第六十五話 強き乙女達
小さな村の前でアリシアとリーザの率いる騎士隊と謎の一団の戦闘が開始する。人数ではアリシア達が勝っているが、村を襲った一団の中には魔法使いが数人おり、戦況の優劣は微妙と言えた。
村の入口前で兵士達と謎の一団の男達が武器を交える。兵士達は自分達の相手が普通の盗賊よりも充実した装備をした連中だと考えていたのか僅かに気を抜いて戦っていた。しかし実際戦ってみると、その男達はそこらの盗賊とは違い、装備が充実しているだけでなく、そこそこの実力を持っていた。そんな男達を見て最初は気を抜いていた兵士達も気合を入れ直して戦闘を続ける。
騎士隊の戦力はアリシアの小隊とリーザの小隊の二つに分かれ、アリシアの小隊とリーザの小隊の一部が一団との戦闘、戦闘に参加しないリーザの小隊が村の防衛に就いている。結果、アリシア達は三十人ほどの戦力で謎の一団と戦っていた。
村の入口から少し離れた所でアリシアは二人の男と戦っていた。男達は剣を構えながらアリシアを睨み、アリシアがどう動くか窺っている。そんな男達をアリシアは落ち着いた様子で見ていた。既にレベル70となったアリシアとっては大の男二人を一度に相手にしても動じる事はなく冷静な状態を保っている。
「どうした? かかって来ないのか?」
いつまでも攻撃してこない男達にアリシアがエクスキャリバーを構えながら挑発する。すると男達は歯をギリッと噛みしめながら目を鋭くしてアリシアを睨む。
「テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞ! 二対一だって事忘れてねぇか!?」
「いくら騎士でも所詮テメェは女だ。女が男二人に勝てると思ってんのかぁ!」
「……能書きはいいからさっさと来い」
興奮する男達を表情一つ変えず更に挑発するアリシア。そんなアリシア達に男達は遂に我慢の限界が来たのか剣を振り上げて襲い掛かる。アリシアは向かって来る男達を鋭い目で見つめて迎え撃つ。
アリシアから見て右側にいる男が剣を振り下ろして攻撃して来た。アリシアは落ち着いて迫って来る剣の刃を見て右へ移動し振り下ろしをかわす。レベル70となったアリシアには男の攻撃がとてもゆっくりに見えており、回避するのか簡単だった。これが英雄級の実力を得た者の感覚と言ってもいいだろう。
振り下ろしを簡単にかわされたのを見て、男は舌打ちをする。そしてすぐに剣を振り回してアリシアに攻撃した。アリシアは振り回される剣をかわし、エクスキャリバーで弾くなどして男の攻撃を全て防いだ。するともう一人の男がアリシアの左側面に回り込み、アリシアの脇腹に向けて剣で突きを放つ。男は隙を突いて攻撃したからこの攻撃はかわされないと考えて笑みを浮かべる。しかし、自分達が想像している以上にアリシアが強いという事を男達は気付いていなかった。
アリシアは左から迫って来る剣の切っ先を見ると目の前の男の攻撃を弾いてから素早く後ろへ跳んで男の奇襲を回避する。
「な、何だと!?」
男は自分の攻撃がかわされたのを見て驚きを隠せずに目を見開く。普通の人間なら今の攻撃で確実に仕留める事ができるのにそれをアッサリとかわしたアリシアに動揺した。
攻撃をかわしたアリシアはエクスキャリバーを構え直して男達を睨む。一方で男達は自分達の攻撃を全てかわしたアリシアに愕然とした表情を浮かべている。
「テ、テメェ、一体何者だ? 俺達の攻撃を全てかわすなんて……」
「騎士団にこれほどの奴がいるなんて聞いてねぇぞ!」
アリシアに一撃も攻撃を当てる事ができなかったのか納得できないのか男達は声を上げながらアリシアに鋭い視線を向かる。そんな男達を見てアリシアは呆れる様な顔で小さく溜め息をついた。
「お前達と同じくらいの実力を持つ者なら騎士団に大勢いる。大した実力も無いくせに自分が強いと思い込むのはやめろ、早死にするぞ?」
「な、何だとぉ!?」
