第七十六話 聖騎士の歩む道
キルティア達との戦いに勝利したダーク達はお互いの無事を確認する為に広場の中央に集まった。集まると四人はすぐに仲間達の状態のチェックをする。
ダークとマティーリアは当然のように無傷でジェイクも少し掠り傷がある程度の状態だ。だがレジーナだけは幾つも切傷を負っており、四人の中で一番傷だらけだった。
「皆、無事の様だな?」
「ああ、少し苦戦したが大丈夫だ」
「妾もじゃ。ただ、一人だけボロボロな者がおるがのう?」
「うっさいわね!」
ニヤニヤと笑いながら傷だらけのレジーナを見るマティーリアにレジーナは力の入った声を出す。二人のやり取りを見てジェイクは溜め息をつきながら頭を抱えた。激しい戦いの後にもかかわらず口喧嘩をする余裕があるレジーナとマティーリアを見てダークは大丈夫だなと安心する。
全員の無事を確認するとダークは広場を見回して倒れている鮮血蝙蝠団のメンバー達をを確認した。キルティア達は仰向けになって倒れており、ピクリとも動かずダークは全員が死亡したのだと考える。すると、ジェイクと戦ったジムスがピクリと動き、それに気づいたダークは倒れているジムスの方へ歩いて行く。歩き出すダークを見てレジーナ達も不思議そうな顔をしながら後を追った。
倒れているジムスの前に来たダークは片膝を付いてジムスの確認する。顔面はジェイクのパンチを受けてボロボロになっており、元の顔が分からないくらい腫れ上がったり骨格が変わったりしているがまだ生きていた。
「ジェイク、手加減したのか?」
「いや、殺すつもりでぶん殴ったつもりだったんだが……まだ生きていたとは思わなかったぜ」
「これも半ヴァンパイア化したおかげなのかもしれんな」
「どうする、兄さん? 止めを刺す?」
レジーナが瀕死状態のジムスを見ながら尋ねるとダークはゆっくりと立ち上がり首を横に振った。
「いや、コイツは生かし騎士団に引き渡す。まだ知りたい事が色々とあるからな。他に仲間はいないのか、エルギス教国の誰に雇われたのかとかな」
「騎士団に情報を聞き出してもらうってわけね?」
「そういうことだ」
ダークはポーチに手を入れて中から鉄製の鎖を取り出すと倒れているジムスを起こして鎖を巻き付けて拘束する。傷だらけのジムスを生かす為に傷を治そうとも考えたが、半ヴァンパイア化したジムスにはポーションの類は使えない。自身の自然回復能力で傷を治してもらうしかなく、とりあえず暴れないように拘束だけしておく事にしたのだ。
ジムスを拘束して壁にもたれさせたダークは再びポーチに手を入れて明るい水色の液体が入った小瓶を三つ取り出してレジーナ達に手渡す。小瓶を受け取ったレジーナ達は中に入っている液体を飲む。するとレジーナの切傷やジェイクの掠り傷が治り出し、最初から怪我をしていなかったか様に消えてしまった。
ダークが渡したのはこの世界で購入したポーションで飲めば簡単な傷を治す事ができる物だ。ダークが以前使ったLMFのポーションと比べると回復力はとても小さいが、この世界ではとても高価で冒険者達には必要不可欠な物とされている。
レジーナ達がポーションを飲んで回復している姿をダークが見ていると彼の頭の中に声が響いた。
(マスター、聞こえますか?)
「ノワールか」
ダークの頭の中に別行動を取っていたノワールの声が響き、ダークはそっと耳に手を当てて返事をする。レジーナ達もダークが喋ったのを聞いて一斉にダークに視線を向けた。
(マスターに言われたとおり、上空から大聖堂の周辺を見張っていました。マスターやレジーナさんたちは無事に戦いに勝利されたみたいですね?)
