第六十六話 幸せを感じる時
任務を終えてアリシアたちは無事に首都アルメニスに戻った。日は沈んで頭上には満面の星空が広がっている。アリシアたちは正門を衛兵に開けてもらうと馬に乗りながら首都へ入って行く。アリシアたちが入るのを確認した衛兵たちは再び門を閉じた。
正門前の広場は街灯の明りだけで照らされており薄暗かった。人気も少なく、とても静かで寂しい雰囲気を出している。しかし、遠くに見える商業区などはまだ明るく、人々の騒ぐ声が聞こえた。住民たちが酒場や街道の出店前で騒いでいるのだろう。
遠くから聞こえる賑やかな声を聞き、兵士たちは早く自分たちも騒ぎに混ざりたいと思っているのかそわそわした様子を見せている。それを見たリーザは小さく溜め息をついて兵士たちに少し力の入った声を出す。
「お前たち、まだ私たちの任務は終わっていないぞ? まず馬たちを小屋に戻し、詰め所に戻ったことを報告してからだ」
リーザに注意された兵士たちはまだ騒ぎには参加できないと少しガッカリしたような顔を見せる。兵士たちの表情にアリシアは苦笑いを浮かべ、マティーリアはジト目で兵士たちを見ていた。すると兵士たちを見たリーザは再び小さく息を吐いて兵士たちを見ながら小さく笑った。
「報告が終わった者から解散して構わん。家に戻るなり、酒場によって行く好きにしろ。上への報告は私がやっておく」
やるべきことをやった後は自由にしていいと言うリーザの言葉に兵士たちは顔を上げて嬉しそうな顔を見せる。まるで放課後に教師の手伝いをさせられ、終わったら帰ってもいいと言われた学生のようだ。
兵士たちが軽い会話をするのを見てリーザは兵士たちにすぐ行動するよう指示を出す。兵士たちも指示に従い、まず馬を戻すために馬小屋のある方へ移動する。アリシアとリーザもその後に続いて馬小屋へと向かった。馬に乗っていないマティーリアは別に馬小屋に行く必要は無いのだが、勝手な行動をするとアリシアに叱られるので渋々アリシアたちの後をついてついて行く。
馬を馬小屋に戻した後、アリシアたちは真っ直ぐ騎士団の詰め所へ向かい、任務から戻ったのを受付を担当する者に報告をする。無事に任務から戻ってきた兵士たちを見て受付嬢は兵士たちの帰還を喜び微笑みを浮かべた。受付に報告を終えると兵士たちは一斉に詰め所を出ていく。そして詰め所の前で仲間同士簡単な挨拶をしてから解散する。アリシアとリーザは外には出ずに階段を上がって二階へ向かい、マティーリアも二人の後について行った。
「ねぇ、今のってリーザ隊長とアリシア隊長の部隊の人たち?」
受付の奥から別の受付嬢が現れて報告を受けた受付嬢に尋ねた。報告を受けた受付嬢は尋ねて来た仲間の方を向いて頷く。
「ええ、例の国境近くの村を襲撃している一団を倒してさっき戻ったそうよ」
「へぇ~、今回も早かったわねぇ。そう言えば、リーザ隊長とアリシア隊長の部隊っていつも他の部隊よりも早く任務を終えて戻って来るわよね?」
「そうね。リーザ隊長とアリシア隊長は前は同じ部隊だったって聞いてるわ。息が合うから何に問題も無く任務を終えられるんだと思うわよ」
「それだけかしら? 私は息が合うだけじゃなくって隊長たちや兵士たちが強いからだと思うわ。特にアリシア隊長はこの数ヶ月の間にかなり強くなったって言うじゃない? 本人に訊いても詳しいレベルの数値は教えてくれないのよ? ナイトスフィアを見せてほしいと言っても断られるし……」
「それはそうよ。スフィアは騎士や冒険者の細かい情報が記録されているアイテムなのよ? そう軽々しく人に見せられないわ」
「分かってるわよ。でもやっぱり気にならない? だって団長やマーディング卿にすらお見せしないらしいのよ?」
アリシアがどれだけのレベルを持っているのか気になる受付嬢たちは二階へ続く階段の方を向き、リーザと共に二階へ上がったアリシアのことを気にしていた。
二階にあるマーディングの部屋の前ではマティーリアが扉と隣の壁にもたれていた。アリシアとリーザがマーディングに任務を終えたことを報告している間、廊下で待っていろと言われ二人が出てくるのを待っている。その間、マティーリアは欠伸をしながら退屈そうな顔をしていた。
