第七十三話 激昂
約束通りセルメティア王国を訪れた理由を話すと言うルーをダーク達は黙って見つめている。その間、アリシアはずっとルーの事を睨みつけていたが、まずは落ち着いてルー達、鮮血蝙蝠団がこの国に来た理由を知るのが重要だと心の中で自分に言い聞かせてルーへの怒りと憎しみを抑えていた。
「私達は亜人を捕まえて奴隷商や依頼人に売ることを仕事にしているの。今回この国に来たのも依頼を受けて亜人を捕まえる為よ」
ルーの話を聞いてダーク達はやはり、という様な反応を見せる。ダーク達はルー達の組織である鮮血蝙蝠団が亜人狩りを生業にしている事を知っていた。その為、ルー達が亜人を狩る為にこの国に来たのではと薄々感じてはいたが、確信を得る為に本人達の口から直接聞く必要があったのだ。そして、その推測は今確信へと変わった。
「何処の国から依頼を受けた? この国では奴隷制度は存在しない。つまりセルメティアの周りにある三つの国のどれかから依頼を受けてこの国に来たという事になる」
ダークが依頼主が何処の国なのかを尋ねるとアリシアはダークに視線を向けた後にルー達の方を向いて睨み付けた。
国が組織に依頼をし、その組織が他国に入国して亜人を狩り、更に国民まで殺害したともなれば国際問題になりかねない。アリシアはセルメティア王国の騎士として鮮血蝙蝠団に亜人狩りを依頼した依頼主の正体を知る必要があった。
しばらく黙ってダークを見つめているルー。やがて彼女は小さく笑いながらゆっくりと口を動かした。
「……依頼主はエルギス教国よ」
「何?」
ダーク達は依頼主である国の名前を聞き驚きの反応を見せる。同時にアッサリと依頼主の名を喋ったルーにも驚いた。ルーにとってはダーク達を皆殺しにする事を計画しているので、依頼主の正体を喋る事など大した問題ではないようだ。
アリシアは依頼主の正体を知り驚きの表情を浮かべている。エルギス教国は亜人に対する奴隷制度があり、常に国中の亜人達を支配し彼等を家畜の様に扱う。奴隷がいなくなればすぐに亜人狩りをしてまた奴隷を補充すればいいとその程度にしか思っていない。だが、そんな国でもまさか他国の亜人までさらわせようとはしないと思っていたアリシアは驚きを隠せずにいた。
「私達はエルギスからこの国の亜人を捕らえて連れ帰る事を依頼されたわ。この国の騎士団にバレると面倒な事になるからまずはエルギスとセルメティアの国境近くにある村などを襲撃する事にしたの」
「だからお前達は南東にある村などを襲っていたのか?」
説明するルーにアリシアは睨みつけながら尋ねる。その声は怒りで僅かに震えており、アリシアの声を聞いたレジーナはアリシアの背中を見ながら思わず息を飲む。
「ええ、そうよ。あの辺りにある村は国境に近いから何か遭った時にはすぐにセルメティアから脱出できるからね。しかもあの辺りの村には亜人が住んでいるって噂を聞いたから部下達を向かわせて襲わせたの」
「……あの辺にあるのはごく普通の村だけだ。亜人が住んでいるなど聞いた事が無いぞ?」
「そうなのよねぇ。後で調べてみたんだけど、亜人が住んでいるっていうのはガセネタだったのよ。まったく、とんだ骨折り損だったわ」
偽情報で村を襲い、何の関係も無い村人達を殺しておきながら反省の色を見せないルーの態度にアリシアは俯きながら歯を噛みしめる。本当なら今すぐにでも切り捨ててやりたいと思っているが必死に怒りを抑えた。
アリシアの後ろにいるレジーナ達もルーの態度を見て怒りを感じているのか鋭い目でルー達を睨んでいる。ダークも不快な気分になってはいるがもっと細かい情報を得る為に気持ちを堪えていた。
「まぁ、それでも村を襲撃した時に金目の物を手に入れる事ができた訳だし、少しは運が良かったわね」
