第七十二話 挑戦状
太陽の半分以上が沈み、僅かな日の明りだけがアルメニスの町を照らしている。町にはもう殆ど人の姿は無く、警備兵や酒を飲む為に酒場へ向かう者達の姿だけが見られた。そんな静かになった町の街道にノワール達の姿があった。
ダークとアリシアが地下に向かってからすぐにノワール達はルーを見つける方法について話し合った。アリシアが屋敷の地下にいる以上、さっきの様にアリシアを囮にしてルーをおびき出す事はできない。何よりもルーが同じ手に何度も引っかかるとはノワール達は考えていなかった。その為、町へ出てノワールの魔法などを使い、地道にルーを探す事になり町に出たのだ。
静かな街道をノワール達は固まって歩いていた。ジェイクを先頭にその後ろをレジーナとマティーリアがついて行き、三人は周りを見回しながらルーがいないが探す。ノワールもジェイクの肩に乗りながら屋根の上や脇道などを見て探していた。
「……いないわねぇ。本当にいるのかしら?」
レジーナが歩きながら複雑そうな顔で言った。町に出てルーを探し始めてから既に三十分が経っているがルーを見つけるどころが、ルーに似た人物すら見つかっていない。既に薄暗くなって人が少なくなっており、ルーを見つけるのは無理なのではとレジーナは考えていた。
見つかるのか不安に思うレジーナの言葉を聞き、先頭を歩いていたジェイクやレジーナの隣にいるマティーリアが歩きながらレジーナの方を向いた。確かに人が少なくなっている時間に探し回って見つかる可能性は低く、二人も見つからないので感じ始めている。するとジェイクの肩に乗っているノワールがレジーナの方を見て口を開く。
「大丈夫です。見つかると思いますよ」
「どうしてそう言い切れるのよ?」
「彼女はヴァンパイアですよ? ヴァンパイアは主に夜に活動しますからこの時間の方が遭遇しやすいんですよ」
「そ、そうかしら……」
「ええ、それにルーはリーザさんを殺しており、その事を僕達に知られています。人が多くいる時間には目立った動きはしないと思いますし」
「確かに人の多い昼間に行動して俺達と遭遇したら騒ぎになるからな。それにヴァンパイアは夜に強い力を使えるって言われてる。強い力を使えない昼に動くのは奴にとっちゃ都合が悪い訳だしな」
ヴァンパイアの性質から明るいうちには目立った動きはしないというノワールの考えを聞き、ジェイクは腕を組みながら納得の表情を浮かべる。マティーリアもジェイクと同じように納得した顔をしており、レジーナも話を聞いて一応納得した様子を見せた。
「それじゃあ、この時間にルーと遭遇する可能性は高いって事なのね?」
「少なくとも昼間よりは」
「そう……それじゃあもう少しやる気を出して探してみましょうか」
「さっきまでは真面目ではなかったのか、お主?」
レジーナの一言にマティーリアはジト目で彼女を見ながら指摘する。レジーナはしまった、と言いたそうな顔を見せるがすぐに苦笑いを浮かべて誤魔化す。そんなやり取りをしながらノワール達は夜になって行く町を歩きルーを探索を続けた。
探索を始めてから二時間後、ノワール達は小さな広場に移動して簡単な休憩を取っていた。既に辺りは暗くなり町の住民達も自宅や酒場などに入り、外には殆ど人がおらずとても静かになっている。
レジーナとマティーリアは広場にある長椅子に座りながら星空を見上げており、二人の前にはジェイクが腕を組みながら立ち座っている二人の方を向いている。ノワールはジェイクの肩に乗ったままだった。
「探し始めてもう二時間近く経つけど、何処にもいないわねぇ」
「ウム、町の者達にも聞いたが何の情報も得られなかった」
「何処に隠れてるのよ、あのチビ女は!」
二時間探しても見つからない状況にレジーナは少しイライラしているのか不機嫌そうな顔を見せる。マティーリアはレジーナの隣に座りながら落ち着いた様子で何処に隠れているのかを考えた。
ノワールはジェイクの肩に乗りながらルーが何処に潜伏しているのかを考えており、ジェイクもレジーナとマティーリアの前に立ちながらルーの隠れそうな場所を想像していた。しかし、情報が少ない今の状況ではいくら考えても隠れている場所は分からない。ジェイクは考えるのをやめて静かに息を吐く。
