第七十五話 ヴァンパイアキラー
決着をつける為に本気を出すというマティーリアの言葉にガントは僅かに表情を険しくする。自分がマティーリアの力を認めて本気で戦っていたのにマティーリアは本気を出していなかった事に少し腹を立てているようだ。そんな不機嫌なガントを気にせずにマティーリアは笑みを浮かべ続けた。
「本気を出す? 今までは全力で戦っていなかったと言うのか?」
「当たり前じゃろう。お主との戦いは妾にとっては余興の様なものじゃ。余興同然の戦いで本気を出すほど妾は大人げなくはない」
「随分とナメられたものだな、俺も……」
マティーリアの態度を見て更に表情を険しくするガント。完全に自分を雑魚扱いしているマティーリアに対して徐々に怒りを露わにしていった。
シャムシールを構えながら両足の位置を変え、いつでも攻撃できる態勢に入りながらガントはマティーリアに殺意の籠った視線を向ける。
「そこまで言うのなら掛かって来い。そして俺を過小評価していたという事を教えてやる」
「そうか、それなら……」
目を閉じてそっと呟きながらロンパイアをゆっくりと引いて構えを変えるマティーリア。目を開けた瞬間に地を蹴りガントへ向かって跳んだ。そして一瞬にしてガントの目の前に移動した。
「遠慮なく!」
「何っ!?」
予想外の速さで自分の目の前まで移動したマティーリアにガントは驚愕の表情を浮かべる。そんなガントにマティーリアは勢いよくロンパイアを振り下ろして攻撃した。ガントは咄嗟に後ろへ跳んでマティーリアの振り下ろしをギリギリで回避する。しかし振り下ろした時に起きた風圧でガントの頬に切傷が生まれる。
風圧だけで自分に傷を付けたマティーリアにガントは更に驚く。だがすぐにマティーリアとの戦いに気持ちを切り替えてシャムシールを構えながらマティーリアに方を向く。ところがさっきまで正面にいたはずのマティーリアの姿はそこには無く、驚いたガントは周囲を見回してマティーリアを探す。
「あの女、何処へ行った!? 後ろか?」
周りを見回してマティーリアを探すが何処にもいない。ガントはシャムシールを構えながら警戒して必死にマティーリアを探した。すると突然自分の足元が暗くなり、それに気づいたガントは上を向く。なんとそこには自分の真上で竜尾を出し、竜翼を大きく広げているマティーリアの姿があった。
「上じゃ」
ガントを見下ろしながら笑うマティーリア。そんな彼女の姿を見てガントはようやく自分が戦っていた少女がとんでもない存在だった事に気付く。そんなガントに向かってマティーリアは竜尾を振り下ろし、頭部からガントを殴打する。殴られたガントは衝撃と重さに体勢を崩しそのまま地面に叩きつけられた。
顔面から地面に勢いよく叩きつけられ、ガントは痛みと驚きから声を漏らす。半ヴァンパイア化してからこれほどの痛みを感じた事が無かった為なのか驚きを隠せなかったのだ。
倒れるガントを空中から見下ろすマティーリアはそのまま勢いよく降下してうつ伏せに倒れているガントを背中から踏みつける。叩きつけに続いて背中から更に強い衝撃を受けたガントは再び声を漏らす。しかしマティーリアの攻撃は止まらない。踏みつけた後、マティーリアはガントの足を片手で掴み勢いよく振り回す。ある程度勢いが付くと足を掴む手を離してガントを投げ飛ばす。飛ばされたガントは民家の壁にぶつかり、同時に壁は凹み砂埃を上げる。投げ飛ばしたガントを見てマティーリアは小さく笑う。
砂埃の中からボロボロになったガントが姿を現す。全身から伝わる痛みに耐えながら遠くで笑うマティーリアを見つめた。
「ほぉ? あれだけの攻撃を受けてまだ立ち上がれるとは、これも半ヴァンパイア化しているからなのかのう」
