第七十四話 半ヴァンパイアの実力
小さな広場の中でダーク達はキルティア達と激しい戦いを繰り広げる。バラバラになって広場の中央や端へ移動し、自分の戦う相手と睨み合いながら得物を構えるダーク達。真正面から攻撃する者もいれば慎重に警戒しながら攻める者もいた。
広場の中央でダークは大剣を構えながらレイピアの切っ先を向けるジュリーと向かい合っている。大剣を構えながら仁王立ちをするダークを見てジュリーはレイピアの切っ先をクルクルと回しながら笑った。
「ウフフフ、随分と防御重視した姿をしているのですね? そんな姿では動きづらいのではありませんか?」
「心配無用だ。私はこの姿で何度も修羅場を潜り抜けて来たのだからな」
「あら、そうですの……ですが、今回は流石に無理かもしれませんわよ。軽装騎士の私が相手では、ね?」
そう言った瞬間、ジュリーは地を蹴りダークに向かって走り出し、ダークに向けてレイピアの突きを放った。ダークは素早く大剣でジュリーの突きを防ぎ態勢を整えようとする。だがジュリーはそんな隙を与えないと言いたそうな顔を見せ、素早くダークの背後に回り込み再び突きを放つ。
「チッ!」
ジュリーの素早い動きにダークは思わず舌打ちをし、振り返りながら後ろへ跳んでジュリーの突きをギリギリで回避した。
二度も自分の突きをかわしたダークにジュリーは少し驚きの表情を浮かべた。だがすぐに笑い出してレイピアに刀身をゆっくりと指でなぞる。
「凄いですわね。私の先程の連続攻撃をかわし切ったのは貴方が初めてですわ」
「フッ、一応誉め言葉として受け取っておこう。だが、お前の突きは思った以上に軽いな。それでは全身甲冑を身に付けている私に致命傷を負わせる事などできんぞ?」
「ウフフフ、その態度、相当自分の防御力に自信があるようですわね?」
ダークの挑発を軽く流して笑い出すジュリー。ダークは大剣を中段構えに持ちジュリーをジッと見つめる。しばらく楽しそうに笑っていたジュリーは笑うのをやめ、再びゆっくりとレイピアを構えた。
「……でも残念、私の前ではそんな全身甲冑など何の意味もありませんわ」
「ほぉ?」
「それを今から証明いたしましょう」
ジュリーはゆっくりと構えているレイピアを引き、勢いよく突き出すのと同時に再びダークへ向かって跳ぶ。突っ込んで来るジュリーを見たダークは大剣の刀身を盾にしてジュリーの突きを止めた。攻撃を防がれたジュリーは素早く横へ移動しレイピアに気力を送り込み戦技を発動させる。
「連牙嵐刺撃!」
リーザを襲った時に使った戦技を発動させたジュリーは赤く光るレイピアでダークに連続突きを放つ。ダークは再び大剣の刀身を盾代わりにしてジュリーの連続突きを防いだ。重さも大したことはなく、ダークなら問題無く耐えられる攻撃だ。しかしジュリーは自分の戦技を防がれたのになぜか驚く事無く笑みを浮かべていた。
しばらくすると連撃が止み、ダークは態勢を立て直す為に距離を取ろうとする。だが連撃が止んだ直後にジュリーは素早くダークの側面に回り込み、ダークの右腕の関節に向かって突きを放つ。ジュリーの攻撃にダークは咄嗟に右腕を引く。レイピアの切っ先は右腕のガントレットを掠り火花を飛び散らす。攻撃に失敗したジュリーは大きく後ろへ跳んでダークから距離を取った。
ダークは自分から距離を取ったジュリーを見た後に自分の右腕に注目した。
「……成る程、関節を狙ったか。どんなに頑丈な鎧で身を守っていても関節部分には僅かな隙間ができる。そこを狙えば全身甲冑を着た者にでも確実にダメージを与える事が可能だな。戦技を使ったのも私の動きを封じて関節を狙う隙を作る為か?」
「ウフフフ、その通りですわ。言ったでしょう? 私には全身甲冑など意味はないと?」