「……お前達にとっては運がいいかもしれない。だが、何も知らずに村を襲われ、殺されたり財産を奪われた村人達はどうなんだ?」
再びアリシアは声を震わせてルーに尋ねる。そんなアリシアの言葉を聞いたルーは肩をすくめながら鼻で笑った。
「運が無かったわね」
「……それだけか?」
簡単な一言で済ませるルーにアリシアは俯いたまま他に言葉は無いのかと訊く。するとルーは何を言っているの、と言うような顔をした。
「私達はエルギスに依頼されているのよ? セルメティアの住民達がどうなろうと関係ないわ」
「あの野郎……」
「腐ってるわね」
「救いようのない悪党じゃな」
ルーの罪悪感の無い態度にジェイク達は低い声で呟く。三人とも、顔では普通にルー達を睨んでいるが、本当は腸が煮えくり返りそうなほど腹を立てていた。勿論ダークとノワールもイライラしておりジッとルー達を睨みつけている。
しかし、誰よりも腹を立てていたのはアリシアだった。アリシアは俯きながら必死に怒りを抑え込み何とか耐えている。今の彼女の怒りはひたひたになるまで水を入れられたグラスの様な状態だ。少しでも水を入れたら零れてしまう様にあと僅かでも怒りを感じれば怒りが爆発してもおかしくない状態にあった。
そんなアリシアの感情に気付いていないルーは愉快そうな笑みを浮かべており、周りにいるキルティア達も小さく笑っていた。
「あ、運が無かったと言えば……あのリーザって女騎士も運が無かったわね。私達のメダルを見つけなければもっと長生きできたのに」
ルーがリーザの言葉を口にするとアリシアは反応する。同時にダークも目を赤く光らせてルーを見つめた。
「……やはり、リーザ隊長はお前達の正体を示す何かを見つけていたのか。お前達は自分達の事を騎士団に知らされるのを防ぐ為にリーザ隊長を殺したんだな」
「ええ。アイツは私達の組織の一員である事を示すメダルを持ち帰ったの。そして一緒にいたそこの女騎士もメダルの事をリーザから聞かされたと思ってね。それで二人を殺しに来たのよ」
ダークの質問にルーはとぼけたりする事無く認める。ルーの余裕の表情を見てダークの後ろに立つレジーナ達は更に険しい顔を見せた。自分達の身を守る為に罪もないアリシアとリーザを狙ったのだから二人の仲間であるレジーナ達が腹が立つのは当たり前だ。
「……リーザ隊長はお前達に殺された日の翌日に娘さんと遊びに行く約束をしていたのだぞ?」
俯いているアリシアは低い声だルーに話しかける。声を聞いたダーク達は一斉にアリシアに視線を向けた。
アリシアの言葉を聞いたルーは自分の髪を指で捻じりながら興味の無さそうな顔をしていた。
「ああぁ、そう言えば戦う前にそんな事言ってたわね? 娘とピクニックに行くとかなんとか……本当に運が無かったわね」
「……リーザ隊長や残された家族に申し訳ないと思わないのか?」
「思わないわ。大体どうして敵とその家族に悪いと思わないといけないわけ?」
罪悪感の無い顔で平然と酷い事を口にするルー。彼女は他人の命を奪う事に対して何も感じないらしい。無邪気な子供が昆虫を捕まえてバラバラするのと同じだった。
ルーの言葉にアリシアは体を震わせながら必死に怒りを抑えている。するとルーは何かを思いついた様な表情を見せ、その後にニヤリと笑い出した。
「……でも、私もヴァンパイアであって悪魔じゃないわ。リーザを殺して残された家族が悲しむ事ぐらいは分かっているもの。だ、か、ら……アンタ達を皆殺しにした後に、リーザの家族も殺しに行く事にするわ」
「!!」
不敵な笑みを浮かべながらルーはとんでもない事を口にした。その言葉を聞いた瞬間、俯いていたアリシアがビクッと反応する。同時にアリシアが今まで必死に抑え込んでいたものが一気に張り裂けた。そんな事も知らずにルーは楽しそうに笑い、周りにいるキルティア達も笑っていた。
腹立たしい笑い声が広場に広がる中、アリシアは俯いたまま一歩前に出た。
