第七十一話 強さを求めて
ルーとの戦いを終えたダーク達は真っ直ぐダークの屋敷に戻った。本当ならすぐに騎士団の詰め所へ向かってマーディング達にルーや鮮血蝙蝠団の事を報告するべきなのだが、ダークは一度情報の整理とアリシアの手当てをする為に屋敷へ行こうと提案し、アリシア達も彼の言う通りにして屋敷へと向かったのだ。
夕日に照らされる屋敷のリビングに集まり、ダーク達は椅子に座りながら情報と状況の整理を始める。アリシアの傷はダークの持っていたポーションを使って既に完治していた。だが、ルーを逃がした事と彼女との力の差の違いにアリシアは暗い表情をしている。アリシアにモニカが紅茶を出すがアリシアは飲もうとせず落ち込み続けていた。そんなアリシアをダーク達は何も言わずにしばらく見つめていたが、情報の整理をしないといけない為、気持ちを切り替えて話し合いを始める。話し合いが始まるのを見てモニカは紅茶をダーク達の前に置いて静かにリビングを後にした。
「さて、現状を確認しよう。まずあの小娘じゃが、既にこの町から逃げた可能性が高いのう」
マティーリアが紅茶を飲みながらルーが今どうしているのかを口にする。アリシアはその言葉を聞いて一瞬反応するが俯いたまま顔を上げようとしなかった。
ルーに勝てないだけでなく、仇を討てずに町から逃がしてしまったとなれば落ち込むのは当然だ。レジーナとジェイクもアリシアを気の毒そうな目で見ている。すると話を聞いていたダークが被っている兜を外し、素顔を見せて髪を直しながら口を開いた。
「いや、アイツはまだこの町にいると思うぜ?」
素の口調でルーがいると口にするダーク。それを聞いたレジーナ達は一斉にダークに視線を向け、俯いていたアリシアも顔を上げてダークの方を向いた。
「何じゃと?」
「どうしてそう思うんだ?」
驚くマティーリアの隣でジェイクがルーが町に残っていると思う根拠を尋ねた。ダークは目の前に置かれてる紅茶の入ったティーカップを手に取り、中の紅茶を見つめる。
「広場でアイツとアリシアの戦いを見た時、アイツの戦い方と口調を見て分かった。あの女はかなりプライドの高い性格をしている」
「確かに自分の事をこの世で最も可憐だなんて口にするくらいだからな」
「ああいうプライドの高い奴は自分が一度決めた事は必ずやり遂げようと考えるはずだ。アイツはリーザ隊長とアリシアの二人を殺す為にこの首都に来た。アイツは、ルーの奴はアリシアを殺すまで絶対に首都を出ないはずだ」
「ほ、本当かよ?」
「理由はそれだけじゃない。アイツは自分達の情報を騎士団に知られたくなくてリーザ隊長と彼女と一緒にいたアリシアを殺しに来た。騎士団に情報を知られると都合が悪いのに自分達の情報を知る者を生かしておくとは思えない。奴は必ずまた俺達の前に現れるはずだ。恐らく今度は万全の状態でな」
頭の中で推理しながらルーが逃げない理由を話すダーク。アリシア達は難しい顔をしながらダークの話を聞いている。
「でも、アリシア姉さんやあたし達はもうルーの正体を知ってるんでしょう? だったらアイツも危険を感じてこの町から逃げ出してるんじゃ……」
「さっきも言っただろう? ルーはプライドの高い女だ。みすみす狙った獲物を見逃すはずがない。それにアイツはまだ自分が鮮血蝙蝠団のメンバーである事がバレているとは気づいていないはずだ。俺達はアイツの前でアイツの名前とリーザ隊長を殺した犯人だって事以外は口にしてないからな」
「確かに妾達はあの小娘の前でお前は鮮血蝙蝠団のメンバーじゃな、とは言っておらん。あ奴は妾達が自分がどこの組織の所属しているのかまでは知らないと思っているのじゃな?」
「ああ、流石に組織名がバレればアイツも逃げる事を考えるかもしれない。だが名前だけなら自分が何者なのかまでは騎士団にも分からないからな」
「成る程……」
ダークとマティーリアの話を聞いたレジーナは納得したのかうんうんと頷く。
「仮に名前とリーザ隊長を殺した犯人であるという事が騎士団に知られても騎士団はルーの顔を知らない。町中を探しても見つけるのはほぼ不可能だ。要するにルーはまだ追い込まれていない状態にあるって事だ」
