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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第八章~小国の死神~
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第七十九話  防衛拠点ジェーブル


 ダーク達がマクルダムとマーディングから依頼を受けた日の翌朝、太陽が姿を見せたばかりの早朝のアルメニスの正門前にダーク達の姿があった。ダーク達は食料などの荷物を持ち、開いている正門の前に立っている。荷物の量は普段の依頼を受ける時に持って行く量と比べると少し多いぐらいだ。正門前に立つダーク達の近くにはモニカとアイリ、アリシアの母であるミリナ、レジーナの兄弟であるダンとレニー、そしてマーディングが集まりダーク達を見送りに来ている。

 開いている正門から外を見ていたダーク達は振り返り、見送りに来ているマーディング達の方を向いた。見送りに来ている者達は全員がどこか不安そうな顔をしている。家族が戦場のしかも最前線へ行くのだから不安になるのは当然だった。


「……それでは、行ってきます」


 アリシアは真面目な顔でマーディング達に挨拶をする。レジーナ達も同じように真剣な表情を浮かべて自分の家族を見ていた。


「アリシア、無理はしないでね?」

「ハイ、必ず生きて帰ってきます。お母様も無理をなさらないでください」


 ミリナがアリシアに近づき、優しく声を掛けながらアリシアの頬にそっと手を当てる。アリシアはミリナの手の上に自分の手を当てて微笑んだ。

 アリシアの言葉を聞き、ミリナはどこか寂しそうな顔をする。本心では大事な一人娘を戦場へ行かせたくないと思っていた。夫に先立たれ、アリシアだけがミリナにとって唯一血の繋がった家族なのだ。そんな娘を戦場へ行かせたがる母親などいない。しかしアリシアは家を、そして母であるミリナを守る為に騎士となり今日まで戦って来た。

 そんな娘の覚悟と意思をミリナは知っている為、騎士としての道を歩む事を決めたアリシアを見守る事を決め、アリシアが戦場へ行くのを止めずに戻って来るのを信じて待つ事にしたのだ。


「アリシア、今の私の生きる希望は貴女だけなの。もしあの人に続いて貴女までいなくなってしまったら、私は……」

「大丈夫です、お母様、私は必ず生きて帰ります。お父様が亡くなられた日から私は心に誓いました。お母様を一人にしない、お母様は私が必ず守ると、ですからお母様は私が帰るのを待っていてください」

「アリシア……」


 必ず帰る、そう約束するアリシアをミリナはそっと抱きしめる。アリシアも抱きついてくるミリナをそっと抱き返した。

 アリシアの隣ではレジーナが弟と妹に挨拶をしている姿がある。小さな弟と妹に視線を合わせてレジーナは笑顔で二人の頭を撫でていた。


「それじゃあ、お姉ちゃんは行って来るからいい子でお留守番してるのよ?」

「う、うん、分かった……」

「お姉ちゃん、絶対に死なないでね? 絶対に帰って来てね?」


 弟のダンが少し泣きそうな顔で頷き、その隣では妹のレニーが不安そうな顔でレジーナに無事に帰って来るよう言う。そんな二人を見てレジーナは苦笑いを浮かべた。


「コラ、そんな顔しないって昨日約束したでしょう? 大丈夫、お姉ちゃんは絶対に帰って来るから」

「本当に?」

「うん!」


 笑って頷くレジーナを見てダンとレニーは涙目でレジーナに抱きつく。レジーナはそんな二人を見ながら優しく抱きし返す。

 そしてジェイクも愛する妻と娘に挨拶をしていた。ジェイクはモニカと彼女が抱き上げているアイリを見て小さく笑う。そしてそっと泣きそうなアイリの頭を撫でる。


「じゃあ、行って来るな? アイリ」

「パパ……」


 頭を撫でるジェイクを見てアイリは悲しそうな表情を浮かべた。どうやらまだジェイクが戦場へ行く事に納得できていないようだ。そんなアイリを既に納得しているモニカが優しく抱きしめる。