「……もういい」
今まで聞いた事が無いくらい低い声を聞き笑っていたルーやキルティア達は笑うのをやめてアリシアの方を向く。アリシアの隣に立っているダークと彼の肩に乗るノワールはアリシアの姿を見て彼女に何が起きたのか察したのか何も言わずにアリシアを見つめる。レジーナとジェイクはアリシアの声を聞いて悪寒を感じ思わず息を飲み、マティーリアも真剣な眼差しでアリシアの背中を見ていた。
アリシアは俯いたままゆっくりとエクスキャリバーを鞘から抜き、強く握りしめてゆっくりと切っ先をルー達に向けた。
「……もはや、言葉など必要ない。いや、もう貴様の声など聞きたくない。貴様の様に人を殺しても何も感じない奴をこのままにしておけない」
切っ先を向けながらアリシアはゆっくりと顔を上げる。目を閉じたままルー達の方を向くとアリシアは目を開いてルー達を神を射殺すかの様な鋭い目で睨み付けた。その目にはルーに対するに怒りと憎しみが強く宿っており、その目を見たルー以外の四人は驚きのあまり目を見開く。
「覚悟しろ、下種がっ!」
ルーに向けて怒号を上げるアリシア。その表情は怒りに染まっており、普段の美しく正義感の強いアリシアと同一人物とは思えないくらい険しい顔だった。
怒りを露わにするアリシアを見たダークは何も言わずにアリシアの隣まで移動すると遠くにいるルー達を見つめる。レジーナ達も怒るアリシアに驚きながらも武器を手に取りルー達の方を向いた。
「ダーク、ルーは私がやる。貴方達は他の四人の相手を頼む」
「……分かった……ノワール」
ダークは肩に乗るノワールに声を掛け、声を掛けられたノワールは小さく頷くと竜翼を羽ばたかせて飛び上がる。どんどん上昇していき、遂には見えなくなってしまう。
ルー達はダークの肩から空へと消えていったノワールを見て不思議に思っていたがすぐに目の前にいるダーク達に視線を戻した。
「ルーの仲間達よ、私達は此処から少し離れた場所へ移動しそこで戦わないか? アリシアとルーの一対一の戦いの邪魔をするといけないからな」
ダークがキルティア達に自分達は今いる広場とは別の場所で戦う事を提案する。アリシアに前の戦いでの雪辱を晴らさせる為、そしてリーザの敵討ちをさせる為のダークなりの気遣いのつもりなのだろう。
キルティアは目を閉じて黙り込みダークの提案を受けるか考える。リーダーであるルーを一人のするのはどうかと思うが、レベル75のルーがアリシア一人に負けるはずがないと感じていた。
答えを出したキルティアはゆっくりと目を開いて頷く。
「いいだろう。北に此処より狭いがもう一つ広場がある。私達はそこで戦うとしよう」
キルティアは別の場所で戦う事を受け入れる。ジュリー達も異存はないらしく黙ってダーク達を見ていた。ルーもキルティアの言葉を聞き、問題無いと感じたのかキルティア達に視線を向けながらニッと笑っている。
ルー一人を残してキルティア達は場所を移動する為に北へと歩いて行く。ダーク達もキルティア達の後を追う様に移動を開始する。残されたアリシアはルーを睨んだままジッとしており、そんなアリシアを見たダークは足を止めた。
「……アリシア」
「何だ?」
「地下訓練場で私が言った事、覚えているか?」
突然訓練場での話を始めるダークにアリシアは視線だけをダークに向ける。レベル上げを終えて訓練場を出る直前にダークがアリシアに言った言葉、「一度間違った道を歩けば二度と昔の道を歩けなくなる」という言葉を思い出したアリシアはダークを見ながら頷いた。
「……そうか、ならいい」
「?」
「……負けるなよ」
最後にそう言ってダークは再び歩き出す。レジーナ達はダークが何を言いたかったのか分からずに不思議そうな顔をしながらダークを見て後を追いかけた。