自分には全身甲冑を装備した相手を確実に殺す技術がある、それを自慢する様に笑顔を見せるジュリー。ダークはそんな楽しそうなジュリーを目を赤く光らせながら見つめる。
戦いが始まってから既に数分が経っており、その間ダークはジュリーの攻撃を受けるばかりで攻撃はしていない。勿論、攻撃する隙が無いからでも反撃を恐れて攻撃しない訳でもない。相手がどれだけの実力を持っているのかを確認する為であり、これからの戦闘に役立てる為の勉強をする為に攻撃をせずに動きを観察しているのだ。
しかしジュリーはそんなダークの真意を知らずに自分がダークよりも優れていると思い込んでいる。ダークはジュリーの傲慢な態度を見て心の中で呆れ果てていた。
「それにしても貴方、さっきから全然攻撃してきませんわね? そろそろ攻撃しませんか? ずっと攻撃するばかりで飽きてきてしまいましたわ」
レイピアをクルクルと回しながらジュリーはつまらなそうな顔を見せる。そんなジュリーをダークは黙って見つめた。
「どうしました? もしかして私が怖くて声も出なくなってしまいましたか?」
「……いいや、哀れだと思っているだけだ」
「は? 私が哀れ?」
「自分と相手の力の差に気付かず、自分が強者だと思い込むその傲慢な態度、見ていて気の毒に思えて来てな」
「……何を言い出すかと思えば、負け惜しみを言うなんてみっともないですわよ?」
「みっともないのは自分の力を過信しているお前の方だと私は思うがな」
挑発するダークをジュリーは目を細くしながら見ている。この時の彼女はダークが自分よりも弱いと考え、自分の弱さを認めないダークを気の毒に思っていた。
ジュリーが呆れ顔でダークを見ていると、ダークは大剣を構えて戦闘態勢に入る。態勢を変えたダークを見てジュリーもレイピアを回すのをやめて持ち直した。
「……そんなの攻撃してほしいのなら望み通り攻撃してやろう。だが本気で戦うとすぐに勝負が付いてしまうからな。手加減して戦う事にしよう」
「手加減? 貴方、御自分が何を仰ってるのか分かっているのですか? そういう言葉は自分よりも力の弱い相手に対して言う言葉ですわよ?」
「だから言っているのだ。私よりも弱いお前にな」
ダークのその言葉を聞き、流石に頭に来たのかジュリーは歯を噛みしめながらレイピアを握る手を震わせてダークを睨み付ける。
「……どうやら貴方は私が思っている以上に愚かな方だったようですわね。これ以上、貴方みたいな愚かな人と戦う気はありません。さっさと地獄に送って差し上げます!」
「やってみろ」
殺気を向き出しにするジュリーと向かい合いながらダークは冷静に対応する。ダークが口を閉じた瞬間、ジュリーは勢いよくダークに向かって走った。正面からダークに向かって連続突きを放って攻撃するがダークはその連続突きを全て大剣で防ぐ。
連撃が止むとダークは大剣を横に振って反撃した。ジュリーは横から迫って来る大剣を見て素早く体を反らしてダークの攻撃をかわす。回避に成功するとジュリーはすぐに次の攻撃に移る為に移動する。ダークの左側面へ回り込んでレイピアの刀身を赤く光らせた。
「霊槍突き!」
ジュリーは赤く光るレイピアでダークの顔に突きを放つ。ダークは素早く顔を反らしてジュリーの突きをかわした。
<霊槍突き>は刺突系の下級戦技で槍やレイピアの様な突きで攻撃する武器の強度を高めて攻撃する事ができる。強度を高めた為、安物の鎧や盾なら紙切れの様に貫く事ができるので鎧を着たり盾持ちの敵を倒すのには非常に役に立つ。更に攻撃力も高く命中すれば大ダメージを与える事ができる。
