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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第八章~小国の死神~
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第七十八話  国の運命を賭けた依頼


 エルギス教国との戦いに勝つにはダークの力を借りなければならない、アリシアの言葉を聞き、会議室にいるマクルダム達は驚きの表情を浮かべた。一人の冒険者の力を借りる事で戦いに勝利できる。どういう意味なのか分からない貴族達はざわつきだす。

 マクルダムは軽く手を叩きざわつく貴族達をだまらせる。そして真剣な顔で自分を見つめるアリシアの方を向いた。


「ファンリードよ、ダークの力を借りる必要があると言ったが、あの者がいれば本当に勝てるのか?」

「ハイ、少なくとも私はそう思っております。彼は何度もこの国の為に多くの依頼をこなし、我ら調和騎士団に力を貸してきました。そして彼はいつも私達の想像を超える力で事件を解決して来ています。彼の力があればこの戦いに勝つ事ができるでしょう」


 アリシアはダークのこれまでの実績とその力をマクルダムに説明する。マクルダムはダークがコレットの一件を思い出し、彼が普通の騎士とは違う力を持っているという事を改めて理解する。マーディングも今まで調和騎士団の依頼を引き受け、普通では考えられない早さで依頼を終えて来た時の事を思い浮かべた。そしてザムザスも騎士養成学院でのダークの活躍、そして彼の使い魔で魔法を使える子竜ノワールの事を思い出して黙り込んだ。

 三人とも、これまでのダークの活躍を思い出して彼には常人ではあり得ない何か特別な力があると感じ、同時に彼に頼ればこの戦争も本当に勝利できるのではと考え始める。三人は顔を見合わせてダークに依頼をしてもいいのではと目で確認し合う。そして三人は相手の考えを悟ったのか無言で頷き、三人はアリシアの方を向く。


「ファンリード、ダークはこの戦争で共に戦ってくれるのか?」

「ハイ、此処に来る前に彼に尋ねたら進んで協力すると言ってくれました」

「そうか……では、ダークにエルギス教国との戦いに協力を頼む事にしよう。早速ダークの下へ向かい正式に依頼を――」

「お待ちください、陛下!」


 マクルダムがダークに直接会って依頼をしようと席を立った時、一人の貴族が声を上げる。マクルダムはアリシア達は一斉に声を上げた貴族の方を向いた。


「そのダークとか言う者、噂では黒騎士だと聞いております。国への忠義を失い、堕落した騎士の力を借りて戦争に勝つなどあってはなりません!」

「私も同感です。戦況によっては我が国を裏切り、敵国に寝返るかもしれません。しかもその黒騎士は冒険者、国同士の戦いで冒険者の力を借りるなど聞いた事がありません」


 貴族達のダークに依頼する事を反対する意見を聞き、マクルダムは真剣な顔で貴族達を見つめる。アリシアも貴族達の言葉を聞き僅かに表情を歪めた。ダークの予想が見事に的中し、ダークが戦争に参加できない方に話が傾き始める。このままでは貴族達に押し切られてダークが戦争に参加できなくなってしまう。そうなったら確実にセルメティア王国は敗北する。

 アリシアは貴族達を説得する為にダークから許可されたLMFのアイテムの話を出そうとする。だが、アリシアが喋るよりも先にマーディングが口を開いた。


「待ってください、確かに彼は黒騎士で冒険者です。ですが、彼はこれまで私が管理する調和騎士団の依頼を全て熟してきました。しかも彼は莫大な報酬を要求するといった事は一切しなかった。彼は黒騎士でありながらもアリシアさん達の様な素晴らしい騎士の心を持っています。更に彼はコレット殿下をガーヴィン・ラパルタンの送り込んで刺客から守り、首謀者であるガーヴィンを捕らえています。彼は私達は裏切るような事は絶対にしません」

「マーディング殿、何を仰るのだ!? 例えその者がどれだけの功績を上げようと黒騎士である事に変わりはない。黒騎士は国に仕えていた騎士が主を裏切り、騎士道を失った者がなる職業クラス、つまり一度は主を裏切っているという事ではないか」