ダーク達が広場からいなくなるとアリシアは再びルーに視線を向けて彼女を睨み付ける。一方でルーは自分を睨むアリシアを楽しそうに笑って見ていた。
「あらあら、お仲間達と別れちゃって大丈夫? 全員で戦えば数秒くらいは長生きできたかもよ?」
「御託はいい、さっさと構えろ。先に言っておくが、私は一切手加減はしない。持てる力全てを使い、貴様は抹殺する!」
「あら、抹殺なんて怖いわねぇ……と言うか、アンタにそんな事ができるの? 夕方戦った時は私の魔法を防ぐだけで精一杯だったじゃない」
「言ったはずだ、あの時の私とは違うと!」
エクスキャリバーを構え直すアリシアはルーを睨みながら力の入った声を出す。そんなアリシアを見たルーは笑うのをやめてジッとアリシアを睨み付ける。夕方戦った時に力の差を見せつけたのに自分は勝てると考えているアリシアにルーは僅かに気分を悪くしていた。
ルーのレベルは人間の英雄と言える50から60の間のレベルを持つ者でも勝つ事が難しいと言われる75。人間の中に自分に勝てる者などいないと考えているルーにとって英雄級の力を持っていないであろうアリシアが勝てると言い張る事はプライドに傷を付けられたように思えたのだろう。アリシアの態度を見てルーはこれ以上アリシアを挑発するのはやめてさっさと殺してしまおうと考えた。
「……いいわ。そこまで言うのならアンタがこの短い時間でどれだけ強くなったか確かめてあげるわ」
アリシアを睨みながらルーは両手を横に伸ばした。
「不感知の魔法陣!」
ルーはリーザとの戦いで使用した音や気配を消す上級魔法を発動した。ルーの足元に魔法陣が描かれ、その直後に拡張する。ルーを中心に大きくなっていく魔法陣は一定の大きさになると拡張を止めて光り出す。
地面に描かれた魔法陣にアリシアは表情を変える事無く見下ろしている。ルーから攻撃を受ける事を警戒し、アリシアはすぐにルーを視界に入れて彼女を睨む。ルーも魔法陣を展開し終えるとアリシアを見ながら小さく笑みを浮かべる。
「これで魔法陣の外に私達の気配や魔法陣の中で起きる爆発や音が漏れる事はないわ。そして魔法陣の外にいる人間達はこの魔法陣に近づこうともしなくなるし、眠っている者達が騒ぎを聞いて目を覚ます事も無い。つまり、誰もアンタ達を助けに来ないって事よ」
「不感知の魔法陣、ダークとノワールの言ったとおり音や気配を消す上級魔法を使っていたのか。リーザ隊長もこの魔法陣の中で戦って……」
リーザが誰からも助けてもらえずに一人で戦い、殺されてしまった事を理解したアリシアは目を閉じてリーザの死を心の中で悲しむ。だがその悲しみはすぐにルーへの怒りへと変わり、目を開いたアリシアは再びルーを睨む。
ルーは自分の上級魔法で助けが来ないと聞かされても驚いたり怯えたりする事無く睨み続けるアリシアを見て更に不愉快になったのか小さく舌打ちをした後に両手をアリシアに向けて伸ばす。
「この状況でまだ余裕の態度を取るとは、随分と私の事をナメてるのね。いいえ、強がりと言うべきかしら? どちらにせよ、私をここまでイラつかせた以上は楽には殺さないわ。あの馬鹿女のリーザ以上に甚振って泣き叫びながら殺してくださいと言うまで痛めつけてあげるから」
「楽には殺さないか……その言葉、そのままお前に返してやる。私もお前を楽に死なせる気は無い!」
「フッ、聖騎士が言う台詞とは思えないわね」
「何とでも言え。リーザ隊長の無念を晴らす為なら私は自分が聖騎士である事だって捨てる!」
アリシアの怒りの籠った叫びが大聖堂前の広場に響く。しかしその声は目の前にいるルーにしか聞こえず、別行動を取っているダーク達や近くの民家に住んでいる者達には聞こえなかった。