隙を突いて放った戦技が簡単にかわされたのを見てジュリーは驚きの表情を浮かべる。その隙を突いてダークはジュリーに向かって右足でキックを撃ち込んだ。しかしジュリーは驚きながらも素早く後ろへ跳んでダークのキックをかわす。距離を取ったジュリーは全ての攻撃を防がれた事に悔しさを感じて小さく舌打ちをする。一方のダークは離れたジュリーを大剣を構えながら見つめていた。
「どうした? さっさと地獄へ送るのではなかったのか?」
「……貴方、何者ですの? 先程の隙を突いて放った攻撃をあんなに簡単にかわすなんて……」
絶対に回避されないと自信があった攻撃をかわされた事が信じられないジュリーはダークをジッと見つめる。ダークは持っている大剣を下ろしてジュリーの方を向いて声を出した。
「私はダーク、この町で活動する七つ星の冒険者だ」
「七つ星冒険者……成る程、それならあの攻撃を回避してもおかしくありませんわね。まさか、貴方が英雄級の実力者だったとは……ですが」
ダークが七つ星冒険者と知り最初は驚いていたジュリーだったがすぐに顔色が変わりレイピアの切っ先をダークに向けて鋭い視線を向ける。
「私も半ヴァンパイア化して力を得た身、ただの人間である貴方に負けたりなどしませんわ!」
「ただの人間、か……ならその力で私を倒して見せろ。そして、次の攻撃で決着をつける」
まだ自分に勝機があると考えるジュリーにダークは目を赤く光らせながら言い放つ。その言葉はジュリーへの挑発であるのと同時にジュリーへの処刑宣告でもあった。
――――――
広場の北側ではエメラルドダガーを持つレジーナがキルティアと交戦している姿があった。エメラルドダガーとククリ刀を交えながらお互いに目の前の相手を睨んでいる。刃がぶつかる度に火花が上がり、高い金属音が広場の中で響く。
レジーナはエメラルドダガーを逆手に持ち、キルティアの攻撃を防いで隙があれば反撃している。しかしキルティアもククリ刀を器用に扱いレジーナのエメラルドダガーを弾いてやり返していた。
しばらくお互いに攻撃と防御を繰り返しているとレジーナとキルティアは大きく後ろへ跳んで相手との距離を取る。十数m先に立つ敵を睨みながらレジーナとキルティアは構え続けていた。
「……あの女、結構できるわね。レベル46で実力はあたしと同じくらいと思ったけど攻撃の一撃一撃が重い。本当に面倒な奴ね」
レジーナは半ヴァンパイア化して人間以上の身体能力を手に入れたキルティアが予想以上に手強い事を知り、敵を甘く見ていたの反省しながらキルティアを見つめる。一方でキルティアもただの冒険者であるレジーナが自分と互角に渡り合っている事に少し驚いているのかククリ刀を構えながらレジーナを鋭い目で見つめていた。
「たかが冒険者風情が私とここまでやり合うとは……てっきり雑魚とばかり思っていたのだがな。一体何者だ?」
キルティアは遠くで自分を睨むレジーナの姿を観察する。するとレジーナがはめている冒険者の証である腕輪に気付く。腕輪には七つの宝玉がはめられており、それを見たキルティアはレジーナが七つ冒険者だと知り意外そうな顔をする。
(あの女、七つ星冒険者だったのか。それならこの強さも納得がいく……しかし失敗したな。こんな事になるのだったらあの黒騎士どもの事をもっと調べておくべきだった)
ちゃんとダーク達の事を調べなかった事を心の中で後悔するキルティア。だが今更後悔しても何の意味も無い。今は目の前の敵を倒す事だけ考える事にした。
キルティアもジュリーと同じで戦っている相手が英雄級の実力を持つ七つ星冒険者だと知っても自分が負けるとはこれっぽっちも思っていない。半ヴァンパイア化した自分はレベルが低くても英雄級に匹敵する実力を持っている、だから絶対に負ける事はないという自信があったのだ。しかしそれ以外にもキルティアには自分が勝つと思える根拠があった。
