第六十八話 奪われた幸せ
静かで爽やかな朝、太陽の日が貴族達が住む住宅街の中にあるアリシアの屋敷を照らす。屋敷の中のあるアリシアの自室ではアリシアがベッドの上で騎士の服を着たまま仰向けになって眠っており、額当てや鎧、エクスキャリバーにマントは床に散らばっていた。
カーテンの隙間から日の光が部屋の中に入り、眠っているアリシアの顔を照らす。その光でアリシアは目を覚まし、体を起こして部屋の中を見回した。
「……此処は、私の部屋?」
自分の部屋にいる事を知ったアリシアは床に落ちている鎧やエクスキャリバーなどを見て、今の自分の姿を確認する。すると、どうしてこんな状態なのかを思い出したアリシアが額に手を当てて溜め息をついた。
「そうか、昨夜ダークの屋敷で夕食をご馳走になって屋敷に戻った後、そのままベッドに入って眠ってしまったんだな……ハァ、情けない。お父様が生きていたら呆れ果てていただろうな」
一部隊の隊長を務める身でありながらみっともない行動を取ってしまったことにアリシアは再び溜め息をつく。しかも昨夜は帰りが遅かったため、母であるミリナは既に就寝しており、彼女に任務から戻ったことを知らせることができなかった。一応、屋敷に戻った時に起きていた使用人に自分が任務から戻ったとミリナに知らせておいてほしいとは言っておいたが、やはり自分の口から言わないとダメだったと反省する。
起き上がってしばらくベッドの上に座りながら頭を掻くアリシア。聖騎士であり、ファンリード家の次期当主となる者としてはだらしない姿と言える。眠気が覚めるとアリシアはゆっくりと立ち上がり、化粧台の前まで移動して鏡に映る自分の姿を見た。髪はボサボサで寝ぐせも酷く、二十二歳の娘とは思えない姿だ。
「……なんてみっともない姿だ。これではお母様にお会いすることはできないな。まずは身なりを整え、それからちゃんとお母様にお会いしよう」
アリシアは化粧台の前に座り、近くにあるヘアブラシで髪を整え始めた。髪を直すと洗面台の前に移動して顔を洗い、床に散らばっている物をあるべき場所へ戻す。全てが終わると部屋の中と自分の姿をもう一度確認し、静かに外へ出た。
廊下の真ん中を静かに歩きながらアリシアはミリナに会うためにリビングへと向かう。この時間、ミリナはいつもリビングで読書をするのが習慣となっているのでアリシアは食堂やミリナの私室などには立ち寄らず、真っ直ぐリビングのある方へ向かう。
アリシアが廊下を歩いていると途中で使用人たちとすれ違い、使用人たちがアリシアに挨拶をするとアリシアも軽く挨拶をする。中には昨夜アリシアが帰って来たことを知らない者もおり、アリシアとすれ違い驚きの表情を浮かべる者もいた。アリシアはそんな者たちには苦笑いを浮かべながら挨拶をする。
しばらくしてアリシアは目的地であるリビングの前にやって来た。ドアの前で立ち止まり、アリシアは恰好や髪が乱れていないか再確認をする。そして、廊下の隅にある置き時計をチラッと見て時間を確認した。既に午前十時を刻んでおり、この時間は騎士団の詰め所へ行き、騎士としての務めを果たしている頃だ。普段なら遅刻をしたと大騒ぎをしているのだが、幸い今日のアリシアは午後から仕事があるので、この時間に屋敷にいても問題はない。そのため、起床した時アリシアは寝過ごしていないと心の中でホッとしていた。
だが、ミリナに任務から戻ったことを知らせずに寝てしまい、普段なら起きていないといけない時間に眠っていたのは事実だ。ちゃんとミリナに会ったら朝の挨拶をし、報告しなかったこと、寝過ごしたことを謝らないといけない。アリシアは一度深呼吸をして扉を軽くノックした。
「ハイ?」
ドアの向こうからミリナの声が聞こえ、アリシアは怒られることを覚悟して返事をする。
「お母様、おはようございます。アリシアです」
「……アリシア? 目が覚めたの?」