「そんな者に頼るなど、私達は反対です!」


 マーディングの説得に耳を傾ける事なく貴族達は強く反対し続ける。マーディングは険しい顔で反対する貴族達を石頭と思いながら睨む。ザムザスも単純な考え方しかできない貴族達に呆れながら溜め息をついた。

 黙ってマーディングと貴族の口論を聞いていたアリシアは反対し続ける貴族達を小さく睨みつけながら歯を噛みしめる。ダークがどんな人物なのかも知らないのに頭ごなしに反対する貴族達に少しずつ腹を立てていた。

 アリシアは功績だけでは貴族達を納得させる事ができないと考え、ダークから言われたアイテムの話を持ち出そうとする。すると黙っていたマクルダムが強くテーブルを叩いた。


「静まらんかっ!」


 マクルダムの怒鳴り声に言い合いをしていたマーディング、貴族達は一斉に黙り込む。まるでバカ騒ぎをしていた学生が教師の一言で黙り込むかの様に。

 会議室にいる者全員が黙り、自分に注目しているのを確かめたマクルダムは静かに息を吐き、落ち着きを取り戻しすと貴族達の方を向いた。


「……確かにダークは黒騎士だ。だがマーディングの言う通り、彼がこの国の為に今まで尽くしてくれたのも事実だ。その実績と彼の性格を考えれば彼が我々を裏切るなど考え難い」

「では陛下はその黒騎士に依頼するというお考えを変える気は無いと?」


 貴族の問いにマクルダムは無言で頷く。それを見た貴族達はマクルダムは何を考えているのだ、と言いたそうにまたざわつきだす。一方でマーディンはダークに依頼する事に賛成したマクルダムを見て小さく笑った。


「し、しかし陛下、その黒騎士が我々を裏切らないという保証はありません。その者を信用するのはやはり危険かと……」

「では逆にお主達に問うぞ? なぜ彼が我が国を裏切るかもしれないと思う?」

「で、ですから黒騎士だから……」

「黒騎士だからと言うだけでダークが裏切ると決めつけるのか? それは今までこの国の為に尽くして来た彼に対する侮辱だぞ」

「で、ですが……」


 マクルダムの言葉に貴族は言葉に詰まる。確かに黒騎士だからと言ってダークが敵に回ると決めつけるのはあまりにも失礼な理由と言えた。貴族達はマクルダムの表情と言葉に少しずつ小さくなっていく。


「ダークが何者であろうとこの国の為に戦って来たのは紛れもない事実だ。そして彼は娘であるコレットも助けてくれた。本当に我々を裏切るつもりであればそこまで力を尽くす必要は無いはずだ」


 力の入った声で語るマクルダムに反対していた貴族達は何も言い返せずに黙り込む。アリシアはマーディング、ザムザスはマクルダムの話を何も言わずに聞いていた。


「私はダークが過去にどんな理由で黒騎士になったのかは分からん。しかし、今のダークはこのセルメティアの為に力を尽くそうという心を持っている。だからこそ、私はあの者を信じようと思っておるのだ」

「私も同じ考えです。黒騎士であっても彼はセルメティアの為に剣を振ろうという正しい心を持っている。彼も立派な騎士です」

「儂も同感じゃ」


 マクルダムに続いてマーディングとザムザスも貴族達にダークに依頼する事に賛成だと話す。三人は真剣な顔で貴族達を見つめ、貴族達は困り顔で三人を見ている。


「へ、陛下、ダークという者が正しい騎士の心を持っているのは分かりました。ですが、冒険者が国同士の戦争に参加するなど聞いた事がありませんぞ?」

「確かに長い歴史の中でそのような事は一度も無かった。だが、今は国の存亡をかけた一大事なのだ。冒険者を戦争に加えさせられないなどと言っている場合ではない」

「そ、そうですが、たった一人の冒険者が戦争に加わったところで最前線に大きな変化が出るとは思えませんが……」

「加えなければそれこそ何の変化も無い。彼が入れば小さくても何かしらの変化は起きる」


 話の流れは完全にマクルダムの有利に傾いている。反対していた貴族達はもうマクルダムに何を言っても押し返せないと考えているのか声から力が無くなっていた。やがて、誰もマクルダムに言い返せずに貴族達は全員黙り込んだ。そんな貴族達を見たマクルダムは鋭くなっている表情を少しだけ和らげる。