レジーナとキルティアは盗賊とアサシンと言うお互いに似た職業を持っていた。同じタイプの職業を持つ者同士が戦う場合は攻撃力と速さなどが高い方が有利になる。キルティアはレジーナの外見から自分と似た職業を持っている事に気付き、半ヴァンパイア化して身体能力が高くなっている自分はレジーナには負けないという自信があったのだ。
ククリ刀を構えながら足の位置を変えて攻撃に移ろうとするキルティア。レジーナはキルティアが足を動かした事に気付き、攻撃して来るかと警戒心を強くする。
「お前が七つ星冒険者だとは驚いた。冒険者最高位にいる者の力、どれ程のものか見せてもらおう」
レジーナに力の入った声で言い放ったキルティアはククリ刀を強く握りレジーナに向かって走り出す。突っ込んで来るキルティアを見てレジーナは構えを変えて迎撃態勢に入る。そしてキルティアはレジーナの目の前まで来るとククリ刀を大きく横に振って攻撃した。
迫って来るククリ刀の刃をレジーナはエメラルドダガーで防いだ。二つの刃がぶつかり、レジーナの腕に重い衝撃が伝わる。細い腕の見た目からは想像できない重い攻撃にレジーナは僅かに表情を歪ませた。そんなレジーナの顔を見たキルティアは小さく笑いククリ刀を引いて今度はレジーナの腹部に切りかかる。だがレジーナは素早く後ろへ下がりキルティアの攻撃を回避した。レジーナは攻撃をかわされて一瞬できたキルティアの隙を見逃さず、素早くエメラルドダガーを逆手持ちから順手持ちに変えて袈裟切りを放ち反撃する。
ほんの一瞬の隙を見逃さずに反撃して来たレジーナにキルティアは一瞬驚くがすぐに意識を迫って来るエメラルドダガーの刃に向ける。上半身を反らしてレジーナの攻撃をギリギリでかわしたキルティアは後ろへ跳んで距離を取った。
一瞬の間に激しい戦いを繰り広げたレジーナとキルティア。二人とも顔には一切疲労は見えずに黙って相手を睨みつける。するとキルティアの頬に切傷が浮かび上がりそこから僅かに血がにじみ出た。どうやらさっきのレジーナの攻撃をかわし切れなかったようだ。
自分の頬にできた切傷に気付いたキルティアは表情を変える事なく傷口を触り、手に付いた自分の血を見つめた。
「小さいとは言え、私に傷を負わせるとは流石は七つ星冒険者、と言っておこうか……しかし、こんな傷をいくら負わせても私には何の意味も無い」
キルティアはレジーナを睨みながら小さな声で言う。すると、キルティアの頬にできた切傷が見る見る治っていき、何も無かったかのように綺麗に消えてしまった。
「なっ! 傷があっという間に消えた!?」
切傷が治ったのを見てレジーナは驚く。レジーナの反応を見たキルティアは愉快な気分になったのか不敵な笑みを浮かべる。
「言っただろう? 私達はルーの血を飲んで半ヴァンパイア化したのだ。身体能力だけでなく、治癒力も常人以上に強化されている。掠り傷程度の物なら数秒で完治する」
「ちょっとちょっと、それって卑怯じゃない!」
「卑怯? ルールを決めた正式な戦いならまだしもこれはただの殺し合いだ。殺し合いに卑怯もくそもあるか」
詭弁を口にしながらキルティアはククリ刀を横に構えて下半身に力を入れる。その直後にククリ刀の刃が緑色に光り出し、それを見たレジーナはキルティアが戦技を使おうとしている事に気付いて驚きの表情を浮かべながら急いで構えた。
「疾風斬り!」
戦技の名を叫んだキルティアはレジーナに向かって勢いよく跳んでククリ刀で切る掛かる。キルティアを見て驚きの表情を浮かべながらレジーナは横へ跳ぶ。自分のすぐ横をキルティアと緑色の光るククリ刀の刃が通過する。レジーナは攻撃を回避する事ができたがククリ刀の切っ先がレジーナが装備しているハーフアーマーの脇腹部分に掠り火花を散らせた。
