第八十話 最前線の戦況
兵士に案内されてダーク達は用意された宿屋へ向かう。ダーク達は先頭を歩く兵士の後を黙ってついて行き、その光景を見た町の住民達は不思議そうな顔で見ていた。この町では見かけない冒険者が兵士に連れられて何処かへ移動している光景が珍しかったのだろう。更にまだ午前中であった為、多くの住民や兵士、そして町で待機している冒険者達はダーク達の姿を見て小声で会話をしたりしていた。
ボッシュ達がいた集会所らしき建物を出てから数分後、ダーク達は目的地の宿屋に到着した。それなりの立派な宿屋で中からは多くの冒険者や兵士が出てくる。ダーク達が宿屋に入ると兵士は受付へ向かい従業員の男に話しかけた。すると従業員は鍵を二つ取り出して兵士に渡す。鍵を受け取った兵士はダーク達の下へ戻り、鍵をダークとアリシアに差し出した。
「こちらが皆様のお部屋の鍵になっております。この町にいる間はこの鍵の部屋をお使いください」
「ありがとう」
「出撃や会議がある場合は兵が呼びに伺いますので」
「分かった」
ダークは兵士から鍵を受け取り、兵士は鍵を渡すとダーク達に軽く頭を下げてから少し慌てた様子で宿屋を出て行った。
兵士が去るとダーク達はしばらくその場に黙って立っている。するとレジーナが今まで抑え込んでいた何かをぶちまける様に声を上げた。
「んがぁ~~っ! 何なのよ、あのおっさんはぁ!? 出会っていきなりあたし達を見下す様な態度を取って、あれが首都からの増援として来た者に取る態度なの?」
声を上げるレジーナにアリシアやジェイク、そして周りにいる従業員や他の客達が驚き一斉にレジーナの方を見た。
ボッシュと別れてからレジーナはボッシュの態度が気に入らなく、ずっと苛立ちを抑え込んでいた。だが、彼の部下である兵士の前でボッシュの事を悪く言う事はできない。その為、兵士がダーク達の前から消えるのをずっと待ち、兵士が去った直後に抑えていた苛立ちを一気に吐き出したのだ。
頭に小さく血管を浮かべながら歯ぎしりをするレジーナに従業員と客達は思わず引いてしまう。下手に関わらない方がいいと考えて近くにいる客達はそっとダーク達から離れる。
「落ちつけ、レジーナ。そんな事でいちいち興奮するな」
怒っているレジーナを見てダークが宥める。ダークは最前線に来て冒険者である自分達が直轄騎士団に見下される事を分かっていたらしく、興奮する事無く落ち着いた態度を取っていた。するとレジーナはダークの方を向いてムスッとした顔を見せる。
「ダーク兄さんはカチンと来ないの? 陛下から増援として送られたあたし達を歓迎する事無く見下していたのよ、あのおっさん騎士は!」
「落ちつけよ、レジーナ」
ダークに八つ当たりするように声を上げるレジーナをジェイクは落ち着かせようとする。レジーナは鼻息を荒くしながら少しだけ落ち着き、そんなレジーナを見てマティーリアはやれやれと言いたそうに首を横に振った。
「気持ちは分かるが直轄騎士団の連中は私達が過去にどんな活躍をしてきたのかを知らないのだ。しかも司令官は冒険者を毛嫌いする男、私達の事を見下したり、信用しないのは仕方がない」
「でも、コレット様を暗殺者から助けたじゃない。王族を助けたとなれば活躍を知らない直轄騎士団でも信用するでしょう、普通は?」
「確かに私達はコレット様を助けた。だが、王族を助けたからと言って冒険者を毛嫌いする男が簡単に冒険者を信用しないだろう。現にあの男は私達を見下す様な態度を取っていたしな」
「何よそれ、信じられないわね」
冒険者を信用しないボッシュにレジーナは腕を組みながら目くじらを立てた。
ダークの言う通り、ダーク達の活躍を知っているのは彼等の近くにおり、活躍を直接見て来た調和騎士団のみ。王城におり、冒険者と共に活動する事がない直轄騎士団はダーク達の活躍を目にしていない為、いくら王女であるコレットを助けたとしてもダーク達の事を信用できないようだ。それらを考えるとアリシアやジェイクは仕方のない事だと感じて文句を言わなかった。だが、レジーナだけは納得できないでいたのだ。