「……私は冒険者ダークにエルギス教国との戦争に参加し、我が国の騎士達と共に戦う事を依頼する。反対する者はおるか?」


 会議室が静まり返り、マクルダムは改めてダークに協力を要請する事に反対する者がいないかを尋ねる。マーディングとザムザスは勿論賛成である為、異議を唱える事無く黙っていた。反対していた貴族達もマクルダムの言葉と迫力にもう反対しようという気にならないのか何も言わずに黙って俯いている。どうやら渋々だがダークに依頼する事に賛成したようだ。

 全員がダークに依頼する事に賛成したのを見て黙って会話を聞いていたアリシアは少し意外そうな表情を浮かべていた。マクルダムが少々強引に貴族達を納得させた事とLMFのアイテムの話を出さずに話がまとまった事に驚いた様だ。

 アリシアが貴族達を見て驚いているとマクルダムが再びアリシアの方を向いて声を掛けた。


「ファンリード、正式にダークに依頼をする事が決まった。すまぬが彼のいる所まで案内してくれないか?」

「ハ、ハイ……かしこまりました」


 声を掛けられてハッとしながら返事をするアリシア。国王であるマクルダムが直接冒険者の下へ依頼をしに行くという状況に驚いているようだ。それからしばらくして会議が終わるとマクルダムはマーディングと共にアリシアに案内されてダークに会いに向かった。

 王城を出たマクルダムとマーディングはアリシアに案内されてダークの屋敷にやって来た。初めて訪れるダークの屋敷を目にしてマクルダムとマーディングは少し驚いた様だ。冒険者が上位貴族の屋敷に負けないくらいの立派な屋敷に住んでいるのだから当然と言えた。

 マクルダムが屋敷にやって来るとダーク以外の者達は全員目を見開いて驚く。アリシアから事情を聞くとダーク以外のレジーナ達は緊張した様子でマクルダムとマーディングを迎え入れ、ダークと共にマクルダムとマーディングを案内する。

 ダークに案内されてマクルダムとマーディング、そして二人の近衛兵は来客用のリビングへ移動した。リビングに入るとマクルダムとマーディングはアンティークソファーに座り、ダークも向かいのソファーに座ってマクルダムと向かい合う。ダークの後ろにはアリシア、レジーナ、ジェイク、マティーリアの四人が並んで立っており、マクルダムとマーディングの後ろのは近衛兵二人が控えている。国王がいるリビングの中でレジーナとジェイクは緊張した様子で立っていた。


「突然訪ねて来てすまないな、ダークよ」

「いえ、陛下が直接いらっしゃってくださるとは光栄です」


 マクルダムに対して一切緊張した様子を見せないダーク。その神経の図太さを目にしたレジーナとジェイクは心の中で驚いていた。マクルダムとマーディングの後ろに控えている近衛兵も少し驚いた顔でダークを見ている。


「早速だが、お主に仕事の依頼をしたいのだ」

「……エルギス教国との戦争について、ですね?」

「察しが良いな。なら話が早い」


 自分が屋敷を訪ねて来た理由を知っているダークにマクルダムは説明する必要が無いと知りすぐに本題に入る。ダークも少し前にアリシアとセルメティア王国とエルギス教国の戦争について、そしてマクルダムにダークを戦争に参加させてほしいと頼んでくるという話をしていたのでマクルダムが訪ねてきた時にアリシアの頼みをマクルダムが聞いてくれたのだと気付いていた。その為、マクルダムが説明しなくても話の内容を理解していたのだ。


「現在我が国はエルギス教国に押されて苦戦を強いられている。エルギス教国は亜人部隊を最前線の主力部隊に加えており、その亜人達の力で我が軍は次々と敗北しているのだ。このまま戦えばひと月と持たずに首都まで攻め込まれてしまう」

「ダーク殿、国の為に最前線へ赴き、軍の人々と協力してエルギス教国軍と戦っていただけませんか?」


 マクルダムの隣に座るマーディングがダークにエルギス教国と戦ってほしいと頼む。その直後にマクルダムは頭を下げ、マーディングも続いて頭を下げた。

 一国の王が冒険者に頭を下げるなど普通では考えられない行動だった為、リビングにいるアリシア達は一斉に驚く。ダークも顔はフルフェイスの兜で見えないが少し驚いた反応を見せた。


