて報告書に書いてるって話だぜ?」

「ハッ、結局自分の為かよ……」


 隊長の本心に呆れて兵士達は溜め息をつく。そして再び亜人達が閉じ込められている檻がある方を向く。


「……そう言えば噂で聞いたんだけどよ? 隊長や騎士様達は亜人達や俺等が戦っている間に安全な所で奴隷のエルフやハーピーの女達と楽しんでるらしいぜ?」

「本当か? 俺等が必死に戦っている間にそんな事するなんて、いい気なもんだよなぁ」

「まったくだ……あ~あ、俺も一度でいいからエルフの女を抱いてみてぇよ……」

「ハハハ、なら戦争が終わったら本国に帰って娼館にでも行けよ?」


 テントの中にいる騎士達に聞こえないように小声で話す兵士達。彼等には隊長や他の騎士達に対して忠誠心や尊敬の心は殆ど無いようだ。

 兵士達が呑気に話していると、空から何かが降って来てテントの前にある広場に下り立つ。兵士達はいきなり広場の中央に下りて来た物を見て驚き咄嗟に持っている槍を構える。近くにいた他の兵士達も驚き、慌てて近くに置いてある剣や槍を手にした。広場の中央にはアリシアを抱きかかえたダークの姿があり、兵士達は突然現れた黒い鎧の騎士に驚き一斉に取り囲む。


「……どうやら、無事に駐留地には入れたようだな」


 ダークは周りを見てエルギス教国軍の駐留地へ入れたのを確認する。アリシアもダークに下ろされて足が地面に付くと周りを見回した。だが、エルギス教国軍の兵士に囲まれているのを見ると表情が急変して腰に納めてあるエクスキャリバーの柄を握る。


「ダ、ダーク、敵に囲まれているぞ!?」

「……のようだな。まぁ、空からいきなり駐留地に下り立てば兵士達も驚いて取り囲むか……」

「ず、随分と落ち着いているな?」

「こういう状況になる事は予想していたからな。それに私達はこんな奴等には殺されない。絶対にな……」

「殺されないって、それはどういう事だ?」


 アリシアはダークの言葉の意味が理解できずに尋ねる。ダークはアリシアの問いに答えようと彼女の方を向いた。すると、騒ぐ兵士達の声を聞いてテントの中から隊長と騎士達が飛び出す様に現れる。


「騒がしいぞ、何事だ?」

「た、隊長、し、侵入者の様です!」

「何だと!?」


 驚いた隊長は広場の中央を見る。だがそこにいるのはダークとアリシアの二人だけ、隊長は侵入者がたった二人だけという事を知り目を疑う。

 ダークはテントから出てきた騎士が隊長と呼ばれているのを聞くと隊長の方を向いて目を赤く光らせる。


「お初にお目にかかる、エルギス教国の兵士諸君。私はセルメティア王国の冒険者、暗黒騎士ダークという。そして彼女がセルメティア王国の騎士、アリシア・ファンリードだ」

「セルメティアだと?」

「敵国の人間は何で此処にいるんだ?」


 丁寧に自己紹介をし、アリシアの事も紹介するダークに二人を取り囲む兵士達はざわつきだす。敵国の兵士が自分達の駐留地に現れるなど予想もしていなかったのだろう。


「静まれっ!」


 兵士達が驚く中、隊長は声を上げて兵士達を黙らせる。鋭い目でダークを睨み付けながら隊長は腰に納めてある騎士剣に触れ、いつでも抜刀できる態勢に入った。


「そのセルメティアの冒険者と騎士がたった二人で敵地に何をしに来た?」

「……単刀直入に言おう、今すぐ武器を捨てて降伏しろ」

「何だと?」

「素直に降伏すれば命は保障する。だが拒否すれば、お前達に死の断罪を下す事になる」


 ダークはエルギス教国の兵士達に降伏するよう要求する。兵士達はダークが何を言っているのか一瞬理解できずに呆然としていた。そんな中で隊長である騎士はダークを見ながら鼻で笑う。