「大丈夫よ、アイリ。パパ必ず帰って来るわ。パパを信じましょう?」

「ママァ……」


 寂しそうな声でモニカに寄り掛かるアイリ。そんなアイリを見たモニカはチラッとジェイクを見た後に再びアイリの方を向き小さく笑いながら口を動かす。


「でも、ママとアイリに寂しい思いをさせるんだもの、パパにはそれなりに埋め合わせをしてもらわないとねぇ?」

「埋め合わせ?」


 ジェイクはモニカの言っている意味が分からずに小首を傾げた。モニカはアイリに頭を笑いながら撫でる。


「パパが帰って来たら二人でウンと我儘を言いましょう? それぐらいは許してもらわないとね」


 モニカがジェイクが戦争から無事に帰ってきた時に一緒にジェイクに甘えようとアイリに話し、それを聞いたジェイクはモニカの言いたい事を理解して苦笑いを浮かべた。


「帰って来たらしばらくは二人の傍にいる。その時は思いっきり甘えてくれていいぜ」


 ジェイクはモニカとアイリを抱き寄せて二人の耳元でそっと呟く。それを聞いた二人は目を閉じて小さく笑った。

 家族に必ず帰ると約束をするアリシア達をダークとマティーリアは黙って見ている。二人には自分達の帰りを待つ家族もいない為、挨拶する事もなくただアリシア達のやり取りを見守っていた。


「皆、家族を安心させる為に必ず帰ると約束しておる……あ奴等が戦場へ行くきっかけを作った者として、ちゃんとあ奴等を守ってやらないといけないのう、若殿?」

「……ああ、分かっている」


 マティーリアがダークを見上げながらどこか楽しそうに笑いながら声を掛け、ダークはそんなマティーリアの言葉を聞いてアリシア達を見守りながら頷いた。

 アリシア達への挨拶を済ませたミリナ達はゆっくりとアリシア達と離れる。するとミリナはダークの方を向いて小さく頭を下げた。


「ダーク殿、アリシアをよろしくお願いします。この子が無茶をしないように守ってあげてください」

「ダークさん、お願いします」

『お願いします』


 ミリナに続いてモニカとダン、レニーもダークにジェイクとモニカの事をお願いし頭を下げた。アリシア達はダークに頭を下げて頼む家族を見て恥ずかしく思ったのか僅かに頬を赤く染める。


「勿論です。アリシア達は私が命を賭けて守ります」

「ありがとうございます」


 アリシア達を守ると誓ったダークにミリナは笑って礼を言う。


(と言っても、アリシア達は既に英雄級の実力を持っているから、かなり予想外の事が起きない限りは大丈夫だと思うんだけど)


 ダークは心の中でアリシア達の強さなら問題ないと考えた。

 アリシアはレベル97とダークに匹敵する強さを持っており、レジーナとジェイクも鮮血蝙蝠団との一件で更にレベルアップをしている。レジーナはレベル53に、ジェイクは55までレベルアップしており、二人とも既に並の敵には負けないくらいの力を手に入れていた。

 ダークはアリシア達の強さからもう自分の助けなど無くても大丈夫だと考えている。だからと言ってアリシア達を助けないなどとは考えていない。アリシア達が戦場へ行く理由を作った者として責任があると考えているダークはアリシア達をしっかり守ると考えていた。


「ダーク殿、そろそろ出発の時間です」


 ダークがミリナ達と話していると今まで黙っていたマーディングが近寄って来て出発の時間を伝える。それを聞いたダーク達は視線をマーディングに向けた。

 マーディングはダークの前にやって来ると懐から封筒を取り出してダークに手渡す。その封筒には王家の紋章が入った赤い封蝋がされてある。


「陛下が最前線にいる我が軍の司令官へ書かれた手紙です。ダーク殿達と協力して戦うよう指令が書かれてあります。防衛拠点であるジェーブルの町に着きましたらその手紙を司令官に渡してください」

「分かりました」

「此処からジェーブルの町まではかなりの距離があります。用意した馬を使ってください。とは言っても、馬でも三、四日は掛かりますが……」


 そう言いながらマーディングは正門の方を向き、ダーク達もマーディングが見ている方角を見る。正門の端には五頭の馬が大人しくしている姿があった。マーディングがダーク達の為に用意した馬だろう。