「グウゥ!」
切っ先が掠り、ハーフアーマーから伝わる僅かな衝撃にレジーナは歯を噛みなが耐えて態勢を立て直し、キルティアの方を向きエメラルドダガーを構える。キルティアはククリ刀を片手で回しながらレジーナの方を向く。レジーナが戦技をかわした事が気に入らなかったのかその表情は何処かつまらなそうなだった。
「あ~もう! 折角ダーク兄さんから貰った鎧に傷が付いちゃったじゃない!」
レジーナはハーフアーマーの脇腹部分に僅かについている傷を見ながら喚く。キルティアは鎧に傷が付いたくらいで大きな声を出すレジーナを見ながらくだらなく思っていた。
傷を手で擦りながらショックを受けた顔をするレジーナ。キルティアの方を向いて彼女を睨みながらエメラルドダガーの切っ先を向ける。
「もう許さないわよ! 絶対にアンタを倒してやるわ!」
「フン、たかが鎧を傷つけられたぐらいで喚くな。冒険者をやっていればいつかは防具も使えなくなる」
「何よ、アンタ達は人を傷つけても何も感じない最低な連中じゃない。アンタ達に大切な物を傷つけられて怒る人を馬鹿にする資格なんてないわ!」
「馬鹿馬鹿しい、そういう台詞は私を倒してから言うんだな?」
興味の無さそうな顔をしながらククリ刀を構え直すキルティア。レジーナも歯を噛みしめながらキルティアを睨みエメラルドダガーを構えた。それから数秒間睨み合った二人はお互いに地を蹴り、勢いよく敵に突っ込んだ。
――――――
広場の南西の隅ではスレッジロックを構えたジェイクがジムスと交戦していた。ジェイクはスレッジロックの柄の部分でジムスの短剣の連続切りを防ぎながら隙を窺い、チャンスが来ればスレッジロックで反撃する。しかしレンジャーを職業にしているジムスは機動力が高く、振りが大きいジェイクの攻撃は簡単に避けられてしまう。回避に成功したジムスはすぐに短剣でジェイクに襲い掛かるがジェイクも負けずとスレッジロックの柄の部分で短剣を弾く。こちらも激しい攻防を繰り広げていた。
スレッジロックを両手で構えるジェイクは5m程離れた所で短剣を構えながら笑うジムスを睨んでいる。戦いが始まって時間が経つがジェイクの攻撃はまだ一度も当たっていない。半分ヴァンパイアになっているとは言え、自分よりもレベルの低いジムスに攻撃をかわされる事が気に入らないジェイクはジムスを睨みながら小さく舌打ちをした。
「どうしたんだよ? 全然攻撃が当たらないぞ?」
「うるせぇ、戦いはこれからが本番だ」
「ヘッ、減らず口叩きやがって。先に言っておくが七つ星冒険者だからと言って俺達に勝てると思うな? 半ヴァンパイア化した事で俺達は英雄級に匹敵する実力を得たんだ。お前等なんて足元にも及ばねぇよ」
「……弱い奴ほどそうやって戦っている相手を見下すものだ。お前もその馬鹿の一人らしいな」
「何?」
ジムスはジェイクの言葉に反応して眉を僅かに動かす。半ヴァンパイア化している自分よりも劣るジェイクに馬鹿にされた事で少し気分を悪くしたようだ。ジムスはジェイクを睨みながら短剣を握り構えを変える。
「ならお前にはその馬鹿に殺されるという運命をくれてやる。そんなデカいだけの斧でいつまでも俺の攻撃を防げると思うなよ」
ジェイクに死刑宣告をしたジムスは短剣を握る手に力を入れ、勢いよくジェイクに向かって走り出す。
正面から走って来るジムスにジェイクはスレッジロックを大きく振って攻撃する。だがジムスはスレッジロックの刃がジャンプで回避した。ジェイクの真上を通過したジムスはジェイクの背後に着地し、振り返りながら短剣でジェイクに背中に突きを放つ。