「当然だ。あんな雑魚どもに負けるほど私達は弱くない」
(アハハ、流石ですね)
ノワールの嬉しそうな声を聞きダークは小さく笑う。ノワールが何を言っているのか聞こえないレジーナ達はまばたきをしながらダークを見ていた。
鮮血蝙蝠団との戦いが始まる前、ダークはノワールにある指示を出しておいた。それはダーク達が別れて戦う場合、仲間の位置が分かるように戦う場所を一望できる高さまで上昇してダーク達の位置を報告するというものだ。ダークはノワールにメッセージクリスタルを渡し、上空に待機させて何かあった時は報告するよう命じたのだろう。しかし何か起きる前に戦いが終わり、空から戦いが終わった事を確認したノワールはダーク達の状態を確認する為に連絡を入れて来たのだ。
「私達が戦った四人の内、一人は生きている。奴は騎士団に引き渡して詳しい情報を聞き出してもらうことにした」
(そうですか)
「……ところでアリシアの方はどうなっている?」
ダークは今最も気になっていることをノワールに尋ねる。レジーナたちもアリシアのことが気になっていたのかダークの言葉を聞いた瞬間に表情が鋭くなった。
(……アリシアさんは今、大聖堂前の広場から移動して南西の方でルーと交戦中です)
ノワールはダークの質問を聞くと少し低い声を出して答える。
「戦況は?」
(勿論、アリシアさんが優勢に立っています……ただ、少し戦い方に問題が……)
「チッ! 恐れていたことが起きたか?」
ダークはノワールの言葉を聞き舌打ちをする。アリシアがとんでもないことをするのではとダークは戦いが始まる前から予感していた。そして、そのとんでもない状況になっていることにダークは僅かに焦りを見せる。
「ノワール、アリシアが何処にいるのか教えろ。私は今からアリシアの下へ行く」
(分かりました)
ノワールはダークにアリシアの居場所を教え、ダークはそれを黙って聞いた。レジーナたちにはノワールの声が聞こえないため、アリシアの居場所は分からない。ただダークがノワールとの会話を終えて自分たちに説明してくれるのを待った。
しばらくしてダークはノワールとの会話を終え、レジーナたちの方を向いて指示を出した。
「私はこれからアリシアの下へ向かう。お前達はこの事を騎士団に知らせろ。あと、生き残ったあの男を引き渡しておけ」
「分かった」
「アリシア姉さん、無事だといいんだけど……」
レジーナが腕を組みながら小さく俯いてアリシアの事を心配する。アリシアはルーに勝つ為にダークの屋敷でレベル上げをしていたが、時間が少なかった為、殆どレベルは上げられていないとレジーナ達は考えていた。レジーナ達はノワールの声が聞こえていなかったのでアリシアが優勢にある事は知らない。だからアリシアがルーに押されているのではと心配していたのだ。
不安そうな顔をするレジーナ達をチラッと見てダークは低い声を出す。
「……心配ない。今のアリシアならルーには絶対に負けん」
「ほ、本当なの?」
「一体、姉貴はどれぐらいレベルアップしたんだ?」
アリシアがどのくらいレベルを上げたのか気になるジェイクはダークに尋ねた。レジーナとマティーリアも気になりダークが教えてくれるのを待つ。するとダークは夜空を見上げてしばらく黙り込み、やがて静かに声を出す。
「……彼女は屋敷の地下で私が召喚した訓練用のモンスターを多く倒した。その中には人間では倒す事のできないような強力なモンスターもいた。倒した時の経験値は非常に多い……」
「もったえぶらずに教えろ、若殿」
早くアリシアのレベルが知りたいマティーリアは急かす様にダークにレベルの数値を教えるよう言う。ダークはレジーナ達の方をゆっくりと向いた。
「アリシアの今のレベルは……」
レジーナ達は息を飲んでダークを見つめる。そんなレジーナ達は見つめながらダークは目を赤く光らせた。
「……97だ」
ダークが静かに、そして低い声でアリシアの現在のレベルを口にする。レジーナ達はダークが口にした数値を聞き、一瞬自分達の耳を疑う。ダーク達が立つ広場に冷たい風が静かに吹いた。
――――――
時間は遡り、ダーク達が大聖堂前の広場を去り、アリシアとルーが戦いを始めた直後。強欲者の指輪を外して真の力を解放したアリシアはルーと決着をつける為にエクスキャリバーを構える。そんなアリシアを見てルーは目を見開いて驚いた。
本来の力を解放した状態でエクスキャリバーを力強く振り、その力で風が巻き起こった光景を目にしたルーは驚きを隠せずにいる。アリシアは驚くルーをただ怒りの籠った目で睨みつけていた。
「お前の様な悪党をこのまま生かしておくとまた多くの犠牲者が出て多くの人が悲しむ。そうなる前に此処でお前を始末する!」
もはやルーを生かして捕らえるつもりなど無いアリシアはエクスキャリバーを強く握り構えを取る。今のアリシアを動かしているのはルーに対する憎しみだけだ。聖騎士としての慈悲深い心も騎士道精神も今のアリシアには残っていない。
ルーは自分に殺意を向けるアリシアを見ながら僅かに汗を垂らしている。さっきまでと感じられる力がまるで違い、別人のように強くなったアリシアを目にしたルーは初めて寒気を感じていた。
(な、何なのこの女? さっきまでとまるで力も殺気も違う。指輪を外した途端にもの凄い力を放出したけど、あの指輪に何か秘密があるの?)
突然強くなったアリシアに驚きを隠せないルーは一歩後ろに下がる。そんなルーに対しアリシアは表情を一切変えずに睨み続けた。
(クッ! あの女が何をしたかは知らないけど、これは私も本気を出さないとマズそうね!?)