「成る程なぁ……うん? でもよぉ、兄貴。俺等がルーの姿を騎士団の報告して自分の姿や顔が騎士団の連中にバレたとルーが考えて危険を感じて逃げ出すって事も考えられるんじゃねぇのか?」
ジェイクが新たな疑問を抱き、それを聞いたアリシア達は視線をダークからジェイクへ変える。もしダーク達が知っているルーの情報を騎士団に話せばルーはリーザ殺害の犯人として指名手配される。そして騎士団がダーク達から聞いた情報からルーの顔や外見を知り、その情報をもとにルーを探し出す事も考えられる。そうなればルーは自分が鮮血蝙蝠団の一員である事がバレて都合が悪いと言う以前にリーザ殺害の犯人として騎士団に捕まってしまう。もしルーがそう考えて危険を感じ、首都から脱出してしまえばもうルーを捕まえる事はできない。
ルーが逃げ出してしまうかもしれない、もしくはもう首都から逃げ出しているかもしれないと感じアリシア達は不安そうな顔を見せる。そんなアリシア達の顔を見たダークは小さく息を吐いてジェイクの方を向く。
「じゃあお前達に訊くけどよ? ルーはどんな姿をしていた?」
「え? 何だよいきなり?」
「いいから答えてみろ」
「え~っと……確か、金髪で髪が長くて、黒いマントをしていたような……」
「違うわよ。赤いマントだったでしょう?」
「え? そうだったか?」
ルーの姿を思い出しているジェイクにマントの色が違うと訴えるレジーナ。アリシア達はそれぞれ自分の頭の中に浮かぶルーの姿を思い出して口に出すが、細かいところで他の者達と特徴が異なり、どんな外見だったのか思い出せない。
混乱するアリシア達を見てダークは椅子にも耐えれながら両手を後頭部に回す。
「……という事さ? 例え俺達がルーの情報を提供しても今みたいに皆が違う特徴を口にしてしまえば正確なルーの姿を伝える事はできない。俺もハッキリとはルーの姿を覚えていない。つまり、騎士団はルーの正確な姿を知る事はできないって事だ」
「だから、騎士団に自分の顔や特徴がバレる事はないからルーの奴は危険を感じて首都を脱出しないって事か?」
「俺はそう思っている。そもそもヴァンパイアでプライドが高い、しかもレベル75の女が人間を相手に逃げ出すとも考え難いしな」
人間よりも優れた力を持つヴァンパイアであるルー。自分が人間に後れを取るはずがない、人間の中に自分よりも強い者がいるはずがない、自分なら必ずアリシアを殺せる、彼女ならそう考えると感じていたダークはルーがまだ首都に残っていると自信があったのだ。
まだルーを捕まえるチャンスはあるとアリシアは感じ、彼女の表情に少しだけ明るさが戻った。今度こそ、リーザの仇を討つと心に誓いアリシアは拳を握る。
「ルーのレベルが75だと分かった以上、アイツを倒せるのは俺かノワールだけだ。次にアイツと戦う時は俺かノワールのどちらかが動こう」
「!」
ダークの言葉を聞き、アリシアの表情が変わる。自分の手でリーザの仇であるルーと戦い、彼女を倒したいと思っていたのにダークがルーと戦うと聞いて驚いたのだ。アリシアは真剣な顔で自分がルーと戦おうと進言しようとした。だが、アリシアの表情は突然曇り出す。さっきの広場での戦いで今の自分ではルーには勝てないという事を思い出したのだ。
例えルーと再び戦う事になっても力の差がありすぎ、絶対に勝つ事はできないという現実がアリシアのプライドに傷を付ける。自分の手でリーザの仇を討ちたい、アリシアはその気持ちを胸にルーに勝てるようになる方法が無いか考えた。やがて何かを決意したアリシアはダークに声を掛ける。
「……ダーク、頼みがある」
「何だ?」
「……ルーなのだが、私に捕まえさせてくれ」
「何?」
アリシアの口から出た言葉にダークは聞き返す。レジーナ達も一斉にアリシアの方に視線を向けた。
「……忘れたのか? 君のレベルではルーには勝てない。レベル70の君がヴァンパイアでレベル75のルーに勝つのは無理だって広場で言っただろう?」
「分かっている。だからダーク、私を強くしてほしいのだ」
「強く?」
「ああ。どんな方法でもいい、私をルーに勝てるくらい強くしてくれ」