レジーナは腕を組んだまま再びムスッとした顔をする。そんなレジーナを見たアリシアは苦笑いを浮かべながらレジーナの肩に手を乗せた。
「まぁ、アトラスタ殿は冒険者の事は嫌っているが決して悪い人ではない。直轄騎士団の中でも国への忠誠心や民を守りたいという気持ちは強くて兵士達からも信頼されている。大目に見てくれ?」
「兵士達から信頼されるのはいいけど、自分も冒険者の事を信用しろっつうの!」
「ア、アハハハ……」
怒りながら文句を言うレジーナを見てアリシアは苦笑いを浮かべた。ジェイクはレジーナの言葉を聞き、それは一理ある、と感じてうんうんと頷く。
「とりあえず、部屋に荷物を置きに行くぞ? 今後どうするかはその後に決める」
「そうだな」
ダークとアリシアは持っている鍵を見て部屋番号を見る。自分達の部屋を確認するとダーク達は荷物を持ち部屋へ移動した。因みに部屋割りは男女別だ。いくら信頼している仲間であってもアリシアとレジーナは年頃の娘、男であるダークやジェイクと一緒の部屋で寝るには抵抗があった。因みにマティーリアはそんな事は一切気にしていない。
それぞれ部屋へ行き、自分達の荷物をベッドの上や部屋の隅に置くとダーク達は現状を確認する為に二つの部屋のどちらか片方に集まった。全員が揃うとアリシアは部屋の真ん中にあるテーブルの上に首都から持ってきた地図を広げ、ダーク達はテーブルを囲むように立ち地図を見る。地図はセルメティア王国とエルギス教国の領土が描かれた物で町や村なども細かく記されていた。
「それじゃあ、簡単に今の状況を確認するぞ。と言っても、首都を出る直前にマーディング卿から聞かされた情報で最新のものではないがな」
アリシアは複雑そうな顔でそう言うと地図を見下ろして記されている町を指差した。そこにはこの世界の文字でジェーブルと書かれてある。
「此処が現在私達がいるジェーブルの町だ。この町が今のセルメティア王国軍の防衛拠点となっており、此処から別の拠点や戦地に戦力などを送っている」
地図を指でなぞりながらアリシアはジェーブルの町以外のセルメティア王国軍の拠点となっている町や村を指してダーク達に教える。ダーク達はアリシアの説明を地図を見ながら黙って聞いていた。
セルメティア王国軍の拠点の説明を終えたアリシアは次にエルギス教国軍の拠点と戦力について説明し始める。アリシアは真剣な顔で地図の南側にある町や村を指差した。
「ジェーブルの町の南に約15km行った所にあるのがグラシードと言う町だ。現在はエルギス教国軍に制圧され、このジェーブルの町への攻撃拠点となっている」
「攻撃拠点か……因みに戦力は?」
「約八百、だがさっきも言ったようにこれは最新の情報ではない。制圧された別の町や砦から更に戦力がグラシードに送られて戦力が増えているかもしれない」
ダークの質問にアリシアは低い声で答える。レジーナとジェイクは敵の戦力の多さに驚きの表情を浮かべていた。
「……重要拠点であるこの町にはかなりの戦力がある。敵がこの町を攻め落とすとなると更に多くの戦力で攻撃しなくてはならない。恐らく倍以上の戦力で攻めて来るだろうな」
「という事はエルギス教国軍は更に多くの増援をグラシードの町へ送る可能性が高いという事か?」
「恐らくな……あるいは既に送られているか……」
敵がどれ程の戦力でこのジェーブルの町に攻めて来るのか、ダークとアリシアは地図を見ながら話す。エルギス教国はセルメティア王国よりも大きく、人口も多い国家だ。このセルメティア王国領にいる戦力だけでなく、本国にはまだ多くの戦力が残っている。アリシアは更に増えるであろう敵の戦力に思わず声を漏らす。
「……敵がどれ程の戦力で攻めて来るのか、それを考えるのは後だ。次にセルメティア王国とエルギス教国の国境周辺についてだ」
ジェーブルの町の周辺について確認すると次にセルメティア王国の南部、つまりエルギス教国との国境周辺の状況確認をする。アリシアは地図を見て国境の近くにある一つの町を指差す。ダーク達はアリシアが指差す町に注目した。
「この町が国境に最も近く、最も大きな町、バーネストだ。この町がセルメティア侵攻におけるエルギス教国軍の本拠点らしい」
