第七十七話 悪戦のセルメティア
灰色の雲が広がる曇り空、その下にあるセルメティア王国の首都アルメニスには大勢の住民達の姿がある。だが、住民達の表情はどこか暗く、とても静かだった。それもそのはずだ、現在セルメティア王国は南の大国、エルギス教国と戦争中なのだから。
そもそもの発端は亜人狩りを生業としている集団、鮮血蝙蝠団がエルギス教国に依頼されてセルメティア王国にやって来た事にあった。彼等はエルギス教国に売り渡す亜人を探す為にセルメティア王国の村を次々と襲っていき、更にセルメティア王国の騎士であるリーザまでも手にかけたのだ。この一件でセルメティア国王であるマクルダムはエルギス教国に抗議の親書を送る。だがエルギス教国は知らぬ存ぜぬと鮮血蝙蝠団に依頼した事を否定した。
証拠があるにもかかわらず否定するエルギス教国に怒りを覚えたマクルダムはエルギス教国の教皇に直接会って話をする為に再び親書を送るのだが、帰って来た返事がセルメティア王国への宣戦布告だったのだ。
内容はセルメティア王国はエルギス教国を侮辱し、誇りに傷を付けた。そんな事をしたセルメティア王国を我々は許さない。我ら教国はセルメティア王国に宣戦布告をする。というあまりにも無茶苦茶で勝手なものだった。この宣戦布告に対してマクルダムやセルメティア王国の貴族達はもはや話し合いは無理だと考えて宣戦布告を受け入れる事にしたのだ。
マクルダムはすぐにセルメティア王国中にエルギス教国との戦争の事を伝え、各町に駐留している騎士達に戦争の準備をするよう知らせる。そして同時に各町の冒険者達にも依頼を出した。依頼内容は戦争中、今いる町に留まり、もしエルギス教国軍が町に侵攻して来た際はその町の騎士達と協力し戦ってほしいと言う依頼だ。この依頼を受けた冒険者は戦争中は町の外に出る事や他の依頼を受ける事はできなくなる。その代わり、戦争中の生活費などは王国が負担し、戦争が終われば依頼を受けた冒険者全員に報酬を出す事になっている為、多くの冒険者がその依頼を受けた。
町や村の防衛は冒険者や調和騎士団が引き受ける事になった一方で直轄騎士団は侵攻してくるエルギス教国の軍を迎え撃つ為にセルメティア王国とエルギス教国の国境へ送られた。いつエルギス教国が攻め込んで来るか分からない以上、国境に防衛ラインを張る必要がある為、マクルダムは急ぎ国境に直轄騎士団と魔導士部隊を向かわせる。そして、直轄騎士団が国境に到着した二日後、エルギス教国軍が国境に現れ攻撃を開始した。
開戦してから三日が経ち、セルメティア王国軍は国境でエルギス教国軍の侵攻を防ぎ続けていた。戦力はエルギス教国軍よりもセルメティア王国軍の方が多く連続で防衛に成功している。このまま防衛し続ければ敵も食料や戦力を失っていき、すぐに後退するだろうとセルメティア王国軍の誰もがそう思っていた。
ところが、エルギス教国軍の増援が国境に到着した途端、戦況は一転しセルメティア王国軍は押されていき、遂に国境の防衛ラインを突破されてしまった。最初は圧倒的に有利に立っていたはずが増援が来た途端に防衛ラインを突破されてしまったセルメティア王国軍、だが彼等が負けたのには理由があった。
実はエルギス教国軍の増援の中に亜人の部隊がおり、その亜人部隊が前線に出て来たのだ。亜人部隊はエルギス教国で奴隷にされたエルフ、ドワーフ、リザードマンなどで構成されており、亜人達はそれぞれの能力を生かしてセルメティア王国軍と戦う。亜人達の力の前にセルメティア王国軍の抵抗も虚しく、遂に敗北し撤退する事になってしまった。
国境を越えたエルギス教国軍は一気にセルメティア王国の町や村を制圧していった。亜人部隊を前線に出して戦わせ、次々にセルメティア王国軍や町を防衛していた冒険者を倒していく。国境を突破されてから僅か三日で国境周辺の町や村は全てエルギス教国軍に制圧されてしまった。