突然自分を強くしてほしいと言い出すアリシアを見てレジーナ達はまばたきをしながら彼女を見つめる。レジーナ達が呆然とアリシアを見ている中、ダークとノワールは表情を変える事無く黙っていた。
しばらくアリシアの顔を見ていたダークは真剣な表情になりゆっくりと口を開いた。
「アリシア、一応聞いておくが、強くなりたいのはリーザ隊長の仇を討つ為か?」
「ああ」
「その為だけに君は強くなりたいのか?」
低い声で尋ねるダークを見てアリシアは一瞬口が止まる。だがすぐに口を動かして自分の考えを話した。
「勿論、仇を討つ為だけではない。これからもこの国の聖騎士として国を守り、国に尽くす為にも強くなりたいのだ」
「今のままでも君は十分強い。必要以上に強くなる必要は無いだろう? ルーの事は俺に任せて君は下がった方が――」
「ダメだ! 私がやらないとダメなんだ!」
ダークが全てを話し終わる前にアリシアは叫ぶ様に否定する。いきなり叫ぶアリシアにノワールやレジーナ達は驚いた顔で彼女を見た。ダークは真剣な顔のまま僅かに俯いているアリシアを見続けている。
「……俺も最初は君にルーを任せようと考えていた。だがアイツがヴァンパイアで君よりもレベルが上であると分かった以上は君をルーと戦わせる訳にはいかない。今の君が挑んでも無駄死にするだけだ」
「だから強くしてほしいと言っているんだ!」
「なぜそこまでリーザ隊長の仇を討つ事にこだわる?」
いくら自分の尊敬していたリーザを殺したから相手だからと言ってもアリシアのこだわり方は異常と言えた。ダークがアリシアにルーと戦う事に執着する理由を尋ねるとアリシアは俯きながら小さな声を出す。
「……私は、リーザ隊長と同じ任務に就いておきながらリーザ隊長が命を狙われていた事に気付かずにいた。そして、任務を終えて戻ったその日、私がリーザ隊長と別れた直後にあの人は殺されたんだ。同じ任務に就いた身で同じ町にいながら私はリーザ隊長が襲われていた時に何もできず、何も知らずに過ごしていた。私があの時、リーザ隊長と一緒に行動していれば彼女は死なずに済んだかもしれないのに……」
「ちょ、ちょっとアリシア姉さん。その言い方じゃ姉さんのせいでリーザさんが死んだみたいじゃない? あれは姉さんのせいじゃないわよ」
「そうだぜ? あれは仕方がなかったんだ。姉貴が自分を責める事はねぇよ」
レジーナとジェイクがリーザの死の原因が自分にあると考えるアリシアを落ち着かせようとする。マティーリアは何も言わずに腕を組みながらアリシアを見ており、ノワールも複雑そうな顔でアリシアを見ていた。レジーナとジェイクにフォローされる中、アリシアはゆっくりと顔を上げる。アリシアの瞳は自分の情けなさ、リーザを助けられなかった事への悔しさから僅かに潤んでいた。
「例え私のせいじゃなかったとしても、私がリーザ隊長が襲われている時に何もできなかったのは事実だ……だから私の手でルーを倒し、リーザ隊長の仇を討ちたい! それが私のリーザ隊長に対するせめてもの落とし前なんだ」
リーザの近くにいながら彼女を助ける事ができなかった。その事がアリシアに深い罪悪感を与え、彼女は何もできなかった自分が今できる事をして償いをしたいという意志をダークに伝える。そんなアリシアの答えをダークやノワール達は黙って聞いていた。
一人の騎士として、一人の友人として死んだリーザに何かをしてやりたいというアリシアの強い意志を聞いたダークは目を閉じて黙り込む。しばらくしてダークはゆっくりと目を開けた。
「……分かった。強くしてやるよ」
「マスター!?」
アリシアの頼みを聞く事にしたダークにノワールは驚きダークの方を向く。レジーナ達もダークが意外な答えを出した事に驚いたのか目を見開いてダークを見ている。
「マスター、いいんですか? 今のアリシアさんはレベル70、これ以上レベルを上げると色々面倒なことになるのでは?」
「分かってる。だけど、アリシアがここまで言うんだから頼みを聞いてやらない訳にもいかないだろう」
「ですが……」
いまいち納得できない様子のノワールを見たダークはアリシアを真剣な表情のまま見つめる。