「どんな状況でどんな敵を相手にしても決して自分の力を過信してはいけない。それは戦場で一番やってはいけない事だ」
目を閉じながら敵である男達に戦場での重要性を語るアリシア。男達はそんな余裕の態度を見せるアリシアを見て更に苛立ち、剣を握る手を震わせる。
「テメェ、攻撃を全てかわしたからって調子に乗るなぁ!」
「そもそも女が戦場で男に説教してんじゃねぇ!」
再び剣を振り上げて男達はアリシアに襲い掛かる。アリシアはゆっくりと目を開けてエクスキャリバーを両手でしっかりと握った。
男達は正面から同時にアリシアに切りかかる。普通の女騎士ならこの攻撃を防ぐのは難しく、回避するのが普通だ。しかし、アリシアはエクスキャリバーを素早く振り、男達の持っている剣を二つとも払い飛ばした。宙を舞う剣は男達から少し離れた所で地面に刺さり、男達は丸腰の状態となる。
「な、何だ今のは?」
一瞬にして剣を弾かれた事が理解できない男達は呆然としながら自分の手を見つめている。そんな隙だらけの男達をアリシアは切り捨てた。男達は状況が理解できないまま断末魔を上げてその場に崩れ落ちる。アリシアは哀れに思うような表情で倒れる男達を見下ろす。
「武器が手から離れたからと言って動揺し隙を見せるとは、まだまだ未熟だな」
動く事の無い男達を見ながらアリシアはそっと呟く。そしてすぐに別の敵と戦う為にその場から移動した。
アリシアがいた所から少し離れた場所ではリーザが手斧を持った男と戦っていた。男の攻撃をかわしながらリーザは隙を見て反撃し、男を少しずつ押している。僅かにリーザが優勢になっているようだ。
リーザが騎士剣で連続切りを放ち男を押していく。男は手斧でリーザの攻撃を防ぐのが精一杯らしく次第に表情から余裕が無くなってきていた。
「ク、クソォ! 女のくせに生意気なぁ!」
「その女に押されているお前は何なんだ!」
声を上げながらリーザは騎士剣を大きく振り、男の持っている手斧を弾き落とす。そしてそのまま体勢を崩した男に袈裟切りを放ち攻撃した。切られた男は声を上げながら仰向けに倒れて動かなくなる。敵を倒したリーザは次の敵を探す為に周囲を見回した。
周りでは部下の兵士や騎士達が男達と戦っており、中には男達に押されている兵士もいた。だがすぐに態勢を立て直して敵を押し返している為、助けは必要なさそうだ。兵士達が大丈夫だと確認したリーザは次の敵と戦う為に移動しようとする。すると、突然何処からか火球がリーザに向かって飛んで来た。火球に気付いたリーザは咄嗟に大きく跳んで火球を回避し、火球が飛んで来た方を睨む。リーザの視界には十数m程離れた位置から杖を構えている敵の魔法使いが四人おり、自分や仲間の兵士達に杖の先を向けて魔法を放とうとしていた。
「チッ、さっきのはアイツ等の火弾か! 先にアイツ等を倒さないとマズイ」
自分達の戦力に魔法使いがおらず、敵の中に魔法使いがいる以上は優先的に倒さないと不利になる。そう考えたリーザは敵の魔法使いに向かって走り出した。リーザだけでなく、手の空いている兵士達も魔法使いを先に倒そうと彼等に向かって走り出す。しかし、魔法使い達を護衛している男達に行く手を阻まれて魔法使い達を攻撃できずにいた。それを見てリーザは自分が魔法使いを倒さないといけないと感じたのか全速力で走る。
リーザは途中で立ちはだかる男達を騎士剣で攻撃したり、避けたりしながら魔法使い達に近づいて行く。すると魔法使い達は近づいて来るリーザに気付き、彼女を迎え撃つ為にリーザに杖を向けて魔法を発動した。
「火弾!」
「水の矢!」
「石の射撃!」
「雷の槍!」
四人の魔法使いはリーザに向かって一斉に下級魔法を放ち攻撃する。リーザは飛んで来る火球や尖った石などをかわしながら少しずつ魔法使い達との距離を縮めていく。魔法使い達は自分の魔法がかわされたのを見て焦り出し、近くにいる仲間達に助けを求めようとする。だがリーザはそんな事をさせる気は無く、魔法使い達に左手を向けた。