猛攻を受けてもまだ立ち上がるガントを見てマティーリアは少し意外そうな顔をする。一方でガントはマティーリアを見て動揺した表情を浮かべていた。さっきまで互角に戦っていたはずなのに今は自分が一方的に押されている。ガントは自分の身に起きている事が信じられず目を見開きなが混乱していた。
「ど、どうなっているんだ……ヴァンパイアの力を得た俺がこんな一方的にやられるなんて……」
「簡単な事じゃ。妾とお主のレベルにそれだけの差があるからじゃ。お主のレベルは47じゃったな? じゃが、妾のレベルは66じゃ」
「な、何だと……」
マティーリアが竜人である事だけでなく、レベルが66だと知りガントは更に驚きの表情を浮かべる。いくら自分が半ヴァンパイア化して英雄級に匹敵する力を得たとしても竜人でレベルが66のマティーリアに勝つのは不可能と言えた。
「いくらお主が半ヴァンパイア化して強い力を得たとしても、人間だった頃のお主が弱ければ例え半ヴァンパイア化しても得られる力はたかが知れる。要するに弱かったお主が半ヴァンパイア化しても大して強くはならないという事じゃ」
「ふ、ふざけるな! 俺達はルーの血を飲んで最強の力を得た。誰にも負けない力をな! 実際、俺は半ヴァンパイア化してから一度も戦いで負けた事はない!」
「それはただお主が戦った相手が運よく自分より弱い相手だっただけの事じゃ。半ヴァンパイア化してもお主は最強ではない」
「クウゥ! 黙れぇーーっ!」
挑発を受けて冷静さを失ったガントはシャムシールを握ってマティーリアに向かって行く。完全に頭に血が上ったガントをマティーリアは気の毒そうな目で見つめながらロンパイアを構えた。そして向かって来るガントに向かって飛んで行き、一瞬にしてガントの左側面へ回り込んだ。
「!!」
目で捕らえれられない速さで自分の側面に回り込んだマティーリアにガントは驚く。そんなガントを見ながらロンパイアを構えるマティーリアはゆっくりと口を動かす。
「普段冷静に、そして慎重に戦っている者が冷静さを失って敵に突っ込むのは致命的な失敗じゃ。自分より弱い相手にすら隙を突かれて敗北するぞ?」
そう静かに言いながらマティーリアはロンパイアに気力を送り込み刃を赤く光らせる。ガントは光るロンパイアの刃を見てマティーリアが戦技を使おうとしている事に気付き、使われる前に阻止しようとシャムシールでマティーリアに攻撃した。しかしマティーリアはガントの攻撃に驚く事無く気力をロンパイアに送り続ける。
「剛爪竜刃撃!」
マティーリアは気力の籠ったロンパイアを勢いよく振りガントに攻撃する。ロンパイアの刃とシャムシールの刀身がぶつかり一瞬強い光を放つ。だがガントのシャムシールはマティーリアの攻撃を止める事ができずに真ん中から真っ二つに折れた。刀身が折れたのを見てガントは驚愕の表情を浮かべる。そして、そんな驚くガントをロンパイアの刃が切り裂いた。
「がああぁっ!」
体を切られ、傷口から大量に出血しながらガントは声を上げる。半ヴァンパイア化した自分がたった一撃の戦技で致命傷を受けて倒れる事が信じられないガントは目の前に立つマティーリアを見つめながら仰向けに倒れた。ガントの傷は深く、人間以上の治癒力を持っていても助からないほどのものだ。薄れゆく意識の中、ガントはマティーリアを睨みながら息を引き取った。
マティーリアは目の前で倒れるガントの死体を見つめながらロンパイアを振り、刃に付いている血を払い落とすと肩に担ぐ。そして小さく溜め息をつきながら哀れに思う様な顔をする。
「……未熟者め。気力を送ってシャムシールの刀身を強化し、その状態でロンパイアを止めていれば防ぐ事ができたかもしれないのに……冷静さを失い、そこまで気が回らなかったお主の負けじゃ」