ルーは今のアリシアは全力でぶつからないと危険だと感じ、アリシアを睨み返しながら両手を横に伸ばす。アリシアはピクリとも動かずにルーを見ていた。まるでルーが戦闘態勢に入るのを待っているかのように。
「いいわ、アンタがこの数時間の間にどれだけ強くなって、どこにそんな力を隠していたのかは知らないけど、今のアンタは私が全力で戦うに値すると判断したわ……光栄に思いなさい、過去に私を本気にさせた奴は数人しかいないんだからね!」
「お喋りはいい、さっさと万全の状態になれ。そして全力で私にぶつかって来い」
興味の無さそうな態度を取るアリシアを見てルーは奥歯を強く噛みながら睨む。アリシアを見ながらルーは心の中で望み通りにしてやる、と呟きながら魔法を発動する。
「物理防御強化! 移動速度強化! 魔法攻撃強化! 魔法防御強化! 光属性耐性強化!」
ルーは補助魔法を連続で発動させ、物理防御力、移動速度、魔法攻撃力、魔法防御力、そして光耐性を強化した。アリシアはその光景を動かずにジッと見つめている。
<光属性耐性強化>は闇属性の下級補助魔法で光属性の攻撃や魔法に対しての防御力を上げる事ができる。この補助魔法を使うか使わないかで光属性攻撃のダメージがかなり違い、強力な光属性の攻撃をして来る相手と戦う場合は魔法使いの誰もが使う魔法だと言われているのだ。
ルーは聖騎士であるアリシアの神聖剣技を警戒して光属性耐性強化を発動した。夕方の時はアリシアの攻撃が簡単に読めた為、光属性耐性強化を使う必要は無いと考えていたが、今回はあの時とは違うので補助魔法を使い防御を完璧にしている。それだけアリシアから感じられた力が大きいという事だ。
全ての準備が整うとルーはアリシアに右手を向けた。するとルーの手の中に火球が現れ、それを見たアリシアはルーが魔法を撃って来ると感じてエクスキャリバーを持つ手に力を入れる。
「受けてみなさい、私の全力をね! 火弾!」
険しい顔で声を上げながらルーはアリシアに向かって火球を放つ。下級魔法だが本気で撃った為、速さは昼間戦った時よりもずっと速かった。だがアリシアは表情を一切変えずに火球を見つめている。火球がアリシアの顔の1m前まで近づくとアリシアはエクスキャリバーを横に振り、飛んで来た火球をエクスキャリバーで掻き消した。
火球がアリシアに防がれたのを見てルーは意外そうな顔を見せる。少し驚きはしたが下級魔法程度なら止められるかもしれないと思っていたのかあまり動揺はしなかった。
「やるじゃない? だけど、下級魔法を止めたからって調子に乗るんじゃないわよ? 下級魔法を止められないようじゃ、私を倒すなんて到底無理な事――」
「破邪天柱撃!」
ルーが喋っている途中でアリシアがエクスキャリバーを振り上げながら叫ぶ。するとルーの足元に白い魔法陣が描かれ、そこから空に向かって白い光の柱がルーを呑み込みながら伸びる。
「うわああああぁ!?」
光に包まれながら全身に伝わる痛みにルーは声を上げる。光が消えるとルーはその場に座り込みながら体に残る痛みに耐えた。ルーの体からは煙が上がり、アリシアはそんなルーを睨みながら見ている。
<破邪天柱撃>は神聖剣技の一つで敵の足元から光の柱を出してダメージを与える中級技だ。使用者の視界にいる敵の足元に魔法陣を描いてそこから敵を攻撃する為、回避するのが難しい。ただ、攻撃力が低く大きなダメージを与える事はできないという欠点もある。しかし、アリシアが使えば攻撃力が低くても敵に十分なダメージを与える事ができる。
レベル97のアリシアが使った破邪天柱撃はルーに予想以上のダメージを与える事ができた。だがルーも補助魔法で防御力を強化していたので致命的なダメージは負っていない。ルーは痛みと怒りで顔を歪ませながらアリシアを睨み付ける。
「ぐうううぅっ、ア、アンタ……人が喋っている最中に……」
「余裕そうな態度で喋っていたのでな、かわすと思って攻撃したのだが、かわせなかったか……」
「ひ、卑怯な真似するわね? それでも聖騎士なの?」
「都合のいい時だけ人を悪者にするな。お前には、そんな事を口にする資格など無い!」
アリシアはエクスキャリバーを右手に持ちルーに向かって走る。自分を睨みながら走って来るアリシアを見てルーは咄嗟に立ち上がり、後ろへ跳びながら両手をアリシアに向けて魔法を発動した。
「火炎弾! 水撃の矢!」
右手に先程の火球よりも大きな火球を作り、左手には大きな水球を作ったルーはそれをアリシアに向かって放ち攻撃する。以前ノワールが魔法学院で生徒達に教えた火弾と水の矢の強化版である中級魔法だ。下級魔法が通用しない事と予想外のダメージを受けた事で焦ったルーは咄嗟に中級魔法を撃ったのだろう。
中級魔法を放ったルーを見てアリシアは小さく舌打ちをした。だが、走る速度は落とさずにそのまま火球と水の矢に突っ込んで行きエクスキャリバーで火球と水の矢を素早く叩き落す。