――――――
開戦してから十日後、首都アルメニスの王城の会議室では国王であるマクルダムを始め、マーディングやザムザス、そして上位の貴族達が集まり戦争状況について会議を行っていた。会議室にいる全員がエルギス教国に押されている現状に深刻な表情を見せている。既に多くの町や村が制圧されてもの凄い数のエルギス教国軍がセルメティア王国内に侵入して来ていた。このままではすぐに首都アルメニスに攻め込んで来ると考え会議に参加する者達は皆頭を悩ませる。
貴族達が暗い顔をしている中、マクルダムやマーディングは真剣な顔で手元にある羊皮紙を見て戦況を確認する。そこには細かい字でセルメティア王国軍の被害状況、物資補給の要請などが書かれてあった。
「……最前線に送られた直轄騎士団は既に百人以上の戦死者を出しています。冒険者達も大勢亡くなっており、食料なども少なくなる一方です。このままだと現在防衛拠点にしているジェーブルの町が落とされるのも時間の問題かと思われます……」
マーディングが手元の羊皮紙に書かれたる内容をマクルダムに話す。マクルダムやザムザスはそれを聞いて表情を僅かに歪める。
「何という事だ。既にそこまでに被害が……」
「敵軍には奴隷となったリザードマンやエルフ達もおります。亜人達の力と我ら人間の力の差は大きく、並の兵士達では歯が立ちません。あと、奴隷にされているという事から彼等に同情して戦意を失う者も出てきているという報告も……」
「最悪の戦況じゃな……」
報告を聞いたザムザスは低い声を出しながら呟く。マクルダムも頭を抱えながらテーブルを強く叩いて悔しさを露わにする。マーディングはマクルダムとザムザスを見て深刻そうな顔を見せた。
「戦力の差がありすぎる。このまま戦いを続けても無駄な血が流れるだけだ」
「これ以上犠牲者が出る前に降伏した方がいいでは?」
「そうだな、今投降伏すればエルギスも我らの事を悪いようにはしないはずだ」
「しかし、全ての原因はエルギスにあるのですぞ? なぜ我々が降伏しなくてはならないのだ?」
マクルダム達が戦況の確認をしていると他の貴族達がコソコソと降伏した方がいいなどと話をし始める。それを聞いたマクルダムは貴族達の方を向き鋭い目で彼等を睨んだ。
「降伏だけは絶対にしてはならないっ!」
立ち上がって大きな声を出すマクルダムにマーディング達は驚き目を見開きながらマクルダムを見る。マクルダムは握り拳を震わせながら険しい顔で会議室にいるマーディング達を見つめた。
「今回の戦争の原因はエルギス教国にある。自分達の非を認めず、一方的な理由な宣戦布告をして来たのだ。そんな相手に降伏などすればセルメティア王国は一生笑い者になってしまう。何より、前線で戦った者達の死を無駄にする事になってしまうのだ。降伏だけは絶対にしてはならない」
「し、しかし陛下、我が国の戦力とエルギスの戦力に差がありすぎなのです。このままではすぐに他の町や村も制圧され、すぐにこの首都まで攻め込まれてしまいます」
降伏する事を考えていた貴族が現状を話し、それを聞いたマクルダムは歯を噛みしめながら俯く。正直、今の状態で戦ってもエルギス教国に勝ち目は無い。何か良い方法を考えなければもっと多くの犠牲が出てしまう。
マクルダム達は黙り込んでいるとマーディングが何かを思いついた様子を見せ、マクルダムの方を向きながらゆっくりと立ち上がった。
「……陛下、首都に残っている直轄騎士団の一部や調和騎士団を最前線へ送ってはどうでしょう? 彼等が加わればもしかすると敵を押し戻す事ができるかもしれません」