「光球!」
リーザは走りながら魔法を発動させ、左手から光球を放ち魔法使い達に攻撃する。放たれた光球は魔法使いの一人に命中し、魔法使いを大きく後ろへ吹き飛ばした。
「ぐわああああぁっ!」
光球を受けた魔法使いは声を上げながら倒れ、激痛のあまりのたうち回る。その光景に他の魔法使い達は驚き、リーザも意外そうな顔を見せていた。
(随分と痛がっているな? 魔法使い系の職業を持つ者は戦士系の職業を持つ者よりも魔法の防御力が高いはずなのに。しかも私は魔力が低く、光球も攻撃系下級魔法の中では威力が小さい。アンデッドでもない限り大したダメージは受けないはずなのに、どうしてあそこまで……)
リーザは心の中で敵の魔法使いが大ダメージを受けた事を不思議に思いながらも魔法使い達に向かって走り続けた。攻撃を受けていない魔法使い達はリーザから離れる為にその場を移動しようとする。だがそこに兵士と騎士が現れて逃げ道を塞ぎ攻撃した。完全に逃げの体勢に入っていた魔法使い達は兵士達の剣を受けてあっという間に倒される。遠くにも別の魔法使い達がいたがその全てが倒されて全滅した。
一番面倒な魔法使いが全員倒されたのを確認し、リーザはとりあえずもう魔法攻撃は受けないと安心する。そして残る敵兵士達を一気に片づける為に別の敵を探しに移動した。
その頃、マティーリアはアリシアやリーザと別行動を取り、多くの敵を相手に戦っていた。普段隠している竜の角、竜翼、竜尾を出して戦闘形態となっているマティーリアはロンパイアを肩に担ぐ。彼女の周りには剣を持った男が五人おり、マティーリアを取り囲んでいる。マティーリアは取り囲まれているにもかかわらず、とても落ち着いた表情を浮かべていた。
一方で男達はマティーリアを取り囲んでいるのに微量の汗を流し、どこか追いつめられている様な表情をしている。その原因はマティーリアの周りの転がっている仲間の男達の死体にあった。実は最初、男達は全部で十人いたのだが、マティーリアがいきなり攻撃を仕掛けて来て一瞬で五人の男を倒したのだ。生き残った男達は動揺しながらもマティーリアを取り囲む事に成功したが、あっという間に半分の仲間を倒したマティーリアとどう戦えばいいのか分からずに固まっていた。
「おい、どうしたのじゃ? ボーっと突っ立っていないで攻撃してこんか」
マティーリアは退屈そうな声を出して男達に話しかける。マティーリアの声を聞いた男達は一瞬ビクッと反応して驚くがすぐに剣を構え直してマティーリアを警戒した。
「クソォ、何なんだあの小娘は? ただの子供じゃねぇぞ?」
「そんなの見りゃ分かる。 頭から角、背中から竜の翼を生やして尻尾まであるんだぞ? あれを見りゃただのガキじゃねぇってのぐらい誰だって分かる! おまけに自分よりもデカいロンパイアを軽々と振りまわしてるんだぞ? 絶対にアイツ、人間じゃねぇよ」
「もしかして、あれが噂に聞く竜人って奴か?」
男達はマティーリアの強さと外見を見て僅かに声を震わせながら話している。マティーリアはそんな驚いている男達を見て少しだけ気分がよくなったのか小さく笑っていた。だがすぐに表情から笑顔が消え、ロンパイアを両手で構えて男達に鋭い視線を向ける。
「何じゃ、攻撃してこんのか? 来ないのなら、妾から行かせてもらうぞ」
マティーリアは竜翼を広げると力強く地を蹴り、正面にいる男に向かって飛んだ。男は迫って来るマティーリアを見て驚き、背を向けて逃げ出そうとする。そんな男をマティーリアは背後からロンパイアで切り捨てた。背中を切られた男はその場に倒れてそのまま息絶える。マティーリアは倒れた男の近くに下り立ち、軽蔑する様な表情を浮かべた。
「敵を前に背を向けて逃げ出すとは、何と見苦しい奴じゃ」
低い声を出しながらマティーリアはロンパイアの刃に付いた血を払い落とす。そんなマティーリアを見て他の男達は恐怖を感じたのか思わず後ろへ下がる。マティーリアはそんな男達を見ると大きく息を吸い、男達に向けて口から炎を吐いた。