「という事は、このバーネストの町にエルギス教国軍の司令官がいるって事なんだな?」
「そうだ」
ジェイクの質問にアリシアはゆっくりと頷く。
「つまり、あたし達の最終目標はこのバーネストの町を解放する事なのよね? この町を解放すれば王国にいるエルギス教国軍は士気を失い、最後には降伏する。そうなれば戦いはセルメティア王国の勝ちって事になるんでしょう?」
「……いや、そんな都合よくは行かんじゃろうな」
レジーナがダーク達を見ながら小さく笑って尋ねるとマティーリアが目を閉じながら呟く。それを聞いたレジーナはマティーリアの方を向いて不思議そうな顔でまばたきをする。
「どうして?」
「エルギス教国はセルメティア王国よりも大きく軍事力も高いのじゃぞ? 例えバーネストの町を解放してもエルギス教国の奴等は軍を整えてまた攻め込んで来るはずじゃ」
「う……それはあり得るわね……」
「それにバーネストの町を解放するにしてもまずはこの状況を何とかせねばならん。ジェーブルを攻撃しようとしているグラシードのエルギス教国軍を何とかする事が先じゃ」
現状を思い出してレジーナは苦い表情を浮かべる。アリシアとジェイクもセルメティア王国軍が押されている戦況を思い出して難しい顔を見せた。
(確かにマティーリアの言うとおりだな。このジェーブルの町を落とされたらセルメティア王国は確実に負ける。まずはこの危機的状況を何とかしないと他の町や村を解放するなんてできやしない)
ダークはアリシア達の会話を聞き、最初にセルメティア王国軍が安心して戦えるようにする事が大切だと考えた。ジェーブルの町が敵に攻撃されない状況になればセルメティア王国軍も安心して制圧された町や村を解放に向かえる。その為にはエルギス教国軍のジェーブル攻撃拠点となっているグラシードの町を解放する必要があった。
部屋にいる全員が黙り込んでいると部屋の扉をノックする音が聞こえていた。ノック音を聞いたダーク達は一斉に扉の方を向く。
「誰だ?」
アリシアが外にいる者に何者か尋ねる。すると扉の向こう側から若い男の声が聞こえて来た。
「失礼します。セルメティア王国軍の者です」
兵士が部屋を訪ねて来た事にダーク達は早速呼び出しか、と思いながら扉を見つめる。そんな中、レジーナとマティーリアは少しめんどくさそうな顔で扉を見ていた。宿屋に着いたばかりなのだから少しは休ませてほしいと思っているのだろう。
アリシアはゆっくりと扉を開けて扉の前に立っている兵士を真剣な目で見つめる。兵士はアリシアと部屋の中にいるダーク達を見て少し緊張した様子を見せていた。
「どうした?」
「ハ、ハイ……アトラスタ司令がお呼びです。皆さまは至急、集会所へいらしてください」
ボッシュが呼んでいると聞いてアリシアはピクッと反応する。ダーク達も冒険者を毛嫌いするボッシュが自分達を呼んでいる事に少し意外に思っていた。
「アトラスタ殿が? どんな要件だ?」
「エルギス教国軍に制圧された場所を解放する作戦についての会議を行うそうです」
エルギス教国軍に制圧された町や村の解放についての会議に自分達を参加させる事を知りダークは意外に思った。あれだけ冒険者を毛嫌いしているボッシュが冒険者の自分達を作戦会議に参加させるなんて、どういうつもりだと部屋にいる全員がそう考える。
ボッシュが何かを企んでいるのではとダークは考え、アリシアはダークの方を向きどうするかと目で尋ねる。ダークはここで会議への参加を断れば後々面倒な事になるかもしれないと考え、アリシアの方を向いて頷く。
ダークが会議に参加するという答えを見てアリシアも頷き、もう一度兵士の方を向いた。
「了解した。集会所と言うのはアトラスタ殿が会議を行っていた建物か?」
「そうです」
「分かったすぐに行く」
そう兵士に伝えるとアリシアはゆっくりと扉を閉める。扉を閉めると廊下の方で足音が聞こえ、徐々に遠くなっていく。知らせに来た兵士が立ち去ったのを確認するとアリシアはダークの方を向き、真剣な表情を浮かべた。
「……ダーク、どう思う? あれだけ冒険者を毛嫌いしているアトラスタ殿が貴方達を会議に呼ぶなんてどう考えても変だぞ」