 用意されている馬を見たダークはマーディングの方を向いて申し訳なさそうな声を出す。


「折角用意して頂いたのですが、馬は不要です」

「え?」

「馬を使うよりもこっちの方が早いですから」


 ダークはそう言ってポーチの中に手を入れて一枚の呪符を取り出す。それは以前バルガンスの町でダークがアリシアに渡した事のある転移の札だった。

 マーディングはダークが取り出した呪符を不思議そうな顔で見つめる。ダークは持っている転移の札を地面に向かって投げた。すると地面に落ちた転移の札が消えて大きな水色の五芒星の魔法陣が描かれる。マーディングやミリナ達はいきなり地面に描かれた魔法陣を見て一斉に驚く。ダークは魔法陣の中へと入って行き、アリシア達もそれに続いて魔法陣に入った。


「ダ、ダーク殿、これは?」

「昨日お話しした未知のアイテムの一つですよ。これを使えば一度行った事のある場所へ自由に転移できます。幸い私はそのジェーブルの町に行った事があるので」

「て、転移できるマジックアイテムですか?」


 初めて目にするマジックアイテムにマーディングは目を丸くしながら驚く。ミリナやレジーナの弟と妹も同じような顔をして魔法陣の中にいるダーク達を見ている。モニカとアイリはダークが特別なマジックアイテムを使う事を知っているのかあまり驚く様子を見せていなかった。

 マーディングが驚きながら見ているとダークはジェーブルの町の事を頭の中に思い浮かべる。転移の札を使って転移するには目的地の事を想像する必要があるからだ。


「……では、お母様、行ってまいります」


 目的地の想像をしているダークを見たアリシアはもう一度ミリナの方を向いて小さく笑って挨拶をした。するとレジーナとジェイクも自分達の家族の方を向いて微笑みながら手を振る。それを見たミリナ達はアリシア達を見つめながら無言で頷いたり手を振り返す。ミリナ達は何も言わない代わりに目で必ず戻って来てとアリシア達に伝える。その直後、魔法陣の中にいるダーク達は一瞬にして消え、魔法陣も静かに消滅した。

 マーディングは消えたダーク達が立っていた場所を驚きながら見つめる。さっきまで五人の男女が立っていた場所には既に誰もおらず、何も無い。マーディングはまばたきをしながら呆然としていた。驚くマーディングの近くでミリナ達はアリシア達が無事に帰って来てくれるよう祈っている姿がある。


――――――


 アルメニスで転移の札を使ったダーク達は正門前の広場とは全く別の場所へ転移した。周りには草原が広がっており、少し離れた所には大きめの林がある。ダーク達が立っているのは草原の中にある一本道の真ん中だった。

 ダーク達は周囲を見回して自分達が今何処にいるのかを調べる。するとダークが数百m先に大きな町があるのを見つけ、アリシア達も草原を抜けた先にあるその町を目にした。


「ダーク、あの町は……」

「ああ、恐らくジェーブルの町だろう」


 防衛拠点であるジェーブルの町の近くに無事に転移した事を知りアリシアは笑みを浮かべ、同時に無事に転移できた事に安心する。レジーナ達も遠くにある町を見て笑みを浮かべていた。するとマティーリアがロンパイアを肩に担ぎながら町を見て難しそうな顔を浮かべる。


「なあ、若殿。なぜわざわざ町から離れた所に転移したのじゃ? どうせなら町の中か町の入口前に転移すればよかったじゃろう」

「それはできない」


 マティーリアの疑問にダークはマティーリアの方を向きながらハッキリと答える。


「なぜじゃ?」

「今は戦争中だ。そんな状態でいきなり町の中や正門前に転移してみろ、町にいるセルメティア軍の兵士達が驚いて私達をエルギスの刺客か何かだと誤解するかもしれない。私達がアルメニスから送られた増援だと分かってもらう為には首都のある方角から歩いて町へ向かい正面から兵士達に増援である事を伝える必要がある」