「陛下、マーディング殿、頭をお上げください。私は最初から協力するつもりでいました。ただ、黒騎士であり冒険者である事から軍と共闘はできないだろうと考えて大人しくしていたのです」

「そうだったのか、お主のその心の広さと正義感には感服する。なぜお主の様な者が黒騎士なのかが理解できぬな」

「……フフ」


 ダークはマクルダムの言葉を聞き、照れる様な声で小さく笑う。だが心の中では複雑な気持ちになっていた。


(もし暗黒騎士になった理由を聞かれた時、ただ職業クラスで暗黒騎士が人気があったから俺も憧れて暗黒騎士になりました、何て絶対言えねぇな……もとより言うつもりなんか無いけど)


 心の中で暗黒騎士になった理由を呟きながら目の前で座るマクルダムとマーディングを見つめるダーク。彼の肩に乗るノワールもダークが暗黒騎士を職業クラスにした理由を知っているのでダークの答えに感動するマクルダムを見て苦笑いを浮かべていた。

 ダークが依頼を引き受けてくれる事が決まり、次にマクルダムは報酬と最前線の状況について話しをしようとする。するとマーディングが何かを思い出したような反応をし、不思議そうな顔でダークに声を掛けて来た。


「そう言えばダーク殿、此処に来る途中、アリシアさんから聞いたのですが、貴方は不思議なマジックアイテムを持っているようですね?」

「え?」


 突然のマーディングの言葉にダークは声を漏らす。肩に乗るノワールも少し驚いた様な反応を見せた。

 実は王城からダークの屋敷に向かう途中、アリシアはマクルダムとマーディングにダークが未知のマジックアイテム、つまりLMFのアイテムを持っている事を話したのだ。最初はダークを最前線へ行かせる為の説得の材料としていたが、マクルダムの説得でアイテムの話をする必要が無くなりアリシアも会議室で話す事が無かったのだ。しかしアリシアはアイテムの事を話しておけばダークが最前線で活動しやすくなるかもしれない考え、屋敷に向かいながら二人にダークが未知のアイテムを持っている事を伝えた。

 ダークがアリシアの方をチラッと向くとアリシアはダークを見ながら小さく頷く。もともと話しても問題無い範囲の事をアリシアに伝えてもいいと言ってあるので別にマクルダムとマーディングがアイテムの事を知っていてもダークには問題無かった。ダークはアリシアを見ながら小さく二回頷き、再びマクルダムとマーディングの方を向く。アリシアはダークの態度を見て何も問題無いと悟り軽く深呼吸をした。話してマズい事になったのではと少し不安になっていたようだ。


「……ええ、確かに持っています」

「一体どんなアイテムをどのくらい持っておられるのですか?」

「色々ですよ。ポーションを始め、状態異常を治す薬やモンスターの情報を瞬時に得られる魔法とか」

「アリシアさんから聞いたのですが、転移魔法と同じ効果を持つアイテムや遠くにいる者と会話ができるアイテムも持っておられるそうですね?」

「ええ」


 真剣な顔でアイテムの事を聞いて来るマーディングを見てダークは返事をしながら頷く。恐らくマーディングが言っているのは転移の札とメッセージクリスタルの事だろう。別にその二つの事を知られてもダークは困らないのか落ち着いた態度を取っている。


「……因みにそれらのアイテムは何処で手に入れられたのです?」


 マーディングは少し声を低くしながらアイテムの入手先を尋ねる。マクルダムも気になるのかダークを黙って見つめた。

 アリシア達はアイテムを何処で手に入れたのかと問いかけて来るマクルダムとマーディングを見て少し焦った様子を見せる。ダークが二人の質問にどう答え、その答えにマクルダムとマーディングが納得するのか不安になっているようだ。ダークは背後でアリシア達が不安そうな顔をしている中、目の前にいるマクルダムとマーディングの二人をしばらく黙って見つめている。しばらくしてダークは静かに答えた。