「ああ、私もそう思う。もしかしたら、ボッシュが私達に何か無理難題を押し付けようとしているのかもしれないな」
「そう思うならどうして会議に参加する事にしたんだ?」
「参加を断って冒険者は作戦会議にも参加しない様な奴等なのか、なんて思われたらたまんないからな……それに、もし私達に無理難題を押し付けようとしているのなら、どんなものを押し付けて来るのか興味がある」
「……フッ、貴方らしいな」
ダークの会議に参加する理由を聞いてアリシアは小さく笑った。レジーナとジェイク、マティーリアもダークの余裕の態度を見て思わず笑ってしまう。ただ、ノワールだけはダークの答えを聞いてやれやれと言いたそうな苦笑いを浮かべている。それからダーク達は見ていた地図を開いたまま部屋を出て作戦会議が行われる集会所へ向かった。
宿屋を出たダーク達はジェーブルの町に来て最初に立ち寄った建物の前に来て中に入る。そして一番奥へ向かい、ボッシュ達が会議をしている部屋へやって来た。
ボッシュや会議に参加している他の騎士達はダーク達がやって来ると一斉にダーク達に視線を向ける。ボッシュは目を細くしてダーク達を見つめた。
「やっと来られたか。重要な会議なのだからもう少し早く来てもらいたいな?」
「失礼しました……」
嫌味を言うボッシュにアリシアは低い声で謝罪する。隣に立つダークは何も言わずに黙ってボッシュや他の騎士達を見ており、二人の後ろに立つレジーナとジェイクは不機嫌そうな顔でボッシュを睨んでいた。
全員が揃うとボッシュは早速作戦会議を始める。本当はダーク達を作戦会議に加えたくはないのだが、国王であるマクルダムが増援として送り、ダーク達と協力するようマクルダムから指令を受けている。その為、ダーク達に戦況や情報を教える為に渋々作戦会議に参加させたのだ。
「先程、グラシードの町の偵察に向かっていた斥候が戻って来た。そして、このジェーブルの町とグラシードの町の丁度真ん中にある平原にエルギス教国軍がテントを張り駐留しているのを見つけた」
ボッシュの口から出た情報に会議に参加している騎士達、そしてアリシア、レジーナ、ジェイクは驚きの表情を浮かべた。ダークは驚く事無く黙ってボッシュの話を聞いている。
騎士達は敵がこのジェーブルの町に近づいてきている事を知って驚きと焦りからざわつきだす。それを見たボッシュは取り乱す騎士達を情けなく思い溜め息をつく。
「落ちつけ! 斥候の報告では規模は約六百ほどで亜人も数十体いるらしい。恐らく敵の先遣隊だろう」
「大隊ほどの戦力を持つ先遣隊ですか……」
「町と町の間でテントを張っているという事は夕方か夜中に攻撃を仕掛けて来る可能性が高いですな」
騎士達が敵の戦力やいつ攻め込んで来るのかなどを話し合い、どのような対策を取るかを考える。ダーク達も話し合いには参加していないが敵がどう動くかを考えていた。
「この町を攻め落とすには敵の戦力は少なすぎる。恐らくその六百の戦力で攻撃を仕掛けてこちらの戦力などを調べるつもりだろう。そして情報を得たら本隊と合流して一気にこの町を叩くつもりに違いない」
「間違いないでしょうな……アトラスタ殿、いかがなさいますか?」
若い騎士がボッシュにどうするか尋ねる。ボッシュは腕を組みながら目を閉じて考え込む。騎士達はボッシュが答えを出すのを黙って待った。
やがてボッシュは目を開けて騎士達の方を見ると口を動かした。
「敵の目的は我々と戦い、こちらの戦力と町の情報を得る事だ。つまりこの町で奴等を迎え撃つ事自体が我々にとって都合の悪い事になる。情報を渡さないようにする為には奴等がこの町にやって来る前に叩くしかない」
「つまり、こちらから平原に駐留している敵の先遣隊に攻撃を仕掛けるという事ですな?」
「そうだ」
ボッシュは地図を見てエルギス教国軍の先遣隊が駐留している平原がある場所を見た。そこはジェーブルの町から南に7kmほど行った所にあり、六百の兵士が余裕で入れるくらいの広さだ。
