第六話 首都アルメニスと王国騎士団
迎えに来た第三中隊の隊長、リーザの部隊と共にセルメティア王国の首都、アルメニスへと向かうダーク。荷車に乗りながら黙って首都への到着を待っている。
既に荒地を出発してから一時間が経過し、あと少しで首都に到着する所まで来ていた。今まではアリシアたちが歩いて首都に向かうダークに合わせてゆっくりと進んでいたため、首都に辿り着くのには時間が掛かると言われていたが、ダークが荷車に乗ったことで馬も走ることができ、首都に到着するまでの時間がかなり短くなったのだ。
先頭を走るリーザの馬とその後ろを走るアリシアの馬。二人は自分たちについてきている兵士たちを気にしながら首都へ向かう。その間、リーザはダークのことを考えていた。
(……あのダークという男、身に付けている全身甲冑からしてこの国の黒騎士ではない。甲冑は相当優れた物みたいだし、背負っている大剣もかなりの業物と見える……となると、デガンテス帝国かエルギス教国に仕えていた騎士かもしれないな。だが、彼が帝国や教国の人間だという証拠はない。彼はいったい……)
馬を走らせながらダークの正体について考えるリーザ。アリシアは後ろから難しい顔をしているリーザを黙って見ている。
アリシアとリーザの後ろをついてくるリーザの部隊の兵士たちも馬を走らせながらチラチラと一番後ろの荷車に乗っているダークを不審に思うような目で見ていた。国に忠義を尽くさない黒騎士の恰好をしている男がグランドドラゴンを一人で撃退したなど、信じられないのだろう。ダークは兵士たちに見られていることに気付いているが、視線など気にもせずに前だけを見ていた。
それからしばらく馬を走らせていると、遠くに城壁に囲まれた大きな町が見えてきた。町を確認したリーザは前を向いたまま後ろにいる兵士たちに声を掛ける。
「皆ぁ! アルメニスが見えてきたぞ。もう少しで町に着くが、最後まで気を抜くなぁ!?」
ようやく首都が見えてきたことを聞き、兵士たちの表情に小さな笑みが浮かぶ。アリシアや彼女の部隊の生き残りの兵士たちも安心して笑顔になった。
荷車に乗っているダークもリーザの声を聞き、部隊が走る方角を見る。確かに遠くに高い城壁で囲まれた町が見え、それを見たダークと肩に乗っているノワールは驚く。
「あれがセルメティア王国の首都、アルメニスか……」
「まだ城壁しか見えませんが、首都と言うからにはかなり大きな町なんでしょうね」
「ああ、あの町がこの世界での俺たちの拠点となるんだ。できるだけ問題を起こさないようにしないとな……」
ダークは拠点となる首都で悪い評判を立てないようにしようと考えながら城壁を見つめ続ける。そんなダークを乗せながら荷車はリーザたちと共に首都の方へと走っていくのだった。
十数分後、ダーク達は無事に首都に入るための正門前までやってきた。リーザの部隊は正門前で一度止まり、正門の見張り台の上から周囲を見張っている兵士に手を振って正門を開かせる。
正門は低い音を立てながらゆっくりと開き、正門が完全に開くとリーザの部隊は町へと入っていく。ダークは荷車に乗りながら正門の上にいる兵士の数や配置をチェックし、首都の防衛力を確認した。
町に入ると、部隊は正門前の広場で止まり、一斉に馬から降り、ダークも荷車から飛び下りた。リーザとアリシアも馬から降りて兵士たちの方を向く。
「お前たちはこのまま遺体を安置所まで運べ。私とアリシアは詰め所へ行き、今回の件を報告してくる」
リーザが指示を出すと兵士たちは遺体を乗せた荷車を遺体の安置所へと運んでいった。それを見送ったリーザは離れた所にいるダークの下へ歩いていく。
「ダーク殿、貴方にはこれから私たちと共に騎士団の詰め所まで来ていただく。上司に話してほしいことが色々あるのだ」
「分かりました。ご一緒しましょう」
「感謝する。では、こちらへ……」
ダークはリーザとアリシアに案内されて騎士団の詰め所へ向かう。
アルメニスの街道を二人に連れられ、歩きながら周囲を見回すダーク。詰め所へ向かう途中でダークは町の住民や兵士たち、冒険者のような者たちにチラチラと見られた。アルメニスの町では黒騎士は珍しいのか殆どの者がダークに注目している。しかし、ダークはそんな視線を気にすること無くアリシアとリーザの後をついていった。