「……古い遺跡や神殿の中で見つけたんです。そこはモンスターの棲み処になっていましてね。色んな罠も仕掛けてあり、手に入れるのに苦労しました」


 ダークはダンジョンと化した遺跡や神殿で手に入れたと一番あり得そうな答えを選んでマクルダムとマーディングに話した。二人はダークの答えを聞くと黙ってダークを見つめる。アリシア達はマクルダムとマーディングがダークの答えに納得していないのではと感じて更に不安そうな顔をする。するとマーディングが目を閉じてゆっくりと頷きながら口を動かす。


「成る程、古代の遺跡や神殿の中ですか。確かにそのような場所の最深部には誰も知らない未知のアイテムなどが沢山あると聞いた事があります」

「ダーク程の実力者であればダンジョンの一番奥へ行き、多くのアイテムを手に入れる事も簡単であろうな」

(あれ? 随分と簡単に納得したなぁ。疑ったりしてくると思ったんだけど……)


 マーディングとマクルダムの言葉を聞いてダークは心の中で以外に思い、アリシア達も目を丸くしながら二人を見つめる。てっきりもう少し詳しく訊いて来るのかと思っていたのだが、アッサリと納得してしまった事にアリシア達は驚いたようだ。


「ダーク殿、貴方の持つ未知のアイテムの中にはエルギス教国を押し戻す事ができる様な特別なアイテムなどはあるのでしょうか?」

「ええ、幾つかは」

「でしたら、それを使って最前線で戦っている我が国の兵士達を助けていただきたいのですが……」

「勿論、そのつもりです。私も何も使わずに大勢の敵を相手にするつもりはありませんから」


 ダークはそう言って腰のポーチに手を入れた。

 マーディングにはアイテムを使うと言っていたが、ダークが本気を出せば例え千人の敵が相手でも楽に勝つ事ができる。だがそれではダークがとんでもない力を持つ存在、レベル100であるという事がバレてしまう。だからアイテムを使用すると言ってマーディングを納得させたのだ。因みにLMFにいた頃、ダークはノワールと二人で大勢の敵を一度に相手にし勝利せよというイベントクエストに参加し、二人で三千の敵を相手にし楽勝した事があった。

 ポーチの中に手を入れて何かを探す素振りをするダーク。そんなダークはマクルダムとマーディングは見つめている。やがてダークはポーチから手を抜き、丸めてある羊皮紙を一つ取り出して机の上に置く。マクルダムとマーディングは不思議そうにダークが出した羊皮紙を見つめた。


「ダークよ、この羊皮紙は何だ?」

「それは魔法が封印されている羊皮紙です。羊皮紙を開いて魔法を発動させれば戦士系の職業クラスを持つ者でも羊皮紙に封印されてある魔法を使う事ができます」

「おおぉ、そんなアイテムまで持っておるのか」

「因みにこの羊皮紙には最上級魔法が封印されています」

「なっ!? 何だと?」

「最強と言われている最上級魔法が!?」


 マクルダムとマーディングはダークの言葉に驚き目を見開く。二人の後ろで控えている近衛兵達も驚きの反応を見せており、レジーナ、ジェイク、マティーリアの三人もマクルダム達ほどではないが少し驚いた顔をしている。

 この世界では最上級魔法こそが最強の魔法と言われ、それを封印するには最上級魔法を封印しても消滅しない特別な素材でできた物が必要なのだ。だがこの世界には最上級魔法を封印して消滅しない物など数えるほどしかない。にもかかわらずダークはごく普通の羊皮紙に最上級魔法が封印されていると言った為、マクルダムとマーディングは驚きの反応を見せたのだ。


「ほ、本当にこの羊皮紙に最上級魔法が封印されているのですか?」

「調べてもらっても構いませんがこれを調べるとなると数日は掛かるでしょう。しかし、今はそんな余裕は無い。私達がこうしている間にも最前線ではセルメティア王国軍がエルギス教国軍と戦っているのです。彼等を助ける為にもすぐにでも戦場へ行くべきかと」

「……確かにそうですね。このアイテムを調べてみたいのはやまやまですが、彼等を救う為にもこれは必要な物です」


 兵士達を助ける為にもダークのアイテムを調べるのは諦めようとマーディングは呟く。マクルダムもアイテムを調べるよりも兵士達を助ける事が重要だと考え真剣な表情でマーディングを見ながら頷いた。