「いや、それでは首都の守りが無くなってしまう。それにもし首都で何か問題が発生した時に騎士団がいなければ対処できなくなってしまう」
首都で何か起きた時の為に必要な戦力は残しておきたいと考えるマクルダムはマーディングの案を却下した。案が認められなかったマーディングはゆっくりと座って他に案がないかを考え始める。だが何もいい案が思い浮かばずマーディングは小さく息を吐いた。
それからしばらく会議室は静寂に包まれ、マクルダム達は深刻な表情を浮かべる。エルギス教国の方がセルメティア王国よりも戦力が勝っており、更にその中には亜人達までいるのだ。普通に戦っても勝てない以上、エルギス教国が想像もつかない様な作戦を考えるしかない。しかし、マクルダム達ではいい作戦が思いつかず時間だけが過ぎていった。
「クソォ、何かいい作戦はないのか?」
「こうなったら町の住民達に徴兵令を出して戦力をかき集めるしか……」
「何を言っておる! 戦った事の無い住民達を兵士として最前線へ送っても役には立たん。無駄死にするだけだ」
「では他に何かいい案があるのか!?」
いい案が思い浮かばずに苛立っているのか貴族達は言い争うを始める。そんな貴族達を見てマーディングとザムザスは呆れ顔を見せながら溜め息をついた。マクルダムは貴族達を見た後に小さく息を吐きながら俯く。
(戦場で兵士や騎士達が次々に命を落としているのに何もできないとは情けない……今の私にできるのは、神に祈る事だけだ)
マクルダムは心の中で最前線で戦う者達に何もしてやれない自分を情けなく思う。マーディングとザムザスは俯くマクルダムを黙って見つめていた。その時、突然会議室の二枚扉が開く音がし、マクルダム達は一斉に二枚扉の方を向く。彼等の視線の先には真剣な表情を浮かべるアリシアの姿があった。
「失礼します、陛下」
「お、お主は……」
「ア、アリシアさん!?」
会議室に入って来たアリシアの姿を見てマクルダムとマーディングは驚きの表情を浮かべる。ザムザスや他の貴族達も驚きながらアリシアを見つめていた。
マクルダム達が驚いている中、アリシアはゆっくりと歩いてテーブルへと近づいて行く。すると会議室の外から一人の衛兵が慌てた様子で会議室に入って来た。
「お、お待ちください、ファンリード殿!」
「おい、これはどういう事だ? なぜ調和騎士団の騎士が此処におる?」
状況を理解できない貴族が衛兵に尋ねる。いきなり会議室に入って来たアリシアの態度が気に入らなかったのか貴族は衛兵を睨みながら少し力の入った声を出した。
「ハ、ハイ、陛下にお話があるとファンリード殿がいらっしゃったので此処までご案内したのですが、会議中だったので外でお待ちいただこうとした直後にいきなり会議室へ入られて……」
貴族の視線に怯える様子で衛兵は理由を話す。貴族達は会議中にいきなり部屋に飛び込んで来るアリシアを不機嫌そうな目で見つめた。
アリシアはダークと共にコレットを暗殺者から守った一件で王族から信頼を得て自由に王城に入る事ができるようになった。普通、上位貴族や特別な地位を持つ者以外が王城に入る場合は細かい手続きなどをする必要がある。以前のアリシアなら手続きが必要だが、王族から信頼を得ている今のアリシアは王城に入る正当な理由があれば手続き無しで入れるのだ。
会議室に入って来てテーブルの前に立ち、マクルダムやマーディング達を黙って見つめるアリシア。マクルダム達も黙って立つアリシアをジッと見つめていた。
「アリシアさん、陛下に何か御用があるのでしたら会議が終わってからにしてください。いくら貴女でもいきなり会議中の部屋に入って来るのは無礼ですよ?」