「アリシア、一応訊いておくぞ? 今以上にレベルを上げると君は強くなる。だが同時に色んな面倒事に巻き込まれる可能性も今以上に高くなる。それでも後悔しないか?」
「ああ。この先どんな運命が待っていようと私は逃げたりしない……そして、大切な物を全て守り抜いて見せる」
ダークの問いにアリシアは迷う様子も見せずに頷いた。
人間が到達できるレベルは60が限界だと言われている。レベル70の人間が存在するなど常識では考えられない。もしこの事が騎士団や王国にバレればアリシアは政治や戦いなどで色々と利用されるだろう。そうなったら今までの様な平和で穏やかな生活を送る事ができなくなるかもしれない。それを避ける為にレベルが高い事を隠して今日まで生きて来た。だが今よりも更にレベルを上げれば政治などに利用されるだけじゃ済まなくなるだろう。下手をすれば異常なレベルの高さから化け物扱いされ、国を追い出されたり、最悪の場合は命を狙われる可能性だってある。
ダークはLMFのアイテムなどがある為、仮にレベル100である事がバレても最悪の事態は逃れられる。だがアリシアにはそのようなアイテムは無い。もしレベルの事がバレれば彼女だけでなく、彼女の家族もただでは済まなくなるかもしれない。ダークはその事を心配しアリシアに確認したのだ。しかし、アリシアは逃げないと言った。
アリシアもレベルを上げればどんな運命が待っているのかぐらいは想像できた。それでも彼女はリーザの仇を討つ為にレベルを上げる道を選んだ。そして、レベルを上げた後にどんな辛い事が起きようと逃げ出さずに大切な物や家族を守ると誓った。
「……ここまでの覚悟を見せられたらもうダメとは言えないだろう、ノワール?」
ダークは小さく笑いながら納得していないノワールを見る。ノワールもアリシアの覚悟を見せつけられたらもう反対はできないと感じ、小さく息を吐く。
納得したノワールを見たダークは席を立ち、机の上に置いてあった兜を被る。ダークはアリシアの前まで移動し、リビングの出入口である扉を親指で指した。
「ついて来い。早速レベル上げを始めるぞ」
「え、今からか?」
「当然だ。ノワール、私とアリシアは三四時間ほど地下にいる。その間お前はレジーナ達とルーを見つけだす方法を考えておけ。それが終わったらルーの情報を集めてくれ」
「ハイ」
兜を被り、暗黒騎士としての口調と性格に変わったダークは低い声でノワールに指示を出す。ノワールは返事をしながら頷き、それを確認したダークはアリシアを連れてリビングを後にした。残ったノワール達はしばらく扉を見つめていたが、しばらくするとレジーナが席を立ち、周りにいるノワール達に声を掛ける。
「ねぇねぇ、ダーク兄さん、アリシア姉さんを連れて行っちゃったけど、どうするつもりかしら? 地下に行くとか言ってたけど……」
「さあな、妾には分からん」
「俺もだ。そもそもこの屋敷に地下がある事すら知らなかったぜ。ノワール、地下に何があるんだ?」
ジェイクがノワールに地下について尋ねる。ノワールはレジーナ達の方を向き、机の上に座りながら説明を始めた。
「地下にはマスターが作った特別な部屋があるんです」
「特別な部屋?」
「訓練場ですよ。しかもどんなに暴れても壊れない丈夫な素材でできていますからレベル100のマスターでも本気で訓練ができます」
「まさか兄貴、その訓練場で姉貴の相手をするつもりなのか?」
「いいえ。恐らくは……」
ノワールは真面目な顔で扉の方を向き黙り込む。ジェイクやレジーナ、マティーリアは不思議そうな顔でノワールを見ていた。
リビングを出たダークはアリシアを連れて廊下を歩き、屋敷の一番端までやって来た。そこには一つの扉がある。ダークがその扉を開けると地下へと繋がる階段があり、ダークはゆっくりと階段を下りていく。アリシアも戸惑いながら階段を下りてダークの後に続いた。階段は人が縦一列に並ばなければ下りられないくらいの幅でダークとアリシアも一列に並んで階段を下りる。更に階段は壁に松明が付いているだけで薄暗く僅かに不気味さも感じられた。
「……ダーク、一体この先に何があるんだ?」