マティーリアが吐き出した炎は近くにいる男二人を飲み込む。男達は炎の熱さに声を上げながら転がり、やがて全身を炎に包まれて動かなくなった。
更に二人の仲間がやられたのを見て残りの二人が固まる。マティーリアはジロッと生き残った男達に視線を向けた。
「残るはお前達だけじゃな?」
「クウゥ……チクショーッ!」
生き残った二人内、一人が剣を構えてマティーリアに突っ込んで行く。あとの一人も少し遅れてマティーリアに向かって行った。逃げずに向かって来る男達を見てマティーリアは少し見直したような反応を見せてロンパイアを構える。
最初にマティーリア向かって行った男は正面からマティーリアに袈裟切りを放ち攻撃する。マティーリアはロンパイアの柄の部分で攻撃を防ぎ、柄の先にある石突の部分で男の腹部を突き体勢を崩す。腹部を突かれて男が体勢を崩すとマティーリアは素早くロンパイアで男を切り捨てた。切られた男は声を上げながら仰向きに倒れる。それを見てもう一人は驚きその場に立ちどまった。
マティーリアは男を倒すとすぐに移動して後から向かって来た男の側面に回り込む。そしてロンパイヤを横に構えて大きく振り、男の胴体から両断する。最後の一人は何が起きたのか分からないまま倒れてそのまま息絶えた。
僅か十数秒でマティーリアは五人の敵を倒した。全ての敵を倒すとマティーリアは小さく息を吐いてから肩をコキコキと鳴らす。
「……つまらんのう。もう少し手応えのある相手かと思ったのじゃがなぁ」
思った以上に敵が弱かった事にマティーリアはガッカリした顔を見せる。周りで他の兵士達が男達と互角に戦っている姿を見たマティーリアは敵の中に自分と互角に戦える奴はいないのかと心の中で思う。そんな事を考えながらマティーリアは次の敵と戦う為に移動する。
敵のはずは少しずつ減っていき、最初にいた人数の半分以下になった。仲間が次々に倒されていくのを見て敵は焦りを見せ始める。一方で騎士隊は一人も戦死者が出ておらず、兵士達の士気は上がっていった。
「ク、クソォ、どうなってるんだよ!? 俺達が騎士団如きに負けるなんて……」
敵のリーダーである男は周りで倒されていく部下達を目にし動揺していた。今では最初に兵士達を挑発していた時の余裕はまったく見られない。
「お、俺達は普通の人間とは違う……最強の力を得た選ばれた人間なんだ。こんな、ただの人間が集まった騎士団に負けるなんて……」
「その騎士団にお前達は今は追いつめられているのだぞ?」
背後から声が聞こえ、リーダーの男は振り返り剣を構える。そこにはエクスキャリバーを持って自分を見つめているアリシアの姿があった。リーダーは目の前で堂々と立っているアリシアを見て汗を流しながら足の位置をずらしいつでも攻撃できる態勢に入る。彼はアリシアが多くの仲間を倒した騎士隊の主力である事を知っている為、一段と警戒心を強くした。
剣を構えるリーダーを見たアリシアはゆっくりとエクスキャリバーを前に出してリーダーを睨む。リーダーは自分を睨み付けるアリシアに恐怖を感じて思わず後ろへ下がる。
「これ以上の戦いは無意味だ。武器を捨てて投降しろ」
「ふ、ふざけるんじゃねぇ! 俺達はまだ負けてねぇぞ!」
「この戦況でまだそんな事を言うのか? 既にお前の仲間は半分以上倒れ、生き残っているのは僅かだ。お前も仲間を束ねる立場なら仲間の命を第一に考えろ」
「う、うるせぇ、騎士だからって偉そうに説教するな! 俺はテメェみたいな女が一番嫌いなんだよ!」
リーダーは怒鳴りながら向かって走り出し、剣を振り下ろしてアリシアに攻撃した。アリシアはリーダーの攻撃をエクスキャリバーで簡単に防ぎ、攻撃を防がれるとリーダーはすぐに次の攻撃を行う。振り下ろし、袈裟切り、横切りなど色んな攻撃をするがアリシアはその全ての攻撃を防いだ。アリシアは戦況が分かっているのに不利なのを認めずに戦いを続けるリーダーを哀れむ様な目で見た。