「なっ! 嘘でしょう!?」
二つの中級魔法がいとも簡単に防がれたのを見て流石にルーも驚きの声を上げる。アリシアが走りながら、しかも片腕で振った騎士剣で中級魔法を叩き落とすなどルーも予想していなかったのだろう。驚きの表情を浮かべながらルーはアリシアを見ていた。
アリシアは中級魔法を防ぐと再びルーを睨み、エクスキャリバーを持つ腕を引いて勢いよくルーに向けて突きを放つ。跳んでいる最中なのでルーはアリシアの突きを避ける事はできない。ルーは迫って来るエクスキャリバーの切っ先を見ると慌てて両手を切っ先へ向けた。
「万能の盾!」
攻撃が当たる前にルーは目の前にオレンジ色の光の障壁を展開する。エクスキャリバーの切っ先は障壁によって止められた。攻撃を止める事に成功しルーは安心の笑みを浮かべる。だが、しばらく切っ先と障壁がぶつかっていると切っ先が振れている箇所から罅が入り広がっていく。そして罅が障壁全てに広がると障壁はガラスが割れる様な音を立てて砕け散り消滅した。
上級の防御魔法が破れた事にルーは更に驚愕の表情を浮かべる。障壁を破ったエクスキャリバーの切っ先はそのまま真っ直ぐルーに向かって行きルーの左手を貫いた。
「があああぁっ!」
左手の痛みにルーは再び断末魔を上げた。エクスキャリバーはもともと悪魔族モンスターやアンデッド族モンスターに有効な光属性の剣、ヴァンパイアであるルーにとっては掠り傷さえ激痛を与える。その光の剣が左手を貫いたのだ、想像を絶する痛みがルーを苦しめた。
体勢を崩したルーは仰向けに倒れ、貫かれた左手を抑えながら地面を転がる。アリシアが苦しむルーを見ながらエクスキャリバーを振って刀身に付いたルーの血を払い落とす。その表情はルーを見下す様に冷たく、鋭い目でルーを睨んでいた。
左手の痛みが引いて来るとルーは仰向けのままアリシアを涙目で睨み返す。しかし今のルーからはさっきまでのアリシアを小物扱いする余裕の態度は見られなかった。
「ア、アンタ……一体何をしたのよ? ただの剣の突きで私の最高の防御魔法が破られるなんてあり得ないわ。どんな手品を使ったのよ!?」
「手品など使っていない。これが今のお前と私の力の差だ。お前は私よりも弱く、私はお前より強い、それだけだ」
興奮するルーにアリシアは冷静に低い声で答えた。ルーは余裕の態度を見せるアリシアを見て歯を噛みしめながら腹を立てる。誇り高いヴァンパイアの自分が人間の女相手に押されるなどあってはならない、そのプライドがルーの怒りを強くしていったのだ。
ルーは倒れたまま素早く右手を懐に入れ、何かを取り出すとそれを地面に叩きつける。するとアリシアとルーを灰色の煙が包み込みアリシアの視界を奪った。
「チッ、また煙幕か!」
夕方の戦いと同じ方法を取ったルーにアリシアは舌打ちをして周りを見回す。しかし、煙に包まれてハッキリとルーの姿を捕らえる事はできない。すると、前の方で煙が僅かに動くのに気づいたアリシアはその方角に向かって走り出す。煙の中を走って行き、煙の外へ飛び出したアリシアはもう一度周囲を見回した。そして数十m先で大聖堂前の広場から逃げていくルーの姿を見つける。
「待て、ルー!」
アリシアは広場から逃げ出すルーを走って追いかける。いまだにアリシアの顔からは怒りは消えておらず、ルーを痛めつけて始末するという意志だけがアリシアを動かしていた。
広場を出てアリシアから逃げるルーは静かな街道を走っていた。ボロボロの姿で全身の痛みに耐えながらルーは全力で走り続ける。しばらく走り、広場から数十mほど離れた所で民家と民家の間にある細道に入り、そこに身を隠して体を休めた。
座り込み、俯きながら荒い息遣いをするルー。疲れと体の痛みが彼女の精神を追い込んで行く。体の傷はヴァンパイアの治癒能力で少しずつ回復していくが疲れは残ったままだ。
「ハァハァ……何て奴なの。私の魔法を全て防ぎ、しかも防御魔法の障壁まで簡単に破るなんて……」
ルーはアリシアが予想以上の力を持っている事に戸惑いを隠せずにいた。数時間前は自分が押していたはずなのに今では自分が押されている。どうして人間であるアリシアが僅かな時間で自分を押すほどにまでレベルを上げて強くなったのか全く分からずルーは頭の中で混乱していた。
「……落ち着きなさい、私。いくらアイツが強くなったと言っても所詮は人間よ。人間では止められないくらいの魔力を使って魔法を撃ち込めば倒す事ができるはず。恐れる事はないわ、私は最強のヴァンパイア、あんな小娘に負けるはずがない!」
アリシアには決して負けない、自分こそ最強のヴァンパイアである、ルーは自分自身にそう言い聞かせて自信を取り戻そうとする。同時に治癒力で傷もある程度治り、ルーは再びアリシアと戦う為に細道を出た。