「首都の方から来て堂々と近づけば敵や敵のスパイと勘違いされる事は無いでしょうからね」


 ダークとノワールの説明を聞いてマティーリアやアリシア達は納得の反応を見せる。現在、エルギス教国軍の侵攻を抑える重要拠点であるジェーブルの町は最前線で一番安全な場所だ。エルギス教国軍は南から侵攻をしており、その侵攻をセルメティア王国軍は防衛し、攻撃の際はエルギス教国との国境がある南側へ向かう。

 今ダーク達がいる場所はジェーブルの町の北側にある草原でそのまま北へ進めば首都であるアルメニスへ向かう。北からジェーブルに近づけば少なくとも敵だと思われる事はない。ダークは味方であるセルメティア王国軍に警戒されないようにする為にあえて町から少し離れた北側の草原に転移したのだ。

 

「さて、それじゃあ行くとしよう」


 説明を終えるとダークはセルメティア王国軍の指揮官に会う為にジェーブルの町に向かって歩き出す。アリシア達もダークの後に続き町へ向かう。誰もいない静かな草原の中を五つの人影が歩いて行く。

 ジェーブルの町の北側にある大きな門、その門の上にある見張り台には槍や弓矢を持つ数人のセルメティア軍の兵士の姿があり町の外を見張っていた。いくら安全な北側とは言え、開門や何か問題が起きた時にすぐに動けるようそれなりの人数が配置されている。

 見張り台にいる一人の兵士が周辺を見回していると遠くにある草原の方から町へ近づいて来る人影を発見する。兵士はすぐに近くにいる仲間の兵士達に人影の事を伝えた。


「おい、草原の方から何かが近づいて来るぞ?」

「はあ? 何かってなんだよ?」

「ハッキリとは見えないが、人数は五人ほどでその中に騎士が二人いる。残りの三人は冒険者みたいだぞ」

「騎士に冒険者? 別の町から来た連中か?」

「分からない。だが、こっちの方角から来たという事は敵である可能性は低いだろな」


 兵士達は近づいて来る人影、つまりダーク達が北側から来た事から敵ではないと考える。二人の兵士の会話を聞いていた別の兵士達も同じ考えなのか近づいて来るダーク達を警戒する様子は無かった。兵士達がダーク達の正体について話をしていると見張り台の下の方から声が聞こえてくる。


「誰かいるかーっ!?」


 聞こえてくる女の声に兵士達は一瞬驚き一斉に下を見る。そこにはいつの間にか門の前までやって来て門を見上げているダーク達の姿があった。


「何者だ? 何処の町から来た?」


 兵士が門の前にいるダーク達に向かって大きな声で尋ねる。するとアリシアが見張り台にいる兵士を見上げながら返事をした。


「我々は首都アルメニスより増援として来た者だ。この町にいらっしゃる貴方がたの司令官殿にお会いしたい」


 アリシアが自分達が何者で何の目的で来たのかを兵士に説明し、それを聞いた見張り台の兵士達は驚きの表情を浮かべる。

 僅か五人の増援など聞いた事が無く、兵士達はアリシアがいい加減なことを言っているのではないかと感じていた。しかもアリシア以外の四人は全員が冒険者らしき姿をしており、そのうちの一人は黒騎士だ。アリシアの言葉を怪しんでも不思議ではない。


「我らを馬鹿にしているのか!? たった五人の増援など聞いた事が無い。もしお前達が本当に首都から来た増援ならもっと大勢で来るはずだ」


 兵士の険しい顔を見てダーク達は心の中でやっぱりか、と言いたそうな反応を見せる。五人だけの増援である自分達を見た兵士達がどんな反応をするのかなんとなく分かっていたようだ。

 アリシアの隣に立っているダークはこのまま説明しても兵士達は信じず、怪しんで自分達を町へは入れないと考える。するとダークはポーチに手を入れて中からマーディングから預かったセルメティア王国軍の司令官への手紙を取り出してアリシアに差し出した。手紙を見たアリシアはそれを受け取り、手紙を兵士達に見せる。