死体を見下ろしながらマティーリアは冷静さを失った事が敗因である事を呟く。しかしガントが死んだ今となってはそんな忠告も無意味だった。マティーリアはガントの死体に背を向けてその場を立ち去ろうと歩き出す。するとマティーリアは服のポケットの中に手を入れ、ポケットの中に入っている何かを触りながら目を細くした。
「……結局、若殿から渡されたコレを使う事は無かったのう」
マティーリアはつまらなそうな声を出しながらポケットの中の物を掴みその場を後にした。
――――――
目の前でスレッジロックを構えるジェイクを睨みつけるジムス。先程ジェイクの強烈な肘打ちを受けた事でジェイクに対する警戒が強くなったのかなかなか近づこうとしなかった。一方でジェイクは攻撃してこないジムスをジッと見つめながらどんな攻撃を仕掛けるか考えている。
(スレッジロックの攻撃は強力だがその分振りが遅くかわされやすい。だが武器を使わずに素手で戦えば武器を使った攻撃よりも速くアイツもかわし難いはずだ。何とか奴に近づいて攻撃する隙を見つけねぇと……)
頭の中でジムスの隙を窺い攻撃する作戦を考えるジェイク。機動力があるジムスに攻撃を当てるにはまずはジムスの動きを封じて攻撃するしかない。しかしジムスもジェイクの攻撃力の高さを警戒して距離を取ったまま近づこうとはしなかった。何とかジムスを自分に近づける方法がないかとジェイクは考え続ける。
「大した肘打ちだぜ。迂闊に近づけばまたあのキツイ攻撃を受けちまう。なら、アイツが目で追えないくらいの速さでかく乱させながら攻撃するのがいいな」
ジェイクに聞こえないように小さな声で呟きながらジムスは短剣を構える。短剣を横に構えて刀身を水色に光らせながらジムスは小さく笑う。
ジムスの笑みと光る短剣の刀身を見たジェイクはジムスが戦技を使って来ると感じてスレッジロックを構えながら体勢を変える。その直後にジムスは攻撃を行った。
「疾風斬り!」
レジーナやキルティアが使っていたのと同じ短剣の下級戦技を発動したジムスは地を蹴り、もの凄い速さでジェイクに突っ込んだ。ジェイクは突っ込んで来るジムスを見てスレッジロックを横に振り、突っ込んで来るジムスを真正面から攻撃する。ジムスは正面から迫って来る刃を見ても表情を崩さずに冷静に刃を見つめ、刃が顔に触れる直前にジャンプしてジェイクの攻撃をかわした。攻撃をかわすとジムスはジェイクの真上を通過して背後に回り短剣に気力を送り込む。
背後に回り込んだジムスを見てジェイクはまた戦技を使って来ると考えて後ろへ跳んで距離を取る。だがジムスは素早く戦技を発動させて再びジェイクに疾風斬りを放った。今度は自分が真正面から攻撃される現状にジェイクは奥歯を噛みながら悔しそうな顔をする。ジムスは笑いながらジェイクに向かって短剣を振り攻撃する。ジェイクは後ろに跳んだままスレッジロックの刃を盾代わりにしてギリギリでジムスの攻撃を防いだが飛んでいる状態の為、踏ん張る事ができず、更にもの凄い勢いで跳んで来た時の力も加わり完全に体勢を崩してしまう。
ジェイクはジェイクの攻撃で大きく飛ばされる。だが何とか空中で体勢を直す事ができ、両足を地面に付けて踏ん張り倒れずに済んだ。地面を足で擦りながら押される様に後ろに下がり、数m下がった位置でようやく停止したジェイクはジムスの方を向く。視線の先ではジムスが笑いながら短剣を指で回している姿があった。
「ハハハハ! どうだ、流石に疾風斬りの速さには追い付けねぇだろう? このままスピードの速い戦技を使い続けてお前を甚振ってやるぜ」
「チッ! そう来たか……」
隙を作らないように素早い攻撃を繰り出してくるジムスにジェイクは舌打ちをしながらジムスを睨み付ける。ジムスが近づいてくれば捕まえてパンチなどを撃ち込む事ができるが、スピード系の戦技を使われてしまえばジムスを捕まえる事はできない。ジェイクはジムスを攻撃するチャンスを失い心の中で焦り出す。
(どうする? これは本当にマズいな……ん?)