「エルギス教国軍の先遣隊はジェーブルの町に攻撃を仕掛け、町にいるセルメティア王国軍の戦力や町の防衛力を調べた後に再びこの平原まで戻り、本隊に情報を知らせるのだろう。そしてグラシードの町から送られた本隊と平原で合流し、再びジェーブルの町に攻撃を仕掛けてくるはずだ。この平原は町と町の丁度真ん中にある。合流してすぐにジェーブルの町に攻撃を仕掛けるには打ってつけの場所だ。しかも町の近くにあるから攻撃するタイミングも計れる」
「わざわざグラシードの町に戻らなくても兵士達が休む事も準備を整える事もできるという事ですな……」
「しかも平原が町の間にあるのですから、不測の事態が起きた時にはすぐにグラシードの町へ戻る事もできる……敵も考えましたな」
攻撃するにも撤退するにも最高の場所に駐留してるエルギス教国軍に騎士達は難しい顔を浮かべながら地図を見下ろす。平原にいるエルギス教国軍の先遣隊をこのままにしておいてもいい事なんて何もないと考えるボッシュや騎士達は全員が平原の先遣隊を叩く事に賛成する。ダーク達は何も言わずにボッシュ達の話を聞いていた。
平原にいる先遣隊を攻撃する事が決まると次にいつ、どれ程の戦力を平原に送って先遣隊を叩くかの話に入る。敵の戦力の中には亜人部隊もある為、並の戦力を送り込んでも返り討ちに遭うとボッシュ達は考えており、慎重に送り込む戦力を考えた。
「エルギス教国軍で奴隷兵となったリザードマンやエルフなどの力はかなりのものです。倍近くの戦力を送った方がよろしいのでは?」
「いや、それでは部隊が大きすぎて敵に気付かれる可能性がある。それに重要拠点であるこの町から多くの戦力を出すのはマズい。町の守りが薄くなってしまう」
「ではどうするのだ?」
送り込む戦力が決まらず、騎士達は力の入った声を出して話し合う。騎士の中にはなかなか話がまとまらず苛立ちの顔を見せる者も出てきていた。ボッシュは騎士達を見てこのままではいつまで経っても話がまとまらないと考える。すると、ボッシュは話を黙って聞いているダーク達に注目した。そして小さく笑い騎士達に声を掛ける。
「諸君、この先遣隊への攻撃作戦は、そこにいるダーク殿達に任せる事にする」
『はあぁっ!?』
ボッシュの口から出たとんでもない言葉に黙って話を聞いていたレジーナとジェイクは声を上げる。勿論、騎士達もボッシュの話を聞き全員が彼の方を向いて驚きの表情を浮かべながら黙り込む。アリシアも声は出さなかったが目を見開いて驚いていた。
「ちょっとアンタ、何言ってんのよっ!」
「俺達に六百近くの敵を相手にしろって言うのか!?」
レジーナとジェイクは険しい顔をしながら前に出てボッシュに抗議する。当然だ、六百以上いる敵の先遣隊をダーク達だけで何とかしろと言って来たのだから怒らない方がおかしい。怒鳴るレジーナとジェイクの隣ではダークがボッシュを見つめて目を赤く光らせている。
「アトラスタ殿、我々もそれは反対です。たった五人で六百近くの先遣隊を叩くなど不可能です」
「そうです。彼等にそんな危険な任務を与えるなどできません」
会議室にいる騎士達も反対し、不服そうな顔でボッシュを見ている。するとボッシュは騎士達やダーク達を見ながら余裕の表情を浮かべた。
「諸君、忘れてはいないか? 彼等はコレット殿下をお救いし、あのミュゲルの率いるアンデッド軍団を倒した者達なのだぞ? 彼等ならこの程度の任務、簡単に熟せるはずだ」
「そ、そんな、いくら彼等でも……」
「それにこの者達は全員が英雄級の実力者だと聞いている。英雄級が五人もいれば問題ないだろう」
笑いながらダーク達ならできると言うボッシュを見て騎士達は心の中で呆れ果てていた。いくら英雄級の実力を持つ者でも六百人以上の敵を相手にして無事でいられるはずがない。そんな事は戦士であれば分かるはずなのになぜそんな無茶苦茶な任務をダーク達に与えるのか、騎士達には全く理解できなかった。
ボッシュは騎士達の呆れ果てる目を気にもせずにダーク達を見ており、周りにいる者達に気付かれないように小さく笑っている。ボッシュがダーク達にこんな任務を与えたのも実はダーク達に対する嫌がらせだったのだ。自分が毛嫌いする冒険者が騎士である自分達とともに戦場で戦う事が気に入らないボッシュは何とかダーク達に恥をかかせようと考えていた。そんな時に斥候からの報告を受け、ダーク達にやらせようと言い出したのだ。