部屋の中ではマーディングは自分の机に座りながら前に並んで立つアリシアとリーザの二人と向かい合いながら報告を聞いていた。村を襲っていた一団のこと、彼等が普通の盗賊とは違うということなどをマーディングに話し、マーディングはそれを真剣な顔で聞いている。
「……そうですか」
「ハイ、明らかに普通の盗賊とは違い、充実した装備をしており、敵の中には魔法使いも数名しました。それなりの資金と人材を持った連中だと思われます」
リーザはマーディングに昼間に戦った謎の一団の詳しい情報を話す。リーザの説明を聞いたマーディングは席を立ち、両手を後ろにまわしながら窓から外を眺める。
「村を襲って何かを探し、その探しているものが見つからなければ村人を皆殺しにする。非常に危険な一団であることは間違いありませんね。もしかすると、貴女たちが倒した者たちはその一団の一部であってまだ一団は壊滅していないかもしれません」
「私たちもそう思います。マーディング卿、その一団の正体を調べることはできませんか?」
「難しいですね……お二人の話ではその一団は奴隷商と繋がりを持つ者たちでこの国ではなく別の国から来たということになります。この国で活動しているのでしたらそれなりの情報は入ってきますが、他の国から来た組織の情報は私たちも手に入れ難いのです。彼らの正体を調べるには少し時間が掛かると思います」
「そうですか……」
「装備品もどこの町でも手に入る物ですから、そこから相手の正体を調べるのも無理でしょうし……とりあえず、お二人が持ち帰った装備品はこちらでお預かりしましょう。調べさせますので、もし何か分かったらお知らせします」
「お願いします」
リーザは頭を下げて一団の調査をマーディングに頼む。マーディングもリーザとアリシアの方を向き、真面目な顔で一団の正体を突き止めることを強く決意する。
もし謎の一団が別の国で雇われ、断りもなくセルメティア王国の村を襲撃し、何かを探すことを依頼していたのであれば、それは雇い主の国によるセルメティア王国への攻撃行為とみなされ、下手をすれば宣戦布告と受け取られ、その国と戦争になってしまう。マーディングとしてはそんな最悪の結果は絶対に避けたいと思っている。勿論、国王であるマクルダムも戦争をすることなど望んでいない。マーディンはその一団がどこの国に雇われ、何のために村を襲ったのか理由を知るためにも絶対に正体を突き止めると誓った。
一通りの話が終わるとマーディングは表情を和らげ、懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。時間を見た後にマーディングはアリシアとリーザを見ながら小さく笑う。
「報告はもう結構です。もう遅いですからお二人もお帰りください」
「ハイ……あ、それとマーディング卿」
「何です?」
「明日なんですが、先日お話ししたように休暇を取らせていただきますのでよろしくお願いします」
リーザが明日休暇を取ると言う話を聞いてアリシアは少し意外そうな顔を見せる。リーザは普段から騎士の仕事を真面目に熟しており、自分から休暇を取ることなど滅多にない。そのため、アリシアにはリーザが休暇を申請することが珍しく見えたのだ。
マーディングはアリシアの話を聞くとまた笑い出して頷いた。
「ええ、分かっています。ザルバーン団長には私からお話ししておきますので」
「ありがとうごいます!」
最後に頭を下げながら礼を言い、リーザは退室する。アリシアもマーディングに頭を下げてから部屋を出て行った。
二人が部屋を出ると廊下で待っていたマティーリアは壁にもたれるのをやめる。全ての仕事と終えた二人は廊下を歩いて階段の方へ向かう。マティーリアは黙って二人の後をついて行く。階段を下りて受付前を通った三人は詰め所を出る。するとリーザは詰め所の入口前で立ち止まってゆっくりと背筋を伸ばした。
「んん~~っ! やっと仕事が終わったかぁ」
「お疲れ様です、リーザ隊長」
「お前もな?」
「ハイ……ところで、リーザ隊長。明日は休暇を取られるんですか?」