やがてアリシアはリーダーの剣を防がず、回避してリーダーの右側面へ回り込んで隙だらけのリーダーをエクスキャリバーで切った。
「うがああぁ! ば、馬鹿な……こんな女に……俺、がぁ……」
自分が切られた事が信じられないのかリーダーは悔しさと驚きの混ざった様な声を上げながら倒れる。
リーダーである男を倒したアリシアは一度周りを見て兵士と男達の戦いがどうなっているのかを確認する。謎の一団の男達は多くの仲間を倒されて僅か数人しか生き残っていない。そんな男達を部下の兵士や騎士達を取り囲み逃げ道を塞いでいる。騎士隊の方は怪我をした者はいるが死んだ者はおらず、全員が生き残っていた。
男達はリーダーが倒されたのを見てもう勝ち目は無いと感じたのか持っている武器を捨てて投降する。戦いが始まってから僅か数十分、アリシア達は周辺の村を襲っていた謎の一団との戦いに勝利した。
戦いが終わり、生き残った男達は兵士達によって拘束され、村の倉庫に閉じ込められた。本来ならすぐに首都に連行するのだが、アリシア達は男達を乗せる荷車などは持って来ていない。その為、しばらくこの村に男達を置いておき、後日護送用の馬車を持ってこの村を戻る事にした。勿論、男達がおかしな事をしないよう監視の為の騎士と兵士を数人村に残す事にしている。倒した敵は村から少し離れた所にある林の近くに埋葬された。
作業が一通り終わり、アリシア達は村長の家で男達が持っていた装備品を確認する。装備品の中から男達の正体が分かる物があるかもしれないと考えて調べる事にしたのだ。
装備品は剣や鎧、短剣に薬草など何処でも手に入るようなアイテムばかりで正体が分かるような物は何も無かった。アリシアとリーザは机の上に並べられている装備品を見て難しい顔をする。
「……奴等の正体や身元が分かるような物は無いな。殆どの物が何処の町でも手に入るようなのばかりだ」
「ですが、奴等がこの国の人間ではない事だけは確かです。アイツ等、私達を奴隷商に売ると言っていました。この国では奴隷の売り買いなどは禁じられていますから周辺国家のどれかでしょう」
アリシアがリーダーである男が言った言葉を思い出して彼等がこの国の人間ではない事をリーザに伝える。それを聞いたリーザは腕を組んで目の前に置かれてある短剣や薬草を見下ろす。
「この国の人間でない事は分かったが、何処の国から来た者達なのかは分からない。恐らく身元がバレないようにこの国に来てから装備品を整えたのだろう。頭の切れる奴等だ……」
「手掛かり無しですか……こうなったら生き残った男達に直接訊くしかありませんね」
「そうだな、早速奴等のところへ行ってみるか」
アリシアとリーザは生き残った男達の取り調べをする為に村長の家を出ようとする。そんな時、外から騒がしい声が聞こえ、アリシアとリーザは不思議そうな顔で外を見た。二人が玄関に近づいて行くと、突然玄関と扉が開き、マティーリアが静かに村長の家に入って来る。
「残念じゃが、奴等から話を聞くのは無理じゃぞ?」
「何? どういう事だ?」
マティーリアの言葉にリーザは聞き返す。マティーリアは玄関の隣の壁にもたれて腕を組みながらアリシアとリーザを見上げた。
「……その生き残った男達、全員死んだ」
「何だと!?」
予想外の言葉にアリシアは思わず声を上げる。リーザや一緒にいた村長も驚愕の表情を浮かべながらマティーリアを見ていた。さっきの騒がしい声の原因はこの事だったようだ。
「どういう事だ、マティーリア!?」
「言った通りじゃ、倉庫に閉じ込めておいた賊の男達は全員死んだ。いや、殺されたと言った方がいいかもしれんのう」
「殺された?」
「ウム、儂もお主達の部下である騎士達から聞いたのじゃが、何でも生き残った男達から話を聞こうと倉庫に入ったら全員が倉庫の中で殺されていたそうじゃ。喉元をバッサリと切られてな」
「な、何と言う事だ……それで犯人は?」