(フフフ、いくら陛下から信頼されている冒険者でも敵の先遣隊をたった五人で叩けなどと言う命令を素直に聞くはずがない、断るに決まっている。断ればこの者達に恥をかかせるだけでなく、この者達が使えないと首都に送り返す為のきっかけができる。金で動くだけの冒険者など、この神聖な戦場にいる事が間違いなのだ)
心の中でダーク達の評判を下げて最前線から追い出す事を企むボッシュは不敵な笑みを浮かべている。こんな無謀な命令を出せば仲間の騎士達からの信頼も無くなるだろうが、彼にとってはそんな事は小さな事でしかなかった。
険しい顔でボッシュを睨むレジーナとジェイクの隣で何も言わずに黙って立っているダークとアリシア。その後ろではマティーリアが欠伸をしている。ボッシュは心の中で絶対にダーク達は断ると思っており、周りの騎士達も同じだった。当然ダークにもそんな危険な任務を断る権利はある。死ぬ確率と失敗する確率の高い任務など受けるはずがない、普通の人間ならそう考えて断るだろう。だが、ダークは違った。
「……いいでしょう。その作戦、私達が引き受けます」
「何っ?」
ダークの口から出た予想外の言葉にボッシュは思わず声を漏らす。騎士達も一斉に驚きの表情を浮かべていた。
作戦を引き受けたダークをアリシアとノワールは何も言わずに見上げている。レジーナとジェイクは少し驚いた様子でダークを見てまばたきをしていた。
「ダ、ダーク兄さん!?」
「だ、大丈夫なのかよ? いくら兄貴でも……」
「問題無い」
驚くレジーナとジェイクの方を見てダークは答える。ダークの声からは自信が感じられ、その声を聞いた二人はダークには何か考えがあると感じたのか顔から不安が消えた。
ダークが任務を引き受けた事に騎士達は驚き再びざわつきだす。死ぬ確率の高い任務を受けるなど何を考えているのか、正気なのかと騎士達は小声で話している。そして嫌がらせとして任務を命じたボッシュもダークの答えに驚き呆然としていた。
「……ダーク殿、念の為にもう一度訊くが、今引き受けると言ったのか?」
「ええ」
ボッシュの質問にダークはハッキリと答える。それを聞いたボッシュは目を丸くしながら堂々と立つダークを見た。
「ところでアトラスタ殿、先遣隊は全滅させてよろしいのでしょうか?」
「ぜ、全滅? まさか、奴等に勝てると言うのか?」
「……貴方が仰ったのですよ? 英雄級が五人もいれば問題ないと」
「い、いや……」
自分でダーク達ならできると評価した為、引き受けるとダークが言った以上は反対できない。ボッシュは何も言い返せずに黙り込む。騎士達もボッシュの方を向き、できると言っておきながら先遣隊に勝てないと言いたそうな態度を取るボッシュに呆れた様な表情を浮かべている。
黙り込んだボッシュはしばらく考え込み、答えが出るとダークの方を向いて口を動かす。
「……先遣隊を全滅させるかは貴公等が決めてよい。何人かを生かして捕虜にしても構わない」
「分かりました……それともう一つ、先遣隊を倒した後は我々はどうすればよいですか? 一度この町に戻ればよろしいですか? それともそのままグラシードの町へ向かい偵察などをすれば?」
ダークの言葉にボッシュ達は彼は完全に先遣隊に勝つつもりでいる事を知り、更に先遣隊を片付けた後の事まで尋ねてきた為、驚きのあまり言葉を失う。ダークの周りにいるアリシア達はそんなダークを見て頼もしく感じ小さく笑みを浮かべていた。
一体ダークは何を考えているのか、どこからそんな自信が湧いて来るのか、ボッシュはダークの考えがまるで分らずに混乱する。騎士達もただの冒険者がなぜこうも強気でいられるのか分からずに呆然としながらダークに注目していた。
混乱していたボッシュは首を軽く横に振って正気になるとダークを真剣な顔で見つめる。
「……先遣隊を倒したらその場で待機してもらう。我が軍の一個大隊を送るので彼等と合流し、その後の事を決めてほしい」
「分かりました」
「それと貴公等と我々との連絡手段として一名騎士を同行させる。構わないな?」