だが、ジェイクも素早く前へ移動して背後からのジムスの突きをかわした。攻撃をかわすと素早く振り返り、後ろにいるジムスに向けてスレッジロックを振り下ろす。今度こそ攻撃が当たると思われたが、ジムスは後ろへ跳んでジェイクの振り下ろしをアッサリとかわした。スレッジロックの刃は地面に大きな傷跡を付け、広場には大きな音が響く。
「クッ、すばしっこい奴だ!」
軽々と攻撃をかわすジムスに腹を立てるジェイクは態勢を立て直す為に一度離れてジムスの様子を伺う事にした。一方でジムスはジェイクの振り下ろしでできた地面の傷跡を見て、ほ~と言うような顔をしている。ジェイクの使っている斧と彼の強靭な肉体からかなりの力があると考えいたが予想以上の力に少し驚いたようだ。
(……このまま普通に攻撃しても奴に俺の攻撃を当てるのは難しい。何か別の方法を考えねぇとな)
今の攻撃パターンでは何も変えられないと感じたジェイクは頭の中で別の攻撃手段を考える。しかし、今までスレッジロックとその強大な力だけで戦って来たジェイクが力以外の攻撃方法をすぐに思いつくはずがない。ジェイクは難しい顔をしながらどんな方法で戦うか考えた。
離れた所で難しい顔をするジェイクを見ていたジムスは目を鋭くしていた。
(敵を前に考え事とは随分余裕だな。何を考えているかは知らないが、戦場では一瞬の油断が命取りになるぜ)
心の中でジェイクに警告をしたジムスは地を蹴りジェイクに向かって跳んだ。ジェイクは跳んで来るジムスに気付き、スレッジロックを構えて迎撃態勢に入った。
ジェイクに近づいたジムスは短剣で袈裟切りを放ちジェイクに攻撃する。ジェイクはスレッジロックの柄の部分でジムスの攻撃を止めた。だがジムスはすぐに次の攻撃を繰り出し、ジェイクに連続切りを放つ。ジェイクはスレッジロックで防ぐだけでなく、体を動かしてジムスの攻撃をかわしていった。
身体が大きい割に回避能力が高いジェイクを見てジムスは小さく舌打ちをする。すると連撃をやめて素早く横へ移動してジェイクの左側面へ回り込みジェイクの体に短剣で突きを放つ。ジェイクは近づいて来る短剣の切っ先を見て驚きの表情を浮かべながら上半身を大きく反らす。体を反らした事で短剣の切っ先はジェイクの急所ではなくジェイクが身に付けている鎧に当たりジェイクは無傷で済んだ。鎧によって攻撃を弾かれたのを見たジムスは驚いて目を見開く。そんなジムスにジェイクは左肘でジムスの腹部に肘打ちを撃ち込む。
「ううぅ!」
腹部の痛みにジムスは声を漏らしながら大きく後ろへ飛ばされる。だが空中で体勢を整え、しっかりと両足で着地をする。足を地面に擦りつけながら後ろに下がっていき、しばらくしてようやく停止した。
ジムスは腹部を左手で抑えながら遠くにいるジェイクを睨み、右手で短剣をしっかりと握っている。一方でジェイクはようやく攻撃を当てる事ができて少しだけ表情に余裕が出ていた。
「ようやく一撃かましてやったぜ……だが奴はヴァンパイア化してるんだ。恐らく人間以上の治癒力を持ってすぐに傷も回復しちまうだろうな」
敵の能力を確認しながらジェイクはジムスの様子を伺う。数m先にいるジムスはさっきまで肘打ちを受けていた腹部を押さえていたがもう腹部から手を退けている。どうやら既に腹部から痛みは引いている様だ。
「チッ、思ったよりも回復速度が速いな……だが、攻撃を当てる方法は見つかったんだ。今度アイツが近づいて来たら更に力を籠めたパンチを撃ち込んでやる」
スレッジロックよりも素手による攻撃の方は速く命中しやすいと分かったジェイクはスレッジロックを構え直してジムスを睨む。ジムスも舌打ちをしながらジェイクを睨み短剣を構えた。