その頃、ルーを追いかけたアリシアは街道の真ん中をゆっくりと歩いていた。あの後、全力で走りルーを追いかけたのだが途中で見失ってしまい、ルーが逃げたと思われる方角へ移動しながらルーを探しているがなかなか見つからない。アリシアは険しい顔で周囲を警戒しながらルーを探し続けた。
「……クソォ、あの女、何処へ隠れた」
ルーが見つからない事に苛立ちを見せながらアリシアは歩いて行く。その時、背後から何かが動く気配を感じたアリシアはその場で立ち止まり背後に意識を集中させる。冷たい風が吹く街道でアリシアは警戒心を強くした。するとアリシアの後ろにある民家の陰からルーが飛び出して両手をアリシアに向ける。
「死になさい! 蝙蝠の夜襲!」
アリシアに力の入った声で言い放つルーの両手の前に紫色の魔法陣が描かれ、そこから紫色の蝙蝠が大量の飛び出してアリシアに向かって飛んで行く。アリシアは振り返り、エクスキャリバーを構えて迫って来る蝙蝠の群れを睨む。
<蝙蝠の夜襲>は魔法陣から無数の蝙蝠を飛ばす闇属性の上級魔法。魔法陣から放たれた蝙蝠の群れは敵に一斉に襲い掛かりダメージを与える。蝙蝠の数は多く、一度に複数の敵を襲わせる事も可能だが、一人の敵に集中して蝙蝠達を襲わせればそのダメージはとても大きい。そして蝙蝠に傷つけられた敵は一定の確率で麻痺状態となる。だがそれは一匹の蝙蝠の攻撃による確率、無数の蝙蝠が一人に連続で攻撃すれば麻痺する確率も高くなるのだ。
羽を羽ばたかせながらアリシアに迫っていく蝙蝠の群れ。これの魔法はアリシアも防げないと考えルーはニッと笑う。だがアリシアは落ち着いたままエクスキャリバーを両手で逆手に持ってゆっくりと持ち上げる。
「守護聖気陣!」
アリシアは叫びながらエクスキャリバーを振り下ろして地面に刺した。するとアリシアを中心に白い光の魔法陣が描かれてドーム状の光の障壁が展開した。
<守護聖気陣>は神聖剣技の中で唯一の防御系の中級技。使用者を中心に魔法陣を描ぎ、その魔法陣の中にいる者を守る様に光の障壁がドーム状に作られて敵の攻撃を防ぐ事ができる。光属性である為、闇属性の攻撃に対してとても強く、高レベルの者が使えば上級魔法を防ぐ事が可能だ。アリシアの場合はレベル97である為、上級魔法は勿論、この世界最強の魔法と言われている最上級魔法を防ぐ事も可能だろう。
蝙蝠達は止まる事なくアリシアに襲い掛かろうと突っ込んで行く。すると障壁に触れた蝙蝠は煙を掻き消す様に消滅した。蝙蝠達は次々にアリシアに襲い掛かるが障壁のせいでアリシアに触れる事なく掻き消されていく。やがて全ての蝙蝠が消滅するとアリシアを守っていた障壁も静かに消えた。アリシアは地面に刺さっているエクスキャリバーを引き抜いてルーの方を向く。視線の先では蝙蝠が全て消滅した光景を目にし呆然としているルーの姿があった。
「そ、そんな……私の最強の魔法が……」
自分が使える魔法の中で最大の攻撃力を持つ蝙蝠の夜襲までもが防がれた事にルーは驚きを隠せずにいる。同時に先程までの余裕が消え、アリシアには勝てないと悟った。
ルーはアリシアを怯える目で見つめながらゆっくりと後退し逃げようとする。だがアリシアは逃がす気など毛頭無かった。
「破邪天柱撃!」
アリシアは怒りの顔を露わにしながらエクスキャリバーを振り上げ神聖剣技を発動する。ルーの足元に魔法陣が展開され、そこから光の柱が伸びてルーを呑み込み、彼女の体に激痛を与えた。
光に包まれてルーの体を強烈な痛みが襲う。光の柱が消えるとルーは体から煙を上げながらよろける。そこへアリシアが急接近し、無防備なルーの腹部にキックを撃ち込み蹴り飛ばす。飛ばされたルーは地面に叩きつけられ、掠れた声を出しながら仰向けに倒れる。そこへアリシアが近づき倒れているルーの胸を踏みつけた。
「無様だな? あれだけ偉そうな事を言っておきながらこのざまとは……」
胸を踏みつけている足に力を入れながら倒れているルーを睨み付けるアリシア。胸を踏まれる痛みでルーの表情は歪み、涙目でアリシアを見上げている。今のルーはヴァンパイアの魔法使いではなく、一方的に痛めつけられて追い込まれた少女に過ぎなかった。
「や、やべて……許して……」
「お前はこれまで多くの命を奪い、それを楽しんで来た。そんなお前に許しを請う資格があるのか?」
「ご、ごめんなさい……だずけて……死に、たくない……」
「……クッ!」
ルーの命乞いを聞いたアリシアは歯を噛みしめながらより険しさの増した顔でルーを睨み付け、勢いよくルーの胸を踏みつける。
「あがああぁ!」
「死にたくない、だと? リーザ隊長だって、お前に殺される時、同じ気持ちだったはずだっ!」
自分の都合でリーザを殺しておきながら自分が殺されそうになると態度を変えて命乞いをするルーを見てアリシアの怒りと憎しみはより大きくなった。もうアリシアにとってルーの存在は自分の怒りを増すだけの存在でしかなかったのだ。