マーディングは会議中に部屋に入って来たアリシアを見つめながら静かに注意する。マクルダムやザムザスも同じ考えなのかアリシアを真剣な目で見つめていた。勿論アリシアも自分が無礼な態度を取った事は知っている。だが、それを分かっていて彼女は会議室に飛び込んだのだ。大切な事をマクルダム達に伝える為に。
「突然会議室に入って来た無礼はお詫びいたします。ですが、廊下で陛下達のお話を聞いてすぐに伝えた方がいいと思いまして……」
「伝える? 何をですか?」
会議中の部屋に無断で入らなければならないほど早く伝えないといけない内容だと聞かされてマーディングは訊き返す。マクルダム達もアリシアが伝えようとしている事が気になり一斉に彼女に視線を向ける。
マクルダム達が自分に注目するのを確認したアリシアは真面目な顔でゆっくりと口を動かす。
「先程、廊下で皆様がエルギス教国との戦いで我が国が押され、すぐにこの首都まで攻め込まれてしまうのではと言う話をお聞きしました。今の我が国の戦力ではエルギス教国を押し戻す事は難しいと……」
「その通りだ。エルギス教国軍には亜人達もおり、こちらの戦力を大きく上回っておる。今の戦力ではエルギス教国軍を押し戻す事は愚か、最前線で持ち堪えるのすら難しい。それで皆頭を悩ませておるのだ」
「それで儂等は徴兵令を出すかなどと色々と話し合っておったのじゃ」
会議で話していた内容をアリシアに細かく話すマクルダムとザムザス。二人の説明を聞いたアリシアは戦況が最悪である事を知り、表情を変える事無く黙ってマクルダム達を見つめる。
戦力で劣っているのであれば何らかの方法で戦力を増強するしかエルギス教国軍を押し戻す方法はない。だが、だからと言って戦った事のない国民を兵士として戦場へ送っても恐怖でろくに戦えずに殺されるに決まっている。アリシアはそう考えていた。それを聞いたからこそ、アリシアは会議室に飛び込んでマクルダム達に自分の考えを提案をしようと思ったのだ。
「……方法はあります」
「何?」
「徴兵令など出さずに今の戦力でエルギス教国軍を押し返す方法がたった一つだけあります」
「何だと!?」
「そんな方法があるのか!?」
アリシアの言葉を聞いた貴族達は声を上げながら立ち上がる。マクルダム達もアリシアの口から出た言葉に驚いて目を見開きながらアリシアを見ていた。驚くマクルダム達を見てアリシアは一度目を閉じ、少しの間を開けてからゆっくりと目を開く。
「……ただし、それには暗黒騎士ダーク殿の力を借りなければなりません」
「何っ、ダークの?」
マクルダムはミュゲルを倒し、コレットを救った黒騎士の冒険者ダークの名を聞いて反応する。マーディングとザムザスもダークの名を聞いて少し意外そうな反応を見えた。だが他の貴族達はダークの名前や噂は聞いた事があっても詳しく情報を知らない為、小首を傾げながら難しい顔をしている。
アリシアはマクルダム達を真剣な顔で黙って見つめる。そして一時間前の出来事を思い出していた。
――――――
時間は一時間前、ダークの屋敷のリビングにダーク達が集まっていた。理由はアリシアから現在のセルメティア王国とエルギス教国の戦争の状況を聞く為だ。
調和騎士団に所属しているアリシアはアルメニスの防衛任務に付いており首都の外に出る事はできない。だが騎士団の詰め所には最前線の戦況報告がこまめに入って来る為、最前線の詳しい戦況がアリシアたち調和騎士団にも分かるのだ。アリシアは詰め所に入った戦況内容をダークに伝える為に屋敷を何度も出入りしている。最近ではほぼ毎日ダークの屋敷に来ていた。
リビングの中ではアリシアが立って自分が持っている羊皮紙に書かれてある戦況内容を読み上げ、ダーク達は椅子に座ったままアリシア説明を黙って聞いていた。兜を外して素顔を見せているダークはアリシアの話を聞いて表情は鋭くしており、肩に乗っているノワールも真剣な顔をしている。レジーナ、ジェイク、マティーリアの三人もダークほどではないが真面目な顔でアリシアの話を聞いていた。