「情報が無いのに此処で考えていても何も変わらねぇ。一旦屋敷へ戻って兄貴と姉貴に報告を……ッ!」
レジーナとマティーリアに一度屋敷へ戻ろうと言おうとした時、ジェイクは何かに気付き口を止めて後ろを見る。肩に乗っているノワールもジェイクが見ている方角を向き、真剣な表情を浮かべている。
「……ジェイクさん、気付きましたか?」
「ああ、たった今な……数は、一人か?」
「ええ、八時の方向にある大きな木の陰に隠れて僕達を見ています」
何者かに見張られている事に気付いたノワール小声でジェイクに隠れている位置を伝え、ジェイクはゆっくりとノワールに教えられた方向を向く。ジェイクはゆっくりと背負っているスレッジロックを掴み、いつでも戦闘態勢に入れるようにした。
「ジェイク、どうしたの?」
レジーナは突然背を向けてスレッジロックを握るジェイクを見て不思議そうにまばたきをする。すると隣に座っていたマティーリアが立ち上がり、ジェイクの隣まで移動し同じ方向を見ながら目を鋭くした。
「マティーリア?」
「どうやらお客さんの様じゃ」
「え?」
マティーリアの言葉を聞き、立ち上がったレジーナは三人が見ている方向を見て意識を集中させる。そして木の陰に隠れている人の気配に気づき、慌てて腰に納めてあるエメラルドダガーを抜いて構えた。
「いつまで隠れている気だ? さっさと出てこい」
ジェイクが木の陰に隠れている人影に少し力の入った声で語り掛けた。すると、木の陰からフード付きマントで顔を隠した男が現れてジェイク達の方へ歩いて来る。近づいて来る男を見て更に警戒心を強くするジェイク達。男はジェイク達の5m手前まで来るとそこで立ち止まり、被っているフードを外す。そこには茶色の長髪をした三十代前半ぐらいの男の顔があり、ジェイク達をジッと睨んでいる。ルーの仲間で鮮血蝙蝠団の一員であるガントだった。
「よく俺の気配に気づいたな?」
「フン、気配の消し方がなっちゃいねぇんだよ……何モンだ?」
「俺はガント、ルーから伝言を授かって来た」
「ルーだと? アイツの仲間か?」
目の前にいる男がルーの仲間で伝言を授かって来た事を知りジェイクやノワール達は意外そうな反応を見せる。ダーク達はルーが単身で首都に潜入したのだと思っていた為、仲間が首都にいると知り驚いていた。
ルーに仲間がいたと言う事実には驚いたが、それよりもノワール達には気になる事があった。
「……あの女の仲間って事は当然居場所を知っているって事だよな? あの女は何処にいるんだ?」
ジェイクが低い声でガントにルーの居場所を尋ねる。するとガントはジェイクを見ながら鼻で笑った。
「慌てるな。居場所を訊かなくてもルーはお前達の前に現れる。アリシアと言う女騎士と奴に味方するお前達を殺す為にな」
「何?」
「今夜零時にここに書いてある場所へ来い。そこが戦いの地だ」
ガントはマントの下から手を出し、持っている丸めた羊皮紙をジェイクに向かって投げた。ジェイクは羊皮紙を受け取るとゆっくりと開いて戦いの場所を確認する。ノワール達の羊皮紙に書かれてある場所を確認した。
「先に言っておくが、お前達に拒否権は無い。もし約束の時間に指定した場所に来なかったり、俺達の事を騎士団に話せばルーはこの首都の中で上級魔法を放ち町の住民達を殺す」
「チッ、人質か……」
「随分と姑息な手を使うのう?」
言うとおりにしなければ町の住民達が被害に遭う。ジェイクとマティーリアはガントを睨みながら卑怯な手を使うルーに腹を立てた。
「安心しろ。戦いが始まった時に俺達を攻撃したら町の住民達の命は無い、何て卑怯な事を言わない。フェアじゃな勝負はつまらないからな」
(よく言うのう? リーザ隊長を真夜中に襲い、断れば町の住民を襲うなどと言ったくせに)
平然と綺麗事を言うガントにマティーリアは心の中で呟く。リーザを暗殺した事からルーが残忍で卑怯な性格だというのは分かった。そして彼女の仲間であるガントも似た性格をしているのではないかとマティーリアは考えていたのだ。