焦りながらどう戦うか考えているジェイクはズボンのポケットの中に違和感を感じ、ジムスを警戒しながらポケットに手を入れる。そしてポケットの中に入っている物を取り出すとジェイクの手の中には銀色に光り輝く液体が入った小瓶があった。
「これは戦いが始まる前に兄貴から貰ったマジックアイテム……」
ジェイクは小瓶を見てダークから受け取った物である事を思い出す。
ルー達が待つ大聖堂前の広場に行く前にダークはアリシア達にそのマジックアイテムを渡しておいたのだ。ダークの話ではその銀色の液体はアンデッドと戦う際に役に立つ物で武器にかけたり、液体をアンデッドに直接かけたりして使う物らしい。アリシア達はマジックアイテムの名前と簡単な効力を聞いただけでどれだけアンデッドに効果があるのかなど詳しい事は聞いていない。だがダークが持っている物だからそれなりに期待できるとアリシア達は考えていた。
「……このマジックアイテム、確か清銀の聖水、だったか? ルーと戦う時にもし危険な状況になったら使えって兄貴は言っていたが、ルーは姉貴が一人で戦うって言い出して俺等が戦う事は無くなっちまったんだよなぁ。それにコイツ、半ヴァンパイア化した奴にも効果があるのか?」
ジェイクは半ヴァンパイア化している相手にも効果があるのか不安そうな顔をしながらマジックアイテムを見つめる。
(……何だあれは? ポーション? まさか俺にポーションをぶっかけてダメージを与えるつもりで……)
離れた所からジェイクの様子を見ていたジムスはジェイクが持つ薬瓶を見てポーションだと思い目を細くする。しかし、目を細くするだけで警戒する様子は一切見せていない。アンデッドにポーションの様な回復系のアイテムを使えばダメージを与える事ができる。しかし、半ヴァンパイアであるジムスにポーションを使っても殆どダメージは無い。だからジムスはジェイクが自分に回復系のマジックアイテムを使おうとしていると知っても一切驚かないのだ。
しかし、自分に使われても脅威にはならないがジェイクが使って体力を回復されると面倒なのでジムスはジェイクがポーションを使う前にケリを付けようと短剣を構え直して両足に力を入れる。そして再び疾風斬りを発動する為に短剣に気力を送り出した。
「そのポーションを使って体力を回復するつもりだろうが、そうはさせないぜ! この一撃で仕留めてやる!」
完全にジェイクの持っている物をポーションだと思い込んでいるジムスは殆ど警戒する事無く戦技を発動させ、ジェイクに向かって勢いよく跳んだ。向かって来るジムスに気付いたジェイクは右手にスレッジロックを持ち、左手に清銀の聖水の小瓶を持ちながらジムスを睨む。
「チッ、また戦技で突っ込んできやがったか……こうなったらコイツに賭けてみるしかねぇな。上手くいけば奴の動きを一瞬でも鈍らせる事ができるかもしれねぇ」
戦技を使って高速で移動するジムスを捕らえる為に清銀の聖水を使う事にしたジェイクは左手の指を器用に動かして蓋を開ける。足位置を変えて向かって来るジムスに集中し、清銀の聖水をかけるタイミングを計った。
その場から動こうとしないジェイクを見たジムスはもう諦めたのだと考えて笑みを浮かべながら刀身の光り短剣をジェイクに向け、1m手前まで近づいた瞬間に短剣でジェイクに切りかかる。だがジェイクは横に移動してギリギリでジムスの短剣をかわす。そしてかわした瞬間に清銀の聖水をジムスにかけた。銀色の液体はジムスの顔にかかり、ジムスはしくじったと言いたそうに顔を歪める。次の瞬間、液体がかかった箇所から煙が上がり、まるで焼ける様な痛みがジムスを襲った。
「ぐわあああああぁっ!」
とてつもない激痛にジムスは声を上げながら倒れた。短剣を離し両手で痛む顔を抑えながら地面を転がって悶え苦しむ。清銀の聖水があまりにも効果があった事にジェイクも驚いて苦しむジムスを見ていた。
<清銀の聖水>はLMFでアンデッド族のモンスターに有効とされている攻撃および武器への付与用に使われるマジックアイテムの一つ。アンデッドに向かって投げつけて攻撃に使用すればダメージを与え、一部のアンデッドが持つ自然回復の技術を無効化する事ができる。そして武器にかける事でアンデッドに対するダメージが上げる事ができるのだ。攻撃用として使用すると一度ダメージを与えるだけで終わりだが、武器への付与用として使用すればしばらく効果が続くので長い間、武器で大ダメージを与える事ができるので状況に応じて攻撃用に使うか、付与用のどちらを使うかが重要になって来る。