「ん? ああ。ここのところずっと仕事ばかりで家族と一緒にいる時間が無かったからな。何処かに遊びに行きたいとリーファに駄々をこねられてしまったんだ。だから今回の任務が終わった次の日に休暇を取って家族でピクニックに行こうと約束したんだ」
「アハハハ、そうだったんですね」
楽しそうに語るリーザを見てアリシアも笑顔を浮かべる。マティーリアはアリシアの隣で二人の会話を黙って聞いていた。相変わらず興味の無さそうな顔をしている。
「そんな訳だから明日は私の分まで頑張ってくれ?」
「ハイ、リーファちゃんたちと楽しんできてください」
「ありがとう。それじゃあ、私は此処で失礼する」
「お疲れ様でした」
別れを告げるとリーザは自宅のある方へ歩いて行き、アリシアはリーザが歩いて行った道とは逆の方角へ歩いて行った。マティーリアはリーザの後ろ姿をしばらく見てからアリシアについて行く。
リーザと別れた後、アリシアとマティーリアは賑やかな街道へやって来た。出店が出て多くの人が買い物などをしている。アリシアとマティーリアは人ごみの中を歩きながら前へ進んで行く。
「相変わらず騒がしいのぉ、この辺りは」
「この時間は酒を飲んだり買い物をして楽しむ人が多くいるんだ。兵士の皆も今頃何処かの酒場で騒いでいる頃だろうな」
「ほおぉ、こんな狭い街道でギャーギャー騒ぐのが楽しいのか……もう長いことこの姿でこの町に住んでおるが、今でも人間の考えていることは分からんな」
「お前からして見ればくだらないことかもしれないが、私たち人間にとってはこんな風に楽しく騒いでいる時に幸せを感じる者も多くいるんだ」
「そんなもんかのぉ?」
アリシアの言っていることが理解できるようなできないような、マティーリアは何処か複雑そうな表情を浮かべながらアリシアの隣を歩いて話を聞いている。嘗てグランドドラゴンであった彼女には人間の幸せと言うのがいまいち理解できなかった。
「そんなことを言うのなら、お前が幸せを感じるのはどんな時なんだ?」
人間の幸せを理解できないマティーリアに自分が幸せを感じる時はどんな時なのかアリシアは尋ねる。すると、それを聞いたマティーリアはアリシアの方を向き、ニッと尖っている歯を見せながら笑う。
「そんなの、美味い物をたらふく食っている時に決まっておるじゃろう?」
「……ハァ、小馬鹿にしておいて食事をしている時が一番幸せ? なんとも単純な奴だな……まぁ、元がドラゴンだったから仕方がないか」
呆れるアリシアを見てマティーリアは自分の幸せを否定された様に感じたのか少しムッとしながらアリシアを睨む。
「なら、お主が幸せを感じる時とはどんな時じゃ?」
「え、私か?」
「そうじゃ、あそこまで言うのだからお主の幸せを感じる時と言うのは単純なものではないのだろう?」
「わ、私は……」
突然自分が幸せを感じる時のことを訊かれて言葉が詰まるアリシア。自分の周りにいる人々を見ればその人の幸せな時はなんとなく分かる。しかし、自分のこととなると難しくなりよく分からなかった。
黙り込んで考えるアリシアをマティーリアは黙って見上げる。しばらくアリシアが答えるのを待っていたが、いつまで経っても答えないアリシアを見てマティーリアは口を開く。
「……若殿か?」
「は?」
マティーリアの言葉にアリシアは思わずマティーリアを見て声を漏らす。
「お主は若殿と一緒にいる時、とても楽しそうな顔をしておる」
「そ、そうなのか? 私にはよく分からないのだが……」
「ああ、間違いない」
笑いながら頷くマティーリアにアリシアは何処か照れくさそうな顔を見せる。そんなアリシアの顔を見てマティーリアはニッといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「……お主、若殿を好いておるのか?」
「なっ!?」
その一言を聞いた途端、アリシアは立ち止まり顔を赤くしながら驚きの表情を浮かべる。そんなアリシアを見てマティーリアは分かりやすい反応をするな、と心の中で思った。
「な、なな、何を言っているのだ!? 確かに私はダークのことを素晴らしい騎士だと尊敬してはいる。だが、かか、彼を好いているなど……」