アリシアはルーを踏みつけたままゆっくりとエクスキャリバーを振り上げて止めを刺そうとする。ルーはそんなアリシアの姿を見て涙を流しながら逃げようと暴れ出す。だがレベル97となり常人では考えられない力を得たアリシアに踏まれて逃げられるはずがなかった。
「いやだ、いやだぁ!」
「……リーザ隊長に会ったら、頭を下げて謝れ!」
そう言ってアリシアはエクスキャリバーをルーに向かって振り下ろした。ルーももうダメだと感じながら涙を流す。すると、突如エクスキャリバーを振り下ろすアリシアの腕が止まった。驚いたアリシアはふと自分の腕を見る。そこにはアリシアの腕を掴んで止めているダークの姿があったのだ。
いつの間にか隣にいたダークを見てアリシアは鋭い視線をダークに向ける。なぜ自分の居場所が分かったのか気になるが、そんな事は正直どうでもよかった。アリシアにとって問題なのは、ルーに止めを刺す自分を止めたという事だけだ。
「そこまでだ、アリシア」
「ダーク、なぜ止める? あと一撃でコイツを倒せるのに……」
「もう十分だ。それ以上やる必要は無い」
「馬鹿を言うな! コイツが何をしたのか忘れたのか!? リーザ隊長を殺し、彼女や彼女の家族から幸せを奪ったのだぞ? しかも私達を殺した後にファルム殿やリーファまで殺すと言っていた。人の命をゴミの様に扱うこの女は生かしておく価値など無いっ!」
アリシアは倒れるルーを睨みながら声を上げる。ルーはただガタガタと震えながら涙を流していた。
感情的になるアリシアを見てダークもルーに視線を向ける。確かにルーは人の命を平気で奪う残忍な女だ。ダークもルーを許すつもりなど無い。しかし、ダークはアリシアにルーを殺させようとは思っていなかった。
「確かに、この女は今まで殺されても仕方のないくらいの罪を犯して来た。だが私は、君にコイツを殺させない」
「!?」
「今の君は怒りと憎しみで本来の自分を見失っている。友を殺した仇を甚振り、自分の憎しみを晴らす事だけしか考えていない……もし、君がこのままルーを殺せば、君はこれからも憎い相手と戦う時、ソイツを一方的に甚振り、殺すだろう。それは、本当に君が憧れた聖騎士のする事か?」
最後にどこか悲し気な声で語るダークの言葉を聞き、アリシアは目を見開いて驚きの顔を見せる。
「アリシア、私は戦う前に君にこう言ったな? 地下訓練場で私が言った事を覚えているか、と?」
「……ああ、一度間違った道を歩けば二度と昔の道を歩けなくなる、という事を言っていたのだろう?」
「……君は今まさにその言葉通りになろうとしている」
今度は低い声で、まるで悪さをした子供を叱る親の様な口調でダークはアリシアに語り掛ける。アリシアはダークからルーに視線を変えて震え続けているルーを見下ろした。
「いいか? 人間は一度道を誤れば何度でも間違った道を歩む生き物だ。一度人を騙せば何度でも騙し、一度人を殺せば何度だって殺す。君も、此処でルーを殺せば何度でも憎い相手を甚振り、殺すだろう。どんなに自分でそれを否定しても、どんなに正しい道を歩もうとしても、その人間は元には戻れない。それが人間というものだ」
ダークの意味深な言葉を聞きながらアリシアはエクスキャリバーを持つ手を震わせる。今ルーを殺してしまえば自分はこれからも憎い相手を目にすると憎しみに飲まれて相手を甚振って殺す、そうなってしまえばもう二度と聖騎士を名乗れず、以前の様に生きる事はできない。過去の自分を捨ててルーを殺すか、ルーを殺さずに今まで通りの生き方をするのか、アリシアは人生を左右する選択を選ばされていた。
「……ダーク、貴方は、貴方は友を殺した相手を許し、生かしておけと言うのか?」
「違う。憎しみに飲まれて闇に堕ちるなと言っているんだ。君には慈悲深く、正しい心を持つ聖騎士として生きてもらいたい……リーザ隊長だってそう望んでいるはずだ」
「……ッ!」
リーザの名前を出されてアリシアは反応する。そしてアリシアの頭の中にリーザとの思い出が蘇った。
まだ自分が騎士になって間もない頃、リーザの部隊に配属され、彼女と共に騎士として勤めて来た。ある日、アリシアはリーザからどんな時でも真っ直ぐな心を持ち、誰に対しても優しい心を持つお前は聖騎士を目指すべきだと言われ、その言葉に心を打たれたアリシアは上級職である聖騎士を目指して訓練をし、遂に念願の聖騎士にクラスチェンジする。その時のリーザや仲間の騎士、兵士達はアリシアを心から祝福し満面の笑顔を見せ、その笑顔を見たアリシアも聖騎士になってよかったと微笑みを浮かべていた。
過去の記憶を思い出したアリシアはその時のリーザの言葉を思い出して表情を曇らせる。今の自分を見たらきっとリーザは悲しむだろう。アリシアは歯を噛みしめながらルーの胸に乗せている足を退ける。それを見たダークも掴んでいたアリシアの腕を離した。