部屋の中からミリアの返事が聞こえる。驚いていないところから、使用人がちゃんと自分が戻ったことを知らせてくれたのだと知ってアリシアは少しだけ気持ちが楽になったような気がした。
「ハイ……失礼します」
アリシアはゆっくりとドアノブを回して扉を開け、リビングに静かに入った。そして部屋に入るとミリナに向かって頭を下げる。
「すみません。昨日は帰りが遅くなり、既にお母様がお休みになられていると思い、戻ったことを知らせずにそのまま眠りに……」
任務から戻ったことを知らせなかった理由をアリシアは頭を下げながら説明する。アリシアはミリナがどんな顔をして自分を見ているのか気になり、ゆっくりと顔を上げてミリナの方を向く。すると、アリシアの視界には椅子に座っているミリナの他にテーブルを挟んで向かいの椅子に座っている一人の女騎士の姿があった。
女騎士の姿を見たアリシアは説明するのをやめて意外そうな表情を見せる。なぜこんな時間に騎士が自分の屋敷にいるのだろうと不思議に思っていた。だがそれ以前にミリナと女騎士はどこか暗い顔でアリシアの方を向いている。
アリシアがリビングに入るのを見た女騎士は立ち上がり軽く頭を下げた。
「アリシア隊長……」
「お前は、確かリーザ隊長の部隊の者だったか?」
「ハイ……」
「一体どうしたんだ?」
アリシアは女騎士に自分の屋敷にいる理由を尋ねようとする。するとミリナが暗い声を出してアリシアに話しかけて来た。
「彼女は大切なことを知らせるためにわざわざ来てくださったの」
「大切なこと?」
「ええ、私もさっき聞いたばかりなのだけど……」
ミリナは女騎士から話を聞いたと言った途端に口を閉ざして黙り込む。アリシアはミリナが暗い顔をするのを見ると不思議そうな顔でまばたきをする。アリシアは詳しい内容を聞くために女騎士の方を向く。
「何かあったのか?」
「ハ、ハイ……実は……」
説明しようとした女騎士は突然俯いて黙り込む。アリシアは何も言わない女騎士を見つめながら彼女が喋るのを待つ。やがて女騎士がゆっくりと顔を上げる。女騎士の目は僅かに潤んでおり、それを見たアリシアは少し驚いた反応を見せた。
「……リーザ隊長が……亡くなりました」
「……は?」
一瞬、女騎士が何を言っているのか理解できず、アリシアは声を漏らす。最初は女騎士がふざけているのかと思ったのだが、潤んでいる女騎士の目と暗い顔をするミリナを見てアリシアの表情が徐々に変わっていく。
嘗てアリシアはリーザの部隊にいた。アリシアは隊長であったリーザを屋敷に招くことがよくあり、母のミリナもリーザと何度も会っているので、二人はそれなりに仲が良かったのだ。だからリーザが死んだということを聞かされた時にミリナはかなりのショックを受けた。アリシアもミリナとリーザの仲を知っていたので、ミリナが暗い顔をしているのを見て女騎士の言葉が全て事実だと悟る。
女騎士は驚くアリシアにリーザが亡くなった時の状況などを詳しく説明し始める。リーザは何者かに殺され、襲われたのは昨日の夜、アリシアと分かれた後だと聞き、アリシアは目を見開きながら固まった。昨夜、自分がダークたちと食事をしていた時にリーザは襲われ、殺されてしまったという事実に驚きを隠せなくなっている。アリシアにとってリーザは嘗ての隊長であり、師であり、姉のような存在だった。そんな心から慕っていた人物が自分が何も知らない時に殺されていたと知ればそのショックは大きい。
アリシアはその場に立ったまま黙って俯く。そんなアリシアに女騎士は今日の午後にリーザの葬儀が行われることを伝えて静かに屋敷を去る。女騎士が屋敷を去った後もアリシアはその場に立ち尽くしており、そんなアリシアにミリナは近づき、肩にそっと手を置いた。
――――――
女騎士がアリシアにリーザの死を伝えてから四時間後、首都アルメニスの片隅にある共同墓地でリーザの葬儀が行われた。葬儀にはリーザの家族であるファルムとリーファを始め、大勢の人が参列しており、リーザの死を悲しんでいる。参列者の殆どが騎士団関係者で騎士団の管理をしているマーディングや騎士団長のザルバーン、アリシアを始めとする各中隊長が並んで立っていた。