「なに分かりやすい動揺をしておる?」
「ど、動揺などしていない!」
「いや、明らかにしておるではないか」
呆れた顔をするマティーリアを見てアリシアは頬を赤くしたまま目を逸らす。いくら騎士と言ってもアリシアも年頃の女だ。異性に興味を持ち、好意を抱いてもおかしくはない。そう言った感情はどんな世界でも同じだった。
目を逸らして黙り込むアリシアをマティーリアはしばらく見つめ、やがて腕を組みながらニッと笑い出す。
「どうやら、お主が一番幸せを感じる時は若殿と一緒にいる時のようじゃな?」
「だ、だから私は……」
「別に恥ずかしがることはない。人間誰だって異性に好意を持つ者じゃ」
「ぐぅ、お前にそんなことを言われるとはな……」
嘗てはグランドドラゴンであっても今のマティーリアは十代前半の少女の姿をしている。そんなマティーリアに二十二歳の自分が色恋のことを言われるのは悔しいようだ。
「……心配するな。お主の気持ちは若殿やレジーナたちには黙っておいてやる」
「何?」
「妾は若殿やお主がこれから先、どんな道を歩むのかを見届けるためにお主の傍におる。だからお主がこれからどんなふうに若殿と接していくのかもちゃんと見届けさせてもらうぞ? そして、若殿がお主の気持ちに気付くかどうかもな」
頬を染めながら悔しそうな顔をするアリシアを見て楽しそうに笑うマティーリアは再び歩き出す。アリシアは自分の弱みを握られたような気持ちになり、納得できないような顔でマティーリアの後をついて行った。
再び歩き出すアリシアとマティーリアの後方数mの所にある裏路地の角から二人の様子を伺う二つの人影があった。二人の内一人は昼間、アリシアたちが謎の一団と戦った村で村長の家を覗き見ていた緑髪の男、ジムス。もう一人は廃村でジムスと一緒にいた茶色い長髪の男だ。二人ともフード付きマントを身に付けて顔を隠しながらアリシアとマティーリアを見ている。
「いたぞ、あの女だ」
「間違いないのか?」
「ああ、例の村で村長の家にいるのを見た。間違いない」
ジムスはアリシアの顔を確認し、それを聞いた茶髪の男はアリシアの後ろ姿を鋭い目で見つめる。その目は明らかに殺気の籠った目だった。
「それじゃあ、もう少し後を付けて人気の少ない場所へ移動したら仕事を始めるとしよう」
「しっかし、首都に着いた途端に女騎士たちを探し出せなんて、リーダーも酷いことを言うな」
「当然だ。俺たちのことが騎士団に知られる前に殺らないといけないんだからな。時間は無駄にできない」
愚痴をこぼすジムスに茶髪の男は少し声を低くして言う。ジムスは舌打ちをしながらめんどくさそうな顔をした。
彼らがこの首都に来たのはほんの二十分前。衛兵に顔を見られないように町へ入るとすぐに二手に分かれてそれぞれアリシアとリーザの探索を開始した。そしてジムスと茶髪の男はアリシアを発見し、暗殺する機会を窺っていたのだ。彼らにとって昼間の戦いで自分たちの仲間たちに勝利し、情報を持ち帰った騎士隊の隊長であるリーザとアリシアはどうしても消しておかなければならない存在。自分たちの立場を危うくする可能性がある二人をこのまま放っておく訳にはいかなかった。
アリシアとマティーリアが街道を歩き、少しずつジムス達から離れていく。それを見たジムスはゆっくりと裏路地から出る。
「おっと、見失っちまう。行くぜ、ガント?」
「俺に命令するな」
ジムスは茶髪の男はガントと呼びながらアリシアとマティーリアの後を追い、ガントもその後に続く。アリシアとマティーリアに気付かれないよう一定の距離を保ちながらジムスとガントは二人を尾行した。
アリシアとマティーリアは自分達が尾行されている事に気付かずに街道を歩き続け、ジムスとガントも二人に気付かれないよう慎重に後を追う。やがて人気の多い街道を出てアリシアとマティーリアは人気の少ない道に入った。ジムスとガントは人が少なくなったのを確認しながら静かにその道へ入る。
物陰に隠れながらアリシアとマティーリアを尾行するジムスとガント。進んで行くにつれて人の数も少なくなり、暗殺するチャンスが訪れた。
「ガント、今なら目撃者もいない。隙を見て始末するぞ」