「マクルダム陛下から司令官殿への手紙を預かって来た。ここに私達が増援である事や陛下からの指令が書かれてある」

「何?」


 国王であるマクルダムからの手紙があると聞いた兵士達は表情を変える。小さくてハッキリとは見えないが、アリシアが持っている封筒を見た兵士達はどうするか相談し始めた。このまま追い返して、もしアリシアの持つ手紙が本当にマクルダムからの手紙だったら自分達は罰を受ける事になるかもしれない。それを考えた兵士達は僅かに顔色を悪くし、見張り台の真ん中に集まってこそこそと話し合う。

 手紙を見て見張り台の奥へ消えてしまった兵士達をダーク達は門の前で待っていた。なかなか顔を出さない兵士にレジーナやマティーリアがまだか、と言いたそうな顔をしながら少しイラつく様子を見せる。ダーク達はそんなレジーナとマティーリアを無視して黙って待ち続けた。すると、門がゆっくりと開いて中から数人の兵士達が出てくる。

 やっと町へ入れると思いレジーナとマティーリアは小さく笑った。だが、出て来た兵士達はまだダーク達を疑っているのか槍や剣を構えてダーク達を鋭い目で見ながら警戒している。そんな兵士達を見たレジーナとマティーリアはめんどくさそうな顔で溜め息をついた。

 兵士の一人がゆっくりとアリシアに近づき彼女の格好を確認する。鎧やマントを見てアリシアがセルメティア王国の騎士である事を知った兵士はダーク達が敵ではないと少しだけ安心した様子を見せた。


「……貴女は本当にマクルダム陛下からの手紙を預かっているのですか?」

「ああ、これがその手紙だ」


 アリシアは持っている封筒を兵士に渡し、兵士はそれを受け取ると本当にマクルダムからの手紙なのかを調べ始める。封筒の表を見た後に裏を確認し、セルメティア王国の紋章が入った蝋印を見ると兵士は驚きの表情を浮かべた。


「こ、この蝋印……確かにこれは陛下からの手紙です」

「信じてもらえたか?」

「ハイ、大変失礼しました」


 兵士は封筒をアリシアに返すと頭を下げて謝罪する。ようやく自分達が首都からの増援だと信じてもらえた事にレジーナ達はやれやれと言いたそうな顔を見せた。


「早速だが、私達を司令官殿のところへ案内してもらえるか?」

「ハ、ハイ、畏まりました」


 ダークが兵士に司令官に会わせるように頼むと兵士はダーク達を町へ入れて司令官のいる所へ連れて行く。他の兵士達は静かに町へ入って行くダーク達をまばたきをしながら呆然と見ていた。

 町へ入ると至る所にセルメティア王国の兵士や騎士、魔導士部隊の魔法使い、そして冒険者の姿があった。ダーク達は大勢の人を見て驚きの反応を見せる。

 このジェーブルの町はセルメティア王国の中でもそれなりに大きくて守りも堅く、色んな町や村に繋がっている大都市だ。各戦地に戦力を送る重要拠点として使うには打ってつけの場所だった。

 しかし、各町や村に繋がっているという事は此処を落とされればエルギス教国軍は多くの場所に戦力を送り、攻撃する事ができるという事になる。そうなったらセルメティア王国は一気に制圧され、最後には首都も落ちてしまう。そうなったらセルメティア王国はお終いだ。だからこそ、この町が最前線で最も重要な拠点とされている。


「凄い人ね?」

「そりゃあ、最前線で最も重要な拠点だからな。住民だけでなく、軍の人間もかなりいるだろう」

「まぁ、確かにそうよね」


 兵士達に案内されながら町の中を歩きながらレジーナとジェイクは町にいる人の数を見て小声で話す。マティーリアも町の様子を黙って眺めており、先頭を並んで歩くダークとアリシアは目だけを動かして町の様子を見ていた。