「……以上が現在の最前線の戦況だ。エルギス教国軍はもの凄い勢いで行く先の町や村を制圧しながらこの首都に近づいてきているらしい」
「状況は最悪だな……エルギス教国の戦力はどの位なんだ?」
「それが分からないんだ。何しろ最前線は戦いが激しく、詳しい情報を得る前に撤退させられてしまっているからな」
「なんてこった……」
敵の正確な戦力が分からない事にダークは面倒そうな顔をしながら椅子にもたれる。レジーナやジェイクもアリシアの話を聞いて複雑そうな顔を見せた。
「エルギス教国は最大の領土を持つ帝国の次に大きな国と言われておる。じゃが人間以外にも奴隷となった亜人で構成された部隊を軍に入れておる為、軍事力は帝国よりも高いと言われておる。ハッキリ言って、セルメティア、デガンテス、マルゼント、エルギス、この四つの国で一番力が強いのはエルギスじゃな」
マティーリアはエルギス教国が周辺国家の中でも特に軍事力が高い事を紅茶を飲みながら話す。アリシア達はマティーリアの話を聞いて難しそうな表情を浮かべる。
「戦力の差は歴然、このまま戦いを続ければ確実にセルメティアは負けるのう」
「ちょっとマティーリア、アリシア姉さんの前でそういう事言うのはやめなさいよ」
「そうだぞ。必死に国の為に闘っている騎士の前で失礼じゃねぇか」
空気を読まずに言いたい事をハッキリと言うマティーリアにレジーナとジェイクが注意をする。マティーリアはそんな二人をチラッと見た後に平然とした顔で紅茶を飲み続けた。
「いいんだ、二人とも。マティーリアの言う通り、我が軍は圧倒的に不利な状態なんだからな」
アリシアは目を閉じてレジーナとジェイクに言う。二人はそんなアリシアを気の毒そうな目で見つめた。ダークは真剣な顔でアリシアを見ており、ノワールも肩に乗りながらまばたきをしている。
やがて目を開けたアリシアは持っている羊皮紙を丸めてダークの方を向き、真面目な顔でダークと向かい合う。
「今の状態で戦いが続けばセルメティア王国軍は確実に敗北する。そうなれば我が国はお終いだ。そして……陛下はエルギス教皇の怒りを買った対象として処刑される。勿論、コレット様達王族もだ……」
「……だろうな。亜人達を平気で奴隷にする国の王様だ。自分を侮辱した者を敵国の王様を生かしておくとは思えない」
アリシアの話を聞いてダークは腕を組みながら低い声で言う。アリシアは丸めた羊皮紙を強く握りながら手を震わせて俯いた。
負ければその国の王や家族は処刑される、それは敗戦国の王族に待っている運命と言えた。ダークはどんな世界でもそういった事はあるのだな、と感じ心の中で僅かに不快に思う。
しばらく俯いていたアリシアは顔を上げて再びダークを真剣な表情で見つめた。
「ダーク、頼む。この国を、そして陛下達を守る為に力を貸してくれないか?」
「俺がか?」
「ああ、貴方の力があれが確実にエルギス教国に勝つ事ができる。貴方が共に戦ってくれればこの国の多くの人々が救われるんだ。頼む!」
エルギス教国との戦争に勝つ為に力を貸してほしいとアリシアは頭を下げてダークに頼んだ。確かに神同然の力を持つダークが戦いに加わればエルギス教国を押し戻し、戦争に勝利する事ができる。アリシアはこの戦争に勝つにはダークの力を借りるしかないと考えていた。
ダーク自身もセルメティア王国を守る為に共に戦いたいと思っている。だが、ダークはそう都合よく話は進まないと考えていた。
「……それは無理だな」
「何?」
アリシアはダークの口から出た予想外の言葉に驚き顔を上げてダークを見た。ノワール達もダークの答えを聞いて少し意外そうな顔で驚いている。
「無理って、どういう事だ!?」