何も言わずにただ黙って自分を睨むジェイク達にガントは表情を崩さずに余裕の態度を取る。自分にはレベル75でヴァンパイアのルーが付いているから目の前にいるこんな奴等には絶対に後れは取らないと考えてるのかもしれない。
「伝える事は伝えた。俺はこれで失礼するぞ」
「あっ、待ちなさいよ! このまま逃がすと思ってるの!?」
振り返り立ち去ろうとするガントを見てレジーナがエメラルドダガーを構えながら一歩前に出てガントを捕まえようとする。するとガントは足を止めてゆっくりとレジーナの方を向いた。
「此処で俺を捕まえるのは勝手だ。だがそんな事をすればルーが機嫌を悪くして町の住民を誰か殺すかもしれないぞ?」
「グッ! ひ、卑怯者!」
手を出せない状況にレジーナは歯を噛みしめながら悔しがる。そんなレジーナを見てガントは笑っていた。
悔しさのあまりレジーナはエメラルドダガーを強く握り手を震わせる。するとそんなレジーナの肩にジェイクが手を置いた。
「レジーナ、今は耐えろ。どの道、今夜の午前零時になればコイツ等と戦えるんだ。怒りはその時にぶつけてやれ」
「ぐぅ~っ!」
ジェイクに止められながらレジーナはガントを睨み付け悔しそうな顔を見せる。そんなレジーナを鼻で笑いながらガントは広場から立ち去った。
ガントがいなくなるとレジーナはエメラルドダガーを握りながら歯ぎしりをして苛立ちを露わにする。ジェイクとマティーリアはレジーナの様に興奮する事なく冷静に渡された羊皮紙に書かれてある内容を再確認した。
「……深夜零時に町の北西にある大聖堂前に来いと書いてある。ヴァンパイアが大聖堂前を戦いの場所に選ぶとはな」
「すぐに戻って若殿に伝えるか?」
「当然だろう。探していた連中が自分達から俺達を呼んでくれてるんだからな。急いで兄貴と姉貴に伝える」
この事実をすぐにダークとアリシアに伝える為、ジェイクとマティーリアは屋敷へ戻る事にする。ノワールも何も言わずに黙ってジェイクが持つ羊皮紙を見つめていた。
ジェイクは苛立っているレジーナを宥めて屋敷へ戻る事を伝え、三人は夜の広場を出てダークの屋敷へと向かう。その間、誰かに尾行されていないかを注意しながら慎重に戻ったのだった。
――――――
ダークの屋敷の地下ではアリシアがダークの召喚した訓練用のモンスターと戦っている。ジェイク達が屋敷を出てルーの手掛かりを探しに行ってから二時間以上経ち、その間アリシアは殆ど休まずにレベル上げを続けていた。
顔や体中を傷だらけにしながらエクスキャリバーを構えるアリシア。その顔には疲労が見え呼吸も乱れている。そんなアリシアの前には体長3mはある黒い蟷螂の様なモンスターが立っておりアリシアを見つけていた。その様子は壁にもたれながら見守っているダークの姿がある。
レベル上げを始めてからアリシアはこれまで多くのモンスターを倒して来た。しかし、訓練場にはダークとアリシア、そして蟷螂の姿をしたモンスターしかいない。実はダークが召喚した訓練用のモンスターは倒されると光の粒子となって消滅するのでモンスターの死体などは残らないのだ。これはモンスターを倒してもその後始末などをしなくてもいいと言うLMFの小さなサービスの様なものだった。
「ハァハァ……コイツはなかなか手強いな……」
蟷螂のモンスターを睨みながら呟くアリシアはエクスキャリバーを強く握りゆっくりと横へ移動する。蟷螂のモンスターも移動するアリシアを見つめながら両腕の鎌を動かして戦闘態勢に入った。しばらく睨み合って相手の出方を見るアリシアとモンスター。そんな緊迫した空気に包まれる中、アリシアが先に動いた。
アリシアはエクスキャリバーを脇構えに持ちながら蟷螂のモンスターに向かって走り距離を縮めていく。モンスターは向かって来るアリシアに向かって右腕の鎌を振り下ろして攻撃する。だがアリシアは素早く横へかわしてモンスターの振り下ろしを避けた。だがモンスターは左腕の鎌を横に振り側面からアリシアに更なる攻撃を仕掛ける。