歯を噛みしめながら痛みに耐えるジムス。少し痛みが引いたのかジムスは起き上がって体勢を立て直そうとする。だが痛みは完全に消えておらず、ジムスの表情は歪んだままだ。液体がかかった箇所には火傷の様な傷ができており、清銀の聖水の凄さをを露わにしている。
「ぐうぅ、あああああぁっ! な、何なんだこれは、ただのポーションじゃないのか!? ぐうううっ、チクショウ、全然傷が治らねぇぞ。どうなってるんだ!」
ヴァンパイアの治癒能力が働かず痛みが引かない事にジムスは混乱している。そんなジムスにジェイクが近づき、スレッジロックを肩に担ぎながらジムスを見下ろす。
「どうやら、半ヴァンパイア化した相手にもちゃんと効果があるようだな。やっぱり兄貴の持つアイテムはスゲェ物ばかりだ」
「うう、お、お前、今の液体は……」
「さて、その痛みのせいでお前はもうさっきの様な素早い動きはできなくなっただろう? これでようやく攻撃を食らわせてやる事ができるぜ」
「ナ、ナメるなよぉ!? 例え痛みで思う様に動けなくてもお前の斧をかわすのは簡単なんだ……」
振りの大きいスレッジロックの攻撃なら今のままでもかわせる。そう言いながら短剣を拾って距離を取ろうとするジムス。だがジムスは距離を取ろうとした瞬間、ジムスの顔面にジェイクのパンチが命中した。ジェイクの左拳がジムスの鼻を潰しながら顔にめり込み、勢いよくジムスを殴り飛ばす。
飛ばされたジムスは数m先で仰向けに倒れ、殴られた箇所を抑えながら声を上げる。清銀の聖水で傷だらけになっている顔に更に重いパンチを撃ち込まれればその痛みは計り知れない。ジムスは鼻を押さえながら起き上がりジェイクの方を向く。だがジェイクはいつの間にかジムスの目の前まで距離を詰めており、ジムスは目の前にいるジェイクを見て目を見開きながら固まった。
「さっきは左手で殴ったが、今度は利き腕の方で殴らせてもらう。先に言っておくが、かなりイテェからな?」
ジェイクはスレッジロックはさっきまで立っていた場所に置いて来て右手で拳を作っていた。スレッジロックを置いて来た事でその分軽くなり、一瞬でジムスに近づく事ができたのだ。
右腕の力を籠めながら座り込むジムスを睨み付けるジェイク。既にジムスはヴァンパイアの治癒能力が働かない事、パンチを顔面に受けた事で精神的にダメージを受けており、目の前にいるジェイクが怖くて動けなくなっていた。ジェイクはそんな怯えているジムスにかまう事なく右手で全力のパンチを顔面に叩き込んだ。殴られたジムスの顔面は再びめり込み、そのまま押されて後頭部から地面に叩きつけられた。顔面と後頭部の二つからダメージを受けたジムスは仰向けに倒れ、声を上げる間もなく動かなくなる。ジェイクはジムスの顔からゆっくりと拳を離す。ジムスの顔面はボロボロになっており、最初の顔の面影は残っていない。それだけジェイクのパンチが強力だという事だ。
ジェイクは右手を軽く振りながら動かなくなったジムスを見下ろして息を吐く。
「フゥ~、今回は流石に危なかったぜ。兄貴から貰ったアイテムが無かったらヤバかったな……」
アイテムを持っていない状態でジムスと戦っていたらどうなっていたか、それを想像しながらジェイクはスレッジロックを拾いに戻り、手にしたスレッジロックを見つめて真剣な表情を浮かべる。
「……もう少し、スレッジロックを使わずに戦う訓練もした方がいいかもしれねぇな」
今回の戦いで動きの速い敵には速度の遅いスレッジロックが当たり難い事を知り、スレッジロックを使わない方法、素早い敵にも攻撃を当てる方法を学ばないといけないと思い知らせれた。ジェイクはスレッジロックを使わない良い戦術がないかダークの相談してみよう、と考えながら倒れるジムスを残してその場を去っていく。
――――――
レジーナはエメラルドダガーを力強く振ってキルティアに攻撃をする。キルティアもククリ刀を器用に操ってレジーナの攻撃を防いでいた。二つの刃がぶつかる度に高い金属音が鳴り、飛び散り火花が僅かに二人の顔を照らす。二人とも鋭い視線を相手を睨みながら戦っている。
「どうした? さっきよりも力が無くなってきているぞ。疲れが出て来たか?」
「うるさいわね!」
挑発して来るキルティアを怒鳴りながらエメラルドダガーを逆手に持ち替え、姿勢を低くして腹部を切りかかる。だがキルティアは後ろへ下がってレジーナの攻撃を回避した。かわした直後にククリ刀を姿勢を低くしているレジーナに向かって振り下ろし反撃する。上から襲い掛かる刃を見て驚きの表情を浮かべるレジーナは慌てて後ろへ跳んで振り下ろしをかわした。