「私が作った特別な訓練場だ。君にはそこでレベル上げをしてもらう」
「レベル上げをするのは分かるが、なぜ地下で?」
「色々理由があるのだ」
アリシアの問いに適当に答えながらダークは階段を下りて行き、アリシアも不思議に思いながらダークの後をついて行った。
階段を下り切ると二人は一枚の鉄製の扉の前に来た。重い扉を開けてダークとアリシアは中に入る。そこは学校の体育館ほどの広さの部屋で床と壁は石レンガでできており、部屋の高さは5、6mほどはあった。壁にはいくつかの松明が付けられており、此処に来るまでに通った階段と比べるとまだ明るい部屋だ。
屋敷の地下にこんな部屋があった事を知ってアリシアは驚き部屋中を見回す。するとダークは一人で部屋の奥へと入って行き、先に行くダークを見てアリシアは慌てて後を追う。部屋の一番奥へやって来るとダークは足を止め、アリシアもダークの斜め後ろで立ち止まる。ダークとアリシアの前には何やら祭壇の様な台が置かれており、その上には魔法陣が描かれ、近くには蝋燭や光る液体が入った小瓶が置かれてあった。
「ダーク、この祭壇の様な物は一体何なのだ?」
「それを説明する前に、これを指にはめてくれ」
そう言いながらダークは振り返りアリシアの前に手を出した。ダークの手の中には二つの銀色の指輪があり、それぞれに赤、青の四角い小さな宝石が付いている。アリシアは不思議そうな顔をしながら受け取った。
アリシアの手の中にある指輪は二つとも色が同じで宝石が無ければ見間違えてしまうくらいよく似ていた。アリシアは手の中にある指輪の内、赤い宝石の付いた指輪を指で摘まみ難しそうな顔で見つめる。
「何なんだ、この二つの指輪は?」
「それはレベル上げをする際に役に立つ指輪だ。赤い宝石が付いているのは強欲者の指輪と言い、君が敵を倒した際に得られる経験値を倍にしてくれる。ただし、その指輪をはめている間、君の身体能力は大きく低下してしまう」
「経験値を多く得る代わりに弱くなる指輪、という事か……」
「そういう事だ……青い宝石の付いた指輪は学士の指輪と言って装備している間、魔法を覚えるのが早くなる。君はサブ職業でハイ・クレリックの力を得ている。その指輪を付けてレベルを上げれば早くハイ・クレリックの魔法を習得でいるはずだ」
「そ、そうなのか」
常識では考えられない効力を持つ指輪を見てアリシアはLMFのアイテムはとんでもない物ばかりだと改めて驚く。
「次にこの祭壇の様な台だが、これは訓練用のモンスターを召喚する為のアイテムだ」
「モ、モンスターを召喚する!?」
ダークの口から出たとんでもない言葉にアリシアは驚きを隠せずに声を上げる。首都のど真ん中でモンスターを召喚するなどと言われれば驚くのは当然だった。
「落ちつけ、大丈夫だ。召喚されたモンスターはこの地下の訓練場からは逃げ出せないようになっている。そもそも町に被害を出さないようにする為に地下に訓練場を作ったんだからな」
「そ、そうか……」
町にモンスターが逃げ出さないというダークの言葉を聞きアリシアはホッとした。因みにこの世界ではモンスターを召喚できるのは召喚士やそれに近い職業を持つ者だけ。それ以外にモンスターを召喚する方法は存在しない。
それからダークはモンスターを召喚する台がどんなアイテムなのかをアリシアに簡単に説明する。アリシアはLMFのアイテムの凄さに感動したのか興味津々にダークの説明を聞いていた。
指輪や台の説明が終わるとダークはレベル上げを始める為に台に近づきモンスター召喚の準備を始めた。
「さて、それじゃあ早速レベル上げを始める。アリシア、君は部屋の中心まで移動し、指輪をはめて訓練の準備をしてくれ」
指示を出したダークは召喚の作業に掛かり、アリシアも言われた通り部屋の中心まで移動しダークから受け取った二つの指輪をはめる。すると強欲者の指輪をはめた瞬間、突然全身が重くなったような感覚に襲われた。その感覚にアリシアは一瞬表情を歪めるがすぐに表情を戻し、腰に納めてあるエクスキャリバーを鞘から抜いた。