リーザの部下である兵士たちも全員参列している。兵士たちは自分の剣を鞘に納めたまま刀身の部分を持ち、柄と鍔のある方を上に向けながら並んでいた。兵士たちの剣は柄と鍔が十字架に似た形をしており、葬儀の時は剣を十字架に似せて祈ることになっているのだ。騎士団関係者以外にもリーザをよく知る者が参列しており、全員が喪服と思われる黒い服を着てリーザの死を悲しんでいた。騎士たちは葬儀用と思われる黒い服を着ており、その上に鎧を装備し、更にその上に黒いマントを羽織っている。
集まる参列者から少し離れた所にはダークたちの姿もあり、葬儀に参列していた。ダークはいつもの黒い全身甲冑の姿をしており、黒いマントを羽織っている。レジーナ、ジェイク、マティーリアは黒い服装でダークの隣に立ち葬儀を見ていた。
参列者たちの中心にはリーザが眠っている棺が置かれており、その上にセルメティア王国の紋章が描かれた布とリーザが使っていた騎士剣が置かれている。棺の前で神父が聖書を読み上げ、参列者たちはそれを黙って聞いていた。やがて葬儀が終わりに近づき、兵士たちはリーザの棺を掘っておいた墓穴へ移動させ、上からスコップで土をかけていく。
「リーザ……」
「……ヒック」
棺が埋められていく光景をファルムは悲しみながら見ており、その足元では幼いリーファがすすり泣きをしながら見ている。
「うう……ママァーーッ!」
ファルムの足元で泣いていたリーファが突然声を上げながら墓穴に向かって走り出す。そんなリーファをファルムは慌てて抱き止めた。
「リーファ、待ちなさい!」
「嫌だぁ! ママ、嫌だよぉ!」
「リーファ、ママは騎士のお仕事で疲れてしまったんだ……だから、休ませてあげなさい」
「ヤダヤダァ! ママ、一緒にピクニックに行くって言ったもん! ママと約束したんだもぉん!」
「……ッ! リーファ……」
リーファの嘆きの声を聞き、ファルムの中で抑え込んでいた悲しみが一気に溢れる。父親として泣く姿を見せないようにしていたファルムだが、耐えられなくなりリーファを抱きしめながら涙を流す。
「ヒック、ヒック……約束したもん。今度のお休み……ママは、ピクニックに行くって言ってたもぉん……」
涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら約束したと訴えるリーファ。それを聞いた周りの参列者達も悲しみがこみ上げて来たのか俯いたり涙を流し始める。マーディングは俯いて泣いている顔を手で隠し、リーザの部下である兵士達、特に女兵士達は剣を握りながら泣き出す。そしてアリシアも俯きながら歯を噛みしめ、泣くのを必死にこらえようとするが、耐えられずに涙を流した。
嘆き悲しむ参列者達の姿をダークは黙って見ており、その肩に乗るノワールも気の毒そうに見ていた。レジーナとジェイクは何も言わずに俯いており、マティーリアも目を閉じながら黙っている。普段人間のやる事に興味を持たずにめんどくさそうな顔をするマティーリアも今回ばかりは無表情であり続けた。
やがて葬儀が全て終わり、リーザの棺が埋められた場所には墓石が立てられた。そこにはリーザ・ナルヴィズとリーザのフルネームと生まれた年、亡くなった年が彫られ、墓石の前には白とピンクの花で作られたリースが置かれてある。リーザの墓石の前でアリシアは暗い顔で俯いており、その後ろでダーク達がアリシアの後ろ姿を見つめていた。
「……アリシア姉さん、かなり落ち込んでるわね?」
「そりゃそうだろう。姉貴にとってリーザ隊長は最も信頼していた騎士だったからな」
レジーナが小声で周りにいるダーク達に話しかけるとジェイクが小声で返事をする。ダーク達もアリシアとリーザの関係を知っているので、アリシアがどれだけショックを受けているのか少なからず理解しているつもりでいた。