距離を取り体勢を直したレジーナはキルティアを睨む。ククリ刀を下ろして自分を見下す様な視線を向けるキルティアを見てレジーナは強く奥歯を噛んだ。
「お前と私の速さをおおむね互角、後は技術と体力が勝負を分ける事になる。ただの人間であるお前よりも半ヴァンパイア化した私の方が体力もあり、治癒能力も高い。お前に勝ち目は無いぞ?」
「そんなの分からないじゃない。もしかしたら、アンタが予想もしてなかった事が起きて戦況が変わるかもしれないわよ!」
「フッ、運に頼るつもりか? 甘いな、戦場で運など当てにならない。信じられるのは技術と力だけだ!」
レジーナの言葉を鼻で笑いながらククリ刀を中段構えに持つキルティア。レジーナもエメラルドダガーを順手に持ち替えて同じように中段構えに持つ。そして腰のポーチに手を入れ、何かを取り出したレジーナはキルティアを見て小さく笑う。
「……運も実力の内、ダーク兄さんはそう言っていたわ」
ダークから聞かされた言葉をそっと口にしながらレジーナはエメラルドダガーを構えて再びキルティアに向かって行く。右手にはエメラルドダガーが握られており、左手にはポーチから取り出した銀色の液体が入った小瓶、清銀の聖水が握られていた。
レジーナは小瓶の蓋を開けて清銀の聖水をエメラルドダガーの刃にかける。するとエメラルドダガーの刃は薄っすらと銀色の光り出した。光る刃を見てレジーナは驚きの表情を浮かべる。
「凄い、刃が光った……これでヴァンパイアに大きなダメージを与える事ができるってダーク兄さんは言ってたけど……」
ジェイクと同じように清銀の聖水が効くのかいまいち不安なレジーナ。だが、今はそんな事を考えている暇は無い。今はこのマジックアイテムに頼るしかないと考えながらレジーナはキルティアに向かって走って行く。
キルティアは突然光り出したレジーナの短剣を見て少し驚きの反応を見せた。レジーナが短剣の刃に液体をかけたのを見たキルティアはあの液体に何かあると気付き、短剣で傷つけられないよう警戒心を強くする。そしてキルティアもレジーナに向かって走り出した。
距離を詰めた二人は再び得物を振り激しい攻防を開始する。レジーナが光るエメラルドダガーを振って攻撃し、キルティアはそれをククリ刀で防ぐ。レジーナの攻撃に一瞬隙ができると素早くレジーナの側面に回り込んでレジーナの腕に向かってククリ刀を横に振り攻撃する。レジーナはキルティアの攻撃をエメラルドダガーで防ぎ、一旦離れようとするがキルティアは離れさせまいと連続で攻撃してきた。
エメラルドダガーでククリ刀の攻撃をなんとか防ぐレジーナだったが、全ての攻撃を防ぐ事はできず、腕や肩に刃が振れ、無数の小さな切傷が付く。やはり戦士としての技術では僅かにキルティアが勝っているようだ。キルティアはククリ刀を逆手に持ち替えて勢いよく腕を振りレジーナに横切りを放つ。レジーナは横切りをかわして目の前を通過するキルティアの腕に向けてエメラルドダガーを振り下ろす。しかし、キルティアの腕を切る事はできず、僅かに切っ先が腕に掠っただけだった。すると、切っ先が掠った箇所から想像以上の痛みが腕に伝わり、キルティアの表情が歪んだ。
「ぐ、ぐあああぁっ!? な、何だこれは?」
腕の痛みに声を上げ、キルティアは思わずレジーナから離れる。距離を取ったキルティアを見たレジーナは目を丸くしながら呆然とした。そしてキルティアの痛みの原因がエメラルドダガーにかけられた液体の仕業だと気付き、左手に持つ小瓶に視線を向ける。
「これが清銀の聖水の力……凄い、あんな小さな傷であそこまでダメージを与えられるなんて……」
予想以上に清銀の聖水の効果が強い事を知ってレジーナは驚きの表情を浮かべる。だがすぐに笑みを浮かべ、これならまだ勝機はあると感じてエメラルドダガーを構えた。しかし、武器に清銀の聖水をかけた状態で傷を負わせても治癒能力を封じる事はできないので掠り傷程度なるすぐに治されてしまう。だが激痛で精神的に追い込む事は可能な為、そこにチャンスはあると考えるレジーナは笑いながらキルティアを見つめる。
キルティアは激痛に耐えながら切っ先が掠った箇所を見つめる。傷口から煙が上がり、燃える様な熱さを感じて汗を流す。だがすぐにヴァンパイアの治癒能力で傷は塞がり痛みも引いて行く。痛みが消えるとキルティアは短剣を構えて笑っているレジーナを鋭い目で睨み付けた。