「分からん。倉庫に入った時には犯人の姿が無かったと言っておった。倉庫の窓から侵入し、男達を殺した後にまた窓から逃げ出したのではと騎士達は言っておる。今、兵士達が村の周辺を調べて犯人を捜しておる」
「クソッ! 唯一情報を知っている者達が死ぬなんて!」
「恐らく他にも奴等に仲間がおって口封じの為に殺されたのじゃろうな」
歯を噛みしめながらアリシアは壁を強く叩く。手掛かりを失った事への悔しさと仲間を平気で殺す者への怒りがアリシアの表情を険しくした。
リーザも装備品が置かれてある机の前に戻り、両手を机に付けて悔しそうな顔を見せている。そんな時、リーザはテーブルの上に置かれてあるポーチからはみ出している一枚のメダルを見つけた。そのポーチはリーダーである男が装備していた物だ。リーザはそのメダルを手に取ってジッと見つめる。そのメダルには蝙蝠の絵が刻まれた普通とは違うメダルだった。
(何だ、このメダルは? 貨幣として使われている物とは違うようだが……ん?このメダル、何処かで見たような……)
見覚えのあるメダルを見てリーザは黙り込んで考えた。すると、悔しがっていたアリシアが冷静さを取り戻してリーザに近づき声をかける。
「リーザ隊長、これからどうしますか?」
「ん? ああぁ、そうだな……男達が殺されてしまった以上、もう彼等からは話を聞けない。他の連中と同じように埋葬してやろう」
「分かりました」
「あと、念の為にこの装備品は全て持ち帰る。無駄かもしれないが調べれば何かが分かるかもしれない」
「ハイ」
リーザの指示を聞いてアリシアは真剣な顔で返事をする。マティーリアは相変わらず興味の無さそうな顔でアリシアとリーザの会話を聞いていた。
アリシア達が今後の事を会話している時、村長の家の外では一人の男がアリシア達の話を盗み聞きしていた。謎の一団の男達と同じよう赤と黒の服を着て鉄製の鎧を装備している。外見は三十代半ばくらいの男で緑色の短髪をし、口は布を巻いてマスク代わりにして隠しているので見えない。そして手には血の付着した短剣が握られていた。どうやらこの男が倉庫に捕らわれていた男達を殺したようだ。
男はアリシア達の話を聞き、窓からリーザが持っているメダルを見て小さく舌打ちをする。リーザがメダルを自分のポーチにしまうのを見た男はゆっくりと窓から離れ、短剣を鞘に納めて姿勢を低くしながらその場を移動して村を抜け出す。そして近くに止めておいた馬に乗り何処かへと走り去って行った。
アリシア達は男に会話を盗み聞きされている事に気づく事なく装備品をまとめて村長の家を出る。殺された男達の埋葬を済ませ、その後村長達と簡単な会話をしてからアリシア達はアルメニスに戻る為に村を後にした。
「村を護る事はできましたけど、結局奴等が何者で何の目的があって周辺の村を襲ったのか分かりませんでしたね」
馬を走らせながらアリシアは隣を走るリーザに話しかけた。リーザも馬を走らせながらアリシアの話を聞き、自分の思った事を口にする。
「ああ、奴隷商に売る為の奴隷を集める為に村を襲っていたと思っていたが、それでは他の村の住民達が皆殺しにされた事と矛盾する。一体何を考えていたんだ?」
「今となってはもう分からない事ですね」
正体が分からなかった事を残念に思うアリシア。リーザも納得のできない結末に少し表情を暗くしている。二人の頭上を飛ぶマティーリアは何も言わずに二人を見ていた。
アリシアや他の兵士達が黙って馬を走らせる中、リーザは村長の家で見つけたあのメダルの事が気になっている。あのメダルを調べれば何かが分かると考えているリーザは首都アルメニスに戻ったらすぐに調べてみようと考えながら馬を走らせるのだった。
――――――
その日の夕方、アリシア達が謎の一団と戦った村から少し離れた所にある廃村。そこは謎の一団がアリシア達と遭遇した村よりも前に彼等が襲った村で既に誰も住んでいなかった。ところが誰も住んでいないはずの廃村なのに一軒の家から微かに明りが漏れている。そしてその家の近くには数頭の馬が止まっていた。