「ああ、そうだな。今なら誰にも見られる事無く短時間であの女を殺せるな」
「一緒にいるガキはどうする?」
「アイツも騎士隊と一緒に俺等の仲間を殺した奴なんだろう? だったら一緒に殺ればいい。どの道、あの女の近くにいるんだから俺達の殺しを見られる事になる……目撃者は全て消す」
「フッ、そうだな」
ガントの案に反対する事無くジムスはマントの下から短剣を取り出し、ガントもシャムシールを一本抜く。武器を手にすると少しずつ速さを上げてアリシアとマティーリアとの距離を縮めていった。徐々に近づいて行き、遂に走れば二人に気付かれずに背後から攻撃できる距離まで近づく。ジムスとガントは武器を光らせてアリシアとマティーリアに飛び掛かろうとする。
「あ、アリシア姉さん!」
『!』
何処からかアリシアを呼ぶ声が聞こえ、驚いたジムスとガントは慌てて近くにある樽の陰に隠れる。樽の陰から顔を出して確認するとアリシアとマティーリアの向かう先で手を振るレジーナの姿があり、その後ろにはダークとジェイクの姿があった。
アリシアとマティーリアはダーク達の姿を見ると彼等の方へ手を振りながら歩いて行く。レジーナはアリシアに駆け寄り、隣にやって来て満面の笑顔を見せる。
「二人とも帰ってたんだ。いつ戻ったの?」
「ついさっきだ。詰め所への報告を終えてこれから帰るところだ」
「確か村を襲ってた連中を倒すって仕事だったわよね? どうだった?」
「大した事はない。いつも通りだ」
「流石アリシア姉さんね。そこらの雑魚には負けないか……で、そっちの生意気そうな顔した竜人さんは?」
レジーナはチラッとアリシアの隣にいるマティーリアに尋ねる。マティーリアはムッとした顔でレジーナの方を向く。
「悪かったのう? 生意気そうな顔で」
「別に悪いとは言ってないでしょう?」
ニッと笑いながら挑発するような口調をするレジーナをマティーリアは歯ぎしりをしながら睨み付ける。二人の間に立つアリシアは溜め息をつきながら肩を落とした。するとジェイクが近づいて来てレジーナとマティーリアを止める。
「おいおい、それぐらいにしとけ。まったく、いつもいつもくだらない事で喧嘩すんじゃねぇよ。」
「あら? あたしは別に喧嘩をしているつもりはないわよ」
笑いながら楽しそうに呟くレジーナを見てジェイクはやれやれと言いたそうな顔をした。マティーリアは腕を組み、笑うレジーナを見ながらそっぽ向く。
レジーナ達のやり取りを見ていたダークはアリシアの前に来て彼女と向か合う形で話しかけた。
「こんな夜遅くまで大変だったな?」
「い、いや、大変と言う程では……」
ダークを見てアリシアは少し頬を染めながら返事をする。さっきのマティーリアとの会話の内容を思い出したのか少し照れた様子を見せていた。
アリシアの顔を見てダークと肩に乗っているノワールは不思議そうな反応を見せる。だがあまり気にする事無く話を続けた。
「ところで、私達はこれから屋敷に戻って夕食にするのだが、君達も一緒にどうだ?」
「え? だが、突然行ったりしていいのか? 料理を作るモニカ殿に迷惑が掛かるんじゃ……」
「心配ない。料理は多めに作ると言っていたし、二人ぐらい増えても問題ないだろう」
「それに今日はモニカさんの得意なお肉の料理だって言ってました。食べて行かないと損すると思いますよ?」
ダークとノワールの話を聞き、アリシアは悩んだ表情を見せた。もう遅いので早く屋敷へ戻って母であるミリナに戻った事を知らせたいと思っている。だが、この時間では既にミリナは休んでいるので眠っている彼女を起こすのも可哀想だし、急いで帰らなくても大丈夫だと考えたアリシアは悩んだ末に招待を受ける事にした。
「……それじゃあ、御馳走になる事にしよう」
「決まりだな。それじゃあ、屋敷へ向かおう」
屋敷へ戻る為にダークとアリシアは歩き出し、レジーナ達も二人の後に続いて歩いて行く。マティーリアはダークの隣を歩いているアリシアの顔を見て彼女が小さく笑っているのを見るとニヤリと笑い楽しそうな顔を見せた。
ジムスとガントは樽の陰からダーク達と歩いて行くアリシアを黙って見ていた。ダーク達と合流して人数が増えてしまい、暗殺できるチャンスを逃してしまった事に悔しそうな顔をしている。