 しばらく歩いているとダーク達は二階建ての大きな集会所の様な建物の前にやって来た。どうやらこの建物に司令官がいるようだ。兵士はダーク達を建物の入口前で止め、入口を警備している兵士達の下へ行き事情を説明する。やがて話を済ませた兵士が戻って来てダーク達を建物の中に招き入れた。

 兵士に連れられてダーク達は建物に入り、中にいる騎士や兵士達の間を通って奥へ進む。一番奥へ行くと立ちながら大きな机を囲んで会議をする数人の騎士がおり、その中に一人、他の騎士とは雰囲気の違う騎士がいた。背はダークより少し低い位で茶色の短髪をした四十代後半ぐらいの中年の男だ。


「失礼します!」


 立ち止まって騎士達に挨拶をする兵士。騎士達は兵士と彼が連れて来たダーク達に気付くと会議を中断してダーク達を鋭い目で見つめる。兵士はダーク達をその場で待たせ、中年の騎士の下へ行きダーク達の事を話す。どうやらこの中年の騎士が司令官のようだ。


「……何? 首都から送られて来た増援だと?」

「ハイ、陛下からの手紙も預かっていると言っていました」


 兵士は司令官にマクルダムの手紙の事やダーク達の事を詳しく説明し始める。そんな彼等のやり取りを見ていたダークは隣にいるアリシアに小声で話しかけた。


「アリシア、あの中年の騎士は?」


 ダークはアリシアに兵士と話している司令官の事を尋ねる。問いかけられたアリシアは司令官を見ながら小声で答える。


「彼はボッシュ・アトラスタ殿。直轄騎士団に所属している騎士でアトラスタ男爵家の当主でもある方だ。直轄騎士団の中では上の立場の方だと聞いている。恐らく彼が最前線部隊の司令官だろう」


 アリシアが司令官の情報をダークに説明し、ダークはそれを聞きながら黙って頷く。

 ダークとアリシアが小声で会話をしていると兵士との話を終えたボッシュがダーク達の方へ歩いて来る。近づいて来るボッシュに気付いたダークとアリシアは会話をやめてボッシュの方を向く。そして二人の目の前まで来たボッシュはダークとアリシアを真剣な表情でジッと見つめる。


「……貴公等が首都からの増援として来た者達か?」

「ハイ」


 ボッシュの問いにダークが低い声で返事をする。返事を聞いたボッシュはダークとアリシア、二人の後ろにいるレジーナ達を見た後に挨拶をした。


「私は最前線部隊の司令官を務めるボッシュ・アトラスタだ。よろしく頼む」

「暗黒騎士ダークです」

「調和騎士団第五中隊長のアリシア・ファンリードです」

「ほほぉ? 貴公等がミュゲルの一件を片付け、コレット殿下をお助けしたという噂の騎士達か……」


 ボッシュはダークとアリシアが話題となっている黒騎士と聖騎士だと知って低い声を出す。そんなに驚いた様子は見せておらず、真剣な表情のままダークとアリシアを見ていた。


「そして、後ろにいるのが私とダークの仲間達です」


 アリシアが後ろにいるレジーナ達を簡単に紹介した。紹介されたレジーナはニッと笑いながら手を振り、ジェイクは軽く頭を下げる。マティーリアは挨拶もせずに黙っていた。

 ボッシュはレジーナ達を見て興味の無さそうな顔をしている。そしてすぐにアリシアの方に視線を戻した。


「……それより、陛下からの手紙を見せてもらえないだろうか?」

「え? あ、ハイ」


 手紙を見せるよう言われ、アリシアは持っている封筒をボッシュに手渡す。封筒を受け取ったボッシュは封を開けて中の手紙を黙読していく。

 ボッシュが手紙を読んでいる姿を見てレジーナは少しムッとした顔をしていた。さっきボッシュが自分達を興味の無さそうな態度で見たのが気に入らなかったようだ。


「ちょっと、アリシア姉さん、何なのよこのおっさん? あたし達に挨拶もせずに手紙を見せろなんて言っちゃってさぁ」


 レジーナはボッシュを睨みながらアリシアに小声で話しかける。それを聞いたアリシアはボッシュが自分達の方を向いていないのを確認して後ろにいるレジーナに顔を近づけた。


「実はアトラスタ殿は冒険者をあまりよく思っていない方なのだ。この国を守るのは王国に忠誠を誓った騎士や兵士だけで十分、金で依頼を受ける冒険者など信じられないと言ってな」