薄暗い家の中はロウソクの明りだけで照らされており、そこには五つの人影がある。その内の三人は女で二人は男だ。二人の男の内の一人は昼間にアリシア達の会話を盗み聞きしていた緑髪の男だった。そしてその五人は全員が赤と黒の服を着ている。どうやら彼等もあの一団の仲間らしい。
「それで何もせずに帰って来たのか?」
家の壁にもたれているもう一人の男が腕を組みながら緑髪の男に言い放つ。男は茶色の長髪をした三十代前半ぐらいの男で赤と黒の服を着て肩には銀色のショルダーアーマーを装備している。腰には二本のシャムシールが納められていた。雰囲気からしてアリシア達が戦った男達と強さが違う。
「仕方がないだろう? 捕まった奴等を始末した後だったし、他にも仲間がいたんだ。俺一人では装備全てを回収する事はできなかった」
「俺なら例のメダルだけでも奪い取って逃げて来たな」
「フン、その場にいなかったからそんな事が言えるんだ」
その時の状況を知らない茶髪の男に緑髪の男は低い声で言い返す。すると話を聞いていた三人の女の内、一人が男達に近づいて来た。その女は二十代後半ぐらいでオレンジ色のショートボブの髪型をしている。露出度が高い赤と黒の服を着ており、銀色のスケイルアーマーとククリ刀を装備していた。
ショートボブの女は二人の間に立つと緑髪の男の方を向き口を開いた。
「その黒髪の女騎士がメダルを持っているのは間違いないんだな、ジムス?」
「ああ、奴等の話ではメダルも含めて全ての装備を首都に持ち帰って調べ直すようだ」
ジムスと呼ばれる緑髪の男はショートボムの女や他の三人にリーザが言っていた事を詳しく説明した。茶髪の男とショートボブの女は鋭い表情を浮かべながら黙り込む。
「それってマズいんじゃないですの?」
三人が話をしていると別の女が会話に参加して来た。お嬢様口調で二十代半ばくらいでピンク色のロールヘアをした女だ。赤と黒の服を着てミニスカートを穿いており、ピンクと金色の鎧を装備している。腰にはレイピアが一本収められていた。
「もしそのメダルが騎士団の偉い方に見つかった大変な事になりますわよ? 彼等の事ですからメダルを見たら何処の国に雇われたのか徹底的に調べるに決まっていますわ。そうしたらすぐに私達の雇い主に行き着きます」
「そんな事になったら俺達はお終いだ。この国だけでなく雇い主の国からも追われる事になる」
「最悪だな」
最悪の結果を予想してジムスと茶髪の男は呟く。ショートボブの女も難しい顔を見せている。勿論、ロールヘアの女も深刻そうな表情を浮かべていた。
「……いかがいたしますか? お姉様」
ロールヘアの女は家の奥の方を向き、奥で椅子にもたれているもう一人の女をお姉様と呼びながら尋ねた。
家の奥にいる女は他の四人と比べてずっと若かった。金色の長髪をした十代半ばくらいの少女で黒い服の上から赤いマントを羽織っている。ただ外見とは裏腹に不気味な気配を漂わせていた。
金髪の少女は椅子にもたれるのをやめるとゆっくりと立ち上がって四人に近づく。四人は黙って少女を見つめ、少女が何か言うのを待つ。
「……手は一つしかないわね」
「どうする?」
茶髪の男が低い声を出すと少女は男の方を向いて答える。
「決まってるでしょう? メダルを取り戻すのよ。そしてメダルの事を知った黒髪の女騎士と一緒にいたもう一人の女騎士を始末するわ」
「やはり、それしかありませんわね」
「まずは首都に向かうわよ? 今から休み無しで馬を走らせれば騎士隊が首都に着いた少し後には私達も首都に到着できるはずよ。女騎士が騎士団にメダルの事を伝える前に始末する」
「どんな作戦にします?」
ジムスが少女に尋ねると少女は何も答えずに考え込む。どうやってアリシアとリーザを抹殺するか、どうやってメダルを回収するのか、少女は頭をフル回転させて作戦を考えるのだった。