――――――
広場の東側、そこではマティーリアがガントと刃を交える姿があった。ガントが操る二本のシャムシールをマティーリアはロンパイアで素早く弾いている。ガントの連続切りを防ぎながら隙を窺い、一瞬でも攻撃できるタイミングが見つかるとロンパイアを大きく振って反撃した。しかしガントもシャムシールでロンパイアを止めてすぐに反撃して来る。マティーリアもガントと激しい攻防戦を繰り広げており、二人の周りには緊迫した空気が流れていた。
二刀流剣士のガントは両手に持つシャムシールを器用に操り、ロンパイアを構えるマティーリアにゆっくりと近づく。マティーリアは隙が殆ど無いガントを睨みながら足で地面を踏み鳴らしたりロンパイアの柄を指でそっと擦ったりなどしていた。
「なかなかいい腕だな、小娘? 小さな体でその大きなロンパイアを自由に操るとは恐れ入った」
「……フン、それはこっちの台詞じゃ。お主こそシャムシールをまるで自分の体の様に扱っているではないか」
お互いに相手の技術を褒めながら相手の動きを警戒するマティーリアとガント。どちらも冷静で落ち着いた性格をしている為、いきなり突っ込むなんて無謀な事はしない。相手の動きを確認しながら慎重に行動していた。
睨み合いが続く中、ガントがマティーリアの約2m手前まで近づく。マティーリアはガントが攻撃範囲に入った事を確認し、ロンパイアを勢いよく横に振りガントに攻撃する。先に攻撃を仕掛けて来たマティーリアにガントは一瞬驚いた反応を見せるが取り乱す事無く冷静に左手に持つシャムシールでロンパイアを止めた。攻撃を防ぐのに成功したガントはマティーリアに向かって踏み込みながら右手に持つシャムシールで反撃する。マティーリアは後ろへ下がってガントの攻撃を回避するとロンパイアの石突の部分でシャムシールの刃を払い、ガントに向かって刃を振り下ろす。
攻撃を払った直後に攻撃をするマティーリアの動きを見てガントはまるで戦いを楽しむかの様な笑みを浮かべる。笑いながら後ろへ跳んで振り下ろしをかわしたガントは二本のシャムシールを構え直した。
「フフフ、久しぶりに手応えのある相手と巡り会えたようだ。これは、俺も本気でやらないと失礼というものだな」
「今まで本気ではなかったのか?」
「俺は用心深い性格でな。相手が強かろうが弱かろうがまずはどんな攻撃をするのか、どれ程の速さで移動するのかを確認してから本気で戦うべきかを決めるんだ。そして、お前は俺が全力で戦うに相応しい相手だと判断した」
「……フッ、面白い。ではその本気と言うのを見せてもらおうかのう、ボウヤ?」
自分よりも年上の相手に何を言っているんだ、そう心の中で呟きながらガントはマティーリアを見つめて二本のシャムシールを強く握る。
両膝を軽く曲げてから足に力を入れて勢いよく地面を蹴りガントは踏み込んだ。右手のシャムシールで袈裟切りを放ってマティーリアに攻撃し、マティーリアはその攻撃をロンパイアの柄の部分で防ぐ。そのすぐ後にガントは左手のシャムシールで横切りを放つ。マティーリアは冷静にシャムシールの刃を目で追いながら回避してガントに反撃する。
マティーリアの振るロンパイアの刃はガントの頭部に迫っていき、ガントは視線だけを動かして近づいて来る刃を見た。姿勢を僅かに低くして刃をかわし、回避に成功すると姿勢を戻して二本のシャムシールに気力を送り込む。気力の送られたシャムシールの刃は紫色に光り出し、マティーリアは光る刃を見てガントが戦技を使って来る事を知り防御態勢に入る。
「鋼刃連回斬!」
戦技名を叫んだガントは光る二本のシャムシールを横に構えて勢いよく自分の体を回し始めた。シャムシールを横にしながら高速回転する今のガントはまるで刃の付いたコマの様だ。