だがアリシアは冷静に迫って来る鎌を見てタイミングよくジャンプをし攻撃を回避した。そしてモンスターの顔と同じ高さまで跳び上がったアリシアは攻撃をかわした瞬間にエクスキャリバーを勢いよく横に振ってモンスターの首を刎ねる。刎ねられた蟷螂の頭部は床を転がり、ダークの足元まで来て止まった。ダークは足元に転がって来たモンスターの頭部を黙って見下ろす。すると頭部は水色の光りの粒子となって消滅した。頭部を失ったモンスターの体は大きな音を立てて倒れ、跳び上がっていたアリシアも胴体の近くに着地する。胴体はアリシアの目の魔で光の粒子となって静かに消滅した。
「フゥ、今度のモンスターは少し攻撃が速かったな……」
消滅したモンスターを見届けたアリシアが小さく息を吐きながら呟く。そこへ戦いを見守っていたダークが近づいて来てアリシアの目の前で立ち止まる。
「大分早くモンスターを倒せるようになってきたな」
「ああ、最初のミミックはかなり苦労して倒したのに今では一分以内でモンスターに勝てるようになった」
「たった数時間でここまで強くなるとは大したものだ。しかも今の君は強欲者の指輪で身体能力が低下している。その状態でモンスターを簡単に倒せるんだ、最初と比べて君はかなりレベルが上がっているという事になる」
「どれぐらいレベルが上がったんだ?」
「さあな? 自分のスフィアを見て確かめてみたらどうだ?」
ダークに言われてアリシアはナイトスフィアを取り出し、自分の情報を確認する。そして水晶が映し出した自分のレベルを見て目をを見開きながら驚く。
「こ、これは……」
「……ほぉ、これは凄いな」
驚くアリシアの後ろからダークがアリシアのレベルを確認する。その数値を見たダークはアリシアほどではないが少し驚いた反応を見せた。
レベルを確認したアリシアはナイトスフィアをしまい、自分の手を真面目な顔で見つめる。
「……たった数時間訓練しただけでこんなにレベルが上がっていたとは……」
「今の君ならルーと戦っても問題無く勝てるだろう。強欲者の指輪を外して本来の力を取り戻せば確実に勝てる」
ダークがアリシアの強さを語り、アリシアは自分の手を見ながら黙ってそれを聞く。俯いているアリシアを見たダークはチラッとモンスターを召喚する台の方を向き、もう一度アリシアの方を見て声を掛けた。
「で、どうする? まだレベル上げを続けるか?」
「……いや、もういい。これ以上レベルを上げるのは、何だか怖い」
「……そうか。それならもう上に戻るぞ?」
アリシアの小さな声を聞いたダークは訓練場の出入口である扉の方へ歩き出す。アリシアは静かに自分から離れていくダークの背中を見て何処か複雑そうな表情を浮かべている。
「……ダーク」
何かを考えていたアリシアはダークに声を掛ける。ダークはドアノブを掴む直前に手を止めた。
「どうした?」
「私は……私はここまでレベルを上げて、よかったのだろうか?」
「君が望んだことだろう? ルーに勝てるようにレベルを上げてほしいと? 私はただ君のレベル上げを手伝っただけだ」
「確かに私は言った。だが、こんなに高くなっているとは思わなかったんだ。これではまるで……」
再び俯いて暗い表情を浮かべるアリシア。自分が目標としていたレベルよりも高くなっていた事に驚き、まだ動揺しているようだ。予想以上にレベルが高くなっていた自分がこれから先どうなるのか分からずにアリシアは不安を感じていた。
アリシアが黙り込むとダークは振り返って俯いている彼女を見る。ダークはアリシアの様子を見ると彼女には聞こえないくらい小さく溜め息をついた。
(レベルを上げてあんな風に暗くなるなんて、何だが矛盾してるなぁ。LMFではあそこまでレベルが上がれば誰だって大喜びするのに……まぁ、この世界の人間では考えられないくらい高いレベルだからな。不安になるのも当然か)
心の中でレベルが高くなり自分の人生がおかしくなるのではと不安になり落ち込むアリシアを見てダークは心の中で呟く。しかし、レベル75のルーに勝てるくらい強くなりたいと言ったのはアリシア自身だ。自分でその道を選んだ以上、例え大変な事が起きても誰のせいにもできない。レベル上げの前にダークもアリシアにその事について忠告したし、アリシアも分かっていた事だ。