「……えらく落ち込んでおるのう。若殿、このままでよいのか?」
マティーリアが隣に立つダークに何もしないのかと尋ねる。するとダークはゆっくりとアリシアの下へ歩いて行き、彼女の隣まで移動した。
「アリシア」
「ダーク……私は、リーザ隊長が襲われている時、何も知らずに笑っていた。もしあの時、私がリーザ隊長と一緒にいれば……」
自分の知らない所で自分の友が殺されていた。何も知らず、何もできずにいた事でアリシアは自分を責めていた。リーザの死はアリシアのせいではないと誰もが思っている。だが、リーザが殺される直前まで一緒にいた自分が何もできなかった事にアリシアは責任を感じているのだ。
落ち込むアリシアを見てレジーナとジェイクは励ましの言葉を掛けようとする。すると、レジーナ達よりも先にダークがアリシアに語り掛けた。
「……そうやって自分を責め続けるつもりか?」
「ダーク……」
「アリシア、反省や後悔をするのは君の自由だ。だが、全ての過ちを自分のせいだと思い込んで自己嫌悪するはやめろ。そんな事をしてもリーザ隊長は帰ってこない」
「しかし……」
アリシアは俯きながら黙り込む。ダークはそんなアリシアを黙って見ている。
リーザの墓の前で話し合うダークとアリシアをレジーナ達は見守っている。てっきりダークがアリシアを慰める為に優しい言葉を掛けると思っていたがダークの口から出たのは注意する様な言葉だった。三人の中で特にレジーナは少しダークの事を見損なったような顔をしている。三人に見られている中、ダークは再び低い声を出してアリシアに話しかけた。
「……アリシア、君が本当にやりたい事は何だ?」
「えっ、やりたい事?」
「此処でただリーザ隊長の死を悲しみ、自分を責めている事が君のやりたい事なのか? 他にあるはずだ。君がやりたい事、やらなければならない事が」
「私の、やらなければならない事……」
ダークの意味深な言葉を聞き、アリシアはゆっくりと目を閉じて考え込む。アリシアはしばらく立ったまま黙り込み、ダークやレジーナ達は考えるアリシアを見続ける。やがてアリシアは答えを見つけたのか目を開き、真剣な顔でダークの顔を見た。
「……ダーク、私はリーザ隊長を襲った犯人を見つけたい。そして、リーザ隊長の仇を討ちたい!」
「そうか。なら、自分がこれから何をするべきなのか、分かるな?」
「ああ、今ようやくな」
立ち直ったアリシアは真剣な顔で頷き、そんなアリシアの顔を見たダークも彼女を見つめながら頷く。肩に乗っているノワールもいつものアリシアに戻ったのを見て小さく笑っていた。
「アリシアさん」
突如、アリシアを呼ぶ声が聞こえ、ダークとアリシア、そして黙って話を聞いていたレジーナ達は声の聞こえた方を向く。そこには喪服姿のままのマーディングが立っていた。
「マーディング卿」
「やはり此処にいらっしゃいましたか。ご自宅に向かったらまだ帰っていらっしゃらないと聞いてもしやと思いました」
「そうでしたか、すみません」
「少しお話があるのですが、大丈夫ですか?」
マーディングはリーザの事でアリシアが無理をしているのではないかと感じ、さり気なく気分は大丈夫か尋ねる。するとアリシアは小さく笑いながら頷いた。
「ええ、大丈夫です」
「そうですか……無理はしないでくださいね?」
「ありがとうございます」
気を遣ってくれているマーディングに礼を言うアリシア。マーディングは少しだけ元気になったアリシアを見て安心した様子を見せる。
「それで、お話とは何でしょう?」
「ああ、そうでしたね。実は、リーザさんの事についてなのですが……」
「え?」
話の内容がリーザの事だと聞き、アリシアの表情が変わる。マーディングは真面目な表情を見せており、彼の顔を見てアリシアはリーザを襲った犯人についてかもしれないと感じていた。