「おのれぇ、あんな小さな傷で私にあそこまでの激痛を与えるとはなんという屈辱! まずはアイツが持つ緑の短剣をアイツの手から離させる必要があるな」
レジーナの短剣が危険すぎる事を知ったキルティアは攻撃を避けながらレジーナの手から短剣を奪う事を考えククリ刀を構え直しレジーナに突っ込んで行く。レジーナもこのチャンスを逃してはならないと考えキルティアに向かって走り出し、相手の目の前まで近づいた二人は得物を振り刃をぶつけ合う。
「お前、その短剣に何をした? あの銀色の液体は何だ?」
「あれはアンタ達を倒す為のアイテムよ!」
キルティアの質問に簡単な答えを出したレジーナはエメラルドダガーでククリ刀を押し返し素早く袈裟切りを放ちキルティアを攻撃する。キルティアはククリ刀でレジーナの攻撃を防ぐと逆袈裟切りを放ち反撃した。
反撃をかわしたレジーナはキルティアの左側面に回り込んでエメラルドダガーで突きを放つ。エメラルドダガーはキルティアの左肩を掠り、そこから激痛がキルティアに襲い掛かる。歯を噛みしめながら痛みに耐えるキルティアはククリ刀を横に振ってレジーナの左腕を切る。腕にできた切傷から血を流しレジーナの顔も歪む。だがキルティアが受けた痛みと比べたらまだレジーナの方は大したことはない。お互いに傷を負わせながら激しい戦いを繰り広げるレジーナとキルティア。だがそんな中、レジーナに不運が訪れた。
しばらく攻防を繰り広げていると光っていたエメラルドダガーの刃から光が弱くなっていく。どうやら清銀の聖水の効果が無くなって来たようだ。光が弱くなるエメラルドダガーの刃を見てレジーナは驚きの表情を浮かべる。逆にキルティアはエメラルドダガーを奪う前に光が消えると考え不敵な笑みを浮かべた。
「どうやらアイテムの効果が無くなってきたようだな。光りさえ消えればそれはただの短剣、私に大きなダメージを負わせる事は不可能になる。そうなったら私の勝ちは確定する!」
恐れていたものが消えると知ったキルティアは勝利を宣言しながら勢いよくククリ刀を振って攻撃する。レジーナはククリ刀を防ぐと態勢を整える為に後ろに二回跳んでキルティアから距離を取った。だがキルティアは逃がさないと言いたそうな顔を見せながら離れたレジーナを追って走り出す。
追撃しようとするキルティアにレジーナは焦りながらどうするか考える。そしてまだ持っていた清銀の聖水の小瓶を見るとそれを追って来るキルティアに向かって投げつけた。レジーナが小瓶を投げる姿を見てキルティアは心の中で悪あがきをしているなと嘲笑いククリ刀で投げつけられた小瓶を叩き割る。すると、小瓶の中から銀色の液体が僅かに飛び出してキルティアの左目にかかる。その直後に液体がかかった箇所から煙が上がり、焼けるような痛みがキルティアを襲う。
「ぐうぅ!? うああああああぁっ!」
先程の短剣で傷つけられた時とは比べ物にならない激痛にキルティアはククリ刀を落とし、左目を抑えながら断末魔を上げる。キルティアが苦しむ姿を見てレジーナは目を見開き意外そうな顔を見せた。
「……もしかして、まだ瓶の中に少し聖水が入っていたの? それが割れた時にアイツにかかった……ハ、ハハハ、運がいいわね、あたし」
思いがけない幸運に救われてレジーナは思わず笑みを浮かべる。ダークが言っていた運も実力の内という言葉が頭を過り、レジーナは小さく笑った。しかし、いつまでも笑ってはいられない。激痛でククリ刀を離し、苦しんでいるキルティアを見て今が攻撃のチャンスだとレジーナはエメラルドダガーを構える。幸いまだ刃から光は消えておらず、清銀の聖水の効果は残っているのでこの一撃で全てを決めようと考えたレジーナはエメラルドダガーに気力を送った。
エメラルドダガーの刃を緑色に光らせながらキルティアに向かって走り出すレジーナ。キルティアは突然の痛みに苦しんで完全に隙だらけの状態だった。しかも片目が使えない状態なのでレジーナの接近に気付くのに遅れてしまい、気付いた時にはレジーナは目の前まで近づいていたのだ。驚くキルティアにレジーナは戦技を発動させた。
「風神四連斬!」
レジーナは素早くエメラルドダガーを振り、キルティアの体を四回切りつけた。左目の痛みに続き、体中を切られた痛みが容赦無くキルティアを襲う。再び断末魔を上げながらキルティアは倒れて動かなくなる。清銀の聖水でダメージを受けただけでなく、自然治癒の能力も封じられたキルティアは傷を癒す事もできない。レジーナの戦技がキルティアに止めを刺した。