「では、改めて本題に入ろう……」


 アイテムの事で話が逸れてしまい、マクルダムは気を取り直して依頼と報酬の話を始める。ダークは羊皮紙をしまい、二人の方を向き黙って耳を傾けた。


「ダーク、お主には最前線の防衛拠点であるジェーブルと言う町へ向かい、そこの指揮官と合流してもらう。その後は我が軍の兵士達と共にエルギス教国を迎え撃ってくれ」

「先程の最上級魔法を封印した羊皮紙などのアイテムはダーク殿が好きな時の使ってくださって結構です。ですが、くれぐれも味方の兵士達を巻き込まないようお願いします」

「分かりました」


 マクルダムとマーディングの話を聞きダークは低い声で返事をする。アリシア達はダークの後ろで黙って話を聞いていた。


「それと、お主が最前線にいる期間だが……戦況に応じて決めさせてもらう。場合によっては終戦するまで我が軍と共に戦ってもらう事になるかもしれん」

「……そうですか」

「ただ、それに見合う報酬は出すつもりでいる。どうか、よろしく頼む」


 長い時間最前線にいればそれだけ命を落とす可能性が高くなる。それを申し訳なく思うマクルダムはせめて無事に帰ってきた時の報酬をそれに見合ったものにすると話し、もう一度ダークに頼み込む。


「お気になさらないでください。元々私は戦争が終わるまで最前線にいるつもりでいましたので」

「そ、そうなのか……」

「ええ、ただ少し希望があります」

「何だ?」


 希望したい事があると言うダークを見てマクルダムは尋ねる。ダークにはかなり無理な依頼を頼んでいるので、ある程度の頼みなら文句を言わずに聞き入れようとマクルダムは考えていた。

 ダークはマクルダムを見ながら後ろに立っているアリシアを親指で指した。


「彼女、アリシアを同行させてほしいのです」

「え、アリシアさんをですか?」


 予想外の事を頼んで来るダークを見てマーディングは意外そうな顔を見せる。アリシアは前もってダークと共に最前線へ行くと話していたので指名されても驚かずに黙って立っていた。

 アリシアは鮮血蝙蝠団との一件で既にレベル97となっており、セルメティア王国ではダークの次に強い存在となっている。彼女がダークと共に最前線に立てばエルギス教国を短期間で押し戻せるとダークは考えていた。何よりもアリシアはこの世界の人間でダークが最も信頼している存在、信頼のできる者がいない最前線でアリシアがいればダークもかなり動きやすくなるだろう。


「なぜファンリードなのだ?」

「大した理由ではありません。彼女が強く、心から信頼している存在だからです」


 マクルダムが念の為に理由を尋ねるとダークは単純な答えを口にした。ダークの答えを聞いたアリシアは少し照れくさそうな顔を見せている。マティーリアはそんなアリシアに気付き、彼女の顔を見てクスクスと笑う。


「ファンリード一人だけか? ファンリードの部下達も一緒に連れて行かなくてよいのか?」

「ええ、彼女一人だけで大丈夫です」

「そ、そうか、お主がそう言うのならそれでよいが……マーディング、構わないか?」


 念の為に調和騎士団の管理をしているマーディングにアリシアをダークに同行させていいか尋ねるマクルダム。マーディングは別に反対する理由も無い為、マクルダムの方を見て、構いませんと伝えるように頷く。

 ダークと同行する事が決まり、アリシアも安心したのか小さな笑みを浮かべる。そしてダークは次の希望をマクルダムに話した。


「次の希望なのですが……最前線に着いたら私はそこの指揮官にできるだけ従うようにします。ですが、どうしても私が単独で行動したい場合は私とアリシアが本隊とは別に行動できるようにしてもらいたいのです」

「好きな時に自由に行動できるようにしてほしいという事か?」

「ハイ、勿論本隊の作戦の邪魔になるような事はしません」

「……よかろう、最前線の指揮官にはお主を自由に行動させるよう指示を出そう」

「ありがとうございます」


 最前線での自由行動が許可されたダークはマクルダムに礼を言う。マクルダムもダークを見ながら気にするなと言うような表情で頷く。

 ダークに自身の力と彼が持つ未知のアイテムを上手く使わせるにはダークの行動に制限を付けない方がいいとマクルダムは考えていた。エルギス教国に勝つ為にマクルダムはダークの頼みを悩む事なく聞き入れたのだ。全てはセルメティア王国を守る為の決断だった。