アリシアが準備を終えるのと同時にダークも召喚の準備を終えた。魔法陣の上にはモンスターの体の一部と思われる物、赤い液体の入った小瓶、そして変わったマークの書かれた紙切れが置かれてある。すると、魔法陣は黄緑色の光り出し、魔法陣の上に乗っている三つのアイテム全てが光の粒子となり魔法陣に吸い込まれる様に消えていく。光の粒子を吸い込み、魔法陣は更に強く光り出す。その直後、魔法陣から黄緑色の光が飛び出し、アリシアの数m先の床に落ちた。
突然の光にアリシアは驚き思わずエクスキャリバーを構える。黄緑色の光は徐々に形を変え行き、やがて光の輝きが弱まり、完全に光が消えるとそこには一匹のモンスターの姿があった。宝箱の蓋が開き、中から大きな舌が出ている。まるで宝箱の蓋が口になっているようだ。更に宝箱の左右には鋭い爪をした黒い手が付いている。その宝箱の姿をしたモンスターは口と思われる蓋を動かしながら高い声で笑い出す。
アリシアは今まで見た事の無いモンスターを目にし、目を見開きながら驚いた。
「ダ、ダーク、何だこのモンスターは!?」
「ソイツはミミック。宝箱に化けて近づいて来た人間に襲い掛かる性格の悪いモンスターだ。その代わり倒した時に得られる金や経験値は多く、運が良ければレアなアイテムもドロップする」
「た、宝箱に化けるモンスター……」
「因みにそのミミックはレベル65に設定して召喚した。今の君なら何とかギリギリで倒せるレベルだ」
「ギ、ギリギリって……」
「短時間でルーに勝つレベルまで上がるんだ。これぐらいの事は覚悟していたのだろう?」
「う……」
ダークの言葉に何も言い返せずに黙り込むアリシア。確かに自分でルーに勝てるようレベルを上げてほしいとダークに頼んだ。ダークの言う通り、短時間でレベルを上げる以上は多少危険な状況になっても仕方がない。
アリシアが難しい顔をして考え込んでいるとミミックは両手で床を叩き、その勢いで飛び上がりアリシアに襲い掛かった。迫って来るミミックに気付いたアリシアは考えるのをやめ、目の前のミミックを倒す事に集中する。ダークはミミックを睨むアリシアを壁にもたれながら黙って見守った。
――――――
その頃、首都の正門前にある広場の片隅では倉庫らしき建物の陰に隠れているルーとキルティア達の姿があった。キルティア達はルーに言われて首都脱出の準備を終えてこの広場で待機していた。そしてルーが戻って来たのを見てアリシアの暗殺に成功したのだと考えたキルティア達は早速脱出しようとする。しかし、合流したルーの第一声は脱出するではなく、広場の隅に移動するぞ、だった。
広場の隅の目立たない移動したキルティア達は意外そうな表情を浮かべながらルーを見つめている。ルーも自分を見ているキルティア達は真面目な顔で見ていた。
「ルー、一体どうしたんだ、こんな広場の隅に移動して? 早くこの町を脱出するぞ」
キルティアが騎士団に自分達の正体がバレる事を恐れ、急いで首都を脱出するようルーに進言する。周りにいるジュリー達も同じ気持ちなのか何も言わずに黙ってルーを見つめていた。
「……残念だけど、まだ脱出はしないわ」
「何? どういう事だ?」
「……あのアリシアという女騎士の暗殺に失敗したわ」
「何っ!?」
「本当ですの、お姉様?」
驚くキルティアに続き、ジュリーも驚いた表情で尋ねる。ジムスとガントも同じように驚いていた。レベル75のルーが暗殺に失敗するなど四人も予想していなかったのだろう。ルー自身もまさか自分が失敗するとは思っていなかったのか少し不機嫌そうな顔をしている。
「あの女騎士をもう少しというところまで追い詰めたんだけど、女騎士と仲間と思われる連中が邪魔して来てね。撤退せざるを得なかったわ」
「撤退って、団長ほどの実力者がそこらの敵に後れを取るとは思えませんが……」
「私も最初は大した事無いと思っていたわ。だけど、その仲間の一人である黒騎士が少し厄介そうだったの。何しろソイツ、私のレベルや正体がヴァンパイアだって事を見抜いたのよ」
「えっ? 本当ですの?」
ルーの正体を見破った者がこの町にいると知り、ジュリーを始め、他の三人も驚きの表情を浮かべる。この世界でレベルや種族などを確認できる方法は本人に訊く以外はその人物が持っているスフィアを確認するしかない。だがそれ以外の方法でダークはルーの正体と強さを知った。驚かない方がおかしいと言える。