エクスキャリバーを両手で強く握りながらルーを睨むアリシア。その顔は聖なる力と神の祝福を受け、慈愛の心を持つ聖騎士とは思えないくらい険しく怒りに満ちた顔だった。ルーはそんなアリシアを見て小さく鼻で笑い、右手の中に炎を、左手の中に青白い電気を作り出す。それを見たアリシアはルーが魔法を使うと気付き、魔法を使われる前に距離を詰めようと走り出す。
「フン、焦ったわね! 火弾! 雷の槍!」
走って来るアリシアに向けてルーは火球と電気の矢を放ち攻撃する。アリシアは迫って来る火球と電気の矢を見ても驚く言葉くエクスキャリバーで二つとも叩き落した。魔法を弾いたアリシアは更に走る速度を上げて一気にルーに近づきエクスキャリバーで袈裟切りを放ち攻撃する。だがルーは高く跳び上がりアリシアの攻撃を回避した。空中を舞い、アリシアの後ろへ移動したルーはアリシアが最初に立っていた所に着地する。
攻撃をかわされたアリシアは振り返りながら舌打ちをして背を向けているルーを見つめながら構え直した。ルーもゆっくりと振り返りアリシアの方を向いて髪をなびかせる。
「フ~ン、少しは、力を付けたみたいね? だけど、その程度じゃ私に攻撃を当てるなんて無理よ。夕方の戦いと同じ」
「……そうか」
ルーの言葉を聞いたアリシアは目を閉じてエクスキャリバーを構えるのをやめた。突然構えるのをやめたアリシアを見てルーは目を細くする。ルーが見ている中、アリシアはエクスキャリバーを地面に刺し、自分の手を見つめる。指にはダークから受け取った強欲者の指輪と学士の指輪がはめられており、アリシアはその二つをゆっくりと外す。実はアリシアはダークの屋敷でレベル上げを終えてから広場に来るまでずっと指輪を付けていたのだ。
指輪を外したアリシアは手の中で輝く二つの指輪をしばらく見つめてからしまい、刺してあるエクスキャリバーを抜く。ルーは指輪を外しただけのアリシアの行動が理解できず、小首を傾げながらアリシアを見ていた。
「……ダークが指輪をはめたままでも十分勝てると言っていたからそのまま戦おうと思っていたが……やはり、私は納得できない。奴に圧倒的な力の差を見せつけて、完全な敗北を見せつけないとな」
最初は指輪を付けたまま戦おうとしていたアリシアだったが、確実に勝利する為、そしてルーに力の差を見せつける為に指輪を外して戦う事に決めた。
手に持つエクスキャリバーの刀身を見つめるアリシアはゆっくりとエクスキャリバーを振り上げ、勢いよく振り下ろし素振りをする。するとアリシアが素振りをした瞬間にもの凄い風が巻き起こり、アリシアと離れた所にいるルーの髪を揺らす。
「なっ!?」
素振りをしただけで風が巻き起こる光景を目にしたルーは驚き思わず声を漏らした。剣を振り下ろして風を巻き起こすなど人間の力ではあり得ない。さっきまでのアリシアとは明らかに違う事に気付いたルーの顔から先程までの余裕が一瞬にして消える。
アリシアはエクスキャリバーから驚いているルーに視線を向け、ルーを睨みつけながらエクスキャリバーを向けた。
「ルー、戦いはこれからだ!」
怒りの籠ったその低い声にルーは寒気を感じ慌てて構える。アリシアも驚くルーを見ながらエクスキャリバーを構え直した。
――――――
アリシアとルーが戦いを始めた頃、ダーク達は北へ移動し、キルティア達と戦う広場へ移動していた。そこはキルティアの言う通り、大聖堂前の広場よりは狭いが十分戦えるスペースがある。広場の中央に立つダーク達の数m先ではキルティア達が立っており、お互いに相手のパーティーと向かい合っていた。
「さ~て、戦いの場である広場に到着しましたし、私達もそろそろ戦いを始めませんこと?」
「こちらはいつでも構わない」
楽しそうに語るジュリーに対しダークは冷静に低い声で返事をする。ダークの周りに立つレジーナ達はキルティア達を睨みながら武器を手に取り、キルティア達も自分達の得物を手にしてダーク達を構える。双方が武器を構える中、ダークは大剣を右手に持ちながら左手をポーチに入れ、中から賢者の瞳を取り出す。