ダークはアリシアの方へゆっくりと歩いて行き、アリシアの前までやって来た。アリシアは自分の前に戻って来たダークに気づきフッと顔を上げて目の前に立つダークを見上げる。
「アリシア、いくら予想以上にレベルが上がっていたとはいえ、レベルを上げる道を選んだのは君自身だ。この先、君にどんな運命が待っていようと、どんな辛い日々が訪れようとそれは誰のせいにもできない。君はそれを分かっていてこの道を選んだんだ」
「……ああ、分かってはいる。だが……」
自分で言った為、自分に都合と良い事は言えないと分かっているアリシアはダークの言葉を否定せずに頷く。だがそれでも僅かに不安を感じ、アリシアは暗い顔で俯く。そんなアリシアを見たダークはそっとアリシアの頭に手を乗せた。
「まぁ、本当に困った時があれば簡単な手助けぐらいはしてやる。その時は私を頼れ」
「ダーク……すまない」
「あと、これだけは覚えておけ? 例えレベルを上げて強くなり、どんな人生を歩もうとも、決して聖騎士としての誇りを忘れて間違った道を歩むな?」
優しい言葉を掛けた直後にダークは低い声を出し、ダークの意味深な言葉を聞いたアリシアのふと反応する。
「一度間違った道を歩けば二度と昔の道を歩けなくなる」
意味深なダークの言葉にアリシアは思わず息を飲んだ。ハッキリとした意味は分からないがなぜかその言葉が頭の中に強く残りアリシアは考え込む。
伝える事を伝えたダークは再び出入口の扉の方へ歩いて行き、ゆっくりと鉄製の扉を開いた。その場で考え込んでいたアリシアは先に訓練場から出ようとするダークに気づき慌てて後を追う。二人は薄暗い地下訓練場を後にした。
狭い階段を上がって廊下に出た二人はリビングへ向かう為に廊下を歩いて行く。するとそこに外から戻って来たノワールが姿を見せた。ノワールは廊下を見回し、ダークとアリシアを見つけると小さな竜翼を羽ばたかせながら二人の方へ飛んで行く。
「マスター!」
「ノワール、どうした? 何かルーを見つける方法を思いついたのか?」
「いいえ、結局いい案が思い浮かばなかったのでマスターとアリシアさんが訓練場に行ってすぐに町へ出て探してたんです。そしたら……」
ノワールは少し前でルーの仲間であるガントと出会い、挑戦状と思われる羊皮紙を受け取った事を二人に伝える。ダークとアリシアはルーが自分から誘い出してきた事とルーの仲間が首都にいる事を知って少し驚きの反応を見せながら詳しい話をノワールから聞き、作戦を考える為にレジーナ達が待つリビングへ向かった。
ダーク達がリビングに来ると部屋の中ではレジーナ達が真剣な顔をしながらリビングの真ん中に立っている姿があった。三人はダーク達が部屋に入ると何も言わずに彼等の方を向き、ダーク達も黙ってレジーナ達のところへ移動する。そしてダークはジェイクから羊皮紙を受け取り詳しい内容を確認した。
「……今夜零時に大聖堂の前か。この時間は町中の人達が眠りに付いている時間だ。そして大聖堂がある辺りは民家などとても少ない場所、住民達に目撃される事はまず無い。見られるとすれば町を巡回している兵士ぐらいだろ」
「ルーはその事を計算して大聖堂前を指定して来たのか?」
「恐らくな。更に真夜中である為、ヴァンパイアのアイツは全力で戦う事ができる。完全にルーの都合のいい状態だ」
「チッ! 姑息な女めっ」
自分に有利な状態で戦いを挑んで来るルーにアリシアは腹を立てる。だがこれも戦略の一つである為、頭ごなしにルーのやり方を否定はできなかった。
ダークは羊皮紙を丸めてジェイクに返すと腕を組んでどう動くかを考える。ルーに仲間がいると分かった以上はもう少し慎重に作戦を立てる必要があったのだ。
「ルーに仲間がいてこの町に潜伏していたとは……そんな単純な事に気付かなかったとは、情けない事だ」
ダークはルーが仲間を連れてこの町に来ている可能性があると計算していなかった自分の浅はかさに腹を立てながら作戦を考える。レジーナ達は自分の失敗を口にし、それに対して不機嫌な態度を取るダークを見て少し驚いていた。今まで彼女達はダークが失敗するところを見た事が無かったので意外に思ったのだろう。