「……私はマティーリアに部下を殺された時も憎しみに飲まれて彼女を殺そうとした。だが、貴方に止められて私はマティーリアを殺さずに済み、憎しみに支配される事も無かった……二度も同じ過ちで貴方に救われるとは……私は大馬鹿者だ」
「いや、憎しみを押し殺せたのは君の精神が強かったからだ。今回も、マティーリアの時も君は自分の力だけで憎しみに勝った……誇ってもいいと私は思うぞ?」
アリシアから怒りと憎しみが消えたのを見てダークはアリシアの肩にそっと手を置いた。アリシアも自分の肩に乗っているダークの手の上にそっと自分の手を乗せる。すると、さっきまで倒れていたルーが素早く立ち上がり、一目散にその場から逃げ出した。どうやら二人が話をしている間に傷が癒えて走れるくらいまでに体力が戻ったのだろう。
逃げ出したルーを見てアリシアは驚きの表情を浮かべ、ダークも背を向けて走るルーを黙って見ている。
「フンッ! 馬鹿な奴等ね。憎い相手を前にして殺さずにペラペラとお喋りなんかしちゃって! そんな甘い考え方をしているから人間は馬鹿な種族だって言われるのよ」
先程の態度とは一変し、ダークとアリシアを侮辱しながら逃げるルー。死にそうになると命乞いをし、助かったと思った途端に態度を変えるルーの性格はもはや救えなかった。ルーは生き延びる為に全速力ではダークとアリシアから離れようとする。すると後ろの方から何かが飛んで来てルーの右腕に刺さった。
痛みに表情を歪めるルーは走りながら刺さった物を確認する。それは小さな灰色の投げナイフだった。走りながら後ろを見ると、何かを投げる様な体勢を取っているダークの姿が目に入る。実は投げナイフはダークがポーチから取り出し、ルーに向かって投げた物だったのだ。ルーは舌打ちをして刺さっているナイフを引き抜いて捨てた。だがその直後、ナイフが刺さった箇所からルーの腕が石化し始め、それを見たルーは驚いて立ち止まる。
「な、何よこれ!?」
自分の腕が石になっていく光景にルーは驚きを隠せずに叫ぶ。するとそこへダークがゆっくりと歩いて来て驚くルーを睨みながら目を赤く光らせた。
「……馬鹿な女だ。投降すれば一思いに楽に死なせてやったのに。逃げ出したせいでお前は死よりも酷い罰を受ける事になってしまったな」
「ア、アンタ、何をしたのよ!? さっきのナイフは何?」
「お前に投げたのはメデューサの呪刀と呼ばれる投げナイフだ。刺さったり切られたりした者の体を石化させる強力なマジックアイテムだ」
「せ、石化のマジックアイテム?」
石化させるマジックアイテムがあるなんて聞いた事が無いルーは更なる驚きを見せる。ダークは石化していく自分の体を見て恐怖するルーを黙って見ていた。実はダークがルーにメデューサの呪刀を使った理由はただルーを石化させるだけではない。
LMFではプレイヤーが石化するとしばらくそのまま動けなくなる。そして、それから時間が経っても石化が解けなかった場合はプレイヤーは死亡したとされて強制的にログアウトさせる設定だ。しかしこの世界では石化すると死なずに永久に石像のまま動けなくなってしまう。石像になったままでも意識は残り、目の前の光景はハッキリと見え、周りの声や音も聞こえるが、自分は動く事も喋る事もできない。ダークもノワールにこの世界の魔法の事を調べさせている時にこの事を知り、この世界での石化の恐ろしさを知った。
ルーは自分の体が石に変わっていくのを見て泣きながら悲鳴を上げる。だが彼女がどんなに嫌がっても石化は止まらず、遂にルーの全身が石に変わった。ダークはルーが完全に石化するのを見届けるとゆっくりと振り返り石像と化したルーに背を向ける。
「……メデューサの呪刀による石化は中級以下の回復魔法や並のマジックアイテムでは解けない。解けるのは上級以上の回復魔法とアイテムのみ。だがこの国には上級の回復魔法を使える者などいない。仮にいたとしてもお前の様な人でなしのヴァンパイアの石化を解こうとする者はいないだろう。つまりお前の石化は永遠に解ける事が無いという事だ。更に石像が壊れてもお前が死ぬ事はない。体がバラバラになった状態でもお前の意識は残り、動く事も喋る事もできないまま永遠のこの世界に縛られ続ける。それがお前に与える死以上に恐ろしい罰という事だ」
周りの時が進み、多くの人間が歳を取っても自分だけは石像のまま身動きも取れず、死ぬ事もできずに永遠に生き続ける。それはある意味で死ぬよりも辛い生き地獄と言えた。
「動く事も喋る事もできずに永遠に石像として生き続けろ……お前は、死ぬ価値も無い」
最後にルーにそう言い放ち、ダークはその場を立ち去る。アリシアも最後にルーの石像を睨みつけてダークの後を追う様に歩き出す。残されたルーの石像はピクリとも動かず、目から僅かに涙を流していた。
その後、鮮血蝙蝠団との戦いを終えて合流したダーク達はそのまま今回の事件の事を騎士団の詰め所に報告しに向かう。長いようで短かった鮮血蝙蝠団の事件は無事に解決した。