しばらくして、三人は騎士団の詰め所らしき建物に辿り着いた。詰め所に着くとリーザは上司へ報告するために受付嬢らしき女に話を付ける。受付嬢との話が済むと三人は階段を上って詰め所の二階へ移動し、ダークは一つの部屋の前で待たされ、アリシアとリーザは部屋へと入った。
部屋の中には五人の男の姿があり、一人は部屋の一番奥にある机の席に座っている貴族らしき三十代後半の男。その左隣には白い短髪をした六十代後半ぐらいで背の高い初老の男が立っており、銀色の鎧を身に付け、緑のマントを羽織っている。外見からして、騎士団関係の人間でかなり上の立場の騎士のようだ。
そして部屋の右側は三人の騎士の男が並んで立っていた。一人は濃い黄色の長髪の四十代半ばくらいの小太りの男で、二人目は茶色いネープレスヘアーをした二十代後半ぐらいの男。最後は濃い青のソフトモヒカンのような髪型をした三十代後半ぐらいの男だった。そして三人ともリーザと同じ白い鎧を着て白いマントを羽織っている。
アリシアとリーザが入室すると、貴族風の男は席に座ったまま二人を見つめた。
「来ましたね。リーザさん、アリシアさん」
「お待たせしました、マーディング卿」
リーザは一歩前に出て貴族風の男をマーディングと呼び頭を下げた。
貴族風の男の名はマーディング・ダムダン。セルメティア王国の伯爵で騎士団や首都の防衛管理を任されている貴族だ。他にも騎士団の編成なども任されており、王族や騎士たちから信頼されていた。
マーディングはリーザを見てから周りにいる騎士たちの方を向いて話を進めていいか、と目で確認する。騎士たちは黙って頷き、それを見たマーディングはリーザの後ろに控えているアリシアを見た。
「では、アリシアさん。早速報告をしていただけますか?」
「ハ、ハイ」
マーディングが報告を求めるとアリシアは一歩前に出てボド村で起こったこと、荒地でグランドドラゴンに襲撃されたことをマーディングたちに説明する。リーザは部屋の左側に移動して黙ってアリシアの説明を聞いた。
数分後、アリシアの説明が終わるとリーザを始め、マーディングや他の騎士たちは信じられないような顔でアリシアを見つめる。アリシアの説明の中に幾つか信じられない点があったからだ。
「……以上がボド村から荒地までで私が目にした内容です」
説明を終えたアリシアは一歩下がり、軽く頭を下げた。
アリシアの説明を聞いたマーディングは椅子にもたれながら腕を組んで難しい顔をする。アリシアの説明を聞き、一人の黒騎士が大勢の盗賊を一人で撃退し村を守った、と言うのは納得できるが、その黒騎士がグランドドラゴンを一人で倒して撃退してしまったというのは流石に信じられないようだ。
「黒騎士が一人でグランドドラゴンに手傷を負わせて撃退した……ザルバーン団長、どう思いますか?」
マーディングは隣に立っている初老の騎士をザルバーンと呼んで尋ねた。
彼の名はヴァンガント・ザルバーン。セルメティア王国騎士団の団長を務める男で普段や物静かな性格だが、一度剣を握れば鬼神の如く敵を薙ぎ払うと言われているセルメティア王国でもかなりの実力を持った騎士である。
ザルバーンは俯きながらしばらく考え込み、答えを出すとマーディングの方を向いて口を開いた。
「私も長い間、騎士団長を務め、多くの騎士や冒険者たちの情報を耳に入れました。ですが、その中でグランドドラゴンのようなモンスターを一人で倒したという話は聞いたことがありません。ですから、グランドドラゴンのような巨大で凶暴なモンスターを一人の騎士が撃退したとは思えません」
「やはり、貴方もそう思いますか……」
ザルバーンの答えを聞いたマーディングは再び難しい顔をする。やはり、この世界でグランドドラゴンのような凶暴なモンスターを一人で圧倒できる人間がいると言っても信じられないようだ。
「しかし、現に私はこの目で見ました。ダークが一人でグランドドラゴンに傷を負わせて撃退した光景を!」
マーディングとザルバーンの話を聞いていたアリシアは一歩前に出て二人に自分が見たことをもう一度話す。だが、口だけで説明しても誰も信じるはずがない。