「何よそれ? あたし達冒険者をそんな風に見てたわけ?」


 ボッシュに無視された理由を聞いたレジーナはますます不快な気分になったのかボッシュを更に強く睨む。隣で話を聞いていたジェイクは貴族の中に冒険者をよく思わない者がいる事を知っていたのかアリシアの話を聞いても気分を悪くした様子は見せていない。マティーリアは自分に関係の無い事である為、アリシアの話を聞き流していた。そして、ダークとノワールはボッシュを見つめながらアリシアの話を黙って聞いている。


「な、何なのだこれは……」


 アリシア達が小声でこそこそと会話をしていると、マクルダムの手紙を黙読していたボッシュが表情を険しくし、手を震わせながら指に力を入れる。指に力が入った事で手紙に小さなしわができた。

 ダークやアリシア達はボッシュの様子を見て不思議そうな反応をする。マクルダムが書いた手紙の内容を知らないダーク達はなぜボッシュが険しい顔をしているのか知らず、ただ黙って彼を見ている。


「……冒険者を最前線の戦力に加え、更に彼等に自由に行動する権限を与えろなど、陛下は何を考えていらっしゃるのだ?」


 ボッシュはマクルダムが何を考えているのか分からずに不機嫌そうな顔で力の入った声を出す。

 手紙にはダーク達がこの戦争でセルメティア王国を勝利へ導く存在であるという事、そして戦場でダーク達が自由に戦えるようにするといった事が書いてあったのだ。ボッシュはたかが冒険者を特別扱いするマクルダムの考えが理解できない事、そして冒険者を特別扱いする事に対する嫉妬心から機嫌を悪くしたようだ。

 ダーク達や他の騎士達が黙ってボッシュを見ている中、ボッシュはマクルダムの手紙をテーブルの上に叩き付ける様に置く。そしてしばらく手紙を見つめてからゆっくりとダーク達の方を向き、鋭い目でダーク達を見た。


「なぜ陛下が貴公等のような者達をこの最前線へ送られたのか理解できんが、陛下が最前線に加えよと指令を出されたのであれば従おう……ただ、くれぐれも我々の邪魔をしないようにしてもらいたい。よろしいな?」

「ええ、分かっています」


 嫌味が入った様な言い方をするボッシュにダークは冷静に返事をする。そんなダークを見てボッシュは聞こえないくらい小さく舌打ちをした。


「あと、もし戦地で救援が必要になった時は貴公等に動いてもらう場合があるかもしれない。その時は……」

「分かっています。その時が来れば私達も戦地へ向かいますので、声を掛けてください」

「……それなら結構だ。とりあえず、兵に貴公等が使う宿へ案内させよう」


 そう言ってボッシュは兵士にダーク達を宿へ案内するように指示を出す。兵士はコクコクと頷いてダーク達を宿へ案内する。ダーク達は黙って兵士の後をついて行った。

 ダーク達が去るとボッシュはテーブルを強く叩きながら険しい表情を見せる。周りの騎士達はそんなボッシュの顔を見て一瞬驚く。


「冒険者如きが、コレット殿下をお救いしたからと言ってあのような態度を取りおって! あのダークとか言う黒騎士がどれだけ我が国の為に尽くして来たかは知らんが、所詮は冒険者だ、金が目当てで動いているに違いない。あのような者達など騎士の戦場には相応しくない」


 騎士が戦う場に冒険者であるダーク達は場違いと口にするボッシュ。彼はダークがただ金の為に戦っているのだと思い、ダークと彼が信頼する仲間達の事を何も分かっていない。コレットを助けたのも自分が金と王族からの信頼を得る為にやったのだとボッシュは考えていた。

 他の騎士達はそんな冒険者を嫌うボッシュを見て彼の機嫌を損ねないよう気を付けながら会議を続けた。


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