アリシアはダークの方を向き、目で行ってもいいかと尋ねる。するとダークは何も言わずに頷き、それを確認したアリシアはマーディングのところへ歩いて行く。アリシアがマーディングの下へ移動すると離れていたレジーナ達がダークと合流してマーディングと会話をするアリシアの後ろ姿を見つめた。
「姉貴、少しだけ元気になったみたいだな」
「ああ、だがまだ心の中ではリーザが死んだ事を悲しんでいる。私達が彼女を支えなければならない」
「そうですね」
ダークの言葉に同意したノワールはアリシアを見つめながら頷く。ジェイクもアリシアがいつもの調子に戻った事に少しホッとした表情を浮かべている。そんな時、レジーナが両手を腰に当てながらダークを呆れた様な顔で見上げてダークに話しかけて来た。
「それにしても、ダーク兄さん、最初のあれは無いんじゃない? 女の子が落ち込んでるんだから優しく慰めるのが普通でしょう。なのにいきなりお説教なんて酷いわよ」
そう言いながらレジーナはダークをジト目で見つめる。ジェイクとマティーリアもダークがなぜあんな言葉を口にしたのか気になりダークに視線を向けた。するとダークはレジーナ達を見た後にアリシアに視線を戻す。
「私は慰める時に優しい言葉を掛ける事だけが正しいとは思っていない。時には厳しい言葉をハッキリと言った方が本人の為になる時がある」
「僕もそう思います。落ち込んでいる人にただ元気を出してとか頑張ってと言うと逆にその人を傷つけてしまう場合があります。回りくどく言うよりもあえてキツイ言い方をするもの一つの優しさなんです」
ダークとノワールの優しくするよりも厳しくする事の方が為になる場合があるという言葉にレジーナはいまいち納得できない様な表情で考え込む。ジェイクとマティーリアはダークとノワールの言葉にも一理あると思ったのか少し納得した様な顔をしていた。
「まぁ、確かに兄貴とノワールの考え方も間違ってはいないかもな……」
「優しい言葉ではなく厳しい言葉でその者を立ち直らせるか……フッ、人間とは面白い生き物じゃのう?」
「でも、あたしだったらやっぱり優しい言葉を掛けてあげようと思うけどなぁ……」
「フッ、まだまだ子供じゃのう、レジーナ?」
「何ですってぇ!」
マティーリアの挑発にレジーナが目くじらを立てた。怒るレジーナを見てマティーリアは楽しいのかニヤニヤ笑いながら舌を出して更に挑発する。ジェイクは喧嘩を始めようとする二人の間に入り、呆れ顔で仲裁に入った。
「……まぁ、今のはあくまでも私の考え方だ。お前達が私の考え方がおかしいと思うのなら自分達が正しいと思う考え方で動けばいい。自分の考え方を貫き通すという意志を忘れないようにしろ」
ダークはレジーナ達のやり取りを見ながら自分の考え方でやっていけばいいと伝える。レジーナ達はダークの言葉を聞いて騒ぐのをやめてダークを見つめた。自分の考え方を押し付ける事無くレジーナ達に自分が思った通りに行動するよう話すダークを見てレジーナ達は小さな笑みを浮かべる。
四人が話をしているとマーディングと会話を終えたアリシアが戻って来た。ダーク達は戻って来たアリシアに気付くと会話をやめて彼女に視線を向ける。アリシアは真剣な表情を受けべており、ダーク達の前まで来ると表情を変えずにダークの方を向いた。
「ダーク、ちょっといいか?」
「どうした?」
「今、マーディング卿から聞いたのだが、リーザ隊長が襲われたと思われる時間に犯人を見た者や騒音を聞いた者がいないか聞き込みをしたのだが、住民は何も知らないと言っていたらしい」
「リーザ隊長が襲われたのは昨夜の夜中なのだろう? 住民達は眠っていて気付かなかったのではないのか?」
「マーディング卿もそう思っていたようだ。だが、静かな夜中に騒ぎを起こせば一人ぐらいは気付くはず。リーザ隊長が発見された時、彼女は剣を抜いた状態で亡くなっていたそうなんだ。つまり犯人と戦っていたという事になる。そうなると戦闘の時の騒音が聞こえるはずだ。なのに誰も戦闘に気付いていない、おかしいと思わないか?」