黙って話を聞いていたリーザがアリシアに近づき、肩にそっと手を置いた。
「アリシア、団長も仰ったように一人でグランドドラゴンを倒せる人間などこの世にいるはずがない。正直、私も信じられないのだ……別のドラゴンとグランドドラゴンを見間違えたのではないのか?」
「違います! あれは間違いなくグランドドラゴンでした!」
「落ち着いてください。アリシアさん」
マーディングは興奮するアリシアを落ち着かせる。アリシアはマーディングの言葉を聞き、取り乱してしまったことに気付き、黙って頭を下げた。
アリシアが落ち着いたのを確認したマーディングは今度は三人の騎士たちの方を見る。
「皆さんはどう思いますか?」
「ウム……自分もそんな人間がいるとは思えません。この町にいる騎士や冒険者でもせいぜいジャイアンオーガやキングバジリスクなどを倒すのが限界でしょう」
黄色の髪で小太りの騎士が自分の意見を口にする。
彼はベルグス・オーギンス。セルメティア王国騎士団第二中隊の隊長を務める男で職業は重槌騎士。ハンマーやメイスなどの打撃系の武器の扱いを得意としており、戦場では常に部下を気に掛け、危険な前線には誰よりも先に向かうため、部下からの信頼も厚い男だ。
ベルグスの意見を聞いたマーディングは今度は隣に立っている茶髪の騎士を見た。
「ヴァンさん、貴方の意見はどうですか?」
「そうですね……この世界にはまだ我々の知らない知識や存在が多くいます。ですから、グランドドラゴンを倒せる者がいても不思議ではないかと考えております」
ヴァンと呼ばれた騎士はグランドドラゴンを一人で倒せる者がいても不思議ではないという意見を述べる。その意見を聞いたアリシアは少し驚いたような顔を見せた。
ヴァン・ジーグル。二刀流を扱う二刀剣士である王国騎士団第七中隊の隊長である男だ。以前は冒険者であったが、二刀流を扱う腕を騎士団に見込まれてスカウトされ、騎士になったと言われている。
他の者とは違う意見を口にするヴァンを見てマーディングやザルバーンも驚いて意外そうな顔を見せる。
「私はアリシアの言ったことを信じてもよいのではと……」
「相変わらず甘っちょろいことを言う」
ヴァンが意見を述べていると隣に立っている紺色の髪の騎士が笑いながら言った。
彼の名はジャック・グランド。第八中隊の隊長である重槍騎士を職業にしている男で槍の腕は中隊長の中でも一二を争うほど。ただ、冒険者や新参者を見下す癖があり、同じ騎士団の者たちからの評判はあまり良くない。本人はそのことに気付いていないのか、その性格を直そうとはしなかった。
「そんなあり得ない力を持つ人間がこの世にいるわけがない。その女も大袈裟に言ってるだけじゃないのか?」
ジャックはアリシアの方を見ると腕を組みながら彼女を嘲笑う。アリシアはそんなジャックをジロッと黙って睨み付ける。
アリシアの睨み付けに気付いているのか分からないが、ジャックは笑いながら自分の意見を口にし続けた。
「こうも考えられるぞ? 実はファンリードの部隊を襲ったのはグランドドラゴンではなく、小隊程度の戦力でも倒せる弱いドラゴンだった。だが、ファンリードは自分のミスで部下たちを死なせてしまい、その失敗を隠すためにグランドドラゴンが襲ってきたという嘘をついたと……」
「なっ!? 私はそんな……」
自分が失敗を隠すために嘘をついていると言うジャックにアリシアはさすがに言い返そうと前に出ようとした。
するとそこへリーザが腕を出して前に出ようとするアリシアを止める。リーザは鋭い目でジャックを睨み付けながら一歩前に出た。
「ジャック、今のはさすがに聞き捨てならない。確かに私もアリシアを襲ったドラゴンがグランドドラゴンではないと思っている。だが、アリシアは自分の失敗を隠すためにそんな嘘をつくようなことはしない。それは隊長である私が誰よりもよく知っている」
「ヘッ、どうだかな。人間っていうのは自分を助けるためなら平気で考えを変える生き物なんだぜ? 騎士であってもソイツも人間、自分のためなら平気で誇りを捨てることも――」
「それ以上言うのなら、騎士の誇りを懸けてお前に決闘を申し込むことになるぞ?」