「誤解しないように先に言っておくぞ? 俺はこの国を見捨てようなどとは思っていない。できるものならこの国を守る為にエルギス教国と戦いたいと思っている」
「では、なぜ?」
セルメティア王国を助ける気はあるのにそれができない。アリシアはダークの考えが分からずに混乱しながら尋ねる。すると椅子にもたれていたダークはゆっくりと体を起こしてアリシアを見つめながら口を開いた。
「理由その一、俺が暗黒騎士だから。忠誠心を失った騎士と言われる職業を持つ俺が国同士の戦争に参加する事を他の騎士やお偉いさん達が許すとは思えない」
「確かにそうだな。兄貴が戦場に行って周りの騎士や兵士達からアイツは裏切るかもしれない、なんて言われたらたまんねぇからな」
ジェイクはダークの話を聞き、戦場にいる兵士達がダークを見てどんな反応をするのか想像し難しい表情を浮かべる。
「だが、陛下やマーディング卿はダークが仲間を裏切るような人ではない事は分かっておられるはずだ。それに騎士団だってダークの活躍を知っているはずだしそんな反応は……」
「俺の活躍を知っているのはこの首都にいる調和騎士団だけだ。城にいる直轄騎士団は一度も俺の戦う姿を見ていない。いくら陛下やマーディングさんが俺がどんな人間か知っていてそれを他の人間達に伝えてもすぐには信用しないだろう」
「そ、それはそうだが……」
「そして、理由その二、俺は騎士だが冒険者だ。冒険者が国同士の戦争に参加して敵国の兵士と戦うなんて聞いた事が無い。そもそも貴族達が冒険者が戦争に参加する事を認めるはずがないだろう」
セルメティア王国を助けられない二つ目の理由を聞かされたアリシアは表情を固める。確かに長い歴史の中で冒険者が戦争に参加して敵国の兵士と戦うなんて一度も聞いた事が無い。そして戦いに勝てないからと言って騎士団よりも位の低い冒険者に助けを求めるなど、騎士達や上位貴族のプライドが許すはずがない。アリシアはダークが口にする二つの理由を聞いて黙り込んだ。
ダークの力を借りれば絶対に戦争に勝てる。そしてダークも力を貸すつもりでいる。しかし、騎士団が暗黒騎士、しかも冒険者であるダークを仲間として受け入れないだろうという壁が邪魔をする。ダークが戦争に参加するにはマクルダムの許可を得て上位貴族達を説得するしかない。アリシアは難しい顔でしばらく考え込むと一度深呼吸をして静かに口を動かす。
「……それは私が何とかする。私が陛下や貴族の方々を説得して見せる。だからダーク、国の人々の為に力を貸してほしい」
マクルダム達を説得して必ずダークを戦いに参加できるようにすると真剣な顔で話すアリシア。ダークはそんなアリシアの顔を見てしばらく彼女の目を見つめる。やがてダークは目を閉じて再び椅子にもたれた。
「……分かった。許可が下りれば俺も力を貸そう」
「ありがとう!」
「その代わり、俺が戦争に参加する事になった場合は君も俺と一緒に最前線へ行って戦ってもらうからな?」
「勿論。もとよりそのつもりだ」
ダークが行くのなら自分も行くとアリシアは小さく笑いながら頷く。テーブルの上に座り込んでいるノワールは主であるダークが行くのなら、使い魔の自分も当然行くと考えているのか二人を見ながら笑っていた。
一方で会話を聞いていたレジーナとジェイクは会話の流れから自分達もダークと一緒に最前線へ行く事になるだろうと考えた。しかし二人はどうするべきか悩んでいる。
今回はいつもの依頼とは訳が違う。常に戦いが行われている戦場に行くのだ。下手をすれば命を落とす可能性だってある。レジーナとジェイクは心の中では一緒に行ってダーク達の助けになりたいと思っていた。だが、二人には大切な家族がいる。もし自分達が命を落としたりすれば残された家族達はどうなるだろう、そんな不安が二人を悩ませていたのだ。