動かなくなったキルティアを見てレジーナはその場に座り込む。同時にエメラルドダガーの刃の光も消え、清銀の聖水の効果も無くなる。ギリギリのタイミングで決着をつける事ができた。これもまたレジーナの運の良さと言える。
「……はぁ~、疲れたぁ……今回は流石に死ぬかと思っちゃった」
ダークと出会ってから余裕の戦いをして来たレジーナは久しぶりに経験したギリギリの戦いに大きく息を吐く。同時に彼女は戦場では常にこのような緊張状態があるという事を思い出し、命を賭けた戦いの厳しさを再認識したのだった。
――――――
レイピアを構えるジュリーをダークは大剣を下ろしながら見つめている。ジュリーは構えもせずにただ普通に立っているダークを睨みつけていた。さっきまで押されていたのに次の攻撃で決着をつけるなどと言われてカチンと来たのだろう。
「……次で決着をつける? 随分と自信に満ちた発言ですわね?」
「自信があるからな。お前は半ヴァンパイア化したせいで人間の力や可能性がどれ程のものなのか分からなくなってしまった。だから、お前に教えてやろうと言うのだ。人間は決してヴァンパイアに堕ちた外道などには負けないという事をな」
「フッ、そうですか……では、私も教えて差し上げましょう。英雄級の実力者だからと言って図に乗っていると酷い目に遭うという事をね!」
自分は絶対に人間には負けないと言う自信があるジュリーはダークを鼻で笑いレイピアに気力を送り込む。レイピアの刀身が赤く光り、戦技を発動させる準備が整うとジュリーはダークに向かって走り出した。
少しずつダークとの距離が縮まっていき、ジュリーはレイピアの切っ先をダークに向ける。だがダークは大剣を下ろしたまま何もしない。完全にナメられていると感じたジュリーは小さく舌打ちをしながら心の中でダークに死んで後悔しろと言い放つ。そしてダークの目の前まで来るとジュリーはジャンプしてダークの頭部に狙いを付ける。
「霊槍突き!」
ジュリーは赤く光るレイピアでダークの目に向かって突きを放つ。目を貫かれればいくら七つ星冒険者であるダークも即死すると考えてピンポイントで狙ったのだろう。レイピアの切っ先がダークの目に迫っていき、ジュリーはやったと言いたそうに笑みを浮かべる。すると、ダークは素早く左手を動かしてレイピアの刀身を掴み目に刺さる直前に止めた。
一瞬にしてレイピアを止めたダークにジュリーは驚愕の表情を浮かべる。ダークはレイピアを掴みながら右手で大剣を振り、驚いているジュリーの両腕を切り落とす。ジュリーは最初、攻撃を止められた事に驚いて自分の腕が切り落とされている事に気付かなかった。
「……あああああああぁっ!」
自分の両腕が切り落とされた光景を見てジュリーは地面に倒れ、痛みと恐怖で声を上げる。切られた腕の内、左腕はダークの足元に落ち、右腕はレイピアを握り続けていた。ダークはレイピアとジュリーの右腕を見るとレイピアを軽く投げ捨てて倒れているジュリーに視線を向ける。倒れているジュリーはダークに見られてビクッと反応して震える。そこには先程までの半ヴァンパイアの戦士としての面影はなかった。
「いくら半ヴァンパイア化しても切り落とされた腕は元には戻らないだろう?」
「あ、ああ、ああああ……」
「どうした? さっきまでの元気が無いじゃないか。腕を切り落とされて戦意を失ったか?」
震えているジュリーを見下ろしながら低い声を出すダーク。ジュリーは仰向けのままガタガタと震えてダークを見上げている。何とか起き上がって逃げようとするが両腕が無くなった今の状態では起き上がる事もできない。ダークはジュリーを見下ろしながら大剣の切っ先を突きつける。
「先に言っておくが、今更泣いて謝罪しても私はお前を見逃す気は無いぞ? 私は他人を傷つけても何も感じないお前の事を可哀想とはこれっぽっちも思わない。私はそんな心の広い人間ではないからな」
見逃す気は無い、つまり生かしておく気は無いというダークの冷たい言葉がジュリーに突き刺さる。
「あ、貴方……何なんですか? 本当に……人間、なのですか……?」
ジュリーは震える声を出しながらダークに何者なのかをもう一度尋ねる。ダークは目を赤く光らせて大剣をゆっくりと上げた。
「……さっきも言っただろう? 私はダーク、ただの冒険者だ」
めんどくさそうな声でダークはジュリーの質問に答える。そしてダークは震えるジュリーに向けて大剣を振り下ろした。