リーザが腰の騎士剣を少しだけ抜いてジャックに警告をする。ジャックもそんなリーザを見ながら笑い、腰に納めてある短剣を握った。小さな部屋の中で睨み合う二人の中隊長、アリシアや他の者たちにも緊張が走る。
そんな緊迫した空気の中、ザルバーンがマーディングの机を強く叩き、険しい顔でリーザとジャックを睨む。
「いい加減にしろ、二人とも! 少しは自分達の立場や何処にいるのかを考えろ!」
『…………』
ザルバーンの怒鳴り声を聞き、リーザとジャックはお互いを睨み付けたまま騎士剣と短剣から手を放した。
二人が武器から手を放すのを見たザルバーンは一度溜め息をつき、呆れるような顔をする。
「……ジャック、そうやって他人の行いを悪いように言うのはやめろ。ファンリードは若くして聖騎士となった優秀な騎士だ。そのような姑息な真似はしない」
「チッ……」
「リーザ、お前もだ。騎士同士の決闘は厳禁、頭に血が上ったからと言って軽々しく決闘を申し込むなどと口にするな」
「すみません……」
注意されてつまらなそうな顔をするジャックと反省する態度を見せるリーザ。ザルバーンはそんな全く正反対の態度を取る二人を見てもう一度小さく息を吐いた。
リーザとジャックが落ち着き、話に戻れる空気になるとマーディングは一度咳をして周囲の注目を集めた。
「……とにかく、今はアリシアさんの部隊の再編成が重要です。そしてアリシアさん、理由がどうであれ、貴女は隊長として部下を死なせてしまった責任を取っていただかなくてはなりません」
「……ハイ」
マーディングの言葉にアリシアは小さく俯いて返事をする。本来なら、グランドドラゴンのような倒すことのできないモンスターと遭遇し、部下をそのモンスターに殺されてしまったのであればアリシアに大きな責任は無いのだが、それでは他の隊長や兵士たちに示しがつかないと判断したマーディングは心を鬼にしてアリシアに処分を下すことにしたのだ。
「そして、その処分なのですが……それは後程お話ししましょう」
「え?」
アリシアはマーディングの口から出た言葉に思わず声を出した。マーディングはアリシアの間の抜けたような声を気にせずに話を進める。
「次にアリシアさんが出会った黒騎士のダークさんからお話を伺いたいので、彼を呼んでいただけますか?」
「あ、ハイ」
アリシアはダークを呼ぶために部屋を出る。
廊下に出るとダークは壁にもたれながら腕を組んで俯いている。アリシアが部屋から出てきたことに気付き、ゆっくりと顔を上げてアリシアの顔を見た。
「ダーク、マーディング卿が貴方と話がしたいと言っている。中に入ってくれ」
「やっとか……」
呼ばれることが分かっていたのか、ダークは待ちくたびれたような声を出して部屋に入っていく。
扉を潜って部屋に入るとマーディングやリーザたちが入ってきた黒騎士を見つめて少し驚いたような表情を浮かべる。長身で一級品と思われる漆黒の全身甲冑を身に付けたダークに少し迫力を感じたのだろう。
ダークが部屋の真ん中に来て立ち止まると、マーディングは席を立ち軽く頭を下げて挨拶をした。
「はじめまして、ダークさん。私はセルメティア王国の防衛管理官を務めるマーディングと申します」
「私は暗黒騎士ダークです。よろしくお願いします」
挨拶をするマーディングを見てダークも彼と同じように軽く頭を下げて挨拶をした。挨拶が済むとマーディングはダークの前まで移動し、長身のダークを見上げる。
「まずはボド村とアリシアさんの部隊を助けてくださったことでお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
「いえ、お気になさらず。私が助けたくて助けたのですから」
「ほぉ? 黒騎士をされている方にしては珍しいですね」
「ん? どういう意味ですか?」
「黒騎士の殆どは国への忠誠心を失い、己のためだけに剣を振る者ばかりなのです。そのため、皆が謝礼ほしさで人助けをするといった、見返りがなければ動かない者ばかりなのですよ。貴方のように見返りを要求すること無く、自分から進んで人助けをする黒騎士は滅多にいないのです」
「なるほど、そういうことですか……」