「ええ、問題ありません」
騎士を同行させる事を許可したダークはゆっくりと頷く。ボッシュは近くにいる兵士に声を掛け、同行する騎士を手配させた。
(……連絡手段なんて言ったが、本当は俺達がどうやって先遣隊と戦うのかを観察する為、そして俺達が逃げ出さないようにする為の見張りとして付けたんだろう。まったく、あれだけ俺達を評価しておきながら結局信じてねぇとは、しょうがないおっさんだ)
心の中でボッシュの本心を見抜いたダークは呆れる様に心の中で呟く。隣に立つアリシアもボッシュの真意に気付いていたらしく、僅かに呆れた顔をしてボッシュを見つめている。
先遣隊の件をダーク達に任せる事が決まるとボッシュ達は次の議題に入り話し合いを始める。その会話をダーク達は黙って聞き、セルメティア王国軍がどう行動するのかを頭に叩き込んだ。
会議が終わると一同は解散し、それぞれの仕事に向かう。ダーク達は作戦会議が終わるとすぐにエルギス教国軍の先遣隊がいる平原へ向かうよう言われ、急ぎ支度をする。準備中、レジーナは町に来たばかりなのにもう仕事をさせられるのか、と嫌そうな顔をしていた。
準備が終わるとダーク達はジェーブルの町の南門前の広場に移動する。先遣隊が駐留地としている平原はグラシードの町がある南側にある為、南門から出る必要があったのだ。
必要最低限の荷物を持ち、用意された馬の前で同行する騎士を待つダーク達。するとそこに馬に乗った一人の騎士がやって来た。
「お待たせしました」
遅れて来た騎士がダーク達に挨拶をし、ダーク達も挨拶をしようとやって来た騎士の方を向く。すると、騎士の顔を見たダーク達は意外そうな反応をした。
その騎士は二十代半ばくらいの青い短髪をした若い男の騎士で銀色の鎧と青いマントを身に付け、腰には騎士剣を納めている。その青い髪の騎士の顔にダーク達は見覚えがあった。
「貴方は確か……リダムス・ベルモット殿、でしたか?」
「覚えていてくださいましたか。そうです、アルティナ殿下の誕生パーティーでお会いした。と言っても、直接お話しするのは今日が初めてですがね」
馬から降りたリダムスは苦笑いを浮かべながらダーク達の前にやって来る。そう、彼は以前ダーク達が出席した第一王女アルティナの誕生パーティーで見かけた直轄騎士団に所属する蒼月隊の隊長である青年騎士だ。誕生パーティーでダークとアリシアがコレットを助けた後に一度会っているが、その時は顔を合わせただけで会話などはしていなかったのだ。
「改めてご挨拶させていただきます。直轄騎士団の蒼月隊の隊長を務めるリダムス・ベルモットです」
「暗黒騎士ダークです。よろしくお願いします」
ダークとリダムスは挨拶を済ませると握手を交わす。リダムスは噂の黒騎士の冒険者であるダークと初めて会い、彼がどんな存在でどれ程の強さを持っているのか興味があり、どこかワクワクした様子を見せていた。
「貴方も最前線の戦いに参加されていたのですね?」
「ええ、直轄騎士団の中で戦力の高い隊は殆ど最前線に送られていますので」
「そうでしたか……しかし、まさか蒼月達の隊長が同行するとは思っていませんでした」
「私が志願したんです。貴方達がどれ程の実力を持っているのかこの目で見てみたくて」
「そうですか……」
リダムスの言葉にダークは低い声を出す。ダークはリダムスがボッシュに自分達を見張るよう命じられているかもしれないと考えているが、別にリダムスを警戒する事も無く、どちらでも問題無いという様な軽い気持ちだった。なぜならダークは任務を放棄して逃げ出すつもりなど無いからだ。ダークには確実に先遣隊を倒すという自信があった。
「さて、全員揃ったわけですし、そろそろ行きましょう」
「ええ」
返事をしたダークは自分の馬に乗り、アリシア達もそれに続いて馬に乗る。そしてリダムスも自分の馬に乗り、ダーク達は南門の方へ馬を進ませた。門の近くにいた兵士達はダーク達の姿を確認すると南門を開ける。門がゆっくりと開き、馬が通れるくらい開くとダーク達は馬を走らせた。ダーク達はエルギス教国軍の先遣隊が駐留している平原へ向かう。