戦いを始めずに片眼鏡で自分達を覗くダークを見てキルティア達は何をやっているんだ、と言いたそうな顔をする。レジーナ達はダークが何をやっているのか理解しているので、驚かずに黙ってダークを見ていた。やがて強さの確認が終わるとダークは持っている賢者の瞳を捨てる。
「ダーク兄さん、分かった? アイツ等の強さ?」
「ああ、全員な」
レジーナの問いに答えたダークはキルティア達を見ながら自分が出て情報をレジーナ達に説明していく。
「あのオレンジ色の髪の女はキルティア、レベル46で職業はアサシンだ」
「!?」
ダークの言葉を聞いたキルティアは驚きのあまり目を見開いてダークを見ていた。話していない自分の名前、レベル、そして職業をいつの間にか知っているのだから驚くのは当然だった。キルティアだけでなく、彼女の周りにいるジュリー達も驚いてダークを見ている。
「ピンク色の髪の女がジュリー、レベル44の軽装騎士。緑の短髪の男がジムス、レベル43のレンジャー。そして茶色い長髪の男がガント、レベル47の双剣士だ」
全員の情報を話し終えたダークは大剣を肩に担ぎながらキルティア達を見つめる。レジーナ達は全員のレベルが四十代だと知って大した敵ではないと感じたのか余裕の表情を浮かべた。一方でキルティア達はいつの間にか自分達に情報を得ているダークに驚きの表情を浮かべたまま彼に注目していた。
「お、おい、どうなってるんだ? どうしてあの黒騎士は俺達の秘密を知ってるんだよ?」
「俺が知るか。さっき片眼鏡みたいな物を使って俺達を覗いていたが、それが何か関係しているのかもしれない」
「でも、相手のレベルや職業を知るアイテムがあるなんて聞いた事がありませんわ!」
なぜ自分達の情報がバレたのか分からないガント、ジムス、ジュリーは少し動揺を見せながら小声で相談している。そんな三人の姿を見たレジーナは少し楽しいのかくすくすと笑っていた。
「落ちつけ、お前達」
ジュリー達が動揺する中、キルティアだけは冷静な顔でジュリー達を落ち着かせる。ジュリー達が冷静になるとキルティアはダークに視線を向けて彼を睨んだ。ククリ刀を強く握り、自分達の秘密を見抜かれた事に対する驚きと悔しさを表に出さないようにしながら静かに口を開けた。
「お前がどんな方法で私達の秘密を知ったかは知らないが、レベルと職業が分かったところで私達を倒す事はできない。当然、あの女騎士がルーに勝つ事も不可能だ」
「随分と自分達の強さに自信があるようだな?」
「当然だ。なぜなら私達はルーの血を飲んでいるからな」
キルティアの言葉にダーク達は思わず反応を見せる。ルーの血を飲む事に何か意味があるのか、理由が分からないダーク達はキルティア達を見ながら言葉の意味を考えようとした。だが、ダーク達が考える前にジュリーが楽しそうに答えを口にする。
「私達は全員、お姉様の血を口にしてヴァンパイアの力の一部を手に入れましたの。人間離れした身体能力と治癒能力を手に入れ、更に闇属性の攻撃や魔法に対しての耐性も強化されました。そして夜になるとより強い力を得る事ができますの。つまり、私達は半ヴァンパイア化したという事ですわ」
自分達が半分ヴァンパイアになっている、ジュリーの説明を聞いたダーク達は少し驚いた反応を見せる。ルーの仲間だから只の悪党ではないとは予想していたが、半ヴァンパイア化しているとは思わなかったようだ。
「成る程のう、そう言う事か。あの小娘もそれなりに頭が回るようじゃ」
「どうした、マティーリア?」
ジュリーの話を聞いてマティーリアが何かに納得する。そんなマティーリアを見てジェイクは不思議そうな顔で尋ねた。