しばらくその場に立ったまま作戦を考えるダーク。すると飛んでいたノワールがダークの肩に乗り声を掛ける。
「マスター、いかがいたしますか? ルーの仲間がガントだけとは限りませんし、仲間もヴァンパイアである可能性があります。アンデッド対策や大人数を相手にする準備をして向かった方がいいかと思いますが……」
「ああ、アンデッド対策は必要だろう。だが、大勢の敵を相手にする準備は必要ない。ルーに仲間がいるとすれば十人以下だろう」
「どうしてそう思われるんですか?」
「もし十人以上いるとすれば目立って町の住民達に目撃されて噂が広がるはずだ。だが、アリシア達が任務で戻った日から今日まで町では見かけない大人数のパーティーが目撃されたなんて話は聞いていない。それにルーはアリシアはリーザ隊長を暗殺する為にこの首都に来たんだ。暗殺するのに目立つ大人数で行動するのはおかしいだろう」
「言われてみればそうですね……」
ダークの推理を聞いたノワールは納得の顔を見せる。しかし予想外の事が起きる事も想定し、ダークは念には念を入れておくことにした。
それからダークはルーとの戦いに備えて使えそうなアイテムを幾つかアリシア達に渡す。そして敵が全力で来る事を計算して慎重に作戦を立てたのだった。
――――――
深夜零時となり、町はすっかり静かになった。建物の明りは消え、住民達は自宅のベッドの中で深い眠りに付いている。そんな静まり返った町を月明かりと街灯の光だけが照らしていた。
薄暗い静かな街道をダーク達は黙って歩いていた。堂々と歩くダークと彼の肩に乗っているノワール、ダークの隣を真剣な顔で歩くアリシア、そして二人の後ろをレジーナ達が歩いていた。ダークとアリシアはいつもの格好をしているが、レジーナ、ジェイク、マティーリアの三人はいつもと違う格好をしている。
レジーナはいつもの盗賊風の服装から白い丈の長いジャケットの様な服を着ており、その下に銀のハーフアーマーの様な鎧を装備した格好だ。武器は今までと同じエメラルドダガーを腰に納めている。ジェイクはスレッジロックを背負い、銀色で金色の装飾が施された騎士が身に付けるような高価そうな鎧を装備した格好で彼の事を知らない者が見れば騎士団の騎士と間違えてしまうような雰囲気を出していた。そしてマティーリアは白いスカートを穿き、神々しい雰囲気を出した白と銀の長袖の服を着ており、肩にロンパイアを担ぎながら歩いていた。
三人が装備している防具は全てダークがレジーナ達に与えた物だ。ダークがLMFにいた時に他のプレイヤーと戦って倒した敵がドロップしたアイテムを回収し自分の物にしたのだが、ダークには装備できない物や今の防具よりも弱い物ばかりだったので使わずに持っていたのをレジーナ達に渡した物である。その全てが闇属性の攻撃や魔法、悪魔族やアンデッド族などに対して強い耐性を持つ物ばかり。レジーナ達が今まで装備していた防具よりも防御力が高く、ヴァンパイアであるルーとその仲間に対抗する為に万全の装備をしてきたのだ。
ダーク達が静かに歩いて街道を出るとダーク達の視界に広場が入った。首都の北西にある大聖堂前の広場でその周りには無数の木や店などが並んでいる。広場の中央ではルー、そして彼女の仲間であるジュリーとガントの三人が立っていた。静かな夜の広場で三人は物音一つ立てずにジッとしており、ルー達を見つけるとダーク達はルー達の方へ歩いていく。歩いている間、アリシアはルーを黙って睨みつけている。
広場の中央にやって来たダーク達はルー達の数m前で立ち止まり、ルー達と睨み合う。この時、時間は指定された午前零時だった。時間通りにやって来たダーク達を見てルーはニヤリと笑う。
「よく逃げずに来たわね? 褒めてあげるわ」
「町の人々を人質にしておいてよく言うな?」
笑うルーを見てアリシアは歯を噛みしめながら睨み付ける。そんなアリシアを見てルーと彼女についているガントとジュリーは笑みを浮かべた。
「そもそも私達は逃げる気など無い。お前を倒す事が目的なのだからな」
「あら、怖いわねぇ? でも、夕方私と戦った時、アンタ一方的に押されてたじゃない。それなのに私を倒すつもりでいるわけ?」