<鋼刃連回斬>は体を勢いよく回して相手に連続攻撃をする中級戦技。気力で剣の刃の強度を高めてから剣を横にし、その状態で体を回転させて近くにいる敵を切り裂く。一人の敵に使う事もできるが周りを敵に囲まれてしまった時にこの戦技を使えば自分を取り囲む敵のほぼ全員に攻撃する事が可能だ。
ガントは回転しながらシャムシールでマティーリアに攻撃をする。マティーリアはシャムシールの柄の部分でガントの攻撃を防いだ。柄の部分とシャムシールの刃がぶつかる度に火花が飛び散り、同時に攻撃を防いでいるマティーリアを少しずつ後ろへ押していく。しばらく攻撃に耐えていたマティーリアだが、いつまでも防御している訳にもいかないと考え、タイミングを計って回転するガントから離れた。マティーリアが離れるとガントは回転するのをやめてシャムシールを構える。あれだけ体を回転させていたと言うのにガントは目を回した様子は無い。戦技を体得した者だからこそできる事だと言える。
距離を取ったマティーリアはガントを睨みながら大きく息を吐き、口から炎を吐いて攻撃する。マティーリアが口から炎を吐いた姿を見て流石にガントも驚きの表情を浮かべた。咄嗟に横へ跳んで炎を受けずに済んだガントは体勢を直してマティーリアを睨む。
「……口から炎を吐くとは……お前、俺達と同じ人間ではないのか?」
「違うのう、お主達と同じではない。妾は竜人じゃ」
「竜人だと? あの女騎士、黒騎士だけでなく竜人までも味方に付けていたのか」
予想外の存在がアリシアの仲間にいる事を知りガントはマティーリアから目を逸らして悔しそうな顔をする。マティーリアはガントを見ながら小さく笑っていた。
(どうやら奴等は妾達の情報を完全に把握している訳ではなさそうじゃな。もしかすると、それが原因で戦いの最中に隙が生まれるかもしれん……それにしても、てっきり敵が闇属性の魔法や攻撃をして来ると思っておったが、まさか普通の攻撃や戦技しか使ってこんとは、若殿から貰った対ヴァンパイア用の防具も何の意味も無かったのう……まぁ、今まで使っていた物よりは丈夫だから良しとしよう)
心の中で自分が今身に付けている対ヴァンパイア用の防具が殆ど意味が無い事にマティーリアは複雑そうな顔をしながら心の中で呟く。その時、突然大聖堂がある方角から白い光が溢れ、それに気づいたマティーリアとガントは同時に大聖堂の方に視線を向けた。
「何だ、あの光は?」
遠くに見える光にガントは目を見開いて驚く。離れた所で光を見ていたマティーリアは真剣な表情を浮かべている。
「……アリシアか」
マティーリアは発光の原因は大聖堂前の広場でルーと戦っているはずのアリシアにあると感じて呟く。ロンパイアを握り、驚きているガントの方を向いて彼を鋭い目で見つめるマティーリア。ガントもマティーリアに見つめられている事に気付き、彼女の方を向いてシャムシールを構えた。
「……どうやらこれ以上時間を掛けていられなくなってしまったようじゃ。悪いが、そろそろ勝負を付けさせてもらうぞ」
「勝負を付けるだと? フッ、一方的に押されている状況でよくそんな事が言えるな?」
「……ああぁ、そういえば言っていなかったのう」
何かを思い出したマティーリアは軽く上を向きながらコクコクと頷き、それを見たガントはマティーリアが何を言っているのか理解できずに小首を傾げる。
マティーリアはガントの方を向いてニッと笑いロンパイアを構える。
「決着をつける為に、妾も本気を出す事にしよう」
力の入った声でガントに言い放つマティーリア。その言葉はマティーリアのガントに対する勝利宣言でもあった。