「チッ、人数が増えちまった……あの女とガキだけなら上手くいくが、三人も人数が増えたとなると流石に暗殺は無理だ」
「どうする?」
「……普通はこのまま奴等の後を追うべきだが、奴等の事だ、きっと人気の多い大通りへ出て移動するはずだ。このまま後を追っても人気の多い所に出られれば暗殺はできない。何より、長い時間尾行をしていれば奴等にバレる可能性も出てくる」
「それじゃあ、まさか……」
「ああ、今回は諦める」
「おいおい、何弱腰になってやがるだ」
「忘れたのか? 此処がセルメティアの首都で俺達は正体を隠して潜入してるんだぞ? 此処で騒ぎを起こせばすぐに俺達の正体が騎士団にバレる。正体がバレないように女騎士どもを殺して此処を出るのなら、無駄な騒ぎは起こさない方がいい」
「……チッ」
ガントの説得にジムスは舌打ちをする。正体がバレると都合の悪い彼等にとって、正体がバレる事に繋がるような行動は控えなければならない。目的を達成する為には慎重に行動するしかなかった。
ジムスとガントは暗殺できない悔しさを胸に静かにその場から消えた。二人が消えた後、歩いていたダークは視線だけを動かして後ろを確認する。
(……引き上げたか。気配は二つ、さっきからずっと私達を見ていたが、一体何者だ?)
ダークはジムスとガントの気配に気づいていたらしく、立ち去った二人が何者なのかを心の中で考える。しかし、情報が少なく、気配を感じただけで敵の姿や正体までは知る事はできなかった。二つの気配の事を気にしながらダークはアリシア達と共に静かな道を歩いて行く。
――――――
時は少し遡り、アリシアとマティーリアの二人と分かれたリーザは自宅へ向かって夜道を歩いていた。とても静かで街灯の明りだけが暗い道を照らしている。そんな暗い道をリーザは一人で歩いていた。
「すっかり遅くなってしまった。早く屋敷へ戻らないとファルムとリーファが心配するな」
愛する夫と娘に早く会いたいのかリーザは少し歩く速度を上げた。丸一日家族と離れて戦場に出ていたのだ。リーザ自身が誰よりも早く家族に会いたいと思っていた。
「なかなかリーファと一緒にいられる時間がなかったからな。明日の休暇は思いっきり甘えさせてやろう」
母親として優しい笑みを浮かべるリーザは自分のポーチに手を入れてリーファが作ってくれたお守りの人形を取り出そうとする。すると、ポーチの中で何か金属製の小さな物が指に当たり、リーザは足を止めてそれを取り出す。それは今日の戦いで村を襲った一団のリーダーである男が持っていた蝙蝠の絵が刻まれたメダルだった。
「これはあの一団のリーダーが持っていたメダル……しまった、マーディング卿にお見せするつもりだったのにすっかり忘れていた。明日は休暇で渡す事はできないし……今から渡しに行こうにもマーディング卿はもう帰られているだろうし……失敗した」
メダルの事を忘れていたリーザは自分の失敗に肩を落とした。
リーザは自分の手の中にあるメダルを改めて見る。何処かで見た事のあるメダルにリーザは立ち止まったまま考え込んだ。
「このメダル、確かに何処かで見た事があるのだが、一体何処だったか……確か、詰め所の倉庫で……」
何処でメダルを見たのかリーザは必死に思い出そうとする。すると、リーザの背後からコツンと靴音が聞こえ、リーザはフッと反応した。今いる場所のせいなのか、なぜか嫌な予感がするリーザがゆっくりと振り返る。そこには黒い服を着て赤いマントを羽織った金色の長髪をした十代半ばぐらいの少女の姿があり、少女はニッと笑いながらリーザを見つめていた。
リーザはいつの間にか自分の後ろに立っていた少女を見て思わず身構え、鋭い目で少女を睨み付ける。目の前にいる少女からは明らかな敵意が感じられ、リーザは最大の警戒をしていた。
「……誰だ、君は?」
「フフフフ、こんばんは、綺麗な女騎士さん……いいえ、さよならと言った方がいいかもしれないわね」
少女はリーザを見て満面の笑みを浮かべ、尖っている小さな白い歯を見せる。静かな首都の真ん中でリーザは金髪の少女を睨みながら騎士剣に手を掛けた。