静かな夜に街中で戦闘を行っていたのに誰も戦闘の時の騒音やリーザの声を聞いていない事にダーク達は少し驚いた反応を見せる。確かにいくら夜中に住民達が眠っていても戦闘が起きればその騒音で一人ぐらい目が覚めて目的していてもおかしくない。それなのに誰も目撃していないのは不自然と言えた。
「誰も見ていないって、そんな事ってあり得るの?」
「普通なら考えられん事じゃな」
「犯人達は何らかの方法で戦闘の騒音が町の住民達に聞こえないようにしたって事じゃねぇか?」
「そんな事できるの?」
「俺が知る訳ねぇだろう」
「何よそれ……ねぇ兄さん、ノワール、誰にも気づかれずに戦闘をするなんてできるの?」
レジーナが考え込むダークと肩に乗るノワールに尋ねる。ダークとノワールはレジーナの問いに答える事無く無言で考え続けた。やがて、考え込んでいたダークは腕を組むのをやめてアリシア達に視線を向ける。
「できない事ではない。気配や音が周囲に漏れないようにする魔法を使えば可能だろうな」
「そんな魔法があるの?」
「あります」
レジーナの問いにノワールがダークの代わりに答えた。
「インセンシティブと言う上級魔法を使えば魔法陣の中で起きる騒ぎや生き物の気配、姿を魔法陣の外にいる人達に気付かれないようにする事ができます。あと、魔法陣の外にいる人を魔法陣に近づけさせないようにする効果もありますから誰かが魔法陣の中に入ってリーザさん達の姿を目撃する事も無いでしょう」
「そんな魔法があるなんて……」
「とは言っても、犯人がその魔法を使ったのかは分かりませんし、インセンシティブを使えるのかも分かりません。犯人の正体を知るには手掛かりが少なすぎます」
手掛かりが少ない為、敵がどんな方法で気配や騒音を消したのか分からず、ノワールやレジーナ達はまた難しい顔を浮かべて考え始めた。すると黙っていたアリシアが何かを思い出して口を開ける。
「そう言えば、これもマーディング卿から聞いた事なのだが……」
「何だ?」
「リーザ隊長を殺す時に使われたと思われる短剣がリーザ隊長の背中に刺さったまま残っていたらしい」
「短剣?」
凶器が現場に残っていたと聞き、ダークは聞き返す。彼の肩に乗っているノワールもアリシアの言葉を聞いて反応を見せた。
「ああ、だがその短剣は何処でも手にはいるような安物でそれから持ち主を特定するのは無理だとマーディング卿は言っていた……」
唯一の手掛かりである短剣からは何も情報を手に入れる事はできない事にアリシアはガッカリした表情を浮かべる。レジーナ達も残念そうな顔でアリシアを見つめた。
しかし、ダークは残念がる様子は見せず、腕を組んで俯き黙り込む。ノワールも真面目な表情で何かを考え込んだ。黙り込むダークにアリシア達は不思議そうな顔で彼を見ている。
「……アリシア、その短剣は今何処に?」
「え? 騎士団の詰め所に保管してあるが……」
「見せてもらう事はできるか? もしかすると、その短剣から犯人の手掛かりを得られるかもしれない」
「えっ!?」
ダークの口から出た予想外の言葉にアリシアは驚く。レジーナ達も同じように驚きの表情を浮かべていた。安物で持ち主を特定する事のできない短剣から犯人の手掛かりを得られるかもしれないと言われれば驚くのは当然だ。
「ほ、本当に犯人が分かるのか?」
「まだ分からない。だが、一つ試してみたい事がある……その短剣を見せてくれ」
「……分かった。短剣を見せてもらえるようマーディング卿に頼んでみよう」
「そうと決まればすぐに詰め所へ行くとしよう」
短剣を調べる為にダーク達はマーディングの許可を得る事にする。既にマーディングはアリシアにリーザの事を話した後に共同墓地を後にしたのか姿は無い。騎士団の詰め所にいると考えたダーク達は共同墓地を出て詰め所へと向かう。
共同墓地を去る際、アリシアはもう一度リーザの墓石を見つめ、リーザに心の中で別れを告げ、静かに立ち去った。