「今の私はあの時の私とは違う」
「フッ、そんな事を私が信じると思うの? あれから数時間しか経っていないのにレベル75の私より強くなれるはずがないじゃない。何より、人間がレベル75以上になるなんて不可能よ」
人間であるアリシアがヴァンパイアである自分よりも強くなれるなどあり得ない、ルーはアリシアの言葉を信じず余裕の態度を崩さない。ルーの隣にいるジュリーもアリシアを小ばかにする様な目で見ており、ガントもアリシアの言葉をただの脅しだと感じていた。
アリシアはルー達を見ながらさっさと戦いを始めようと考えているのかそっと鞘に納めてあるエクスキャリバーに手を掛ける。すると隣にいるダークが一歩前に出てアリシアはダークに視線を向けた。
「ルー・シュペーシュ、戦いを始める前にお前に訊きたい事がある……お前達は何が目的でこの国に来た? そしてなぜこの国の村を襲った?」
緊迫した空気の中、ダークは冷静な態度でルーにセルメティア王国に来た理由を尋ねる。そんなダークを見てアリシアは少し意外そうな顔をしていた。
「フン、これから死ぬっていう連中がそんな事を訊いてどうするの?」
「私達は死ぬ気は無い。と言うよりも、お前達では私達を殺せない」
「はあ?」
ダークの言葉を聞いたルーは低い声を出しながらダークを睨む。自分がレベル75だと知っていながら自分達は死なないなどと言えばプライドの高いルーがカチンと来るのは当然だった。ガントとジュリーもダークのふざけた言葉が癇に障ったのか声は出さずにダークを睨んでいる。
ルー達に睨まれながら普通に立っているダーク。そんな落ち着いたダークを見たルーは小さく舌打ちをして腕を組む。
「私達ではアンタ達を殺せない、ねぇ……なら、今から五秒間生き延びて見せなさい。そしたら質問に答えてあげる」
突然訳の分からない事を言い出すルーにダークとアリシアの後ろにいたレジーナ達は耳を疑う。彼等にはルーが何を考えているのか全く理解できなかった。しかしダークとアリシア、ノワールはルーが何を言っているのか感づいたのか動かずに周囲の様子を確認する。すると何かを感じ取ったダークとアリシアはフッと上を向く。そして真上からククリ刀を構えたキルティアと短剣を構えるジムスが勢いよく下りて来る姿を見つけた。
キルティアとジムスはククリ刀と短剣で頭上からダーク達に奇襲を仕掛けようとする。だがダークは素早く大剣を抜いてキルティアとジムスの攻撃を弾いた。
「何?」
自分達の奇襲を簡単に防いだダークにキルティアは少し驚いた表情を浮かべる。一緒に攻撃をしたジムスも同じような顔をしていた。いきなり真上から攻撃を仕掛けて来た敵にレジーナ達も驚く。勿論この奇襲を指示したであろうルーも驚いていた。
攻撃を弾かれたキルティアとジムスは空中で体勢を整えて着地し、素早くルー達の下へ移動する。ルー達と合流したキルティアとジムスはルーを守る様に彼女の前に立ち自分達の得物を構えながらダーク達を警戒した。
「……頭上からの奇襲か。成る程、五秒間生き延びろと言うのはこういう事だったのか」
「卑劣な手を使うとは思っていたが、まさかここまでとはな」
大剣を握りながらルーの言葉の意味を理解するダークの隣でアリシアがルー達を睨みながら呆れた様な口調で話す。レジーナ達はまさか自分達が戦闘の準備をする前に奇襲を仕掛けて来るとは思っていなかったのかルーの手段を選ばないやり方に腹を立てているのかルー達を睨み付けている。
「……やるじゃない。まさかあの奇襲を凌ぐとは思わなかったわ」
「さぁ、ルー、五秒間生き延びたぞ? 約束通りお前達がこの国に来た理由を話してもらう」
大剣の切っ先を向けてダークはルーにセルメティア王国に来た理由を話す事を要求する。ルーは少し納得できないのか小さく舌打ちをするが、自分で生き延びたら話すと言った為、約束を破る事は彼女のプライドが許さなかった。
「……いいわ、話してあげる」
「いいのですか、お姉様?」
「構わないわ。どうせ皆殺しにするんだから」
殺すのだから全て話しても問題ない、そうジュリーに伝えたルーはダーク達に自分達の目的を話し始める。