「……レジーナ、ジェイク。お前達は首都に残れ、今回は俺とアリシアの二人で行く」
『!』
レジーナとジェイクが複雑そうな顔で悩んでいるとダークがレジーナとジェイクの方を向いて言った。二人はダークの言葉に驚きふとダークの方を向く。
「えっ? だ、だけどよ、兄貴……」
「お前達には守らないといけない家族がいる。今回はいつも受けている依頼以上に危険が伴う。下手をすれば命を落とす可能性だってあるんだ。お前達は家族の為にも残った方がいい」
「で、でも、それならアリシア姉さんだってお母さんが……」
「私は騎士となった日から命を国に預けた身だ。お母様もその事を知っている。だから私が国の為に戦場へ行っても反対はしないだろう」
アリシアは騎士として当然だと微笑みながら話す。国に忠誠を誓った騎士として戦場へ行き、敵と戦うのを義務としているアリシアと違い冒険者であるレジーナとジェイクにはわざわざ危険な戦場へ行って命を賭ける必要は無い。自分の命を大切にするという選択肢があった。家族の為に残る事を選ぶか、自分達を救ってくれたダークに恩を返す為に共に行くか、レジーナとジェイクは更に難しい顔をして悩みだす。
考え込む二人をアリシアがしばらく見つめていたが、マクルダム達にダークを戦争に参加させる許可を得る為に城へ向かう必要があったので、レジーナとジェイクをそのままして屋敷を出ようと歩き出した。
「アリシア、ちょっと待て」
リビングから出ようとドアノブを掴もうとした時、ダークがアリシアを呼び止めた。アリシアは振り返り不思議そうにダークの方を向く。
「陛下はともかく、貴族達は簡単には納得しないだろう。その時は俺の事を少しぐらいなら話しても構わないぜ?」
「ダークの事?」
「ああ……モンスターを召喚できるマジックアイテムを持っていたりとか、遠くにいる仲間と会話ができる水晶を持っているとか、そう言った事を話して説得するきっかけにしてもいいよ」
ダークの言葉にアリシアは意外そうな顔をする。今までダークは自分が別の世界に来た事を隠す為にLMFの事やLMFのアイテムの事はできるだけ人には話さないようにしていた。だが、ダークは貴族達を説得する為にアイテムの事を話してもいいと言って来たのだ。
「マ、マスター、いいんですか?」
「ああ、構わねぇよ」
ノワールは少し驚いた様子でダークに尋ね、ダークは無表情で頷く。平然と答えるダークにノワールはまばたきをした。
もしアイテムの事を話してダークの秘密がバレてしまったらどうするかとノワールは心配していた。しかし、ダークにとって都合が悪いのは自分が別の世界から来た事、レベルが100である事がバレる事だった。ただ特殊なアイテムが存在する事を話しても自分が別の世界にから来た事やレベル100である事が知られる可能性は低い。最前線の戦いに参加する為にダークは仕方なく今まで秘密にしていたLMFのアイテムの事をマクルダム達に教える事にしたのだ。
「特殊なマジックアイテムを俺が持っていると話せば彼等も俺を戦いに参加させてもいいと考えるだろう。アリシア、上手く貴族のお偉いさん達を説得してくれ」
「……ああ、分かった」
ダークの正体やレベルの事がバレなければ多少は秘密を話してもいい、ダークの考えを悟ったアリシアは小さく笑いながら頷きリビングを後にした。アリシアが退室するとダークは小さく笑いながら紅茶を飲む。ノワールは少し不安そうな顔で腕を組んだ。
屋敷を出たアリシアはマクルダムや貴族たちにダークを戦争に参加させてほしいと知らせに向かう。これがアリシアが会議室に飛び込む一時間前の出来事だった。
第八章投稿を開始しました。セルメティアとエルギスの戦争を内容としております。