――――――
翌日、鮮血蝙蝠団の生き残りであるジムスは騎士団の取り調べを受け、自分達がエルギス教国の奴隷制度の管理を任されている貴族から依頼を受けてセルメティア王国で亜人狩りをしていた事を白状した。騎士団はすぐにこの事を国王であるマクルダムに報告する。
知らせを聞いたマクルダムは他国であるセルメティア王国で亜人狩りをし、騎士団の人間であるリーザを鮮血蝙蝠団が殺害した事についてエルギス教国の教皇へ抗議の親書を送った。貴族達はこの事でエルギス教国との仲が悪くなり、戦争にでもなるのではと不安になりながらエルギス教国からの返事を待つ。マクルダムも最悪の結果だけにはならないよう心の中で祈った。
青空が広がる午前、共同墓地にアリシアの姿があった。アリシアはリーザの墓の前に花束を供え、目を閉じながらリーザにルーを倒した事を報告する。
「……リーザ隊長、吸血鬼ルーは私とダークで倒しました。どうか、安らかにお休みください」
アリシアがリーザに報告をすると優しい風が吹き、アリシアの髪と備えてある花束の花を揺らす。まるでリーザが報告を聞いてアリシアに返事をしている様だった。
報告を済ませてアリシアがしばらくリーザの墓を見つめていると後ろからダークがゆっくりと近づいて来た。アリシアに向かって歩きながらダークは兜を外し、肩に乗っているノワールはアリシアの方を向いている。二人はアリシアのすぐ後ろまで来て彼女の背中を黙って見つめた。するとダークの存在に気付いたのかアリシアはゆっくりと振り返りダークの顔を見る。
「ダーク……」
「報告は済んだのか?」
「ああ、リーザ隊長にも、ファルム殿にもちゃんと伝えた」
「そうか」
ルーを倒した事を無事に知らせた事を聞いてダークは小さく笑う。アリシアも目を閉じながら微笑みを浮かべる。
数分前、アリシアはリーザの屋敷へ向かい、ファルムにリーザの仇であるルーを倒した事を報告する。知らせを聞いたファルムはこれでリーザも少しは浮かばれるだろう、と言いながら涙目で笑みを浮かべた。自分の妻を殺した者を妻の友人であるアリシアが倒してくれた事で喜びを感じていたのだろう。そんなファルムを見てアリシアは何も言わずに目を閉じながら小さく息を吐いた。
「例え仇を討てても、リーザ隊長は帰ってこないし、ファルム殿やリーファちゃんの心の傷も癒えないだろう。結局私は彼等に何もしてあげられなかった……」
「そんな事はないさ。君はリーザの無念を晴らし、ファルムさん達の心の苦しみを少しだが取り除いてやったんだ。きっと感謝してるさ」
「ダーク……」
素の口調でアリシアを元気づけるダークにアリシアは僅かに感激した様な声を出す。ニッと笑いながらアリシアを見つめるダークの顔を見てアリシアの目元に僅かに涙が溜まる。するとアリシアはそっとダークの胸に飛び込み彼に寄り掛かった。
「お、おい、アリシア?」
「……ありがとう、ダーク。貴方のおかげで私はリーザ隊長の仇を討ち、道を誤らずに済んだ。貴方には本当に感謝している」
「う、う~ん……そ、それはいいんだけどさぁ……此処、一応墓なんだぜ? そんな所でこういう事をするのは不謹慎じゃねぇの?」
「フフ、いいじゃないか、少しぐらいは……」
どこかいたずらっぽく笑いながらダークに寄り掛かり続けるアリシア。ダークはアリシアを見下ろしながら困り顔を浮かべる。アリシアの髪からは僅かにいい香りがし、その香りを嗅いだダークは僅かに頬を赤くした。すると、自分の肩に乗っているノワールと視線が合い、ノワールはゆっくりと目を閉じてそっぽ向く。
(何だよノワール、その反応は!? ハァ、こんな顔を見られるんだったら兜を被っておくべきだったぜ。アリシアを励ます為にわざわざ素顔を見せたのによぉ……)
兜を外した事を心の中で後悔しながらダークは複雑そうな表情を浮かべる。兜を被って素顔を隠し、クールな暗黒騎士を演じている男と同一人物とは思えないような一面だった。
マクルダムがエルギス教国に親書を送った日からそれから二日後、エルギス教国から親書の返事が届く。その内容は自分達は鮮血蝙蝠団などと言う組織は知らないというものだった。ジムスが自白しているにもかかわらず白を切るエルギス教国にマクルダムや上級貴族達は直接会って話を聞く為にセルメティア王国とエルギス教国の国境近くで会談を開く事にし、それをエルギス教国に伝える為に再び親書を送る。だが、エルギス教国から返事の手紙が届き、その内容を見たマクルダム達は驚愕の表情を浮かべた。
我が国はセルメティア王国に宣戦布告をする。それが返事の親書に書かれてあった内容だった。
第七章終了です。今回でアリシアも最強に近い力を得ました。アリシアは本作ではヒロインであり、もう一人の主人公でもありますので「主人公最強」にあてはまると思っています。
次の投稿はまたしばらくしたら再開します。