標的に未知の力を持つと思われる者が付いていると知り、キルティア達の表情に鋭さが増す。そんな未知の力を持つ者が味方に付いていると分かった以上、これ以上アリシアに関わるのは危険だと感じていたのだ。
「……ルー、その女騎士を狙うのはやめておいた方がいいんじゃないか?」
「何ですって?」
ガントの進言を聞き、ルーはガントを睨みながら訊き返した。
「俺達の目的は俺達の情報を持ち帰ったリーザ、そしてアリシアという女騎士を殺す事だ。だが、殺す前にルーの正体がバレてしまった以上、騎士団のお偉いさんにも俺達がどんな組織であるかという事がバレるのは時間の問題だ。これ以上この町に留まればいつかは捕まってしまう。だったら騎士団に俺達の情報が行き渡る前に町を抜け出した方がいい」
「おいおい、逃げるって言ってもよぉ、その後はどうするんだ? 例え無事に首都を逃げ出せたとしても俺達は騎士団に追われる事になるんだぞ。それに騎士団から逃げ延びたとしても雇い主の国には戻れない。奴等もこの国から俺達との関係を追求された時に繋がりを隠す為に俺達を追って殺そうとして来るだろうしな」
「この国にも、雇い主の国にもいられないって事か……」
「一気に仕事の量が減りますし、安心して暮らせなくなりますわね」
ルー以外の四人が首都から逃げた後の事を考えて複雑そうな顔を見せている。二つの国から追われて生活するなど普通なら耐えられない事だ。だが、彼等もそうなる事を分かっていて今回の行動を取った。文句を言う事はできない。
「……まだよ」
「え?」
「言ったでしょう? まだ脱出はしないって……あの女は確実に殺すわ」
「しかしお姉様……」
危険な状況なのに町に残ると言い出すルーにジュリーは不安そうな表情を浮かべる。キルティア達もルーの考えが分からずに驚きながら彼女を見ていた。
「アイツ等は私のレベルとヴァンパイアである事、そして名前を知っただけで、私が鮮血蝙蝠団の一員である事、そしてアンタ達という仲間がいる事を知らないわ。奴等はまだ私達がどこの組織の者かまでは気付いていない。あの女騎士どもが私達の正体を知って騎士団に報告する前に始末してしまえば問題無いわ」
「確かにルーの名前だけと正体を知っても私達が鮮血蝙蝠団の一員である事までは分からない。組織名が知られる前に奴等を殺せば私達が追われる事も無いな」
ルーの説明を聞いたキルティアはまだ自分達が助かる可能性があると知り表情に余裕を見せる。ジュリー達も安心したのか少しホッとしていた。
余裕の態度を見せるルー達であったが、彼女達はダーク達が既に自分達が鮮血蝙蝠団のメンバーであるという情報まで掴んでいる事に気付いていない。自分達が助かる可能性があるとルー達は安心し切っている。その大丈夫だという思い込みが自分達を追い込んでいるという事も知らずに。
「それじゃあ、俺達はこのまま町に残り、暗殺を続行するって事だな?」
「ええ。ただし、標的は変更するわ。殺すのはあの女騎士だけじゃない。あの女騎士と一緒にいた黒騎士どもも皆殺しにするわ。あの女騎士を殺してもアイツ等が私達の組織の事を調べて騎士団に報告する可能性があるからね」
「了解した。それで、いつ実行する? できるだけ早くソイツ等を片付けた方がいいと思うが……」
ガントが何時暗殺を実行するか尋ねるとルーは四人を見ながら尖った歯を見せた。
「……今夜よ。奴等を誘い出して一気に始末してやるわ」
今夜アリシア達を暗殺する、そう言うルーを真剣な目で見つめながらキルティア達は頷く。騎士団に自分達の事を知られる前にアリシア達を始末しないといけないという僅かな焦りもあったのか早くアリシア達を消す必要があった為、今夜実行する事を決めたのだ。
ルーは簡単に暗殺作戦を説明するとキルティア達にダーク達を見つけて彼等を誘い出すよう指示を出す。指示を受けたキルティア達はバラバラに分かれてダーク達を探しに走った。ルーも今度こそアリシアを殺してやるという強い殺意を胸に広場を後にする。