「あっ、失礼。同じ黒騎士であるダーク殿を不愉快にさせてしまうような話をしてしまい……」
「いえ、お気になさらずに。黒騎士がそういう存在であることはアリシアから聞いていますし、私もそんなことは気にしません」
「そう言っていただけると助かります」
ダークの機嫌を損ねてしまったのではないかと不安になっていたマーディングだったが、ダークの一言で不安が無くなりホッとする。
礼を言い終わると、マーディングは早速本題に入ることにした。彼にとってはダークが何者なのか、なぜこの町に来たのかを確かめるのが一番重要なことなのだ。
「……では、ダーク殿。貴方に幾つか質問したいのですが、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。ではまず……貴方はボド村の近くの森でずっと修業をしていたとアリシアさんから聞きましたが、いったいどこの国の出身なのですか?」
「祖国、ですか?」
「ハイ」
マーディングの質問にダークは黙ったままジッとマーディングを見つめる。今、自分がどう答えるかで彼らのダークに対する見方が変わってくるからだ。返答次第では自分はこの町で住民や騎士団と友好的な関係を持って暮らせるが、もし返答を間違えれば周りから警戒されながら暮らさなくてはならない。この世界での拠点とする以上、自分にとって都合の悪い状態にはしたくなかった。
「……申し訳ありませんが、それは言えません」
「……なぜです?」
「理由は色々あります。一つは私自身の個人的な理由です。誰にだって人に言えないことぐらいはあるでしょう?」
「フム、確かに……」
「もう一つは、私のことを知ってしまえば、きっと後悔することになるからです。下手をすれば今までのような生活ができなるかもしれません」
低い声で答えるダークにマーディングは真面目な顔でダークを見つめる。ザルバーンたちもダークの言葉を聞き、目つきが若干鋭くなった。
部屋が緊迫した空気に包まれていく中、アリシアは黙ってダークや周りの騎士たちの様子を窺っている。これから何かとんでもないことが起きるのではないかと嫌な予感がしていたのだ。
すると、黙ってダークを見つめていたマーディングがゆっくりと俯いた。
「……そうですか。貴方にも事情があるのでしたら、仕方がありませんね」
「え?」
(へぇ? 意外だな、もっとしつこく聞いてくると思ったんだけど……)
マーディングがアッサリと引き下がったことにアリシアとダーク、他の騎士たちが驚きの反応を見せる。マーディングはダークの正体を知りたがっていたはずなのに深く追及することもせずに話を終わらせてしまったからだ。
話が済むとマーディングは静かに自分の席は戻りゆっくりと腰を下ろす。そしてもう一度ダークをまじめな顔で見つめる。
「では、ダーク殿。次に貴方はこの町にどのような理由で来られたのですか?」
「修業を終えたので、人里で暮らそうと思い、アリシアに頼んでこの町に連れてきてもらったのです。騎士団に入って働こうと思いましたが、黒騎士は騎士団に入団できないと聞きましたので冒険者として働こうかと……」
「確かに黒騎士が騎士団に入団することは認められません。ですから、この場合は騎士団に入ることは諦めて冒険者になってください、としか言えません。申し訳ありませんが……」
「構いません。騎士団よりも冒険者の方が自由に動けますから、私にはそっちの方が都合がいいと思ってます」
最初は騎士団に入ることを考えていたダークだが、自由に仕事を受けたりすることのできる冒険者になることができるとアリシアから聞き、その方が自分には合ってると考えて冒険者になることを決めた。この世界のことを何も知らないダークが情報を得るのにもってこいの職業と言える。
「そうですか……分かりました。ありがとうございます」
質問が終わるとマーディングは再び席を立ち、背後にある窓から外を眺める。ダークとその後ろにいるアリシアはそんなマーディングの背中を黙って見つめていた。