「さて、最前線での話はこんなところだ。次の報酬の話なのだが……」

「報酬の話は戦争が終わり、私が首都に戻って来てからで結構です。今は戦争中ですので陛下は戦争の事だけをお考えください」

「そ、そうか、すまないな?」

「いえいえ、それでは次に首都を出発する日についてですが……」


 ダークが最前線へ向かい日にちと時間についてマクルダムと相談しようとする。すると、突然ダークの背後から声が聞こえて来た。


「……なあ、兄貴」

「ん?」


 声を掛けられたダークはゆっくりと振り返る。そこには何か言いたそうな顔をするジェイクと同じような顔をするレジーナが立っていた。


「どうした、ジェイク?」

「あ、ああ……あのさぁ、兄貴……俺もその依頼に同行させてくれねぇか?」

「あ、あたしも一緒に行きたいなぁ~、て思ったりなんかして……」

「何?」


 ジェイクとレジーナの口から出た言葉にダークは聞き返した。アリシアも少し驚いた顔で二人を見ており、マティーリアも意外そうな顔をしていた。

 二人はダークからもし最前線で戦うという依頼が来た場合は首都に残るようダークに言われていた。だがジェイクとレジーナが最前線へ連れてってほしいと言って来たことにダークは少し驚いていた。

 ダークは座ったままジェイクとレジーナの方を向いて二人を見つめる。二人も自分達を見ているダークと目を合わせて彼を見ていた。


「……私は最前線へ行くという依頼が来た場合、お前達は残れと言ったはずだが?」

「ああ、覚えている。だけど、俺とレジーナは兄貴と一緒に行く事にしたんだ」

「ジェイク、自分が何を言っているのか分かっているのか? 最前線に向かう事は今まで私達が受けて来た依頼よりも危険で命を落とす可能性が高い。私やアリシアはともかく、お前とレジーナには家族がいるだろう。お前達がもし死んでしまったら残されたモニカさん達はどうなる?」


 ジェイクを見つめながらダークは低い声を出した。ジェイクは真剣な顔でダークの顔を見ている。

 最前線へ向かい、万が一命を落とせば二人の家族や兄弟が深く悲しむ。ダークがジェイクとレジーナに首都に残れと言ったのは二人の家族を悲しませない為のダークなりの優しさだったのだ。当然ジェイクとレジーナもダークが自分達の為に首都に残れと言った事は知っている。だが、二人はそれを知っていながらあえて共に行くと言ったのだ。


「兄貴が俺達やモニカ達の為に残れと言ったのは分かってる。だが、俺達は兄貴と共に戦って兄貴の役に立ちてぇんだ。そして一緒にこの国を守りたい!」

「お前達は日頃から私の為に尽くしてくれている。わざわざ危険な最前線まで一緒に来る必要は無い」


 ジェイクとレジーナはダークと共に依頼を受けて共に戦い、常にダークの役に立っている。だから戦地へ赴き危険な仕事まで共に受ける必要は無いとダークはジェイクと隣に立つレジーナに言った。するとジェイクは目を閉じて静かに低い声を出す。


「……一緒に行きたいのは兄貴の役に立ちたいからだけじゃねぇ……実は、姉貴が屋敷から出て行ったあと、俺とレジーナは話し合ったんだ。自分達の人生を大きく変えて、裕福な生活をさせてくれた兄貴に恩を返す為にもし最前線へ行く事があれば一緒に行こうとな」

「ダーク兄さんがいなかったらあたしもジェイクも今の様な生活はできなかった。兄さんがいたからこそあたし達はこんな生活を送る事ができる。人生を変えてくれた人に本当の意味で恩返しをするのならあたし達も人生そのものを賭けないといけないと考えたの。だから、この国と家族を守る為、兄さんの役に立つ為、そして恩を返す為にあたしとジェイクは人生を賭けて兄さんと一緒に行こうって決めたのよ」