「寝ぼけているのか、貴様? 死の断罪を下す事になるだと? それではまるで貴様が私達を皆殺しにすると言っているようではないか」

「そう言っているのだが?」


 普通に答えるダークに隊長や兵士達は再び呆然とする。だがすぐに兵士達の中から笑い声が聞こえてきた。ダークの言葉を聞いて兵士達はダークは頭がおかしいのかと思っているのだろう。無理もない、たった二人で六百人近くの敵を相手にし、そして皆殺しにするとまで言って来たのだから。それを聞けば普通の人間は冗談かソイツの頭がおかしいと考えて笑うのが普通だ。

 兵士達が笑う中で隊長である騎士も笑っている。ダークはそんな隊長を黙って見つめていた。


「ハハハハ、どうやら貴様は本当に寝ぼけているようだな? たった二人で我々を倒すなど、英雄級の実力を持つ者でも不可能だ。それなのによくそんな自信に――」

「質問に答えろ。降伏するのか? しないのか?」


 隊長が喋っている最中にダークは少し力の入った声で尋ねる。そんなダークの態度に隊長は笑うのをやめてダークを睨む。笑っていた兵士達も黙り込みダークとアリシアに注目する。


「降伏すると思うか? たった二人の敵を前に降伏などすれば末代までの恥だ」

「……そうか」


 降伏しない、そう答えを出した隊長を見てダークは哀れむ様な声を出す。ダークは隊長を見つめたまま背負っている大剣を抜き、アリシアも少し遅れてエクスキャリバーを抜く。

 二人が剣を抜く姿を見て兵士達は一斉にダークとアリシアを警戒した。彼等は全員軍の人間だ、訓練のせいか例え僅か二人の敵でも戦闘態勢に入れば自然と警戒して構えてしまうのだろう。

 剣や槍を構える兵士達を見てダークは周りをチラチラと見回す。そして兵士が固まっているところを見つけるとダークは兵士達の方を向いて大剣をゆっくりと振り上げる。すると、ダークの大剣の刀身の周りに黒い靄が現れて刀身を包み込む。兵士達は突然現れた黒い靄に驚き警戒心を更に強くした。


黒瘴炎熱波こくしょうえんねつは!」


 ダークは暗黒剣技を発動させ、警戒する兵士達に向けて勢いよく大剣を振り下ろした。振り下ろされた大剣から黒い靄が一直線に放たれ、兵士達に向かって飛んで行く。兵士達は突然放たれた黒い靄に驚き、逃げる事もできずに靄に呑み込まれた。呑まれた兵士達は全身を炎で焼かれた様な激痛に襲われ、靄の中で断末魔を上げる。その僅か数秒後に断末魔は聞こえなくなり、靄に呑まれた兵士達はその場に倒れ、体から煙を上げたまま動かなくなった。

 他の兵士達は倒れた兵士達を見て固まっている。勿論隊長である騎士もだ。ダークが放った靄に呑まれた兵士達はざっと見て五十人ほどでその全員が体から煙を上げながら死んでいた。

 一撃で五十人近くの兵士を倒したダークにエルギス教国の兵士達は驚愕の表情を浮かべている。彼等には先程までダークを嘲笑っていた時の余裕は見られなかった。


「私が降伏を勧めた理由が分かったか?」


 ダークは兵士達を見て低い声で言う。それは同時にエルギス教国の兵士達に対する死刑宣告でもあった。ダークの声を聞いた兵士達は一斉に武器を構え直す。隊長や騎士達も一斉に騎士剣を抜いてダークを警戒する。


「き、貴様、今のは何だ! 一体何をした!?」


 隊長が驚愕の表情を浮かべながら尋ねてきた。しかしダークは隊長の質問に答える事なく大剣を構え直す。ダークの隣に立っているアリシアもエクスキャリバーを両手でしっかりと構えて兵士達を睨む。戦闘態勢に入った二人を見て兵士達は驚きなが一歩後ろへ下がる。そんな兵士達を見てダークは再び目を赤く光らせた。


「さあ、他国に土足で入り込み人々を傷つける愚かな教国の兵士達よ、断罪の始まりだ」


 そう呟き、ダークは兵士達に向けって勢いよく跳ぶ。アリシアもダークが跳んだ後にエクスキャリバーを中段構えに持ち、兵士達に向かって走り出した。


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