「では、今回はこれでお引き取りしてくださって結構です。ただ、またお話を伺うためにこちらの詰め所にお呼びすることになるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「分かりました。ただ、私にも都合がありますので、詰め所に行けない時は……」
「ええ、その時はまた日を改めてお呼びいたします」
「ありがとうございます」
「……ところでダーク殿、今日の宿泊先に当てはあるのですか?」
マーディングがダークが泊まる宿について尋ねるとダークは軽く首を横に振る。
「いいえ。ですが、これから冒険者の登録をするつもりなので、その後に探そうかと思っています」
「そうですか……そうだ。アリシアさん、先程話した処分についてですが……」
「え?」
なぜいきなり処分のことを話しだしたのか、アリシアは不思議そうな表情を見せる。周りのザルバーンたちも同じような顔でマーディングを見ていた。
理由も分からずにアリシアが頭を悩ませていると、マーディングはアリシアを見て口を動かした。
「アリシアさん、貴女を今日より一週間、隊長の任を解きます。そして一週間のあいだ、貴女にはダークさんのお世話と町の案内などをしてもらいます」
「え? 私がですか?」
「ハイ、よろしいですね?」
笑いながら話すマーディングに呆然とするアリシア。ダークはそんなマーディングを黙って見つめていた。
「……わ、分かりました」
「では、お願いします」
突然の命令にしばらく頭の中がこんがらかるアリシアだったが、すぐに我に返り返事をする。ダークの協力者となった彼女やダークにとっては都合の良いことだった。
話が終わると、ダークは一足先に部屋を出る。アリシアもダークを案内するために部屋を出ようとした。すると、ダークが部屋を出た直後、突然マーディングがアリシアを呼び止める。
「アリシアさん」
「ハイ?」
「……今日より一週間、貴女にダーク殿のお世話を任せると言いました。貴方には彼のお世話とその日のダーク殿の行動を監視してもらいたいのです」
「か、監視!? ダークを見張れということですか?」
「そうです。彼が何者か分からない以上、私たちには彼の情報が少しでも必要なのです」
「ですが、彼は私やボド村の村人たちを救った恩人ですよ? そんな彼を監視するなんて……」
「分かっています。ですが、私にはこの国を危険から守る義務があるのです。もし彼がこの国にとって危険な存在だったらどうします?」
「…………」
「私もボド村や我が国の兵士たちを守った人を監視するのは心が痛みます。ですが、危険だという可能性が少しでもあるうちはどんな存在でも警戒しなくてはならないのです。分かりますね?」
「……ハイ」
俯きながら低い返事をし、アリシアは部屋を後にする。残ったマーディングたちは静かに閉じる扉を黙って見つめていた。
部屋を出て廊下に出ると、扉の隣でダークが腕を組みながら壁にもたれていた。ダークはアリシアの方を見るともたれるのをやめて彼女の顔を見つめる。
「……俺を監視しろって言われたか?」
「! ……聞こえてたのか?」
「ああ。普通の人間には聞こえないくらい小さな声で話してたかもしれないが、俺には丸聞こえだ。サブ職業のハイ・レンジャーの技術で聴覚が鋭くなってるからな」
「……なんでもお見通しか」
「それにしても、正体を教えなかったから監視につけるとは。本当は俺の正体を知りたかったってことか」
「それで、これからどうするんだ?」
「どうするも何も、普通に生活するだけだ……そういう君こそどうするんだ?」
ダークがアリシアにマーディングが出して密命について尋ねると、アリシアは苦笑いを浮かべながら横を向いた。
「……私は貴方の協力者なのだろう? だったら貴方の都合のいいように情報を伝えるだけだ」
「フッ、とても聖騎士の言う台詞とは思えないな?」
「フフフ、そうだな。自分でもおかしいと思うくらいだ……」
ダークとアリシアは笑いながら廊下を歩いていく。暗黒騎士のダークと聖騎士のアリシア、対となる二人が並んで歩き、手を組む光景など普通なら考えられないこと。しかし、二人にとってそれはもはや普通になっていたのだ。
騎士団の詰め所を出ると二人は街道を歩き、冒険者ギルドへと向かう。そんな二人の姿をマーディングとザルバーンは二階の窓から覗いていた。