 人生を変えて幸せを与えてくれたダークに本当の意味で恩を返す為には人生そのものを賭ける必要がある。そう考えたジェイクとレジーナは命、つまり人生を失う可能性のある最前線へダークと共に行こうと決めた。そして今、ダークに共に連れて行ってほしいと願ったのだ。

 力の入った口調で自分達の意志を伝えるジェイクとレジーナを見てダークはしばらく黙り込む。アリシアとマティーリア、そしてマクルダムとマーディングも何も言わずにジェイクとレジーナを見ていた。


「お前達が国と家族の為、そして私の為に共に戦地へ行きたいと考えている事は分かった。だが、お前達の家族はどうなんだ? 自分の家族が戦地へ行くと言うのに反対しないと思っているのか?」


 家族の気持ちをちゃんと確かめたのか、ダークが二人に尋ねる。するとジェイクとレジーナは小さく俯いた。


「……俺は常に死と隣り合わせでモンスターと戦って来たんだ。アイツ等もそのぐらいの覚悟ぐらいできているさ。確かに最前線へ行くと話した時、モニカは少し反対する様子だったが、俺の意志を知ったら行く事を許してくれた」

「あたしもよ。弟と妹に戦場へ行くって言ったら二人とも半べそかいて反対したけど、あたしが説得したら最後には納得してくれたの」

(おいおい、マジかよ? いくら冒険者で常に危険な場所にいるからって、家族が戦場に行くのをそんな簡単に許せるのか?)


 ジェイクとレジーナの家族が了承した事を聞いて心の中で驚くダーク。普通は家族が自分の意思で戦場へ行くと聞けば大抵の家族は大反対する。だがジェイクとレジーナの家族は最初反対しただけで最後には賛成してくれた。ダークはモニカ達の考えが理解できずに混乱する。


「兄貴、俺もレジーナも別に死にに行く訳じゃねぇんだ。国を守る為に戦場へ行くんだ。それに必ず生きてこの首都に戻ると家族とも約束した……頼む、連れて行ってくれ」


 改めて同行させてほしいと頼むジェイクと隣でお願い、と言いたそうな顔を見せるレジーナ。そんな二人を見たダークは二人の意思は固い、絶対に考え方を変えないと感じて小さく息を吐いた。


「……仕方がないな」

「ダーク、いいのか?」

「これだけの覚悟を見せているのにダメとは言えないだろう? それに二人は私に恩を返したいという気持ちで一緒に戦うと言って来たんだ。私にも二人を無事に帰らせないといけない義務があるしな」


 アリシアが驚いてダークに尋ねるとダークはアリシアの方を向いて呆れた様な口調で言った。ダークが連れてってくれる事が決まり、ジェイクとレジーナはニッと笑う。


「ただし条件がある。最前線で戦っている間は私の言うとおりに動く事、危険な状況になったら迷わずに逃げる事、この二点だ」

「ああ、分かってるぜ」

「と言うか、ダーク兄さんと一緒にいれば最悪な状況にはならないでしょう?」


 さっきまでの態度とは一転し、笑いながら言うジェイクとレジーナにダークとアリシア、ノワールは溜め息をつく。二人が真面目に考えているのか適当に考えているのか三人にはよく分からなかった。すると、さっきから黙っていたマティーリアが突然会話に参加して来る。


「……この二人が行くのなら、妾も行くしかないのう」

「マティーリア?」

「妾は騎士団、アリシアに監視されている立場なのじゃ。アリシアが戦地へ赴くのに妾が首都に残る訳にもいかんじゃろう?」

「……確かにそうだな」


 マティーリアも一緒に同行すると言い出し、それを聞いたアリシアは小さく笑いながら呟く。結局ダークはいつものメンバーを連れて最前線へ行く事になった。

 マクルダムとマーディングは自分達を残して話を進めるダーク達を見て少し呆然とした顔をしていたが、話がまとまるとすぐに我に返り、ジェイク達が参加する事を考えてもう一度依頼について話し合いを始める。

 そして話し合いの結果、明日の朝一番でダークとアリシア、彼等の仲間である三人と一匹に最前線へ行ってもらう事が決まった。


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