「血を飲むのではなく、ルーに直接吸血されれば完全なヴァンパイアになる事ができる。だがそうなると吸血された者は強大な力を得るのと引き換えに理性を無くし、単純な命令に従うだけの人形と化してしまうのじゃ。しかも吸血されてヴァンパイア化した者は日の光を浴びると気化して消滅してしまう。つまり、日が昇っている間は表に出る事はできないという事じゃ」
マティーリアがヴァンパイア化について説明をし、ダーク達はそんなマティーリアの話を黙って聞いている。キルティア達もヴァンパイアの事に詳しいマティーリアを意外そうな顔で見ていた。
「しかし、血を飲んで半ヴァンパイア化するだけなら理性をそのまま力を得る事ができ、日が昇っていても体は気化せずに済む。そして理性を残すという事は自分で考え行動する事ができる為、主からの複雑な命令をこなす事もできるという事じゃ。あの小娘も自分の仲間を単純な命令しか聞かない完全なヴァンパイアにするよりも、理性を持つ半ヴァンパイアにした方がいいと考えて吸血しなかったのじゃろう」
ヴァンパイアでありながら仲間を完全なヴァンパイアにしなかったルーの考えを知り意外そうな顔をするマティーリア。ダーク達はルーがただプライドの高いだけの女ではなかったと知って少し驚いていた。
(ヴァンパイア化して闇属性に対する耐性が強くなったという事か逆に光属性の耐性は弱くなったという事になる。それを考えると村を襲った鮮血蝙蝠団の連中がリーザのライトボールを受けて倒れたのも納得がいく。やはりヴァンパイア化をするにはそれなりの代償が付くようじゃな……それにしても、妾達が訊いてもいないのにこうのペラペラと喋るとは、相当お喋りが好きなようじゃな)
マティーリアは心の中でアリシアとリーザと共に村を襲った一団との戦いを思い出して心の中で呟く。あの時、リーザが放ったライトボールが敵の魔法使い達に当たった時に彼等は予想以上のダメージを受けて倒れた。彼等も半ヴァンパイア化して光属性の耐性が弱くなっていればライトボールを受けて倒れたのも納得できる。そして同時にマティーリアはルーが鮮血蝙蝠団の団員全員を半ヴァンパイア化しているという事を知った。
敵が全員半ヴァンパイア化している事を理解したダーク達だったが自分達が不利になったとは感じていないのか表情には焦りが見えなかった。現在ダーク以外の三人は全員が対ヴァンパイの防具を身に付けている。だから例え半ヴァンパイア化した者達と戦う事になったとしても冷静でいられたのだ。
ダーク達が焦ったり動揺する様子を見せない姿を見てキルティア達は意外そうな顔を見せていた。普通の冒険者であれば敵が全員半ヴァンパイア化していると知れば驚き動揺する。しかしダーク達は一切焦らず冷静にしており、そんな神経の図太いダーク達を見てキルティアは倒し甲斐のある相手だと思い小さく笑う。
「私達の正体を知ってそこまで冷静でいられるとは貴様等、思った以上に図太い神経をしているようだな?」
「フッ、お褒めの言葉として受け取っておこう」
「これは久しぶりに楽しめそうな相手だ。ルーには悪いが少し遊んでから始末する事にしよう」
キルティアは不敵な笑みを浮かべながらククリ刀を構え、ジュリー達も自分の武器を構えながらダーク達を見て笑った。
「フッ、そこまで言うのなら少しぐらいはお前達の遊びに付き合ってやろう。あんまり早く終わってしまってもつまらないからな」
低い声を出しながらダークは大剣を構え直す。レジーナ達も自分の武器を構えてキルティア達を睨む。双方とも武器を構え終え、いつでも戦闘を始められる状態に入っていた。
「さて、始めるとしよう……傲慢な吸血鬼に魂を売った愚かな人間達よ、断罪の始まりだ」
赤く目を光らせながらダークはキルティア達に向けて言い放つ。そしてそれが戦闘開始の合図となり、ダーク達は一斉に広場に散開する。キルティア達もそれに続くようにバラバラになった。